第三百三十三話
お母さんとお姉ちゃんをどうするべきか悩むけど、お母さんが目配せしてきたからお任せすることにした。私がいたりトウヤとお父さんと騒ぎ立てたらお姉ちゃんが荒ぶっちゃうかもしれない。それは困る。
だからお母さんに任せるのが一番いい。
そう思って頷き返した。和室に入る二人を見送って、リビングへ。ご飯はまだかと待つお父さんとトウヤに軽く静かにしててと言って、料理を作る。お母さん、作っている途中だったみたいだから引き継ぐよ。それくらいはできる。夏の経験があるし、休みはお母さんに鍛えられてるし。
トレイにまとめてお母さんとお姉ちゃんの分を運んでいく。
だけど二人はしんみりお話ししているだけだった。お邪魔はできないのでそっと和室を離れて食事を済ませる。お父さんもトウヤも大層不思議がっていたけど、大事な人が来てるからって言っておいたの。それくらいで納得する二人じゃないけどね。それでもお父さんは何かを察して、ご飯を食べようって促してくれた。
ご飯を片付けて、和室の様子を窺うけど静かなまま。持て余していたらスマホが振動したからお部屋に戻る。
メイ先輩からの通話だったの。
「もしもし?」
『よかった、繋がって。ハルちゃん、何か最近おかしなこと起きてない?』
「え」
予想外の人から予想外の言葉。
「……えと。黒い御珠の歌が聞こえたっていう話があったり、あとは不調がありましたけど」
『それ、詳しく話してもらえる?』
メイ先輩の声は真剣そのものだったから、素直にお話したよ。私の身に起きたこと、カナタの家でやったこと、そしてコバトちゃんが聞いたという歌のお話すべて。
するとね? メイ先輩がお返しに話してくれたの。
「元旦の日にさかのぼるんだけどね――……」
◆
アリスは店に入るなり言うのだ。
「たとえばお店にいても、声が聞こえる……アリスは見えちゃう聞こえちゃう系女子」
どや顔で、わけのわからないことを。
私の手を引いて席に戻り、先輩を見つめてアリスは語る。
「邪の声……隔離世での異変を、アリスは聞けちゃうとお兄ちゃん、証言して」
「アリスが自分で言ったじゃないか。それで十分だ」
「おう……アリスはお姉さんにそこまでの信頼を勝ち得ていた? 照れる」
眩暈がする。待て。アリスの言葉を繰り返すのもなんだが……つまり。
「アンタ、隔離世での事象を見聞きできるの?」
「どや」
「そ、それで歌も聞こえたってわけ?」
「どやあ」
「……その返事やめてくれ。似合ってるけど。可愛いけど。すごく気が抜ける」
「どや?」
「首を傾げるな。かわいいかわいい」
「すっごい雑ですね……お姉さんのおぞうに食べちゃうぞ」
「やめろ。これは私のおもちだ」
まったく、油断も隙もあったものじゃない。
「仕方ない……胃袋の限界に挑戦することにします。コバトさん、おぞうに追加で」
「やめなさい。それ以上食べたらお腹周りだけレベルアップするぞ」
「おう……それはそれでロリコン野郎の琴線を擽る体型になりそうです」
「……素朴な疑問なんだが。なりたいの?」
「下僕が増える」
「よしなさい。身体目当ての男を増やすのは」
「おう……手っ取り早いと思ったのですが」
「なんのだ……っていうか話が進まないだろ」
「お姉さんさえもアリスの手のひらの上……ころころふふふ」
何が嬉しいんだ。何が。
「歌は……前に聞こえた時と一緒だった?」
「輪唱してましたね。あるぅひ、あるぅひ、あるぅひ、くらいのノリです」
「よせ。歌詞を口ずさむな。音楽協会を舐めてはいけない」
「お姉さんは何と戦っているんです?」
「うるさい。話を戻すぞ。その歌は渋谷で聞いたもの?」
「あの時はかすかーに聞こえてた程度でしたけど。なんかゾンビみたいな声の方がにぎやかでしたし」
「なんであの時言わないんだ」
「雑踏と大して変わらなかったので。軽く話した気がしますけど……覚えてないですね」
眩暈がする。先輩と違ってアリスはかなりマイペースだし、そもそも……これが頭痛のするところだが。アリスにとっては聞こえて見えるのが日常であって、なんら特別なことじゃない。だから判断がつきにくいのだろう。
兎が見えたら全力で追い掛けに行くようなやつだしな……。
後でキラリちゃんに言っておこう。同じ一年生同士のよしみで気をつけて見てくれって。
途中転校生だけで編成した十組に入る可能性はかなり高いしな。さすがにさらに一クラス追加はないだろう。十組追加の時点でかなり驚きだったんだから。
それにしても黒い御珠か。何かが起きる気がする。ルルコの部屋に行ったら情報共有して警戒態勢を敷いておこう。警察ともちゃんとしたパイプを作っておかないと――……って、待てよ?
