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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十九章 青冬空上コロシアム

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第三百十九話

 



 眼前に突きつけられた銃口に思わず両手をあげる。


「ありがとう。黙って席に戻って? そうしたら悪さしないから……ね? たんなるサプライズだから」


 たんなるサプライズ? 拳銃の銃口をつきつけられるのが?

 現実での脅威に戸惑う。隔離世ならなんとでもするけど、現世でこれはいきなり心臓に悪い。

 一歩、また一歩と下がり、ふり返って急いで席に戻る。窓際に座っている連中が立ち上がり銃を構えているのはなんの冗談か。持ち物チェックの意味とは。


「ずいぶん早いお帰りやね」

「どどどどど、どうするのこれ!?」

「まあ、静観やね」

「静観って!」


 動じない。安倍ユウジン、動じない。

 どんな神経しているんだ、と思いながら黙り込む。

 CAさんたちも落ち着かない顔をしていた。それだけじゃない。

 なぜ楽器を手にした連中がいる? なぜカメラやマイクを構えている奴らがいる。


「みなさん、突然のサプライズで申し訳ございません。我々は小規模ながら映画の撮影にまいりました。張幽界商会の者です。この度、新規の映画撮影を香港をメイン舞台に始める予定なんですよ」


 歓声があがる。


「そこでちょこーっとハイジャックシーンを撮りたいんです」


 まさにハイジャックする準備満タンの銃器を手に言われましても。カメラとかもあるけどさ!


「とはいえね? 一般的な緊迫感のあるシーンより、もっとエンターテイメントによった賑やかに盛り上がっていただくシーンが撮影したいんです。日本語で言うところの、ギャップ萌え?」


 いや、萌えないぞ。ちっとも萌えないぞ。レンは意味を間違えているところにきゅんとなんてこないんだからね!


「それも、よりライブ感のある映像がいい。そこでみなさんの出番です」


 どういうノリだ、それは!


「がんがん音を鳴らしますので、少々お時間をください。ご協力頂ける方はわいわい騒いでください。大丈夫、航空会社の許可は得ています」


 聞いてないぞ……!


「その間、我々は仕事をしますし、みなさんも……これは撮影ですので、もちろん無事に目的地に到着できます。どうぞお気遣いなく」


 そんな無茶な、と思った。こんなの聞いてないし、普通にあり得ないだろう。

 どう考えても御珠を狙った一団だ。けれどこれじゃ下手に手を出せない。

 なにより、


「やっべ、映画の撮影だってさ!」

「顔でちゃうの? え、ハリウッド? それとも会社の名前的に中国? 香港? もうどっちでもいいや!」

「いえーい!」


 エコノミークラスで喝采があがったのは事実だった。

 平和か。


 ◆


 エコノミークラスに歓声があがったことにもちろん私は気づいていた。

 魔女の力を使うまでもない。そして使いたくても使えない。

 身動きが取れなくなっていたのだ。隣に座っている男が出したナイフをのど元に突きつけてきたせいで。横を見たらミナトも抵抗できなかったようだ。

 いつしかビジネスクラスは黒いニット帽で顔を隠した連中に占拠されていた。

 秘密裏に運ぶどころか、大々的に目立っていないか? これ。やはり輸送方法に問題がありすぎたのでは?

 それとも……連中も私たちもエサに食いついた形なのか? わからない。

 ただわかるのは。


「――……」


 無言の黒帽連中の目的は、ハイジャックとかいう類いのものじゃなさそうだということだった。


 ◆


 操作したら映画が見れるとかすごい! テレビついてる! ファーストクラスぱない! ぱないですよ!


