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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十一章 一月のシンクロミタマ

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第三百四十話

 



 ぐうう、という音が聞こえて目を開ける。

 やっぱり身体は重たいまま。だけどさっき目覚めた時よりはだいぶマシだった。

 そばにカナタがいて、私と手を繋いでテレビをのんびり眺めていたの。

 映画だ。映画をやってる。しかもクライマックスっぽい。もしやかなり熟睡してしまったのでは!


「……あのう」

「きつねうどんか?」


 呼びかけて最初にそれを言われる私って。

 まあ、ぐうぐうお腹が鳴ってるので、そもそもムードもへったくれもないのですが。


「寝ている間も鳴っていた。だから天使がにぎりめしを作って持ってきてくれたぞ」

「おう。天使のにぎりめし」


 お金とれそうな響き。キラリに言ったら怒られそうだからやめよう。

 身体を起こす。カナタは手を離す気がないみたい。今も心に繋げた霊子の糸を通して、カナタは自分の霊子を注ぎ続けてくれる。身体がそんなにつらくないのはそのおかげなのかも。

 テーブルにお皿があった。

 なるほど確かに、おにぎりが四つ並んでる。たくあんつきなのが憎い。実に憎い。キラリ大好き!

 ラップをとって一つずつ食べる。

 塩加減が絶妙だ。具は梅ばっかり。すっごくすっぱい。疲労回復にいいんだよね。梅干しって。だからちょうどいい。ちょうどいいんだけど、なぜに四つすべて梅干し。そんなに回復させたくなるほど疲れてた? 私、そんなにやられてた?


「みんなに心配かけちゃったかな」

「いや、呆れてた」

「えっ」

「眠る前から寝てからもずっと、お腹をぐうぐう鳴らしてた」

「末代までの恥!?」

「心配するよりも……まあ、呆れはしたが、ほっとした」

「微妙な着地点!」

「……すごい顔してるな」

「梅干しと現実が酸っぱくて」


 ふっと吹き出してから、指をぺろぺろ舐める私をカナタがぎゅっと抱き締めるの。

 もしやもしや? あまあま大増量の流れ? 今の私、間違いなく梅干し臭がしますけど。キスしたらレモンどころじゃねえ酸っぱさが襲いかかりますけど。


「あ、あのう?」

「……いつだって心配ばかりかけるんだ、お前は」

「おう……」


 悲しまれてる。

 なんか、ごめんなさい。梅干しおにぎり四つも食べた後でごめんなさい。


「でも、元気だよ? もう――」


 ぐうう、とお腹が鳴った。タイミングを読んで! 私のお腹!


「お、お腹すいてるくらいだし。おにぎり四つ食べた後でも」

「……ほんとにな」


 呆れながらカナタが離れる。


「大増量の前に、ご飯食べに行くか?」

「いいの!?」


 思わず尻尾が膨らむ私にまたしてもカナタが吹き出した。


「まったく……いいよ。行こう、春灯」


 ふわあああ! 名前フル呼び継続なう! ふわあああ!


「いくいく、どこへでもいきます!」

「いや、そこは食堂にしてくれ」

「うっぷす」

「……ほんと、それ気に入ってるよな」

「だめ?」

「……だめじゃないけど。少し調子が狂うぞ」


 うっぷす!


 ◆


 食堂へ行く。みんな自分の欲望との対決でけっこうくたびれているみたい。

 私は私の欲望との対峙で無我夢中だったけど。それぞれどうやって戦いを乗り越えたのかは地味に気になるところ。

 きつねうどん特盛りをずるずる啜りながら向かい側を見る。スマホいじっていてもいいのに、カナタは私が食べているところを幸せそうに見ているの。どうかしたのかな。


「あのう……食べにくいのですが」

「いまさら何を恥じらうことがある」

「けっこうあるよ。見られたくないところ」

「……たとえば?」


 あ。ちょっと気にしてる。


「収録してるけどダメだしされまくって凹んでるところとか?」

「……できないところを見るのなんて、今更じゃないか?」

「う。あ、あとあと、わりとがちで身体を洗っているところとか」

「……まあセクシーとは程遠いよな」


 なにその反応! まるで見たことあるかのように! ……はっ!?


