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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十二章 激突、私の光はどこにある?

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第三百四十五話

 



 トーナメント表を掲示する。

 先生方が予め協議してくれているおかげで、生徒会の負担はあまり高くはない。

 それでも正面玄関に張り出すこの瞬間は緊張するし、やり遂げた感もある。


「珍しくコナちゃん、どや顔だね」

「まあね」


 ラビの言葉に笑って頷く。最初に見ることのできる権利、それは生徒会にこそ許されるもの。それゆえの責任を果たした自負がある。

 侍候補生と刀鍛冶の配分。戦いが不慣れな子たち、或いは特別慣れた子たちがぶつからないように分けて、ブロックに分ける。

 一クラス二十人強から多くて三十人弱。

 一年生は特にクラスが多いが、零組と十組は人数が少ないので実質九クラスと言える。二、三年と大差ない。

 一学年で二百五十人越え。

 それだけの人数ともなると、必然的にブロック数も増える。

 戦い慣れた子達のブロックは見物だろうし、戦いの場で新たな力に目覚める生徒もいるから不慣れな子達のブロックも目が離せない。


「まさに……三学期の目玉イベント! もちろん、三学期だからってこれだけで終わりにする気はないけどね」

「やる気に満ちあふれてるね」

「当然よ!」


 ラビの言葉にハリセンを高らかに掲げた。


「名代の選出が急務。三月の候補生のお披露目イベントもあるからね!」

「コナちゃん、それはネタバレだよ」

「毎年恒例のイベントなのにネタバレも何もないでしょ」


 角度にこだわるシオリと緋迎くんが満足して紙から離れる。

 ユリアはずっと菓子パンを食べて見守っていた。


「四校の名代が学年ごとに一人ずつ集まり、警察にいるプロの侍相手にその実力を披露する……だったな。真中先輩は一年からずっと選ばれていた」


 緋迎くんの言葉に頷く。


「トーナメントはその選出に大いに影響を与える。楽しみなの。予想通りの結果になるのか、大番狂わせが起きるのか。それを見守るのがね」


 微笑みを浮かべて、トーナメント表を見つめた。


「気張って運営するわよ! いい!?」

「おー!」「ああ!」「いいね!」「もぐもぐ」


 ……ま、まあ、返事が揃わないことには目を瞑りましょう。


 ◆


 授業が終わったら仕事に行かなきゃいけないなんて、青澄春灯も出世したものだなあと我ながらしみじみ思います。

 急ぎ刀を預けて正面玄関に行くと、人がたくさん集まっている。

 ルミナさんが放送で言ってたトーナメント表が掲示されたのかも。

 覗き込んでみようとしたら……見えない! 人が多すぎて! ぴょんぴょん飛んでもだめなので、人をかき分けてなんとか近づいてようやく見えました。


「――……おぅ」


 学年別に三つの紙が貼られていたよ。

 一年生は十三のブロックに分かれてる。私は……十三個目のブロックだ。

 ギンがいる。トモがいる。

 マドカがいてキラリもいる!

 零組と十組は全員いるよ!

 それにノンちゃんの名前もあるの!

 対して、九組は少しだけ。岡島くんと茨ちゃん、シロくんに井之頭くん。そして私の計五人。

 我らがカゲくんは十二個目のブロックのシード枠にいる。羽村くんをはじめ、他の九組のみんなはばらけていました。

 さてさて、私の最初の対戦相手は――……


「……僕だね」

「ふわ!?」


 すぐそばに岡島くんがいた。


「よろしく」

「よ、よろしく……」


 ど、どきどきしてきた。

 岡島くんの御霊は酒呑童子。その名前のインパクトは私の御霊の一人、タマちゃんと並ぶものだと個人的に思うところ。京都では完全敗北した相手です。

 い、いきなり大ピンチなのでは?

 不安になりながら、それでも一応、トーナメント表の写真を撮った。

 私対岡島くん。ノンちゃん対茨ちゃん。鷲頭ミナトくん対狛火野くん。キラリ対ユニスさん。勝ち抜いたら……残りの十組、零組の三人、井之頭くんとマドカ、トモの誰かと戦える。特に十三ブロックシードのギンは意識せざるを得なかった。

 悩ましい。強敵はギンだけじゃないんだ。

 刀鍛冶は侍候補生に対して圧倒的優位に立つという。ノンちゃんはかなりの強敵になるかもしれない。

 他にもミナトくんは剣を手にしていて、その実力はアメリカの一件で折り紙つきだと判明しているところだし、その彼が狛火野くんと戦う時点でどうなるかわからない。キラリとユニスさんの戦いも結果が見えないよ!


