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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十一章 一月のシンクロミタマ

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第三百三十二話

 



 ベッドの上にお互いに向き合って座るの。なんだけど。


「せ、正座がいいのかな」

「……作法的にはどうなんだろうな。俺もこういう形で試したことはない。あくまで……禍津日神に呑まれたお前の一件くらいだ」

「儀式って言うからにはやっぱり、正座だよね?」

「その、本来なら緊迫するべき状況で言うのもなんだが……足、痛くならないか? 俺は父さんの修行で慣れてるけど。ハルはつらいんじゃないか」

「おう……正直苦手ですよ」

「だよな」


 なんとも落ち着かない。刀を両脇に並べて女の子座り。

 鞘から刀を抜き放つ。それはいい。

 だけど隔離世にいる状態で貫くのはあまりに意図的すぎる。


「痛くないのかな」

「痛いだろうな」

「えっ」

「本来……霊子を切り裂く力だからな。現世で現世の刀を胸に突き刺すのと基本的には同じだ」

「……アウトなのでは?」

「だが同時に今の俺たちは霊子体で、刀もまた霊子の塊だからな。相手の霊子を受け入れることができたら、内部に取り込むことも可能だ」

「学年別の戦いで……コナちゃん先輩がやってたやつ?」

「そうだ。ラビの刀を飲み込んで、心と混ざり合っていたあれだ」

「やっぱりとってもいやらしいのでは?」

「真顔で言うな」


 おう……怒られてしまいました。


「整理すると……カナタの心と夢を受け入れる。痛いかも……死んじゃうかも?」

「その逆もまたしかりだ」

「……でも私とカナタならいけるかなって思うので。むしろその後が気になるかも」

「後、というと?」

「刀は御霊やどりし依り代てきなところがあるのでは!」

「どや顔でまたなかなか鋭いところを突いてくるな。まあそういう側面もある」

「ならならそれなら、カナタの御霊は私の中と繋がるし、その逆もまた然りなのでは!」

「む」


 カナタが顎に手を当てて俯く。


「正直……成功例を誰かに聞いたことがないから、なんともいえないが。可能性はあるな」

「カナタも九尾になれるかも?」

「……それよりも理想的な可能性があるんだが」

「なあに?」

「……いや、今は言うまい。どうせ繋がればわかることだ」


 ぱちぱち、とまばたきする私をカナタは感慨深い顔をして見つめてくる。


「動機はできた。やるぞ、ハル」

「ん! どんとこいです! それじゃあちょっと待ってね?」


 ブラウスやトップスをそっと脱ぐ。

 ブラも外してしまおう。


「今更つっこむのもなんだが……恥じらいはどこへ」

「狙いが逸れる方が問題だし、だいたい見慣れてるでしょ? とにかくカナタも脱ぐといい」

「……何度見たってどきどきするし、見慣れる気もしないけどな」

「お? お? これは寮に帰ってからの布石なのでは?」

「余計なことを言った。急げ」

「はあい」


 そもそも黒い染みが広がりすぎて色っぽさの欠片もないんだけどね。

 金色と漆黒の拮抗は、けれど漆黒にやや分がある。痛みはない。代わりにけだるさが広がる。確かにこれに呑まれたら心臓さえ動くことを面倒がって死に至るのかもしれない。

 けだるさに刺激されて麻痺しているのか、恐怖は思ったよりも少ない。なによりカナタがいて、私を助けようとしてくれている。だからなんとかなる未来しかイメージする気はなかった。