「ま、ま、まさか、覗きを!? カナタ、見た目に似合わぬ覗きを!?」

「してない。人聞きの悪いことを言うな! 心を繋いだ時に見えただけだ」

「うっぷす!」

「まったく……他には?」

「……あとはもうだって生々しすぎる気がするので、白旗です」

「やれやれ。いいから食え。麺が伸びる」

「はあい」


 ずるずる。ずるずる。むしゃむしゃごくん。

 ……いや、ほんとに見られながら食べるの恥ずかしいよ!


「アンタはいつもマイペースだな」

「キラリ?」

「ちょっとだけお邪魔します」


 隣に腰掛けるの。パジャマと耳付きフードパーカー姿のキラリが。

 ふわふわ感の漂うもこもこパジャマが怖いくらい似合っていて綺麗だ。気を抜いた格好だよね、本来パジャマって。なのにルルコ先輩ばりに見た目を作る気配りを忘れない印象すらある。

 ただ、なぜかお尻に尻尾が生えているような。一本の尻尾が。長細い尻尾が!


「なんだその目は」


 あれ? キラリ気づいてないのかな。それとも触れちゃいけないところなのかな。さっき起きたときには生えてなかったはずなのに……。


「なに」

「ね、寝巻き姿もちょうかわいい」


 だめだ。言えない。あんまり自然にしているから言えない!


「どんな感想だ。それよりおにぎりちゃんと食べた?」

「あ、ごちそうさまです。でもなぜに梅干し四つ?」

「お腹鳴らしながら寝たアンタを見守る私たちの心情を表してみた」

「そ、そんなに酸っぱい気持ちになったの!?」


 ショック!


「ほんと心配したんだから。あんま無茶すんな……つうか頼れってこと」

「あうち」


 でこぴんをすると、キラリはすぐに立ち上がって、


「じゃあおやすみ」

「お、おやすみー」


 行っちゃった。颯爽とした立ち去り方も実にかっこよし。尻尾もやばいくらい似合ってる。フード付きの耳部分がぴこぴこ揺れてた。形的に……猫? なんて似合いの耳尻尾!


「春灯……天使を見送る視線、憧れの眼差しすぎないか?」

「えっ、そ、そうかな」


 いや、うそ。


「だってしょうがないよ……キラリは私の憧れ的なところあるもん!」

「麺がのびる」

「うっぷす! ずるずる……」


 ほんとさあ。憎いくらいこの麺がおいしくて……って。いつまでやってるんだ、これ。

 さっさと食べちゃおう。のんびりしてたら少し冷めてきちゃったし。

 カナタの見守りモードは変わらず。まったりした寮の空気はまるでトーナメントとか大きな事件が終わった直後。いや、まあ、今回のは十分おっきな事件だったね。納得なっとく。

 おあげさんを食べながら考える。今も私を見つめて微笑みモードの緋迎さんちのカナタくん。

 まるで保護欲全開になっているようです。

 これはこれであまあまだけど……今のほんわかオーラ全開で尻尾磨きされたら一発で落ちる気がします。


「あ、あのう……今日は尻尾は、その」

「綺麗にしないとな」

「……ですよね。やる気満々ですよね、久々なだけに」


 わかってましたけど。わかってましたけど!

