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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十三章 激闘!? 三学期トーナメント!

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第三百五十話

 



 刀鍛冶もいずれ戦う機会がくると聞いた去年、ノンは不安になりました。

 ミツハ先輩は言いました。


「要は気合いの問題だ」


 並木先輩は言いました。


「結局最後に物を言うのは気合いよ」


 なんとなく怖かったので、三年生のジロウ先輩に確認すると、


「まあ……悲しいけど、気合いだよ」


 と言いますし、二年生の風早先輩をはじめ、ノンがお世話になった刀鍛冶の先輩たちほとんど同じ意見です。

 ただ一人だけ意見を別にする人がいましたよ?

 緋迎カナタ先輩です。緋迎先輩は言いました。


「根性だな」


 割と途方に暮れたのを覚えています。

 それでもギンとお仕事をはじめて、アカネさんたちにしごかれながらノンは手に入れました。


「『 陣地の外に出て行け! 』」


 赤い稲妻となって迫り来る茨さん。

 侍候補生……特に己の力の欠片にでも目覚めた相手と対峙すると怖いです。なるほど、確かに気合いがいります。でも根性を出して睨み、手をかざします。

 並木先輩は己の霊子をハリセンとして顕現させる。あの力を一瞬で再現して振り下ろすんです!

 べしぃ! と見事な音が鳴りました。


「『 へぶっ!? 』」


 脇を通り抜けてごろごろ転がる茨さん。

 構わず手をかざして叫ぶんです。


「いでよ! 金だらい!」


 かざした手から伸ばす霊子の糸で、空中に漂う霊子をかき集めて実体化。

 現われた金だらいが落ちて、茨さんの頭に直撃します。がつん! といたたまれない音がしました。


「『 な、なんだ、俺は一体なにと対峙してるんだ 』」


 眩暈がするのかふらふらしている茨さん。

 よろけながら立ち上がります。茨木童子を御霊に宿した茨さんは簡単な相手じゃありません。

 構うものですか。


「いけ、ノン!」

「はいです!」


 ギンの声援を受けて、地面を蹴りつけました。霊子の糸を通して、茨さんの足下をまるごと水に変換します。


「『 わ――…… 』」


 ばしゃ、と落ちた茨さんが次の行動を起こすよりも早く、水を高速で回転させます! 昔の洗濯機方式です! 人の身ならばとても泳げない、そんな激流に茨さんがもがいてます。


「わぶっ、ちょ、あ、解けた!? 待って、待って! まっ――……がぼぼ!」


 必死に助けを求めていますが、やがて沈んでいきました。あわてて水流を止めます。

 ぷかあ、と浮いてきた茨さん。

 あわてて水を元の地面に戻します。

 やりますぎましたか、と不安になって駆け寄った時でした。

 口からぴゅううと水を吐き出して、力尽きたように言うのです。


「……ま、まけました。み、みずはやめて……」


 すぐに獅子王先生が声を上げます。


「勝者、佳村ノン!」

「やりました!」


 思わずぴょんぴょん弾んじゃいました。

 第二第三の手も用意していたのですが、思いのほかすんなりいけちゃいましたね!

 岡島さんと違って茨さんは御霊とかなり心が重なっていて、ハルさんや岡島さんのように御霊に操られる感じじゃないところが功を奏したのかもしれません。百戦錬磨の御霊と違って、侍候補生はまだまだ未熟だから。

 それでも……次の戦いでハルさんとぶつかります。ハルさんは元々の能力もかなり高いので、油断はできません。

 なのにノンはハルさんと戦うのが楽しみで仕方ないのです。

 私たちだって戦える。ミツハ先輩が先陣を切って作ってくれた道を……刀鍛冶は夢を抱いて歩きます。今の私がどこまでやれるのか――……確かめずにはいられないのです!


 ◆


 ノンちゃん、ちょっとすごくない?

 茨ちゃんの突進は岡島くんにひけをとらないものだった。なのに怯まずハリセンで一撃って。

 恐ろしい……! コナちゃん先輩だけじゃなく、ノンちゃんも今後ツッコミする時にハリセンを使うかもしれないよ! なんて恐ろしい力を身に付けてしまったんだ!


