第三十三話
真夜中。
時計の針が零時を指す頃、私たちはバスに揺られて駅前から少し離れた駐車場に到着した。
ねむたい目を擦りながら、刀に触れているとライオン先生が声を上げる。
みんなでずらりと並んだ。
ここにいるのは私のクラスとトモ、そして狛火野くんをはじめとする一年生代表四名。
そしてラビ先輩とユリア先輩を筆頭にした二年生、ざっと三十人ちょっと。
総勢六十名くらいいる。他にもバスはいたんだけど、たくさんのバスは途中で違うところへ行っちゃった。なのでたくさんの先輩たちも出発したけど、今ここにいるのは三十人ちょっとだけ。
迎えるのはライオン先生とニナ先生。
「一年生諸君は初めての体験となるであろうから、我らが説明する。心して聞け」
ライオン先生の言葉にみんなが背筋をぴっと正した。
それもそのはず。
タンクトップと迷彩ズボン姿が嵌まりすぎている。
「これより、邪なる御霊の浄化を行います。あなたたちの刀で邪を討つのです」
「斬ればいい。しかし邪なる御霊は抵抗し、諸君に攻撃を仕掛ける。百聞は一見にしかず……」
「それ故に一年生は見学。二年生の志願者は……今日が先達のいない初めての出陣となります」
「くれぐれも勝手な行動は慎め……と、二年に言う必要はないな?」
ライオン先生の言葉に二年の先輩たちが一斉に足を揃えて「応!」と答えた。
中学生の頃に見た街を歩く高校生とは何かが違う。
それだけ先輩達にとっても、今日は特別なのかもしれない。
「一年生は勝手な行動を慎んで。御珠の力を発動するためあなたたちはこれより霊子になり、剥き出しになる。邪なる御霊に取り憑かれでもしたら、大けがではすみません」
桜の着物姿のニナ先生は、授業で見せるような柔らかさなんてどこかへ捨てたかのように厳しい顔で私たちを睨んだ。
「よろしいですか?」
「返事は」
「は、はい!」「了解です!」「うっす!」「おう!」
先輩達に比べたら揃ってないけど、それでもみんなライオン先生の呼びかけに返事をする。
「では、まいります」
ニナ先生が足下においたカバンから、御珠を取り出した。
綺麗な水晶玉にニナ先生が何かをささやきかける。
「――……展開します」
すると水晶玉から虹色の光が放たれて、それは大きな波のように私たちを押し流した。
何かがぶつかるような感覚はない。なのに、背中が引っ張られるような不思議な気持ち悪さ。
溺れ、何かを掴もうと手を伸ばして――……何も掴めずに地面に這いつくばる。
くらくらした気持ちで身体を起こして、次に見た光景に息を呑んだ。
みんないる。ライオン先生も、ニナ先生も。
けどその周囲に山ほどいるの。
もやもやした黒い塊が、数え切れないほどね。
「マジ会社だりい」「ああ……痴漢してえなあ。女体に触れたい……」「あの客マジむかつくわ」
そんなことをもやもやが口々に呟いている。
呟くたびに吐き出されたもやは空へとのぼって、星空を曇らせていた。
「欠けている人はいない? みんな、それぞれに確認を」
ニナ先生の呼びかけにみんながお互いの顔を見合う。
一人も欠けた人はいなくて、だからあがる声もない。
それに満足したのか、ライオン先生が刀の柄に手をかけた。
すらり、と抜いて空へと掲げる。
「二年生諸君。準備運動だ……抜刀!」
その号令に、二年生の先輩たちが一斉に刀を抜いた。
一糸乱れぬ動きだった。ため息すら失うほどに、綺麗。
「事前打ち合わせ通り我、ラビ、ユリアの三隊に分かれて掃討する」
「「「 応! 」」」
「中にどんな個体をくれてやればいいのか……わかっているな?」
「「「 応! 」」」
「ならば散開せよ!」
ライオン先生が駆け出した。
自然とラビ先輩、ユリア先輩もそれぞれに違う方へ。
他にもすごく綺麗なお姉さんとか、小柄眼鏡の先輩とか……眼鏡を掛けた男の子とかいる。
二年の先輩達が三つに分かれてついていくの。
みんなの襲撃に気づいた黒い人型たちが一斉に悲鳴を上げた。
その悲鳴の大きさ、おぞましさに思わず耳を塞ぐ。
理解したくない、しちゃいけない。だから表現するなら黒塗りの文字。
心が割れるような叫びはモヤさえ割って、中からおぞましい形の化け物に変容する。
名状しがたい、けれどしなきゃ理解できない。
してはならない……そんな化け物たちに、先輩たちは臆することなく刀を振るう。
それは現代にあって、間違いなく現実味のない光景だった。