 ソファで寝落ちしちゃいそうだ。とほほ。


 ◆


 外で上半身裸で素振りをするユウの訓練に少し付き合ってから別れて、部屋に戻る。

 刀が揺れる。心も揺れる。

 否応なく心に浮かんでくる。ハルの弱った姿。心臓を貫かれた瞬間。そして……見た目は元気そのものなのに、膝が折れるように曲がって倒れたあの一瞬。

 弱点は明白だ。献身的すぎるハルの心がそのまま弱点。誰かを救うためなら命さえ投げ出すのだ、彼女は。

 見ていた。ずっと。

 邪の自身が伸ばした刀を自ら受け入れた、あの瞬間を。

 思考が乱れる。気持ちが破裂しそうになる。

 愛しい、と思う。許せない、とも思う。どんどん惹かれていく。皮肉だ。清廉たる狛火野ユウと付き合っている現状が、皮肉。

 光を手にしながら、追い掛ける背中の持ち主との縁を築いていながら、それでも求めずにはいられない。

 ハルの出す金色はそれほど魅力的な光だった。

 振る舞いは残念で、どこか抜けていて、完璧からは程遠い彼女だから、あまり表面的に受け止められないが。しかし……神々の完成品めいた天使キラリとは違う美を、彼女は持っている。むしろ間抜けな一面によって欠けた美しさは……かつて思いを寄せた少女の美しさにどこか似ている。

 最初はそれだけだと思っていた。

 けど、同じ部活に入って、過ごす時間が増えるほどに増していく。

 欲望の獣。確実に育っている。

 邪の自分があれこれと計画を語った。それ以上のことを山ほど考えている。頭の中で……何度だって貫いたし、貫かれた。青澄春灯という理想を。

 夢中だ。彼女に。

 最初は貫きたかった。けれどハルが貫かれたあの瞬間を見て、切り替わった。

 ハルがもし貫きたいという衝動をもったらどうなるのか。

 見てみたい。その対象が自分であればいい、なんて……どんどん欲望が道を踏み外していく。

 ルルコ先輩に見出されるわけだ、と思った。ルルコ先輩が選んだシオリ先輩が、敢えてキラリを選んだのはちょっと皮肉だけど。

 キラリはハルに執着している。でも彼女は決して自分のような欲望は持っていないだろう。彼女は名字の通り、天使めいた潔癖さがある。まあ彼氏ができたようだから、これから変わっていくかもしれないが。


「――……と」


 足を止めた。階段の上に仲間トモがいる。いつかの再現のようだった。彼女は風呂にでも行く途中なのか、荷物を抱えてこちらを見下ろしていた。


「おつかれ」


 彼女から声を掛けてきた。笑って答えて通り過ぎればそれで終わり。そう思ったけど。


「過ぎた欲は自分を壊すよ」


 通りすがる時に呟かれた言葉にどきっとしてふり返る。


「どういう意味」

「言葉通りだけど。うちの学年でハルを――したいのは、あなただけだから」


 途中で口にされた単語に思わず聞き返す。


「ハルを、どうしたいって?」

「聞こえなかった? ならもう一度だけ言う」


 背中越し。彼女がどんな顔をしているか、見えない。


「食べたいんでしょ? 身も心も……食らい尽くしたい。顔にそう書いてある」


 顔が強ばる。言いがかりを付けられたからじゃない。図星を突かれたから、強ばるんだ。

 一瞬で頭が回る。知恵も。機転も。けれどきっと、仲間トモ相手にはどれも不正解だ。自分と同じ属性を持った結城シロと付き合う彼女には。青澄春灯にとってかけがえのない存在であり、女子の中における絶対的強者である彼女には。

