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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十一章 一月のシンクロミタマ

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第三百三十六話

 



 葉っぱをお姉ちゃんへと変えた瞬間、


「気やすく呼ぶな!」

「おうぅっ」


 ぶん殴られました。

 吹き飛ばされるように特別体育館の外に打ち出されます。あわてて受け身を取るけど、ほっぺたがじんじんする。めちゃくちゃ痛い。っていうか迷わず顔狙いとか、お姉ちゃんあまりにも容赦ない。


「う、うう……いたた」


 涙が出るし口の中に血が広がるけど、膝にダメージ来てるけど、それでもなんとか立ち上がる。


「――……ッ」

「ふわ!?」


 その眼前に、拳を構えたお姉ちゃんが飛んでくる。刀を抜く余裕なんてなかった。咄嗟に両手を出して受け止める。


「つうっ!」


 まるで爆発するような音とインパクト。踏ん張る足が地面にめり込むなんて、何かの冗談じゃないかと思った。


「もう一度言う。気やすく呼ぶな。我はそんなにお安い存在じゃないんだ」

「だ、だからって初手で顔を殴る!? これはいくらなんでもあんまりなのでは……っ!」

「妹の躾けは姉の義務だろ?」

「くぬぬっ!」


 拳に漆黒の焔が宿る。めちゃくちゃ熱くてあわてて受け流して飛び退いた。

 離れた地面が、巨大な刃に抉られたようにくりぬかれている。ぞっとする。閻魔姫の実力の一端に。


「こんなものじゃないぞ……ああ、そうか。十兵衞の力の一端さえ手に入れられず、玉藻の妖力の欠片しか手に入れてないお前にはわからないか」

「ふぬぬ!」


 煽られて尻尾が怒りに膨らむ。そんな私をお姉ちゃんは冷たい目つきで睨む。すぐにその目つきは侮るように緩むのだ。


「わかりやすく言ってやるよ。お前は我には敵わない。わかったら術を解け」


 心底バカにしたような言い方にかちんとくる。

 トウヤに同じような言われ方をされた時は、絶対に許さなかった。家族ヒエラルキーは大事。すっごく大事。姉というなら閻魔姫は上。

 それでも私はまだ、納得してないんだぞ! お姉ちゃんポジ、下克上ありなのでは!


「なしだな」

「なっ!? なんで私の思考が!」

「ほんっっと、ばかだな。心が繋がってるんだ。垂れ流しだよ、お前の考えなんて」


 身内だからこその呆れた鋭い指摘に唸る。


「くぬぬ!」

「顔がぱんぱんに腫れ上がるまで殴らないとわからないか? いや、その必要は無いな。狐娘なんて称号が泣くほど、お前って狸顔だから。まんまるいなあ。満月は地面に落ちてたのか、知らなかった。ああ、それともまんじゅうか? 春灯まんじゅうとは、いやあまずそうだなあ!」

「ようし、戦争だ!」


 特別体育館からカナタが、そして興味を惹かれた人たちが出てくる。見知った顔ばかり。

 構うもんか。何かやり返さないと気がすまない。ばかにしてくるなら、ばかにしかえしてやる!


『いつもの慈悲はどこいった』


 いいの! タマちゃん、姉妹ゲンカだよ! やらなきゃいけない時があるなら、今だよ!


「お、お、お姉ちゃんなんか……お姉ちゃんなんか」


 必死に材料を探す。強いしかっこいいし、タマちゃんの御霊を宿すまでもなく美人だし。仕事しまくりの閻魔姫で、黒い炎を出せるところが超絶いけてる。

 けど、けどなにかないか。なにか。えっと。えっと!

 見渡してすぐにカナタに気づいた。すぐに口を開く。


「せっ、青春のせの字もないお仕事人間でしょ! カナタにぱふぱふを求められたこともないくせに!」

「ちょ……こほん!」


 カナタがあわてて咳払いをする。コナちゃん先輩やシオリ先輩、ユリア先輩をはじめ女子がすごい目つきでカナタを見る。一方男子は「まあ待て……落ち着け。続きを詳しく」という顔をする。

 そして誰よりお姉ちゃんがかちんと来た顔をする。


「ふん。力を求めてきたカナタが夜這いをしてきた我にはきかないなあ」

「こほっ、ごほっ!」


 女子一同および私が咳き込むカナタを睨む。


「恋人に浮気をされる程度のぱふぱふだろ? それって価値があるのかあ?」

「な、な、なっ!?」


 お姉ちゃんの煽りによろめく。そんな……!