『あほ丸出しじゃぞ』


 うっぷす。

 次は鷲頭くんと狛火野くんの対決みたいだ。

 陣地に行く二人を見送る十組と零組、そしてマドカが見える。

 狛火野くんは正統派の侍男子だ。そこへいくと鞘から、それにはいった剣まで……鷲頭くんは剣士って感じ。気になる……と思った時だった。大歓声があがったの。

 獣耳を立てて周囲を見渡す。

 体育館の方からだ。二年生のトーナメント会場の一部。カナタがいるのもあっちの方かも。

 ……気になる。気になるといえば、三年生の戦いも気になる。

 メイ先輩たちの戦いはどうなってるんだろう。うううう。見たい!


「春灯ちゃん、隣いい?」

「えっ、あっ、うん」


 ルミナさんだ。改まって二人きりで話しかけられるの初めてかも。

 どきどきしながら見ていたら、ルミナさんが笑うの。


「みんなの戦い、気になるねえ」

「ね! 動画に撮ってたりしないのかな」

「そこはぬかりないみたい。ほら、あそこ」


 ルミナさんが指差す方を見たら、いたの。カメラを背負った生徒が。どこかに巨大スクリーンを展示して、それにうつしてくれたらいいのになあ、なんて。そんなの高校生の一行事レベルを越えちゃってるか。残念!


「先生たちが成績つけたりするのに使うんやって」

「私たちは見れないのかな」

「んー? お願いしたらいいみたいなこと聞いたよ?」


 そっか。あとで見られるならいいかな。


「それより、ねえねえ。刀の力を使うってどんな感じ?」

「んん? んー……」


 唸りながら一年生、十三ブロックの戦いを見る。

 狛火野くんは刀を振るっているけれど、剣とまともに斬り合うつもりはないみたいだ。


『そもそも武器の特性が異なる。まともにぶつけたら刃が傷つく』


 そうなんだ……だからなのかな。狛火野くんの攻撃の速度は加速するばかり。目に見えない乱撃を鷲頭くんが必死にさばいている。剣に這うヘビが蠢いて見えて、なぜかぞっとしちゃう。なのに狛火野くんはちっとも怯まない。


「ミナト! 格上の相手には効かないわよ!」

「わぁってるよ!」


 ユニスさんの助言に答える声には余裕がない。

 防戦一方だった。二人を例にしゃべろうと思ったけど……だめだ。狛火野くんは御霊なしで培った能力で圧倒している。防げている鷲頭くんさえ非凡なのに、それを上回っていくの。

 実感するなあ。一学期のトーナメントで戦った時、狛火野くんは私に合わせてくれていただけだって。本気の彼と戦ったことは一度もないんだ。ただの、一度も。


「たぶん……でいいかな、ルミナさん」

「ちゃんか呼び捨てでいいよ」

「そ、そう?」


 う、照れる。


「えっと……自分が本来望む姿に近づくの。たぶん、きっとね」

「じゃあ……春灯ちゃんは綺麗で強くて歌がいけてる姿が望む姿なん?」

「んー……っていうよりは、きらきらに輝きたいし、誰かをきらきらに照らしたい。そのための姿や能力って感じ?」

「いいなあ。自分のなりたい自分、見えてるんだね」

「夢とか願いって、単純なものじゃない?」

「……そうかも」


 微笑みながら頷くと、ありがとねと言ってルミナちゃんは行っちゃった。

 何か力になれたのかなあ。それならいいんだけどな。


「くっ、そ――……!」


 鷲頭くんがどんどん陣地の外に近づいていく。後退せざるを得ないほど苛烈。繰り出される一撃のすべてが必殺。だから防がなきゃいけないし、退かざるを得ない。死地を前に飛び込む勇気を持っても、そもそも狛火野くんの攻撃すべてが容赦ない死の壁。