「ねえねえ高城さん。なに見ます?」

「春灯……こちらはこちらで見るので、どうぞお好きに」

「冷たいお返事!」


 しょんぼりしつつ、シートベルトを外して座り直す。それでも尻尾が窮屈なのでシートを倒したい。ファーストクラスでも一応後ろの人にご挨拶するべきだよね。

 えっと、えっと。


「すみません、シートを倒しても?」

「ファーストクラス、寝そべるレベルで倒せる座席にもかかわらずそんなお気遣いを。日本人は奥ゆかしいな――……女神か」

「えっ」


 後ろにいたのは二、三歳くらい年上っぽいお兄さんだった。

 隣にいる顔つきはきつめだけど明らかに美人のお姉さんに膝をつねられてる。


「いたたたた! 李くん、やめてよ。ちょっと本音いっただけじゃないか」

「社長、よしてください。後ろで仕事中ですよ?」

「そうだった。どうぞお嬢さん、シートはお気になさらずに。それこそがビジネス以上の特権だと私は勝手ながら思いますよ」

「はあ……」


 へんてこだけど気さくな人たちだなあ、と思いながら引っ込もうとしたんだけど。


「待って。君は青澄春灯くんですよね? 失礼、ネットで君のニュースを見たことがあるんだ」

「おう……変なところで有名人な私。どうも。私が青澄春灯です」

「申し訳ない……噂の尻尾を見せてもらってもいいかな? 美しいと評判でね、是非みてみたい」


 おう。ドヤ感たっぷりのわざとらしい口調もスルー。いいですけど。


「あ、どうぞどうぞ」


 立ち上がってお尻を向ける。ゆさゆさ揺らしてみせるとお兄さんは嬉しそうに顔を緩めた。


「昔生まれた国で――中国なんだけどね――聞かされたんだ。妲己という名前をご存じかな?」

「あ、えっと。玉藻の前と妲己は同一人物説で知ってます」

「それだ……君とは縁を感じるね」


 すっと手を差し出された。

 おずおずと手を差し伸べると、そっと包まれる握手。すぐに離れるところもなんだかスマートだった。


「チャン・ハオランだ……李くん、名刺。日本人向け、それもお近づきになりたい人用のやつね」

「かしこまりました」


 隣のお姉さんがカバンから出した名刺を受け取り、私にくれるの。


「我が社は……張幽界商会はね。世界中で手広くビジネスをやっている。今度は映画作りに挑戦しようとしているんだ」


 野心的だ。でもいいな。なんだか可能性たくさんありそうで。


「私の生まれた祖国と君の国とは現在摩擦が絶えないが、そんな関係を乗り越えて君とは仲良くしたい。どうぞよろしく」


 言われた通り、張幽界商会ってある。取締役なんだって。

 日本人でもわかる書き方……っていうかこれ日本人向けの名刺なのかな。

 携帯番号だけじゃなくSNSのアカウントも乗ってる。しゅごい。


「チャンさんですね。よろしくお願いします」

「ええ」


 にっこり笑うチャンさんと私たちに聞こえるように咳払いが聞こえた。

 通路を挟んで反対側にいるヒゲの濃い白人、それも妙にマッチョなお兄さんがこちらを睨んでいた。


「失礼。エコノミーじゃないんだ。雑談されると気になる」


 鋭い視線に、僅かに一瞬だけ差すような殺気が籠もる。

 けれどすぐにチャンさんが浮かべているような人なつこい笑顔になる。


「すまない。映画を楽しみにしていたんだ。さっきの彼女の歌なら別だが、そうでなければ映画を堪能したい」

「これは失礼……ところで、ミスター。どこかでお会いしましたか? 仕事絡みで顔を合わせたことがあるような……」

「見覚えがないな。あいにく、仕事中はマスクをかぶるんだ。正装でね。それにそこの尻尾の彼女くらい特徴がないと、アジア系の顔はどうも覚えられない」

「それは残念。ときに、あなたは仕事でこちらに?」

「いや。それは……今は部下に任せている。何事もなければ、俺はひとまず映画を楽しめればそれでいい」

「それはなにより」

「アンタはどうなんだ」

「私も……ちょっと面白い映像が撮れればそれで満足です。それでは」


 チャンさんが優雅にお辞儀をして、私に目配せして席にもたれかかる。

 私も私で座席に素直に戻ります。

 なんでだろう。二人とも視線がばちばち火花を散らしていたような。

 よくわからないけど……私も映画みよっと。

 飛行機の移動音が凄すぎてよくわからないながらになんだか騒がしいけど、アクション映画でもやってるのかな? 音楽まで聞こえてきた気がする。


「そうだ、ミス青澄。もしよかったら後ほど一曲お願いしても? ちょっと後ろで我々の仕事をするので、力を借りたいんです」


 チャンさんの呼びかけに、私はもちろんいいよって答えたよ!


