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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十二章 激突、私の光はどこにある?

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第三百四十六話

 



 私の軌跡をそっくりそのまま返す刀でなぞられる。

 なのにカナタの刀の方が私よりも早く首の付け根に当てられた。

 思わず強ばる。私の刀はまだ、あと三十センチは離れていた。


「――っ」


 思わず飛び退く。カナタは当ててこなかったし、追い掛けても来なかった。

 遅れて汗が噴き出してくる。

 眩暈がした。膝が折れそうだった。なにより心が折れそうだった。

 たった一回。それで十分すぎた。


「少し意地悪が過ぎたか?」

「……っ」


 汗がすぐに冷えていく。

 尻尾は窄まる。九本ともに。対してカナタの一本は優雅に揺れている。


「だが顔が引き締まった。続ける覚悟は?」

「……できてる」


 なんとか絞り出した。

 それでも、既に心は折れかけていた。


『これ、ハル。娯楽を提供する仕事を選んだのなら、窮地の時こそ笑え』


 た、タマちゃん。そうは言うけど……初撃でわかっちゃったよ。力の差は歴然だった。


『一撃で見抜く眼力はいい。だが不足は越えるためにある……これは特訓なのだから』


 ……う、うん。

 汗で刀が滑り落ちそうだ。

 なんとか呼吸を整えて、みっともなくても素直にスカートで拭い取る。


「さあ……こい」


 尻尾が内股に逃げてきそうだった。

 九本あるのに、一本に負ける。カナタは先輩に違いなかった。私よりもっと真っ直ぐ侍に向けて努力した男の人に間違いなかった。

 ツケが回ってきたなあ、と素直に思う。

 武力をもって戦うという行為に、私はまだまだ未熟過ぎる。

 だからこそ、いく。震え上がった気持ちを叱りつけて挑む。


「――ッ!」


 飛び込んで刀を振り下ろす。

 何度も何度も再現される。

 結末は単純だった。カナタの方が早い。それだけ。

 タマちゃんの身体能力をもって十兵衞の技を再現できていたのなら、こんなことにはならない。少なくともお姉ちゃんの能力を持って磨き抜いた自分の技を振るうカナタに遅れは取らないはずだった。

 足りない。足りないよ。私の努力が圧倒的に足りてない。私の力を鍛えるのに途中から夢中になりすぎて、それじゃあどう足掻いても追いつけない。

 一学年の差は……努力の差はあまりにも圧倒的だった。

 挫けそうだ。泣きそうだった。それでも……結果は当然出なかった。

 まさに折れるその瞬間にはじめてカナタは刀をぶつけて私を後ろに吹き飛ばしたの。


「現世で差は歴然……まずここからはじめたかった」


 いろんな下向きな気持ちが噴き出てくる。

 悔しかったし、みじめだった。なにより、最初のトーナメントの頃にあった無我夢中さが私にないことが一番腹立たしかった。


「不思議なんだ。なぜ十兵衞に任せない」


 カナタの問い掛けに頭がくらくらしてきた。


「だって……だって十兵衞に任せたら、私が戦う意味がないじゃない」

「十兵衞」

『どこまでいっても俺は死人だ。生者の戦いは生者が行なってこそ意味がある。ここは俺の舞台じゃない……ハルの舞台だ』


 十兵衞の声は私だけじゃなく、カナタにもしっかり届いているみたいだった。


「本当に呆れるくらい、気持ちが重なっているな」


 カナタは息を吐いて、それからお姉ちゃんの刀を鞘へと戻した。


「わかった。なら……十兵衞。はっきり伝えてやるべきじゃないか?」

『自分で気づかなければ意味がない』

「……手厳しすぎるな」


 二人の話の内容がよくわからない。


「まあいい。代わりに俺がやろう……次は攻めるぞ、春灯。まだ頑張れるか?」


 優しい声で言われて、瞼を一度ぎゅっと閉じた。袖口で目元を拭って、それから思い切り頷く。めげそうだけど。ここで終わったらくじけるだけで終わっちゃう。そんなのいやだった。


