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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十一章 一月のシンクロミタマ

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第三百三十四話

 



 何かが気になるのかな。

 キラリが連れてきた小さい女の子がきょろきょろと周囲を見渡している。

 そんな中、一年生どころか全学年の暇人ほぼ全員が集まってるんじゃないかという特別体育館でマドカが口を開く。


「えーっと。一年十組主催なのになんで私が司会やってるんだ感ありますけど。ともあれ! 第一回、全力鬼ごっこ、開催~!」


 みんながまばらに拍手する。


「ルール。鬼の御霊を引いた人が鬼。それ以外は逃げる。陣地は特別体育館内。タッチされた人は鬼になるパンデミック増殖系でーす。ここまででわからない人はいます?」


 しーんと静まりかえる反応にマドカが頷く。


「はい! 午後三時まで続けますんで、生き残った人の勝ちというか。たくさん捕まえた鬼はえらいね、みたいなノリで」

「「「「 うーい 」」」」


 ゆるい。すごくゆるい!

 休み明けだからかな。でもおかげで学校に戻ってきた感じある。


「つーか。鬼の割り当て雑すぎないか? 少ないだろ」


 トラジくんが異議を唱えた。


「えー。じゃあ鬼の御霊ひいたひとー」


 マドカが声を上げるとね? 岡島くんと茨ちゃん、そしてトラジくんが手を挙げる。他にも愚連隊の中にちらほら。もちろん綺羅先輩もいるよ。


「茨城童子と酒呑童子もいるわけなんで、つよそうだしこれで決定でいいですか?」

「「「 異議なーし 」」」

「ひでえ」


 だるそうなみんなの唱和にトラジくんが唸る。けどまあしょうがない。愚連隊が何人かいる時点で結構こわいし、なにより岡島くんと茨ちゃんが本気を出したら侮れない。


「じゃあ鬼は仲良く十秒かぞえてくださーい。繰り返すけど、陣地は特別体育館の中ね。せっかくなんで隔離世でやります。佳村さん、よろしくー」

「……今日なんだか特別ゆるすぎません? まあいいですけど。それじゃあ、局所展開!」


 ぶわっと広がる波動に魂が引きはがされる。

 すぐに青白い光に包まれた岡島くん、赤い閃光を放つ茨ちゃんが声を上げる。


「「 いーち! にーい! 」」


 ……私たちって何歳だっけ。ま、まあいいや。深く考えるとどつぼにはまりそう。

 わーって声をあげて逃げる先輩たちや仲間たちに混ざって走りだす。

 大きな大きな特別体育館がフィールドなら、かくれんぼ的要素もある。

 悩みの淵にいるのだし、気がついたらある場所に向かっていた。

 神社。タマちゃんと十兵衞を抜いたところ。

 扉を開けて中に入るとね? すぐにもう一人入ってくるの。


「しっつれい」

「トモ」


 呼んだ相手は扉を閉めて、悪戯っぽく笑う。


「ハルもこっちに来たんだ」

「んー。なんか、思い出しちゃって」

「最初の日のこと?」

「うん」

「……だよね。実はあたしも」


 告白するみたいに言うから思わず笑っちゃった。

 遠くで爆発するような音が聞こえてすぐ、二人で息を潜める。


「派手だね」

「愚連隊の人もいるし」

「なんか……ずいぶん遠くに来たみたいだ」

「……トモ?」


 体育座りをしてため息を吐くトモの憂鬱がわからなくて、思わず名前を呼んだ。


「四月から……ほんと、いろんなことがあったよね」

「う、うん」

「……つらいこともまあ、あった」

「そうだね……あった」


 シュウさんの起こした事件とか。星蘭の人たちを翻弄したこともあった。やらかした報いはメイ先輩のビンタ。今でもあの時の痛みと後悔を覚えてる。私の……物語。

 トモにもきっと、いろんなことがあったんだろうなあ。トモだけじゃない。みんな、きっとそうだ。


「でもさ。最初に友達になったアンタといると、案外なんでも乗り切れそうな気がしてくるんだ」

「……ほんと?」

「ほんと」


 にっと笑ってみせるトモの爽やかさに心が随分救われる。

 そんな瞬間は、入学してからたくさんあった。尻尾を誰より洗ってくれたのはトモだし、私の背中をばしっと叩いてくれたのもトモだった。


「……私も同じだよ?」

「なら……悩んでるなら言ってよ?」

「あ――……」


 気づかれてた、と思った。すごくどきっとした。鬼ごっこに誘ってくれたキラリも気遣ってくれたし、他のみんなもきっとそうなんだろうなーって思っちゃって。

 それを最初に教えてくれるのは、トモなんだなあって思うとじんときちゃう。だからかなあ。


「……邪って、倒さなきゃいけないものなのかな」


 気がついたら打ち明けてた。

 他の誰かに言ったら戸惑われるか、呆れられるか、或いは笑われちゃうかもしれない。

 実際、トモは笑ったよ。けどね?


