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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十二章 激突、私の光はどこにある?

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第三百四十一話

 



 カメラがアラートを告げて急いで出て行った。

 先生達も外に出ている。寮母さんもいる。

 山吹マドカが……ボクの後輩が刀を手に、崩れ落ちて泣いている。

 何かがあった。抱えてきたラップトップで確かめてみたよ。すぐにね。

 そしたらハルちゃんの姿をした何者かと戦闘していた。

 ニナ先生が慰めながらやっと聞き出した情報によれば、誰かがマドカちゃんの部屋に侵入してきたらしい。

 さすがに超絶プライベートすぎる部屋の中に監視カメラは設置されていない。でも一年生の中でもかなりしっかりしているマドカちゃんが泣くなんて、相当な事件だ。

 気になることは他にもある。カメラが捉えていたハルちゃんの動きが奇妙なんだ。抜群の体術もさることながら、カードを使っての瞬間移動ともいうべき消失術。まさに奇術師めいている。

 できる限り調べた上で資料を提供し、協議する先生たちの輪からそっと抜け出したところで、ある女の子と出くわした。金髪に、日本人の色白とは方向性の違う白い肌。青い瞳の持ち主をボクはちゃんと把握している。


「ユニスちゃんだっけ。なに。どうかしたの」

「……いえ。ちょっと、騒ぎが気になって」

「ふうん……」

「あ、あの……」


 言いにくそうにボクの顔をちらちら見るから、苦笑いを浮かべてから告げる。


「尾張シオリ。二年生だ。生徒会に関わってる……それで?」

「尾張先輩、その……映像を見せてもらえませんか? 騒ぎに途中で気づいて外を見ていたんですけど、どうしても気になって」

「……そうだな」


 本当ならダメだと言うところなんだろう。彼女のことはラビから聞いた。プロの一年生が海外からやってきたって。プロとは言え一年生。マドカちゃんがどんなつらい目にあったかなんて、伝聞するようなことじゃない。

 迷うボクに彼女は一歩距離を詰めて言う。


「あの消え方、どうしても気になるんです。私は魔女だから」

「……ん」


 琴線に触れた、というだけじゃ理由にはならない。


「マナ……霊子の使い方、アーティファクト……日本で言う刀。あの敵が使ったものを、どうしても知りたいんです。もしかしたら、日本の人間じゃないかもしれない。どうかお願いします」


 頭を下げられた。そんなことよりも気になる情報があった。


「ついてきて」

「え――」

「日本の人間じゃないかもしれないってところ、詳しく教えて」


 彼女の手を握って歩き出す。目指すはラビの部屋。

 生徒会メンバーを招集する? いいや、だめだ。事件の後の夜だ。みんなとっくに思い思いの時間を過ごしているだろう。騒ぎではあったけど、疲れてくたびれた士道誠心のどれだけが気づいたのか、正直疑わしい。物音自体は大して聞こえなかった。せいぜい、窓越しに誰かが怒鳴っていたくらいでしかないのだから。

 それでも……これはラビ向きの案件だ。迷わず扉を叩こうとしたら、待ち構えていたかのように扉が開いた。


「待ってたよ」

「そういうところ……嫌いだし大好きだ」


 呆れながら、ユニスちゃんを引っ張って中に入る。

 中にはユリアがいるだけ。コナはいない。ユリアの部屋で寝ているのかもしれない。


「それで?」

「まあいいから、とりあえず映像を出すね。ユニスちゃんも見てて」


 はい、と返事をするのを横目に、ラップトップの画面に映像を出す。三人が覗き込んでくる中、動画が再生される。

 照明がか細く届く場所へとハルちゃんが落下。追い掛けるようにマドカちゃんが着地した。そうして刀を振るう。光る筋が荒ぶる。けれど、何かをハルちゃんがほうり投げた。そしてそれがハルちゃんに触れた瞬間に、姿を消したのだ。

 マドカちゃんが周囲を見渡す。口を大きく開けている。たぶん何かを叫んでる。それでもハルちゃんは出てこず、マドカちゃんが崩れ落ちた。


「怒鳴り声が気になった生徒が外を見て、寮母さんに連絡」


 説明しながら、解析した映像を映し出す。ハルちゃんが空に投げた瞬間の鮮明な映像。彼女が投げたのは一枚のカードだ。


「すぐに学校に待機している先生たちが出て行ったけど……マドカちゃん曰くハルちゃんに化けた誰かは見つからなかった」

「ちなみにハルちゃんは?」

「獅子王先生が連絡した。ずっと部屋にいたっていうし、廊下のカメラ映像に外出する様子はうつってない。窓から出た可能性を否定できないから、完全ではないけど、いちおう物証になるかな。だいたいハルちゃんが夜中にマドカちゃんを泣かせる方が信憑性ないし」