「いくぞ――……ッ!」


 白刃が煌めく。銀の筋が私を狙う。執拗に。

 身体の中心を常に狙い続ける。重心を的確に抉る突きも多い。おかげで必死に避けなきゃいけなかった。刀で切り返そうなんて考えはすぐに吹き飛んだ。


「――ッ」


 見える。見えるよ。だけど見えることと避けられることは直結してない。

 カナダの攻撃は鋭い。ギンの攻撃を乱打とするなら、たとえば狛火野くんやトモと同じで相手を倒すための的確な弱点集中型。手数は必要最低限にして、かつ最大効果を狙う。そんな二人とギンのいいところどりをしてるかのようなカナタの攻撃に無我夢中で避ける。


「これならどうだ!」


 カナタが吠えて、お姉ちゃんの刀が抜き放たれた。剣筋が見える。私を狙う軌道――……それだけじゃない。直後に狙うだろう破裂する何かが。

 高く飛んで避けた。私のいた場所を刀から噴き出た炎が焼き払う。

 ぞっとするよりも、カナタが追撃してくる方が早かった。

 飛び退くだけでもかわすだけでも足りなくて、何度だって地面に仰向けに倒れて尻尾で無理して飛んだりもした。転がったりもして、どんどん体力が奪われていく。

 いよいよ足がすべって尻餅をついた私の眼前に刃が突きつけられた。


「――……はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い呼吸を繰り返しながら、ぼう然とする。

 カナタも同じように息を乱していた。


「やはり、その右目……攻撃を見通すだけじゃない。未来を見抜く力がある」


 呼吸を整えるのに必死で、相づちすら打てなかった。

 そんな私を見て、カナタは言うの。


「なぜそんな力が宿ったと?」

「み、見抜くというか、十兵衞の、見切り、すごい、から」


 呼吸をする合間にしゃべる私にカナタは刀を下ろして言うの。


「なら玉藻の力はなぜ左目に宿らない? 左目が空いているのはなぜだ?」

「え――……」

「手合わせをすると見えてくるな。姫の力を手にする以前の問題かもしれない」

「……っ」


 あまりにも実力差がありすぎて落ち込む私の前に、カナタが膝をつく。


「俯くな。避ける技術は高い。かなりな。一年生でも間違いなく随一の実力だ」

「でも……これじゃ、岡島くんに勝つなんてとても無理だよ……」

「大丈夫だ。春灯はもう窮地を自覚した。なら、ここから取り返していこう。道筋は見えた」

「……ほんと?」

「伊達に春灯の恋人じゃない」


 安心させるように私の頭を撫でてくれる。


「部屋へ戻ろう。隔離世へ移動して、特訓を始める。まだ頑張れるか?」

「……うん!」


 ここで終わりなんていやだ。努力が足りないのはもう、だって前からわかってた。

 だから特訓するんだ。積み重ねるために。もっともっと強く輝けるようになるために!


 ◆


 カナタに連れてこられた隔離世でグラウンドへ行く。

 足を止めるなりカナタは言うの。


「侍候補生としてはまだまだ伸び始めの段階だけどな。春灯、お前は隔離世においてその力を使うことにどんどん慣れていってる」

「……歌のこと?」

「もちろんそうだし、化け術もそうだ。御霊別の授業で教わっているだろうが、霊力をどのように活かすかは重要な問題だ」


 カナタが踵でグラウンドに私を中心にして大きな円を描く。


「かつての生者の御霊を引いた者は、御霊の技術を。刀の付喪神の御霊を引いた者は、その刀の可能性を。妖怪や神々の御霊を引いた者は、御霊の恩恵を……その身に引き出す」

「……それだと、私はタマちゃんの力ばっかり引きだしてる?」

「その右目の由来を忘れたか」

「あっ」

「十兵衞の力も、ちゃんと引き出している。春灯と十兵衞の納得する形でな」

「そ、そっか」


 よほどの危機になったら、あるいは興が乗ったら十兵衞は私の身体の自由を奪って戦ってくれるし、守ってくれる。でもそうじゃない時は私が戦う。その補佐として、右目はもはやなくてはならない存在だった。


「刹那の見切り……私の望む未来を見通す力。十兵衞の、力」

「ああ。そして夢を願う霊力を高めれば、左目に玉藻の魔眼を宿すことも可能だろう」

「まがん……!」


 ああ、なんて甘美な響き!


