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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十三章 激闘!? 三学期トーナメント!

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第三百五十一話

 



 放課後がきました。北野サユ先輩に呼び出されたうちは、駅前へ移動します。

 制服がいいかな。それとも私服がいいのかな。めっちゃ悩みました! 初デートの服装、悩みません? 気合い入りすぎてたら引かれちゃう? でもでも制服だと期待してなさすぎ感が出てがっかりされるかも! んーーっ!

 悩んだけど楽しみだったので、その気持ちのまま私服にしました。門松ルミナのデートバージョン! ってほど大層なものじゃないです。でもでもオーディションに行くときの勝負服にしました。

 バスから降りてきょろきょろ見渡すと、発見! サユ先輩はいません。けど、うちにいろいろ話してくれたあのお兄さんがいました。私服です。お値段高そうなコート、内側はパーカーとジーンズ。

 おそるおそる近寄ると、お兄さんはうちに気づいて笑いかけてくれました。


「よう」

「ど、どうも」

「北野は用事ができた。本当ならアイツに紹介してもらうのが筋なんだけどな。こんな感じになっちまった」

「大丈夫ですよ? ……こないだはどうも」

「説教みたいになっちまって悪かったな」

「いえいえ! 参考になったというか……それで、そのう」


 周囲を見渡します。並木生徒会長のおかげで外出が楽にできるようになった士道誠心の生徒さんの姿がちらほら。なんとなく落ち着かない。なので。


「とりあえずお茶しません?」

「だったらいい店がある。近いところと遠いところ、どっちがいい?」

「んーっ。んーっ。じゃあ近いところで!」

「わかった。ついてこい」


 歩き出す先輩の足幅は大きいけれど、うちの歩く速度に合わせてペースはすこぶるゆっくりめ。思ってた通り、この人は優しい人だ。

 連れていってもらったのはチェーンの喫茶店の中でもパンケーキが有名なお店だった。ふわふわの生クリーム山盛り、卵の味が濃厚なパンケーキ。先輩はドリンクだけにするみたい。でも構わずうちは注文する。お腹いっぱいになるけど、めっちゃおいしいの!

 注文した商品がくるのを待っている間に先輩が言うの。


「自己紹介が遅くなった。伊福部ユウヤ、三年生だ」

「門松ルミナ、一年生です……放送でよく話してます」

「知ってる。聞けば聞くほど楽しいのな、お前の放送……士道誠心の主役、だっけ? あのコーナー、紹介したのは何人目だ?」

「けっこー多いですよ。夏休み明けから始めてみたんですけど、普段スポットのあたらない生徒を中心に紹介するんです。目立たない生徒だって、おもしろい人が多いです。もったいないなーって思いません? みんなそれぞれ、自分自身の人生の主役なのに」