 繰り返す。それを防げている時点で、鷲頭くんはすごい。正直に言うけど、今の私じゃまず無理だ。トモでもギンでも苦戦しそう。その証拠に、十三ブロックに関わるみんなが目を奪われている。

 訂正する。


「ちったぁ根性みせろ!」


 仲間のキラリは別だった。吠える声に鷲頭くんの背中が膨らんだように見えた。

 ぎゅんぎゅん増してガンガンいく攻撃に負けじと、鷲頭くんは不意に一閃に合わせて剣を重ねた。甲高い金属音がするの。獣耳がびりびり痺れる。

 鷲頭くんの剣は狛火野くんの頭のすぐ横にあった。けれど鞘が一撃を防いでいた。対して、狛火野くんの刀は鷲頭くんの首を叩いていたの。


「――……くそ、最悪の初戦相手だ。あんた、間違いなく……侍だよ」


 鷲頭くんが悔しそうに笑って、前のめりに倒れる。それを受け止めて、狛火野くんが晴れやかな笑みを浮かべた。


「最高の褒め言葉だ、剣士どの」


 崩れ落ちそうな鷲頭くんをそっと寝かせて、陣地を立ち去る勝者の背中には余裕しかない。

 ノンちゃん相手に勝って、狛火野くんが勝ち進んだら? ……勝てるだろうか。わからない。トーナメントの行く先がわからない。なにせ次はキラリがユニスさんと戦うのだ。

 侍としての技量の高さでいったら、狛火野ユウは一年生どころか三学年まとめて随一の実力だ。

 それでも……隔離世で戦うなら、キラリの持つ潜在能力の高さは決して引けを取らない。

 生唾を飲み込んで、視線を向ける。頭がふらふらしてきた。ノンちゃんが気づいて駆け寄ってきてくれた。私が声を掛けるよりも早く、私に触れて霊子を注いでくれる。


「ハルさんの内から出る霊子を血に変換してます……無理をせず横になってください」

「ごめん……膝枕お願いしたいです」

「ええ……」


 本気で微妙そうな顔されてすごくショック!


「しょうがないですね……ほら、どうぞ」


 グラウンドの上にソファを創り出して腰掛けるノンちゃん……刀鍛冶すごい。お膝をぽんぽん叩かれるので迷わず頭をのせる。


「お膝きもちいい」

「ばかなこといってないで、休んでください」

「はあい」


 瞼を伏せた。眠気が一気に押し寄せてくる。タマちゃんの刀を化かす技、本当にくたびれるんだなあ。一日一回が限度だし、鼻血もあんまりまともな出方じゃないから怖い。乱用したくはないなあ。なんでこんなにくたびれちゃうんだろう。


『お主本人の夢や願いじゃないからの。他人の夢や願いを借りるのは疲れるし、借り主並みの力量で再現しようとしたらくたびれるのも当然じゃろ。自分の夢や願いで手一杯なのに』