「先輩……先輩もここでバイトしてるんですよね?」
「今日はお休みもらってるけどね」
「じゃあ……緋迎ソウイチさんに、それとなく伝えられませんか? 何かが起きる予感がするんです」
「メイが外に出ていた間にアリスに話を聞いて伝えておいたよ」
ぐうのねが出ないほど気がつく人だなあ。
「前みたいに邪が大量発生したりはしていないから……気になるね」
「はい……滅多なことはそう起きないと思いたいのですが」
嫌な予感が拭えない。暗い顔をする私と先輩を見て、先輩のお母さんが咳払いをした。
「こほん。だめよー、元旦から暗い顔してちゃ悪いことが起きちゃうじゃない。笑顔でいきましょー、笑顔で」
見た目十二歳くらいとはいえ、先輩のお母さんには違いないし、その声は明るいものだった。
そうだ。今日は先輩とデートだったのだ。そして先輩は家族連れ。暗い彼女でいたくはない。
もちろん警戒は必要だけど――……さて、どうしたものか。
私と関わる誰かに危害を及ばすつもりなら、黙って見ているつもりはないからな。
◆
電話で聞いた話に俯き、思考を巡らせる。
暁アリスちゃん。コバトちゃんと同じ、隔離世に愛された女の子――……。
『シオリに確認を取ったら……強力な邪を育てやすい神社やお寺に設置された霊子モニターのカメラと、驚くことに現世の監視カメラにうつってたらしいの。ハルちゃん、あなたともう一人……あなたにとてもよく似た女の子が』
「え……」
『といってもやっと見つけた一瞬だけの映像なんだけど。それで連絡したわけ。鎌倉に行ったハルちゃんって、ゴスロリ着てたりしないよね?』
「き、着物でしたけど」
『そうだよねえ……まいったなあ』
メイ先輩がため息を吐く。
『刀を生み出す前に吐き出した邪が育ったか。そうなる前に侍に倒されていてもおかしくないのに、なんでこんなのが生きてるんだか。どうして現世に姿を現しているのかも謎』
「……そう、ですね」
思わず自分の胸元を見下ろした。
私から離れて生き続ける邪。そんなのがいるなら……なるほど、生み出した私に何かが起きても飛び上がるほど驚くようなことはないのかもしれない。
むしろ驚くべき事は、そんな邪が居続ける事実。そして……その邪に寄り添う、私にとてもよく似た邪の正体だ。
お姉ちゃんだろうか。その可能性はある。だとして、生前のお姉ちゃんが邪を吐き出すタイミングなんてお母さんのお腹の中にいた頃、そして死の間際くらいしかない。
そんな時の願望なんて明白だ。生きたい、という。ただそれだけじゃないか。何より強い欲望だし、そんな欲望を軸に生み出された邪は――……閻魔姫になるようなお姉ちゃんの邪は、尋常じゃなく強いんじゃないだろうか。
ぞっとする。シガラキさんが来た理由さえ繋がってしまう。地獄からわざわざカナタを強くするために来たのは、だって現世の侍に対処させるために必要なてこ入れでしかない。
眩暈がする。
仮定がどんどん噛み合って、今回の事件の全貌がうっすらと見えてくればくるほど思わずにはいられなかった。
倒さなきゃいけないのかな。生きたいと願う気持ちを殺さなきゃいけないのかな。
私だって生きていて欲しかった。なのに自分に嘘を吐いて倒さなきゃだめ?