 笑いながら言うと、先輩は吹き出すように笑ったの。


「まあ……眠ってる人材は多いだろうな。特に二年や一年はまだまだいるだろ」

「ね! 発掘したいなーって。マドカちゃんなんかは結構覚えてくれてるみたいで……マドカちゃんっていうのは一年生の山吹マドカちゃんなんですけど」

「お助け部の一年だろ」

「ですです! トーナメントとか、生徒会のイベントも遠回しに盛り上げられる気がするので……いろいろやりたいなあって思って作ったコーナーの一つなんですよ」

「なるほど――……」


 ユウヤ先輩が頷いた時、ちょうど注文した商品が来たの。

 ふわふわてんこもりの生クリームを見て、先輩がちょっと身構えてる。先輩が連れてきてくれたのに、食べたことないみたい。


「初めてのお店に連れてきてくれたんです?」

「……リサーチはする方なんで」

「食べてみます? おいしーですよ」

「……生クリームは苦手なんだよな」

「じゃあパンケーキだけ。待ってくださいね」


 ジャムソースをかけて、パンケーキを切ってフォークでさす。手を添えて、そっと先輩の口元へ差し出した。


「はい、どーぞ」

「……積極的だな」

「こんなん普通ですよ。ほらほら」

「……わかった」


 ジャムが垂れそうになるのが見えて、先輩は大人しく食べてくれた。

 咀嚼してから目をふわっと見開いて呟くよ。「けっこううまい」って。

 思わず顔がほころんじゃうねえ。こういう瞬間って楽しい。


「ね? おいしい。今から頼みます?」

「……生クリーム抜きができるなら」

「だめだめ。それが命なんですからー。しょうがないから、うちのパンケーキ分けてあげます」

「じゃあ、それで」


 フブキとか、中学時代に仲良かった男子たちなら嫌がるところだけど。

 ユウヤ先輩は素直に受け入れてくれた。なんか……居心地いいなあ。何気ない一瞬の積み重ねって大事。今日の積み重ねの結果が気になる。いいものにしたい。先輩にとっても、うちにとっても。

 二人でのんびりスイーツを堪能しながら話すのは、トーナメントのこと。


「どうだった? 今日の勝敗は」

「んー。なんとか勝ちましたね。先輩は?」

「まあ、初戦は余裕だな」

「おお……貫禄のお言葉」

「相手に貧乏くじを引かせるのは得意なんだ」

「貧乏くじ?」

「刀の力だな。相手の福を打ち消す。ついたあだ名が貧乏神……ってのは、こういう機会に話すことじゃねえんだろうが」

「いえいえ。人の話を聞くの好きですし。うちはさっそく福がきてますよ?」


 残った生クリームをスプーンで掬って舐め取ってから、笑う。


「おいしい。先輩が連れてきてくれたおかげです」

「……そいつはどうも」


 あ。照れてる。


「ちょっと……ふかしすぎたな。恋とかどうとか」

「ふふー。うちは別に、遠回しにアプローチされてるだなんて思ってませんよ?」

「ごほっ!」


 わあ。今度は咳き込んで、忙しそうですねえ。


「ち、ちげえから。俺の体験談で……って、これもこういう場で言うことじゃねえな」

「いーえー。聞かせてください。コイバナって、その人らしさがわかる話だと思うので。現在進行形なら、うちもしょんぼりですけど」

「過去完了だ」

「ならぜひ! 放送のネタにもなりますし」

「するなするな。勘弁してくれ」

「じゃあ勘弁するんで、教えてください」

「……しょうがねえな」


 折れてくれた。だからどきどきしながら聞くの。先輩の過去に終わった恋愛の話。


「最初はさ。一目惚れだった。やばいくらい美人がいるぞって噂になって、廊下移動中になにげなく見たら……いたんだ。世界のすべてが退屈そうに感じてるっぽい女が」

「……ほほう。三年生のやばいくらい美人っていうと、南先輩ですかねえ?」

「当たりだ。なんつうか……世の中舐めた目つきを見て共感しちまったんだよ。スマホで調べりゃ答えがわかる。みんなの意見もわかるし、繋がれる。でもそんなので人生楽しくなんねえし」


 先輩の声は、その当時の鬱屈した気持ちが噴き出てくるせいか、どこか沈んでいた。


「あんなに綺麗な南でも同じなんだなって思ったら、俄然気になってた。けどなあ。俺の代にはもう一人、眩しい奴がいてさ」

「真中メイ先輩だ」

「ああ。アイツは南をぐいぐい引っ張って俺たちを巻き込んで、突っ走っていくんだ。お前の学年でいう青澄みたいなもんだな」


 春灯ちゃんか。その例え、すっごくわかりやすい。


「気づくんだ。南は真中と一緒にいるときが一番輝いているって。うちひしがれた男子は多いと思うぜ」

「男子なんか眼中になしだった、と」

「そういうことだ。お助け部に入ってから、淡い期待を抱いた奴が俺たちの代だけじゃなく、後輩たちに増えて……アイツはどんどんふてくされてたな」


 おかしそうに笑う先輩だけど、ようく見てたんだなあって思った。


「北野と三人でまとまるようになって、北野も真中もビジュアルいいから結構人気でてきたけど。笑えるくらい男っ気なかった。だから、男子に一番親しげな真中が次に人気でてきた」