『興奮しすぎだ』

『そうしなければ使えない技じゃからな。とはいえ、毎回鼻血が出るんじゃ危ういぞ』


 ぐう。確かにタマちゃんの言う通りだ。

 目を開ける。ちょうどライオン先生が試合開始を告げたところだった。

 刀を手にしたキラリと、本を手にしたユニスさんが対峙している。

 しかし戦いは始まらない。なんだろう、と思った時だった。キラリが刀をユニスさんに向けたのは。


「さて、ユニス。昨日のケジメをつけてやる。手を抜いたら承知しないぞ」

「正直くたびれているから、どうでもいいのだけど」

「プロならプロらしいところを見せてみろ! もっと熱くなれよ!」

「……ほんと、なにその体育会系のノリ。ついていけないわ」

「手を抜いたら大浴場で見たアンタの下着の柄、思いつく限り全部叫んでやる」


 キラリの突然の舌戦に男子が思わず反応してたし、ユニスさんの顔が真っ赤になる。


「ちょっ、やめっ!? やめなさいよ!」

「まず最初は――」

「だまれ!」


 ユニスさんが手をキラリに向けた。そして放たれるのだ。光線が。

 待っていたとばかりにキラリが刀を振るう。光を切り裂く。


「そうだ! もっとだ! もっとこい!」

「どういうノリなの!」

「アンタがどんなに全力出しても、一人きりじゃなにもできないって思い知らせる!」

「はあ!?」

「いやでもアタシや仲間に頼りたくなるくらい! アタシが強いって証明してやる!」

「――……ッ!」


 ユニスさんの顔が強ばった。光線がどんどん巨大になる。眩い光が陣地の外を焼かないよう、刀鍛冶の覚えがある先生たちが霊子の壁を作っている。

 そんな戦地のただ中で、キラリが吠える。体操服が焼け、内側から溢れる霊子が戦闘衣装へと変えていくの。


「まとい……」


 ノンちゃんが放心したような声で呟く。


「アンタに頼られないアタシを許さない! アンタが何をしても、アタシは勝つぞ!」

「キラリ――」

「アンタが頼りたくなるまで、意地でも抗ってやる!」


 吠える。怒りを。願いをキラリが吠える。不意に光線が消えた。衣装姿で、それでもぼろぼろになったキラリをユニスさんが見つめる。涙に濡れた目元を隠さず、本をぎゅっと抱き締めて。


「なんで、そこまで……」

「仲間だからだろ! ……友達だから。そんなことも忘れたのか」


 仏頂面で言って膝をつくキラリを見て、ユニスさんは俯いた。


「そうね。そうだった……私、忘れてた」


 顔を上げて微笑む。

 雫が落ちた瞬間。


「ごめんなさい――……負けました」


 勝敗は決していた。

 私の大好きなキラリだ。ただその意思だけで勝ち抜いてみせた。

 単純な勝負だけじゃない……きっと私たちのトーナメントは、一戦一戦そのすべてが、何かを証明するためにあるんだ――……。


 ◆


 他のブロックの戦いもどんどん進んでいくけど、ノンちゃんに申し訳なくて身体を起こしたらまたぼたぼた鼻血が出てきたので保健室行きになりました。無念!

 保健のイケメン先生はね、椅子に座るなり私の頭を鷲掴みにしたの。


「あ、あのう?」

「動くな」

「は、はあ」


 でも、え? なぜに鷲掴み? などときょどっていたら、冷たい霊子が流れ込んできた。ノンちゃんやカナタよりも凄い勢いだった。シュウさんのそれに凄く近い。


「鼻の粘膜がズタズタになっている」

「えっ」

「見ていたが、己の刀を変える技なんて聞いたこともない。どんな副作用があるかしれない」

「……使っちゃだめ、とかいう話です?」

「無茶をしすぎだという話だ。柳生十兵衞の刀を己の心にしまいこんで、二つの魂を内に宿すだけでも負荷が高いのに」


 そんなこと、聞いたこともなかった。


「……昔、知人にいてな。とにかく、青澄、忠告しておくぞ」


 流れ込んでくる霊子の冷たさに負けないくらい、厳しい声で告げられる。


「過ぎた技は己を壊す。命を削る。いずれ死ぬ」

「そ、そんなおおごと!?」


 ぎょっとして見上げようとしたけど、先生の手の力が強すぎて無理。おーぅ……。


「青澄は心が強い。技は心を上回る勢いで上達していく。しかし身体が追いついていないし、危険な技ばかり覚えるな」

「……そ、それは」


 自覚あるから否定できない。

 金色を放つのだって、最初は死にかけた。大神狐モードだって同じ。歌だってそうだ。みんなをお助けする歌だって……がんがん体力が削られる。

 そして刀を化かす技は、特に危険なんだ。消耗が激しすぎる。それこそ……タマちゃん抜きで常時大神狐モードでいられるくらい強くならないと無理だ。


「足りないものは何か、わかっているんだろう」

「……はい」


 御霊を引き抜いた時のタマちゃんのつま先くらいにはなった。けど十兵衞の技には追いつけないし、心も同じだ。今の私じゃ、お姉ちゃんやミツヨちゃんを求めるのは過ぎた願いなのかもしれない。

 ――……それでも。


「ったく、覚悟決まった顔しやがって。生き急ぐな」

「いたたたたたた!」


 鷲掴みにされた手の握力が! 握力があ! 割れたスイカみたいになっちゃうう!