「少し笑顔が戻ったな」

「う……」


 すみません、ちょっと疼いちゃって。


「まあそれも特訓の最中に獲得できるようならしてもらう予定だが。今は底上げからはじめよう。直近の窮地を実感したところで、実際に危険な状況に陥ってもらう」

「えっ!? ちょ、急じゃない?」

「そうしないと窮地にならないだろう?」

「確かに! って、えっ、待っ――」

「問答無用」


 カナタがお姉ちゃんの刀を引き抜いて、円を作る溝に突き立てた。

 その瞬間、私を取り囲むように黒い炎が噴き上がる。円の上にだ。それは空まで吹き上げて、ドームのように私を包み込む。

 右眼に見えるのは、死線。逃げ場のない壁。とびきり熱くてたまらない、壁だった。


「さあ、春灯。脱してみせろ。壁は狭まっていく。やがて燃やされてしまう。俺の侍なら抜け出せるはずだ。どうやって越える?」


 黒焔のドーム。尻尾がちりちり炙られる。壁が徐々に中心に向かって迫ってくるの。

 このままいくと焼き狐になっちゃう!


「い、いけ! 金色!」


 急いで刀を抜いて金色を放ってみた。けどお姉ちゃんの刀が作った漆黒に飲まれちゃう。


「ううっ! 即座に落ちがついた!」


 いっそ壁を斬る?


『ムリムリ! やめんか! あれは刀身で切れる類いのものじゃないわ! 地獄の炎じゃぞ!?』


 珍しくタマちゃんが本気で嫌がってる。

 う、ううん! 斬るのもだめ。金色でもだめ。


「あ、あの! カナタ! これはさすがにちょっと無理が!」

「大丈夫だ。いつだってお前は乗り越えてきたからな。さあ、どうやって克服するか見せてくれ!」


 あかんこれ! 見込まれすぎて、越えて当然のハードルだと思われてる!

 彼氏の期待を裏切りたくもなし。と、とはいえこれはかなりのピンチだよ!


『姫の力なら、お主がどうにかできんのか!』


 右目で睨んでも死線は変わらず。


『発想できないか?』


 周囲を見渡しても穴はない。強いて言えば地面を掘れば逃げられそうだけど、掘る速度より壁が迫ってくる速度の方が圧倒的に早そうだ。

 あればいいのに。お姉ちゃんの力が。

 たとえば……たとえば、カナタの刀がここにあったら? でもお姉ちゃんの刀はカナタが握ったまま。縁は繋いでも、刀はないままだ。

 抜ければ話は別だけど、そもそも御珠は特別体育館にあるわけで。あれがもし異界への穴になっていて、それを越えて絆が結ばれるのなら――


『いそげ!』


 ううう! 足踏みしながら、必死に頭を働かせる。

 絆はもう結んでる。

 抜こうと思えば抜けてもいいはず。

 だけど何度胸に手を当てて引き抜こうとしても反応はない。お姉ちゃんだけじゃない、ミツヨちゃんの力も繋げない。


『すまない。繋がりが弱い……今はまだ』


 ミツヨちゃんの声が聞こえる。

 歯がみする。窮地に陥って、夢にこたえてくれる形で御霊は私たちに力を貸してくれる。刀となって顕現してくれる。

 その刀はもう、引き抜かれた後だ。持ち主がいる。カナタが持っている。

 二本も三本も、自分の似姿を作ってもらえるわけじゃないのか。それとも作るためには特別な何かがいるのか。今はわからない。その条件は。窮地に陥るだけじゃだめなのか。

 なら今はもうそんなの、化かすしかないのでは?