邪ってなんだろう。人の欲望って……そもそも、倒さなきゃいけないようなものだっけ……わかんない。わかんないよ。
『――るちゃん、ハルちゃん? もしもし?』
「……あ、す、すみません」
『ひとまず休み明け、学校はじまるから……それまでも、それからも注意していこう。ハルちゃんと同じ姿の邪なら、ハルちゃんを狙ってくる可能性があるから』
「は、はい」
『それじゃあ、おやすみ』
通話が切れた。ため息をついて、ベッドに腰を落とす。
憂鬱だった。もしかしたら……私ははじめて、邪討伐の意味と真剣に向き合わなきゃいけない瞬間にぶつかってる。
サクラさんは生き返れた。奇跡は起きる。ううん、違う。起こせるんだ。だからお姉ちゃんだって――……
「ばかを言うな……入るぞ」
心の中からじゃない、ちゃんと耳に聞こえるお姉ちゃんの声に飛び上がるほど驚いた。
そこにいたのだ。お姉ちゃんが。黒い髪、赤い瞳、タマちゃんを宿して綺麗度マシマシ状態だった時の私と同じくらい綺麗で、だけど厳しい顔つきのお姉ちゃん。服は迷って制服イメージで化かしたけど、よく似合ってた。
「お、お母さんとの話は?」
「済んだ。トウヤたちにも会ったよ」
「そ、そうなんだ」
動揺する。心構えが何一つできてない。そんな私の眼前に歩いてくると、強烈なデコピンをお見舞いするの。
「あうち!」
「下手の考え休むに似たり。いいか? 欲は育つと理を乱す。ゼロじゃ生きていけないが、しかしありすぎてもいけない。均衡を崩して世界は乱れる――……まあ、それを許容するのもまた、人の世だけどな」
「……むつかしくて、よくわかんないよ」
「我はもう地獄で生きている。それで十分なんだ。現世の邪などいても迷惑なだけだ」
「……でも、私はお姉ちゃんにそばにいてほしい」
「もういるだろ? 今の縁で満足しろ」
正論だし、揺るがすことさえできない事実を告げられる。いやだ、と言うのはもう、私のわがままでしかないと気づかされる。
それでも……言わずにはいられなくて、そばにいる熱に手を伸ばして抱きつく。
「さみしい」
「あのなあ」
ため息を吐かれた。
「普通年の近い姉妹ってのは面倒なもんなんだぞ? 我が生きてたらケンカだらけだっただろうし、お前も今のお前にはならなかったはずだ。すべては巡り合わせだよ、春灯」
私よりよっぽど大人で、よっぽど理性的で、よっぽど現実をわかっている声だった。
「いま繋がっている縁だって……望んで得た繋がりだ。離れたところにいても……心はちゃんと繋がっている。そしたら、さみしくない」
「――……っ」
鼻を啜る。心の中に灼熱のような熱が宿ってる。お姉ちゃんの御霊との縁。十兵衞とタマちゃんほど近くはない。ミツヨちゃんと同じ離れた距離感。だけどたしかに繋がってるから感じ取れる、熱。存在感。
「いいな? もし出会ったら、確実に倒せ。どちらも残さずだ。そうしないと、地獄の我と違って現世のお前はまた酷い目にあうぞ?」
うん、と頷けない。やだ、とも言えない。
苦しくて仕方ない。そんな私の気持ちなんてお姉ちゃんはお見通しに違いなかった。
「春灯……覚悟を抱け。候補生とはいえ侍なんだ。侍の刀は斬るためにある……じゃあな」
私の頭を撫でて、そっと消えちゃうんだ。ひらひらと落ちてきた葉っぱを受け取って、ぎゅって抱き締める。
道理はわかっている。邪は斬るもの。だから斬るべきだ。
だけど心は訴えている。どうしたって私には斬れない。でも黒い御珠を抱えているのなら、何か危険なことをしかねない。
斬らなきゃだめ。だけど斬れない。
じゃあ――……私はどうするの?
