第三百四十八話
棺に入る前にラビ先輩に言われていたんだ。
「キラリちゃん。君には……マドカちゃんを狙った敵を倒す力を貸して欲しい」
「倒すって……私、自分なりのやり方しかできませんけど」
「それでいい。呼びかけたら、いつものように頼む」
「はあ……」
そんな会話をした。しかしまさか、こうなることをイギリスに飛ばされる前に見越していたのか? お助け部の兎耳がファンシーな先輩という印象しかなかったけど、どうやら認識を改めた方がよさそうだ。
まあいい。ピエロがむかつく奴で、手の掛かる困ったちゃんなのはよくわかった。
歩み寄る。黒い星ならとっくの昔に見えていた。今はたった一つ。
「なあ……アンタ、春灯とマドカになんであんなことしたの?」
問い掛けた瞬間、黒い星が大きく震えた。
「そりゃあ」『俺の世界で』「俺より目立つから」『俺の色に』「染めたくなったんだ」
笑う声が頭に響く。かんに障る声。意図して出されている、害意。
「俺が俺の色で埋めつくしたくなって、それの何が悪いんだ? 世界は俺に染まってくれなきゃだめだろ」
笑う。歪む。怒りと愉悦。憎しみと攻撃性。重なり合って、すぐ手前に私たちへの悪意として存在する男。
「あの金色をさ……俺が白く黒く染めるんだ」
瞳に浮かぶ狂気。
それさえ……この男は理性の内側で抱え込んでいる。
理解する。こういう奴がいると。
世界にはいろんな奴がいて、自分の目的のためなら敵意を持って周囲を歪めようとする人間が存在するのだと。
考えるまでもないな。それが現実だ。こういう奴がいるのが現実だと、私は身をもって知っているじゃないか。
士道誠心があまりに居心地よくて、ばかみたいにいい奴が多いから忘れがちなだけで。
吐き気がするけど……それでも、認める。
「……アンタの願いの存在を認める」
男の欲望が私に向けられる。なめ回すような視線の色を、いやっていうほど知っている。
「それでもね。その願いは叶わないよ。アンタは……アタシ達とは違う世界で生きていくんだ」
刀を突き刺す。男は悲鳴をあげない。より深く笑うだけ。
手応えはすごく気持ち悪かった。刺して実感する。こいつ、心に邪を山ほど住まわせている。
緋迎先輩とラビ先輩に刀を突きつけられ、跪かされて。
それでもこいつは願っている。染み込んでくる。私、マドカ――……春灯への、下卑た欲望。
「さよなら」
引き抜いた。星が吐き出される。黒星が泥のように押し出されて消えていく。
男は笑いながら前のめりに倒れた。白目を剥いて、それでもすごく楽しそうで。
刀をしまう。吐き気がして、口元をおさえる。吐き出さずに済んだ。
ただ、頭が痛い。こいつは徹頭徹尾、男だった。生々しいくらいに、男だった。優しさも慈悲もない。ただ……世界に強く自分を誇示したい、男に過ぎなかった。
「悲しい奴」
呟いたのは、マドカだ。
「……世界や周囲に変わることばかり求めて、自分が変わらないんじゃ……欲望は膨らみ、心は乱れて黒く染まるだけ。いい教訓になったよ……だから許すよ。あなたを」
刀を下ろして、呟く。
「だってきっと、あなたは逃げ続けた私だから……さよなら」
俯くその気持ちを繋ぎ止めたくて、思わず手を握る。
ぞっとするくらいに冷たかった。
マドカはきっと、心の中で泣いているのだ――……。
◆
ユニスが巨大な樹を焼き払う。力尽きて落ちてきた彼女の落下を一人の魔法使いが止めた。ミナトが駆け寄ると、彼女は俺たちにも深い謝罪を口にしたのだった。
春灯には会わせたくない男と黒人の少年を彼らに預ける。魔法使いの……ただ協会と呼ばれる組織。一枚岩ではないがゆえに一部の暴走を許し、イギリスで異変を起こしてしまったことへの謝罪を何度も受けた。
構わない。俺たちは仲間を助けに来たのだから。
ユニスを抱き締める鷲頭と、彼らを囲む一年十組。そして山吹マドカを労るラビと頷きあい、日本に連絡する。その瞬間にはもう、身体が光に包まれていた。