 私は思わず救いを求めるようにカナタを睨んだ。


「私のぱふぱふ、だめですか!」

「姉妹そろって連呼するな! 感想なんてこの場で言えるか!」


 カナタの悲鳴があがる。けれど視線はカナタに向くばかり。

 なぜか完全なるとばっちりで窮地に立たされたカナタが顔をそらした先に女子一同が顔を並べてじーっと見つめる。


「い、言わせるなよ! それに冬音の夜這いは、あれは不可抗力で!」

「「「「 男子ってだいたいそういうよね…… 」」」」

「誤解だ! っていうか二人とも、俺への個人攻撃になってる!」


 悲鳴をあげるカナタに男子一同が理解を示す顔をしているのは、なぜだろう。まあいい。


「あとで細かく追求するとして」

「夜這いされたことないもんな。彼女なのに」

「くううう! ……な、ないけど!」


 カナタから率先して襲われたのなんて、最初のお部屋拘束事件くらいだよ!


「ほうらみろ。玉藻を宿してやっと我に追いつくお前に色気勝負は無理だよ」

「で、でも、やることやってるもん!」


 盛大に自爆してると思いながらも、それでも必死で抗う私。ありや、なしや。


「玉藻と自分の色欲、そして思春期男子の性的好奇心につけ込んでお前が迫ってるだけだろ? カナタはもともと淡泊だ」


 いちいち図星だった。もはや涙目の私だよ!


「くううう! し、知ってるもん! お姉ちゃんより私の方がカナタのことわかってるもん!」

「カナタの中にいたこともないくせに、よくいうよ」

「ふううううう!」


 ああ言えばこう言う! しかもだいたいあってる!

 くそう! くそう! 口じゃ勝てない! 永遠に勝てる気がしない!

 怒りに血が上って、刀を抜き放つ。

 自然と浮かび上がる狐火を吸いこむタマちゃんブレードを掲げる。


「もういい、ぶったおす!」

「カナタ、刀をよこせ」

「私のカナタだよ! 命令しないで!」

「いつから恋人を所有物扱いするようになったんだ? 傲慢だな、根性をたたき直してやる」

「うううっ!」


 悔しいくらい子供扱い。そしてそれも当然だと周囲が認めちゃうし、私もつい認めそうになる流れ。思わず地団駄を踏む。

 かちんときての失言さえ使われちゃうと、もう立つ瀬がない。こうなったらやけだ!


「いけえええ! 九十九分身攻撃だ!」


 唸りながら突撃する。そして全力で振り下ろす。お姉ちゃんは飛び退いた。

 構うものか。懐から山ほど葉っぱを出してすべて私に化かして襲いかかる。


「数でくるか。じゃあ……」


 群がる私に包まれたお姉ちゃんが、刀の一振りですべての私をはじき飛ばした。

 そしてカナタが投げ渡した刀で空間を切り裂く。


「質でも量でも上回ってみせよう。出でよ、地獄への門!」


 左右に分かれて、内側から大勢の鬼達が吐き出されてくる。

 その先頭にいるのがシガラキさんだ。黒い執事服の鬼もいる。


「お、おい! 姫、無茶をするな!」

「黙れ、小僧! 我にケンカを売ったことを後悔させてやらねば気が済まぬ!」


 カナタの制止に噛みつくように言い返すお姉ちゃん。その目が真っ赤に燃えていた。


「お前ら! そこの小娘を泣いて許しを請うまでぶっとばせ!」


 鬼たちが鬼気迫るお姉ちゃんの怒声に身体を起こして、私に向かってくる。


「いやあ……この後の書類仕事たいへんそうですねえ? 姫」

「うるさいうるさい! シガラキもクウキもさっさとしろ!」

「……あとで王にこっぴどく怒られますよ?」

「覚悟の上だ! いいからぶっとばせ!」

「「 承知 」」


 槌を手に迫ってくる鬼達。特にお姉ちゃんが呼んだ二人の動きはギンの何倍も鋭く力強くて、その技は狛火野くんも顔負けだった。

 どんどん化けて出した私が倒されて葉っぱに戻っていく。


「ははははは! どうだ、春灯! 泣いて許しを請うなら許してやるぞ!」

「いい加減、妹相手に大人げなくないか……?」

「カナタ、うるさい! 姉妹ゲンカの真っ最中だ、口を挟むな!」


 カナタのツッコミに噛みつくように言い返すお姉ちゃん。

 そっちがそうくるのなら……私でだめなら!


