第三百二十四話
長い一日が終わった。
十二月三十一日の日曜日がアメリカにやってくる。
起きたときには気力が満ちていた。
寝る前に高城さんから一人でできるトレーニングが送られてきてたからこなしたけど、ちゃんとやって気持ちを切り替える。本当だったら早めにリハとかやらなきゃいけないのに。
だとしてもシュウさんのことを見捨てるなんて選択肢はあり得ない。
ならもう、現場で気持ちや身体を作っていくしかない。
どれだけの危機が迫ろうと、どこまで自分たちらしくいられるか。
それって結構大事だ。
いつだって私たちは私たちらしく乗り越えてきたんだから。
今回だってやりきってみせる予定ですよ?
会議室に集まる。用意された衣装姿です。
今日はねえ、毛皮つきでダメージ加工たくさん入った黒いコート、たくさんの切り込みが入ったトップスとミニスカート。ガーターつけて蜘蛛の巣模様のニーソを履いてる姿です。
個人的にも趣味な格好です。どやあ!
『なんだか、あほ丸出しじゃの』
そんなことないよ! かっこいいよ? 二の腕のベルトとか!
一応ほら、ロック歌うんだし。格好つくってかないとさ。私の尻尾があってもシルエットが崩れないように背中側が途中で左右に分かれてるコートとか、特注なんだよ?
『……やれやれ。お主の言葉を借りて訂正するぞ。趣味的な格好じゃの』
そうそう。それでよし!
今日も歌う気まんまんだし、どんな歌にするかも決めてある。
だからこそ、この格好なんだ。
集まるみんなもそれぞれ格好を決めてきてる。
カナタは私と似たコートを着てる。おそろだおそろ。趣味似てるんだからなあ。もう。でれでれですよ!
『やっぱり、あほ丸出しじゃな』
おっと……こほん。
っていうかみんな冬だけあって装いが冬。
ローブ姿のユニスさんがむしろ寒そうに見えるから不思議。
「さて、子供たち。隔離世での仕事の準備はできてるかい?」
アルさんの問い掛けに頷く。すぐにカナタが隔離世に私たちを飛ばした。
ノアさんたちの会社のメンバー全員とユラナスさんも、当然のように飛んできた。
特にユラナスさんの格好に驚く。現世にいた頃は空調の効いた部屋でTシャツにジーンズだったのに、隔離世にきた時には白いフード付きのローブと華奢な甲冑に身を包んでいたから。
でも突っ込むどころじゃない。
現世じゃ晴れてる空が真っ黒なんだから。
「作戦は単純だ。御珠を奪い返す。黒い御珠に姿を変えていることは空を見れば明白だ。もちろん元通りにする」
「はい!」
ユラナスさんの指示に頷く。
「この中ではアベと俺にしか元通りにすることはできない……そうだな? 英国の魔女」
「……まあね」
ユニスさんに確認をしてから、ユラナスさんはノアさんを見た。
「連中の布陣は?」
「チャイナタウンの外周に散らばってるね。警戒は厳重とみた方がいい」
「わかった。いいか、子供たち。見えざる手は躊躇なく命を狙ってくる。連中の相手は俺たち教団がする。君たちはあくまで、黒い御珠が吐き出すモンスターを倒しながら、ミスター・ヒムカイの救助を行なって欲しい。いいな?」
みんなで頷く。
「まあ……人殺しをするために力を手に入れたわけじゃねえしな」
「向こうはその気でしょうけど」
「刀があればレンだって……!」
「あかんよ。錆びるか折れる」
鷲頭くんの言葉を切っ掛けにわいわいする私たち。カナタがこほんと咳払いした。
「すみません。邪は……モンスターの手勢はどれほどですか?」
「チャイナタウンを埋めつくす勢いだ。空の暗闇からどんどん降ってくる」
すかさず博士が答えた。カナタが顔を曇らせる。
「ユラナスさん。教団の手勢で対処できますか?」
「正直……質では勝るが数が圧倒的に足りない」
「……となれば。安倍、星蘭を召喚できるか?」
カナタの提案にユウジンくんは肩を竦めた。
「できるけど。呼び出したらもう、それで限界くるよ。御珠の対処はできなくなる」
「ユラナスさんに絞られるか……どうします?」
「待て。日本の侍を呼び出せるのか?」
ユラナスさんがユウジンくんを期待を込めて見つめる。すぐに応えるように頷くの。
「うちのがっこの連中だけやけど。役には立つよ」
「……ふん」
なぜかユニスさんが面白くなさそうに目を細めた。
「温存したいところだが……最悪破壊するしかないか。よし、頼む」
破壊しちゃっていいのかなあ。貴重な御珠なのに。っていうか黒い状態で破壊できるなら、いつもの状態でも破壊できるのでは?