「ほほう」

「真中はさ。他人を……ちゃんとした意味で叱れるし、強くて優しい奴だ。性根をたたき直された奴は山ほどいる」

「先輩も、その口ですか?」

「恥ずかしながらな。元々ひねくれてたし、暴れたい衝動を持て余してたからな。同い年連中とケンカが増えて、それでとうとうって感じでアイツが俺の前にきた」


 先輩の目は遠い。


「お説教がくるかと思いきや、俺の抱えてる問題まるごと全部、解決されちまった」

「揉めたら物理で解決?」

「いや、それなんが……アイツの部屋に強制的につれてかれたんだ。不満があるなら全部きく、私がなんとかしてみせるってな」

「男前」

「けど同い年の女子の部屋に朝までなんてな。なんか馬鹿馬鹿しくなって、だけど離してくれないからしたくもない話までしちまった」

「……で、気がついたら好きになってた、と?」

「そういう経験なかったからな」

「おー……」


 ピュア。っていうか意外と防御力低い! かわいい……。

 素敵な人に親身になられたら結構きちゃうよね。

 なるほど、納得。


「好きになる瞬間ってなにげないですよね」

「案外な。おかげで貧乏くじの連続だ」

「んー……」


 放送部でいろんな生徒にインタビューするおかげで、噂は結構耳に入ってくる方だ。

 だから知っている。青組応援団の代表だったルルコ先輩と羽村くんの恋路とか、真中先輩が文化祭の後、卒業生の先輩と付き合うことになったこと。二人とも、どんどん幸せオーラが満ちていることを。

 だとしたら……ものは考えようといいますか。


「先輩は自分の福をあげて、二人の幸せに貢献した……なんていうんじゃ、だめですか?」

「なんだそりゃ」

「ほら……ええと。貧乏神っていいますけど、むしろ先輩の御霊は福をもたらす神さまなんじゃないですか?」


 口から出任せ。アドリブ百パーセント。だけど言ってみると案外しっくりくる。そんな瞬間がある……まさに今がその瞬間だ。


「気づいてないから、先輩の御霊が怒っているだけで。案外、七福神とかだったりして」


 話しながら浮かんでくる。

 春灯ちゃんが言っていた言葉。


『夢とか願いって、単純なものじゃない?』

『自分が本来望む姿に近づくの。たぶん、きっとね』


 だから……やっぱり、そうだ。


「先輩は自分もまわりの人も、幸せにしたいんじゃないかなあ……なんて。自分の御霊もわかってないのに、生意気ですかね」


 笑ってみせるんだけど、先輩はうちのことをじっと見つめるの。


「……だ、だめでしたかね?」

「いや。珍しく……福を感じた」

「え、ええと」

「次はお前の話が聞きたいな」

「……意外と積極的」


 どきっとしちゃいましたよ。身構えてないのに不意打ちするから。もう。


「じゃあじゃあ、買い物いきません? モールがあるので」

「いいぜ。じゃあ行くか」


 立ち上がって領収書を手にする先輩を追い掛ける。さも当たり前のようにお金を払ってくれるの、なんでかなあと思いながら見つめる。大人の婚活のはじめてデートならわからなくもないけど。高校生が大盤振る舞いはちょっと早すぎる気がする。


