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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四章 初めての邪討伐

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第三十五話

 



 私を抱いたラビ先輩は悠然と歩く。

 軽々とお姫さま抱っこされていますけど、そのう。


「お、重たくないですか?」

「ビル並みに大きなヤマタノオロチ状態の妹に比べたら、全然だね」

「ええ、と」

「冗談だ」


 笑う顔もかっこよし……って、だめだ。今の私の身体だとちょろすぎてだめだ。

 お腹から声が聞こえるようだよ。すべてを委ねていくところまでいけ、と。

 ちっとも頭が回らないよ!


「総員、新年度最初の大敵である! 怪我をするなよ!」

「「「「 応! 」」」」

「八葉、ゆけ!」

「はい!」


 ライオン先生の呼び声にみんなが応える。

 特に名指しで呼ばれたカゲくんは、オロチの前に躍り出てその刀を突きだした。


「俺は八葉カゲロウ! あんたに救われた男だ! 草薙を手に入れた! 恩に報いるため、ここにきたんだ! さあ、こい! この刀、ヤマタノオロチなら無視できないんだろ!?」


 オロチの首がみな一斉に咆吼を上げた。

 そしてずるずると身体をくねらせて、カゲくんめがけて這い寄っていく。

 物凄い速度だった。

 けれど――間に立っていたニナ先生が刀を抜いて、その身体をサイほど巨大な犬に変えるとカゲくんをくわえて背中にほうり投げた。

 咄嗟にしがみつくカゲくんを乗せて、ニナ先生が疾走する。

 命を賭けた追いかけっこの始まりだった。

 二人を食らおうとするその頭をライオン先生が、先輩達が、狛火野くんたちやトモが撃退する。

 刀を抜いて声高に陣形を呼びかけるのはなんとシロくん。


「ラビ先輩! 頼みます!」


「しっかり捕まっていて」とラビ先輩が言った瞬間。


『ハル! ほれ! お許しが出たぞ! あの女のかたわれだと思うと複雑じゃが、いまは抱きつくのじゃ!』


 タマちゃんそれはあんまりだと思う!

 でも従う! そうせずにはいられないよ!


「は、はひ!」

「いくよ」


 ラビ先輩が呟いてすぐ、跳んだ。

 ぴょーんと。目線が駅の屋上を越え、数十階はあるであろうビルの上まで。

 凄い加速度に夢中でしがみつく。っていうかそうしないと落ちそうで怖くて無理。


「君なら大丈夫」

「え――……」

「抜かずは返上だ、これより狙いは一つ!」


 ラビ先輩が刀を引き抜き、私を片腕で抱き締めたまま刀を投げた。

 その刀は一直線に向かっていく。

 八岐大蛇の尻尾へと。

 それは何にも阻まれずに突き刺さり、オロチの前進を止めた。

 たまらず叫び、私たちを睨んで大口を開ける。

 その瞬間だった。


「いっておいで」

「え、あ――……ひゃああああああああ!」


 ひょい、っと目の前に来たオロチの口の中へ私をほうり投げた。

 見事な放物線を描いて口の中へ、そのまま食道を通って降りていく。

 お尻が柔らかな肉にあたって、まるでジェットコースターを落ちるように進んで――……ごろごろごろごろ転がった私が「へぶっ」と倒れた時だった。


『さけ……さけが……さけ……のみたい……う、うおお、おおおお!』


 ひどく残念な声が聞こえてきたの。

 身体を起こしてみると、黒いモヤに身体をまとわりつかれたユリア先輩が宙に繋ぎ止められていた。声はその手に握られた刀から聞こえてくる。


「ゆ、ユリア先輩!」

「ん――……ぅ、あ」


 苦しげに瞼を開けた先輩は私を見て、口を開こうとした。

 けれどその口を触手のように覆って、モヤが紐状になって先輩をがんじがらめに縛り上げる。


『酒、さけぇえ……え? おんな、きむすめの匂いがする……処女の』


 ええ、と。酔っ払ったおじさんの声でした。

 人が良いのに酒に弱すぎるだめなおじさん、という声でした。

 あと台詞がひどい。


「おうおうおう! 共に伝説神話の類いの存在とされておきながら、情けない声を出しおって! そっくび貰わずにはいられんのう!」


 た、タマちゃん?