「ハルはどうしたいの?」

「……救いたい、なんて。変かなあ」

「変じゃないし、やりたいならやろうよ」


 私を勇気づける笑顔なんだ。


「欲しいから手を伸ばす。掴んだら願う。その先を。シンプルでいいんだよ、きっと」

「……トモ」

「わからないなら教えるよ。全力で……あたしはいつもそうやってきた」


 足音が近づいてくる。剣戟の音も。

 二人で外を見る。狛火野くんだ。必死に走って逃げる女の子を背中に庇って、刀を振るって鬼役の愚連隊の人たちを牽制してる。


「いこ。見てられない」

「うん!」


 扉を開けて走って行くトモの背中はね?

 女の子なのに――……いつだって、頼もしくてたまらないんだ。


 ◆


 士道誠心学院、高等部……特別体育館。

 雲の上から見つめる少女、二人。黒い衣装を着物へ変えて、狐の面を手に笑う。


「くくく。次なる御珠、手に入れるはたやすい」

「早い話、曇らせて増やすついでに元々あるのをいただけばいいよね」

「ふ、冬音、元も子もないぃ」

「連中、なんでかしらないけど中に集まってるみたいだ。仕掛けるよ、春灯」

「我、降臨せり!」


 空から降る。ドームの上に産まれる影へと一直線。

 影を抜けて隔離世へ。戦うために。手に入れるために――……産まれるために。


 ◆


 刀を抜いてタッチされないように鬼たちを牽制する。

 狛火野くんの横にトモと二人で立つ。どんどん鬼が増えていく中、それでも私たち三人なら守り切れる確信しかなかった。

 けど――……突如天井が割れて、二人の女の子が城の上に立った時には思わず動きが止まった。鬼役の人たちもだ。みんな、目を奪われていた。

 だって、どう見ても私がいる。そしてお姉ちゃんがいる。その頭上にふわふわと六つの黒い御珠が浮いてる。

 総毛だった。こんな、まさか、いきなりくるなんて思わない。

 どうすればいいのか戸惑うその瞬間、二人の来訪者が指を鳴らす。黒い御珠から割れるような音が聞こえて、次いでそれは聞いたことのある楽曲へと変わる。

 妖怪系ヘビメタバンド。軽音楽部の先輩たちがコピーしているから聞いたことがある。

 組曲が流れるの。よりにもよって、義経。すっごく長い三曲の一曲目。

 そこら中から邪が出てくる。侍の姿をした魑魅魍魎たち。


「戦闘態勢!」


 コナちゃん先輩の声が響き渡る。ついで。


「三年生! 後輩を絶対死守!」


 メイ先輩の命令もだ。だけど歌の音が大きすぎてかき消されちゃう。

 わからない。わからないよ。あの二人は何をしに来たの? 何が狙いなんだろう。

 戸惑う私を邪が狙う。迫り来る凶刃を一太刀が切り裂いた。

 私を守る背中。狛火野くん。


「君を助けられた」


 会心の笑みに震えちゃいそうだった。玉散る刃が乱れ舞う。邪が退けられる。

 士道誠心は並みじゃない。邪相手に屈したりはしない。

 体現する侍。ギンが最強なら、彼はきっと至高。人を守るために戦える人。

 一番最初に出会った侍が彼でよかったと思う。狛火野くんだから、私は多くのことに気づけた。

 昂揚するべき瞬間――……なのに尻尾が縮む。

 嫌な予感が膨らんでいく。

 なんで? なにが怖いの?