気がついたときには日本に戻っていた。
士道誠心、寮のすぐそば。棺は既になく、ユニスと鷲頭を含めた全員が無事に帰還していた。
見渡す。
春灯をはじめ、みんなくたびれた顔をしていた。
けれど戻った俺たちを見て、すぐにほっとした顔を見せてくれる。
飛びついてきた春灯を抱き留めた。
「おかえり!」
「ああ――……」
浮かぶのは、あの男の結末だ。
ジョーカーのカードを手にして、協会の過激な連中と手を組んだ不可思議な組織の一員となった男は、協会の厳重なる封印指定を食らうことになったようだ。
一緒にいた黒人の少年も、彼のいた組織について調査の対象となるらしい。
組織とやらは、或いは協会の離反者が組んだグループかもしれない、という。
ユニスを助けた魔法使いの弁ではな。
その魔法使いはユニスの母親を庇い、針のむしろ状態になり救いのないイギリス滞在よりも、協会としてユニスをプロと認めて日本でこれからも住むべきだと勧めた人らしい。その優しさを信用してもいいと俺は思う。
とはいえ……あの男は、春灯にとっては許せない人間の筆頭格だろう。
言うべきか迷う。
「……何があったの?」
少し離れて俺を見つめる春灯の視線は強く、揺らがないものだった。
「山吹を狙ったのは……兄さんを襲い、お前を狙ったあの男だった。会ったよ」
「――……そう」
一瞬、春灯の表情にさまざまな感情が浮かんで揺れた。
憤怒、焦燥、悔恨と……哀しみ。
「どうなったの?」
「倒したよ……ケリはついた。もう会うこともないだろう」
「……そっか」
噛みしめるように深く頷いて、春灯は呟く。
そして山吹マドカを見るのだ。気遣わしげに。
彼女はいま、狛火野や真中先輩たちお助け部の面々に囲まれて晴れやかに笑っていた。
吹っ切れた顔をしていることに安堵して、春灯が俺に身体を預けてくる。
何も言わない。言うべきじゃないと思っているかのように……飲み込んで、吐き出すのはため息だけ。
傷つける言葉は口にしたくないのだ。優しく生きたいから、健やかに生きたいから……そういう言葉を使いたくない。
春灯は不満を素直にぶつけるし、文句だっていうけれど。悪意をもって、言葉を誰かにぶつけたりはしない。そんな瞬間を、俺は見たことがない。
それが春灯の強さであり、歌や願いに宿る本質なのかもしれない。
葛藤はあるのだろう。苦しんでもいる。
金色に輝きたいし、照らしたい。
願いは単純で簡潔。
だからこそ、自分の娯楽のために自分色に染めたいあの男は、ある意味では最強の敵だった。そしてもっとも噛み合わず、最弱の敵だったとも言える。
確かに春灯はまだ、世界に普通に存在する何気ない悪意との向き合い方を見つけられていないかもしれない。だから何も言わないのだろう。
けど、俺にはもう……見えている。
その人のもつ輝きを照らしたいのだ。自分の色に染めたいんじゃない。だから……あの男がどう足掻こうが、お前には絶対に敵わない。
この答えはとっくの昔に出ているものだろう。
俺にはもう、見えている。
自分の敵意を、命を狙う意思を飲み込んだ……あの一瞬も。
心が挫けてしまいそうになりながら、それでもみんなの何かを変えられるかもしれないと信じて歌い続けたお前のステージにも。
ちゃんと、答えが出ているよ。
だから……乗り越えていこう。日常を重ねて。
「ただいま……」
そう囁いて、頭を撫でる。
ずっとそばにいる。必ず帰ってくる。絶対に……お前を守るよ。
決意を抱いている顔は他にも見える。
山吹マドカに寄り添う狛火野ユウであり、疲れて十組一同に怒られているユニスを支える鷲頭ミナトであり……そんな男の顔に気づいた、思い人のいる人たち。
空を見上げた。
星が一つ落ちる。願いはもう――……誓ったから、きっと届くに違いない。
◆
メイ先輩の呼びかけでお助け部はメイ先輩のお部屋でお泊まり会をすることになった。