「こっ、これならどうだ!」


 尻尾に残ってる全力を出して、戻された葉っぱに力を注ぐ。

 それらすべてを化かすの。シュウさんやソウイチさん、カナタやギンやトモたちに。マドカにタツくん、レオくん、狛火野くん! 先輩たちもみんな揃って出してみせるんだ!


「お姉ちゃんが軍で攻めてくるなら、私だって私の信じるみんなで返す! いけえええ!」


 尻尾がすごい勢いで弾けてあっという間に残り一本になった。

 構うものか。一発いれなきゃ気がすまな――


「いい加減にしろ!」「落ち着け!」


 メイ先輩のビンタを食らった。お姉ちゃんはコナちゃん先輩のハリセンを食らっている。

 眩暈がする思いでふらつく私たちに、二人の先輩は声を揃えて言うのだ。


「窮地だっていってるのに、なに考えてんの!」

「これから立ち向かわなきゃいけないのに、力を使いすぎるな!」


 正論すぎて何も言い返せない私たち。


「「 ケンカするなら二人でやりなさい! 」」

「「 は、はい 」」


 あまりの剣幕に思わず素直に返事をしちゃう私たち。途端に化かしたみんなが葉っぱに戻るし、鬼のみなさんもなんともいえない顔で武器を下ろす。


「いや、そういう問題か?」

「静かに。カナタ、今は野暮だよ」

「……生き生きした顔をするな、ラビは」

「実況は? 一年にいたよね、ルミナちゃんだっけ。えーっと」

「よせ。実況させようとするな、困っているだろ」


 ツッコミを入れるカナタにラビ先輩が話しかけている。

 けど構わずお姉ちゃんを睨んだ。制止した先輩二人に道を譲られて、歩み寄る。

 刀をしまった。お姉ちゃんもカナタに刀を投げ渡す。


「拳でこい」

「いちいち命令しないで!」


 拳を握りしめて、振り上げる。当たらない。タマちゃんの化生として、神としての身体能力とか、十兵衞の磨き抜かれた技とか一切でない。さっきの化け術で力を使い果たしたせいだ。


「止まって見える。お返しだッ!」


 お姉ちゃんが拳を振り下ろす。けどさっきまでの鋭さはない。まるで鬼のみなさんを呼び出すのに力を使い果たしたかのように。だから避けられる。呆れすぎて力を貸してくれないタマちゃんと十兵衞。それでも私一人で避けられる攻撃でしかなかった。


「くっ」

「――ッ!」


 お互いににらみ合い、考えることは一つだった。迷わず相手の胸ぐらを掴み、地面へ投げようとする。絡み合う場面のみっともないものを男子から隠すかのように、コナちゃん先輩が指を鳴らした。私とお姉ちゃんの士道誠心の制服が一瞬で体操服に変わるのだ。