「――……」「――……」


 お姉ちゃんが兄上パートを、私の邪がネコさまパートを歌う。

 見事すぎる歌唱。そして死の向こう側から迫る邪軍団。

 何を考えているんだろう。私は何を怖がっているんだろう。わからない。わからないまま、必死に探す。すぐに見つけた。先輩たち。軽音楽部で私よりも強く音を体現してきた人たち。楽器を手にしているのは何の冗談か、或いは必然か。

 急いで合流した。飛びつく私に先輩が言う。


「あの曲と邪は相性がよすぎる。春灯……曲の切れ間に切り返す。案はあるか」

「――……、」


 言いたい。けど出てこない。

 悩むその時間が致命的だった。

 どこからか悲鳴があがったのだ。空に映えていく巨大な氷の花。ルルコ先輩の象徴のそれは、けれどなぜか二輪ある。

 なんで。なんで花の上にルルコ先輩がいるの? なんで――……二人もいるの?

 黒い太陽が浮かぶ。メイ先輩が手にしていて――……対峙するのもメイ先輩で。

 何が起きてるの。何が。


「士道誠心が……増える」


 誰かの悲鳴にぞっとした。私の似姿が歌う。お姉ちゃんの似姿が叫ぶ。そして私たちの似姿が私たちの前に立ちはだかる。邪が次々と姿を変えていくんだ。

 手にする力は黒。漆黒。瞳に宿る光は赤。纏うは白い衣。これは夢か幻か。黄泉より産まれる力を振るって、私たちを圧倒していく。


 ◆


 鳥肌がたった。本を手に魔法を唱えるユニスが二人。コマチを背に吠えるトラジが敵にいて、私と並ぶリョータとか。黒い剣を手にしたミナトとか。のんきな顔をして見守るアリスまでいる。

 十組が増えた。二倍になってる。ど、ど、ど、


「どうなってるんだ!」

「リョータ、しっかりしろ!」


 私が叫んですぐ、私そっくりの奴が怒声を放つ。


「「 す、すみません! 」」


 リョータがハモる。なんなんだ、この悪い冗談は!


「それじゃあ早速、ベルト展開! 変身!」


 敵のリョータが腰にどこからともなく取り出したベルトを当てる。聞き覚えのある効果音がして、ポーズを取った。瞬間、その姿が変わる。仮面の似姿へ。


「モード、鬼トラジ!」


 真紅の閃光を纏う仮面。角の突き出た異様の侍仮面。ぞっとする。


「見たか、俺のかっこいい変身を!」

「おおおおおお! お、俺、あんなことできるの!?」


 ばか! ばか! 目を輝かせてる場合か!


「よくわからないけど、邪相手だ! ぶっ倒すぞ!」


 私の号令にみんなが構える。それに応えるように、邪十組も叫ぶ。


「ようし、叫んでいくぞ! リョータ、もっと私をデートに誘え!」


 ちょ。


「ミナト! えっちなの直してかっこよくなれ! じゃなきゃ付き合ってなんてあげないぞ!」

「まっ、まままっ」


 ユニスが顔を真っ赤にしながら悲鳴をあげる。


「キラリと青春を謳歌したーーーい!」


 リョータが私を見て必死に頭を振る。だが赤面がごまかせてない。


「ユニス! 付き合いたいし、えろいことやまほどしたい!」

「ちょ、おまっ」


 ミナトがてんぱり、


「……コマチ。春休みは二人で旅行とかいきてえな」

「ん……指輪、とか、かって……ほしい」

「「 ……っ 」」


 トラジとコマチは赤面しながら俯く。


「せーのっ」

「「 他人のお金でご飯が食べたいぞー 」」


 アリスはなんで邪アリスと唱和しているんだ!

 くそ。なんなんだ、こいつら。人の欲望を声高に叫びやがって!


「リョータ、私を人並みの恋愛ができるように育てて――」

「たたたたたた、倒すぞ! 迅速に!」


 必死に声を上げて叫んだ。

 やばい。こいつら、間違いなく……これまで会った中で最強の敵だ!