「半分出しますよ? うちもそこそこですけど、稼いでますし」

「いいよ」

「といいつつ、男性はこういう時に優越感を覚えるという」

「どんな知恵だ、それは」

「まあまあ。確かにうちは後輩ですけど……身の丈にあったデートがしたいので、ちゃんとパンケーキ代のお金ださせてください」

「……まあ、そういうなら。パンケーキ結構もらったから、折半で」

「それでお願いします」


 領収書を受け取って、ちゃんとお支払いする。

 懐事情、余裕ありまくりっていうわけじゃない。それでも自分のお金に見合ったことしかする気はない。だって勘違いしちゃうからね。


「意外だな。奢りがいやな理由とかあるのか?」

「んー。プレゼントなら残りますけど。おごりってその場で流す以外はできないし。おごったからナニナニしてもいいじゃん、みたいに何か求められても困るっていうか」

「……変な借りを作りたくない?」

「言うても、仕事でおごられることあるんですけど。プライベートほどいやなんですよね。奢った方も奢られた方も、勘違いしちゃうから」

「ラッキー! くらいに感じたりはしないわけか」

「最初はそのノリだったんですけどねー。普段、自分で飲食するのと分けるの難しくて」


 生活レベルがあがった気がして、無駄遣いするようになったことがあるの。

 焼き肉だったら肉一枚で注文するお店に行きたくなるし、魚介系なら……たとえばうにはその日に空輸で運ばれてきた塩水のうにじゃなきゃいやだ、とか言い出す。

 そうするとねー。お財布の中身なんてあっという間になくなるし。他人を財布扱いするのも気が引ける。


「実際、仕事でお食事に連れていってもらうたびに自分に言い聞かせるんです。これはうちの生活じゃない、あくまで接待みたいなものだって。でも先輩とのこれは接待じゃなくてデートですから」


 店を出て、考え込むようにして話を聞いてくれる先輩の手を見つめる。


「手を繋ぐくらいはありかなあ、なんて。だめですかね」

「……俺が思ったよりしっかりしてるし、積極的だな。喜んで」


 笑って手を繋いでくれた。思ったよりもすべすべで、けど堅い手だった。

 三年生の侍候補生。その手は戦うためにあるんだろう。

 しみじみ感じながら、それでも敢えて言う。


「というわけで、うちは折半派です! でもプレゼントは大好物です! いつでも待ってます!」

「ちゃっかりしてるのな。わかったわかった」


 前に受けたWebラジオのお仕事で言ったら「ちゃっかりしてるところはちゃっかりしすぎだな」と突っ込まれました。先輩も同じ意見のようです。えへへ。

 まあ、いろいろ言いましたけど、こんなものじゃないですかね!

 ユウヤ先輩と服をたくさん見てひやかして、晩ご飯を食べて帰る頃にはすっかり打ち解けていた。初デート記念に、うちの注文でそんなに高くないイヤリングをもらいました。うちはお返しにタオルをあげましたよ。明日からのトーナメントで使ってくれたらいいなあ、なんて思うんです。

 話題も必然的にトーナメントに触れていく。


「ルミナは明日の試合はどうなんだ?」

「んー。九組の男の子との対決ですねえ。春灯ちゃんが犬6って言ってる男の子たちの一人です」

「勝ち目はありそうか?」

「正直……先輩との恋は期待大なので、これからもお願いしたいのですが」

「……おう」

「うちの夢への恋は、もうなんていうか当たり前すぎて……御霊が見えないので、なんとも」


 投げやりに笑うと、先輩は赤信号だからと足を止めて言うの。


「最初に刀を抜いた時を思い出せ。夢を抱いた頃を思い出すんだ。いつだって初心が大事だからな」

「んー……初心、かあ」


 呟いて空を見上げた。学院都市駅周辺は東京にあってもだいぶ西の方にあるから、二十三区に比べるとずっと星が多い。

 きらきらしてる。春灯ちゃんやマドカちゃんが見せてくれる煌めきと同じ、きらきら。

 目を細める。眩しくて。夢を見る。あの頃のように。


「うち、憧れたんです。少年探偵を翻弄する怪盗1412号に」

「……ああ、あれか」

「七色の声を持って、大胆不敵に行動して、お宝をかすめ取る。かっこいいなあって思って」


 今でもとくべつ大好きなキャラの一人だ。


「うちは手先が器用じゃないし、運動神経も正直まだまだですけど。声優になれたら、どんなキャラにもなれるんです。それってなんだか、わくわくするじゃないですか」


 同じような夢を見ている人なら間違いなく山ほどいる。声優の専門学校も増えてるし。増える速度が速すぎて、けど生きていけるようになるには難しすぎる狭き門。

 だからかな。いろんな仕事ができるようになんでも挑戦してる。スマホゲームだけじゃない。外画の吹き替えも、地域開催イベントの司会の仕事も……ほんとにちっちゃい規模のテレビ番組の出演も。ぜんぶぜんぶ、いつか夢見る仕事に繋がるようにと信じて受けてる。