それともあれなのかな。黒いと絶対守護防壁的な防御力がなくなって脆くなるのかな?
まあ、でもあれだよね。
日本にとってもかけがえのない財産だし、アメリカの人たちも望んで呼び寄せた御珠だもん。破壊なんてことにならないように頑張ろう!
「話し合いは終わりか? 正直寝そうだった。っていうか半分寝ていた」
ノアさんの暢気な声にユラナスさんはため息を吐く。
「いくぞ――」
「ようしきた。車を用意してある。行こうか……なんだよ。音頭を取られたからって睨むなよ、次は譲ってやるさ」
ノアさん……。
◆
大きなバンの後ろに乗って移動する間にカナタが言うの。
「安倍。ハルの歌で霊力が補充されれば、お前個人で御珠への対処できたりしないか?」
「海の一件でおもたけど……足りんなあ。正直、まだまだやね。言うても上限までは回復せえへんよ」
うぐう。す、すみません。
「じゃあハルは戦った方がいいか」
「さて……確かに、言うたらまだまだやけど。別の可能性があるんと違う?」
「サポートのスキルレベルは1ってことだな!」
鷲頭くんの例えわかりやすすぎて笑っちゃう。
まあ実際、元気を注ぐ方法は覚えたてだもんなあ。
「ってことは、何のレベルが高いんだ?」
「金色の霊子でしょ。レン思うんだけど、士道誠心の……特に最近の中核はあんたの金色だと思う」
レンちゃん……そんな風に思っていてくれていたなんて……っ。
「ちょ、そんな目でみんな。今回は味方なんだから、あくまで状況説明しただけ! 安倍! あんたわかってるなら答えをいいなさいよ!」
「あかんよ」
「なんでよ!」
「自分で見つけた答えにこそ意味がある。力は自分で身に付けて、初めて自分のものになる」
「いま深いこと言わないでよ!」
いいコンビだよね。見ている分には相性よさそう。夫婦漫才的な?
「春灯。あなた、歌いたい?」
「え?」
ユニスさんの問い掛けに首を傾げる。
「そりゃあ、まあ。夜はライブだし、あたためておきたいかなあって。何より、アメリカで歌える機会なんてそうそうないし。歌うつもりだよ?」
「なら歌えばいいんじゃない? 緋迎先輩、それでいいかしら」
「……あ、ああ」
ユニスさんの提案に頷くカナタ。ううん。ユニスさんにもユウジンくんみたいに、答えがわかっているのかもしれない。この場を乗り切るための方法が。
だけどそれは私自身が掴まなきゃだめみたいだ。
自分の歌の意味は、自分で決めなきゃ意味がない。確かにその通りだと思う。
ようし。
「日本の侍高校生プラス魔女、いくぞー!」
「え、ええと?」「きゅ、急になに」「お、おう?」「ふふ」
それぞれに微妙な反応が返ってきました。
カナタが半目で私を見て言うの。
「かけ声やりたかったのか? ファイヤー的な」
「……う、うん。だめかなあ」
「まあ即席チームだからな。みんな、いくぞ」
「「「「 おう! 」」」」
あ、ずるい! カナタそれ、私のやりたかったやつ!
「そんな顔をするな。気持ちは歌まで温存しておけ」
「はあい」
しょうがないなあ、もう。
いいよーだ。この後のステージは全部私が乗っ取っちゃうんだから!