「あっ、そっか!」


 思いつきだけど構うものか。尻尾を膨らませて、タマちゃんの刀に念じる。


『ちょ、こら! 妾ごと化かそうとするでない!』

「そこをなんとか!」

『ええい! どうなってもしらんぞ!』

「お願いしまあああす!」


 叫びながら刀を掲げた。身体中の霊子がぐいぐい吸われる。刀が姿を変えていく。金色で華やかなタマちゃんの刀の形が、カナタが手にするお姉ちゃんの刀の形に変わるのだ。さすがに色や刃紋などまで変える余裕はないけれど。


「いけるかな、タマちゃん!」

『やるだけやってみるまでじゃ! ただし炎に刀をあてるなよ!』

「う、うん!」

『ならば燃やせ! お主の炎を見せてやれ!』

「ようし! いけええええ!」


 尻尾がぽんぽん弾けていく。耐えきれないとばかりに、あっという間に一本になった。

 けれど刀から炎が噴き出てくるの。金色の炎を纏う刀で周囲を睨む。右目に見えてくる。かすかなほころび。思い切り手前を切り裂いた。炎が噴き出て黒い壁を切り裂く。

 あわててできた穴に飛び込んだ。ごろごろ転がる間に尻尾がちょっと燃えた。


「あっつい! あちちち!」


 あわてて手で叩いて消す。

 ちりちり……尻尾の毛、けっこう燃えちゃった。

 しょんぼりする私の尻尾にカナタがそっと触れる。そしてすぐに癒やしてくれた。


「どう解決するかと思ったが、その刀を見る限り……ある意味お前らしい力の引き出し方だな」

「ふぁ――」


 どやって言おうと思った時にはもう、刀は元のあるべき姿に戻っちゃった。


『げ、限界じゃ……くたびれたぞう! 特にカナタ! お主、急に無茶なことをしおってからに! ハルが無茶をしたじゃろうが!』

「すまない。けど実際、乗り越えただろう? 無茶をしなきゃ掴めないものもある」

『それでちゃらにすると思うなよ!』


 タマちゃんお冠だ。

 ごめん。カナタが作ってくれた壁を乗り越えるためとはいえ。

 他に手が思いつかなかったよね。ルルコ先輩とかシオリ先輩に葉っぱを化かして氷で対処すればよかったかなあ。


『溶けんじゃろうな』


 うっぷす!


『ふん。急場の壁じゃ本来越えるべき段階へは至れんわ。ミツヨじゃ縁がまだ遠すぎる。新たな刀を引き抜きたいというのなら、姫が起きている時に姫の刀を求めて特訓すべきじゃ』

「耳が痛いな……ならば俺から試してみつつ、方法を探ってみよう」

『……またひどいことをしたら、ハルに変わって妾が精気を吸い取るぞ?』

「そうならないよう努める」

『ふん』


 タマちゃんもカナタも仲いいなあ。

 意外とこっそり、私の知らないところで二人は縁が繋がってから話しているのかな。

 十兵衞、なにか知ってる?


『さてな。それよりも……他人の刀を使う術。どれほどのものか試してみたい』


 確かに。メイ先輩やルルコ先輩の刀が使えたら便利だよね。


『化かしてそれっぽく霊子を放つことはできるじゃろうが、本家本元の御霊の力には敵わんぞ。あくまで似せるだけ。あとは妾とハルの霊力次第じゃ』

『ふむ。先ほどの炎は?』

『姫との繋がりを通じて無理矢理、姫の力とハルの力を重ねただけじゃの。まだまだ産毛が生えた程度の力じゃな』

『さらなる修練が必要というわけか』


 うう。なんかまだまだですみません。


『たわけ。似た力でもお主の想像力次第で追従できるし、似せられる。可能性は無限大じゃぞ』

『大典田光世の力、さらに絆深し姉の力ならば似せるどころか迫れる可能性もあるか。磨くぞ』


 は、はい。っていうかもしかして、じゃあ……私は少しは何かを掴めたのかな?


『だから、あくまで産毛程度じゃ! 本来求めた道筋じゃないわ!』

『しかし前進には違いない。いずれ至れる道に一歩進んだ。歩みを止める理由はない』


 お、おおお! ならもっと頑張ってみるよ!