 だいじょうぶ。私、助かる。それだけ考えていられればそれでいい。それ以外は今は邪魔。切り捨てていくよ。一意専心だ。


「じゃあ……私の金色、カナタの銀白からいこう」

「わかった」


 タマちゃんの刀を手にして、カナタの心臓に切っ先をあてがう。

 私の夢。美しさの化身。女の幸せ。輝かしい力。妖しい魅力。人ならざる可能性。そのすべて。

 対するはカナタの夢。清廉の化身。少年の英雄願望。邪を祓う力。純粋な魅力。人であるがゆえの力とその可能性、すべて。

 私の心臓にあてがわれた切っ先。


「――……いくよ」

「――……こい」


 見つめ合い、口づける。

 ほとんど同時に刀を差し入れた。

 広がっていく。カナタのこれまで抱いた夢、シュウさんの背中に見た憧れ、ソウイチさんに抱く最強への憧れ。邪に呑まれるサクラさん、コバトちゃん。救いたいという気持ち。

 膨らんでいく。

 暴走する禍津日神を手にして邪に呑まれた私を救いたいと願うカナタの願い、そのものが。

 その先にある。穢れを許さない、強い思い。未熟は許す。修練を認める。けれど怠惰と乱れを許さない。浮ついた気持ちも、大罪を犯すことも。だから――……伝承にある乱れたタマちゃんの黒歴史さえまるごと肯定する私の色欲が悲鳴を上げる。

 痛いんだ。すごく。

 これを受け入れるやり方は日頃二人で過ごす夜で体得してるよ。私は確かにカナタと愛し合うことに躊躇いがない。満たされる感覚、肯定される感覚を求めてる。精神的なものだけじゃ足りないと思ってもいるし。

 カナタとしたいのはすべて、愛情の確認。お母さんに止められるまでもなく、それ以上先に進む気は元々ない。今はまだ、私たちが高校生で……学生でいる内はね。

 だからだいじょうぶ。愛情を確認しあえるだけで問題ない。今はキスしている。それだけで十分。痛みはすぐに消えて溶けていく。暗闇、漆黒が晴れて溶け込んでくる。


『――春灯』


 いつもうるさくしてごめんね、ミツヨちゃん。

 うちの二人……特にタマちゃんとは相性が悪いかもしれないけど、私の中に来てくれる?


『神の狐と既になった身ならば、切り払う必要もなし』


 ありがと――……。


「――……よし」


 カナタの声に瞳を向ける。手の中にある柄の先は失われていた。

 気づいたときにはもう、カナタの心が飲み込んだんだ。

 その証拠に、カナタの頭の上に狐耳が生えている。お尻を見れば尻尾が一本生えてるよ。


「……まだ一本だね。どや?」

「尻尾の優劣は数じゃない」

「おう。まさかのどや返し」


 深い切り返しに唸りつつ、自分の胸元を見下ろした。押され気味だった金色は大典田光世を受け入れることでようやく均衡を取り戻している。しかし祓うには及ばず。


「カナタ、だいじょうぶ? ……次、いける?」

「俺としては次が本命だからな。それにしても……玉藻のそれは俺には毒が強い」

「タマちゃん肉食系ですし、私も肉食系ですし」

「……草食を気取るつもりもないんだが。お前に関してだけは、俺は肉食系でいるからな」

「え……わわ」


 肩をそっと取られて押し倒された。どきどきする。攻めてくれるノリだ。いつもの夜ならあまあま大増量到来のチャンス!

 だけど……今はそれどころじゃない。だから十兵衞の刀を取る。私の腰上に乗っているカナタを見た。カナタもまた……閻魔姫の刀を取るの。漆黒に燃える刃を。

 その圧力たるや尋常じゃない。霊子が震えてる。尻尾がびんびん感じるよ、その刀の霊子を。


「う、ううん……この体勢だと緊張しすぎちゃいます」


 具体的にはマジで死にそう。受け入れられるか自信ないし、痛いばかりになりそうです。

 展開的には燃えるよ? そりゃあね。

 漆黒に燃えてる刀なんて、憧れの的だもん。

 だからって……初めてする時みたいにこられると身構えすぎてやばい。明らかに超絶痛そうであります……!