◆
「張さま」
名前を呼ばれてふり返る。チャイナタウンを取り巻く各所に部下を配置した。
マイク、カメラ、そしてアナウンサー役を担う張幽界商会お抱えの女優たち。
「どうなさるおつもりで?」
秘書の李の問い掛けに笑う。
「ゆうべ言ったでしょう? 映像を撮るって。素材になるなら使わないとね」
「許諾を得るのが大変かと」
「まあ、そこはなんとかしましょう」
チャイナタウンに集まる連中は彼の会社にとっては敵とも言うべき存在だった。
あくまで国籍に縛られずに己の利益を追求するのが信条だ。生まれ故郷の同胞だろうが、邪魔になるならば切り捨てる。利用価値があるのなら、利用するまで。
青澄春灯が出て行く。教団の連中も。これからど派手な戦闘が起きるに違いない。
わくわくするなあ、と子供みたいに笑っていたら、咳払いが聞こえた。
「……どうせ撮るなら、ネット配信してみては?」
「え?」
「ですから、ネットニュースという形でアナウンスしながら放送してしまうんです。我が社の宣伝もしながら……一石二鳥の手だと思うのですが」
「李くん、それだ! きみって最高の秘書だな!」
「恐縮です。手配しますか?」
「ただちに!」
命じながら期待が膨らむ。
さあ、何を見せてくれる? つまらないものなら――……介入も辞さないつもりだが。
キャストはいい。ロケーションも悪くない。あの龍の形をしたビルはいかにもだ。
鮫が空から降ってくるような竜巻騒ぎよりばかばかしくて、制作費用が尋常でない映画よりも迫力のある映像を期待しよう。
「最高の歌を期待していますよ、青澄さん」
◆
車がどんどん加速してチャイナタウンに乗り込んでいく。
けれど四方八方から銃声が鳴り響いて、不意に停車した。
飛び出していくの。ユラナスさん、ノアさん。そして私たち全員で。
目に見えるのは巨大な中国風の龍の形をしたビル……というより、あれはもはやタワーなのでは? どうやってのぼるのかな?
建物のいたるところから、視線を感じる。
ぞろぞろと出てくる。青竜刀を持った胴着姿の中国人っぽい人たちが。
アメリカ人なのかな? どうなんだろう。中華系というやつなのかな?
彼らの目的がなんであるかは明白。
ユラナスさんは言っていた。私たちを殺す気に違いないよ。
だからこそ、建物の上を飛び越えて落下してきて、私たちを守るように取り囲んでくれる人たちの存在は頼もしい。ユラナスさんと同じ服装をした戦士たちだ。
鞘から剣を抜いた鷲頭くん、そばに控えるユニスさん。
カナタも刀を抜く。うめき声があちこちから聞こえてくるよ。建物の隙間から走って此方にやってくるの。ゾンビたちが。
空からゾンビが降ってくるんだ。
「いくぞ!」
ユラナスさんが叫んですぐに戦闘が始まる。
銃声がしてすぐ、ノアさんが私のそばに立った。嫌な音がするのを覚悟した。けれど聞こえてきたのは鉄製の衝突音。
えって思う私の眼前で、足下の霊子を吸い上げて身体を鋼鉄の鎧に包み込むんだ。もうね。まんまアメコミのそっち系ヒーローさん。
「エネルギー波は研究中でね。今は空を飛んで痛いパンチを食らわすくらいしか能がない」
笑って、飛んで行っちゃった。ノアさんぱない。
子供みたいな夢を見ているんだって思うとじいんときちゃった。コミックヒーローに夢見る大人。なんだか笑えるくらい素敵。
「さあ……観光はできんけど。年末のケンカ、したい奴はおいで――……」
ユウジンくんが空中に紋様を刻み込む。いつもよりとびきり複雑なそれが一瞬で青白く発光した。そして中央にある紋様が穴へと転じて、吐き出されてくるの。
「っしゃああ!」「ケンカ!? ケンカなん!?」「ぶっころ上等なん!?」
「――召喚に応じて参上だ」
「ユウジン、刀もってきたで!」
鹿野さんが投げ渡す刀を受け取って、膝を突く。
ユウジンくんが呼び出したのは――星蘭の侍、すべて。
力尽きたように倒れたりはしない。折った膝をすぐに伸ばして、刀を抜く。
「邪だけ狙ってよ」
「つまらんこと言うなや、ユウジン! いいか、おまえたち! 戦いだ! 敵は全部ぶっころだ!」
ユウジンくんのお願いに牡丹谷先輩が叫ぶ。そうして、
「「「「 しゃあ! 」」」」
星蘭の人たちが叫ぶんだ。
どかんと爆発するような気迫に圧倒される。
中国系の人たちだろうとゾンビだろうとお構いなし。妖怪変化に姿を変えて、人斬りへと転じてその場の空気を塗りかえてみせた。
ルルコ先輩に並ぶ氷の刀の使い手が刀を振るう。空から降ってくるゾンビたちを氷の槍で次々と貫いていくの。
牡丹谷先輩がいるならいざという時、黒い御珠の対処ができそうだと安心する。
ほんと、いいなあ……あの召喚術。
私にもできないかなあ。マドカならあれを見たらできるようになっちゃいそうだけど。
『考えている場合か! 妾たちの舞台にするんじゃろう!?』
そ、そうだった!