「話は済んだか?」

「うん!」

「なら……十兵衞。手ほどきを頼む。手抜きはなし。窮地に追いやる勢いで頼む」

『うむ』

「春灯、十兵衞の身体の動き方をようく意識して学んでくれ。俺も必死で食らいつくから」

「わ、わかったよ!」

「それじゃあ……引き続き特訓を続ける。十兵衞、ミツヨを使うか?」

『まだ必要ない……さあ、いくぞ』


 十兵衞が訴えた瞬間、身体の自由があっさり奪われる。

 タマちゃんの刀を鞘へと戻して、代わりに自分の御霊が宿る刀を抜いた。

 にらみ合いの緊張感は、最初の私とカナタの比じゃなかった。

 学ぶことばかりだ。貪欲にいこう。何かを掴み取るために――……!


 ◆


 トーナメントの発表があって、にわかに騒がしくなってきやがった。鷲頭ミナトとしては大歓迎なんだけどな。この手のゲームや試合は好きだから。

 リョータの部屋に集まっての十組トーナメント会議は「とにかく目立って十組の存在感アピール」と「アリスの力を早く目覚めさせる」という結論を出して終わった。

 アリス曰く、兄の刀の御霊はイザナギだという。なら……アリスの刀の御霊も必然的に決まったようなものだと思うのだが。

 もし俺の思うとおりの御霊なら、それはそれで面倒なことになりそうだ。とはいえ決まったわけじゃない。姉妹や兄弟の手にする御霊が縁のあるものだという話は、二年生のバイルシュタイン兄妹以外じゃまだ聞いたことがないからな。

 暢気に考えながらみんなと別れて部屋に戻ろうとしたら、裾を摘ままれて引っ張られた。

 ふり返る。


「どうしたんだよ、ユニス」

「いいから連れて行きなさい」

「なんだ。部屋でぱふぱふでもしてくれんのか?」

「あなたの下ネタ大嫌いなんだけど」

「痛烈だなあ、おい」


 厳しい声に肩を竦めつつ、鍵を開けて中に入る。

 当然のように入ってきたユニスがベッドに腰掛けた。そして本を膝の上に置く。魔法を放つ時、必ず手にする本がいつでも開ける状態にあるんじゃ迂闊に下手なことができない。

 威嚇つきとは穏やかじゃないな。


「別に仲間に……俺の魔女相手に襲いかかったりしねえっての」

「どうだか。ちょっと匂うわよ、あなた」

「掃除してるし風呂はちゃんと浴びてるし言いがかりです!」

「冗談です。図星を突かれたみたいに怒らないでちょうだい」

「へーへー」


 キラリと話しているときの調子のよさが出てきたな。ならいいか。

 ユニスも自覚したのだろう。気持ちを切り替えるためなのか、長々と息を吐き出す。


「……で? 十組に黙って押しかけてきて、どんな相談事だ?」

「あなたは……私の。いいえ、わたくしの騎士になってくださるんですよね?」

「にっこり言いやがって。厄介事の香りがしてくるなあ。で?」

「きな臭いのよ。山吹マドカの事件、それに協会がね」


 ユニスの言葉に納得した。ユニスの向かい側、壁沿いに腰を下ろす。


「緋迎カナタ先輩が例の、青澄春灯の邪とその姉の邪に事情を聞くんだっけか」

「それ、生徒会と私しか知らないはずなのだけど」

「考えりゃわかる」


 肩を竦めた。


「緋迎カナタが新たに手にした刀と同じ、黒い炎を出す少女。青澄春灯ととびきり似た現世に存在しない女の子が開いた門。邪二人は殺されたんじゃない。生かされた……なら当然、話を聞くだろ。あの六つの黒い御珠に関してな」


