第三百四十三話
大方の予想通り、翌日のみんなのくたびれっぷりはひどかったです。
誰も寮の外に出ないの。
ほんと、始業式の翌日がお休みの日でよかったよ。
朝の食堂のがらがらっぷりといったらなかった。
私は私でカナタに支えてもらいながらやっと来たって感じです。
体力使い果たしたから、ほんとは昼まで寝ていたかったけど。霊子を使い果たした反動なのか、妙にお腹がすくんですよね。ぐうぐう鳴くお腹には勝てないよ!
朝の定食をもそもそ食べて、トレイを片付けるのも面倒でカナタに体重を預ける。
カナタは呆れた顔をしながらも好きにさせてくれた。
あんまりひと目があるところでベタベタすると嫌な顔されることもあるけど、そもそも嫌な顔をするほどの人がいないっていうね。
「ゆうべはお楽しみだったみたいですね」
「やめろ」
ラビ先輩のからかいにカナタが渋い声を出す。
「いやいや……よくやってくれた。ハルちゃんは気づかなかっただろうけど、僕も力を貸したんだよ?」
「ありがとうございますー」
「あはは」
楽しそうに笑うラビ先輩の横にユリア先輩が腰掛ける。
反対側にはコナちゃん先輩がいた。憂鬱そうな顔をしているの。
「あのう、コナちゃん先輩? どうかしました? 浮かない顔ですけど」
「報告は受けてる。山吹マドカさんはまるで、去年四月のユリアのようだったと」
「……まあ」
マドカがあの頃のユリア先輩ばりに狂犬みたいに噛みつきまくり、みたいなシーンなんて私は見ていないけど。でも自分を傷つけて苦しみ、己の刀に殺されそうになっているという点では間違いなく同じだった。
「ラビ。黒い御珠が出たという情報はある?」
「敷地内をくまなく探した。ハルちゃんを寝かしつけたカナタと一年生の新入りアリスちゃんの手を借りて行ける限り霊界に近づいてみたけど、僕の方では確認できてない」
ラビ先輩がなぜか一瞬だけユリア先輩を見たの。
ユリア先輩は涼しげに食事を取るだけだった。っていうかご飯がテーブルにのったトレイから頭の天辺くらいまでの高さに盛られているのですが。朝っぱらから揚げ物が山盛りになっているのですが。
ユリア先輩、それだけのカロリーをどのように消費なさっているのですか……ダイエットの参考になりそうなので教えて欲しい!
「……あげないよ」
「い、いえ。朝から揚げ物いけるお腹具合じゃないので」
「そう」
微笑むユリア先輩、眩しい。
三年生の美人といえば迷わず南ルルコ先輩なのですが、二年生はコナちゃん先輩がいて、なによりユリア先輩がいる。
白銀の君は伊達じゃない……! 口元があぶらで輝いてますよ、白銀の君……!
「何か隠してない?」
コナちゃん先輩がラビ先輩の二の腕を指先でつねった。彼氏にするのかその力加減っていうくらい容赦がない。ラビ先輩は笑っている。けど口元が若干ひきつった。
「隠したとしても、僕の権限で決められることじゃないよね」
「――……緋迎くん?」
「少なくとも、ラビと連れ添って散策した俺と後輩の暁は何も見てないぞ」
横目でカナタを見た。ちょっと青ざめてる。
ラビ先輩の顔色がどんどん悪くなっていっているせいかもしれない。
コナちゃん先輩、刀鍛冶だし。ラビ先輩に何かおしおきを敢行中なのだろうか。
「ユリア?」
「シュウに聞いて。兄さんは報告しか聞いてないし、もし黒い御珠がこの学校に出現したとしても……もうここにはない。それにとっくに黒じゃなくなっている頃だと思う」
「……はあ。それ、答えみたいなものじゃない」
つまり……シュウさんの手元にあるってことなのかな。ユリア先輩がそれを知っているっていうことは、じゃあユリア先輩が見つけて渡したの?