 お礼を言う余裕はない。閻魔姫としての人外の力がないとしても、私の胸ぐらを締め付ける力加減は本気のものだから。


「だいたい、気にくわなかったんだ! はじめから!」

「なっ――……あう!」


 思い切り頭突きされてよろめいた時には地面に倒されていた。


「お前は!」

「ううっ」


 マウントを取られて、殴られる。簡単に引き倒される。トウヤとケンカして勝利を掴む私のように、お姉ちゃんに簡単に――……倒されちゃう。


「ずっと!」

「うううっ」


 必死に防御する腕に振り下ろされる。

 拳。拳。また、拳。炎はない。それでも熱い。


「我の分まで人生を謳歌しやがって!」


 そんな無茶な、と。他の人なら言えたと思う。

 けど、お姉ちゃんと同じタイミングで産まれた私には……お姉ちゃんの分まで生きてきた私には言えなかった。


「なのに、情けない人生ばかり歩みやがって! 親孝行もろくにしない! ふざけた! 女狐未満の狸女が!」


 痛い。殴られる腕があつくてたまらない。顔に振ってくる雨のような雫が、あつくてたまらないよ。


「何が! 堕天使だ! 何が! 黒の聖書だ! 慕ってくれる子をろくに構いもしないバカが!」


 絞り出される怒気。ずっとため込んできた、お姉ちゃんの愚痴。

 痛い。すごく痛い。関係なかったらいくらでも突っ込める、そんな内容だけど。

 受け入れることしか思いつかなかった。


「もっと!」


 腕がはじき飛ばされる。


「ちゃんと!」


 頬に振り下ろされる。

 痛すぎて、眩暈がして、泣きそうで、ぼろぼろで。


「大事にしろよ! 人生も! なにもかも!」


 防御さえできなくなった私の首元を締められる。容赦なく。

 執着、恨み、うらやみ、ねたみ……怒る。

 怨嗟と羨望の漆黒の焔がお姉ちゃんの身体を包み込んでいく。


「――……じゃなきゃ、報われないだろ」


 首元からじりじりと妬かれていく。焦げていく。焼けただれて、死んじゃう。

 そのはずなのに、私に傷がつかない。私の憧れた炎は私を殺さない。

 悩んだ。謝るべきかもしれないって思ったの。でも謝ったって、どうにもならない。

 産まれたときにはもう終わっていた。どうにもならない過去だ。

 だからこそ願わずにはいられない。一緒に生きる奇跡を。もっと身近になれる奇跡を。

 あの邪はやっぱり……私たちの願いでしかなかった。

 あれはもう欲望っていうだけじゃない。夢そのものだ。

 確かめずにはいられなかった。


「……生きたかった?」


 他の誰かが聞くべきこと。きっと他の誰より私が聞いちゃいけないこと。そして……だからこそ、私が言わなきゃいけないことを口にする。


「――……」


 お姉ちゃんの顔が歪む。ぽろぽろ落ちてた涙が、まるで堪えているかのように大きく浮かぶ。私よりよっぽど痛そうな顔をして、私を睨み、瞼を伏せて……それから開ける。

 雫が落ちる。大きな大きな雫が、私の頬に落ちる。

 ずっと大人で……ちゃんと仕事をしてきた私よりしっかり者のお姉ちゃんが、しぼりだす。


「そんなの、当たり前だろ? ……生きたかったよ、お前と、みんなと一緒に」


 消え入りそうな声に……心は決まった。

 私が知らなきゃいけなかったこと。それは、お姉ちゃんの願いだった。間違いなく、お姉ちゃんが誰にも言えなかった願いに他ならなかった。

 ずっとずっと、ここから始めなきゃいけなかった。

 あの邪姉妹と対峙するために。ううん。自分たちの欲望と夢を受け入れるために、まずはここから始めなきゃいけなかったんだ。

 やっと聞けた。だから笑う。殴られてぱんぱんに腫れて、それこそおまんじゅうみたいになった顔で……それでも心から笑うよ。


「私が叶える」

「あのなあ……生死の理は! 覆らないんだ! 閻魔王の裁定はとうにくだされた!」


 お姉ちゃん、わかってない。

 世界がなんて言おうとも関係ないんだ。だから言ってやる。大きな声で、言ってやる!


「知ったことか! 私はお姉ちゃんと生きたいんだ!」


 気色ばむお姉ちゃんの首元を掴む。

 尻尾は斑、とうに一本。出せる金色はない。

 だけどね。折れない意思はちゃんと残ってる。

 十兵衞が示してくれた、ツバキちゃんが私に通してくれた芯はたった一人でもちゃんと宿ってるよ! だから声を上げるんだ。めいっぱい、あげるんだ!


「御珠が七つ向こうにあるのなら、私は叶える! そして、絶対お姉ちゃんにケンカで勝つ!」

「あ、あのなあ!」

「うるさいうるさい! もう決めたんだ! 邪魔をするならお姉ちゃんだろうと絶対たおすんだ!」

「~~っ! 歌に現を抜かして、まともに我に一撃も浴びせられないお前にできるのかよ!」

「私は信じる! ツバキちゃんが信じてくれる私を! カナタが信じてくれる私を! なにより! 私が信じる私を信じるんだ! うあああああ!」


 叫ぶ。めいっぱい尻尾を膨らませた。無我夢中になって狐火を浮かばせる。赤は青へ、青は金色へ。私に集約してくる。尻尾がみるみる生えてきた。すぐに九つ。それは転じて減少し、九はゼロへ。溢れてくる力のままにお姉ちゃんのお腹を蹴り飛ばす。