「ふん……ハル、見えるか? あのモヤ、刀に吸いこまれておる」


 身体の自由を手にしたタマちゃんが見る先……刀の柄。

 確かにタマちゃんの言うとおり、黒いモヤが刀に吸いこまれて消えていく。そのせいか、刀身は黒いモヤに染まってどんどん肥大化していく。


『おんなあ……さわりたい……生き血、なにもしらぬ、ち。持ち主に触れられぬのならば、めしを、さけをもってこい……もってこおおおい!』


 おじさんの声だけじゃない。

 触手から聞こえた気持ち悪い声が重なって聞こえる。


「欲を吸い上げ宿主の魂を己のそれで上書き、己の欲を満たす悪鬼羅刹となろう。その前に勝負を付ける――」

『ひぁっ』


 頭の中でばちんと何かが切り替わった。

 口から出ていたタマちゃんの意志が頭の中に響く。

 だから、


「斬るのは俺の役目」


 今度私の口から出たのは十兵衛の意志に違いない。


『こ、こら! 妾の見せ場なのに!』

「俺の間違いだろ」


 にい、と唇の端をつり上げる。


「まずはモヤをさばく。覚えろよ、ハル」

『え――……』


 呼びかけられてあわてて意識を集中する。

 十兵衛は私に何かを伝えようとしているんだ。

 そう感じたから。

 地面を蹴った十兵衛。

 当然、向かうはただ一つ。ユリア先輩だ。

 けれどモヤたちが放っておくはずがなかった。

 私たちにそのモヤを触手のように伸ばして捕らえようとしてくる。

 幾つもの点。

 穿つべきは私の肉体。狙うはその血。

 浅ましく醜い願望を剣豪がかわせぬ道理はなかった。

 確信だ。

 たった僅かな距離が命運を分ける。

 その僅かな距離を見抜ける確信が十兵衞にはあった。

 何より、見えるんだ。右目に。生死を分ける距離が。未来が。

 跳ばず、踊るようで、なのに大きくは動かない。

 足はただ前へ。

 見切っているからこそ出来る芸当だった。

 すぐに間合いを詰めた十兵衛の手は既に柄を二本、掴んでいる。

 真似なんてしようという発想が浮かばないくらい綺麗な軌跡、二筋。

 それはユリア先輩の顔と身体を覆うモヤを切り裂いた。


「――……か、はっ」


 口から黒いモヤを吐き出したユリア先輩が私を見る。

 けれどその手に握られた刀は八つの軌跡を同時に描いて私に襲いかかった。

 人ならざるありえない剣筋は、けれど剣筋であるがゆえに十兵衛の敵ではない。

 なんで!