 だから尋ねる。


「沢城くんも、あなたも……本当に不思議。あれだけ強く輝く同級生がいて、どうして放っておけるの? 倒したいとは思わないわけ?」

「輝き方は一つじゃないからね。アンタの彼氏を見たらわかるでしょ? そんなことするまでもなく、輝けるんだよ」

「……でも、ハルの金色をものにできたら、もっとすごいところへいけるかもしれない」

「風呂に行きたいんだ……あんたと議論する気はない。じゃあね」


 去ろうとする背中にどんな言葉だって浴びせられる。

 けれど出てこなかった。敵意以外の言葉は。

 柄を握る。刀の御霊として戻ってきてくれた光に輝くような青春を見せたいと思っている。いまも。

 敢えて波風を立てる必要性なんてない。それでも仲間トモには言わずにはいられなかった。


「……次にもし刃を重ねる機会があるのなら、まずあなたを倒す」


 答えはない。手を振られるだけ。相手にされていないだけじゃない。どうでもいいんだ。ユウと同じで……自分の鍛錬と、その行く先にしか純粋に興味がない。

 まさに達人へ至る道を邁進する候補生。

 一年でもその道を行く人は非常に少ない。ハルですら、十兵衞という可能性を手にしていながら歩めてはいない道。

 それ故に、ハルを上回るなら無視できない道でもある。

 アドバンテージは大きい。

 なにせ歌手活動を本格的に始めたハルだ。軽音楽部にも入った。強くなるための歩みはさらにのろくなったと見ていい。もっとも、元々の下地が爆発的な邁進力にあるハルだから決して油断はできないが。

 時間を掛ければ掛けるほど、手に負えない化け物になっていく。それが青澄春灯だ。

 仲間トモの言うとおり、食らいたい。

 なら――……早い方がいい。

 ああ、早く次のイベントがこないかな。斬りたくて、斬りたくて。


「ほんと、どうにかなりそう……」


 階段を上がる。鼓動が弾ける。浮かんでくる。倒れて眠るハルの無防備な顔。ぞくぞくする。

 なんでだろう。なんで……こんなに夢中にならずにはいられないんだろう。


『獣に身を任せて強くなったら脆くなるぞ。なにより……きっと誰かを斬らずにはいられなくなるぜ』


 いつか沢城くんは予言した。その日は遠くないのかもしれない。

 強くなるためなら、いくらでも獣に身を任せよう。

 私の欲望は集約されている。

 ハル。春灯。青澄春灯。積み重ねはすべて……あなたへと至る道。


 ◆


 ぞくっとして周囲を見渡す。尻尾が急にきゅって窄まるの。

 なにゆえ?

 けどいま確かに、なんか狙われた気がしたの。

 しかも……その。命とかそういう単純な脅威じゃないなにかだった。


「どうした? これだと梳かしにくいんだが」

「ううん。たぶん貞操の危機的な何かを感じました」

「……俺、そんな空気だしたか?」

「うーん。カナタのそれよりもっとこう……蓄積されてる感じの」


 どろどろ煮えたぎるような熱を感じた気がしたんだけどなあ。

 説明したら、カナタは少し考えてからため息を吐いた。


「――……まあ、露出が増えたからな。写真をあげるSNSもやってるんだろ?」

「まあねえ。あんまり肌の露出がある奴はルルコ先輩NG出るし、マネージャーの高城さんに怒られるし、炎上するの怖いのでアップしてないけど」

「それでもまあ、よからぬ見方をする奴もいるだろう」

「ううん。いちいち私のなんかでほんほんする人がいるかなあ」

「俺の立場はどうなる」

「おう……そ、そうですね。で、でもでも、そもそもにゃんこの方が人気高いとは思いますよ?」

「まあ……ネットじゃ特に人気だよな」


 あ、その反応。もしや……にゃんこ画像を見ているな!? なんてやってもしょうがない。


「ネットの写真でほんほんしちゃう人がいる可能性自体は否定しないけど。もっと他に山ほどいるでしょ、とは思います」

「じゃあ気のせいじゃないか?」


 ううん。気のせいかなあ。

 私の中だけじゃない、カナタの御霊も二人そろっておねむなのか反応なし。

 気になるけど……気にしてもしょうがないなら、いいや。

 カナタが櫛入れを再開する。


「くふう」

「どんな声だ」

「気持ちよくてですね……尻尾は敏感なんですよ」

「お尻みたいなものなんだったっけ?」


 わ、忘れてたのに! 文化祭で中学時代の男の子が言った台詞、忘れてたのに!


