第三百二十一話
気になることはてんこもりだよね、正直。
新しい御珠はどこからきたのかなあ、とか。ユウジンくんがいたなら関わっているんだろうけど、どの程度関わっているのかなあ、とか。レンちゃんと二人のコンビは案外よさそうだなあ、とか。
なんだけど。
「ね、ねえ高城さん。後ろにいる友達に会いに行ってもいい?」
「だめ。春灯は目立つから、大人しくしてなさい」
「えー」
「航空会社に迷惑は掛けない。少しでも騒ぎになったら、いろんな人がうんざりする。引いてはイメージに悪影響がある」
「考えすぎなのでは? さっきめちゃめちゃ盛り上がった後なのに」
「それでもだよ。急にシートベルトサインが点灯したり乱気流に入ったらどうする? 危ないからここにいなさい」
「はあい」
手強いなあ。マネージャさんが手強い。
後ろを覗いてみる。白人のお兄さんは毛布をかぶって寝ていたし、チャンさんは真っ赤な顔していびきを掻いていた。二人とも潰れちゃったんだなあ。
シュウさんはというと、私がしたいことをさらりと実現して後ろに行ってる。獣耳を立てても飛行機が飛んでいるその音にまぎれて何をしているのかよく聞こえないや。耳栓したい気持ちでいっぱい。
もにゃもにゃ考え事をしてたらシュウさんが戻ってきた。少しだけ顔が赤くなっているけど、それだけ。涼しげな顔で「どうかしたかい?」と尋ねてくる。好奇心で匂いを嗅いでみた。どういうやり方をしたのかわからないけど、そばにいる二人のお酒の匂いに比べると普段のフレグランスの香りしかしないのが不思議。
見た目がイケメンなだけに、ホストも似合いそうだと思う。けどきっとテンション高い系じゃないんだろうなあ。
カナタと二人で大声を出してコールするシュウさんとか、ギャグだよね。私は見たいけど。私は見たいけど!
シュウさんは何をしてきたのかなあ。高城さんが肘を掴んでるからそばにいけないのが残念なのでした。
それにしても、十組の二人はもちろんユウジンくんたちにも気づかなかったや。アメリカ旅行に舞い上がりすぎてたのかなあ。
だとしたら、要注意。これからは舞い上がるばかりだ。
どんなに厳しいレッスンだろうと、乗り越える。私は一歩ずつ進んでいくぞう!
◆
飛行機から降りる時はめいっぱい尻尾を膨らませた。
国が違うと空気が変わる。それに世界の色が違って見えるんだって、私は初めて実感した。
きびきび進む高城さんに連れられていく。チャンさんたちには簡単な挨拶しかできなかった。あの白人のお兄さんはなんて名前なんだろう。たくさん気になることがある。
ユウジンくんと話せればいくらでも疑問は判明するような気がする。事ここに至って、シュウさんの次に事情通なのはたぶんユウジンくんだ。直感でしかないけど。
そういう意味では二人ってよく似てる。問題を抱えるし、あまり周囲に打ち明けずに解決しようとする。五月前のシュウさんだったらどうかと思うけど、今のシュウさんならそれこそ国が敵に回らない限りは切り抜けちゃうんじゃないかなあ。そしてユウジンくんも同じに違いない。
「春灯、急いで」
「はあい」
スマホの電源を入れる。お母さんとお父さんから厳しく、Wifi使えるところ以外で通信しちゃだめって言われてる。海外でスマホをいつものノリで使うと、とんでもない高額を請求されちゃうらしいです。ううん。世の中なんだか難しい。アメリカでの注意事項なんて、覚えきれるかわからないや。
だからこその高城さんなので、私は素直に言うことを聞くのです。
列に並び、係員さんのいるところへ一人ずつ行く。みんながあれこれ喋ってる。
「先に行くよ」
高城さんが私の前に行った。獣耳を立てる。真似すればきっと通り抜けられるに違いないよ。
二人のやりとりを頭に叩き込んで、どや顔と共に次の番で足を進める。
パスポートを出して、さあ答えるぞ! と覚悟を決めた時でした。
「――……」
言われた単語がぜんぜん聞いたことないもので「えっ」って露骨に声が出ちゃったよね。
てんぱる私に呆れたように笑って、係のおじさんは聞いてくれたの。
観光かい? って。英語で。聞き直してくれるの助かる。何度もいえすって言ってたら、パスポートにハンコを押して返してくれました。
どっと汗が出たよね。もう! 意地悪すぎませんか! もう!