 確かに、とラビとユリアが頷く中、ユニスちゃんはじっと画面を睨んでいた。


「どうかしたの?」

「覚えがあるんです。カードの魔術師に……」


 思わずみんなでユニスちゃんを見た。


「うちの母から教えてもらったことがあります。かつて祖国……イギリスにいた頃、魔法使いには至れない一人の男が生み出したカードの話を」

「イギリス生まれのカードってことかい?」

「はい……けど、その男はすごく歪んでいた。世界中を奇術師として渡り歩きながら、少年少女を食い物にしてきた。それゆえに協会は危険視し、男を封印。カードも隔離世の奥底に厳重に保管されている……そう聞いています」

「兄さん……それって」「ああ」


 ユリアがラビを見た。ラビはすぐに頷いて、呟いたよ。


「そこまで聞いてようやく思い出したよ。奇術師のあだ名はジョーカーだ……幼い頃に聞いたことがある。その筋じゃ有名な男だ」


 さっそくネットで調べてみたけど、だめ。奇術師とセットで検索してみても、すっごく古いページしかヒットしない。眉間に皺を寄せるボクの肩に手を置いて、ラビが言う。


「手品を暴くのが流行り始めの頃に、その男はマジシャンたちの切り札的存在として名を馳せた。というのも、暴かれた手品と同じものを再現してみせた。当然同じ種だろうと、観察者たちはあの手この手で調べる。しかし……暴けない。なぜならば」

「それはもう手品ではないからだ」


 ラビの長い言葉を引き取って、ユリアが兄を睨んだ。


「長い」

「ごめん、性分なんだ。でも……ジョーカーは死んだ、というか封印されたはずだろう?」

「……協会の管理の目を抜けてカードが奪われたのか、それとも……」


 ユニスちゃんは何とも言えない顔で俯く。けれど、


「ユニスちゃん?」

「……いえ、考えすぎかもしれません」


 不意に頭を振った。


「カードの波動は本が記憶しています。探知を開始します」


 そして腰元の留め具から外して、本を掲げる。あるページを開いて手を振り払った。

 勢いよく白く光る波動が打ち出される。それは壁をすり抜けて遠くへ広がっていくのだ。

 けれどユニスちゃんは悔しそうに唇を噛む。


「――……すみません、ひとまずこの周辺にはもういないようです」

「そうか。なら……今は置いておこう」

「けど!」

「まあまあ。うちの大事な後輩に手を出した魔術師にはいずれお灸を据えるさ」


 ラビは笑っている。けど……ボクがかつて見たことないくらい、怒りが滲み出た笑顔だった。


「いずれ、必ずね」

「は、はい」


 実力がなければちょっと怖いだけ、でもラビの闘気は膨らむばかり。プロのユニスちゃんには痛いくらい伝わったみたいだ。


「兄さん。シュウに知らせる?」

「そうだね。どうも……匂うからもし今このあたりにいないのだとしても、対処しよう」

「わかった。ちょっと行ってくる」

「いや、僕が」

「だめ。今日はドライブしたい気分なの」

「……で、本音は?」

「深夜ラーメン食べてきたい」

「……わかった。いっておいで」


 ユリアがすっと立ち上がって出て行ってしまった。こんな深夜に出かけたら寮に怒られるだろうに。先生に頼み込んでもOKは出ないだろう。となればこっそり出て行くに違いない。