「そ、それは忘れて! 中学時代の男子の知り合いとかろくなもんじゃないよ!」

「そこまで言ってやるなよ……夢も希望もない」


 思わずふり返ってカナタを睨む。


「今のその台詞、どうかと思いますよ」

「なんだよ」

「あれですか。その夢ってあれですか。成人式とかで再会するかつての同級生が見違えるくらい綺麗になってて、相手もちょっとその気だったりして。飲み会に行ったその流れで、夜いっちゃう? ちょっといっちゃう? 的な夢ですか?」

「具体的な返しすぎる」

「カナタも結局は男子……」

「どんな感想なんだ。ないから。そもそも集まるなら高校の面子だしな」


 それならそれでいいけども。


「でもなあ……思うにカナタの恋のライバルイベントがコナちゃん先輩だけっていうのがそもそも疑問。いやまて、だからこそのお姉ちゃん登場? はっ!? 私ってもしや、既に大ピンチなのでは!?」

「どうしたいんだ、お前は……いいから黙って大人しく休め」


 櫛を入れられると思わず声が出ちゃう。


「くふう」

「だからどんな声なんだ、どんな」

「実にきもちよし」


 はあ、とため息を吐かれました。むう。だめですかね。

 でもでも丁寧に櫛入れされるとうとうとしてきちゃう。ああ、だめだ。やっぱり落ちちゃう……櫛なんかに負けないんだからね、からの即落ち二コマになっちゃうぅ……。


「またばかなこと考えてるな……」

「あ、そのほんのりS声もいい」

「……まったく。そんな調子で今月のイベントを乗り越えられるのか?」

「え。また何かあるの?」

「各学期に最低一回はあるぞ」

「……なんてこった。今度はどんな対決? それともアトラクション? あ、逃避中みたいなのり? でも鬼ごっこは今日やったよね」

「もっとシンプルだ。基本に立ち返る」


 なんとなく、嫌な予感がしたよね。


「も、もしかして……またトーナメント?」


 否定してくれたらいいのになって思ったけど、カナタは涼しい顔で頷くの。


「よくわかったな」


 な、なんてこった!


「三学期目だ。一学期の頃とは違って、力になれてきた生徒も多い。甘く見ると怪我をするぞ」

「おおお……」

「特にこれまでの学期で目立った生徒は対策を練られて酷い目にあうケースがある。刀鍛冶が活躍することも多い」

「前にも聞いたことがある、それ! つ、つまり?」

「何が言いたいのかというと、お前は格好の的だということだ」

「そんな流れだろうと思ってましたよ!」

「見てみたくはないか? ……それぞれに強くなった姿を」


 そ、それは見てみたいけど。


「なんだか……酷い目に遭う予感がするなあ」

「乗り越えてみせろ。俺の侍だろう?」

「んー。もうちょっとあまめがいいです」

「じゃあ念入りに櫛を」

「くふう。そ、それはもういいから……今日は、あのう。そろそろ一緒にハグするのがいいなあ」

「わかった……それ」


 私を抱き上げて立ち上がるの。

 電気を消してから、カナタは笑って言いました。


「病み上がりだから素直に寝るんだぞ?」

「……ちょっとくらい、いちゃいちゃしてもいいのでは?」

「だめだ。いちゃいちゃするなら、ちょっとはなしだ」

「ど、どうして?」


 不満がる私をベッドに寝かせて、そっと横に来ると抱き締められる。

 獣耳にカナタの唇が寄るの。


「……手加減できそうにないからな」


 そっと囁かれた言葉にぶわっと尻尾が膨らんだ。

 こ、こ、今夜はオールナイトの予感です!