「コナ。学生があまり面倒ごとに首を突っ込むことない」
「……あなたの心、一度覗いてみたいんだけど」
「シオリだけにするんじゃなかったの? 私はお断り……自分の中に誰かが入ってくるなんて、その子だけで十分」
ユリア先輩が私を見て言うの。だからね、思い出しちゃった。四月のヤマタノオロチ討伐。
ラビ先輩にオロチの中に投げ込まれて、刀を斬ったんだ。あの頃は無我夢中だったなあ。思えば遠くにきたものです。
「緋迎シュウが回収した御珠をどうするのか……誰か知らないわけ?」
「さすがに、兄さんの一存で決めきれないだろう。最強の侍兼刀鍛冶でも、一警察官でしかないんだから」
「じゃあ国がどうこうするっていうの?」
コナちゃん先輩の問い掛けにラビ先輩とユリア先輩は微笑むだけ。カナタは肩を竦めるし、もし仮にシオリ先輩がいたら渋い顔をしながらカナタみたいに肩を竦めてたと思う。
「わかった……なるほど、確かに女子高生が首を突っ込めるレベルじゃない。っていうかそれに関わるあなたたち双子はなんなの?」
コナちゃん先輩がラビ先輩とユリア先輩を睨む。
二人は顔を見合わせてまったく同じタイミングで同じ角度だけ小首を傾げた。
「さて……コナちゃんの彼氏というか」
「ただのロシアから日本に帰化したフードファイター」
ゆ、ユリア先輩……それでいいんだ。
とうとう自称しちゃった。
オロチを宿した先輩はとにかく大食いだし。悔しいくらい太らないし。そのくせスタイルすごいし……うらやましい。
『ねたむならお主の中にもほれ、妾がおるぞう』
タマちゃんもそりゃあ素敵だけどさあ。
『……なんじゃ、なぜ不満そうに言う』
だってさ? タマちゃんを宿しても私たいして身長のびないよ?
百六十半ばとか百七十センチもあればモデルさんみたいでかっこいいのに、私どっちかっていうとちびだもん。
『む……』
そこへいくとコナちゃん先輩もユリア先輩も、もちろんルルコ先輩もすらっとしてて背が高い。コンプレックス刺激されること、このうえなし!
「春灯」
「ぶえ?」
「どんな返事の仕方だ。疲れているなら部屋で眠るか?」
「んー……」
悩む私にコナちゃん先輩がジト目で言うの。
「食べてすぐ寝たら太るわよ」
「うっぷす」
「私ふとらないけど?」
「うっぷす!」
ユリア先輩の返しに思わずダメージを食らう私。コナちゃん先輩も目を伏せて、世の不定を嘆いておられる。
みんな平等なわけじゃないんだなって……実感するよね、こういう時。
ユリア先輩が男子なら素直に言えるんだけどなあ。三十過ぎたら太る、そうじゃなきゃこの世の中まちがってるって。
「いくら食べても綺麗でいられる夢を見ながら刀を抜いたら、私もユリア先輩みたいになれるのかなあ」
「ばかなこと言ってないで、行くぞ」
「はあい」
カナタに手を取られて私はしぶしぶその場を離れたのでした。
◆
午後になってもやもやしてたら、キラリからメッセージが来たの。
二人で合流してマドカの部屋を訪れた。
扉をノックしたら、最初に出てきたのは狛火野くんだった。
思わずキラリと顔を見合わせたよね。狛火野くん、昨夜みた時と同じトレーニングウェアなんだけど、髪の毛少しぼさぼさで。気の抜けた顔をしてたから。
これはもしや。もしかしなくても。
「で、でででで、出直そっか! キラリ、ね?」
「そ、そそそそ、そうだな、それがいい! 春灯の言うとおりだ!」
赤面しながら後退る私たちを見て、狛火野くんが何かを察した顔をした。すぐに、
「え、あ。ちょ、違うから!」
赤面しながら手を振ってくる。
「「 いやあ、でも 」」
ねえ? 鼻をそっと使ってみたけど、狛火野くんの匂い、マドカの匂いと混ざってる。どう考えても、これは……二人がめでたくゴールした感じの匂いです。
「ゆ、床で寝ただけだから!」
「「 ふうん 」」
「手しか繋いでないし」
「「 ええ? 」」
それはそれでピュアすぎるのでは?