「彼氏がいんだろ。家族がいる。てめえ一人の身体じゃないってことを思い出せ。無茶をする前に、大事な人間の顔を思い浮かべろ。わかったか?」

「いたいいたい! 先生! 先生つぶれちゃう! 私つぶれちゃう!」

「わかりましたかぁ?」

「わかったわかった、無茶をしないのでゆるしてくだしい!」

「忘れるなよ」


 握力がゆるんだ。ほっとしたいけど、手は離れないまま。注ぎ込まれる霊子がどんどん頭の痛みを和らげてくれるけど、でも無理。逆らったらおいたされちゃう!


「ったく……養護とはいえ教諭なんかやるもんじゃねえな」

「ええええ」

「抜けた生徒ほど構いたくなるのがめんどくせえ」

「だ、だったら無理して構わずに手を離していただいても」

「俺の責任問題になるだろうが」

「うっぷす!」


 やりたい放題だ! 逃げようとするけど手が吸い付いているように離れない。両手で掴んで引きはがそうとしても無理。


「ふぎぎ!」

「ばあか。高校生のガキとは鍛え方がちげえんだよ」

「ふぬぬぬぬ!」


 もういっそ全力で踏ん張ってなんとか引きはがそうとするけどだめ。離れない。どうなってるの!?


「刀鍛冶と医者の二足わらじやってた俺をなめんなよ」

「だったらお医者さまやってればよかったのでは!」

「シュウが頭下げてお願いしてきたから赴任したんだ。誰が好きこのんで十代のガキの面倒なんかみるか」

「いっそ清々しい言い分! でもなんだろう。私が告げ口したら大問題になりそう!」

「しないよなあ?」

「いたたたたたた! 肉体的交渉術大反対! 断固反た、いたたたたた!」

「しないよな?」

「しませんしません! ぜったいしないのでゆるしてくだしい!」

「よろしい」


 わ、割れるかと思ったよ……。


「まあ痛いくらい霊子を注いでやったから、ちったぁマシになっただろ。それこそ全力で俺の手を引きはがそうとしても問題ないくらいには」

「え? ええと」


 言われてみると、確かに……戦う前どころか、昨日の特訓前くらい充実した調子に戻ってる。

 不思議……。


「てっきり生意気いいやがってこのガキめ的な握力で握りつぶしにきていたのかと」

「ちげえよ。そんなことをしたら暴力沙汰になるだろう? なあ、青澄」

「……おう」


 良い笑顔でさらりと言われると困る。


「これは治療行為です」

「そういえば痛くしても許されると思って!」

「よくわかってんじゃねえか。そうしないとお前また無茶するだろ?」

「うっぷす!」


 くうう。勝てる気がしない!

 士道誠心に入って話しやすい大人がライオン先生かニナ先生くらいって、どうかと思いますよ! ちなみにシュウさんを除外したのは照れることさらっと言うからです。まあカグヤさんという女性と知り合って変わった可能性は大いにあるけど!


「……よし。繰り返すが、どんなに勝ちたいからって……どんなに望む結果を得たいからって、自分の身の丈を越えた力を使おうとするな。使いたければまず身の丈をでかくしろ」

「身長をのばせ、と……」


 神妙な顔をする私に呆れた顔をして、先生は手を離して、代わりにチョップをしてきました。


「あうち!」

「ばかか。違う。鍛えろっていう話だ」

「おう……」

「少なくとも……そうだな。尻尾が常時消せるくらい強くなれるまでは、刀を化かすのは禁止する。先生方にも共有し、お前がこのトーナメントでその技を使ったら負けとするよう伝えておく」