『対策も……同じ場所にて暮らす同胞ならば、立てやすいだろうな』


 十兵衞! おどかさないでよ……!


『いい鍛錬になりそうだ』


 む、むしろ初戦が岡島くんの時点で、大ピンチな予感なんですけど!


『たわけ。手の内がわかっておるのはこちらも同じじゃろ? 十兵衞、あまり厳しくしてもハルには伝わらんぞう』

『……これくらいは自分で気づいて欲しいものだが』


 うっぷす!

 岡島くんに別れを告げて、いそいそと輪を抜け出す。

 仕事に向かいながら考える。

 お仕事ができて、歌うことができるようになってきたのは嬉しいけど。

 うかうかしてたら初戦敗退間違いなしなのでは!?

 久々にかなりの大ピンチなのでは!?


『いつも大ピンチの連続じゃろうが』


 確かに!


『芸事で手を抜いたら妾が怒るぞ~』

『とはいえ、芸事ばかりにかまけたら……俺の刀がさびるだろうな』


 びえええ!


『――……仕事中に、まったく。うるさいな、お前達は』


 お姉ちゃん!?


『夜に時間を取れ。手配してやるから、それでよしとしろ』


 おう。い、いいの?


『姉の勤めだ』


 おねえさま……!


『ほら、仕事に遅れるぞ。さっさといけ』


 了解であります! ようし、がんばるぞう!


 ◆


 長かった収録もやっと今日で終わって事務所に戻ると、ユウヤ先輩が来てた。

 私の契約回りのお話かなあと思ったら。


「――というわけで、どうです? かなりオススメなんですけど」

「んー。パフォーマンス見てみないとなんともいえないなー」

「身体能力とセンスは折り紙付きですよ?」


 ユウヤ先輩、うちの社長に何か営業してるっぽい。


「見た目も存在感ありますし」

「あのね。その程度の引きじゃだめよ。意欲があるなんて、スタートラインのだいぶ手前でしかないわけ。正直、その程度だとうちじゃ扱えないんだよね」


 しかし、社長きびしい。強めに否定が続く。それでもユウヤ先輩は食らいついていく。


「パフォーマンス動画を用意してあります。青澄春灯だけといわず見てみてもらえません?」

「住良木に関わりがなかったら断っているところよ……五秒だけね」

「ありがとうございます」


 すぐにタブレットを見せるの。

 画面がちらっと見えたけど、映像がうつってる。なんだろう。

 黙ってそっと覗き込んだら……。


「わ――……」


 ルルコ先輩だ。体育祭のパフォーマンス……あの時のルルコ先輩はほんとに神がかって綺麗だった。その印象は映像で見る今も変わらない。

 それだけじゃない。妙に鮮明に加工されてる。シオリ先輩がやったのかな? おかげでルルコ先輩、煌めく氷の女王そのものだ。

 社長が思わず前のめりになる。

 五秒どころか終わるまでちゃんと見たの。


「……ふむ」

「いかがです?」

「……これだけじゃ判断できない」


 手強い。

 そりゃあそうだ。

 ばんばん出してばんばん売れる時代じゃないもんね。


「とはいえ、会ってはみたい。そう言ったら、他の子も見てっていうんでしょ?」

「わかります?」

「この子レベルなら見てあげる。売り込みたい子の書類と映像を来週月曜この時間にもってきて……ああ、もちろん、この子を連れてくること。お願いね」

「ありがとうございます!」

「それじゃあこのへんで失礼するわね。まずは春灯を確実に売りたいの」

「本日はありがとうございました」

「ちゃお」


 切り上げて会議室に向かう社長にお辞儀をして、スーツ姿のユウヤ先輩は荷物を持って立ち去るの。すれ違いざま、貧乏神の異名が裸足で逃げ出すほど福のある笑顔を私に向けてくれたけど……それだけ。

 仕事しちゃう系高校生男子。

 やっぱりユウヤ先輩、並みじゃない。

 尻尾が揺れる。そわそわする私を見かねた高城さんが言うの。


「話したいなら追い掛けたら? 待ってるから」

「ありがとうございます!」


 お許しでた! 急いで追い掛ける。

 事務所のあるビルを出たところで、ユウヤ先輩はスマホで通話している最中だった。近づいて話し終わるのを待つ。


「――ああ。そういうわけだから。じゃあな」


 幸い、すぐに終わったの。


「わりい。急に来たからな。お前に会えるとは思わなかった。青澄……調子はどうだ?」


 皮肉げな人っていう印象もあったけど、すごく優しい声だった。

 いいことあったのかな?