「そばにいて欲しいっていうから、いただけで」
「「 むしろここまできてなぜ手を出さないの? 」」
「え」
てんぱる狛火野くんの背中の向こう側から、笑い声が聞こえてきた。
「あはは……ごほっ、けほっ……ふう。やっほ」
よろけながらパジャマ姿のマドカが出てきた。髪の毛ぼさぼさ、完全に寝起きだった。
「そんなことする体力はまだないかな……入って」
「「 お邪魔なのでは? 」」
「いいからいいから。ユウ、お茶いれてくれる?」
さらっと狛火野くんにおねだりするマドカ。狛火野くんも嫌な顔一つしないですぐに動き出す。あうんの呼吸感。
二人でてきぱき、床に敷かれた布団をたたんでテーブルを出して、クッションを二人分用意してくれるの。そしてお茶と紙コップが並ぶ。
ベッドに腰掛ける二人はぴったりくっついていた。
すごく仲がいいの、見ててほっこりする。
「マドカ、だいじょうぶ?」
「……ん。峠は越した感じかな。朝方まで、先生方がつきっきりで看病してくれたおかげ。もちろんユウもね」
あつあつ! でも体力戻りかけなら気を遣わせちゃいけない。
「やっぱり邪魔だったかな。帰るよ?」
「ううん。ずっと寝てるより、心が元気になることなんでもやりなさいって言われてる。ハルやキラリと話したり、ユウとくっついていられる方が私は嬉しい」
はにかむように笑うマドカに邪の気配なんて欠片もない。
その様子に思わず呟く
「憑きものが落ちたっていうか、取れたっていうか……」
「確かに。なんか思い詰めてる感みたいなものがなくなった」
私の言葉をキラリが補足してくれた。
「まあ……ね。みんなに助けられて……先生に治療されながらね? 私は考えていたの」
先が気になって獣耳を立てる。
「罪を犯したら……特に今年や去年の日本だとさ。すごい責められるじゃない。そういう空気だし、それは昔から変わらないことだと思う」
どういうことだろう。
「魔女がいたら密告しろ。咎人には石を投げよ。罪人は罰し、命を奪え。決して許してはならない……」
昨日フル回転を越えたバースト回転をした頭はまともに働かない。
それでもなんとなくイメージしたのは中世の魔女裁判とか、捕まった人の斬首刑が見世物だったこととか。罪人に対して石を投げた民衆の姿。
こじらせた時に調べたことがある。拷問についてとか、そういう歴史も。
罪を犯したら、その可能性があるのなら……許しはない。許されるためには、神の試練を受けなければならない。それはひどく残虐で、無慈悲な行い。つまり、死だ。
「聖者に告解を。あるいは……死して償い、浄土へ行こう」
マドカの声は優しく、儚げだった。
「それって苦しいよね。生きるだけで、どうしたって罪を犯すものだと私は思う。法律だけにとらわれない、罪科を背負うのが人の業だと思う」
考えつかない悩みだった。
「他者を妬み嫉妬する。淫らに色欲に染まる。貪るように食らい、己を顧みぬという怠惰に浸る。物欲は捨てられず……他者を否定する高慢に己を満たす」
む、むつかしすぎるよ。おろおろする私の横で、キラリが肩を竦めるの。
「それを許せるようになりたいってこと?」
「私は罪を許せるようになりたい。自分を救えるように」
「ほんと……頭を回す暇のあるやつはろくでもないことを言うな。綺麗事を言わずに白状しろ。でかい罪すら許せるようにならなきゃ、自分を許せそうにないって」
「……ばれてたか」
舌をペロリと出しておどけるマドカとため息を吐くキラリ。
え。え。なにが起きたの。私にはまるで理解できなかったんだけど! 狛火野くんはテーブルにあるリンゴを手にとって皮を剥いているし。
「まあ、わかりやすく言うとさ……ハルの歌みたいにおっきなことがしたいなあって思ったの。私にしかできないこと。それは……許すことだなって話」