ぷんぷんしながら荷物を回収。と思ったら、高城さんに衣装トランクを渡されました。
「あ、あのう。これは?」
「トイレで今すぐ着替えてきて。軽くでいいからメイクも直して」
「えええ」
「今すぐ。人が増える前に。ほら行った」
お尻をぺしぺし叩かれる。トシさんもだけど、高城さんもたいがい子供扱いだよね!
まったくもう! 着替えてくるけどさ!
ぷんすこしながら言われたとおりにしたけど、正解でした。
ケースを引いて外に出たら、ブルース・スミスさんがいましたよ。アメリカのニュースメディアの記者さん。それだけじゃない。何人もいたし、カメラを構えてた。
シュウさんが御珠を持ってきたから、その取材かなあって思ったけど。でもファーストクラスにいたシュウさんはもうとっくにいない。なんだろう、と小首を傾げる私にばしゃばしゃフラッシュが焚かれる。
おう! ま、まぶしい! これが俗世の光なのか……!
「春灯、しかめ面はやめて。笑顔」
高城さんに耳元で囁かれて、あわてて笑みを浮かべる。こういう時の表情の作り方はタマちゃんに習っているから大丈夫。
すぐにフラッシュが続く。ちょうまぶしい……!
「あ、あの。これは?」
そばにいる高城さんに囁いたらね? 言うの。
「アメリカじゃ、春灯は人気者のようだ。一人の記者のおかげでね」
「おう……ブルースさん」
「彼、方々に顔が利くようだ。これからも仲良くね」
「仕事のためじゃなくても仲良くするよ? いい人だし」
「ならその方針で」
なんだか手強いなあ。
大人は私ほど簡単な理屈では動いていないみたいです。
◆
待ち受けていた通訳さんと合流して、いくつかのインタビューを受けました。
といっても尻尾についての疑問とか、刀についての疑問とかが多い。我々が大好きなコミックのヒーローみたいな不思議な力はないの? と聞かれたから、化け術を一つだけ見せてあげた。葉っぱを狐に変えて、尻尾を増やしてタマちゃんに化けてもらう。
いくらタマちゃんでも英語は喋れまい、と思ったんだけどさ。
「――……」
ぺらぺーら。ぺらぺーら。なんでよどみなく話すの?
ま、まさか私に隠れて英語を習得してたの!?
「当たり前じゃろ? このくらいはな」
くうう! も、もしや十兵衞もぺらぺーらなの?
『よせ。興味はない……まあ、あの世で酒の相手をしてくれる者との会話で困らない程度だ』
なんですと……!
ね、ねえ? 二人の知識フィルターみたいなもので翻訳してくれたりしない?
『気が進まん。なんのための通訳だ』
『そういうことじゃなあ。悔しかったら自分で勉強せい』
うっぷす。
『そういう反応だけ覚えるのはどうかと思うぞう』
ぶうううう! わかってますよーだ!
はあ。なんてこった。どんどん子供になってる気がする。こんな調子でだいじょうぶかな?