「結構いいです。収録やっと終わったので、始動って感じかなあ、と」

「やったな」

「ど、どうも」


 握り拳でおでこをこつんとやられるの、やばし。照れる。


「ど、どんなご用件だったので?」

「売り込みだ。お前と住良木繋がりでパイプがあるから……南を筆頭にして、何人か向いてそうな奴を引っ張ってもらえないかと思ってな」

「芸能界デビューです?」

「まあな。顔役を抱えておきたいんだよ。会社の可能性を広げるためにもできることはなんでもしたいんだ。成果は正直でてねえけどな」

「え? でもさっき、社長は見てくれるって」

「その先へいけるかどうかが問題なの。あれくらいは社交辞令のうちだ」


 う、大人の世界むつかしい。


「それでも門前払いに比べりゃ、はるかにマシなレベルだ。お前ががんばってるから印象がいいんだろ。助かってるよ」

「おう……」


 すごく優しい声だった。


「最初はお前に広告塔になってもらう予定だったけどな。この流れじゃ、単独で事務所に所属して、歌の仕事ばんばんしそうだから……それはなしになりそうだ」

「う……す、すみません」

「いいって。お前が輝く分には、それで。それより、しっかり頑張れよ」


 むむ。やっぱりすごく優しい。ほんと、いいことあったのかな。考えててもしょうがないか。聞いちゃえ!


「先輩、なにかありました?」

「はあ?」

「なんかご機嫌なので」

「……うるせえな」


 あ、ちょっと顔あかい。目も逸らされた。

 いかにもなにかあった風だ! 教えてくれそうにないけど。


「あんま油うるなよ。新人は働いてなんぼだ。さっさと戻れ」

「はあい」


 追い払われてしまいましたん……。

 なんだろうなんだろう。気になるけどわからないならしょうがない。

 お別れして事務所に戻るとね?


「春灯!」


 高城さんが呼んでくれるの。

 手招きされてデスクに近づくと、パソコンの画面に綺麗な画像が出てた。


「ジャケットの候補画像だよ。見せるまで時間がかかっちゃったね」

「おおお……」


 九尾の私が決め決めのステージ衣装で写ってる。


「春灯のビジュアルは活かしたくてさ……いくつかパターンがあるんだ。春灯の希望はある?」


 黒を基調にしたの、金髪と九尾が生える赤が基調になっているの、他にも背景がいろいろパターンある。


「んー。んーっ!」


 決められない。どれもすっごく綺麗にうつってる! 私じゃないみたいだった。


「無料でネット配信する曲の入ったアルバムの顔になるからね。打ち合わせで決めるけど、考えておいてね」

「――……うう」


 悩ましい。すっごくすっごく悩ましい。


『妾の好みは……そうじゃなあ』


 タマちゃんがにわかに騒ぎ出す。私の身体の自由を奪って、葉っぱを出して自分の姿に化かすの。ぷちタマちゃんが肩に乗ってあれこれ言い始めるけど、事務所の人も慣れた顔でスルー。高城さんもタマちゃんと話し始める。

 トーナメントも大事だけど、歌の仕事も大事。

 スタートダッシュは肝心。どこまでコストとお金をちゃんと注いだかは重要な要素の一つ。

 人生かかってるけど、失敗したって死ぬわけじゃない。

 どんなにヘマをしようが人生は続いていく。だからなるべく納得しながら進めたい。

 繰り返すよ。歌の仕事は大事。でも学生生活も大事だ。

 トーナメントの初戦は岡島くんが相手。

 酒呑童子……身体能力の高さもさることながら、分身を使うあの戦い方は手強い。鬼を相手に特別意味のある刀が手元にあるなら話は別だけど、私の二振りはそうじゃない。

 化け術で対抗するっていう手はあるけど、あれはものすごく体力が減る。消耗が激しすぎる。岡島くんが相手となると、一か八かの賭けになる気がする。

 確実に勝つためにはそれじゃあまりに分が悪い。

 鬼に強そうな……それこそ、従えられる力はないかな。

 お姉ちゃんみたいにさ。

 カナタの刀を受け入れたから、お姉ちゃんの刀を抜けるか、そこまでいかなくてもお姉ちゃんの力が手に入ったらいいのになあ。

 お姉ちゃん、閻魔姫だし。


『ふっ……見つかったな』


 じゅ、十兵衞、どういうこと?