 そこまで言ってから、浮かない顔をする魔女に尋ねる。


「それと協会、山吹マドカの事件がどう繋がる?」

「考えすぎかもしれない」

「話してみろって」

「……黒い御珠。協会が管理していたカードの使い手、ジョーカーの出現。山吹マドカを唆した、青澄春灯に化けた人間」


 断片的な情報は、それだけでみると意味が繋がらない。

 そもそもわけのわからない単語の方が多い。

 しかし茶々は入れない。ユニスの気持ちを確かめたいし悩みを聞きたいからな。


「気持ちが悪いの。母を追いやった協会が、何か後ろ暗いことをしているんじゃないのかって」


 ユニスは本を持ち上げて抱き締めた。まるで縋るように。


「協会とジョーカー……放っておいたら、よくないことが起きる気がしてる。ううん、起きたの。山吹マドカを……士道誠心を狙う、悪意」

「……で、バイルシュタインの双子と尾張先輩が動いているわけか。成果は?」

「アジトの特定は済んだ」


 その返答に正直、少し驚いた。ユニスの所属する魔法使いを集めた協会が、ユニスの言うカードとやらを管理していて。持ち出されないはずのカードを使うジョーカーってのがいたとしたら、そいつは簡単な相手じゃあるまい。木っ端の三下とは思えない。

 そんな奴がいたアジトを特定できるっていうなら、俺が思っていたより遥かに優れた資質を二年生の三人は持っているのだろう。


「痕跡は巧妙に消されていたけれど、午後三人と一緒に確かめてきたから間違いない。二人組の男が、私たちのいるここ士道誠心を狙える場所に潜んでいた。けど、そこまで……これ以上は手出しができない。どこにいったのか、わからないから」


 脅威を前に放っておかない双子と情報通がいる。

 そして、ユニスはそれだけじゃ足りないと思っているのだろう。


「どうしたいんだ?」

「――……協会に不正があるなら、正したい。不安があるなら、潰したい。そして、広げられる可能性があるのなら、広げたい」

「協会に乗り込んで、悪いことしてる連中がいたらぶっ飛ばす。カードの使い手、ジョーカーとやらに繋がる情報も探るってところか」

「星を見たら……生まれ故郷に凶星降ると出た。イギリスに帰れば、なんとかなるかもしれない」

「そういう話を聞くと、ユニスの天才魔法使いってところがわかってほっとするよ」

「茶化さないで」


 怒らせてもしょうがねえな。


「その二人組も含めてまとめてぶっ飛ばしたいわけだな」

「副会長には危険だから動かなくていいって言われた」


 だろうな。たとえユニスが本業で隔離世を舞台に戦える魔法使いだとしても、山吹マドカをかどわかす奴を相手に一人で行くのはあまりに分が悪い。俺でも止めるね。ただし、ユニスが一人で行くのなら、だけどな。そのへん、


「……でも放っておけない。だからって、私ひとりじゃできない。協会相手にケンカを売るなんて、大それたことは」


 こいつはわかっているんだろうな。

 弱気な呟きにようやく合点がいった。

 ストレスの根源となってる協会と悪意まとめてどうにかしたいのだ、ユニスは。日本に彼ら魔法使いの世界の象徴としてきたからこそ、彼女は許せないのだろう。

 けど一人じゃ無理だから、俺に頼ってきた。

 ほんと、素直じゃねえな。


「水くさいぞ。たった一言でいいんだよ」

「……ミナト」

「助けてほしいんだろ? なら当然、助けるさ」


 照れて怒るかと思ったが、ユニスは不安そうに俯いた。


「……見返りなんて、ないのに」


 手の掛かるクラスメイトだ。そういうところを可愛いと思いつつ、敢えてからかう。


「キスの一つくらいは?」

「絶対だめ」


 絶対かよ。思わず吹き出した。


「はは。それならそれでいいよ。やるならさっさと済ませよう」

「いいの……?」

「荒事には慣れてる。お前の勇者になるために……聖剣がある。まあ……大騒動になるだろうが、表沙汰にはならないだろ。それこそ、青澄春灯や天使星たちの物語じゃ語られない。それでもいいさ」