「体勢の問題か?」


 おう。緊張しすぎてつい。でも引けない。


「肉食アピールわかったから……上がいいな」

「恥じらうところじゃないか?」


 ああ! カナタが半目! ゆるしてくだしい。


「私けっこう上もいけるよ?」


 自爆し続けてる感じが激しくしますが。


「……知ってるよ。じゃあリードを任せよう」

「はあい」


 照れる返しをされて、てれてれしつつそっと寝転ぶカナタの腰上にまたがる。

 十兵衞の刀をカナタの胸にそっと押し当てた。

 私の最強。折れない心。祈ればどこまでも届く象徴。どんな圧力にだって屈しない意思の強さの塊。

 対するは地獄の姫。私とよく似た人らしい。死んだ人を裁定する存在。カナタが修行で手にしてきた、カナタにとっての最強。遊びのない一途な努力家のカナタが手にした、遊びの象徴。清いだけだったカナタが手にした濁りであり、影の部分。

 受け入れられるかな。ミツヨちゃんと同じ女の子。前にちょっとケンカしちゃった子。

 カナタがあてがう切っ先をそっと胸に当てる。お互いにうなずき合って、切っ先を進めた。

 ミツヨちゃんの時とは比べものにならない激痛が走る。


「――う、」


 十兵衞を飲み込むカナタは普通だ。むしろタマちゃんの時よりも楽そうなのに、私は逆。

 痛い。痛すぎる。なんで?


『――……我がお前を拒絶しているからだ』


 埋められた刀は私を切り裂いていた。溶けようとさえしない。ただただ私を傷つける刃。カナタの最強、夢、願いなのに。なぜ。


『結局……ここから始めなければいけないわけだ。この手を使うとは……シガラキめ、後で覚えてろ』


 声が聞こえる。閻魔姫の声だ。刀の御霊の声。ちゃんと聞こえる。

 私の顔と胸から溢れる霊子に気づいてカナタが手を止めようとする。その瞬間、


『だめだよ、カナタ。手を止めるな……恋人を助けたいのなら、やるしかない』

「しかし!」

『わかっているんだろう? 大典田光世だけでは足りないと』

「だが――……ハル!」


 呼びかけられて、深呼吸をする。形を探るの。ミツヨちゃんの時の要領を必死で思い返しながら、刀を感じる。全力で。尻尾がばちばち鳴る。私の周囲に狐火がいくつも浮かんでくる。無我夢中だからどうしてそうなっているのかわからないけど。構わない。

 あなたを理解するために、私は全力を出すよ!


『……まったく。焼き尽くされない覚悟だけは決めておけよ?』


 どんとこい!


『じゃあ……もう少し痛みに耐えてみせろ。カナタは乗り越えた。春灯、お前にできるかな?』


 やってみせるよ!


『ならば――……覗いてみせろ。我の深淵を』


 痛みが溶けて燃えていく。私の身体全体を包み込むように。私の身体に普通に突き刺さった刀身が溶岩のように灼熱に溶けて流れ込んでくる。瞬間的に視界が眩んで、身体が落ちていくような錯覚を抱く。カナタの上にいるのに。

 流れ込んでくる。書類の束、山ほどの名前たち。数え切れない鬼たちの顔。裁定した人の辿った運命を見送る瞳の主の過去。ミツヨちゃんの時には見えなかった、御霊のすべて。

 通り過ぎていく。


『我は地獄に産まれた! 現世のことなどもう関わりのないことです! 我の母は、あなたです!』『王よ、あなたの責務、我が立派に果たしてみせます!』

『この冬音が!』


 その名前を聞いてもがく。必死に理解しようと心を広げる。


『――……なあ、クウキ。現世は何度見ても、遠いな』

『……弟ができたのか。トウヤ……冬をあげたのか。そうだよな……越えていってくれなきゃ、つらすぎる』

『……――見れば見るほど、いつもあほだな。我の妹は。いや……関わりなどないのだ、もう。春灯と出会うことなど……あいつが死ぬまでないさ』


 涙が浮かぶ。まさか。まさか。


『いやああああああああ!』


 お母さんの絶叫が聞こえた。


『――……あの時、生きたいと願った。けど、産まれたのはお前だけだ、春灯』


 その声に身体中が引き裂かれるような痛みが走る。溶けそうだ。思いの熱が高すぎて。それは恨みだった。ねたみだった。羨む気持ちが強すぎたし、同時に誇らしげな気持ちさえあった。