 ほんと。ラビもだけどユリアも無茶ばかりするんだからな。嫌な予感がしてきたぞ。


「シオリ。この周辺の調査、頼めるかな」


 ほらみろ。やっぱりきた。五月の病事件の時はそれで警察相手に大立ち回りをする羽目になったことを忘れたのか。まったく。まあ……ボクに似合いの案件だけどね。


「しょうがないな、ラビは……」

「頼むよ、シオリえもん」

「――……」

「ごめん。冗談だって」


 半目で睨んだらすぐにラビが両手を挙げた。まったく……。

 それじゃあ出る前に、思い詰めた顔をしている後輩に声を掛けておこう。


「ユニスちゃん、部屋に帰って休んで。こっちはこっちで動くから」

「……私も、魔法が使えます」

「それを行使するのは明日からでも遅くない。ラビの指示によく従ってやっていこう」

「……でも」

「こういうの、ラビは得意だから。任せた方がいい」

「……わかりました」


 頷くユニスちゃんの手を引いて廊下に出る間際、ラビから帽子を受け取る。

 すぐに別れて部屋へ戻った。寝そべって帽子をレプリカに変えて隔離世へ移動する。

 さてさて。あちこち潜って探してみますか。

 マドカちゃんにひどいことをした奴。正体暴くぞ……どれだけ時間が掛かろうが、必ずな!


 ◆


 泣くのも疲れた。ニナ先生には少し前に帰ってもらった。

 刀を見る。光り輝く私の……山吹マドカの刀は、曇っていた。

 まるで過ぎた欲望が身を滅ぼすように、陰っている。

 動揺した。ニナ先生に「悩みが解決したら、ちゃんと元通りになるから」と慰められた。

 それでも胸の中にしこりがある。光とハルの姿をして私の前に来た悪意の主の言葉を否定できなかった。まともに、一つも……否定できなかったのだ。

 しんと静まりかえる室内。

 ぼう然とする。私は何を積み重ねてきたのだろう。まるでわからない。わからなくなってしまった。

 みんなどんどん輝いていく。

 きっと最初から輝き続けてるユウが彼氏で。

 遅れて自分の力を手に入れて輝かせていくハルが友達。

 仲間さんも、佳村さんも。沢城くんや月見島くん、住良木くんも。

 結城くんや八葉くんたちも。

 十組に至っては二学期末に入ってきたのに、私たちを追い越す勢いだ。

 なのに、私はまだ見つけられない。

 ハルがいろんな言葉をくれた。

 それでも見つけられない。私の輝きは、友達がくれたものでしかなくて。私の力は、友達や仲間たちの借り物でしかない。やっと出せる力は、己の積み重ねだけ。名もない力だけ。

 どうしたらいいんだろう。

 知恵は回る。勝手に訴えてくる。

 士道誠心に悪意を持つ、それなりに力のある人間が攻めてきた。きっとハルに悪意がある誰かだ。そいつは……私を選んだ。ハルに至る急所だと見越して。ある意味では当たっている。私はハルにとって仲間だし、ハルを狙ってもいたから。

 でも……悪意に晒されたからこそ、我に返る。

 緋迎先輩から奪い取りたいわけじゃない。ユウと別れたいわけでもない。ハルと今よりもっと仲良くなりたいし……胸を張れる仲間になりたい。

 デビュー戦はろくでもなくて、そもそも刀の真実に気づいた時だって迷惑をかけて。後から入学してきたキラリの方がよっぽどハルにとって力になってる。

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。もう……わからなくなっちゃったよ。

 途方に暮れていたら、何か物音が聞こえた。耳を澄ませて気づく。ノックの音だ。

 重たい身体を起こして立ち上がる。扉を開けた。


「――……ユウ」


 鍛錬を終えてシャワー上がりなのか、濡れた髪をしたユウがいた。


「なんか、先生が噂しているのが聞こえて。マドカの名前が出てたから、気になってきたんだ」

「……うん」


 俯く。縋りたい。甘えたい。だけどそれじゃ強さは手に入らない。


「強がらないで」

「え……」

「一人にならないで。マドカを助ける役目を、俺にもちょうだい」

「……っ」


 じんわり溢れてきた。涙だ、と気づいた時にはもう耐えきれなくて、ユウに飛びついた。

 抱き締められる。部屋の中に入って、扉が閉まるの。

 言葉は出なかった。こみあげてくる涙をただただ必死に流して、寒くてたまらないからしがみついた。ユウは黙って頭を撫でてくれたよ。女の子に今でも慣れてないのに、優しい手つきだった。