 身体を起こして、ユニスの眼前に跪く。


「ここからはお前と俺の物語だ。とはいえ……明日の授業には間に合わせたいな。導いてくれますか、ユニス・スチュワート」


 手を差し伸べると、彼女は困ったように笑ってから頷いた。


「ええ……導きましょう。わたくしの勇者さま。まあ、すぐに帰れるかはわからないけどね」

「トーナメントには出たいし、キラリたちにも心配はかけたくねえな。なにより」

「……なに?」

「お前の勇者になるんなら。王の剣を抜いたのなら……すぐに片付けないと、ユニスに惚れてもらえないだろ?」

「まったくもう。そんな未来はきません」

「絶対?」

「……ほんとに日本時間で明日の朝までに終わったら、くらりとはくるかもね」

「よし。その賭け、乗った」


 微笑むユニスと二人で手を繋ぐ。

 ユニスの本が光を放つ。遠く離れた異境の地への道が作られるのだろう。

 悪意がいるのなら、退治しにいこう。

 過ちがあるのなら、正しにいこう。

 聖剣を抜いた。何者かになるために。

 まずは――……俺の求めた少女の勇者になるために。

 俺は行く。語られない戦いをしに行く。俺が語らない限り、誰にも結末はわからないだろうが。

 なに、答えは簡単だ。倒して終わり。

 たとえば……そうだな。映画に例えるなら、ボンドかキングスマンにでもなってくるよ。

 それじゃあバトンを渡すぜ。士道誠心の誰かさん。


 ◆


 はぁい! ルミナです。

 みんな元気だよ?

 そばにあるうちの――……ルミナの刀にはなんの変化もないけれど。そうじゃない人たちはそれぞれに汗を流しているの。

 歩き回ってみると、羨ましくなってくる。

 一年生だと春灯ちゃんたちのいる九組の生徒や零組の生徒の姿が目立つ。マドカちゃんをはじめ、ちらほらと各クラスの実力者もがんばってる最中だ。

 中でも筆頭格は零組の狛火野ユウくん。彼が中庭で素振りをしている姿を目撃したことのない生徒はいないんじゃないか! なんて……言い過ぎ? でも夜中に外を出歩くと、彼がいるのは寮のすぐそばの中庭だから見ちゃうよね。

 馬術部があって、馬小屋があって。実家から連れてきた白馬の世話をする月見島くんとか、彼に寄り添うユリカちゃんとか。

 一年生だけでも名物になってきてる姿はたくさん。道場に行けば仲間トモちゃんが結城シロくんと一緒にいるだろう。覗いてみたら、沢城ギンくんと佳村ノンちゃんもいた。剣道部の他の部員もちらほら。

 すごいなあ。すごいなあ。うちは羨ましいです。

 九組の男の子たちに放送のためにインタビューをしたことがある。刀を抜いた時には名前がわかった人が多いみたい。けどうちはわからないままだ。

 しょんぼりする。春灯ちゃんみたいにはっきりわかる名前だったらなあ。狐の尻尾が生えちゃうとか、そういうわかりやすい変化があったなら、うちも名前くらいはキラキラできそうだけど……残念ながらないのです。

 見つけられたらいいなと思うから、刀を持ち歩いてみたけど。


「だめだねえ」


 正面玄関のあるロビーのソファに腰掛けて、刀とにらめっこしていた時でした。


「――……ああ、まじで疲れた」


 向かい側のソファにくたびれた顔をして座る男性がいたのです。スーツ姿。でも顔は大人っていうほど年の離れた感じじゃない。先輩かなあ。


「面接かなにかです?」


 声を掛けると、男の人はうちを見て目を見開くの。なぜに?


「……その声」

「なんです?」

「いや、なんでも……」


 なんだか妙に落ち着かない顔で姿勢を正してる。なんだろう?


「面接っていうんじゃなくて。仕事だ。三年の作った会社の営業活動」

「ああ……売り込むのって、しんどいですねえ」

「わかるのか?」


 少し意外そうに聞かれたから、笑って頷く。


「はい。うちも駆け出しなんですけど、仕事してまして。ご挨拶に行く大変さは身に染みてるんです。相手をその気にするの、ほんっっっっっと、大変ですよねえ」

「……ああ」


 噛みしめるように頷くのがおかしくて、わらっちゃった。


「お互い、高校生らしからぬ努力してますねえ」

「だな」


 和んで笑い合う。

 にこにこ笑顔は営業の道。嘘や作り物の笑顔じゃ響かない。でも仏頂面よりは愛想がいい方がまだいい。とはいえ単純に媚びを売ればいいってものでもない。ほんと、むつかしい。