 当然だ。現世と地獄、運命は分かたれた。露骨なほどに、生死を分けた。

 最初に浮かんだのは憧れ。

 私が望む姿――……漆黒の炎を操る、一人称が我の強すぎる姿。その背中の持ち主が。まさか――……私の双子だったなんて。

 嘘みたいだ。

 まるで出会いを求めていたかのように、私はずっと堕天使ぶっていた。けどその頃にはもう、彼女はその強さを手にしていた。

 ねたみはある。羨む気持ちなら私にだってある。けど埋められない。生死の壁は埋められない。普通なら。

 けど私たちの縁はもうとっくに普通じゃない。

 だからその先にある願いを探る。

 仕事ばかり。現世に未練があるのではと気遣う閻魔王たる父親と母親に、あなたたちの娘で幸せだと、素質は確かに宿っているんだと証明するかのように、全力で仕事に打ち込むばかり。

 青春はない。それ故になのか、遊びを求める。退屈を嫌う。

 なるほど、カナタにこれほど似合いな理想はない。士道誠心の、いい意味での突き抜けたばかっぽさが足りなすぎるカナタに、遊びを求める最強の彼女ほど似合いの御霊はいないだろう。

 ソウイチさんは喫茶店をしている。シュウさんもあれで五月の病の一件以降は呑んだりして遊んでいるようだ。サクラさんは強い侍である以前に、まぶしすぎるくらい最強のお母さんだ。

 だけどカナタの趣味はおそばと刀鍛冶のことだけ。その二つもとっても素敵だけど、もっと遊んでいいはず。

 遊びは大事。すごく大事だ。夢を見て掴んだ資質の形が刀なら、夢にはもっと遊びが必要だ。戦うだけが能じゃない。振りかざすより下ろしてできることを探していいはず。

 その共感を突破口にしようと挑む。けど、痛みは強く広がるだけ。


『違う。違うぞ、春灯……我を受け入れたいのなら、呼べ。地獄の姫の名を』


 痛みを伴う。呼んでいいのか戸惑う。その名前は私にとって、ううん。私の一家にとって、意味がありすぎる。

 閻魔姫として呼ぶのなら……受け入れなきゃいけない。もうどうしようもないかつての死を。生きて一緒に現世を過ごす可能性はとうに失われていることを。


『いいや……カナタが結んだ縁を思え。玉藻たちと過ごす日々がお前にはある。それならば――』


 一緒に過ごせる?


『可能性はあるな』


 ……過ごしたいと思ってくれる?


『それは要相談だ。のんきに生を謳歌するお前を我は手放しに妹と認める気はない』


 ……っていうかさ。っていうかさ?

 双子なんだし産まれたの私が先だったわけで、それなら私の方がお姉ちゃんでは?


『格では我が上だ。我の姉になりたければ地獄に来て姫になって出直してこい』


 くぬぬ。それを持ち出されると!


『よし。ならば我が姉、春灯は妹決定な』


 うー。微妙に納得が。


『死にたいなら強情を張ってもいいぞ? ほれ、我の漆黒はお前の金色を燃やすことなどたやすいぞ?』

「あちちちちちち!」

「やっぱりやめるしかないか――」

「それだけはだめ!」


 あわてるカナタが見える。くそう! もうこうなったらやけだ!