十兵衞、また分身でお願いできる?
『修行だ。わかっているな……経験を無駄にするな。飲み込め!』
もちろん! さあいくよ! 私たちのステージだ!
◆
外から怒号と銃声が聞こえてくる。それに負けないように黒い御珠の歌声が強くなっていく。
老人は動じた素振りもない。
「――……飲み尽くせ。現われ出でよ。かつて見た夢を狂気に変えて」
『――……ういみたま、すべてをくらい、のみこんで』
「さあ、出でよ――……!」
『かなたよりいでし、あらみたま――……』
黒い御珠がそう歌った瞬間だった。
全身がふっと浮かぶ。ガラスが一斉に割れた。
揺らぐような衝撃を覚えるのも当然だ。
思わず視線を向ける。
異様を感じたのだ。そこに、いた。
『う、うそ。これ――』
黄色の目。しかし瞳だけで身の丈以上はある。そもそもビルの最上階に至るところにある瞳とは。ぞっとする。離れていく姿を後ろから見るだけで眩暈がする。
日本で生まれた怪獣はマッチョに育って暴れ回る。他にもいた。巨大すぎるコングが。思わず立ち上がり、窓のそばへと立ち寄る。
『ぜんぶ、まさか!』
禍津日神の声に応える余裕すらなかった。
龍に這うようにいる。宇宙の生命体が。駆除するハンターが。他にも山ほど生み出されていく。一世を風靡した化け物たちの饗宴。でもこれじゃあラズベリーが似合うテイストになるが、大丈夫なのか?
『ち、違うでしょ! シュウ、考えるべきはそこじゃない! こんな連中倒せるの!?』
そ、そうだった。すまない。つい心が弾んでしまった。
『力は溜まった!?』
まだ少し掛かる!
『もう!』
下は大丈夫か!?
◆
笑いがこみ上げてきた。
聖剣を握りしめて、そばにいる魔女に問い掛ける。
「なあ、ユニス」
「なによ」
「どう思う? アメリカきたら飛行機で大騒ぎ。そしてハリウッド映画で見かけるような化け物が次々と空から降ってくる!」
「……正直、頭が悪すぎてどうもね」
「なんだよ、ノリ悪いな。キラリみたいになってきてるぞ? 普通たぎるところだろ!」
「あの子、あれで以外と中身は熱いから大喜びなんじゃないかしら」
本を手に指先を地面につけて魔方陣を描いている。
「で? お前はなにしてんの?」
「まあ……ほら。星蘭ばかりずるいじゃない? だから召喚しようと思って」
「お、まじで?」
「ついでに一振り付きでね……さあ、できた。呼んだら私も動けなくなる。ミナト、私の剣士なら守ってくれるわよね?」
「当然だろ?」
「……ふふ。よし」
立ち上がったユニスが指を鳴らす。
魔方陣が輝き始めた。
「陰陽師任せなんてそうはいかない! さあおいで! 私たちの仲間たち!」
その瞬間、魔方陣から噴き出るように人がたくさん吐き出されていく。
キラリがいた。コマチがいて、トラジやリョータがいた。もちろん十組だけじゃない。士道誠心の連中がずらりと勢揃いだ。そして刀を持った少女が最後に出てくる。
おろおろするその子は金長を見つけて、駆け寄っていった。
そうして渡すのだ。金長の刀を。
「ふう――……」
力尽きそうなユニスを片腕で抱き留めて、きょとんとしている仲間たちに叫ぶ。
「年末最後の大宴! 星蘭がケンカ中! なら、士道誠心は!? 邪がそこにいて、そいつらを生み出す悪い連中がいるのならどうする!?」
「なんだかよくわからないけれど」
ハリセンを手にした生徒会長が引き継ぐようにして、叫ぶ。
「星蘭に遅れを取るな! いくわよ!」
「「「「 応ッ! 」」」」
映画で見かけた敵がどれだけこようと関係あるか!
ぶっ倒していくぜ!
