第三百二十五話
身体中の細胞が訴えてる。
さあさあ、早く歌おうよって。
十兵衞がいる。タマちゃんがいる。
そばにマドカとキラリがいる。見えるところにユイちゃんがいる。
大勢の仲間たちがいるの。アメリカで一緒になった人たちもいる。ユラナスさん、ノアさん……たくさんの人たち。
戦いを仕掛けてくる人たちもいる。きっと御珠に悪いことをしている人も。
そんな人たちに捕まっているシュウさんがいて、カナタが助けに行っている。
タマちゃんが化け術で楽器を出した時だ。
当然のように私の後ろでその楽器を掴む先輩たちがいる。
軽音楽部のみんな。
私の中にずうっといてくれたタマちゃんが私の心に眠る譜面を浮かびあがらせた。
「一度も合わせてないぶっつけ本番。きっとめちゃくちゃになる。それでも……いいですか?」
私の顔を見て、先輩たちが呆れた顔をする。
「あほか」「……どうせやる気なんだろう?」「ならやるしかねえだろ!」
うん!
トシさんたちはいない。けど先輩たちがいる。それにね?
「キラリとマドカもそばにいて?」
「……歌わないからな」
「つれないなあ。ハルのお願いなんだし、踊っているくらいならいいんじゃない?」
「……まあ、それくらいなら」
マドカの返しになぜかキラリが顔を赤らめてる。なんでだろう。
疑問に思うけど、のんびり構えていられない。
だって神さまみたいな怪獣とマシンロボが戦っている。戦闘機にのった異星人と三年生の戦闘機変形型マシンロボがデッドヒートの真っ最中。なのにごつい怪獣が空からたくさん降ってくる。パシフィックなイェーガーじゃないと立ち向かえそうにない奴が。
窮地。邪モンスター山ほど出てくるこの状況が窮地。
だから歌うんだ。
人差し指を空にかざす。漆黒の空から、龍の頭へ突きつけて。
瞬間、ギターがソロで歌うの。それはすぐに叫びへと変わる。ベース先輩がラインを作っていく。甲高く打ち鳴らされるハイハットに合わせてスタンドマイクに唇を寄せた。
「漆黒に浸るのはね、楽だと思っていた」
無意識に身体に纏うコートを翻す。いつか夢見た趣味的な格好を、いつか夢見た時の気持ちのままに歌う。けれどそれはね……。
「人のせいにできるから」
こんな自分を受け入れてもらえないなら、それはもう世界が悪いんだと言えるから。
私にその気がなくても、キラリを追い詰めた。ユイちゃんは救われずにいた。私も苦しかった。なんにもならないんだ。
「金色に浸るのはね、無敵だと思っていた」
だから高校生になって手に入れた金色に浸ってた。
タマちゃんの輝き、十兵衞の無敵っぷりに。
だけど成功ばかりじゃない。失敗の方が多い。
失恋、衝突、敗北の嵐。でもなんでかな、中学時代より胸を張れるのは。
「人のせいにできないから」
メロディーが切り替わる。AからBへ。
曲調に合わせて身体を揺らしているだけのキラリの踊りが変わる。即座にマドカがついていく。何も伝えてない。私の前にある譜面が見えるくらい。なのに二人はついてくるだけじゃない。先へ行こうとする。頼もしい二人に挟まれて歌うの。
「だけど暗闇に星は光るの」
拳を握りしめて、人差し指だけ伸ばして空を撃ち抜く。
瞬間、放たれた金色が空に光る一番星へと変わるよ。
「キラキラは夜だから見つけられるよ」
金色に光る星を飲み込もうと暗闇が深くなる。黒い御珠から感じる霊子が強くなる。
構うものか。
「だからあなたと私で探そうよ」
黒い御珠。あなたと一緒だから見つけ出せるはずなの。
「これはね、私とあなたのRPG」
役割は明白。私は光を、あなたは暗闇を吐き出して。
みんなの輝きを浮き彫りにするための歌い手。
そうして見つけ出せるんだ。
「きっとね、歌がworld of stars!」
全力で放つ。金色を。マドカが光らせて、キラリが星へと変えて空に放ち続ける。
暗闇に星が増えていく。どんどん暗くなるばかり。
キラリに撃ち抜かれた邪はその本分を取り戻して敵へと戻る。
構うものか。サビだ。
「燃え尽きない情熱の燃料を」
どれほどの窮地にのまれようと、燃やせ。燃やせ。
マシンロボを生み出した時のように。刀を抜き放った時のように。はじめて自分の侍の刀に触れた時のように。
「折れずにブレない愛の塊を」
頼もしい背中たちに捧げよう。
「持てるのはあなた! あなただけ!」
この場にいるあなたたちだけなの!