 どれほどの時間が過ぎたのだろう。ぼろぼろの顔でユウから離れる。


「……私には、もったいないくらい……素敵だよ、ユウは」


 呟く。


「私、なんなんだろう」

「マドカ?」

「光が死ぬんじゃなくて、私が死んでたらよかった」


 違う。やだ。こんなことが言いたいんじゃない。


「ハルと出会うのは私じゃなくてキラリだったら……ユウが付き合えるの、私じゃなくてハルだったら……」

「マドカ! それは違うよ!」


 肩を掴まれる。わかってる。私だって止めたい。

 なのに、なんでか唇が勝手に言葉を出すの。まるで私の欲望が私を乗っ取ったかのように。

 身体中が軋む。痛みが私の身体を襲う。ひび割れるように、心のすべてが乱れていく。

 助けを求めるようにユウを見た。けど、口から出たのは、


「私なんて、いなきゃよかったのに――……」


 願いもしない言葉。まるでそれが切っ掛けになるかのように、刀が砕ける音がした。

 はっきりと聞こえたのだ。すべてが終わったかのような、そんな音が。その瞬間、意識が暗闇に沈んでいくのだった――……。


 ◆


 眠りにつこうとするまさにその瞬間、扉がノックされた。

 スマホで時間を確認したら深夜二時。

 目元を擦りながら出る。誰だ、いったい。

 扉を開けると、パジャマ姿のアリスがいた。


「キラリさん、キラリさん。ちょっとお時間いいですか」

「……あのなあ。時間帯をかんがえろ……ふああ」


 尻尾がぴんと伸びる。

 邪を吸いこんで、春灯におにぎり作って差し入れて、部屋で思いっきり伸びをしたら生えてきたのだ。どうして。なぜ。いろいろ悩んだけど、もうなんかめんどくさくて放置している。

 明日おどろけばいい。今日は寝かせてくれ。そんな気持ちでいっぱいなのに……こいつは。


「ちょっとねー。たいへんなんですよ。アリスはほら、見た目は子供、頭脳は十六歳ですから」


 まあ……間違ってはいない。


「気づいちゃいました。ずうっと泣き声が聞こえることに」

「……はあ」

「これはもう助けるしかない。けどアリスは刀も持たないか弱い女子なので」

「……はあ」

「むむ。ねむたいからって雑な返事。でも深夜に起きたからってあなたのおちちは小さくならないと謎の訴えをしつつ、わしづかむ。えい!」

「……あのな」


 胸に手を当てられて、私にいったいどうしろと。なにを期待しているんだ。


「どうしろって?」

「寝つけないのでどうにかしてください」

「……とりあえず胸から手を離せ」


 もうほんと、心から寝たいのに。なんで私は……困っている奴を助けられる人間になりたいなんて願ってしまったんだ。めげそうだ。


「いいおちち」

「……殴ってもいいか」

「おう。まさかの暴力。しかし断固として引かない。媚びない。媚びるのはロリコン野郎相手の時だけ!」

「どんな信条だ。やめておけ、ろくでもない……わかった。わかったから、離せ」

「ばばん。おちち外交大成功! どやあ」

「はいはい、すごいすごい」


 いつまでも胸を掴まれていても仕方ないから、渋々刀を持ちだしてアリスの道案内についていく。

 廊下に出ると、少し騒がしい。寮母さんたちが青ざめた顔で上の階に走っていく。


「今日は厄日かなにかなの!?」「急いでください!」


 悲鳴みたいな声をあげて、本当に忙しそうだ。


「あれですよお、あれ。あれのせいで寝られないんです」

「そう言って連れ回すあんたのせいで、私も眠れないんだが……ふあ」


 うとうとしながら寮のあちこちを移動される。


「一つ下の~」

「いや、騒ぎが起きているの上じゃないのか?」

「二つ上の~」

「結果何階だよ。一つ上の階じゃないか」

「半分下の~」

「半分ってなんだ、半分って」

「さらに下の~」

「結局下かよ! っていうかこの階かよ! いや半分下だよ! 意味わかんないよ!」

「一段目から十三段め! えいっ」


 いったいいつまで人を連れ回す気だ、泣き声なんて聞こえないぞ、と言い出すつもりで踏んだ階段に吸いこまれたような錯覚を抱く。総毛だって思わず周囲を見渡した。


「よしよし……神通力さえわたる……ふふ。我ながら、アリスはできる子!」


 めんどくさいなあ、と思いつつもツッコミの一つでも入れようかと思ったのだが。


「――……っ、ひっ……っ」


 聞こえた。遠くから、確かに泣き声が。

 それだけじゃない。照明のついた廊下に微かにある薄暗いところから、黒い獣がぬうっと浮き出てきたのだ。どう考えても現世の現象じゃない。お化けでも見てるのか。いや、むしろ邪なんじゃないか。

