第三百十八話
十二月二十五日、夜。
雪深い長野の山奥にある実家へと降り立つ。
薪ストーブの煙とライトアップが目印だ。
箒を下りてすぐ、痛む股間にも構わず扉を開ける。
談笑が聞こえてきた。
両親だけじゃない。ミナトの声が聞こえる。
「ちょっと、どういうこと!? なんでミナトがうちに入っているのよ!」
「ユニス……彼が外で凍えそうになって困っていたから」
「パパ!」
「怒らないの。ケーキ焼いてあるから食べましょう。好きでしょう?」
「……ママ」
歯がみしながら下手人を睨む。
来客が来たときにだけ出すゆったり揺れる椅子に腰掛けて、ミナトは優雅に食事を取っていた。
憎らしい。何かとからかい、弄ってきたのは自分の方なのに。
これじゃ立場が逆転しているじゃないか。
「ユニスもさすがに両親はパパママ呼びなのな。飯の好みからして父上とか呼んでてもおかしくないのに」
「昔は呼んだこともあったのよな」
「ちょっ、やめて!?」
父親の肯定に顔から火が出る思いだった。
とにかくここにいたら何が掘り起こされるかわからない。
それにミナトが笑顔でこちらを見ているのも嫌だ。許せない。
すぐに手を掴んだ。
「来なさい!」
「おい、まだケーキが――」
「後で食え!」
噛みつくように言い返して、客間に連れ込む。
にやにやしながら部屋の中を見渡す。いつもの死んだような目つきはそこにはない。
ただ残念そうに肩を竦めてみせてくる。
「てっきりユニスの部屋が見れるのかと」
「まだごめんだわ。あなたの正体がわかるまではね」
「魔女だろ? 暴いてみせろよ」
「……あなたのそういうところ、初めて見た時から大嫌い」
にらみ合う。けれどミナトは笑っていた。
ならば凍り付かせてやる。すぐにでも。
「――……なら見せなさい。今すぐに!」
右手をミナトの眼前に突きつけて、全力で魔力を叩き込む。日本で言う霊力は、すぐに本の中から最適な魔法を導き出して作用する。
予想したのは、ながったらしい名前が頭に入り込んでくること。深読みして、変装が暴かれる程度。
だけど、どうだ。
「で? いま、俺……どうなってる?」
顔がいくらでも変形する。肌の色も白から肌へ、そして黒から黄色へ。変容しすぎる。
とらえどころがない。身長も体型も目まぐるしく変化する。けれど一定の形を取らない。
こんな歪な人間がいるのか。鷲頭ミナトは何者だ? わからないじゃないか。
これじゃまるで――……何者でもない、純粋な霊子の塊みたいだ。
「……なによ、あなた」
「やっぱそういう反応になるのな。親父が母さんに会わせてくれないわけだ。そろそろ止めてくれない? ――……ああ、やっぱいいや。自分でやるわ」
変化の先は、元の姿へ。私のよく知るミナトに戻る。
「……っ」
初めて恐怖した。涙が浮かんで歯の根が揺れる。
見苦しく膝を屈して泣きたいくらいに、不気味で気持ちが悪い。
――……そんな人生を歩ませる世界と、付き合うことが恐ろしすぎて、恐怖した。
「……どう、したいの?」
「根源的な質問だな。まあ当然だわな。俺はさ……望む姿になりたいんだ」
それを夢見るように語れる彼は狂っているか?