答えなんて、すぐに見つかるわけないまま夜は過ぎていく。
◆
まともに眠れないまま、学校が始まるの。
朝礼で転校生のお知らせがあった。ざわざわしてる。十組の後ろに女の子がひとり増えてるの。小学生にしか見えないちっちゃな子はどや顔で周囲の視線を受け止めている。
コナちゃん先輩が生徒会長として挨拶をするよ。
「冬休みが終わり、いよいよ三学期が始まります。一年を締めくくる最後の学期です。三年生と過ごす残り短い時間になります。駆け抜けていく私たちにとって、かけがえのない時間になることはもう間違いのない事実」
横を見る。先輩たちがいる。二年生の向こうに、三年生。
ルルコ先輩作った会社に所属して、一丸となって未来に立ち向かっている私たちの特別で大事な先輩たち。あとたった二ヶ月と少しでいなくなっちゃう。
生徒会長選挙で悪あがきをしたけど、さすがに卒業はごまかせない。なくせない。日曜夜の国民的アニメみたいな時空にいけたら永遠に一緒に学校で生活できる。けどそうじゃない。
産まれたら、死ぬし。学校に入学したら、卒業しなきゃいけない。出会えば別れもある。だけど繋がりが切れちゃうわけじゃない。
お姉ちゃんと繋がった。メイ先輩たちが卒業しても、会社に遊びに行ける。なんなら就職しにだっていける。そもそも私の仕事はユウヤ先輩斡旋のもと決まった契約が軸になってる。だから否応なしに関わる。
それでも、さみしくてたまらない。どんどん時間がなくなっちゃう。
残酷だ。お姉ちゃんのこと、私の姿をした邪退治、先輩たちの卒業間近。
いやだけど、逃れられない運命が私を追い掛けてくる。
嘆いてめそめそしそうな私の耳に、コナちゃん先輩は語りかけてくる。
「だから敢えて言います。最高に楽しんでやろうと。生徒会は三学期にもいろいろなイベントを用意しています。例年通りね。退屈していたら置いていきますよ? これから始まる最後の学期、準備はいいですか?」
二年生と三年生がいっせいに返事をする。一年生が遅れて続く。その声量と前向きな響きに心が揺さぶられる。どうしたって、無視することはできない。聴力がよすぎる獣耳が許してくれない。
「よろしい! それじゃあ生徒会からの挨拶を終えます」
コナちゃん先輩が一礼して、下りてくる。
学院長先生の挨拶が続くけれど、いつだってあんまり喋らない。強い意志と歩んできた歴史の深みを背負って、贈ってくれる言葉は簡潔。
「一進一退。それぞれに苦しい時期であろうと思う。刀は、それを癒やす力はただ振るうためだけにあるわけではない」
お姉ちゃんの言葉と対になるような声に思わず顔を上げた。
学院長先生の厳しくも優しい目が、みんなを――私を見つめていたの。
「己との対話から逃れることはできん。つらいときは先達の背中を思い出せ。三年生は卒業生たちの……そして一年生と二年生は三年生の背中を、ようく思い出せ。きっと力になる」
以上だ、と。それだけ。中学までの先生の話はもっと長くてもっと覚えられなかった。
簡潔すぎるけど、おかげでイメージすることができる。
瞼を伏せる。浮かぶ背中は二人分。
メイ先輩、そしてコナちゃん先輩。
二人ならどうするだろう。私の立場にもし先輩たちが立っていたら?