 咄嗟に刀を抜いた。


「ごうごう、いけいけ、ふれふれ、れっつごう!」

「気の抜ける声援やめろ!」


 アリスに言い返しつつお化けを斬る。すると星粒を大量に散らすように弾けて消えた。


「それじゃあマヨナカ探検の開始です……いやあ、冬のこの時期に肝試しとか。ちびりそうです。っていうかうんこしたい」

「自由すぎかっ!」

「だめ、もれる」

「ちょっ、せめてしてから来い! つうかうんこ言うな! ああもう!」


 誰かに大声だして嘆きたい気持ちでいっぱいだ。

 それでも内股を擦り合わせるアリスを持ち上げて、必死に自分の部屋を目指す。

 目指すのだが――……


「嘘だろ」


 何回階段をのぼってもおりても、階が変わらない。ぐるぐる回っているだけだ。

 廊下を見てぞっとした。果てが見えない。待て。待ってくれ。これじゃあ本当に肝試しじゃないか。


「おトイレ」

「わ、わかってる!」


 くそ、こうなりゃ自棄だ。そばにある扉のノブを掴んで回す。開いた!?


「お邪魔します! ほら、トイレ済ませてこい!」

「極楽到来の予感……ほわぁ」


 扉を閉めて息を吐き出す。それから何気なく部屋の中を見て顔が強ばった。

 浮いている。さっき見た黒い獣が無数、漂っている。私に気づくなり、その手を伸ばしてくるのだ。ぞっとして思わず刀を振るった。


「アリス、早くしろ!」

「えええ? でもべんぴちゃん解消の予感。これは長期戦になる覚悟が必要」

「それでもだ!」


 必死に星を投げて倒しきる。けれど嫌な予感がしてふり返ると、早速的中。廊下に山ほどいるじゃないか。黒い獣が。

 留まりたくはない。いっそ窓を破壊して外へ逃げるか?

 試しに星を飛ばしてみた。ガラスはけれど割れず、そこにある。思わず駆け寄って鞘でぶんなぐってみたけど、変わりなし。


「おいおいおい!」


 やめてくれ。こういうの苦手なんだ。ユニスとかリョータとか、十組の仲間が必要だ。呼び出したい。っていうか助けて欲しい。なんなんだ、この状況は。


『もうやだ』『もうやだ』『たすけて』『ころして』『獣を殺して』


 ぞっとするような女の声だった。幾重にもエフェクトかけて重ねたようなそれに、微かにマドカの声に似た響きを感じた。

 刀を握る手に汗がにじむ。そんな緊迫感の中で、ユニットバスの扉が開いた。

 のんきな顔をしてアリスが出てくるのだ。そして廊下から迫ってくる黒い獣たちを見つめ、小首を傾げる。


「大入り?」

「言ってる場合か! 予想より早かったなとか言わないからな! ああもう!」


 泣きそうになりながら駆け寄り、黒い獣を斬って廊下に出た。

 前にも後ろにも山ほどいる。


「本当にここは隔離世か? もういっそ別の世界に来てないか!?」

「んー。そうかも?」

「可愛らしく首を傾げるな! そういうタイミングじゃないから!」

「んう?」

「可愛いから余計に腹が立つ! かわいこぶるならせめてタイミングを見ろ!」

「しょうがないですねえ。じゃあ言うとおりにしてください」

「今更なにを!」

「出たくないんです?」

「出たいに決まってる!」

「それじゃあそれじゃあ、左手三つ目の扉を抜けて、壁をぶちこわして二つ目の部屋に移動してください。そこの机の引き出しを引いて、中に手を入れて引っこ抜いたら――」


 言われるままにした。敵がどんどん増えていく、その速度が尋常じゃなくて怖くてしょうがないからだ。やけだった。机の引き出しの中に手を入れると、何かが私の手を掴んできた。