「あ、その言い方ならわかる!」
思わず喜んで口を挟む私にキラリが半目で睨んできた。
「ばか丸出しだぞ」
「えっ」
「アンタらしいけど」
「もしや……八対二で褒められてる?」
「何とどう競っているんだ、内訳はどうなっているの。いやいい、言うな。求めてないから」
「そんな!」
尻尾をぴんと立てる私と尻尾をゆらゆら波打たせるキラリを見て、マドカが吹き出すように笑うの。あははって。楽しそうに。
「ねえ、ハル……青澄春灯。聞きたいことがあるの」
「なあに?」
マドカ、急にあらたまってなんだろう。
「どうして……金色に輝くの?」
普通の表情なのに、それは鋭く心の奥深くに刺さってきそうな色で、声だった。
一瞬ちくりといたんだけど、でも答えは決まっていた。
「輝かせたいから。その方が楽しいから」
「……そっか。そうだよね。そんな、単純なものなんだな」
噛みしめるようにマドカは頷く。その目にはなぜか涙が浮かんでいた。
「キラリにも聞きたい。あなたは……どうして星を見るの?」
「そりゃあ……どんな人にも願いがあるって思った方が、なんかいいじゃん」
鼻を啜ってからくしゃくしゃに笑って、マドカは言うのだ。
「見たいように……輝きたいように、生きるだけなんだよね。他人と比べても、しょうがない」
唇をなんとか引き締めて、嗚咽が漏れないように言うの。
「私にぴったりくる言葉はなんだろうってずっと探してた。ハルが見つけてくれた。ユウがいて、キラリが仲間を連れてきてくれなきゃ見つけられなかった」
きらきらの瞳を私たちに向けて、
「ありがとう。お助けしてくれて。おかげで、私は光を失わずにいられたんだ」
嬉しそうに……そう、言ってくれたんだよ。
◆
週が明ける――……。
ユウと一緒に過ごす時間が増えた。己の刀と――……山吹マドカの光と見つめ合う時間も。
けれど平日ともなればそれも難しい。
初日の授業はゆるやかに。
まだ地獄のような始業式の一件から回復しきっていないせいだ。先生達が手加減をしてくれている。まあ無理をされてもついていけないだけなのだけど。
うちのクラスこと一年三組の木崎くんに羽村くんがしきりに会いに来る。
聞こえてくる話題は、
「謝罪と紹介を賭けてパフォーマンスするって……いや、無茶言うなあ。お前」
「欲あらばさらに求めん。届かなければそこまで……俺の賭けに付き合ってくれないか?」
「アメリカ行きを蹴って、日本のプロを紹介しろだなんて。ぶちぎれられるかもしれないぞ?」
「頼む。木崎……俺にはお前しかいないんだ。俺のすべてをわかっているのは。お前となら、どんな高みにだっていける」
「ってもな……誘われたのはお前で、俺じゃない」
「けど俺を戻したのはお前だろ。お前がいなきゃ……始められないんだよ」
「……そういうこと、アメリカ行きを一度決める前に言えよ」
「……わりい」
「まあいいけど。悔しいけどお前の方が腕あるからな」
「お前の方がガッツがある」
二人して仲良さそうに笑い合って、拳を重ねてる。
一部の女子の耳が大きくなっているように見えるのは、果たして気のせいだろうか。
まあいい。身体の調子はまだ戻らないけれど、心は弾むようだ。
だから……意を決する。
助けてもらった私には、解決しなきゃいけない問題が残っている。
一組に向かった。
途中ですれ違う生徒と挨拶を交わしながら、覗き込む。
「仲間さん」
「……ん?」
女子達と楽しそうに笑っていた仲間さんが私を見た。それから驚いたように目を見開くと、すぐにやってきてくれたの。
すごくどきどきした。
一度は斬りかかり、一度は売り言葉に買い言葉で火花を散らした。
行き詰まって燃える情念のまま、衝突した。