『ハルの勘は悪くないと見込んでいる。答えなら、お前がいま考えたところにある』


 ……あっ。

 お姉ちゃんの刀を抜け、そこまでいかずとも力を手に入れろっていうこと?


『可能性だが。掴めれば、或いは』


 な、なるほど。でもさあ、十兵衞。お前自身の力を鍛えろとかってお説教しなくていいの?


『他力本願は自覚してるか』


 ……そりゃあ、まあ。


『いいんだ。未熟な内は胸を借りろ。そして盗め。九尾を生やし、一時的とは言え神へと至る力を手にしたハルならば……努めることを忘れぬのならば、他力本願大いに結構』


 意外。っていうか、豪快。


『そうでもしなければ、あの鬼には勝てんよ』


 うっぷす!

 でも、そうだよなあ。

 同じ妖怪系の御霊の中でもマドカと岡島くん、茨ちゃんの素質は抜きん出てる。

 御霊の本質に目覚めたトラジくんが猛追しているけど、授業で特別目立ってるのは今でも岡島くんだ。

 口数少ない片眼鏡の鬼。

 調理部所属の料理上手。

 茨ちゃん大事にしすぎる系男子……手強いんだよなあ。

 体育の剣道でも御霊の授業でも黒星の方が圧倒的に多いんです。

 考えが読めないんだよね。どうも。


「これ、ハル! 集中せんか! 最初の顔を決めるのは大事じゃぞ?」

「ご、ごめんねタマちゃん」


 頭を振って、集中する。

 やることは山ほど増えた。だからこそ、うまく切り替えていかないと。

 ちゃんとお仕事しなきゃ。


「これが決まったらどうなるのじゃ?」

「いろんな手続きや手順を経て――……配信。プロモーション活動のための過密スケジュールはそろそろ始まるよ。反応も見つつライブも仕掛けていく。どんどん忙しくするからな」

「いいのう、いいのう。これは実に妾好みじゃぞ!」


 テンション高いなあ。タマちゃんの願いが叶うのならそれはいい。

 十兵衞の願いも叶えるからね。


『目標は?』


 当然高く。歌だけじゃない、トーナメントでも優勝を狙う!


『その意気だ』


 うん! ようし!


「燃えてきた!」


 まずは今日のお仕事からだ!


 ◆


 調理部で中華鍋を握る。米が乱れ舞う――……ことはない。

 調理室の火力はあまり高くない。

 どこかの料理店でアルバイトでもすればできるだろうが……チャーハンを作るとして、派手な調理にはならない。


「なあ、岡島」


 茨の声にふり返る。


「なに?」

「……青澄相手に勝てるの?」

「どうかな」


 片目がねが湯気で曇っていた。それでも級友で大事な少女の不安そうな顔が見える。

 構わずそっと米を炒め続けた。

 思考する。岡島ミヤビは思考する。

 青澄春灯。柳生十兵衞、玉藻の前という二つの御霊を手にした少女。それだけじゃない。山吹マドカを助けにいく前に彼女は気になることを言っていた。恋人の緋迎カナタやその御霊と縁を繋いだようなことを。