「冬音お姉ちゃん! 助けて!」

『まあいいだろう。塗りかえるぞ、お前の中に残った漆黒すべて、我の漆黒に!』


 身体中が燃えさかる。噴き出る黒い炎に包まれて、一瞬で残った刀が飲み込まれた。

 私の折れない心を飲み込んだカナタを見つめる。

 黒い炎に包まれて喘ぐように酸素を求める。けれど歪なものを衣服ごとすべて燃やし尽くして、肌が漆黒に染まった。瞬時に吹き出してくるの。衝動が。


『さあ、お前らしく輝いてみせろ! 既に光を掴んでいるのなら――……春灯!』

「うあああああ!」


 たまらず叫ぶ。その勢いに任せて金色がどこまでも噴き出てくる。

 肌は元通り。全裸になっちゃいましたけど。黒い染みもなくなってる。心の中に感じるよ。お姉ちゃんの御霊を。


「ああ――……ふあ、けふっ」


 吐き出す煙は真っ黒け。


「無事……なのか?」

「……みたい、だよね?」


 自分の身体を念入りにチェック……する前に。


「ちょ、ちょっとあっちむいててくだしい」

「す、すまない」


 あわててそっぽを向くカナタには申し訳ないけど、落ち着いちゃうと恥ずかしいよね。

 っていうか必死に自分の身体をチェックするところなんてみっともなくて見られたくない。

 脇も背中も腰回りも問題なし。内腿とか膝裏とか、爪も全部元通り。尻尾の毛がちりちりになってるのが悲しい。燃えちゃった名残がちょっぴり残ってる。


『それくらいで済ませてやったんだ、感謝しろ』


 ……お姉ちゃん意地悪。


『気さくに絡むなよ。我はまだなれ合う気はないからな。早くカナタの中に戻せ』


 はあい。

 布団は無事なの謎。お姉ちゃん、燃やしたいものだけ燃やしたのかなあ。

 とにかく掛け布団を纏ってカナタを呼ぶ。ふり返ったカナタの胸に手を当てて引き抜いたよ、私の二本を。カナタも同じようにする。だけどなんでかな。胸の内に感じるの。カナタの二本との縁を。

 ……もしかして、だけど。


「お姉ちゃんの刀、出せるかな……えい!」


 胸に手を当てて引きだそうと念じる。抜きはな――……てないね。でないよね。


『気やすく呼ぶな』


 心の中から聞こえるよ、お姉ちゃんの声が。

 カナタを見る。カナタには今の声が聞こえてないみたいだ。


『縁は繋がった。玉藻たちと同じように話せはする。だが我はあくまでカナタの御霊だ。じゃあな』


 それっきりだ。あれえ? お姉ちゃん気むずかしすぎない?

 ミツヨちゃんはどう? 声、きこえてる?


『まあな。彼女は面倒がっているようだが』


 むー。なにゆえに。


『まあ……縁が縁だからな』


 十兵衞はお姉ちゃんの肩を持つみたいだ。


『……姫はあれで難しい気質じゃからな。お主も感じたじゃろ? お主への複雑な感情を』


 まあね。タマちゃんの言うとおりかもしれないけど……縁は繋がったんだし、前向きに付き合っていきたいけど。難しいのかなあ。


『お主ほど前向きに切り替えられないんじゃろ。何年も抱えてきたわけじゃしな』


 ……私だって簡単に思ってるわけじゃないんだけど。

 っていうかタマちゃん、まるでお姉ちゃんのこと知ってるみたいな口ぶりだね?