「えええ! そんな横暴な!」

「横暴じゃない。はっきり言うが、今のまま無理して過ぎた技を命を削って使っていたらいずれ死ぬぞ」

「――……えと」


 戸惑う私に先生は言うの。


「鼻血はよくない兆候だ。極度の興奮……山吹マドカを助けた時の報告も聞いている。青澄、願うままにどこまでも興奮して己を高めて、その先に何がある」

「ゆ、夢を叶えられます」

「その前に死ぬのがオチだ。今のままならな」


 自分の椅子に腰掛けて私を見つめると、先生は足を組んだ。


「いいか。神の座に至る天孤へと御霊の妖狐を高めたのだろう?」

「……はい」


 渋々頷く。


「そして御霊を引き抜かれても、お前は妖狐であり続けられるようになった、と。緋迎カナタからお前の相談をされた時に聞いている」


 なんと。


「ならば、お前自身が天孤になるまで無茶をするな」

「そ、そんなあ! 天孤……大神狐になるまでは、すっごい年月が必要で!」

「どうしても使いたければ、その壁を越えてみせろ」

「そ、そんな……」


 タマちゃんに追いつくまでは……だめ。

 どうしても、だめかな。


『まあ……彼の言うとおりだな』


 十兵衞……っ!


『十兵衞を責めてやるな。まあ……二度目でどうなるかと思っておったのじゃが、実際お主はボロボロじゃ』


 タマちゃん……。


『化け術も妖力の使い方も、まだまだ未熟すぎる。十兵衞の技の引き出し方も無理矢理。それじゃあ己自身を守り切れん』


 だ、だって。せっかく特訓して手に入れたのに!


『頑なになるな。己のものとするために、己自身をまず磨き、鍛えることが肝要だ。先ほど見事な戦いを見せた狛火野は、なんのために素振りを続けている?』


 十兵衞、ずるいよ。狛火野くんの素振りをだされたら……言い返せないよ。

 俯く私に先生のため息が聞こえる。


「話は済んだようだな? ……どうも慣れないな。刀の声を聞く才能……俺が会うのはお前が初めてだから」

「……すみました」

「よろしい」


 先生は私を見つめて言うの。


「使わなきゃ死ぬという窮地以外、いや。使ったら死ぬような窮地でも、自分を殺しかねない技は絶対に使うな。周囲を癒やす歌を手にしたお前が、誰より真っ先に自分で自分を傷つけてどうする」

「う……」

「自分で自分を癒やせるようになれ」


 その言葉は妙に心に響いたの。


「医者の不養生のような真似をしてくれるな。あまり……周囲に心配をかけるな。お前のように自分を傷つける技を使ってぼろぼろになっていく奴が友達にいたら、どんな気持ちになる?」


 自分を傷つける技。覚えがある。マドカがそうだし、刀や傷っていうんじゃなくて生き方に変換してみたら、いつかのキラリがそうだった。

 そんなことしなくても幸せになれるし、もっといっぱい輝けるのにって……私は思い続けてきた。どんどんしょげていく私を諭すように、先生は優しい声を出すの。


「歌の仕事をはじめているんだろう? お前のファンはどんな気持ちになればいい」


 周りの人が……私を見て、同じような気持ちになるのなら?

 嫌な気持ちになっちゃうのなら?