「輝かせるから。暗闇に包んで」
私と黒い御珠とで。
「見つけ出すから。狭間で煌めいて」
ギターが唸る。ベースとドラムが叩くように音を挟み込んでくる。
一曲目ラスト、駆け抜けるよ!
「あなたと私の光る綺羅星たくさん!」
私に宿してくれるの。マドカ。ツバキちゃん。キラリ。
「私とみんなの終わらない夢ぜんぶ」
放て。放て。放て! 金色を。光を。星をやまほど放ってみんなに放て!
「プリズム通して! シャイニーシャイニースター!」
視界に増えていく。みんなの背中に星が宿る。光り輝いて、刀が、その身体が強さを増していく。
「自分と戦う軌跡が星になる――煌めき増やして」
マドカとキラリと三人で同時に人差し指から放ったの。
思いの力、夢見る力! 私たちの全力の霊力で!
軽音楽部の先輩たちの演奏に籠もる熱を吸い上げて、みんなを撃ち抜いていく。
膝を折りそうな男の子がいた。刀鍛冶の力で立ち向かうには恐ろしすぎるエイリアンを前に瞼をつむる女の子がいた。
だから唇を開く。すぐに二曲目へ。
「息が切れちゃう時こそ歯を食いしばれ」
ギターが挑戦的に煽る。
「孤独を感じた時こそ声を上げろ」
ドラムがリズムを刻む。足を踏みならせと訴えるように。
「他人の欲望に食われそうな時こそ」
窮地の人たちの背中に金色を放って撃ち抜くんだ。さあ、いけ!
「一人じゃないんだ、声を上げろ!」
ベース先輩が作るラインにギター先輩がすぐに対応する。
転じてBへ。
「僕ら試されてる。夢が試されてる」
ギンがエイリアンを切り裂いた。
窮地に陥る少年の眼前にトモが降り立つ。マシンロボの腹に穴を開けようとする拳を岡島くんと茨ちゃん、トラジくんが受け止める。
「どこまでいける? 果てなんてないでしょ?」
怪獣が光線を吐き出した。メイ先輩が打ち出す太陽が迎え撃つ。
「どこまでだっていけるよね! 僕たちなら!」
別の怪獣が吐き出す溶解液をルルコ先輩が牡丹谷先輩、シオリ先輩と三人で凍り付かせた。
「We can do it!」
いけるさ。なんだってやれる。どんな敵が相手でも。
「You can do it!」
いけるさ。どこまでだっていける。どんな壁が立ちはだかっても。
「do your best!」
最善を尽くし続ける限り、つかみ取れるはず。
「be your highest star!!!」
自分だけの星を手にした私たちなら、輝けるはず!