 打率は低い。それでも打ち続けないと埋没してしまう。夢から遠のいちゃう。走り続けるしかない。めげずに。へこたれずに……折れずに。

 いつか叶うと信じて、輝き続ける。どんなに淡く、儚くても。


「諦められないんですよね……きっと、一生そんな日はこないんです」


 傷つくことの方が多い。期待は裏切られる方が圧倒的に多い。

 知ったことか。


「自分らしさが見つからなくても、うちがうちを諦める理由にはならないんです」


 微笑む。諦めでも哀しみでもない。そんなのは毎日味わってる。オーディションのたびに膨らむ。それでも諦めない。うちは……絶対にうちを諦めたりしない。


「終わりたくない夢か」

「夢は叶えるものっていうじゃないですか。諦めるものじゃないし、仕事で会う人みんな……なんていうか、意思が強いんですよ」

「やめない奴が残る、と?」

「うちはそう思います」


 先輩が歩き出す。隣を歩きながら、考える。


「だから見つけたいなあって思うのですが……御霊ってなんなんですかねえ」

「ルミナが主役になるための力じゃないか?」

「……主役?」

「みんなそれぞれ、自分の人生の主役なんだろう? お前はどうなんだ」

「――……ん、と」


 詰まる。予想外の切り返しの連続に頭はからっぽ。いつだって口は動かさなきゃいけないのに。ラジオや生放送に出ててんぱった時みたいな、そんな焦燥が浮かぶ。

 いつだって……仕事の先輩や誰かがこんな時に助けてくれる。そのたびに思う。ああ、私はだめでできない後輩でしかないんだなあって。そんなのちっとも主役じゃない。

 みんなの人生にいちいち主張してたら嫌われちゃうけれど、でも……だからって、自分の人生の舵取りを捨てていい理由にはちっともならない。


「見つけたいんだろ、御霊を。それはつまり……お前がお前の主役になる力を探してるってことだ。大好きになれる自分を」

「……ん」


 春灯ちゃんは自分を認めている感じがする。マドカちゃんは迷っている感じがするけれど……でも確かに、輝いている人たちみんなそうだ。先輩たちなんか露骨にそう。自分を受け入れて、認めている。うちにはまだできてないことだ。