 空中で反転して、空を踏んだ。そして蹴るのだ。何度でも。お姉ちゃんの懐へ。殴る。殴る。何度だって。

 防がれる。けど勢いのまま押し切るんだ。


「くっ、そっ、うるさい!」

「うあああああ!」


 渾身の一撃を伸ばす。両腕をクロスさせて顔を防御しようとするお姉ちゃん。

 けど、右目は見た。確かに見た。確かに防御があがって、お腹ががらあきになっていた。

 瞬時に浮かんでくる。お父さんが大好きなボクシング漫画。上に攻撃を集中させたからこそ開く隙。迷わず打ち込む。お腹に一撃を。

 今度は私がはじき飛ばす番だった。地面を滑るように後退り、勢いを殺しきったお姉ちゃんが前に踏み出そうとしてよろめいた。そして咳き込む。吐き出す血の塊。口元を手の甲で拭って、身体を起こした。


「く、う……やるじゃないか、春灯」

「あっ――あぅっ、ぅっ、くっ――……つう……い、たた……く、そ……」


 対する私は地面に落ちていた。転がって転がって、大の字になってのうつぶせ。尻尾はすぐに生えて九つ。一瞬だけの本気の大神狐モードは、すぐに解けちゃったのだ。


「勝ちたい、のに……勝たなきゃ、いけないのに……もう、うごかないよっ」

「そうだろうなあ……鍛え方が足りないんだよ、お前は」


 見上げるお姉ちゃんは、まだまだ余力が有り余っている感じ。さすがは閻魔王の娘になった人。対する私は指先一つ、まともに動かせそうにない。

 勢いで一撃を入れるのが……精一杯だった。


「身に染みたか。染みてくれなきゃ困る……お前の中の二人が泣く……」

「そんなこと、わかってるよ……ッ」


 悔しい。悔しくてたまらない。

 煽られた。証明しなきゃいけなかった。強さを。だけど……これじゃ足りなすぎた。

 泣きそうになる私にお姉ちゃんが歩み寄ってくる。


「ふん……」


 屈んで、私に手を伸ばしてきた。殴られるって思った。ビンタかもしれない。傷ついてへこたれそうでぼろぼろで、ケンカに負けたのは明らかに私で。

 目をぎゅっと閉じる。そんな私のおでこに、なにかがぴしっと当たった。


「おうっ……おぅ?」


 驚いて目を開けると、お姉ちゃんが呆れた顔をしてデコピンしてきてたのだ。


「ばあか」

「……っ」

「妹が姉に敵う道理はない。これで名実共に、我が春灯のお姉ちゃんだ」


 冗談みたいに、勝ち誇ったように言うの。子供みたいに笑いながら。ずるい。


「……っ」


 溢れてきた。涙も悔しさも、それから隠しきれない愛しさも。


「まだまだガキの妹すぎてほっとけないなあ。しょうがないから、力を貸してやるよ」

「お姉ちゃん……っ!」


 ぐしぐし泣く私を掴んで抱き起こして、めいっぱいぎゅってしてくれた。

 背骨が軋むほど、めいっぱい。っていうか、


「いたたたた!」

「玉藻を宿したわりには貧相だなあ。もっと精進しろよ? そしたら、もう少しましなぱふぱふになるだろ」

「ひどい。っていうかそれはもう忘れてくだしい」


 いろいろ、がんばります……。


「やれやれ……殴り合わずにわかりあえないものなんですかねえ」

「……ガス抜きが必要だったんだ」


 シガラキさんのツッコミと、カナタのしみじみした声に答える元気はありませんでした。

 ラビ先輩がいい話にしておさめようとするカナタに、ぱふぱふについてツッコミを入れようとしたんだけどね。

 コナちゃん先輩がそっとハリセンで叩いてたよ。今は黙っておきなさいって。


 ◆


 お姉ちゃんを葉っぱに戻したよ。そしてお姉ちゃんが呼び出した鬼のみなさんも帰って行った。手伝ってもらうんだし、いてくれたらいいのにって思ったんだけど。


「これ以上の無駄遣いはできないからな。温存しておけ……あと、部下を巻き込むのはこれが限界なの」


 シガラキさんと執事の鬼さんいわく、地獄の閻魔王がお冠になるそうだ。すっごく怖いらしい。地獄のお父さんとお母さんに迷惑をかけちゃよくないよね。

 そう思った時には突っ込まれたよ?