『助けて欲しくて面倒な呼びかけをしたんじゃろうに!』


 だからこその絶対の信頼。

 私とタマちゃんの悲鳴はもはや的外れ。

 十兵衛の冷徹な思考はただ、どう斬るかに向いている。


「オロチが、動く。斬らずに、血を吸わずに、いられ、ない……」


 苦しげな声を出すユリア先輩の身体は、歪に動く。

 まるで何かに操られているよう。

 その糸はきっと八本あるに違いない。


「抗うな、身を任せろ」

「え――」

「いま斬ってやる」


 十兵衛の声にユリア先輩の頬が赤くなった。

 先輩の手から放たれる突きは蛇が獲物に噛み付くような怪しい軌跡を八つ同時に作り出す。


『『 十兵衞! 』』


 私とタマちゃんの呼びかけに応えるは、ただ口元の笑みだけ。

 ただ、跳躍。

 中心に飛び込む。

 膝を先輩のお腹に当てて、共に肉の壁に一直線。

 その最中、十兵衞は二本の刀で先輩の刀を挟んだ。

 凄まじい火花が散る。

 暴れる刀の力は到底おさえきれそうにない。

 当然だ。

 あんなに大きなオロチの根源なのだから。

 どうしよう。

 そんな私の弱音を打ち払ったのは、二人の魂の輝きだった。


「玉藻!」

『ちい!』


 尾から何かが流れ込んでくる。

 全身を陶酔と恨みが貫き、それは刀へと伝わった。

 直後、十兵衞の腕が振るわれた。

 甲高い金属音の後、先輩の身体から何かが吹き出していく。

 同時に手に感じる手応えが失われた。

 足をそっと押して先輩を押しだし、地面に着地する。

 先輩も先輩で、よろめきながらも着地。その手に握られた刀は――……半ばから先が折れてなくなっていた。

 全身にじんわりと汗が滲む。

 鼓動はずっと高鳴っている。

 怪しい陶酔と高揚感に身体はずっと震えていた。

 尻尾が膨らんでいる。

 けれど男の子の前にいるときとは違う。

 暴れ回りたい。この衝動を満たすためならば――……何をしてもいい。


「落ち着け、ハル……玉藻」『頼む』

「わかっておる」


 十兵衞がタマちゃんに委ねた。

 タマちゃんは十兵衞の刀をしまい、自身の刀を振るう。

 周囲の壁へと、無造作に。

 それだけで肉は切り裂かれた。


「半ばに失われれば脆いものよ。そうさなあ――……食ろうておくか。ハルの霊力の源になってもらおうかの。殻を破れば少しは渇望も衝動もマシになるじゃろ」


 地面に刺した刀の先端が、ぞぶ、ぞぶ、ぐじゅ、と音を立てる。

 何かを飲み込むえげつない咀嚼音。

 身体中に何かが満たされていく。衝動は落ち着いていくばかり。

 渇いていた何かが潤っていく。

 これがいいことなのかどうかはわからない。

 ただタマちゃんの魂から歓喜が伝わってくるばかり。


「ん、んん……ほいなっと」


 刀を引き抜く頃にはオロチの身体はほとんどが消え失せていた。

 ぴょんっとタマちゃんが跳ぶ。

 すう、と吸いこんだ息を高らかな鳴き声へと変換した。

 私のお尻から三本目の尻尾が生える。

 それどころじゃ済まない。

 四本、五本――……一気に八本へ。

 ふり返ってみる尻尾の毛は金色だった。

 煌めきが増している気がする。


「一本足りんが、まあよしとするかの。さて、満腹じゃ。後は任せたぞ、ハル」

『え、え?』


 戸惑う私の身体から一気に力が抜けた。

 あわててよろめきながらも自分で立つ。

 けれどバランスがうまくとれない。

 お尻が重たくてつい尻餅をついた。

 周囲にもうモヤはない。オロチも消えた。

 ユリア先輩に駆け寄るのは刀をおさめたラビ先輩で。


「大丈夫か!」「あの蛇……何かと言えばお酒のみたいってうるさいの。ずっとお腹ぺこぺこだったけど、これで楽になった」


 ユリア先輩が双子の兄にそうこぼしている。

 悪態をつく先輩のうんざり顔。初めて……素顔を見た気がする。

 だからかな。駆け寄ってきたトモたちに紛れて、カゲくんがユリア先輩をじっと見つめていたよ。

 疲労困憊だけど、みんな元気だった。

 怪我をしている人の姿は見えない。


「ごめんなさい。一年生……特にあなたには迷惑をかけたわ。助けてくれてありがとう」


 顔を上げると、ユリア先輩が本当に苦しそうな顔をしていた。

 何か言わなきゃ。そう思って口から出たのは、


「先輩の好物ってなんですか」


 で。月見島くんが「へえ」と笑う。

 私も何聞いてるんだろって思ったけど……聞いてみて思った。

 あんなにたくさん食べる先輩が好きな食べものってなんだろう。

 知りたい。先輩のこと。


「え……と」


 困ったように周囲を見渡すユリア先輩だったけど、ラビ先輩と目が合ってからやっと笑って。


「風邪を引くとラビが持ってきてくれるの。モモカン、山ほど。それを食べきるのが好き……」


 子供っぽい。けど……なんかいいな。


「そ、それだけ?」

「恥ずかしそうな先輩みてごちそうさまって感じです。だからいいです!」

「へ、変な子……もう」


 テレテレしているユリア先輩を見つめるラビ先輩の笑顔はどこまでも優しかった。

 ラビ先輩が刀を抜かない理由もだから、わかっちゃった。

 万が一にもユリア先輩を傷つけたくなかったんだ。


「さ、積もる話もあるでしょうけれど。みんなで学院に帰りましょうか」


 ぽん、と手を叩くのはニナ先生だった。

 戦う前と違ってみんな、はーいと声を揃えるのが……なんだかおかしかったよ。


 


 つづく。

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