「俺は……今日のデートでもっと好きになった。きっとお前より好きだぞ?」


 からかうように笑う先輩に胸が締め付けられる。たまらない。


「見つけ出してみせろ。きっと……刀を抜いた時、胸に宿った炎が答えだ」


 何かを言いたかった。山ほどの気持ちと答えをもらった。

 浮かんでくる。あの日のフラッシュバック――……


『ひれ伏せ』『頭を垂れろ』


 住良木くんの命令に身体が従おうとする。あの日のあの圧力。

 命令。覆せない上下関係。そんなの求めてない。毎日、先輩後輩や仕事の力関係にへこたれそうなのに、なんで士道誠心でまで、と思った。


『いや、だ……!』


 気がついた時には叫んでいた。そんなうちに彼は尋ねたよ。


『助けを求めないのか?』

『マドカに頼まれてきたの……鬼に一矢報いて、刀をみんなで掴むんだ!』


 それは願いだった。


『うちだって、青組応援団だ!』


 春灯ちゃんや羽村くんのように。立ち向かうマドカのように。素敵な演技を見せてくれたルルコ先輩のようになりたかった。


『士道誠心の生徒なんだ! 刀をよこせ!』


 無我夢中だった。いつでもオーディションに望むときに抱えてる気持ちだ。

 私はここにいる。要望に全力で応えるから機会をよこせ。表に出さないだけで、みんなが等しく持っている気持ちに違いなかった。

 そしてうちは刀を手にした。だけど御霊が何かは、わからないまま。

 考えてみたら明白だ。役をくれ、という願い。でもどんな役か、明白じゃない。私は私の願望をまだ、磨き切れてなかったんだ。

 主役になりたいか? なりたい。ヒロインになりたいか? 当然なりたい。出演数が多くて名も売れたハリウッド女優さんの声を当てられたら、なんて夢も見ている。

 でも……貪欲になりきれてなかったんだ。うちの夢を具体的にすることが、まだちっともできてない。そりゃあ……名前もわかるわけないよ。


「先輩。うち……いっそ怪盗みたいになりたい。どんな役にでもなれちゃう、特別な人がいい」

「あんまり詳しくないけど、男性の声優さんでいるよな」

「犬にもなれちゃう人ね」


 笑いながら頷く。もっともっと具体的にしたい。自分の願いを。ぼんやりしたものじゃなくて、はっきりと。業界の端っこにいられるようになったんだから、もっとちゃんと。

 繋いだ手を確かめるようになぞって、周囲を見渡した。人通りの少ない道。あと少ししたら、学院についちゃう。だから、その前に……一つだけ。


「気づかせてくれた先輩の……隣にいられる役がいい」


 先輩が足を止めるの。

 そして赤面してどきどきしているうちを見て、照れくさそうに顔を一度だけ背けた。


「手加減しないぞ」

「……望む、ところ?」

「あんま可愛いこと言うな――……」


 そっと頬にキスをされた。


「今日はこのへんで納得してくれ」

「~~っ」


 地団駄踏みそう。テンションあがりすぎて。腕に抱きつく。


「……好きになってもいいですか?」

「好きになってくれなきゃ悲しいです」


 笑う先輩の腕を引っ張って、目を閉じる。足りないというアピール。欲しがりだと自分で思う。引かれちゃうかな。だめかな。でも、この人がいい。うちは、この人じゃなきゃいやだ。

 どきどきしていたら――……唇が重なったの。恐る恐る目を開けた。指とかでごまかされてたらいやだって思った。けどちゃんと、先輩の顔はすぐそばにあった。

 離れる先輩が囁く。


「ほんと……今日はこのへんで。じゃなきゃ、加減ができなくなりそうだ」

「……ん」


 とろけそうだった。素敵な一日になったの。

 北野先輩に感謝だ。この人がうちの元に来てくれた運命すべてに大感謝だ。

 ――……好きになってよかった。はじめてそう思った。きっと今日からたくさん、そう思っていくんだ。

 御霊に対してもそう思えるように、ちゃんと頑張ろう。

 この昂揚、一瞬のものにするにはあまりに惜しいとうちは思うもの!


 ◆


 春灯、と呼ばれて前を見ます。

 高城さんがいて、社長がいて……それだけじゃなくトシさんたちもいる。他にも見たことないスーツ姿のお兄さんがたくさんいる。


「春灯。ゲリラライブ一日何個もやるっていう話の最中だぞ、おら。ぼけっとすんな」


 トシさんにがしがし椅子を蹴られて我に返る。


「え、ええと。それで……いつやるので?」

「週末だ。曲はできてるからね。生配信をしつつ、イベントとして打ち出していく」

「割と間近!」


 高城さんの説明に驚く。トーナメント終わった直後だ。


「春灯ちゃんの強みはライブだよね。それは……アリだと思う」

「だよなー。手品いらずの不思議な光。あれは浴びてみねえとわからねえし」


 ナチュさんとカックンさんが私のウリを言ってくれるの、地味に嬉しいのだけど。


「実際、渋谷のライブが話題になってっからな。下火になりつつあるけど、仕掛けるなら早い方がいい」


 トシさんの補足に高城さんが頷く。


「都内をなるべく多く回る。池袋、新宿などなど巡って、最後に渋谷だ。発売までガンガンプロモーションをかけていくし、今週はテレビにも出てもらうよ」

「えっ」


 と、トーナメントの最中なのに!


「なにその、いま聞きましたっていう顔は。ねえ、春灯……スケジュール送ったよね?」


 やばい、高城さんの目が怖い! マジだ!


「まったく……新しい日記帳あげるから、それでスケジュールをチェックする癖をつけて」

「は、はい」

「トシさんたちのスケジュールも――」


 高城さんが話題を振ると、トシさんたちがそれぞれにオッケーだって返事をするの。

 ううう。仕事があって忙しくなるのは覚悟していたけど、まさかまさかトーナメントの最中だなんて。そんなのってない!