◆
戦線が広がっていく。
十兵衞を宿した私がタマちゃんを宿した私を守る。
それだけじゃない。
星が瞬く。光輝く。
私たちの仲間が駆けつけてくれている。
敵がどれだけ強大であろうとも、折れない意思が状況を覆していくの。
怪獣が私たちを踏みつけようとするのなら、コナちゃん先輩たちが二年生マシンロボを作って足を受け止める。三年生の刀鍛冶の先輩たちが相棒と一緒に飛行機マシンロボを作って攻撃して圧倒する。
こんな状況で何を歌っているんだろう、と思う。
単純な疑問だった。答えは明白。ライブ前の準備運動、リハ。そして探すのだ。私にできる何かを。
でも見つからない。だから思っちゃう。
金色を放ちながら、私はいったい何をやっているんだろう、と。
答えを見つけたと思ったら見失って、探し続けて。
夢を手に入れたと思ったら現実になって、夢さえ見失う。
私にできることはなに? 私っていったい、なに?
「煉獄の炎よ!」
カナタが怪獣に挑んでいく。
巨大なコングへと、ユリア先輩がオロチの背に乗って襲いかかる。
みんな暴れ回っているの。
空を三つ筋の雷が駆け巡る。
人を殺す意思を人斬りの意思が跳ね返す。
太陽が煌めき、すぐそばで氷の茨が出現する。強い風が吹いていく。
確かに宴だ。でも――……これじゃ、お仕事でマスコット扱いの時とたいして変わらない。
『――……』
どこからか……ううん、龍の頭から聞こえてくる。
黒い御珠の歌が。
お互いに蚊帳の外。戦いを見守ることしかできない、私たちの歌。
ううん、違う。
黒い御珠は映画で夢見た化け物を次々と生み出している。だから黒い御珠は世界を暗闇へと変えていっている。
なのに私の金色はただただ放たれて、みんながちょっと元気になるだけ。輝いてないし、輝かせられていない。
このままじゃ何もできない。
なにより気に入らない。こんな現実でいる状況を許している私の怠慢が。
どうにかしたい。でもどうしたいのかわからない。
私は何を掴み取りたいんだろう。
戦闘の最中であろうと、十兵衞が私を守り続ける。頼もしすぎる背中が見える。
私の信じた英傑を宿した自分自身の背中を見つめるの。
こんなこと考えている場合じゃないよね。そう思った瞬間だった。
「いいや! 考えろ、見つけ出せ!」
十兵衞が私の身体の自由を奪って叫ぶんだ。
今かかえている悩みこそ大事なのだと訴えていた。
だから必死で考える。その間にも敵の攻撃は私を狙う。
けれど当たらない。十兵衞を宿した私が十兵衞の刀で銃弾を切り裂く。
遠い。十兵衞の背中が果てしなく遠い。私らしい強ささえないのに、十兵衞の強さに届くわけがない。タマちゃんの美に届くはずがない。
私なりの強さ。私らしい歌。
私らしさってなんだろう。自分を信じたとき蓋は開く。じゃあ、その自分はなに?