 ◆


「目的のものの反応は?」


 レンに拳銃を突きつけた女の言葉に銃を構えた男達は頭を振る。


「機内にそれと思しき反応はありますが……広範囲すぎる」

「レプリカと大差ありません。正直これではなにがなにやら」

「強いて言えば我々のものと、ビジネスクラスの連中のものにまぎれています……貨物に微かに大きな反応あり」


 ここにいたって連中の目的がなんであるかは判明した。

 レプリカという単語が示すもの。そして探し物をしていること。

 どう考えても御珠狙いだ。まさかここにいたって金塊が山ほど運ばれているとか、国家存亡に関わる重大な書類が、とかないだろう。それはない。いくらなんでもない。

 カメラを向けられて迫真の演技――に見えてただの仕事をする女に、エコノミーの乗客は見惚れている。なるほど、冷静に見れば北斗のお姉さま、とまではいかなくても美人だ。絵になるといえば絵になるが。


「貨物室へ行きたい。案内を」


 男達の返事に女はすかさずCAに指示を出した。素直に従ってみせるCAだが顔色は浮かない。どう反応すればいいのかわからないのか、それとも事前に撮影の話は通っていて緊張しているのか。

 だが見ようによっては迫真の演技の真っ最中のようにも見えるから始末が悪い。カメラが入っているせいで、エコノミーが独特の雰囲気に包まれる。

 どちらにせよ、レンには手が出せない。彼らを下手に刺激はできなかった。

 女は貨物室に下りるという。

 思わず安倍を睨む。輸送に関しては彼が緋迎シュウから目的の物を預かっていると聞かされている。それをどう隠したかはレンにも知らされていない。

 けれど彼は涼しい顔をして、化けた男のままでいる。自分の正体などばれるはずがないという自信か、それとも御珠の在処は絶対にばれないという自信からなのか。

 できれば両方であってもらいたい。

 それにしても……。


「放置するわけ?」

「乗客のみなさんも大人しゅう楽しんではるし……別にええやろ。撮影で済むならそれで」

「レンは気になる」

「ばれない自信があるなら、どうぞお好きに」


 標準語で、わざわざいちいち癪に障る言い方をするな……まあいい。

 化け術に関しては国内最強を自負しているんだ。狐になんか負けてたまるか。

 手を丸めて小さく呟く。ヘビでいい。小さくて目立たない、フロアにまぎれる色のヘビ。

 それ――……どろん!

 手の内から出したヘビに意識を預ける。するすると床を這い進んで、人の足の間を抜けて女を追い掛けた。

 その後ろで。


「……なあ、アンタの奥さんすごいな。この状況で寝るか? 俺なら歓声の一つもあげて映画に関わりたいけどな」


 安倍に他の客が話しかけている。すると安倍は余裕たっぷりに答えた。


「肝が太いんです。狸のお腹みたいにね」


 ほんと、腹立つ狐だ。


 ◆


 ビジネスクラス中が黒ニット帽だらけ。むしろ乱入者は私とミナトだけ。

 この状況下で彼らは後部を――エコノミークラスを気にしている。

 何かが起きているのか? そうと気づいたからミナトと目配せした。

 事態が動くのなら、そう遠くない。

 さあ、どうする。


 ◆


 チャンネルぽちぽち変えている時だった。


「社長、そろそろ」


 後ろで聞こえた李さんという女性の呼びかけにチャンさんが席を立った。

 そうして私のそばに来て言うの。


「それではミス青澄。景気のいい曲を、そうだな……渋谷で歌っていた曲をお願いできますか?」

「ええ、それはもちろん。でも迷惑になりませんかね?」

「怒られたら私から謝りますので……頼めます?」


 どうしようかな、と悩んで高城さんを見た。

 私のマネージャーさんは笑顔で親指を立ててきた。ぶちかませ、の合図だ。

 ならいっか。


「よおし。それじゃあ後ろの社員に聞こえるように合図しますんで。盛大に――……パーティー!」


 チャンさんが大声をあげた瞬間、エコノミーから爆音が聞こえてきたの。

 ならばと口を開いて歌ってみせるよ! あげあげで!

 それにしても、海外行きの飛行機ってなんだかたのしいね!