『地獄暮らしは長いからのう』


 ふううん。


『妬くな、妬くな』


 べつにい? いいですけど。


『ふてくされるな、ハル。カナタの中にいるのだから、いつでもわかりあえるだろう。それよりも、身体に問題はないんだな?』


 十兵衞……ないよ? ないはず。自分で確かめた限りでは。


『霊子を放っても問題ないか?』


 おっと、そうだった。

 手のひらから金色を浮かべてみる。けど痛みなんてない。まるで問題なし。

 あと確かめる方法といったら、そうだなあ。


「ねえ、カナタ。私……だいじょうぶそう?」


 呼びかける。みてもいいか、という問い掛けに頷いて、恐る恐るカナタに見てもらうの。

 霊子を注いでみてもらって……ちゃんと確かめてもらった上で、問題ないってわかった。

 裸で見つめられるのどきどきするね。顔が近くにあるから思わず見つめ合っちゃって……変な空気になって、


『見せつけてくれるなあ、まったく。そんなことをやってる場合か』


 お姉ちゃんのツッコミが聞こえて思わずお互いに視線を逸らす。


「そ、そうだよね。今はそういうタイミングじゃないというか」

「父さんたちが下で待っているわけだしな」


 あははは、と乾いた笑いを放ちながら現世に戻してもらうのでした。

 がっかりなんてしてないからね? してないったら! ……ちょっとしか!


 ◆


 緋迎家の離れの上から見つめながら、二人は顔を見合わせる。


「あーあ。春灯のオモテなら一番おおきな欠片を出せたはずなのに失敗しちゃったね。けどやり直せるさ。らくしょー、らくしょー!」

「さすが我のお姉さま!」

「いやいや。燃やされちゃったら困るの私たちだから」


 顔を見合わせて俯く。ポーチの中を見下ろした。

 黒い御珠は六つ。あと一つは欲しい。願いを叶える龍が出てくる数はあと一つ。

 きっとなにかすごいことが起きるはず。

 わくわくするのに、あと一つが見つからない。だからこそ、青澄春灯はいい要素になるはずだったのに。


「鬼が邪魔だね」

「我が倒す?」

「よそう……戦って勝てる相手じゃない」

「……お姉ちゃんがやってもだめ?」

「消える覚悟がいるなあ。でもそれはいやじゃん? ずっといたくて暗躍してる節あるじゃん?」

「うん……」

「ずっといたいのに、夢が叶わないのはいやじゃん?」

「やだ」

「だから……曇ってる奴を探そう。強いけど曇ってる奴。きっとすぐに見つかるよ、あそこで」

「あそこ……はっ!? 我の学校がはじまる!」

「それな、まさに都合よし。じゃあそろそろ行くよ」

「うん!」


 二人は飛んでその場を離れていく。

 鳥が羽ばたいた。黒い御珠が歌う。邪を吐き出して、二人は向かう。士道誠心へ――……。


 ◆


 シガラキさんが庭を見ていたから何かあったのって聞いたけど、別にといって教えてくれないのです。カナタが疑わしげな視線を送るけど、涼しい顔。

 ううん。一筋縄ではいきそうにない相手。


『気をつけた方がいい』


 お姉ちゃんの同意の声も聞こえる。私の中でタマちゃんが笑ってる。

 なんだか楽しげ。いいなあ。だけど私の中で確かにお姉ちゃんが警鐘を鳴らしている。シガラキさんって何者なんだろう。地獄の鬼っていうけど。みんな手強かったりするんだろうか。

 私の視線に応えるようにシガラキさんは微笑みかけてきた。むう。怯んじゃう私だよ!

 すぐにシガラキさんはカナタに視線を向ける。


「カナタさん。これから学校が始まるんでしたっけ?」

「あ、ああ……そうだが」

「あなたたちの学舎で、いろいろと事件が起きるかもしれません」

「なに?」

「起きないかもしれません」

「いや、そこはどっちかにしろ。そこを曖昧にするな、大事なところだろう。ふわっとするな……頼むから」

「たぶん起きるかもしれないし、起きないかもしれない」

「なんでふわっと発言をわざと繰り返すんだ」

「どきどきする方が面白くないですか?」

「不安になるだけだ」

「言えてますね、それ」


 渋い顔をするカナタを指差すシガラキさんのどや顔、なんだろう。既視感あるなあ。

 勇者の旅を案内する仏かな?