「――……!」
ガトリングを手にした巨漢が迫ってくる。
私を狙って乱射される。
お父さんとお母さんが大好きな漫画で、明治の剣士二人が苦戦を強いられたそれに、十兵衞は単身で対峙した。放たれる弾を目にも留まらぬ早業で切り払い続ける。
人の身なら無理。絶対に負けちゃう兵器。それでも私の信じる最強は、私を害する敵意を前に立ちはだかって、願いを探す私を守り抜くの。
泣きそうだ。それでも揺るがない。十兵衞なら絶対に大丈夫だという思いの力が、そのまま十兵衞の力になっているのがわかるの。
だから――……泣きそうになるんだ。
『世界の悪意、自分を殺すような何かからお主を守る力……お主の夢や願いを生き続けさせる、未来を見通す強い意志。ハル、あれが十兵衞じゃ。あれこそが、お主の信じる柳生十兵衞じゃ!』
拳を握りしめる。
『信じろ、と背中が言うておる。不器用な男の背中が、分け身のお主のうちにあろうと見えるはずじゃ!』
あれは、私の意地だ。物心ついてから育って、へこたれそうな時が何度もあった。中学時代はその結集だった。それでも私はピエロだろうとキャラを貫き通した。
世間を痛いくらい知って、高校は捨てようとした。けどそんな必要はないとツバキちゃんもコナちゃん先輩も、カナタもいつだって教えてくれる。
なによりかつて願った意地が、思いや積み重ねた時間を過ごした昔の私が叫んでる。
片目を失うと言われるくらいの厳しい修行、厳しい父と対峙して、それでも剣を捨てなかった十兵衞が教えてくれている。
信じたものを信じ抜け、と。諦めず、意地を張り通せ、と。
なら、もう……私らしさなんて考えるまでもない。
クレイジーエンジェぅ。歌手の歌名になっちゃうそんな名前を信じたかつての私がそのまま、私らしさだ。
『ならば、放つ金色はなんじゃ?』
金色を放つのは――……それは願い。
気持ちを届けたい。私でも何かが救えるんだって信じたい。
『もはやその願いは叶ってとうに現実になっておる!』
視界が揺らいだ。涙が浮かぶ。けれど流さず、十兵衞の背中を見つめ続ける。戦うみんなを見つめ続ける。泣いてる暇なんかなかった。
『ツバキがいる! コナがいて、真中がいて! なによりカナタがいる! シュウを救ってみせた! だからその先を見つけ出せ! 放つ金色はなんじゃ!』
喘ぐように息を吸う。いつしか歌は止まっていた。
身体中が震えるの。
空を見上げたらね?
真っ黒なの。黒い御珠がそうしているように……黒く淀んだ空。
まるで中学時代の私が見ていた景色そのもの。
救いはない。誰もが救われる結末はない。現実はつらく厳しく、報われない。
――……そんなの、いやだ。
十兵衞は負けない。あんな兵器に負けるはずがない。そう信じるのは……だって。絶対に折れないと心に決めているから。私の意地の強さがそのまま十兵衞の力を引き出すの。
そこまで折れずにいると決めているのは、救いたいから。自分も、みんなも。暗く淀む人がいるなら、みんなまとめて輝かせたいからだ!
『はじめてのステージを覚えておるじゃろう?』
生徒会長選挙。
あの日のステージを覚えている。
みんなの顔。反応。メイ先輩が招いてくれた。励ましてくれた。トモが私を信じてくれた。送り出してくれた。ノンちゃんが力を貸してくれたの。シロくんが、レオくんが……狛火野くんが教えてくれた。タマちゃんが私を支えてくれた。
ツバキちゃんが――……教えてくれたじゃないか。
『エンジェぅは金色なんだね! みんなを輝かせられる侍なんだ! 光そのものなんだね! いいなあいいなあ、すっごいね!』
だから……私の金色の答えなんて、もうとっくの昔に出てる。
みんなを輝かせたい。それだけじゃないか。
タマちゃんに求めたのは、自分自身に輝きが必要だと思っていたから。どんなに追い掛けても大神狐なタマちゃんに、やっと現実で妖狐に近づいた私じゃまだまだ追いつけないけれど。
私の信じる最強は、折れない心。強い意志。
私の信じる輝きは、たゆまぬ努力。そして夢を見る心。
見えた。見えたよ、答えが。だから……こんなところで、折れそうになってなんかいられないよ!
「その時を待っていた!」
十兵衞が刀を振るう。距離が離れているのに、ガトリングを手にした巨漢は切り裂かれて消え去るの。どんな敵が来ようと、私の意思が夢見た最強が私を守り抜く。
だから私は空を睨みつける。
暗く淀んだ空。それを生み出すほど黒く濁った御珠。
あなたへの答えが出たの。
私はみんな輝かせたい。あなたさえも輝かせたい! だってあなたもみんなも、もっともっと輝けるはずだもん! 私は信じてる! みんなの可能性も、あなたの可能性も!
そう思った瞬間、身体が勝手に動いて特別な時用の葉っぱを取り出すの。ほうり投げるなり、それは私の中から御霊ごと飛び出たタマちゃんになった。すぐに自由が戻る。
「ステージと曲はなんとでもしてやる! ハル、お主の歌をぶちかましてみせい!」
「うん!」
掴み取りたいのは……理想の私。理想の未来。なにより……理想のみんな!
へこたれたくなるような強くてしんどい外力に立ち向かって、夢を見続けられる最高のみんなだ!