 ◆


 女は男達に視線を交わした。

 銃を構えた連中はみな前方を気にしていた。

 何かいるのだろうか。わからない。けど気になる。

 瞬間、前方から男の大声が聞こえてきた。

 それが合図のように、エコノミーで楽器を取り出した連中がかき鳴らし始める。

 あんなもの機内に持ち込むなよ、という魂のツッコミは、しかしヘビじゃできない。それに速度も出ない。

 ネズミに姿を変えて急ぐ。分け身の変身は楽勝だ。

 長い距離を移動して、黒いニット帽に顔を隠した集団を目にして思わず声を上げた。


「ちゅう!?」


 次いで青澄春灯の歌声が聞こえてくる。

 まさかそれが開戦の合図だったなんて、レンは思いもしなかったのだ。


 ◆


 ニット帽たちが動き出した。銃声が鳴る。甲高い金属音も続く。

 すかさず私のそばにいる男に電撃をお見舞いして失神させた。ミナトもミナトで一瞬を逃さず、男を一撃で倒していた。見えなかったけど。

 すぐに立ち上がろうとして、けれどミナトに椅子に引き倒された。そのまま床に寝転がる。

 なぜかエコノミーから爆音が聞こえるだけじゃない。ファーストクラスから青澄春灯の大きすぎる歌声が聞こえてくるから、思わず大声で尋ねる。


「どうして!?」

「あほか! 飛行機を壊したら俺たち全員死ぬぞ!」

「そうはいっても――」


 銃声が続く。火薬が弾けて、吐き出された弾丸が機内を削る音が聞こえる。

 けれどどういう理屈か、飛行機に穴を開けたりはせずに済んでいる。

 まるで――……隔離世の技術が使われているかのように。

 それだけじゃない。明らかに連射できる銃弾を黒いニット帽たちはナイフで切り続けているのだ。尋常ではない体さばき。通常の人間には無理。でももし――……御霊を宿しているのなら?


「さあ、あげていこうぜ!」

「この状況でどうやって!?」

「ここで活躍できりゃあヒーローだ!」

「もうなにがなんだか!」


 聞こえるロックザビート。そしてニット帽たちと銃の持ち主たちの狂乱。

 すべてが狂ってる。こんなの頭がおかしい。なんでミナトは笑っているんだろう。


「並み居る英傑の一部がここに集まった。さあ、ユニス! 教えてくれ!」

「えええっ」

「お前の夢を。どうしようもない現在を変える夢みたいな魔法はあるのか!?」


 喘ぐ。あればいい。あるのなら、私たちはきっと飲み込まれて終わる程度の存在に留まらない。きっと何かを成し遂げられるに違いない。

 ああ、それでも。

 翻弄されて見えない。

 クラスメイトの全員がいたのなら?

 トラジは率先して乗り込むだろう。リョータも迷わずそれに続く。流されずに自分なりに頑張ろうとするコマチがいて、なにより自分らしく強くあろうとするキラリがいる。

 みんなならきっと迷わず乗り込む。それが十組らしさだった。

 どこかで距離を置いていた。そんな自分を吹き飛ばすように、ミナトが笑うのだ。


「いいや、あるんだろう!? だってお前は士道誠心に来た! 俺たちの仲間の魔女なら、絶対に魔法を持っているはずだ!」


 悔しいけど。ああ――……確かに。

 あればいいと願い続けて、求め続けて魔法を手に入れた。

 だから、ある。夢みたいな魔法は、絶対にある。

 私はもう、とっくの昔にそれを手に入れている!