 だからこういう、何気ない瞬間に笑い合える時間って大事だとうちは思う。男の人も同じ気持ちなのか、ゆるんだ顔をしたまま身体の力を抜いてる。


「そっちは刀なんか持ち歩いて、トーナメントの準備か?」

「んー。そこまで戦うの得意じゃないので、うちは刀と散歩してました」

「……散歩か」


 ばかにされちゃうかなって一瞬身構えたけど。


「俺も昔よくしたよ。二年前……それこそ、一年の頃は特によく散歩した」


 意外だった。同じことしてる人が他にもいるなんて思わなくて。だって、散歩したって目覚めるわけじゃない。そんなうちの考えなんてお見通しなのかも。男の人は笑いながら言うのだ。


「刀の声が聞こえる奴が一つ上にいてな」

「へえ……その先輩、春灯ちゃんみたいですね」

「まさにそれだ。羨ましくてさ」


 わかる。妖怪とか神さまとか、死んじゃったけど強い人とかが身体の中に宿るという。

 けどうちの好きなゲームみたいに人の姿で出てきてくれるわけではないし、春灯ちゃんみたいに話せもしない。だから正直、半信半疑なの。本当にうちにそんなとんでもなく素敵な塊が宿っているんかなーって。


「わかんないですもんね、そういう力がないと……自分の刀が叶えてくれる夢なんて」


 男の人は笑ってくれた。


「ああ。だから俺にもそういう力がありゃあいいなあ、と思って。日常生活を一緒に過ごすんだ、とか張り切った頃も、確かにあったんだ……だからわかるよ」

「いまは聞こえます? 自分の刀の声」

「無理だな……よほど刀と魂の結びつきが強くなりゃ、自分の刀の声くらいは聞こえるようになるって言うけど」

「そっかあ……」


 残念。三年生になっても、そう簡単に聞こえるものじゃないらしい。


「けどな、てめえの刀に宿ったものの正体ならわかったよ」

「……それって、どうやったらわかるようになります?」

「好きなことをする」

「……好きなことです?」

「ああ。哲学みたいで掴みにくいんだけどな。俺の代にすげえ強い刀鍛冶がいるんだけど、そいつがよく言うんだよ」


 うちを見ながら、けれど目つきは遠くなっていく。


「刀を求めた時、侍候補生の夢や願い、人となりに共感した奴が力を貸してくれるんだとさ」

「夢や願い、人となり……わけわからんですね」

「自分のことがわかってる奴なんて、そうそういないからな。ガキみてえにずっと同じ願いをもってたり、純粋な生き方してりゃそうじゃないんだろうが」


 ふっと笑うのだ。


「まあ難しいだろ?」

「ですね」

「だから、好きに生きる。楽しく過ごす。自分なりにな。そうしていいことばかりじゃなくて、仲間と衝突したり、試合に負けたりしながら……毎日普通に生きてく」

「そしたら、見つかります?」

「ゆっくりでよけりゃあな」

「……お急ぎだと、どうですかね?」


 神妙な顔をするうちに、男の人が前のめりになった。


「誰にも言うなよ?」

「は、はい」

「……これは俺とお前だけの秘密にしろよ?」

「わ、わかりました」


 周囲を見渡してから、彼はうちに囁くのだ。


「恋をする」

「……恋ですと?」

「好きな奴ができると、見えてくる。自分って奴が、相手を通していやでも見えてくる」


 笑って言うと、すぐに立ち上がるの。


「夢と恋は似てる。片思いだ。叶って両思いになったら、現実がやってくる。愛して初めて見えてくるものがある……喋りすぎた。じゃあな――……また明日、デートでな」

「えっ!? ちょ、ちょっと――……待って、くれないんだ」


 行っちゃった。

 な、なんだかどきどきしちゃいましたねえ。

 また明日だって。思わせぶりですねえ。デートでなってことは、北野サユ先輩が紹介してくれた男の人ですかね?


「ねえねえ、うちの刀に宿った御霊さん。あなたの名前はなんですか?」


 立ち去る先輩の背中を横目に見ながら、熱くなった頬を手で押さえて囁く。


「あなたの……お名前は、なんですか?」


 うちはどきどきしてます。ものすごく、どきどきしてます。




 つづく!

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