すごく悩んだけど、カナタにいっておいでって言われたから素直に甘えることにした。
ラビ先輩が布団を敷いてくれて、とっておきの紅茶とお菓子を出してくれたよ。
あとは女性陣で、と。そう言い残して去って行った。まあね。パジャマ姿の女子六人の集まりの中にいるのは、高校男子的には居心地悪いかもだよね。
そんなことを考える私はといえば、メイ先輩のベッドでメイ先輩にぎゅってしてもらいながら紅茶をちびちび飲んでました。マスカットティーの甘い香りに心が安らぐの。あんまいし。
「はふー……」
のんびり息を吐く。
準備をしている最中にラビ先輩がイギリスで起きただいたいのあらましを教えてくれたから、いまはひと息つくモード。
「キラリ、お菓子たべて」
「……いや、夜中にスナックはちょっと」
「嫌いだったかい?」
「好きだから困るんです」
「今日くらいはいいじゃないか」
もたれかかるシオリ先輩のあーん攻撃にキラリが屈してる。
かと思えばマドカはルルコ先輩にぎゅってされながらぼんやりしていた。
「マドカちゃん……複雑?」
「いえ……結構すっきりしてるんです」
ルルコ先輩の呼びかけに、マドカは呟くの。
「自分のためなら、他人がどうなろうと知ったことじゃない、みたいな。そんな敵だったってわかって」
「あいつマジで無理だった」
キラリがすかさず文句を言う。刀で貫いた時の感触がかなり気持ち悪かったらしい。それだけじゃないみたいで、顔にははっきり嫌悪感が出てる。
「ね。でも……私もちょっと、ああいうところがあったから。思い知らされたの」
対するマドカは笑っている。すごく痛そうな笑顔だった。
「欲望が強すぎて……それじゃ満たされない。ハルを狙って、私を乱して、キラリに欲望を叩きつけて。そんなの、自分をお助けするサイクルじゃない」
断じるマドカには、何かが見えているのかもしれない。
「私は私をお助けしたい。だから、ちゃんと自分の輝き掴みたいって思った」
ルルコ先輩に身体を預けて素直に甘えるマドカは噛みしめる。
「許すの先……認める。それよりももっとナチュラルに、ストレートに……自分と世界を受け入れる。そしてハルみたく……すごいねって言えるようになる。そういう力が私は欲しい」
見つめられるの。
「自分をちゃんと褒めてあげられたら……優しくできたら、世界ともっと優しく付き合える気がする。そしたら……光にもっと、素敵な青春を見せられるかもしれないって思いました。まる!」
「いいじゃん」
ルルコ先輩がマドカの頭を撫でる。
「友達は……大事な人は、マドカちゃんにとって光そのものなんだよ。そんな願いを持ってるマドカちゃんはね。ルルコは優しい人だなあって思うよ?」
みんなで思わず和んじゃった。ルルコ先輩の言葉がすごく素直だったから、マドカが照れくさそうにはにかむ。その笑顔は――……思わず頭の中にずっと保存してたいって思うくらい、輝いていたよ。
◆
みんなでちょっと騒いで、だけど今日はがんばりすぎてくたびれモードだったので一人、また一人眠りに落ちていく。
メイ先輩に頭をぎゅって抱き締めてもらいながら……キラリやマドカ、ルルコ先輩にシオリ先輩の寝息を聞きながら、私は考えてたの。
「メイ先輩……」
「なあに?」
「……仲間を狙われたりして、救えなかったら。自分を許せなくて、どうにかなっちゃうかもしれないって……変ですか?」
メイ先輩が少し姿勢を変えて、私の顔を見下ろしてきた。
「むしろ……私にとっては自然だけど。どうして?」
「……基本、みんなとわかりあえたらいいって思うし。仲良くしたいし……だけど、うまくいかない人もいて」
「うん」
とりとめのない話に、メイ先輩は付き合ってくれるみたいだ。
優しい相づちに頼りながら喋る。思い浮かべるのは……トウヤを狙い、マドカをそそのかした男の人。あの人の……悪意。
「許せないなあって……思うんです。そういう人の存在もだけど……そういう人にたやすく乱されちゃう、私にはなにもできない無力感みたいなのが」