 最後の確認だ。


「いいの? こんなノリと勢いで手に入れちゃって」

「ばっかお前、ノリと勢いで手に入れるから最高なんだよ!」


 快活に笑うミナトを見て、そして受け入れた。

 なるほど。確かに彼の言うとおりだ。

 昔はどうか知らないが、今の士道誠心は、そういうバカっぽさや突き抜けたところが素敵だと思う。

 ならば、やろう。私ももう、その一員なのだから。


「引き抜けるかどうかはあなた次第!」

「いいねえ!」


 笑う彼が私を抱き上げた。既にビジネスクラスは戦場と化していた。

 銃を手に乗り込んできた中国系と黒いニット帽たちが格闘している。天井にどういうやり方によってなのか、足をつけて戦いあっている奴らもいる。

 火花が散っている。むしろこれでよく現世の飛行機に悪影響がないものだと感心する。これが隔離世に身を置く人々の戦いだ。

 たとえ現世で戦おうと、その力を発揮する。現世の物質に影響を与えず、破壊もできない。人も傷つけられない。魂は――破壊できない。

 それでも夢はある。人ならざる饗宴を人の身で行なう。その可能性は計り知れないと私たちは既に身をもって何度も体験している。

 だから――……願うのは、もう、ただ一つ。


「さあ――……かつてその剣を振りし者の亡骸よ! 岩へと転じて出でよ!」


 魔力を総動員して、がむしゃらに天井に突きつける。

 そこら中から力を感じる。御珠の持つ不思議な力を。だからきっと、いけるはず。

 その願いは叶う。

 天井から噴き出てくるかつてありし人の身。それは岩へと転じて、その背には確かに剣が刺さっていた。

 抜けるか、いなか。

 あとはもう、彼次第。


「ずっと夢見ていた。お前が気に入る顔は――……どんな顔だ?」


 柄に手を掛け、握る。ミナトの姿が目まぐるしく変容していく。

 イギリス生まれの親の娘だ。相手も同じような容姿がいいと夢見た時期もあった。

 そうだな。たとえば最近復活したホームズのドラマの主演……よりはもっと普通に、キングスマンの主演くらいでいいかな。

 でも……彼に望む姿は一つだけ。


「私の知る姿で……ううん。あなたの望む姿が一番いい。私の聖剣を抜くのは鷲頭ミナト! あなたなのだから!」

「なら……ちょうどよかった。俺もこの姿が一番気に入っている!」


 よく知る姿をとって、彼は聖剣を確かに引き抜いたのだ。

 さあ、戦いが変わる。ここからは――……私の王が立ち向かう!


 ◆


 目を奪われていた。

 金髪の魔女が使う魔法、そして人の形をした岩から剣を引き抜いた少年の無双を。

 人を斬りはしない。ただ片っ端からなぎ払い、壁に叩きつけ、倒していく。


「――……」


 青澄春灯の歌が憎らしいくらいに合う。

 あがる音、ドラムやベースのリズムラインに合わせて少年が聖剣を振るう。

 名前をいくつも持つ。誰もが少年を傷つける。

 だから少年に魔女は鞘を差し出した。受け取り、戦う少年は無傷。

 剣に這う蛇が蠢くたびに、彼に敵意を持つ者の動きが止まる。

 その都度、彼は剣を振るう。そうして……エコノミーまでの武器を持った連中を制圧してしまった。カメラはばっちり、その場面を撮影していた。


「――……」


 最後のフレーズを歌い終えて、曲が止まる。

 少年の活躍に拍手喝采があがった。彼の聖剣がのど元で止まっていた女は完全に降参の意を示していた。

 ファーストクラスから中国系の男が女性を連れて歩いてくる。


「みなさん、お楽しみいただけましたか? 張幽界商会取締役のチャン・ハオランです。みなさんのご協力に感謝いたします。うるさくてすみません。歌姫の歌は聞こえましたか?」


 それぞれに声が上がる。確かに聞こえた、と。誰だっけ、と呟く者もいる。


「青澄春灯です。私は……失礼、国籍不明でね。中国生まれで、社名もいかにもですが」


 流暢な日本語で語られるユーモアに大人たちから和やかな笑い声が起きる。


「それでも知っている。彼女の歌はいい。日本人は素晴らしい夢をお持ちのようだ」


 緩やかに語りかけ、微笑む。人なつこい笑みだ。

 ニュースで聞くような、嫌味なところは一つもない。


「突然の依頼だったのですが、みなさまと我々のために協力してくださいました。どうぞ彼女のことを覚えておいてくださいね。それからもちろん、我々の映画についてもチェックいただけると幸いです。では」


 優雅にお辞儀をするチャンに喝采をあげる観客たち。安倍もそれに混じって拍手をしている。よくもまあぬけぬけと。

 まあいい。この隙に戻ってしまおう。分け身を消して、瞼を開ける。


「お目覚めのようで……楽しめたようやね?」

「おかげさまで」


 笑顔で答えてみせたが、しかし内心は疑問と出遅れた思いでいっぱいだった。

 御珠はどこにあるんだ。

 席に戻るスタッフたち。荷物をコンパクトにまとめておさめている。

 黒いニット帽の連中は顔を晒して席に戻っていく。和やかに状況を楽しんでいる観客に対して、そこらにいる連中は腑に落ちない顔をしていた。

 当然だ。目当てのものが見つからないのだから。

 隣にいる男の脇腹をつねる。


「こわいわあ」


 けれど彼はくすぐったそうに笑うだけ。顔を寄せて囁く。


「私たちの指輪はどこにあるのかしら」

「夜空の下やね」

「……ひどい男」


 こいつと付き合うのは、今回でもう終わりにしよう。絶対にやだから! もう付き合ってなんか、あげないんだから!


 ◆


 賑やかな音は終わった。チャンさんがエコノミーから優雅に歩いて戻ってきたの。

 そうして私に拍手してくれました。


「いやあ、いい歌でした。いい余興になりましたよ」

「いーえー」


 のんきに答える私に、あのマッチョな白人のお兄さんが笑うの。


「……歌はいい。文化の香りがする、と日本人は言うのだろう? 予期せぬ来訪者もいたようだしな。チャンさん、我々はこれで手打ちかな?」

「ええ、ええ。それがいい。かすめ取れるならそれにこしたことはないけれど」

「それで命を落としちゃ意味がない、ということか。違いない……手を汚す機会はない方がいい」


 二人はまるで示し合わせた台詞のように掛け合いをして、笑い合う。

 何を話しているんだろうね? よくわからないけど。


「春灯、いつまで立っているんだ? 座りなさい」

「はあい」


 尻尾が窮屈だから落ち着かないんだけどな。

 でも高城さん、怒ると怖いから素直に従っておこう。

 ようし、今度こそ映画を観るぞう!