「シュウさんやソウイチさんたちにはすぐに直接関わりはないでしょう。地獄は……まあ、現世に起きる変化が最小限に留まることを願っています」


 肯定する感覚がお姉ちゃんから伝わってくる。


「ですがカナタさん、青澄さんと二人で今日繋いだ縁があれば乗り越えられるでしょう。私の任務も姫へのご奉仕も兼ねて、晴れて達成というわけです」

『嫌がらせの間違いじゃないか?』

「いえいえ。先延ばしにする若人へのお節介ですよ」

『嫌がらせじゃないか』

「ふふ」


 お姉ちゃんの声は外に発信されてるわけじゃないのに、シガラキさんはちゃんと会話を成立させている。並みの存在じゃない。


「さて……動物園と水族館をはしごするように観光して帰ります。お騒がせしました……それでは」


 なぜに動物園と水族館しばり。

 しずしずと出て行くシガラキさんをサクラさんがソウイチさんと二人で見送る。

 難しい顔をするシュウさんは、すぐに頭を振ってカグヤさんにフォローしていた。驚かせてばかりだし騒がせてばかりですまないって。


「……おうた、また聞こえなくなっちゃった」


 コバトちゃんの呟きにカナタと顔を見合わせる。

 もう一度、いそいで隔離世へ行ったら妙に邪が多かったので退治した。

 身体の感覚はすこぶるいい。快調だ。けど新たな力が宿った感じはしない。

 刀や御霊の力と同じで、窮地に陥らないと掴めないのかな。

 縁は宿った。けどその先はお預けってことなのか。

 もどかしいなあ。

 とはいえシガラキさんの言うとおり、学校が始まる。

 それになにより……お姉ちゃんとの縁が繋がった状態でうちに帰る。イベント盛りだくさんだ。

 私には化け術があるもん。お姉ちゃんの御霊を引き出して出すことくらいできるよ?

 会わせられる。お母さんに。


『――……それをしたら、お前が死んだときに最悪の地獄へ飛ばす』


 お、お姉ちゃん! なんで?

 お母さんきっと喜ぶよ? 話せたら、きっと乗り越えられること山ほどあるよ?


『今はその話をする気分じゃない。いいな? 我が言うまで、二度と言うな』


 ……なんで?


『くどい……どんな顔で会えばいいかわからないんだ。我の母はもう、こちらにいるのだから』


 でも……現世でお母さんが産んだのには違いないよ?


『……考えさせてくれ』


 ……もう。


「ハル」


 カナタに呼ばれて我に返る。討伐は済んだ。

 刀をカナタに預けながら、恋人の顔を見つめる。

 私と話すお姉ちゃんの声はたぶんきっと、聞こえていたんだと思う。


「……いつもなら、迷わず言う。お前のやりたいようにやってみろ、と。けど彼女の苦しみを知ってしまうと二の足を踏む」


 カナタの言う迷いこそ、みんなが……誰よりお姉ちゃんが抱く気持ちなんだと思ったの。


「きっと答えなんてない。ただ……考えて、探してみてくれ。俺はお前の味方でいるから」

「うん」


 頷いた。

 答えのピースはもう……手の中にあると思ってる。考えて……ちゃんと把握するの。

 あとは行動するだけだよ。結論は……出てる。何度考えても変わらない。

 カナタに寮での再会を誓って、緋迎家を立ち去る。

 夜になって、八時が近づく。お姉ちゃんがそろそろ寝るって伝えてくる。ミツヨちゃんが教えてくれるの。いつも彼女は夜八時には寝ちゃうんだって。タマちゃんが補足するよ。力が強すぎるが故に制御するのに疲れちゃうんだって。