◆
メディアに反応、ご飯を食べに行く。著名人が集まるパーティーに顔を出すの。いま着ているラフな着物姿でね。
TVショーに出たりするしでもう目まぐるしい。尻尾に触られるわ、獣耳を弄られるわ。あれこれ英語で囁かれるわ。それだけじゃない。何回もハグをしたし、何回もキスされました。
ブルースさんはいったいどういう伝え方をしてるんだろう。まるでこれじゃアメリカを救ったヒーロー扱いだ。私なにもしてないよ、これはかなり本気で。少なくともアメリカ相手にはなにもしてない。だけど、すぐに理由はわかった。
「青澄さん、何か一曲頼む、とのことです」
通訳さんに言われてステージに上がる。私を見つめる好奇の視線を浴びながら痛感した。
『見世物小屋のペットじゃなあ』
まあ、そこまで言わなくてもいいと思うけどね。
要するに物珍しさが受けてるだけ。パーティーに招かれたピエロみたいなものだ。
歌にしたって、私がすごい歌を歌うことは別に期待されてない。談笑しながらこちらを見ているのがいい証拠。
『さて、どうする? 見世物で終わるか?』
十兵衞、のんのん。それはないよ。
私は仕事をしに来た。ぶちかましにきたの。だから、最初から全力でいくよ。
叫ぶように歌うんじゃない。泣かせるために歌うんでもない。
自己紹介をするために、歌うんだ。
「――……どうも、歌が大好き侍、九尾の青澄春灯です」
ピアニストさんに高城さんが通訳さんを通じて曲を知らせている。
すぐに奏で始める音楽に添って歌うよ。
トシさんは……出発前に言っていた。
「いいか、春灯。物珍しさだけで呼ばれても……連中のハートを掴むやり方はいくつかある。一つだけ教えといてやる」
「なんです?」
「連中の大好きな歌を……連中が聞いたことのない最高のレベルで聞かせるんだ」
だから歌うよ。国歌を。私なりの全力で。
響かないのなら、そこまで。見世物で終わって帰るだけ。
だけど……私はちゃんと意味を調べてある。
光を思い、煌めきを放つ。星々を連想するのはたやすい。キラリがたくさん見せてくれるから。光だって同じ。マドカが見せてくれるから。
尻尾を震わせろ。立てるんだ。
好奇と適度な無関心を浴びせられても雄々しく翻る旗のように、私は歌ってみせる。
全力で。心は常に勇者のつもりで歌うのだ。
それこそ彼らの愛する歌だと私は思うから。
歌い終えた私は――……万雷の拍手で、きっと、初めて迎え入れてもらえたのだ。
……よかった。
お前なに勝手に歌ってんねん、お前程度が歌う曲ちゃうぞ、みたいな顔されたら逃げるしかなかった。でもできたよ。トシさん。私、仕事がんばるからね!
ああ、でも……そろそろカナタに甘えたいです。カナタは今、どうしているのかな?
◆
くしゃみをした。十二月……アメリカ、西海岸。
まさか来ることができるとは思わなかった。
兄さんが手配してくれたホテルに、しかし兄さんはいない。英語は正直、日常会話ができるほどではないが、それでもなんとか駆使して後輩たちと合流する。
安倍ユウジン、金長レン。そして鷲頭ミナトとユニス・スチュワート。ユニスがいるのだから英語は問題ないかと思いきや、彼女は赤面しながら俯くだけ。喋れないらしいのだ。ならば俺が頑張るしかあるまい。
それにしても奇妙な面子だ。安倍と金長に関しては兄さんの手配によるもの。しかし鷲頭とユニスはどうやってここへ?
日本にもあるハンバーガーチェーンでセットを頼み、みんなで食べながら尋ねると、鷲頭が笑って言った。
「まあ、ちょっと……二年のラビ先輩やシオリ先輩ほどじゃないが、俺も情報にはツテがあるんですよ。英国の協会から派遣されたユニスもいますし」
「なるほど」
素直に話す気はないということか。面倒な後輩が増えたものだ。
「いえいえ。俺は今回、先輩や日本の力になりにきただけです。なあ、ユニス」
「……まあね」
ユニス嬢は不機嫌そうにポテトをぽりぽりかじっていた。
「日本食が恋しいわ……」
「レンも同意。安倍はどうなの? あんたに洋食って絶妙に似合わない」
「大好きやけど。お肉は特に」
ハンバーガーをちまちま小さい口で食べる安倍といい、金長といい。二人の尻尾はかなり目立つ。好奇の視線を浴びてはいるが、二人は気にした様子がない。ハルを見ていればわかるが、日本にいても日常的に浴びる類いの視線だから気にならないのかもしれない。