「一年生、これより説明します。傾聴を」
ニナ先生の涼しい声だけが救いだった。
「黒いモヤたちは人の負の怨念から産まれた霊子の塊……御霊。欲望の結晶。けれど私たちはこう呼びます――……邪と」
みんな、返事も出来ずに聞き入る。
それしか術を知らなかった。
「定期的に祓わなければ、邪は現実に悪い影響を与える。彼らが育ちすぎると、吐き出した人が事件を起こしてしまう」
「で、では、報酬が出る、というのは」
「特別な才能がある人にしか出来ない、社会のための治安維持活動だからです」
シロくんの質問にニナ先生は大きく頷いた。
「御珠によって選ばれたあなたたちは、御珠を通じて選びました。あなたたちの霊子、霊格――……霊力に見合う力の形を。夢願う形、即ち、刀なり」
手を握られて思わず隣を見た。
トモが緊張した顔でニナ先生を見ている。
けど……震えている。手が、指先が、かすかに。
私も……緊張しているからわかった。
「それを振るうは、邪を断つため。祓うためにこそ、あなたたちの力はある」
「なら斬りにいっていいか?」
髪をかき乱す沢城くんは、今すぐにでも行きたそうだ。
先輩達が戦っているのに、ここで見ているのは耐えられないのかも。
「いえ、その必要はありません――……ほら一体、来ます」
ニナ先生が指差す先。
ラビ先輩が何かを蹴りつけた。
それは放物線を描いて、先輩達が築いた陣を抜けて私たちのそばへと落下してくる。
「おもしれえ!」
落ちてきた邪なる御霊……なら邪霊? は、触手の塊だった。
それに構わず突っ込んでいくのが沢城くん。
触手は地面に着地するなり奇声をあげて、枝葉を沢城くんへと突きだす。
「ちっ」
舌打ちをした沢城くんは地面にかかとをつけて立ち止まると、目にも留まらぬ早さで刀を振るって触手を切り払う。けど触手の勢いの方が凄まじい。何せ、斬ったそばから生えてくる。
しかも「女体、にょたいいいいい! 痴漢したいいいいい!」とか聞こえてくるのが。
「「 もうホント無理! 」」
私とトモの叫びなんて構わず、真っ赤な閃光のように疾走するのが狛火野くんだった。
刀を抜いては戻す、その速度が尋常じゃない。
全然見えないの。納刀と抜刀の凄まじい音が立て続けに聞こえる。
触手が次々と切り下ろされていく。勢いがやっと二人でちょうどよくなった。
「ちっ、余計な真似を!」
「君だけじゃ無理だろ!」
言い合う二人の間を悠然と歩いて行くのは住良木くん。
当然、触手が黙って通行を許すはずがない。
なのに、彼が刀の柄に手をかけ、言うの。
「ひれ伏せ」
その瞬間、住良木くんから物凄い威圧感が。
身体全身がびりびり痺れて、尻尾が勝手に内股に入り込んでくる。
確かな力をもっているんだ。
ライオン先生にも通ずる王者の風格とか、そういうの。
だから触手達が一斉にびくっと震え、止まっちゃったんだ。
「タツ!」
「応!」
住良木くんの背から沢城くん顔負けのジャンプをして、八つの刀を次々と触手の根源に投げ放つ。それらは根元を断って、触手の根源だけを露わにした。
「うおおおおおおお!」
すかさず沢城くんが根源に生えた目を貫き、空へと抜き放った。
「コマ!」
「――……ふっ!」
その瞬間に狛火野くんが九つに切り裂いたの。
すると切り払われた触手たちとその根源はモヤと化して消えていった。
「お見事です」
ニナ先生が手を合わせて微笑む。
見守っていた私たちは思わず拍手しそうになったんだけど……早かった。
「それじゃあ、おかわりー」
ぼと、ぼと、と。
周囲に同じ化け物が数体飛ばされてきたの。
先輩たちが蹴ったり殴ったりして、ほうり投げてきたんだ。
「さて、じゃんじゃん倒していきましょう。大丈夫、二年生は心得ています。初めて来たあなたたちでも、いい経験になる最初の敵がそれです」
「け、見学だけなのでは?」
「この程度は、実習の内には入りません。ええ、そう。準備運動よ」
良い笑顔のニナ先生。でも待って。お願い待って。良い笑顔すぎます!
周囲で戦っている先輩たちが「がんばれよ一年坊!」「毎年恒例のだましだ、諦めろ!」と笑い声をあげる。
す、スパルタだ!
「怪我をしそうになったら私が助けます。それではみなさま、よい夜を」
「「「「 そんなあああ! 」」」」
私を含めたクラスのみんなが一斉に声を上げる。
けれど触手さん待ったなし。
こ、これはピンチなのでは!?
つづく!