けれどハルへの思いは一度しっかり考え直すことにしたの。私にとって特別なのはもう揺るぎようのない事実だけど、それをどう育てるべきか……ルルコ先輩の道を行くのかどうするか、心が求める先を見つけるまでは、中断。見つけたら、自分を許して進んでみようと思う。
だからって、その情念を誰かにぶつけるのはやっぱりよくない。
謝りに来たんだ。それをどう伝えるべきか、すごく迷う。考えても考えても答えが見つからない。
惑う私の頭に仲間さんが手を置いて、髪をくしゃくしゃに乱す。咄嗟の接触に驚く。びっくりするくらい……撫で慣れた人の手つきで、髪が乱れたのに悔しいけど気持ちよかった。
「あ、あの?」
「あはは、ごめん。なんか、ついね……言いにくいこと言いに来た顔してる。それもお詫びしたいって顔だ」
見透かされてる。けど不思議といやじゃなかった。
「ほんと見違えた。っていうか……戻った? 沢城くんとやりあった時に」
「あ、あはは……」
嫌になるくらい鋭い。ユウもそうだけど、剣客の素質がある人には獣並みの勘でも宿るのだろうか。
「あの……謝りにきたの。煮詰まっておかしくなってたから」
「ああ、いいよ。あの夜なら、あたしも手ぇかしたし。今のあんたがいるなら、あたしはそれで満足」
笑って、本当に気にしてない顔で言ってくれるところがすごい。
「今みせてくれてる顔、結構好きだし」
「へっ?」
ストレートに好意をぶつけられて思わず変な声が出た。
てっきり、めちゃめちゃ嫌われているかと思っていたのに。そんな。好きとか!
「やっぱね、明るい方がいいよ。笑顔の方がかわいいもん」
「えええ!?」
さらにさらっと褒めてくるとか。
なんだ、なんなんだ! 私はいったい何と対峙しているんだ!
「せっかく光る刀を持ってるのに、本人が暗いんじゃさまにならないよ? もっと輝けるでしょ、あんたなら」
おでこを指先で軽くつつかれる。
ああ、くそ。ちょっとときめいた。いやうそ、かなりときめいた。
ハルが特に仲間さんに懐いている理由がわかる。
この子は間違いなくかっこいい子だ!
「あ、ありがと。そ、それで……その。対決の件なんだけど」
「もちろんやるよね?」
「えっ、な、なんでそうなるの?」
やんわりと忘れてもらおうと思っていたんだけど。ハルへの憧れとかそういうものに気持ちのやり場を見つけるまでは、そっとしておこう的な考えだったんだけど。
「切羽詰まったあんたなら負ける気しなかったけど。沢城くんといい勝負をした時に戻ったあんたなら戦ってみたい。剣道部の同志っていうだけじゃなく……同じ侍候補生としてね」
「え、と、あの」
「いいでしょ? やりたいでしょ? やりたいっていってよ。だって、あんなに可能性を持っているんだもん。気持ちいいよ? 最高に……昂ぶるよ? 想像つくでしょ? 沢城くんと戦った時の昂揚――……どんなに時間が経っても、身体の中に残っているはずだよ」
沢城くんが本気になった時のような妖艶さと似て非なる何かを浴びせられる。
「ま、まって」
どんどん詰め寄られて、気がついたら壁際に追い詰められていた。
逃げ場を奪うように頭の横にそっと手を置かれて言われる。
「――いいよね?」
「は、はい」
女子なのにイケボ! なんだそれ! 低音で言われると抗えない!
仲間トモ、侮っていた。
正直、クラスの女子の人気が高いけど、剣道小町で女子の味方だからってだけだと思ってた! ハルが懐く人に普通の人がいるわけがない! ……なんて、ちょっと言いすぎか? いやあ、正直あやしいところだ。と、とにかく!
「じゃあ楽しみにしてる。またね」
手をひらひら振って笑顔でクラスに戻る仲間さんに、私は骨抜きにされてしまったのだった。
クラスに戻るトモを迎えた女子たちが私を見て、合掌していたのは……何かの悪い冗談だと思いたい。
つづく!