 ◆


 座席に腰掛けて、CAさんに見とがめられる前にミナトの剣をそっと消す。

 隣の男達はもう戦意がないみたいだ。私たちに目礼するだけ。

 敵ともいうべき連中に挟まれている状況下でミナトが笑う。


「シュールだよな。笑いどころじゃないか? さっきまで戦った連中と並ぶの。なあおっさんたち、なんか喋ってくれていいんだぜ?」

「よしてよ。静かな人たちなの。ほっときましょう」

「けどなー」


 にやにや笑って、まったく。放っておけばいいの。

 それにしても――……緋迎シュウには完全にしてやられた。


「ところでユニス、御珠はどこにあるんだ? なんでみんな大人しく矛をおさめてんの?」

「彼らが本気じゃなかったということね。あとは……諦める理由を説明すればわかることなのだけど」


 空を浮かぶ巨大な人類の叡智。


「――……飛行機まるまるよ」

「は?」

「御珠を飛行機に変えたのよ」

「……まじかよ」


 飛行機そのものに変えたのなら、奪う手段を限定できる。

 それこそハイジャックでもしなければ奪えない。


「恐らく、搭乗席にいるわ。緋迎シュウご本人がね」


 そして、霊子を操る術に最も長けた本人がいるのなら、誰にも手は出せまい。

 なにせ、緋迎シュウが望めばたやすく余計な人間は吐き出せるのだから。

 隔離世で戦いを仕掛ければどうにかなる? いいや、なるまい。彼は現在の日本最強なのだから。彼だけじゃない。青澄春灯や安倍ユウジンたちがいる。もっとも……今回の作戦を本質的に把握している人間は、せいぜい安倍ユウジンくらいのものだろうが。

 あまりにも大胆すぎるし無茶苦茶だ。

 とはいえ納得した。もし御珠を変えるだけの力があるとするのなら、彼を置いて他にはいないだろう。

 これだけの行動を取れば、まず確実にアメリカに御珠を運べるに違いない。そして……アメリカがどれだけごねても、緋迎シュウは確実に御珠を持ち帰るだろう。

 眩暈がする。けど――……ミナトの剣の刺さる岩が天井に現われた時に確信した。

 本当に、とんでもない。けれど理解した。

 マシンロボに影響を受けて決めたのだろう。今回の策を。だから私はミナトに尋ねた。


「……飛行機の操縦って、男子の夢だったりするの?」

「そりゃあそうだろ。羽田の整備工場の見学で操縦席を特別に見せてもらった時には感激したもんだ」


 ああ、ほんと。

 男の子って……いくつになってもばかなんだろうなあ。


 ◆


 くしゃみが出た。


「緋迎さん、風邪ですか?」

「いえ、噂でもされているんじゃないでしょうか」


 笑ってみせると、操縦士と副操縦士の二人は笑い返してくれた。

 本来操縦席に入れる身分じゃない。とはいえこの飛行機は特別製だ。

 後ろに控えて霊子を操り続ける。現世にいながら行なうのは難しいが、しかし可能だ。

 機長たちの仕事を後ろで眺めながら微笑む。

 夢だった。まさか飛行機を動かしている場面を見られるなんて。

 さすがに規則があるし、乗客の安全を守る意味でも操縦席に座ることはできないけれど。

 霊子から伝わってくる全能感は途方もない。

 東京黄泉事変と名付けられたあの一件で目にしたマシンロボの応用だ。すぐに思いついて、そして我ながらこれならばと思った。

 意気込む金長レンには黙っていて申し訳ない。とはいえ機内に乗っている警察関係者同様、有事のための貴重な戦力だ。その時がきたら活躍してもらう予定である。

 ちなみに安倍ユウジンは呆れた顔をしながらも賛同してくれた。


「せんせ……子供?」

「夢見る心はいつまでもね」


 なら仕方ないと彼は笑って承諾してくれた。今頃は化けつつも、旅を楽しんでいる頃だろう。エコノミーなのは……許してもらいたい。

 そういえば青澄春灯がファーストクラスにいるという。父の会合に出るはずだったが……こちらを優先してしまった。それじゃ申し訳ないからと……実は昨夜、父が会わせてくれる予定だった女性に会ってきた。