「きゃああああああ!」

「うわあ!?」


 思わず引っこ抜いたら、リョータが釣れた。


「え、え、え、え、なに!? ちょ、え、なに!? なんでキラリが俺の部屋に!?」

「うるさいばか彼氏なら守れ、今すぐ戦えこの野郎!」

「痛いっ!?」


 涙目になりながらべちっと叩く私、理不尽な目に遭って悲鳴を上げるリョータ。

 私たちをよそにアリスはどや顔で言う。


「仲間が一人増えたぞう! この調子でいきましょうか」

「どこへ!?」「い、いったいなに、これ」


 刀を腰に帯びたリョータに説明する余裕はない。


「泣き声討伐のために仲間が必要です。そのためには行動しなければなりません。そうしないとアリス安眠できないし、みんな帰れないし」

「あ、あの、俺っていま、さらっとひどいことに巻き込まれてない?」

「うるさいだまれ! アリス、道案内! リョータは邪から私たちを守れ!」

「邪? そんなものどこに――」


 リョータが周囲を見渡そうとした時だった。壁の穴の向こうから黒い獣が大勢ふよふよ浮いてやってきたのだ。


「うわ!?」

「いくぞ!」

「ごうごう」


 こうして私たちは深夜の歪な寮の探検に巻き込まれたのである。

 アリス、現世に戻ったら尻を百回たたいてやる!


 ◆


 壁のポスターを破いたらトラジが出てきたし、リョータがゴミ箱に手を突っ込んだらミナトが出てきた。お風呂に水を張ると長風呂の最中だったのかコマチが裸で出てきて急いでタオルをかぶせたし、ベッドの布団を引きはがすと寝ぼけたユニスが現われたりもした。

 とはいえようやく十組の生徒、勢揃いである。その頃にはさすがに私も落ち着きを取り戻していた。リョータを引っこ抜いた時に出した悲鳴はできれば記憶の彼方へ消し去りたい。

 ユニスが張った結界の中で、周囲を睨む。黒い獣は魔力でできた光の膜を通り越せないのか、ゆらゆらと漂っているだけ。その数が尋常じゃない。部屋の一部さえろくに見えなくなっている。

 そんな中でトラジが疲れたように声を出した。


「それじゃあ事情を説明してくれよ……いい加減、ねみいんだけど」

「たしかになー。つうか俺がゴミ箱ってどういう意味だ! 断固抗議するね!」

「ティッシュだらけのゴミ箱に手を突っ込んだ俺の方がダメージは深刻だよ……」


 ミナトにリョータもあれこれうるさい。


「……はやく、出たい」


 コマチは落ち着かない様子だった。私のパーカーと、途中の部屋でかっぱらったパンツとズボンを隠れていそいそ履いているのだが……自分の服じゃないから、落ち着くはずもない。


「日本で言うところの霊界と隔離世の狭間といったところかしらね……霊的な要素が近いから、見たこともないゴーストが山ほどいるのだけど」


 ユニスはアリスを睨んだ。


「どうしてこんなところへ来れるのかしら。特別な力の持ち主だとでもいうの?」

「どやあ」

「……まああなたに聞いても意味なさそうだけど」

「そんなことないですよ。アリスは言います。ここから出るには泣き声を止めるしかないと」

「……なんですって?」

「アリスには聞こえます。歪みがある。兎さんは求めてます。歪みを正すことを」

「隠語が多すぎる」


 頭痛がするんだろうな。ユニスは頭を振って話すことを放棄した。アリスの顔が残念そうに歪む。


「士道誠心ならだいじょうぶだってお兄ちゃんは言ってたけど。やっぱりだめですかね。アリスの世界についてくるのは」


 みんながどうしたものか、という顔をする。

 しょうがないなあ。


「アリスが不思議ちゃんなのはもうどうしようもない事実。で……アリスが寝るためにはこの泣き声を止めなきゃいけないんだろ?」

「おう……意外な援護射撃。ですがアリスはその通りだと胸を張りますよ。やりますね、プリティプリンセス。略してプリプリキラリさん」

「ぶはっ!」


 アリスのあだ名にユニスがたまらず吹き出した。それに構わずアリスがドヤ顔で締める。


「泣いている子がいたら助けるものですよ」

「アリス、あだ名みたいに言うのはやめろ」

「く、くくく、あは、あははははは! 今日はもう最悪だと思ってたけど、撤回するわ! プリプリだって! あははははは!」


 笑い転げている場合か! まったく!