 ◆


 こうして欲望は救われ、少女たちは己の思いのままに愛を交わし合うのでした……と。


「ジョーカー、覗き見は趣味が悪いよ」


 カードを月にかざしていたら、背中から声を掛けられた。

 ふり返るまでもない。仕事の相棒だ。


「いいじゃないか。アーティファクトを奪う機会を失ったばかりだぞ? これくらいしないと気が済まない」

「ゲスすぎないか」

「性分なんで」


 カードに見る。青澄春灯。恋人と口づけて幸せそうな顔を見るだけで吐き気がしてくる。


「おいおい、よせよ。人外になっていってるくせに、人間みたいなことしやがって」


 左右に一度回して別の光景に切り替える。


「なあ、エンジェル。面白い女を見つけたんだ――……」


 山吹マドカ。光り輝く刀を手にした侍候補生の少女。


「士道誠心の生徒で遊んでみたくはないか?」


 戦いの最中、彼女は青澄春灯に執着していた。その視線の色を自分はよく知っている。毎日よく鏡で見つめる自分の欲望と、とてもよく似ている。

 のほほんとした学生たちの中で、彼女は違う。彼女だけは違う。ただ一人、青澄春灯の仲間でいながら、好意を越えた欲望も同時に抱える存在だ。


「彼女なら……不遜にも神になろうとするあの女を殺せるかもしれない」

「よせって。監視に努めろっていう命令違反を犯したばかりじゃないか」

「いやあ、あの女の姉? 妹? とにかくシスターはおっかなかったな!」


 カードを投げたら指を鳴らすだけで燃やしてきやがった。気配は完全に消していたのに。本当にぞっとするね。


「次に命令違反をしたら、君の脳天に向けて引き金を引くしかなくなる」

「おいおい物騒だな。どうして悪意を否定するんだ? 人間なら誰にだってあるだろう。引っかき回したいとは思わないのか?」

「日本人じゃないんでね。正義を悪意で振りかざす趣味はないんだ」

「痛烈な皮肉だね。くくく……でもなあ、エンジェル。そもそも神ってのは一人いればいいと思わないか? 俺にとっての神は一人だけだ。他は余計だよ。ほんと、日本ってのはむかつく国だ。何が八百万だ? 何が死んだら仏になるだ。反吐が出るね」


 笑いながらカードを睨む。


「俺はさ、エンジェル。青澄春灯を人間にしたいんだ」

「さっきは人間みたいな真似をして、とか言って怒っていたじゃないか」

「完璧な女ってのはつまらない。処女じゃないなら、受け入れる女は一人だけと言わずにさ……いろいろ体験してもよくないか?」

「本当にゲスだな」


 相棒が顔を歪める。本気で引いている証拠だが、構わない。


「切り札ってのはここぞという時に切らなきゃ意味がないんだ。俺はここが切り時だと思うんだよ……エンジェル。賭けてみよう」

「……どうしてもやめる気はないんだな。何を賭けるって?」

「あの子が青澄春灯殺しの誘いに乗るかどうか。乗ったら……俺は目的達成、楽しい遊びが始まる。乗っても乗らなくても、君は困らない。何せ、彼女が選択するんだから」

「まったく……そもそも、ただ提案しただけじゃスクールメイトに敵意を向けないだろう」

「そりゃあな。けどどうにかしてみせよう。表しかないコインに裏だって作ってみせる。お前が名付けたんだろう? ジョーカーって」


 笑う。楽しみだ。楽しみでならない。

 カードを月にかざしてふっと息を吐いた。

 閻魔姫に焼かれたのと同じものが弾けて消えて、姿が切り替わる。

 山吹マドカが求めてやまない姿に。


「それじゃあちょっと……かどわかしに行ってくる。ああ、いまさらここへ来て止めたりするなよ?」


 喉から出る声も、山吹マドカが聞きたくてたまらない声に違いない。


「……僕が君を撃たない理由をくれないか」


 手を出すべきかどうしようか悩んでいる。その時点で勝利は手にしたも同然だった。

 エンジェルは冷酷さを失いつつある。

 二人で行動している内に自分に情でもわいたのか?