 ◆


 みんなが悲鳴を上げながら戦っている。

 気がついたら二曲目。とびきり長い二曲目。

 二人が歌う。誰のために? 何のために? 暗闇を引き連れていく。割れた天井から覗く、青く澄んだ空が漆黒に染まっていく――……。


 ◆


 自分の似姿と対峙した瞬間、ぞっとした。


「羽村くんをそばにおいておきたい」


 ルルコが言うの。ルルコの顔をして、ルルコの声で。


「メイと愛し合いたい」


 ルルコの欲望を語る。ずっと胸に秘して隠してきた気持ちを晒される。

 違うと否定できない。恥じ入り顔が赤く腫れそうな気持ちが真実。

 乗り越えたはず。ごまかしてきたはず。私はだいじょうぶ。そう言い聞かせられるだけのことを積み重ねてきたはず。なのに。


「足りない。満たされない。だって……二人の全てが欲しい」

「やめて!」


 氷を放つ。触手を伸ばす。初打ちの力を振るう。

 同じように似姿も振るって返してくる。拮抗する。だから――……


「愛を知りたい。奪いたい。すべて自分の物にしてしまいたい――……」


 そんな欲望を受け入れられてしまえる似姿ほど素直になれない自分に敵う道理がない。

 迫り来る触手が私の力さえ飲み込んで、欲望のままに私を飲み込んでいく。

 自分の氷にやられるよりも、本心をさらけ出される方が屈辱に違いなかった。


 ◆


 太陽を作る速度が早い。自分の邪と対峙する日が来るとは思わなかった。刀を手にした段階で産まれるはずのない可能性。

 いいや――……違う。

 刀を失いかけたあの頃の自分なら、可能性はある。

 真中メイが己の夢を失い、欲望に縋ることさえできなくなったあの頃なら。


「……」


 ルルコがやられたのが遠目に見えた。

 サユは見つめ合って動きを止めている。綺羅は殴り合いの真っ最中。それより激しくミツハががちのケンカの真っ最中だ。

 みんなが己の影と対峙している中、自分の似姿は寡黙。


「――……」

「しゃべったりは……しないよな」


 当然だ。いつだって自分に素直に生きてきた。

 素直すぎて自分の立脚点すら見失って、自分さえわからなくなって傷つき続けたくらいだ。

 声高に叫ぶまでもない。お互いにわかっている。


「斬るだけ……あなたを溶かすだけ」

「そうだね」


 何度だって放とう。相手の方が自分より素直に太陽を作れるとしても。

 暗闇に包まれようと、揺るがない。

 既に自分の太陽を見つけているのだから――……果てがない戦いだとしても、下りるつもりはない。


 ◆


 対峙する。山吹マドカは対峙する。


「――……ハルもみんなの夢も、ぜんぶ食らう」


 己の闇と。


「そうして――……何より煌めく金色を味わい尽くす。どんな感触の肌かな? どんな声をあげるんだろう? 青澄春灯は――……私が触れたら、どんな色に染まるかな」


 下心。欲望。彼氏がいようが関係ない。


「ハルを私のものにするの――……緋迎先輩じゃない。佳村さんでも、キラリでも、仲間さんでもなく。この私のものにするの!」


 黒い光を放つ刀に頬ずりをするそれは醜悪で、認めたくはない。

 けれど己の刀が訴えてくる。大好きで大事な友達の声が聞こえなくても、何を伝えたいかわかる。

 あれが自分の願望なのだと。食らい味わい咀嚼する端から己の力に変える自分の願望に違いないと、訴えている。

 あれは山吹マドカにとっての原点だ。

 光に……かつて近づいた少女にもしかして抱いていた気持ち。

 綺麗なものに憧れて、染めたい……味わい尽くしたいと抱く欲望。まさに恋心。


「沢城ギンや仲間トモだけじゃ足りない。狛火野ユウのすべてを飲み込んで――……青澄春灯を食らい尽くす」

「それ以上はやめて」


 誰にも言わない私の秘密を、これ以上しゃべられたら困るんだ。


「一瞬で片付ける」


 かつてみた抜刀術の構えをそのまま模倣して、睨む。

 欲望が垂れ流されるのなら――……それさえ、飲み込んでやる。


 ◆


 歯がみする。

 シオリが己の欲望と対峙している。欲望は叫ぶ。


「コナといろいろしたい! 大人のあれこれも込みで!」

「いちいち叫ぶな! わかってるから!」


 顔を真っ赤にしながら自分の欲望と戦うシオリの羞恥はいかばかりか。

 人のことは言えない。


「ハルを……冬音を圧倒するくらい強くなりたい。認めてもらいたい。最強になって……俺が彼女たちを守る」


 緋迎カナタの欲望が刀に漆黒を宿して立ちはだかる。


『倒せよ。欲望なんかに飲み込まれるな……その先に夢がある。それをお前はもう掴んでいるのだから!』


 姫に訴えられるまでもない。


「どいてもらうぞ。黒い御珠を奪い取る!」


 直ちに窮地を取り返す。ハルを守るために。己の力を証明するために――!


