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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第四章 初めての邪討伐

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第三十四話

 



「犬6、いくぜえ!」

「「「「「 わん! 」」」」」


 とか。


「残念トリオで」「ぶっころ!」「よろしく!」


 とか。

 なんかそれぞれにチーム分けが勝手に出来ているみたい。

 次々と放り込まれてくる触手に仲良しグループで立ち向かっていく。

 それはいいの。それは。

 問題は触手だよ。


「ちちいいいい!」

「しりいいいい!」

「ふとももおおおお!」


 叫びの内容がひどい。


『男の肉欲とはまあ、こう……素直で単純じゃのう。ほれ、触りたがっておるぞ』


 いらないよタマちゃん、その解説は!


「ハル! 来たぞ!」

青澄(あおすみ)さん!」


 そばに落ちてきた触手にカゲくんとシロくんが割って入る。

 代表の四人や先輩たちに比べると、つたない。ぎこちない。

 それでも、


「おんなああああああああああああ! さわらせろおおおおおおおおお!」


 叫び放たれる触手を二人でなんとか防いでくれる。

 けど、それだけだし……じり貧。


「がんばれあたし、がんばれあたし、がんばれあたし!」


 涙ぐんで刀に手を掛けるトモ。

 一歩踏み出したら凄い早さで跳躍した。

 長太刀を振るって触手をばっさり両断しようとするんだけど……だめだった。


「おんなああああああ!」


 男の子だらけの中でやっと女の子が来た喜びに打ち震えた触手が、カゲくんやシロくんへの攻撃の手を止めて落ちてくるトモに触手を伸ばしたの。


「え、あ、やっ」


 ばし! という耳障りな音に次いで、


「やあああ!」


 トモをがんじがらめに縛り上げていく。


『トモ!』


 私の叫びはけれど、口から出ることはなかった。

 代わりに目まぐるしい速度で視界が動く。

 疾走。

 荒々しいくらいに力強く、けれど実際には無駄の一つもない洗練された動作。

 間違いなく十兵衛だった。


「わっぱ! 続け!」


 カゲくんとシロくんがあわてて追いかけてくる中、だん! と踏み込んだ十兵衛は跳んだ。

 あられもない姿になりかけているトモを捕まえた触手を切り払ったんだ。

 そんな私目掛けて触手が伸びてくるけれど、


「シロ、右!」

「わかってる!」


 二人が走り込んで割って入り、真横に触手を切り裂いた。


「娘ぇ!」

「よくも!」


 私の声に応えるように、落下するトモが身体を捻って刀を一閃!