私の願うままに先輩たちが曲調をがらりと変えて、三曲目へ。
勢いのままに走ろうとするからこそ、息切れしちゃって、歯も食いしばれずに倒れそうな背中たちへ。
「最初は知らない意味を見つけよう。夢の欠片に水を注ぐの」
タマちゃんがキーボードを出して音色を足してくれる。
「最後はいらない、君と夢見よう。愛の欠片にキスをあげるの」
ロックからバラードへ。
「意味なんて後から見つけられるよ」
コートの意味も。御霊や力の意味さえも。ううん。あなたの生きる意味さえそう。
「君の光る星はきっと見つかるよ」
私は見つけられた。私が特別だからじゃない。
探し続けてきたから、見つけられただけ。
私とツバキちゃんが出会えた一瞬は奇跡? ううん、違う。必然だ。
私は求め、ツバキちゃんも求めた。探し続けていた。だからこれは必然なんだ。
だからね? 私は特別なんかじゃない。
探し続ける気持ちが特別な瞬間を作るだけなんだ。
きっとみんなも同じだから、だいじょうぶだよ。
「つらいなら一緒に歌おう」
無理に似合わないことする必要なんてないの。
「私が注ぐよ、あなたに金色を」
輝ける場所が見つかるようにお助けするよ。
「嬉しいなら一緒に歌おう」
見つけられて嬉しい人たちはもっともっと輝いちゃおうよ。
「あなたと注ぐよ。漆黒に綺羅星を」
ツバキちゃんがしてくれること。私もみんなにしたいの。
輝かせたい。大好きだから。
不安なら大声で伝えるよ。
「「僕」なんて後から見つけられるよ」
だから今の自分がわからなくても大丈夫だって歌うよ。
「「夢」さえも今から探せるよ」
どんなに曇っても、見るのがつらくなっちゃっても。また見つけられるよ、探せるよ。
だから大丈夫だって歌うよ。何度も、何度でも。
「あなたとみんなのすべて、私が受け止める。輝かせる!」
これは私の決意の歌。
「見つけられないきみぜんぶ私が探し出す。見つけ出す」
マドカが光を感じて、キラリが星を見つけ出す。あとは私が金色に輝かせるだけ。
だから俯いているきみほど、泣きそうなきみほど絶対に助かる。
だいじょうぶだよ!
「何があってもきみが大好きだよ――……」
祈るように歌い、金色を放ち続ける。
タマちゃんが乗っ取った曲を奪い取るように、ロックに転じる曲調。
四曲目へ行くためのインスト。
全力でやっているのになんでかな。次々と力が湧いてくるから、今日の私は無敵に違いないよ!
◆
割れた窓から聞こえてくる。
狂乱の宴の中においても揺るがない青澄くんの歌声が。
いつしか黒い御珠の歌声は止まっていた。
なぜだと動揺する老人に笑いがこみ上げてきた。
「彼女は自分の魂の在処を見つけたのさ。御珠は黒くても輝いていても、常に求めてる。愛しい魂を。その御珠は青澄くんを求め始めているんだ」
ためこんだ力は八割。仕掛けるには少し早い。だが勝機は逃さない。
「――……ならば貴様を押しつぶし、きゃつらを潰すまで!」
「させないよ」
老人が地面を踏んだ瞬間、霊子が塊になって襲いかかってきた。構うものか。
「貴様の欲望、食らい尽くす!」
抜き放つ刀で吸いこみ、そのまま老人の懐へ。
貫く。暗闇の結晶、欲望を理解し荒ぶる神の御霊で、歪な心を。
吸い上げる。老人の狙い、願望すべて!
「――……ふ」
私を見て、笑う。この場において笑う意味とは。勝利を確信したその笑みの意味は――
『シュウ! 後ろ!』
背後から感じる脅威にふり返らざるを得なかった。
逃れたはずの霊子が龍の顎となって私を食い尽くそうと迫っていたのだ。
しかしそれは、私に届く寸前で消し炭へと変わった。
黒い炎が燃やし尽くしたのだ。刀をこちらに突きつけているカナタがいる。
「兄さん!」
「わかっている!」
老人からすべてを抜き取る。不可思議で危険極まりない組織の頭の歪な欲望すべて。
流れ込んでくる情報を全力で練り上げて一冊の書物へと変換した。
ひざを曲げて倒れ付す老人を捕まえるだけ。
しかし窓枠が破壊され、何かが老人をつかんで消えていってしまった。
「あ、あれはなんだ!」
「見えざる手……」