『いや、我の両親であって、お前の両親じゃないぞ』


 って、心の中で。

 でもねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんの両親なら私の両親みたいなものだよ?


『……はいはい』


 呆れたように答えてくれたお姉ちゃんに笑っちゃった。

 カナタとノンちゃんに手当てしてもらったり霊子を補充してもらったりする間にコナちゃん先輩は作戦を言うの。


「さて、連中は今どうしているかというと……シオリ?」

「士道誠心の最寄り駅の駅ビルをドリルアームの二足歩行型巨大マシンロボに変えて沈黙中……あっち、見えるよね?」


 シオリ先輩が指差す方を見た。

 バスで移動する距離とはいえ……その異様は薄らと見えた。っていうか……なんだろう。顔面が二つあるよ、あのマシンロボ。

 あれってもしかして……。


「いや、言うまい」


 言ったら怒られる。そんな予感がする。


「やばいよね、あのマシンロボ。気合いと根性と勢いでどこまでも掘れそうだよね。あのドリル。天を突くドリルっぽいよね。わくわくするね。どこまで進化するのかな」


 私に言えないところを突っ込んでいく! そこに憧れます、痺れますよ! シオリ先輩……!


「いちおうカメラで拡大してみた。頭部になってる顔面にハルちゃんと、それによく似た……さっきのケンカから推察するに生き別れかなにかのお姉さん? がいるね」

「地獄の姫だ。俺の御霊でもある」


 カナタの言葉に女子一同が微妙に気遣わしげな顔をして私を見つめてきた。

 そ、そんな目で見ないでくだしい。複雑な感じですけど、今はだいぶ解消されたばかりなので。


「あのマシンロボの直上、雲が渦巻いて暗くなっている。七つの御珠と、昼間なのに暗闇が広がるこの感じ。いやあ、今回ばかりはボクもひやひやするね。思わず、コナのパンツをくれって叫びそう。まあもらうまでもなくこっそり取れる――いたたたた!」


 シオリ先輩……! コナちゃん先輩に無言でほっぺつねられてますけど!


「まったく……いいかしら? 邪は彼女たちが中心。あの二人が核。その狙いだけど……先ほどのケンカで大体想像はついた」


 シオリ先輩から手を離したコナちゃん先輩の話に私は苦笑い。

 お姉ちゃんの本音はコナちゃん先輩にしっかり聞こえていたようだし、届いていたみたいだ。


「さて……作戦の目的を説明します」


 グラウンドに集まる全員が頷いた。


「邪は討伐するもの。黒い御珠は消すもの。それが当然だという理解でいた。けれど……ハル?」

「あ、はい」


 振られたから頷く。


「奪われた御珠を見たよね。元々普通の御珠だったのに、黒くなる。その逆も可能だと思います。だから頑張って七つの御珠をゲットです」


 寄り添ってくれるノンちゃんにお礼を言って離れる。

 カナタの手をそっと離して、胸を張る。


「邪は……欲望は、育つ前に消す。それが侍の仕事ですし、これからもそれは変わらないでしょう。けど私たちは、それ以外の選択肢をとれる可能性があります」


 視線を向けるのは、トモ。


「トモは……黒い稲妻となった自分の欲望を取り込んでた。あれはどうやったの?」

「欲望なんて、要するに自分の一部でしょ? なら……受け入れれば飲み込める。刀に吸い込めるって思った」


 かざす刀に浮かぶ紋様に曇りが見える。けどね? だからこそトモの刀は美しさを増していたの。綺麗なだけじゃない。それゆえに、より一層強く輝きを放つ。そんな強さを、トモはさっきの戦闘で実証してみせたんだ。他にも同じようなことをした人がいるかもしれない。


「清濁併せ持つ。陰と陽。人の心は一面だけじゃ語れない」

「マドカ……?」

「刀みたいに強く存在するから、あれはきっと倒せない。飲み込み取り込むのが、一つの正解」


 トモのように自分の刀を見つめながら、マドカがしみじみ言っていた。その刀は今もマドカが手に入れた時と同様に光り輝いている。たださっきの戦闘前よりも光が増しているようにも見えた。なんでだろう。