 触手の根源を見事切り裂くことに成功する。

 地面に着地してすぐ、身体の自由が戻った。

 だからそばに着地したトモにあわてて駆け寄る。


「トモ、大丈夫!?」

「最悪……すごい気持ち悪かった」


 けど大丈夫、と苦笑いを浮かべるトモの背後にぼとっと触手が落下した。

 咄嗟にトモを引っ張って後ろに投げる。

 無防備になった私に迫る触手たち。

 手首に、足首に――……首に。

 締め付けたかと思うと、その先端が服の内側に潜り込んで肌に触れてくる。

 濡れた、気持ちの悪い、熱。

 持ち上げられ、引き寄せられる間に身体にしみこんでくる、声。

 どれ一つとして理解したくない、欲望。


「い、や――」


 開いた口にまで割り込んでこようとするそれを、雷光が切り裂いた。

 すぐに身体の自由が戻ってきた。

 尻餅をつく私の前に飛び出たのは、


「離れろ!」


 トモであり、


「これ以上させねえよ!」

「落とし前はつけるぞ!」


 カゲくんとシロくんだった。


『油断大敵じゃ! 何を惚けておる、立たんか!』

「う、うん!」


 タマちゃんの荒ぶる尻尾に急かされるように立って、十兵衛が抜いたまま手の中にある刀を握りしめる。


『斬る感覚は先ほど掴んだな?』

「うん!」


 十兵衛の優しく力強い思いが柄から伝わってきた。

 だから頷いて、踏み出す。


「トモ、触手を切り払って!」

「わかった!」


 気づいたら口に出ていたことを、率先して実行してくれたトモ。

 だから結果を待たずに自然と走りだしていた。

 トモが一閃するたびになぎ払われていく触手達。

 十兵衛が教えてくれた身体の感覚を思い出しながら、夢中になって腕を振るって道を作る。


「シロくん、かちあげて!」

「無理を言うな!」


 文句を言いながらも私の脇を走り抜けて、シロくんが刀で根源を突き刺し、沢城くんがしたように空へとほうり投げる。


「カゲくん!」

「応!」


 走り込んできていたカゲくんが飛び上がって、その剣で根源を貫いた。

 その途端にモヤとなって消えていく。


「無茶だ、まったく」

「でも倒したぞ」

「ハル、大丈夫?」


 悪態をつきながらも笑う男の子二人に応えるより、トモが私に駆け寄ってくる。


「トモの言うとおり、最悪だった」

「ね! ……よかった。助けてくれたの嬉しいけど、無茶するよ。この子は」

「トモが私でもそうしたでしょ?」

「それは……まあ、そうだけど」


 二人で苦笑いして、それから私は周囲を見渡した。

 触手が捕まえたがるのは女の子だけみたい。

 クラスの男の子たちは触手にビンタされたりしながらも、なんとか一体、また一体と倒していく。

 その向こうに魑魅魍魎たちと戦う先輩達が見えるの。

 寮で私を襲ってきた先輩たちは、私たちなんか目じゃない動きで活躍していた。

 ライオン先生の獅子奮迅といった動きもすごい。

 それにまるで負けてないのがラビ先輩で、踊るように攻撃をかわしては懐に潜り込んでいく。注意をすべて引き受けて、その隙をまわりの先輩達がついている感じ。

 私たちのそれが霞むくらい見事なチームワークだった。まるで指揮者みたい。

 ふと気になって探すと……いた。

 ユリア先輩は刀を抜かずに懐に潜り込んで――その手をはらわたにあてる。

 その瞬間、ユリア先輩の身体が八つの頭をもつ大蛇に変わったように見えた。

 刀を抜いていないにもかかわらず、魑魅魍魎は圧縮され、モヤへと化す。

 力の結晶が刀なら、倒せるのもまた刀じゃないの?

 じゃああれはなんなの?

 なんで、私の身体は冷たくなっているんだろう。

 なんで……こんなに冷や汗が出ているの。

 ただ、目が離せない。

 どんどんユリア先輩の姿が禍々しく見えてくる。

 今や元の姿が思い出せないほどに、荒々しく淀んでいく。

 その時、肩に手が置かれた。


「落ち着いて」

「あ……」


 ニナ先生だった。


「御霊との相性がよすぎるからこそ、あのような芸当が出来るのです。あなたにもその素質がある」

「え……」

「けれどあれは危険なの……だから、覚悟を決めて。そして、ごめんなさい」

「ニナ先生……?」


 ニナ先生が胸元の笛を吹いた。

 その途端、眩い光が放たれて――……光が収まった時、刀を手にしたたくさんの先輩たちが増えていた。


「さあ、今宵のメインだ! 全員、覚悟を決めよ! ユリア・バイルシュタインを解放せよ!」


 ライオン先生の号令に応えるように、先輩たちが相手をしていた魑魅魍魎を吹き飛ばした――……ユリア先輩へと向けて。


「ユリア!」

「……分水嶺だね」


 ラビ先輩の呼びかけに冷めた声を出す。


「一年生はよく見ておきなさい。これこそ今日の本来の目的、侍候補生の……真の目標」

「なに、してんだよ」


 カゲくんの言葉にニナ先生は応えない。

 吹き飛ばされた魑魅魍魎がこぞってユリア先輩に殺到する。

 もはや黒いもやに包まれて姿が見えなくなってしまう。

 ぞぶ、ぞぶ、ぐしゃ、ぐちゃ、生々しい音ばかりが続いて……不意に途絶えた。

 どくん。

 代わりに聞こえた鼓動の音に総毛だつ。


「来るぞ。三年生、整列!」

「「「「「 応! 」」」」」

「真中は侍候補生、楠は刀鍛冶の統制を行なえ!」

「了解です!」「はい!」


 ライオン先生の呼びかけに振り返ると、いなかったはずの三年生の先輩たちがずらりと並んでいた。その中には刀を持っていない人たちすらいる。なのにその背中の頼もしさといったらなかった。