「……そうだね」
「いろんな人がいるから、そりゃあ……噛み合わなくて。一緒にはいられない人もいて。私にとって嫌な人がいるみたいに、誰かにとって私もそうだっていう……そんなの、わかってるんですけど」
愚痴でしかない。けど打ち明けずにはいられなかった。
「でも……やなんです。きらきらに輝いてて欲しいし、輝かせたいし……みんな、そうであったらいいなあって思うのに。曇らせてきたり、曇っちゃったり」
「今回の敵がやだったんだ。ハルちゃんは」
「……はい」
「まあいいわけないよね、私も許せないし」
でもね……そう言って、メイ先輩は笑った。
「曇らせてくるのがいやなら、照らしちゃえばいいんだよ」
「――……え」
「ハルちゃんはさ……ハルちゃんの金色は、ハルちゃんのための力だよね。青春を楽しみたい、人生を明るく生きたいハルちゃんの願いそのもの」
視界がにじむ。
「だったらさ。それを邪魔する誰かが曇らせてくるなら……負けないくらい輝けばいい」
まばたきをする。雫が落ちる。
「仲間がピンチ? 仲間を曇らせてくる? だったらその倍、何倍にも増して照らしてあげるの」
思わずこみあげてきた。
「太陽の私が言うんだから間違いない……ね?」
「……っ」
しがみつく。そうせずにはいられなかった。私を照らしてくれる先輩に縋り付かずにはいられなかったの。
浮かんでくる。
『大好きな人の笑顔が見たい。それだけでいいじゃろ?』
タマちゃんがくれた言葉。文化祭のステージでかけてくれた言葉。
『ハル……お前自身の輝きを信じて、進め』
十兵衞も背中を押してくれていた。ちゃんと覚えているよ。
『もっと貪欲に求めろ! 求める物を見ずして倒れていいはずがないじゃろ! 見たいのは、お主に染められた誰かではないはずじゃ!』
そうだ。そうだった……染めたいっていうんじゃないんだ。
私の願いは。
『たった一人でも喜んでくれるのなら、倒れるな! 求め、走り続けろ!
『そこに笑顔があるじゃろ!』
『歌い続けろ! 死んでも歌い続けろ! 世界は変えられん! だが願うことはできる! たった一人の気持ちくらいは動かせるやもしれん!』
『見たいじゃろ!』
見たい。見たかった。あの日、私は見つけたはずだ。
微笑むみんなの顔が金色。
誰かが笑ってくれたら嬉しい。そのために頑張りたい。ぜったい折れない。
……キラリと再会して、ユイちゃんと三人で笑えたいまが金色。
照らしてくれたのは、ユイちゃん。ずっとずっと願っていたのは、彼女が最初に繋げてくれた笑顔。中学時代、みんなで笑って楽しめたら金色だったのにっていう……思い。
照らしたい。そのためにも輝きたい。折れてたら、叶わない。
最初の――……タマちゃんを神さまに押し上げたあの瞬間に、だって答えは出てた。
禍津日神を手に苦しむシュウさんに刀を下ろしてと叫んだ時にも。
己を傷つける刀に苦しめられて喘ぐマドカに叫んだ時にも。ずっと、ずっと。答えは出てた。
私の歌は願いだ。
輝きたい。その先には……みんなが笑顔になれるように照らしたいっていう、そんな願いがちゃんとあった。
「てらせる、かな……」
しがみつく私の問い掛けにメイ先輩は言ってくれるの。
「もちろんだよ」
ぐしぐし泣く私の頭を撫でながら、照らしてくれるんだ。
「ハルちゃんは私が選んだ後輩だから……あなたの金色は、日向のぽかぽかのお日さまのように、誰かをあたたかく照らせるんだって知ってるよ」
メイ先輩は間違いなく、私の大事な……特別な先輩だった。
「ほら。ゲーム繋がりでちょうどいいじゃない?」
「ううう」
泣きべそを掻く私に笑うメイ先輩。その空気にそっと、咳払いが聞こえる。
「メイ……いくらアマテラスと玉藻で繋げたゲームがあるからって、それはちょっと」
寝ていたはずのルルコ先輩が、呆れたように言うの。
メイ先輩、もちろん言い返すよ?