 物静かで華奢な――……およそ自分の戦う人生とは無縁の大和撫子だった。

 挨拶をした。そして遠回しにお断りの言葉を伝えようとして、しかし言葉が出てこなかった。

 人生で、ああこの人と付き合えたらいいなと心の底から衝動が湧き上がるような瞬間は、そうはない。間違いなく運命を感じた。

 彼女もまた、頬を赤らめながらこちらを見て尋ねてきた。


「あの……なにか?」


 我に返って最初に確認したのは、指輪の有無。けれどなかった。だからすぐに事情を明かしたし、また会いたいと率直にお願いした。再会を楽しみにします、と如才なく答えてくれた彼女をもっと知りたい。

 そのためにもやり遂げる。できうる限り最高の環境で。

 今がまさに最高な状況だった。

 さあ――……行こう。アメリカへ!

 最高のフライトをしようじゃないか!

 そう意気込んでいたのだが、すぐに諦めた。


『シュウ……近づく霊子を感じる。現世じゃない、隔離世で仕掛けてきた』


 禍津日神に心中で礼を告げ、壁に触れる。


「失礼、少し休みます」

「わかりました。客席にうつりますか?」

「いえ、ご不便をお掛けして申し訳ないのですが、当初の予定通りこちらにお世話になります」


 本来は絶対に入れない聖域であるこの場所への滞在を特例を認めてくれた航空会社ならびにクルーに感謝しつつ、すぐさま機内の隔離世関係者全員と共に私は隔離世へと移動した。

 その瞬間、飛行機を衝撃が襲う。

 よろめきながらも扉を開き、目を白黒させている青澄くんや機内で先ほど暴れていた連中の関係者……いや、その主たちに伝える。


「今の衝撃で察してもらえれば幸いなんだが、敵が迫っている。みなさん、掃討にご協力願えますか?」


 彼らは何も言わず、まず窓の外を見た。そして状況を理解して頷いた。


「え。え。敵? え、シュウさん何事?」


 慌てる青澄くんに、窓の向こうを見てご覧と伝えた。

 恐る恐る言うとおりに従う彼女は見たはずだ。

 圧倒的な霊子を燃やして迫る海のヘビたちを。高速で動く飛行機に併走するんだからその異様と気持ち悪さは計り知れない。他にもうじゃうじゃと見える。空を駆ける羽根のないヘビめいた龍や、巨大な鳥たちが。

 仕掛けてくるのは、なにも現世に限らない。隔離世から迫り、此方に乗り込み御珠を確認し、なんとかして持ち出そうとする無茶な輩もいるということだ。

 白人の男性が尋ねてくる。


「なぜ最初から協力を求めず、回りくどいことをした?」


 性分で、と答えそうになるから、我ながら性格が悪いと思う。


「こちらの力がどれほどのものか伝えるにはこれが一番だと思いました。期せずして青澄くんの歌声もお聞きになったようだし……機内で大活躍をした少年と、彼に剣を授けた少女は我が国の学生でしてね」

「学生の彼らが強ければ、彼らよりも年長者であるお前たちはより強いと?」

「あなたがたが大人だけで編成した手勢で乗り込んでいるのがいい証拠です」

「……確かに」


 白人の言葉に微笑む。


「デモンストレーションも終わったところで、是非みなさんに協力をお願いしたい」


 言い終えてすぐ、再び機体が揺れた。現世にたいした影響はないだろうが、隔離世にいる我々には大いに影響がある。


「これに対処する力をお借りしたいんです。できればあなたがたともいい関係を築きたい。いかがですか?」


 なるべく素直に伝える。誠実さの一歩と信じて。

 とはいえ御珠は破壊できる類いのものではない。

 そもそも乗客を乗せる時点で万が一が起きないように、元々ある飛行機を御珠でコーティングしたようなもの。

 カナタの地獄行きの後、一日だけ地獄を訪問し……帰ってきていた閻魔王にその術を学んできたからこそできる芸当だった。

 脅威を放置できないのは、我々だけ。彼らは我々に手を貸す必要性はない。

 ただ、ユウジンと金長さんが手を出すまでもない状況でおさまったことに、可能性を感じている。是が非にでも御珠を求めているのなら、彼らはどこまでだって手を汚せたはず。

 にもかかわらず、そうしなかった。彼らなりに御珠以外の目的があるに違いないからだし、そこにはほら……可能性は眠っている。

 だからこその提案だった。

 協力しないなら、彼らの霊子体を丸ごと海に放り落とすこともできる。なに、彼らも隔離世の関係者だ。死にはしないだろう。ジェット機に追いつくのは難儀するだろうが、アメリカにつく頃には追いつくに違いない。とはいえ、その必要はなさそうだった。