呟いてみたが、目にしたものの意味は一瞬過ぎて理解できなかった。
衝撃に誘われるように黒い御珠は外へ飛んでいく。
「くっ!」
「カナタ、待て」
追い掛けようと走りだすカナタを片手で制する。
「兄さん、どうして!?」
「黒い御珠は……ここからは、青澄くんのステージだ」
懊悩するカナタの苦しみは理解できる。
青澄くんへの負担を軽減したいのだろう。
しかし今日に限っては心配いらない。
「わかるだろう? 彼女の強さが。なにより今、この戦いの主導権を握っているのが彼女だということを。黒い御珠も求めているんだ。救いを」
「……まだ、足りないのか」
彼女を守り、助けようという気構えを大事にする弟の肩を抱いて笑う。
「足りている。お前がここにきてくれたから、彼女は集中できるんだ。それよりもカナタ、負傷者を出さないように救援に入るぞ」
「……わかった。しかしこの未熟、忘れないからな」
自分を鍛える切っ掛けにするべく決意を呟く弟と共にビルを飛び出すのだった。
◆
黒い御珠が龍の形をしたビルから飛んできた。それは私の眼前に下りてきたの。
歌わない。ただ浮いているだけ。
まるで私の歌を聴くために来てくれたみたいだった。
だから刀を手にしようとするキラリやマドカを制して、軽音楽部の先輩たちの演奏に乗って歌うの。
「足跡をふり返ろう、軌跡を見つめるの」
人生の歴史。ううん。生まれてから触れて知ったものすべての歴史を。
私は私の、黒い御珠は黒い御珠の――……聞いてくれる人それぞれの知る足跡を見つめよう。
「あなたの星はどんな風に光ってるのかな」
きっとね。素敵なばかりじゃないよね。
直視できないくらいひどい軌跡の人もいるよね。
「淡いのかな? 輝いているのかな?」
ユイちゃんがふり返った。大勢の神さまの化身周囲に出てくる。それはいつか見た北斗の人たちに姿を変える。
だけど私はその登場よりも、キラリと……ユイちゃんと三人で見つめ合った。
「どんな星座に見えますか?」
一度は離れた三人。一緒にいた頃は傷だらけ。誰も救われなかった。
だけど私が暴れて、ユイちゃんが気づいて、キラリが覚悟を決めて。
一度は離れた縁が、今ここにちゃんと繋がっている。
どんなに歪でも、淡くて汚くて残念なように見える星座でもね?
「胸を張って見たいよ。素敵な星座に変えたいの」
私たちにはできたよ。みんなにもできるはずだよ。
「愛を持っていたいよ。自分の過去はね、ただ一つ」
否定してもみない振りしても、胸を張れるんだとしても……変えられるものじゃない。
あなたの軌跡の先に、今のあなたがいるの。
「人生変えられない」
事実を歌うよ。
「異世界なんてないし」
隔離世も霊界も地獄も、結局軌跡の先にしかない現実でしかないの。
「死んだら終わりなの」
死んだら幸せが待っているなんて夢は叶わない。別れがあるだけ。
夢だとわかって楽しむことを否定しない。
できるだけ楽しい夢をたくさん見たい。
だけどね。生きるために必要なことがある。見ない振りをしても抗えない宿命が。
だから夢は現実の先に見るの。目を背けるためじゃない。もっと現実を楽しむために、見るの。
「戦うしかないのなら」
さあ……サビへいくための準備だよ。
「輝かせたい。みんなが輝くように」
生きて、今のあなたを全力で。
「光らせたい。みんなが笑えるように」
少しでも今が楽しくなるように。
「それぞれの頂点に煌めく星があなたの人生」
だからね?
サビは決まってる。
「見つけられないなら一緒に探すよ」
私がついてる。だから絶対にだいじょうぶ。
「歩いてきた道のりが星座だから」
納得できない形なら。自分のものだと思いたくないのなら。
「素敵な形を見つけようよ」
見方を変えれば、明日の奇跡に繋がる形に変えられるはず。
ツバキちゃんが私に意味を持たせてくれたように。
私がみんなの意味を見つけ出してみせるから。
「あなたと私で、あなただけの金色を――……」
だからね。黒い御珠も、それに呑まれちゃうモンスターたちも……脅威に怯えそうなみんなも、立ち向かえちゃう強いみんなも。
もっと輝いちゃえ――……!