「だめかなー? ハルちゃんとの絆が深まって私的には大満足なんだけど」
「ハルちゃんが強くなる切っ掛けをあげて、トーナメント前に優しさ大放出ですね。ボクらにもなにかくれませんか?」
シオリ先輩がツッコミを入れる。
あ、あれ? もしかして。もしかすると、この流れって。
「つうか……先輩と春灯の繋がりが深まるのは別にいいけど。アンタが今更それ言うのかって感じ。マドカ、言ってやれ」
「えっ」
「ハル。迷っていたんだろうし、間違えてたかもって思っているだろうけど……ハルって入学してから、輝いてるし、照らしてばかりだよ?」
「ええっ」
そ、そんなばかな!
「まあいいことばかりじゃなかっただろうけどさ」
ふり返るとみんな私を見てた。ルルコ先輩の胸にぎゅってされたマドカがなんともいえない顔して私を見る。
「ハルに照らされた代表格っていう自覚があるよ。あ、待って。中等部の綺羅ちゃんは別で」
おう……ツバキちゃんの次レベル? それってかなりなのでは? っていうかツバキちゃんの場合、何倍にも私を輝かせるというか、照らしてくれちゃうからなんとも!
「アンタみたいに優しく助けられるようになりたいって頑張るアタシもまあ……照らされ筆頭格かも」
キラリの言葉に迷わずルルコ先輩が楽しそうに言うよ。
「うちの代ならメイだね」
「ボクの代ならコナかな」
シオリ先輩まで。でもすごく納得した。っていうかその二人と同じ流れにいられるのが嬉しすぎてやばい。
「……じゃあ、一年だと私?」
「いまどやった」「どやったね」「間違いない」「いい顔した」
あはは、と笑うメイ先輩にぎゅうって抱き締められながら、恐る恐る尋ねる。
「だめ?」
「だめじゃないでしょ」
すぐにキラリが笑ってくれた。
「まあカバーできてないクラスとかまだまだあるんだから、このくらいで満足されたら困るけど」
マドカのすまし顔のツッコミ、実に鋭い!
「うっぷす!」
刀を抜くぞイベントの時の統率力を見てるから、うっぷすしか出ない!
「最近それ口癖だよな……アメリカ帰り感」
キラリの鋭い視線に唸る。だ、だって。なんか響きが面白くて。だめですかね!
「らしい言葉を拾ってくるな。待てよ? そういえば……お土産なかったぞ?」
その指摘にそういえば、とにわかに騒ぎ出すみんな。
あ、あれ? おかしいな。すっごく感動する流れでほっこりして、それでおやすみなさいでよかったのでは?
「せめてナッツとかないの? ミナトとユニスは買ってきたぞ?」
「お、お、お……おぅ」
や、やばい。そういえば仕事めっちゃ忙しすぎて忘れてたよね!
センチメンタルに締めたけど、そういえば普通に忘れてたよね!
うちにも買ってない……あ、あれ?
「い、いいいい、忙しすぎましてん」
めっちゃ震え声になりながら続ける。
「ゆ、ゆ、許されませんか?」
てんぱりながら問い掛けると、キラリとマドカは笑顔で仰いましたよね。
「問答無用! 枕でバトルだ!」「前哨戦だ!」
「びええ!」
袋だたきになる予感! なんてこった!
咄嗟に逃れようとしたけど、だめでした。枕を手にしたキラリとマドカに逃げ場所を塞がれちゃった!
「ちょ、まっ――……うっぷす!」
うう。明日はトーナメント初戦がはじまるのに!
こんなに……楽しんじゃってていいのかな? だめ? いいや……よしってことにしちゃおう!
「ううう! そっちがその気なら、こっちは枕二刀流だ!」
「ようしこい!」「迎え撃ってやる!」
盛り上がる私たち一年三人にシオリ先輩が「ほどほどにね」と言って枕を投げてくれた。
見守るメイ先輩にルルコ先輩が近寄って、楽しそうに言うの。
「メイ、なんだか思い出すね。サユと三人で暴れてた時期」
「いくつになってもできるけど?」
「だあめ。今日は先輩気分を味わうの。ほら、がんばれー!」
ルルコ先輩にけしかけられて、私たちは大いに盛り上がるのでした。
気晴らしばっちりできたよ!
明日は初戦。岡島くんと戦う。
再確認できたから……私らしさで乗り切ってみるよ!
つづく!