 ならば計算通りだ。


「余興さ。こんなのは単なる余興。遊びだって……いつものな」


 それじゃあな、と告げてビルの外へ出る。

 どこまでいってもピエロでいたい。

 エンジェルの組織は静観するのが基本姿勢。正直いって退屈すぎる。せめてボンドばりの活躍をさせてくれるなら、悪意に浸る暇もないのに。

 そうだ。すべては世界が悪い。自分に配役を与えない世界すべてが悪い。

 与えられないなら、奪いに行く。口が裂けるほど笑えてきた。楽しみでならない。

 飛んで飛んで駆け上がり、窓を叩く。


「――……え」


 ベランダに顔を覗かせた少女に掛ける言葉は決まっている。


「ねえ、マドカ。会いに来たの……あなたに、会いに来た」


 目に涙を浮かべて、悲劇のヒロインを演じながら歌う。


「私が光るのを邪魔している人がいるの」

「ッ!」


 彼女は迷わず刀を抜いて自分の首元にあてがってきた。ああ。ああ。本当に楽しい。


「最低。光に化けるなんて。ハルじゃない……誰?」

「おいおい、初手で気づくか?」


 ほんと、つくづく日本人ってのはむかつくな。笑えてしょうがないじゃないか。

 早すぎる新幹線みたいに夢のような理想を作ることに関しちゃ大したものだ。

 その夢を掴んだ少女ってのがどいつもこいつも化け物じみているんだから、おっかない。


「まあいいや。なあ、なあ、山吹マドカ。考えてみて欲しいんだ。お前の刀の輝きが足りない理由は明白じゃないか?」

「……大声を出す」

「出すなら今すぐ出せばいい。けど出さないのは先が気になるからだ」


 笑いながら刀を指先で押しのけて、彼女を抱擁するために近づく。後退る彼女は、けれど悲鳴を上げない。


「青澄春灯だよ」

「――……」


 図星を突かれたような表情をする彼女に、唇の端が痛くてたまらないくらい笑う。


「あいつがいると、お前はこれ以上先へはいけないんだ。わかっているんだろう?」

「何を言って――」

「それとも、もしかして……アイツが欲しいのか? 恋人以上になりたいとでも?」

「うるさいッ」


 ひび割れるように表情が歪む。夜なのに、照明のおかげで図星を突かれたのだとわかるくらいに赤面して。

 ああ。ああ。そうか。やっぱりそうか、山吹マドカ。

 青澄春灯を意識せずにはいられないか。

 善意だけじゃない……その欲望は実に、俺好みだ。

 実に可愛らしいじゃないか。こいつは傑作だ!

 だったら会いたいと願う姿に化けたのは間違いだった。指を鳴らして青澄春灯に姿を変える。

 一つだけじゃない。大勢出してみせよう。


「ねえマドカ」「私が欲しいの?」「殺したいの?」「それとも犯したいの?」「私に刀を突き立てたいの?」「それともよがり声が聞きたい?」「あまえてほしい?」「私の中に入りたい?」「それとも私に絶頂させられたいの?」