「ユニス笑いすぎだ! ……とにかく! クラスメイトが困ってるなら助ける。それに……」


 耳を澄ませる。

 ぴくぴく、と揺れる獣耳にみんなの視線が集まってきた。


「「「「「 っていうかさ 」」」」」


 アリス以外がハモるのビビるからやめてくれ。


「な、なに」

「そのネコミミなに」「いつからお前はそっちの人間になったんだ?」「まあ、ファンシーで天使キラリさんにはお似合いですけど!」「かわいい」


 ユニス、ミナトとトラジの後にしたお前の発言はちゃんとわかったぞ。語尾に草はえそうな勢いで言いやがって。あとコマチありがとう。

 リョータは感極まった顔で私を見ていた。


「に、似合ってる」

「……あっそ」


 どうリアクションを取ればいいのかわからないから、いまは放っておこう。

 もう何もかも面倒だけど、出るための努力くらいはしないとな。


「聞こえる声に覚えがある。部活仲間の声だ」

「え……」


 リョータがあわてて耳を澄ませる。みんなもそれに続いた。

 周囲を漂う黒い獣はもうずっと静かに漂うだけ。その遠く向こう。廊下のずっと先から聞こえてくる。


「――……っ、ひっく……ぐすっ……」


 みんなが顔を見合わせた。聞こえたのだろう。


「いやいや。真冬に怪談とか」


 ミナトが顔を引きつらせているのを見て、ユニスが半目になる。


「なに。怖いの?」

「ば、ばかいえ! 怖いわけあるか! 楽勝だ、こんなもん!」

「じゃあ結界とくわね」

「ちょ、まっ」

「さすがにそろそろ疲れてきた。キラリ、いいかしら」


 確かめられるまでもない。頷いてみせる。

 刀を握りしめたのは獲物を持たないアリス以外の全員だった。

 ユニスが指を鳴らす。その瞬間、黒い獣が押しつぶすように迫ってきた。

 一人なら怖くてしょうがなかったけど、みんながいるからだいじょうぶ! いや、正確には生理的嫌悪感は拭えないけど我慢できる範囲!


「いくぞ!」

「おー!」


 ご機嫌な返事をしたアリスに代わってみんなが手を動かす。

 倒しても倒しても増えてくるそれは何を意味しているのか。わからないまま突き進む。アリスの道案内の果て、寮には存在しない広々とした崩落しかけの教会の中に――……いた。


「――……マドカ」


 ハルの友達。同じ部活仲間。私も友達になった女の子。

 すぐに駆け寄りたかった。呼びかけてそれで終わりにしたかった。

 でもできない。

 暗闇に身体を覆われたマドカ。抱き締める光り輝く綺麗な女の子。

 光と影。あまりに輝きが強すぎて、漆黒のマドカが認識できる歪さ。

 二人そろって泣いている。山ほどの刀が二人を貫いていた。貫かれた穴からしみ出た血が地面に落ちるたびに黒い獣が産まれてくる。空から降る黒い雨を浴びて、獣が漂い始める。

 中でもマドカと光る女の子の心臓を貫く刃に見覚えがある。マドカの刀だ。燃えている。赤く赤く燃えている。雨に降られても、まるで執念深い怨念のように燃え続けているのだ。


「――……あ、ぅっ……ぐすっ……」


 マドカと光る女の子の涙は痛みを訴えるもの。

 間違いない。目的地はマドカそのものだった。

 けど、あまりに予想できなくて。


「こ、こんなの一体どうすりゃいいんだよ!」


 ミナトの悲鳴に誰も答えられなかった。

 幻想的といえば、幻想的。

 穴の空いた天井から差し込む月の光を浴びて、それ以上に煌めく女の子に抱き締められたマドカ。二人とも裸身。ぞっとするほど美しい曲線がおそらく見えるはずだった。黒い雨が伝い落ちるさまはさぞかし絵になるだろう。

 しかし、そのいやらしさに男子が魅入られることはない。なぜならば、二人を貫く刃から流れる血が黒い雨と混ざり合うさまがあまりに痛々しすぎるからだ。

 刀を抜けばいいのか。そう思いついて指示を飛ばそうとした時には、黒い獣が胸の内から刀を出して襲いかかってきた。先ほどまでとは打って代わって鋭い踏み込みで。


「くそ!」

「ミナト、防ぐぞ! リョータ、ぶちかませ!」

「うあああああ! 燃やせ! 鬼トラジモード!」


 男子がすかさず対応する中、私は戸惑う。


「キラリ!」

「待って!」


 ユニスの呼びかけに頭を振った。そして睨むんだ。

 確かにマドカと少女の胸に、星が見える。二つ重なって、同じ色をしている。まるで二人はとっくに一つに結ばれているかのようで。

 どうしよう。どうしたら救えるんだ。あれは。星は見えている。なのにわからない。

 山吹マドカ、アンタはいったいどうしたいんだ!




 つづく!

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