大神狐モードへと転じてタマちゃんが道に巨大なステージを創り出すの。化かすにしても葉っぱいらずなんだから途方もない。その中央にいる私はスタンドマイクのそばに立つ。
脅威とみたのか、眼前にいかにも口から第二の口を発射しそうな宇宙生物と、それを駆除するのが特異そうな宇宙人が飛び降りてきた。
十兵衞まで距離がある。
あわや、というその瞬間。
「ちょっと、ぼさっとするな!」
「大丈夫!?」
背に飛び降りた二人によって両断される。
キラリ、マドカ。
誰よりも光り輝く私の星。
二人は夢の結晶なの。私にとってはもう、二人も私の夢そのもの。
マドカは積み重ねることの凄さをいつだって証明してくれる。願えば手に入るという夢を体現している。
キラリは思い続けることの強さをいつだって証明してくれる。諦めなければどんな壁だって乗り越えられることを体現している。
どきどきしてしょうがないの。二人は私の御霊みたいにかけがえのない存在なんだ。
「最高に楽しめる状況下でがむしゃらに歌わないとか、らしくないよ」
デコピンしてから、マドカが私に背中を預けてくる。そうして私たちに迫る怪物たちに積み重ねの刀を放つ。数え切れないほどの修練の証を。
「ハル、輝くなら今だよ? こんなわけのわからないお祭りみたいな状態だからね!」
願われる。
マドカだけじゃない。
「突っ走るのが性分だろ。気持ちが決まってるんならさ」
キラリだ。数え切れないくらいの星を放って、歪に歪んだモンスターをあるべき夢の姿へ変えていく。撃ち抜かれたモンスターがみんなキラリの味方になっていく。
ううん、夢見た人の味方になっていくんだ。キラリの星は、相手の願い星なんだ。
「歌ってよ。観衆はこの場にいるみんな。歌えばなれるよ、一番星みたいに金色に光り輝く歌の大好きな侍に」
そうしてキラリも背中を預けてくれるの。
昂揚してくる。気持ちがどうしようもなくあがってたまらない。
ギンがいる。立浪くんと二人で戦っている。
シロくんはトモや鹿野さんと三人で力を合わせているし……ユイちゃんはレンちゃんと二人で映画で見たキャラクターたちに立ち向かっている。
カゲくんがいる。九組のみんなを率いて刀を振るっている。岡島くんと茨ちゃんが青と赤の閃光になって駆け抜けていく。
中華系の人に狙われて誰かが危うくなると「その手を止めろ!」と命じるレオくんがいて、隙が生まれるたびにタツくんが気絶させていく。
巨大なモンスターが生まれるたびに、狛火野くんが飛ぶ。そうして切り裂いていく。雨粒のように水が散るの。
夢のような現実だ。危険なはずなのに。命がかかっているかもしれないのに。
みんなが夢のままに振る舞っている。
現世じゃない。隔離世だ。だけどこれは現実のできごと。
夢はもう、とっくに現実になっているんだ。
問われているのは、だから――……ただ、夢。
私の夢。
「ああ……」
ツバキちゃんに誰より見てもらいたいけど、それは叶わない。
ううん。些細な問題だ。
どれだけ物理的に距離が離れていても、心の深いところで繋がってる。
絶対に応援してくれる。ぶちかませって気持ちを注いでくれる。今までのように。いつかみた夢に全力で挑み続ける限り!
カナタがビルに向かって駆けていく。ふり返らないけど、背中で伝わってくるの。兄さんは任せろ、お前はお前のなすべきことをしろって。危なくなったらすぐに呼べって。心強いばかりだった。おかげで安心して全力を出せるの。
やるよ。みんな輝く瞬間を掴み取るために歌うの。
途方もない夢だ。
ゴールなんてない夢。
だから、妥協しないの。最高の夢を見続けるの。全力で叶え続けるの。
誰よりも輝きたい。金色に。
誰よりも強くなりたい。金色に。
誰より強く輝かせたい。金色に!
この思い、出番、役割すべて誰にも譲る気はない。
歌う瞬間、私だけのものにするの!
頂点にあるべき、暗闇に隠れた光る星を睨む。
「青澄春灯……澄み渡る青春への道を灯りに変える時が来たよ」
尻尾が弾けていく。九つすべて。
分け身の私を操る十兵衞が、タマちゃんと二人で私に微笑む。
「さあ――……」
歌うよ。私の愛する光り輝く星たちを取り戻すために。
青く澄んだ空を、青春を掴み取るために!
つづく!