「ハルはどうしたいの?」

「あっ、えっと」


 マドカに振られて慌てて答える。


「私は自分の欲望を救いたい。もしかしたら、それができれば……自分とお姉ちゃんの可能性だけじゃない。御珠が増えて、邪への対処方法が増えて、しかも強くなれるなら、侍の可能性を広げられるかもしれない」


 野望は大きく。大志を抱く権利は女子にだってあるはず。


「だから……コナちゃん先輩。お願いします……あの二人と戦わせてください」

「元よりそのつもりよ」


 微笑むコナちゃん先輩にじぃんときた。けどね?


「全取りは当然規定路線だし、そもそも今回に限っては自分の欲望と対峙するしかないんだから……そんな感動するところじゃないからね?」


 呆れられちゃいました。おう……そうか。自分の欲望と戦う必要があるんだ。飲み込むのなら。気持ちはどうあれそもそも倒せないのなら……飲み込むしかないのだから。


「今回は先生たちと警察に連絡はするけど、基本的に私たちだけで対処します」


 コナちゃん先輩の発言に「え」って顔をする人が何人もいる。

 当然だ。黒い御珠の時は東京の侍と刀鍛冶が総出で立ち向かった。

 なのに今回はそのバックアップなしとか、かなりぶっ飛んでる。


「理由は明白。相手はこちらの邪を生み出す力があると見た。つまり投入した戦力が大きければ大きいほど、彼らの戦力もまたあがるの」

「……おう」


 確かにそうだ。私とお姉ちゃんの邪は、たんなる邪を士道誠心のそれに変えてみせたの。

 黒い御珠のサポートのおかげか、そうじゃないのかはわからない。

 ただ……たとえばシュウさんやソウイチさんたち、ライオン先生やニナ先生たちに助けてもらおうとしたら、大人のガチ勢が敵にも増えちゃうとしたら……状況がますます読めなくなっちゃう。


『我の軍勢を出して敵に鬼まで増えたら大損害だな』


 た、たしかに。


「報告はする。いざとなった時のサポート体制は万全にします。けど……基本的に、戦うのは私たちだけ。士道誠心邪モードは、士道誠心が打ち倒すの。いい?」


 コナちゃん先輩の言葉に胸が揺さぶられる。

 邪モードの士道誠心……対するは、士道誠心。考えようによってはドリームマッチだ。

 自分より上手に素直に力を使える自分の欲望と戦える機会なんて、滅多にない。

 ここで逃げるなんて、あり得ない!


「だめな場合のメンバーの邪は、メイ先輩に問答無用で燃やし尽くしてもらう予定なのだけど」

「えげつないな」


 顔が引きつる私たち一同に、にっこり笑顔でメイ先輩が煽るの。


「ここまできて今更やめました、なんて言うヤツは……どうしようかなあ。どんなおしおきがいいかな?」

「メイがおしおきっていうと意味深」

「え、そう?」


 北野先輩のツッコミにメイ先輩が問い掛ける。すかさずみんなで頷いた。コナちゃん先輩ならハリセンの一撃なんだろうけど、メイ先輩の場合……どんなおしおきになるのかわからない。


「まあ、じゃあそれでいいや。それで? 作戦参加者は? コナちゃんのように敢えて言うよ。離れるなら今……」


 肩を竦めてから問い掛ける。けれどメイ先輩の用意した逃げ道を選択する人はいない。一人も。だってとうに心は決まっているのだから。


「やっぱりいないみたい。それじゃあお返しするね、コナちゃん」

「どうも……おかげで心置きなく号令を言えます」


 すう、と息を吸いこんだコナちゃん先輩がハリセンを掲げた。


「敵がマシンロボを使うのなら目に物を見せるわ! こちらもマシンロボで出るわよ! ミッション、スタート!」

「「「「「 おおおおおおおおお! 」」」」」


 歓声があがった。

 反撃に出る。倒して殺すためじゃない。飲み込んで、受け入れるために。

 私たちはいく。自分の欲望さえも、すくい、のみこんで、未来を掴みとるためにいくんだ!




 つづく!

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