「だまれええええ!」


 悲鳴のように叫ぶ。刀をがむしゃらに振り乱す彼女に青澄春灯のそれで甘えた声を出す。 


「いいよ」「マドカになら」「全部あげるよ」「全部奪っちゃうよ?」「ほら……ほら」「いますぐ私を――」

「私のハルはそんなこと言わない!」


 涙目になって刀を振り乱す。憎悪が鋭く尖って一つずつ、似姿を貫いていく。


「いたい! いたいなあ……野蛮だね? マドカ」

「うるさい」

「ねえ教えて? いつから青澄春灯はあなたのものになったの~?」

「……うるさいっ」

「彼氏がいるんですよぉ~? 強くてたくましい彼氏が!」

「だまって」

「あなたが焦がれる今その時も、私は恋人に抱かれて腰を振っているんだよ?」

「だまってよ、やめて」

「あはは! 最高に気持ちのいいことをしている真っ最中!」

「お願い、もうやめてよ……」

「残念だね? あなたなんて必要ないの!」

「やめろおおおおお!」


 必死に刀を振るう彼女から逃げるのはたやすい。

 肩で息をする彼女に、青澄春灯の姿で笑いかける。


「その悪意と欲望、認めたら? すぐに楽になるよ」

「お前は、いったい誰だ」


 怨嗟しかない声に笑う。


「誰でもないし、誰でもいい。強いて言うならお前の運命を告げる切り札だよ」


 近づいて口づけようとした瞬間、


「消えろッ!」


 思い切り膝で腹を打たれた。

 そのまま蹴り飛ばしてくる。人外めいた力。構わず勢いに任せて飛ばされながら、ベランダの手すりに手を掛けた。回転を加えて校庭に落ちる。

 彼女は追ってきた。輝く刀を振りかざして。


「――……ッ!」


 その瞳が殺意に染まっている。

 怒り、拒絶、憎しみ、絶望。複雑な色をしていた。その中に恥辱と葛藤が見えた。

 ゆえに確信した。

 賽は投げられた。

 彼女はもう、己の中に生み出た欲望を無視することはできない。

 地面に着地して、彼女の攻撃をかわす。殺意に歪んだ攻撃なんてかわすのはたやすい。

 けど無視できない殺意を背中に感じる。エンジェルが狙っているのか。

 どうやらこれ以上はやりすぎなようだ。

 いいや、むしろようやく狙ってきたと言った方がいい。

 相棒はどうやら自分の毒にだいぶやられているようだ。

 内心でほくそ笑む。本当に狙い通りすぎて笑えてくる。

 空にカードを投げてから、両手を掲げて降参の意を示す。

 迷わず刀で喉を突こうとする彼女に笑いかける。


「この助言に対価は求めない。学生生活をエンジョイすればいい。凡人でいたいなら……青澄春灯のたんなるフレンドでいたいのならね」

「黙れッ! その姿で語るなッ!」


 煽られて激怒に歪む剣筋。それよりも、投げたカードが落ちてくる方が早い。当たった瞬間に身体は移動する。エンジェルのすぐそばへと。


「……賭けは僕の勝ちのようだね?」


 ライフルを構えたまま、こちらを睨むエンジェル。戸惑っているようだ。


「ちょっとからかってきただけだって。背中を狙ってまで、本当に大げさな奴だ。それにしても、日本の女子高生はだめだな。二日目だったのかな?」

「アメリカ人のジョークは下品すぎる……もう撤収するぞ。本部から呼び出しが掛かった。ベーカー・ストリートにドラゴン多数現る。駆除に戻るよ」

「はいはい」


 振り返り、刀を手にぼう然とする少女に笑う。

 エンジェルは気づいていない。

 賭けは負けた。しかしもう……勝負には勝っている。

 山吹マドカの中にはあったのだ。

 青澄春灯へのコンプレックスや欲望は、確かにあった。

 惜しむらくは彼女がどんな行動を取って青澄春灯に迫るのか、その肝心なシーンを見逃すことが決定した事実なのだが。

 まあいい。嫌がらせは済んだのだから。自分に似た欲望でありながら、山吹マドカには絶望的に足りないものがある。

 悪意。青澄春灯を手に入れるために周囲を蹴落とす無慈悲な決断力が彼女には足りない。永遠にないままかもしれない。

 自分と同じ目だと思いはしたが、勘違いだな。

 善良な少女は己の欲望とどう対峙するのか。青澄春灯のように乗り越えられるだろうか。

 もっとも、自分には無理だと笑う。欲望と一緒になって暴れる性分の自分にはできない。

 山吹マドカ。さあ、自分の運命と対峙するときだ。君ならどうする? 己を選んだ先輩のように卒業まで引っ張るつもりか? それとも、今すぐ手にした光の行く先を掴み取ってみせるか。


「せいぜいドラゴンどもを相手にしながら、妄想の糧にさせてもらうよ」


 煌めく青春を送る少女たちへ負け惜しみを口にして、カードを投げる。

 夜は更けていく。けれどもう、そこには望まれない来訪者の姿はない――……。




 つづく!

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