 憧れる要素てんこもりだ。さすが私のお姉ちゃん。魂の片割れ。

 産まれたときに分かたれた縁。だけど繋がった。どんなに違う人生を歩んできたとしても、どんなに遠くにいるとしても……今はもう、繋がった。

 ――……叫んでたよね。地獄のお父さんとお母さんに、自分はあなたの娘だって。

 同じように……訴えていた。そばにいる人に。


『――……なあ、クウキ。現世は何度見ても、遠いな』

『……弟ができたのか。トウヤ……冬をあげたのか。そうだよな……越えていってくれなきゃ、つらすぎる』

『……――見れば見るほど、いつもあほだな。我の妹は。いや……関わりなどないのだ、もう。春灯と出会うことなど……あいつが死ぬまでないさ』


 寂しがりながらも、私を思ってくれていた。トウヤのことを知ってくれてた。お母さんのこと、見てたんでしょ? なら……お姉ちゃんの答えは、複雑な気持ちの奥底にある単純なたった一つの願いはもう、見えてるよ。淡く光る金色のお星様はもう、見えてるの。

 家の前について、葉っぱを取り出す。

 それをお姉ちゃんに変えるの。


「何の冗談だ?」

「ううっ……」


 私をすぐに睨んだ。首根っこを掴んで、軽々と持ち上げた。締まる首筋に、けれど悲鳴はあげない。ただ両手でお姉ちゃんの腕を支える。


「よせ、と言ったよな」

「……迷うくらいなら、覚悟決めてよ」

「なに?」

「過ぎた縁だと区切るなら、死んだ人らしく笑って背中を押してみせてよ!」


 言った瞬間にお腹を蹴られた。全力だった。気づいた時には塀に全身を打ち付けていた。すごく痛い。激情を誘ったんだ。わざと。ひどい言葉を選んだ。

 これくらい、当然の報いだ。泣くほど痛いけど、それでも構うものか。


「でも忘れられない絆なら、素直に甘えてみせてよ! あなたが地獄にいこうが、閻魔姫になろうが!」

「――……」


 歩み寄ってくる。拳に漆黒の炎を宿して。殺意が宿る瞳が赤く燃える。

 ああ。カナタが彼女を御霊にしたことは本当に奇跡的。

 中学生の頃の私が夢見た最強そのままの姿が私を殺しにやってくる。

 それでも言わずにはいられないんだ。


「あなたはどう足掻いても、私のお姉ちゃんなんだ!」

「黙れッ!」


 飛んだ。拳を振り下ろそうとする。そのお姉ちゃんの動きが、


「春灯? ――……あなたは、」


 お母さんの声で止まる。

 お姉ちゃんの顔が強ばった。振り返れない。嘘だ。振り返ろうとするべきかどうか、迷っていて震えている。


「……あなた、は……あなた……」


 よた、よた、と。それはやがて駆け足になって、飛びつくの。

 お母さんがふり返らせた。それを、強すぎるお姉ちゃんは拒めなかった。

 わかるはずない。

 お姉ちゃんは私とそっくりなんだ。

 人を化かす術を持っていることをお母さんは知っている。

 だから私が作った分身だと思われても仕方ない。そのはずなのに。


「……冬音、なの?」


 わかっちゃうんだ。お母さんだから。


「そうなのね? ……いい、言わなくていい」


 そっと抱き締める。抗う術なんてない。娘に、お母さんの本気の愛情を拒める術なんて、あるはずないよ。

 強く抱き締められて、お姉ちゃんは結局何も言えなかった。

 もしかしたら――……ずっと探していたのかもしれない。

 なんて言えばいいのか。

 閻魔の姫になったら、死者と出くわす仕事をする。いつかお母さんやお父さんと出会った時に、なんて言えばいいのか……ずうっと、お姉ちゃんは探し続けていたのかもしれない。

 現世で生きていたらあり得ない出会いは、けれど私に起きた山ほどの奇跡や、サクラさんのような事例を経てお母さんの理解をちゃんと救うんだ。


「わかってるから」


 お母さんのその言葉にはね? 確信しかなかったの。

 お姉ちゃんが苦しんで、悩んで、つらかったこと。ちゃんとわかってるっていう……確信しか、なかったんだ。




 つづく!

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