 みんなが睨む先へと改めて振り返った時、モヤが弾けた。

 闇の中心から生えて、伸びて、膨らんで。

 姿を現したのは、ビルほどの大きさがある八つ首の蛇。


「災いの主を懲らしめる……そろそろ、彼女は限界だったから」


 ニナ先生の呟きが合図になったかのように……ライオン先生が、先輩たちが、一斉に立ち向かっていく。

 おもしれえ、と叫び後に続いたのは沢城くんで。

 見ていられずに追いかけるのは他の三人。

 刀を握りしめ、いてもたってもいられずに走りだすのはトモ。

 けど、私たちのクラスはあまりの出来事に動き出せなかった。

 みんながカゲくんを見ていた。私たちの中心だから。

 ニナ先生すらもそうだった。

 そして――……


「君が草薙を抜いたのかい? 獅子王先生から聞いたよ……八葉カゲロウくん」


 歩いてきたのはラビ先輩。

 声を掛けられたカゲくんがびくっと震える。


「大げさに見えるだろうけど……九組。今日、キミたちに声を掛けたのは他でもない」


 場違いなくらいに決まっているラビ先輩が、帽子に手を掛けて俯いた。


「妹を助けるために、力を貸して欲しい。僕の刀じゃ彼女を殺してしまうから」

「ラビ先輩の、刀……?」


 私の問い掛けに先輩は帽子を外して、胸に当てる。


「天羽々斬だ。僕では彼女を救えない。八岐大蛇と相性がよすぎる彼女は遠からず、オロチにとってかわられる。けれど……尾の中にあった草薙なら、或いは何かが出来るかもしれない」


 どうか頼む。


「ちょっとひとっ走り、助けに行ってはもらえないか?」


 みんながカゲくんを見た。

 シロくんは心配そうに、犬6とか残念トリオとかは不安そうに。


「なんも事情わかんねえし、苦しんでるとことか見たことねえし」


 口にする言葉にラビ先輩は涼しい顔だった。

 けれど……ちゃんと見ればわかる。額に汗が滲んでいる。


「せいぜい見たのは先輩とケンカしてるとこで。俺のクラスの連中の場合はマジで、先輩が学食でさんざん飯くってるとこくらいだけど」

『妾たちは酷い目にあわされたのう』


 しっ、タマちゃん! 今は黙って話を聞くところだよ!