 剣道の授業で最初こそだめだめだった彼女も、今では九組どころか一年生最強候補の筆頭格。その彼女がさらなる隠し球を持っているかもしれない。


「危ないね」

「あのなー。これでも心配してるわけ」


 スカートなのに、自分といると男だった頃のくせなのか足を広げて座る茨は不満げだ。


「青澄もそりゃあ好きだし仲間だけど。お前が負けるところは見たくないの」

「惚れてるから?」

「ばっ!? う、うるさいな! そういうツッコミは聞かないから!」


 赤面して指を振る茨は、御霊を引いて女子になりたての頃より見た目が随分可愛らしくなった。

 八重歯は伸びて、身長はなぜか少し縮んだ。

 おかげで、やんちゃ盛りの女児といったきらいはあるけれど。

 岡島は正直、頓着していない。

 茨という存在を大事にしたい。それだけで十分だと考えている。

 世間から見たら複雑だろうから色眼鏡で見られる可能性さえ理解しながら、まあ今は見た目がお互い男女だし周囲もいちいち干渉してこないだろう、くらいののんきさで。

 もっともまともに手も繋がせてくれないが。

 あんまり押したら部屋に閉じこもっちゃうことが判明したので、現状を踏まえ、ゆるやかに進める予定である。

 そんな腹づもりではあるのだが。


「……女の子をいたぶるのはあまり趣味じゃないな」

「そんなこといってぼこられるなよ? ださいお前とか求めてないし」

「まあ……がんばるよ。それより、味みて」


 おたまですくったチャーハンを小皿にのせて彼女に渡す。

 受け取って食べた茨ははにかむように笑った。


「お前の飯、あいかわらずうまいのな」

「嫁に来る?」

「だ、だからそういうこと言うなって!」


 答えてから、岡島は周囲を見渡した。

 そばで文庫本を読んでいる井之頭が寡黙なのはもういつものことなので構わないのだが、他の調理部の部員たちが嘆息をこぼしながら自分と茨を見つめるのはなぜなのだろう。

 それについてはどうにも、わかる気がしない――……。


 ◆


 夜中に帰ってきて、部活の依頼をチェックして寮で解決できそうな奴は拾い上げる。それをこなして晩ご飯を食べてひと息ついたーって頃にはもういい時間! なんて日だ!

 それでも鍛錬に出かけるカナタについていって中庭に出た。

 狛火野くんとマドカが素振りをしている。

 きっと今夜もトモは道場で汗を流しているだろうし、ギンも腕を磨くことに余念がないだろう。

 他にもね、一月になると汗を流している生徒がちらほら見える。

 三年生の姿はあまり見かけない。受験シーズンだからかも。


「ハル……今夜はどうする?」

「んー。お姉ちゃんとバトル予定」

「手合わせしてやれと言われているんだが」


 カナタの返しにきょとんとした。


「あれ? なんで? お姉ちゃんが手配してやるって言ったからには、お姉ちゃんが戦ってくれるのでは?」

「いや……だから、俺との戦いを手配したんだろう」

「ん?」


 聞き返してからカナタと見つめ合う、きょとーんとした一瞬の間。

 少し遅れて頭の理解が追いついてくる。


「うわ! 私めっちゃ勘違いしてる!」

「忙しい奴だな……疲れているなら無理をするな」


 頭に手を置かれて撫でられちゃいました。むむ。むむむ。


「いま何時だ?」

「そうね、だいたい……二十二時過ぎてる」


 呟いた時間、理解した。

 お姉ちゃんが寝ちゃう二十時をとうに過ぎてるね。完全に過ぎてるね!

 そりゃあお姉ちゃんも手配するって言うよね。ああでもまぎらわしいよ! カナタに言っておくでいいじゃない……いえ、すみません。私が勝手にお姉ちゃんとの組み手を期待してただけですっ!


「表情がころころ変わるな」

「おーぅ……ちょっとね。わくわくしてたの。お姉ちゃんとの交流。でもそうだね。夜遅くは無理なんでしたね」


 しょんぼりしながら項垂れる。


「俺じゃだめか?」

「……だめじゃない」


 これはこれであり。お姉ちゃんに稽古をつけてもらうのは、起きてる時間にしよう。切り替えていこー!


「お願いできる?」

「もちろんだ。それで? 特訓の目的はなんだ?」

「んー。縁を繋いだから……お姉ちゃんの力が使えるようにならないかなって」


 腕を組んだカナタが考え込む。


「縁を繋いだ侍の刀の力を手にする、か。あわよくばその刀さえ、抜いてみようというところかな?」

「さっすがカナタ! 私の考えなんてお見通しだね!」

「いや、縁を繋いだ時に出そうとしていたの見てたから」

「おうっ」

「……返しが安定しないな」

「うっぷす、だんだん癖になってきた?」

「なってない」

「おうっ」


 チョップを食らってしまいました。残念!


「話を戻すぞ……俺自身で発想したことも、誰かから聞いたこともないが。相手が岡島となると、それくらいしなければ勝てそうにないな」


 おっ。おっ。これは私のアイディア、わりとありな方向性?