きっと苦しむ。すぐに答えは出ないかもしれない。
それでも先輩たちらしい答えをきっと掴み取って、現実に挑んでいくはずだ。
だったら今回も同じじゃないか。私らしく乗り越えるだけ。いつだって……その繰り返しなんだ。
人生は何度でも自分らしさを求めてくる。答えのない選択を迫られ続ける。できることはきっと……無限じゃない。多くない。ううん、むしろずっとずっと少ない。
人はなんにでもには、なれないんだ。自分が求めるものになっていくだけ。お母さんの言葉が染み込んでいるから、自然とそう思う。
私は天使にはなれないし、お姉ちゃんのような力も持ってない。だけど私が求めて掴んだ力はちゃんとある。
タマちゃん、十兵衞、そして自分の歌。
できることを探そう。手札はこの三つなんだから。
気持ちは決まった。
三学期が始まる。何が来ようと……乗り越えてみせる。誰に迫られた選択肢でもない。自分が選ぶ道を進んでいくんだ。
◆
九組はざわついていたよ。
「海外留学ってマジかよ!」
茨ちゃんの悲鳴じみた声を浴びているのは、羽村くんだった。
「うるっせーな。そんな大声だすことか?」
「だすだろ……だすって……なにそんな急に、夢に目覚めたドリーマーになっちゃったの。そんな子じゃなかっただろー」
茨ちゃんの唸る声にみんなが視線を羽村くんに向ける。
それに気づいて、困ったように首の根っこを撫でながら羽村くんは言うのだ。
「ずっと考えてたんだ。体育祭が終わって木崎から何度もアプローチくらって、ダンススクール再開して……侍として腕を磨けば磨くほど、ダンスのキレも増してくる。そうなると……夢をみちまう」
私を見るの。
「青澄がさ。夢みたいな駆け上がり方してるの見ると……誰だって触発されんだろ」
その言葉にみんなが「それを言われるとなあ」と渋い顔をした。え。え。なぜに。
「みちまうんだ。全力で足掻いてみたら、どこまで可能性を伸ばせるのか……夢を見ちまうんだよ」
「……わかるけど」
岡島くんが片眼鏡を外して、レンズを布で拭う。
「……急だね」
「そ、そうだよ! 岡島の言うとおりだ! さ、才能を認められたとかいうなよ!?」
「ちげえよ、茨。夢中になってたら舞い込んできた。努力してなきゃスルーされて終わりだった。それだけだ」
涼しい顔で言うの。けど努力が通じたっていうなら、生半可なことで掴んだ機会じゃないだろうし。羽村くん演出の踊りが体育祭でどれだけ好評だったのかを思うとね。踊りが羽村くんらしさなんだろうとも思う。
「……さみしいだろ」
茨ちゃんの消え入るような声に胸がかきむしられるようだった。
「掴んだら戻ってくるから。そしたら……高校かその後かは知らねえけど、またつるんでくれや」
「い、一年で戻ってこいよ! 美人の先輩彼女もいるんだし!」
「無茶いうなあ。芸事はそう簡単に身につくものじゃねえぞ?」
「死ぬ気でやってなんとかしろよ! オレはお前と一緒に卒業するんだ!」
心が震えちゃうんだ。茨ちゃんの願いに。
「それくらいなんとかしろよ、なんでも乗り越えてきた九組だろ! 頼むよ……日本にもすげえ人くらいいるだろ? そいつに認められるようになって、日本でもやれるようになって戻ってくるとかでいいからさ!」
涙目になって、一人称が男子時代に戻る茨ちゃんの訴えがずるい。泣きそうになる。
必死だし、だからこそ叶いそうな可能性を言えるところがすごくて……夢を見ちゃうんだ。
「……わかったよ。つうか先輩より泣くなよ。なんでお前が必死になるんだよ」
困ったように笑って羽村くんが茨ちゃんの頭を撫でる。
「なんでってそりゃあ……みんなが好きだからだろ? 九組が好きだからだ」
カゲくんのツッコミに茨ちゃんが何度も頷く。涙をぽろぽろこぼしながら。