 ゲリラライブの詳細な打ち合わせを聞きながら、悩む。

 アイドルが普通の生活に戻るって言ってやめちゃったりするの、こういうことなのかなあって。士道誠心のことが疎かになる。普通じゃいられなくなる。その兆しは確かにあらわれている。

 たまらなく不安だった。それでも仕事はちゃんとしなきゃいけない。大勢が集まっていろんな労力をかけてくれているのに、私一人のわがままで無駄にはできない。

 会議が終わって、みんなで挨拶して解散になる。でも私は高城さんと社長と別の会議へ。社長がついてくれている時点で、見込まれているし期待されてる。逆に言えば、失敗しないために最大限、気を遣ってもらってる。恵まれているのは、自覚してる。

 それでも集中しきれない。トーナメントが気になりすぎるせい。

 CDの打ち合わせもだいたい大詰めを迎えて、一区切りがついた。高城さんにもう帰っていいよ、と言われて事務所を出ようとしたところで、


「春灯ちゃん。ちょっといい?」


 カックンさんに呼び止められたの。

 ドラムのお兄さん。柔和な顔つきで華奢な身体をしている。けどいわゆる細マッチョさん。かわいい歌をたくさん作ってくれる不思議な人。


「打ち合わせで暗い顔してたから」

「ば、ばれてました?」

「まあね。みんな気づいてた。でも……だめだよ? 短気も後ろ向きも全部、損する」

「損、です?」

「俺が最初にいたバンドさ。メジャーデビューの声がかかったけど、俺とボーカル以外みんな演奏はプロ任せだって条件つけられた」


 一瞬、理解が追いつかなかった。まばたきをする。


「許せないって言って蹴ったんだよね。で、音楽続けられなくなって……当時のメンバーみんなやめちゃった。俺だけ、しがみついて業界に入って……残ってるんだ」

「……しがみついて」

「いや、まあ……今のメンバー大好きだからさ。そこだけは誤解しないで欲しいんだけど」


 どきどきする。私の曲を作って、支えてくれる人が話してくれる内容はきっと、大事なことに違いないから。


「当時の連中も、俺自身もこれでよかったと思うんだ。本人達がどう納得するかでしかないんだから。でも……君はもっともっと願うままに高く飛べると思うんだよね」

「カックンさん……」

「トシさんもナチュさんも、社長も高城さんも、いいや。春灯ちゃんの音楽に関わるみんな……もちろん俺もだよ? きみの歌声を聴いて、何かを感じたから集まったんだ。なのに、歌うのやめようかなって顔をしないでよ。悲しいじゃん?」

「――……、」


 見抜かれてるなあって思うのが染みたし、痛かった。


「見てみたくない? アリーナやドーム、武道館を満員にして……みんなが春灯ちゃんの歌声を待っている。そんな瞬間」

「――……見たい、です」

「君ならできる。だから……もっと太く長く生きて。それだけ……じゃあね!」


 私の頭を軽く撫でて、微かに香る匂いを残して行っちゃった。

 その背中を見送りながら、呟く。


「――……なんで、怖いんだろ」


 期待されてる。願いを向けられている。それはきっとツバキちゃんの一途な願いとそう変わらないもの。なのにその熱量が日に日に増している。


『自信じゃな』


 タマちゃん……。


『己を信じることから、道は始まる』


 十兵衞まで……。


「足りないところばかり見えてくるのに、私は私を信じることから始めなきゃいけないの?」


 呟いてから、寒気がして思わず自分を抱き締めた。

 泣いても笑っても明日はくる。これからもずっと、時間の流れは変わらない。

 輝きたい。照らしたい。笑顔をもっとたくさん見たい。

 生きるのって難しい。尻尾が窄まって小さく見える。

 タマちゃんなら間違いなく優雅に膨らんだ尻尾を揺らしてみせるのに。私にはまだできない。

 十兵衞なら迷わず背筋を正して、己の軸を貫き続けるだろうに。私にはまだ、できない。

 乗り越えるべき階段が果てしなく続いている。途方もない。

 すごいなあ……アーティストはもちろん、そこまで名が知れていなくても、笑顔で年老いた人たちはみんなすごい。

 ルミナさんに言った言葉を思い出しながら、足を踏み出した。震えているけど、歩いている内に気にならなくなっていく。


『いいなあ。自分のなりたい自分、見えてるんだね』


 ううん。しょっちゅう見えなくなるよ。ただ、願っているだけなの。


『夢とか願いって、単純なものじゃない?』


 そう思っていた方が、見失わずに済むから。

 私は私のなりたい姿を意識する。その光はとっくの昔に見えている。

 私にはもう――……見えているの。




 つづく!

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