 確かに無茶するべきじゃない。

 ……高城さんや社長、トシさんたちにもひどい迷惑を掛けちゃう。そんなのはいやだ。収録がんばってきたのに、発表する前に死んじゃうとか、絶対にやだ。


「……すみませんでした」

「ああ。じゃあ……試合を見に行ってこい」


 ただ怒られているんじゃなくて、純粋に心配されているんだとわかったから頷く。

 とぼとぼと保健室を出たの。入れ替わるように負傷者が運ばれてくる。


「ほんっっと、ばか! ばかすぎてばか! ラビくん相手に無茶して、なにケガしてんの」

「っせーな……勝ちてえから無茶をする。当然だろうが」

「それで結局負けて……ああもう、勝敗よりも。傷ついてどうすんの!」

「いててて。あんま怒鳴るなって――……」


 傷ついた男の子が歩くそばに、心配そうに付き添っている女の子がいる。二年生の先輩たちだろうか。いつか見た二人組のような気がする。

 それだけじゃない。校舎を出るときには女の子同士や男の子同士で肩を貸して保健室に行く姿も見えた。

 みんな戦っている。競い合っている。夢を形にするために、力を引き出す。そうして賢明に自分自身を証明している。

 だけど私は自滅しながらもがいて、やっと可能性を掴んだ。

 先生は言うのだ。そんなやり方じゃ終わりがくるって。私も……私を別の誰かに置き換えて想像してみたら、確かにそうなるよなあって素直に思う。

 刀を化かす。それは可能性の塊だと思う。だけど同時に……タマちゃんの輝きを変えちゃう技だ。それは当然、私の夢のありようを曲げるし、私自身を傷つけるし、なによりタマちゃんを変えることにも繋がっちゃう。


『まあ……気づいてくれたのなら、よいが』


 タマちゃん……。


『代償はもうわかったじゃろ?』


 うん……別の刀に化かすなら、そもそもタマちゃんの刀である必要がなくなっちゃう。

 そんなの、タマちゃん本来の輝きじゃない。


『うむ! じゃから……試合に勝って勝負に負けたのじゃ』


 心が痛い。あんな形になっちゃった私が、痛い。


『自分を傷つける必要はないぞ。お前はよくがんばった』


 十兵衞……。


『ただ……酒呑童子の主の気持ちに応えてやれ』


 ……うん!

 がんばったから、岡島くんが譲ってくれた道。ちゃんと進みたい。

 それにはもっと違う技がいるんだ。もっともっと強くならなきゃだめ。

 大神狐に普段からなれるようになるために……やらなきゃいけないこと。

 なんだろう。まだちっともわからない。

 それでも明日には第二戦が始まっちゃう。今夜も……眠ってなんか、いられそうにないよ!


「うおおおおお! やるぞおおおお!」


 闘志を燃やす。勝つために。なにより……自分自身を生かすために!


 ◆


 山吹マドカにとって、精神的につらい戦いだった。

 十組の虹野リョータくん。彼は同じ十組の仲間の力を取り込んで戦えるようだ。彼本人も含めて、七色に変わる侍……になるのだろう。もっとも今つかえるのは、相馬トラジくんの鬼トラジモードだけのようだが。

 それでも鬼と戦うのは骨が折れた。彼の力を引き出して戦って見せたけど、そうするたびに彼がどんどんパワーアップしていくのだ。たまりに溜まった積み重ねの刀で圧倒してなんとか陣から押し出して、勝利をもぎ取った。本当に疲れた。

 けど――……教室に戻って、すべてが終わって正面玄関のトーナメント表を確認して眩暈がした。みんながざわついて見ている。私を待ち受けていたかのように、仲間さんが笑っていた。


『第二回戦』


 進出している名前を見る。十三ブロックの顔ぶれは以下の通りだ。

 青澄春灯VS佳村ノン。狛火野ユウVS天使キラリ。中瀬古コマチVS相馬トラジ。月見島タツキVS沢城ギン。そして――……


「次はよろしく」


 快活に笑う仲間トモ。彼女と第二回戦で戦う。

 途方に暮れる。剣道部で一度も勝ったことがない相手。一学期のトーナメントの覇者。そして……ハルの特別な友達。

 逃げられはしない。巡ってくるんだ。その機会は、どんなに足掻いても。

 負けたくはない。やるなら勝ちたい。どうせなら、ハルと戦うところまで。

 けれど立ち去っていく彼女の背中の頼もしさに惑う。

 求めてしまう。

 士道誠心で煌めきを放つに至った青澄春灯。輝く彼女のそばに誰より長くいながら、それでも曇るどころかますます輝き続ける女の子。

 彼女と戦ったら、見つかる気がするんだ。

 ハルとの付き合い方……いや。自分自身の輝きとの付き合い方が。

 知りたい。彼女の輝きの根源を。それが見つけられたら、山吹マドカはきっと救われるに違いないから――……。




 つづく!

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