全力で霊子を放つ。どこまでも、いつまでも。マドカがそれを端からもっとぴかぴかに光らせて、キラリが星へと変えて空へと流す。
流星の雨が空へとのぼって暗闇を払い、青く澄んだ空へと変えるんだ。
曲が終わる。歌も終わる。
よろけるけれど、構わず歩み寄って、黒い御珠を抱き締める。
そうして歌うの。最後の歌を。
「欲望と夢はね、いつでも紙一重」
曲はない。譜面はない。軽音楽部の先輩たちは見守っていた。
ううん、誰もが私と黒い御珠を見つめていた。
戦うことも怯えることさえも忘れて。
「才能と努力さえきっと紙一重」
ひょっとしたら隔離世と現世の境界線なんて、本当はすごく曖昧なのかもしれない。
それでいい。
「表裏一体、だから誠心誠意求めて」
放つ金色の残量はもうほとんどゼロ。
次々と尻尾が生えていく。九つ。
これが私の現在地。構わないの。
「ぼっちになったらキャラ作ろうよ」
笑うの。
「無理に仲間を作るより、愛せる自分をまず探そうよ」
きっと最初はそこから。
私は黒い御珠を愛する道をもう見つけているよ。
「好きは霞。飲めない食えない満たされない」
思っても思っても膨らみ続けるのが、好きの正体じゃないかなあ。
「嫌いは水。膨らみ潤い無駄にお腹いっぱい」
だけど水だから……足りないの。
「夢中になって錯覚してつまずいて」
どっちに浸ってもだめ。
「次の何かを探して飢えちゃうの」
だからさ。
「見つけ出そうよ、僕らのごはんを」
お腹いっぱいになるために。
「毎日食べたい白いご飯みたいな願いを」
ちゃんと食べられるもの探そう。
「叶えて歩き出そうよ、たくさん寝ちゃお」
それが生きるってことだと思うの。
「がっつり休んで走って過ごす日が明日をきっと」
黒い御珠にそっと口づける。
「シャイニー……恋色模様に変えちゃうよ」
大好きだから。願うなら……どうか、一緒に夢を見よう。
そう願って額を重ねる。その瞬間、黒い御珠の漆黒が晴れていく。
内側から煌めくように光が生まれて、きらきらの――……金色の一番星みたいに輝くの。
憂い御珠は――……愛しい御珠へと変わった。
それこそ戦いの終わりの合図に他ならなかったのだ。
◆
邪は消えた。中華系の人たちはみんないなくなっちゃった。
ユラナスさんやノアさんたちが後片付けを買って出てくれた。無事だったシュウさんに御珠を預けて、私はすぐに現世に戻る。
年末、ステージが待っているのだ。暢気にしてはいられない。リハーサルしなきゃいけないし、山ほどやらなきゃいけないことだらけ。
カナタと抱き合ったりしたい。ユイちゃんとめちゃめちゃ話したいし、他のみんなとも山ほどぎゅってしたい。だけど隔離世に召喚されたみんなは元の場所へ戻っていく。
私も現世に戻らなきゃ。みんなと再会を誓って、カナタに刀を預けて――……ノアさんの手配してくれたタクシーに乗って会場そばに待つ高城さんと合流する。下りたときに妙に写真ばしばし撮られて大勢の人に英語でまくしたてられた。カメラも向けられたんだけど、高城さんに引っ張られてホテル内部へ。
十兵衞もタマちゃんもさすがにくたびれたみたいで寝ちゃってる。私も欲を言えば寝ちゃいたかったけど、さすがに許されないよね。
くたくたなんですけど、妙にテンションあがったままで。
「むふーっ」
って鼻息だしたら高城さんに黙ってお水を渡されました。す、すみません。
「春灯、きみが何をしてきたのか聞かずにはいられないが時間がないから要点だけ……追い風が吹いてる」
「え?」
高城さんがスマホを見せてくれた。
ネットニュースが大盛り上がり。各テレビ局もだし、ホテルの外には取材陣多数。
それもそのはず。
アメリカの隔離世で歌で異変をおさめた動画がネット配信されていたのだ。チャイナタウンの戦いが余すことなく流れている。
そのおかげで歌姫扱いされている。それだけじゃない。ガトリングを向けられて立ち向かう十兵衞を宿した私はソードマスターというか、サムライマスターみたいな呼び名もつけられてる。
『Song Sword Atack!!!』
みたいな題の新聞まであるよ。写真付き。誰がいつどうやって撮ったんだろう。
「マスコット代わりのちょい役くらいの扱いだったけど。春灯、きみの出番は相当盛り上がるぞ」
「おおお……」
「主催者からは一曲と言わず、別枠の時間を当ててステージで歌ってくれないかと言われてるがどうする?」
「えっ、えっ。で、でも、トシさんの作ってくれた英語の歌しか合わないのでは?」
「動画の歌は?」
「あ、あれは即興で」
あとカックンさんにダメだしされながら考えた歌もちょこちょこ。
ごにょごにょ言う私の頭をくしゃくしゃになで回してから、高城さんは赤い頬を晒して言うの。
「スタイリストやメイクアップアーティストの手配は済んでる。インタビューに答えよう。内容はある程度絞ってあるから安心して。春灯、きみなりになるべく素直な言葉で話すように」
「は、はあ」
と、とんでもないことになってきた。ど、どうしよう?