「よくわかんねえけどやるよ。何もかも、そこからだ」


 刀を肩に置いてさらっと笑いながら言っちゃうカゲくん。


「ニナ先生、そのつもりで俺らを呼んだんでしょ?」

「彼女たっての希望があったの」

「だってよ……なら、応えてやらなきゃ廃るだろ!」


「いくぞお前ら!」と叫ぶカゲくんに、みんなで笑いながら頷いた。


「よっしゃ、じゃあシロ! 知恵を出せ!」

「えええ! ら、ラビ先輩、戦況は?」


 カゲくんの無茶ぶりになんとか応えようとしちゃうところがシロくんのいいところだ。


「なぎ払われれば怪我じゃ済まないけど、何せ神話級の刀の浄化だ。精鋭だらけを集めたからね、みんなでキミたちを護る。だから五分だと見ていい」

「八つの首を落とせばいいんですか?」

「それなんだが……実はこれまで試したが駄目だった」

「な、ならお酒は?」

「ユリアはまだ未成年だからさ」

「ええええ」


 そう言う問題ぃいい? と弱ったシロくんは腕を組んで、うーんと唸る。

 それから徐に顔を上げて、ニナ先生に尋ねた。


「刀の邪を祓うには、どうすればいいのですか?」

「本人が刀に見合う心の強さを得るか、或いは刀を折ればいい」

「……刀を、折る」

「刀身には御霊の力があらわれる。化身と化したあの状態で、一度でも折れれば十分ね。けれどユリアの肉体はあの大蛇の腹の中よ」

「外から切り裂いてもすぐに治ってしまう頑丈なヤツだ」


 ニナ先生とラビ先輩の説明を聞いたシロくんは、ぴんと来た顔をした。

 それから……私を見て、こういった。


「青澄さん。突然で済まないが、君は清らかな乙女か?」


 ……場が凍ったよね。

 お前さあ、みたいな顔をした全員の視線を浴びて、シロくんがあわてて説明を付け足す。


「いや、待て。伝承によれば八岐大蛇は生け贄を求める。一人の処女を捧げるんだ。ですよね? ニナ先生」

「ええ……そうね」


 微笑ましいものを見るような顔で頷くニナ先生に、シロくんが説明を続ける。


「だから青澄さん、教えてくれ。大事なことなんだ」

「ええええ……え? ええええ……ええええ!」


 みんなが食い入るような目で見てくる。

 ラビ先輩は楽しそうに笑っているし、ニナ先生もにこにこ笑顔で見守るだけ。

 でもむりだよ! 言えるわけないよ!


「そうだ」


 十兵衛ええええ!

 埒が明かないからって言わないでえええ!

 せめてタマちゃんに――


「いい人に……巡り会えなくて」


 タマちゃんんんんん!


「よし、ならオロチに食われてくれ」

「えええええ」

「君が斬るんだ。玉藻の前、十兵衛。その二本の魂なら、或いはオロチの刀を折れるかもしれない。草薙だと賭けになる……君が一番適役なんだ」


 そんなこと言われても。

 とはいえ……みんなの希望を一身に浴びている状況で逃げたくない。

 ねえ、二人とも……さっきの一件はさておいて。

 ど、どうなの?


『敵は災害そのもののようなものじゃ。ならば国を傾かせる妾に負けぬ道理なし!』

『ふっ……面白い』


 ……うわあ。二人とも、かつてないやる気!


「やれる、かも……?」


 そう呟くと、シロくんは私の肩を叩いて「頼んだぞ」と言った。

 ううん……もういまさら、後に引けないか。黒歴史も白状したんだしな。

 なんでもこい! 泣いてなんかないから!


「ならばカゲ! 君は草薙を見せびらかし、注意を引け。元はあいつの身体にあった剣だ、意識せざるを得ないに違いない!」

「それは……つまり?」

「見せびらかして逃げろ! 走れといっているんだ!」

「それだけでいいのか?」

「ああ」


 メガネのツルをくいっと押し上げて、シロくんは断言した。


「僕たちは勝つ。勝つべくして、勝つ」


 みんなの顔が引き締まった。


「例年通りなら見学と触手退治で終わるというのに、どうだ? 事情をよく知りもしない先輩を助けるために頼られている。刀を手にしていなければこうはならなかった……僕たちの力がいま、試されようとしている!」


 拳を掴み、柄を握りしめている。声だって震え気味だ。


「普段なら流してしまうかもしれない。だが、カゲが気になる綺麗な先輩のたっての願いだ。カゲ、君はやると言ったな」

「おうよ!」

「ならば、仲間のために力を貸そう! 参加する者は刀を掲げろ!」


 一斉に刀を掲げる。私だってそうだ。


「さあ、やるぞ! さくっと救って、気持ちのいい夢を見よう!」

「「「「 応! 」」」」


 みんなで声を揃えるのが、こんなに胸を熱くするなんて思わなかった。


「いくぞ!」


 一斉にシロくんの指示に散らばるみんな。


「いいクラスだね」


 私に声を掛けてきたのは帽子をかぶったラビ先輩だった。


「自慢なんです。まだ数日しか経ってないのに」

「いいことだ。今時、なかなか出来ることじゃない」


 そう言うと、ラビ先輩は輝くような笑顔を私に向けた。

 はあああああああああああん!

 身体がずきゅんと何かに撃たれた感じ。

 腰砕けになりそうな私をラビ先輩は軽々と抱き上げるの。


「じゃあ……エスコートしよう。ちょっと食われに行こうか」


 台詞はひどいのにラビ先輩に言われるとたまらないし。

 そばにいると感じる匂いに身体中が反応しまくりでつらいし。

 ああこれからマジで私食われちゃうんだ、と思うとね。

 複雑すぎて処理できないよ!

 でもまあ……やろう。

 一度はぼこぼこにされたけど。

 今は不思議と負ける気がしないから。


 


 つづく。

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