「羽村、いついくの?」
「四月からってことになってるけど……早ければ早いほどいい」
「まあ、そうだよなあ……」
「先輩との絆も掴んだし、来月には行くつもりだ」
「はええなあ……じゃあ、シロ。いってらっしゃい会の幹事よろしく」
えええ!? と驚くシロくん。私と一緒で涙ぐんで見守っていたのに、急に振られたらそりゃあ驚くよね。でもカゲくんの無茶ぶりなんて、シロくんにとっては日常茶飯事の出来事の一つ。
「しょうがないな……みんな、お年玉の備えはできてるな?」
どや顔で言うけど、シロくんごめん。私、お年玉もらってない……!
◆
さて――……十組は困ったことになっていた。
ミナトが持っている刀が剣に変わっている。ごつくて渋い鞘に入っているそれは、ミナト曰く聖剣だという。一体お前に何があった。いつもからかうユニスは、
「天使、別にいいじゃない。放っておけば」
とか言うし。いやいや。放っておけないだろ。休みに何があったんだ。男子三日会わなきゃなんとかっていうけど、変わりすぎだろ。
それにもう一つでかい事件が起きてる。
「少人数制のクラス……残念。ロリコン野郎はいそうにない」
小学生がいる。もとい、小学生にしか見えない女児がいる。
自己紹介は済んでいる。暁アリス。喫茶店でそもそも紹介されてるから知ってはいたが、しかし驚いた。まさか同じクラスになるとは。
先輩の妹さんなんだけど、尖りすぎてないか? 十組の人選ってどうなっているんだ。
「暁さん、っていうべき? それともアリス?」
一つ席を後ろに動かして最前列になったアリスの背に呼びかけると、彼女はふり返りざまにどや顔を見せつけてきた。なぜどや顔。
「友達ならアリス。クラスメイトなら暁さん。さあ、お前の選択を教えろ」
「何キャラなんだ、それは。じゃあアリスで。こっちのことは覚えた?」
「あなたはプリティプリンセスキラリ」
「ぷふっ」
ユニスが盛大に吹いた。
「色黒鬼野郎トラジ」
「ぶはっ」
次にリョータが撃沈した。
「健気な乙女心は無限大コマチ」
ごめん、私も無理だ。トラジも妙につぼに入ったのか、肩を震わせている。
「残念似非英国魔女ユニスと、剣が露骨すぎてキャラ食われかねないミナト」
くっそ。ピンポイントで捉えてくるな。やめてくれ。死んでしまう。
「あと……変身前野郎リョータ」
「お、俺って変身できるのか」
ふふん、とどや顔を見せるアリスにみんな面食らっている。私もだ。
「そして私は兎さんを追い掛けるアリスです。どうぞよろしく」
「どんな自己紹介なんだ」
「どや」
「どやるタイミングなのか?」
「どや?」
「わかったから」
アピールしてくるな。この学校に入ってから何人もの変な奴と会ってきたけど、アリスは中でも群を抜いている気がする。
妙なクラスになってきたな。それはそれとして……。
「ミナト、前に行ってた入試の時に見た女子ってアリスのこと?」
「あ、ああ……間違いない。ちびっこすぎて覚えてる」
「おお……ロリコン野郎の香り」
「しねえよ! 俺の下限は同い年だ!」
アリスの返しにミナトが急いで否定してる。それからちらちらとユニスを見るのだが、対するユニスは気づかず自分の本を開いて眺めていた。片思い感はんぱなし。
「……まだ恋は実らず」
「うるせえよ! ほっとけ!」
「そっちの二人はいい香りがします」
今度はコマチとトラジを交互に見る。
「ミナトと同じだ。ほっとけ」
「……ごく」
「よせ、コマチ。期待するな」
じーっと見つめるアリスにトラジの顔が強ばる。
「な、なんだよ」
「……これは放置した方が面白い香り」
私は内心で叫んだ。いや、突っ込んでくれ。そこの二人の進展、地味に気になってるから!