 ◆


 乱戦だった。

 神社から動けない。はりつけにされながら、私は見たの。

 お姉ちゃんの似姿が殺せと命じる瞬間を。私の似姿が悲鳴をあげる瞬間を。

 同じ九尾。けれど私の似姿の髪は黒。尻尾も黒。初めて大神狐モードになった時の私に近い。

 みんなが戦っている。なのに私は夢中になって聞いていた。

 ああ、二曲目が終わる。黒い雨が降る。ルルコ先輩の似姿が振るう氷が混じってやけに寒い。

 そこかしこの土の上に花が咲いていく。白い花。妙に丸く膨らんだそれには穴が二つあって、なんだかドクロのようで。他にも赤い花が咲く。けれどそれは千々に乱れて鮮血を散らして飛んでいく。

 士道誠心はいま、士道誠心と対峙している。

 夢を抱いた侍候補生と刀鍛冶たちは、己の欲望と戦っていた。

 夢と欲望。表裏一体。どちらも願うもの。だけど欲望はより本性に寄り添うもの。だから欲望の方が素直に力を振るえる。故に劣勢は約束されていた。

 死を肯定する歌を私の似姿が歌っている。切々と、哀しみに包まれながら。その手をお姉ちゃんの似姿と繋いでいるの。

 二人は泣いていた。演技とかじゃない。

 現世に私がいて、地獄にお姉ちゃんがいる。影でしかないあの二人は死に寄り添う存在だ。だからこそ……次を願い、歌っているんだ。

 そうだ。あの二人は……生きたいんだ。ただ、生きたい。それだけ。来世を求めてる。いま、この瞬間も。

 空を駆けていく人がいる。カナタ。マドカ。二人がその手に握る力を振るおうとする。その瞬間、私とお姉ちゃんの似姿を守ったのは――……まさかのまさか、ツバキちゃんの似姿なの。


「二人はボクが守る!」


 だめだ。たとえ似姿でも、ツバキちゃんが二人を守るのなら。

 きっと守り切っちゃうに違いない。

 やっぱり倒せない。倒したくない。私の欲望を、私は切れない。

 これまで山ほど邪を斬ってきたのに。

 人の姿を持って、生きたいと願う二人を私は殺せない。

 欲望をまき散らすだけの邪じゃない。もうあの二人は自我を持って行動している命に違いないから。


「――……ないよ、救える道が、見つからないよ」


 呟く。あの二人があのまま生きていたら、私はいつかまた蝕まれる。

 私だって生きたい。あの二人のように……生きたい。

 どっちかがどっちかを潰す。私が好きな漫画や小説ならその道を行くのが当たり前。それが王道だし、定番。

 だけど、違う。私は違うと思わずにはいられなかった。


「ないなら……ないなら」


 呟く。必死に気持ちを込めて。歌が終わる。その前に。


「作ればいい。そうだよね」


 胸の内にいる二人がそうだと答えてくれた。折れない強さが、胸を張れる美しさが、私にその道をいけと叫んでくれる。

 だから、いける。

 意思を宿した瞬間だった。ルルコ先輩の似姿が私に目掛けて氷の槍を投げつけてきたの。

 戦う準備はした。けれどそれはあくまで歌う準備でしかない。

 まさに致命的。その瞬間だった。

 雷が落ちたの。私の前。雨が吹き飛ばされた。その空間に落ちたんだ。

 私を狙うすべての敵意をまるごとはね除けるように。


「――……トモ!」


 黒い雷を放つ邪侍を己の体内に取り込んで、獰猛に笑う横顔に惚れた。

 刀を構える私の最初のお友達が背中を見せるの。頼もしすぎる背中を。


「欲望がなんだ! あたしは飲み込んで夢を掴み取るぞ、ハル!」


 震えた。雷がいくつも落ちる。雨をはねのけて、地面に衝撃としびれるような電流を私たちに与えて檄を飛ばす。

 全力で教えてくれてるんだ。トモがこれまでしてきたこと、それをたったの一瞬で体現して。

 ああ、ならもう……あの曲しかないよ!




 つづく!

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