 思わずどや顔になるよね。


「でしょー? 京都じゃみんなで頑張ってやっとだったもん。岡島くんを相手にするなら、それくらいのとんでもハードル越えてみなきゃだめそうだと思いましてん」

「ああ……とはいえ、そうたやすく新たな力が手にできるとも思えない」


 ぐぬう。


「だ、だから特訓なんだけど……だめそう?」

「さて、どうやったものか」

「あ、あんまり難しいのはちょっと」

「なら一番簡単な手段にしようか」


 カナタが刀を抜いて私に向けるの。


「窮地に身を置く」


 それって、つまり。


「やだ、照れる」

「どういう反応だ」

「カナタとお稽古なんて夏休み以来だもん。わくわくしてきた!」


 身体をほぐしてから、上目遣いで言ってみます。


「優しくしてくだしい――……おうっ」


 すかさずチョップを食らいました。


「何をバカなこと言ってるんだ。特訓なんだから、手加減しないに決まっているだろう。窮地という言葉の意味をようく思い出せ」


 あ、久々に普通に呆れられた!?


「まあ確かに春灯とあまり組み手をしたことはなかったが。父さんと母さんはよく手合わせをしていたというから、俺たちがやらない理由もあるまい」

「おっ! 意外と乗り気ですね?」

「春灯が閻魔姫の力を手に入れる特訓に付き合うことで、俺も玉藻と十兵衛の力を手にする特訓になる。二年生のトーナメント戦に同級生連中の知らない切り札が欲しかったところだ」


 カナタもカナタでトーナメントを意識してるんだなあ。

 一学期のトーナメント、よく見ることができなかったから二年生の力関係は大いに気になるところ。刀鍛冶が参戦できる時点でコナちゃん先輩は手強そうです。二人以外の生徒会面子はもちろん、他の二年生にも私の知らない強敵がやまほどいたりして。あり得るなあ。

 でもでも思考の風呂敷ひろげている場合じゃない。いま大事なのは特訓だ。


「お姉ちゃんだけじゃなく、ミツヨちゃんの力も手に入れられるかな?」

「可能性はあるかもしれない。手に入れた瞬間に色欲が吹き飛んだりしてな」

「うっぷす!」

「冗談だ。それよりやるぞ。目標を高く、努力は貪欲にしていこう」

「ようし、燃えてきた!」


 いかにも大会前の修行パート突入って感じじゃないか!

 なにより、わくわくしてるの。

 私、知りたがってる。カナタと戦ったらどんな風になるのか。

 多くは語らない。


「私だけ?」

「いや……俺もだ」


 二人して笑い合う。


「構えろ。打ち込んでこい」

「うん……よしっと。いくよ?」


 飛び退いて、二刀を抜く。


『いい余興じゃなあ』


 タマちゃんも上機嫌だね!


『いい訓練になるだろうさ。それに姫を宿した男との力比べ、負けてやるつもりはないのでな。なによりカナタが妾を求めておる。貪欲な男は好きじゃぞう!』


 ああっ! そ、そういうの、良くないと思うなあ!


『気を張れ』


 おっと!

 十兵衛の叱咤にあわてて集中する。


『恋人とは言え侍だ。ソウイチ殿の子、シュウの弟。カナタの本来の実力を、お前はまだ知らぬ』


 そうだね! 十兵衞の言うとおりだ。

 夏休みの緋迎家鬼ごっこでは手加減されてばかりだった。

 なによりカナタと……お姉ちゃんを宿したカナタと刀を交えるのは、これが初めて。


『いくぞ、ハル』『宴じゃな!』

「みんな乗り気……いくぞう!」


 あげてあげて、限界値からいくよ!


「カナタ相手でも手加減しないからね!」

「楽しみだ」


 タツくんやレオくんの余裕とも違う。狛火野くんの前のめりさとも違う。ギンの貪欲さとも。

 緋迎カナタ。私の恋人。

 けれど侍としての側面を、実はあまりよく知らない。コナちゃん先輩たち二年生ほどには。

 ミツヨちゃんだけじゃない。お姉ちゃんの御霊も宿している。

 どれほどのものか……それを、身をもって知ることになるのか。

 油断しない。

 にらみ合う。

 遠くで誰かが訓練しているのか、甲高い激突音が聞こえた。

 それが合図。

 迷わず飛び込む。

 金色を振り下ろす私に、カナタは漆黒を振り上げた。

 互いの切っ先は――……。




 つづく!

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