しかし声には出せない。リョータと地道に恋愛一年生をやっている私に視線が向くのは困る。
「そっちはからかう段階じゃないのでスルー」
「おい!」
しまった。一瞥してからのアリスの退屈そうな声に思わず突っ込んでしまった。
やばい。みんなのにやにや視線が私に向けられる。ユニスなんか嗜虐的な表情が隠せてないぞ。よせ、そういうのは。
「……こほん。アリス、刀は? それとも刀鍛冶?」
「どちらでしょうね。どちらでもいいかも」
「いやいや。緋迎兄弟じゃあるまいし。どっちかにしてくれ」
「んう?」
「なぜかわいこぶる」
小首を傾げるな。子供にしか見えない女子にやられても反応しないぞ、私は。
「ごまかす理由がわからない」
「まあまあいずれ」
「キラリ、一体なにを振り回されるんだか。どっちの資質にも目覚めてないだけでしょ?」
「おう、魔女の鋭い一撃。残念は撤回します」
ユニス、よかったな……まあ私たち十組においてアンタは未来永劫残念でいいけどな。その方が愛嬌があって可愛いし。ということは、アリスの今の発言はフラグか? また残念がつくためのフラグでしか過ぎないのか?
「ちょっと、キラリ……変な顔をして睨まないでちょうだい」
「おっと」
つい睨んじゃってたか。ごまかすつもりで咳払いをしてから尋ねる。
「こほん……それで? 今日は他に授業ってあったっけ?」
「いや、特にはなかったはずだ。あとは寮に帰るなり、部活に出るなりご自由に」
トラジの返事に唇を尖らせる。
「せっかく久々の学校なのにイベントなしか」
「いや、始業式ってイベントがあっただろ」
ミナトのツッコミに言い返す。
「身体を動かしたいんだ。なんかないわけ」
「いや俺に言われても」
「鬼ごっこでもしてきたら? ミナトは聖剣の扱いに慣れる必要があるし、ちょうどいい」
ユニスの言葉に小学生か、とミナトが言い返す。
けど……そうか。そうだな。鬼ごっこか。悪くない。
「やろう、それ。星の扱いにもっと慣れたいし……ミナトを捕まえるくらい楽勝だし?」
わざと挑発すると、ミナトは大仰にため息を吐いてから席を立つ。
「しょうがねえなあ……すぐに捕まえてやる。不可抗力で変なところに触れる覚悟で!」
「さいてー」
ユニスがすかさずツッコミを入れるだけじゃない。
コマチがミナトを凝視して呟いた。
「えっちなの……だめ」
「……はい」
さすがにコマチには勝てないか。まあ、口数少なく言われるときついものがあるよな。
まあいいや。トラジが立ち上がり号令を発する。
「やろうぜ、早く」
「変身に挑戦しよう!」
「腕が鳴ります……ふふ」
アリスまでもがやる気だ。いいじゃないか、そうこなくては。
「遊び……楽しみ」
小走りで教室を出るコマチの背を追い掛ける。
楽しんでいこう。春灯が暗い顔をしていたから巻き込んでおくか。
マイナー調は似合わない。厳しく暗い状況にアイツがもし立たされているのなら。
笑顔こそが切り開く力になるって思い出してもらわないとな。
つづく!