「そうですねえ……顔出しついでに、青澄さん見たさにちょっかいを出しに来た程度なのでね。手を貸す気はないけれど、邪魔する気もありません……というのではいかがでしょう?」


 中国系の男は笑顔で提案をしてくる。

 脅すか、それとも交渉する気はあるのか探ってきている。ずいぶん控えめだが、それは暗に現状でいつでも彼らを吐き出せる脅しが利いているからとも取れる。

 とはいえ警戒する必要がないのかといえば、話は別だ。

 青澄春灯がこの飛行機に乗ることを、なぜ彼らは知っていたのか。

 確かに彼女はSNSを活用しているが、さすがに飛行機の便名や時間まで詳細に呟いたりはしないだろう。

 ……たぶん。きっと。おそらく。正直ちょっと怪しいとは思うのだが。信じよう。ひとまずは。そして後で確認しておこう……。


「どこぞの会社と違って、こちらは協力を約束しよう。元より面倒な連中に禁断の果実が奪われぬよう監視するために来た。我らは守護し、均衡を保つ教団である」


 白人の男は肩を竦めた。そうしてフードで顔を覆う。即座に両腕は籠手に、身体はマントに覆われる。ヒーローというよりは、中世の求道者のようだった。


「これは手厳しい。うちは企業なんでね。慈善事業は――……むしろ今後強化していく主義でして。ほら。イメージ戦略ってあるでしょう? それに日本の警察に恩を売るまたとないチャンスだ」


 たくましいな。まったく。

 彼らの企業のサプライズは事前に通知されていた。航空会社は渋り断ろうとしたが、こちらが無理を言って協力してもらうことにした。

 すべては段取り。彼らがこちらに協力せざるを得なくするための……ね。

 何手先までも読み切る。打てる手は打つ。そのために、考え抜く。

 頷く私に、彼もまた協力を約束してくれた。この結果が欲しかった。海外の隔離世の組織との連携こそ、何より求めるものだった。


『ねえ、シュウ。春灯なんだけど、またシュウが面倒を抱えてるって考えてるよ?』


 苦笑いを浮かべて彼女を見た。


「なんだかよくわからないけど」


 九つの尻尾をぴんと立てて、青澄くんは私に言うのだ。


「戦いの時です?」

「ああ」


 胸の内から禍津日神を抜き放ちながら、宣言した。


「魑魅魍魎を繰り出して、御珠を奪いに敵が来る! 無事にアメリカにつきたければ――戦うのみだ!」


 飛行機に迫る水蛇を迎撃するために、私は号令を発したのだった。

 さて……サプライズの二の矢を使う必要がないことを祈ろう。

 まあ、使うことになったとしたら……たまには青澄くんへのお詫びになるのかもしれないが。

 カナタ。お前なら、どう思う?


 ◆


 ふと呼ばれた気がしてロビーを見渡す。

 気のせいか。ふと気になって左手の薬指を見た。

 ハルとのペアリングは煌めきを発している。少し陰りが見えるからこそ、気が急く。


『カナタ。海外旅行か? マカデミアナッツか? ああそれとも木彫りのアロハ踊り子人形? 大穴で消しゴムキャップが性器の形をしたペンとかか?』


 いや、それセクハラだし、だいたい若い女子のお前が言ってくれるな。頼むから。

 そもそも誰に贈るんだ。悪のりでしかないぞ、それは。やれやれ。

 姫の呼び出しに苦笑いを浮かべた。

 どちらかといえば、物見遊山の援軍だな。

 まさかハルと同じ便に乗ろうとしたら、とっくに満席で乗れないなんて思わなかったが。

 兄さんもお金を用意して払ってくれるんなら、さっさと手配してくれればよかったのに。

 不意に搭乗の開始案内アナウンスが聞こえてきた。


「……さて、いくか」


 刀は飛行機に預けた。

 地獄帰りの修行期間中に許可証を手に入れておいたのだ。

 ついでにハルの二振りも学校から持ち出して預けてある。

 何事もなければいいが……何かがアイツを狙うのなら、俺は全力で助けに行く。

 待っていてくれ、ハル――……!




 つづく!

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