ああでも……やるしかないか。私のやったことの責任でもあるのだし。
着替えやメイクをぴしっと整えながら高城さんと打ち合わせて、それからホテルの前へ。
九尾と金色の映える赤い着物姿、結わえた髪にはかんざし。すべて日本風を作って出た私は、ばしばしシャッターを浴びながらマイクを向けられる。一人とか二人とか、そんな生やさしい数じゃない。年末のお祭り騒ぎみたいなネット配信のムービーは、先日のゾンビ騒ぎのリークもあって大盛り上がりだと高城さんから打ち合わせで言われてる。
要するにやばい窮地を助けたヒーローみたいなもの。それにしたって住良木手配による大盛り上がりの時と同じかそれ以上のこの状況は、誰かがまた手を回したのでは? と思わずにはいられないのだけど。高城さんから見れば当然の結果らしい。
まいったなあ。どきどきするなあ。慣れる気がしないけど。
大勢が英語でまくし立てられる中、
「春灯、コメントを!」
聞き覚えがある声に、手のひらで指し示した。すると彼は発言するの。
「アメリカは窮地に陥りかけたという。情報筋によれば軍が輸送中だった特殊なものが奪われたが、君が見事奪い返して、言うなればダークサイドから戻した……という話もある」
ブルースさんだ。
「そこで聞きたい。いや、聞きたいことは山ほどあるんだ。だが……今日は一つに絞る。君の歌は今日、どこで聞けるんだい?」
「え、えっと。イベント会場です」
高城さんにすぐに耳打ちされる。
「あとライブハウスの出演依頼もあるそうなので、顔を出します。ハリウッドにいるかもです」
「なるほど! 来年はぜひクリスマスに来て欲しい。ライブのオファーがあったら受けますか?」
高城さんを見た。何度も頷かれる。だから笑顔で答える。
「いつでもどこでも。ご要望さえあれば駆けつけます。ランドとかそういうところは難しいかもですが」
冗談を添えて返した。ブルースさんは日本語で話してくれるから、通訳さんが英語になおすの少し大変そうです。すみません。
あれこれ質問の声があがる中、できる限りを答えたよ。
それからはもう目まぐるしく過ぎていった。いろんなところへ行って、いろんなところで歌ったの。どこの会場の人たちもノリがよくて大盛り上がりだった。
歌のお仕事、それもお客さん相手に歌うのは真剣勝負だけど楽しい。そればかりじゃないけれど、でもそんな憂鬱なんて軽く吹き飛ばすくらいに絶頂。
すべてが終わった頃には抜け殻のようになっていて、カナタとメールのやりとりをするのが限界だった。高城さんにベッドに運ばれて朝までぐっすり。
年越しの瞬間はカナタと電話で話したかったけど、お仕事いそがしすぎて無理だった。
起きてシャワーを浴びる。トシさんたちに教わった喉のケアとかしつつ、鏡を見た。
いつもの自分の顔が見える。いつもより輝いて見える。
今日は昨日さぼったトレーナーさんと会ったり、いろんな人への挨拶回りをするよ。
だけど高城さんたちが来るその前に、電話を掛けるの。
『――……もしもし?』
「もしもし」
やっと声が聞けたの。その嬉しさを噛みしめながら囁く。
「……だいすき」
『ああ……俺もだ』
二人で繋がって呼吸をする。電話だけでも満たされるものがある。電話だけじゃ満たされないものもある。早く会いたい。そんな気持ちは電話を通じてお互いの心にちゃんと届いてる。
だからだいじょうぶ。
「日本に帰ったら……」
『ああ。それ以上は言うな……楽しみにしてる』
「うん。じゃあ……また」
『頑張ってこい』
「ん!」
電話を切った。身体はくたくたなままだけど、気合い充填!
なんでもこいだ!
ところで……カナタはもちろん、アメリカに来てる他のみんなとか。
なによりシュウさんたちはどうしているのかな?
御珠はどうなったんだろう?
つづく。