「ところで、せんせはどこ?」
「兄さんか。連絡が取れないんだ。一応事前に、御珠をしかるべき場所へ届けるためにさらに移動すると聞いているが」
詳細は不明だ。今回はいわば招かれたゲストなわけだし、なにより兄さんのことだから、よっぽどのこともないだろうが。
「軍の施設に搬送。軍人相手に御霊を抜けるか実験。あとはあらゆる有識者を集め、御珠の分析。その繰り返しになるから、きっと外出できないと思いますよ」
「……鷲頭は妙に悟ったように言うんだな」
「いやあ、たまに大外しするんですけどね。俺に推理は向いてねえのかな」
快活に笑う鷲頭の脇腹をユニスが肘で突く。
「調子に乗らないの。コマチのお母さん相手にだって外したじゃない」
「名探偵、憧れなんだけどな。面白くね? 極道名探偵」
「私の騎士になったんだから、そんなふざけた称号はやめて」
「割と本気なんだけどなあ」
笑う鷲頭と顔を顰めるユニスはいいコンビのようだ。漂う空気は和やかなものだったから。
「それより仕事しに来たのに後は観光しろってノリ? こんなことならレンは来たくなかった。お姉さまのそばにいたかったんだけど」
「せんせに何かあったら助けにいかんと」
「救助隊ぃ? 政府間で既に取り決めがあるなら、よっぽどのことなんて起きないでしょ」
「いいや……起きるよ」
ハンバーグをテーブルに置いて、懐から出した狐の面をかぶりながら安倍が笑う。
「海上での一戦だけで満足するはず、ないやろ?」
嫌な予感がする。何せここは不慣れな場所だ。レプリカは眼鏡にして常に身に付けているし、刀も持っている。持ち歩くための手続きが煩雑すぎるので、袋に入れて隠してはいるが。
戦力としてはかなり頼りになる安倍たちは刀を持っていない。救いなのは鷲頭が剣を手にした事実だ。ユニスは妙な力を感じる本を持っている。
ハルもいる。刀を渡してやりたい。しかしアイツは今回、仕事で来ているんだ。邪魔はできないし、またするべきでもない。アイツの将来に関わると思うから。
兄さんに何かが起きたら、俺が助けよう。あとは……できれば、年越しの瞬間にアイツのそばにいられたらいいと思うのだが。
それはさすがに欲張り過ぎだろうか?
◆
車にのせられて、御珠と共に移動する。
同席した兵士たちは寡黙だ。アメリカ人らしくジョークの一つでも飛ばしてくれればいいのだが、刀を帯びた日本人相手だと気軽にはいかないのか。
夢を見ていた。国と国の関係は一筋縄ではいかず、また清廉潔白としたものでは到底いかない。それでも……映画が好きな自分としては、この国の掲げる理想それ自体は素晴らしいと思っていた。まあ、傾倒するつもりもないのだが。今年は不安になるようなニュースばかり聞こえてきた。この先どうなるやら。
たとえば……鋼鉄の男の一作目なら、自分が彼らにジョークを飛ばし、彼らも和んでいる移動中に襲撃を受けて。主人公は拉致され、スーツを手に入れたものだ。
さすがに彼らの領地でそんな危険な目には遭うまい、と思っていたのだが――……
「な――」
車が揺れた。壁に身体が叩きつけられる。まるで何かにぶち当たったかのようだ。
直後、波動を感じて魂を引きはがされるような感覚に喘ぎ、咄嗟に御珠を手に車の外に出る。
すると、いた。中国系の顔ぶれが入り混じる集団が、武器も持たずに自分を取り囲んでくる。
「……チャンさんのお知り合いかな?」
強ばる顔を自覚しながら英語で問い掛けた。返事はなくてもやむなしだと思ったのだが。
「いいえ。我々は……見えざる手、とでも申しましょうか」
眩暈がしてきた。
憧れてきた。この国に。正確に言えば、この国の理想やフィクションに。
だからといって、初手でこれはやりすぎじゃないのか?
そもそもアメリカにはこの手の連中などいないと思っていたのだが。その見立ては甘すぎたようだ。
「ミスターヒムカイ。お越し頂けますか? そちらのオーブと一緒にね」
「……断ったら?」
「よしなさい。あなたが傷つくだけだ……試してみますか?」
ため息を吐く。どうやら……アメリカの旅は、一筋縄ではいかないようだ。
つづく!