いいや。死んだような瞳の奥に輝く光は理性の賜物。
彼は冷静に、心の底から願っている。望む姿になることを。
「ゲームみたいに獣だったり、この世をすべて恨むような概念とかになれたりすりゃあマシだけど。組の連中にばしっと育てられて、ちゃんと自我はあるからさ。それでもずっと不思議なんだよ。俺って何者なんだって」
死んだような目つきの理由は、もはや明白。
まだ生まれていないのだ。本当の意味で。
「だからさ……荒れてた住良木レオを真似て暴れてみたし、漫画でみるような連中の真似もしてみた。なんでもできるけど……だからこそ特定されないんだよな。俺らしさって何か」
わかるか、と……彼は笑った。
「俺はゲームをしてるんだ、ユニス。自分を見つけられたら俺の勝ち。見つけられなきゃ、俺を作った親父の勝ち」
そんなあり方が許されるのか、と思った。
悲嘆せず、怒りもせず、その先を見据えて……遊んですらみせる、強固な精神。
「負けたくないから士道誠心に入った。お前と会えたのは……僥倖だった。憧れているんだよな。ベースは男の子でいるつもりだから……聖剣の伝説に」
頭がくらくらする。
「あなた、もう……刀を持っているじゃない」
「あれか? あれは……ほら。咄嗟にそれっぽいものだしてごまかしただけだ。だからこないだのコマチん時は焦ったぞ。みんなコマチの親父さんに夢中で、俺の刀に意識を集中している奴はいなかったから、なんとかなったけど」
歯がみする。かなり無茶をして魔力を消費しすぎてくらくらしていたからって、目を離した自分の迂闊さを呪う。
「俺の刀は偽物なんだよ。俺が抜きたいのは――……わかるだろ?」
「あれは……日本人が抜けるものじゃない。血筋でもない者に」
「おいおい。ユニス、さっき何を見てた? 今の俺はさ……何者でもあって、何者でもないんだ」
「それは、屁理屈よ……」
「こじつけでも構わない。俺の願いはただ一つ。姿を手にすること。マーリンを手にしたお前の剣士ほど、俺が望み、憧れる姿はないんだ」
何者かを知ることじゃない。彼は望む姿になろうとしている。
既にある答えを探すのではなく、自分の出した答えに命ごと捧げようとしているのだ。
「……それと今回の新たな御珠の一件、何か関係があって?」
「あるだろ。世界が――いや、より正確には、世界の隔離世に関わる社会が注目する新たな御珠。さる情報筋じゃアメリカに一時的に貸与するという。その移動が和やかに済むとは思えない」
嫌な予感がする。
「搬送に絡めば窮地が訪れる。真価が問われる瞬間もきっと出てくるはずだ。その時こそ、俺は真の力と姿を手に入れることができる……と踏んでいる」
「どれもあなたの願望じゃない」
「願望でいいじゃねえか。首を突っ込んで日本とアメリカに恩を売れれば、お前の勇名も広まると思うぜ?」
「……まったく」
的中するな。彼は暗に言っている。世界中の隔離世に関わる面々、それも武力行使も辞さない連中の襲撃を撃退しようと。
「裏付けが取れなきゃ動けないわ。もし本当にアメリカに行くならお金もない」
「俺が出す。裏付けも取る」
「日本もそれなりの戦力を出すはずだし、アメリカ側も迂闊なことはしないはず。なんなら軍用艦とかで搬送するかもしれない」
「前者は肯定。だけど後者はどうかな」
「……どういうこと?」
「隔離世で遅れを取っているかの国だ……今回はあくまで輸送は日本側が責任を持つ。隔離世においての戦力はこちらの方が上だから」
「……だったら日本の戦力を軍用機に乗せて輸送すればいいんじゃない?」
「おいおい、ユニス。そんな、いかにも襲ってくださいみたいな構えでいけるかよ」
眩暈がしてきた。
「じゃあ、大前提から聞くけど。そもそも襲撃なんて本当に起こるわけ?」
疑う私に彼は断言した。
「それだけは自信を持って言える。間違いない」
どうやらひどい年末が自分を待っていそうだ。
活躍したら彼は真の姿を手に入れるかもしれない。暴れ回れば自分の名前は広まるだろう。
それで? その先は?
協会はかんかんに怒り、母親にしてみせたように虐げてくるかもしれない。
或いは除名されたりするかもしれない。今となってはまともに活躍できる魔女なんて自分くらいしかいないのに。
それでも彼はやろうという。聖剣を夢見たとまで言ったからには……
「私に国作りに手を貸せというの?」
「そこまでの野心はないさ。それでも……見たくはないか?」
ミナトは初めて、学校で見せるようなちゃらけた……けれど親しみのある笑みを浮かべる。
「イギリスの隔離世に児童文学みたいな魔法学校がある場面を」
悔しいけど。
その言葉には賛成する以外、あり得ない。
◆
魔女からの報告を受けて、日本の隔離世で大騒動を起こしたアメリカ生まれの少年はため息を吐いた。
京都の旅館、窓淵に腰掛けて見渡す千年京には不思議な魅力を感じる。
けれどそれよりも報告が気になった。天使と名付けたコードネームの少年に尋ねる。
「それで、また日本に来て……手出しはするのか?」
「今回は見送りかな。馬鹿正直に輸送したりはしないだろうし。下手に手を出して僕らの存在を明かす方がまずい。表舞台の連中にお願いするよ」
「つまらないな……東京の事件で出てきた他の国の連中は顔を出すんじゃないか?」
「きっとね。だからこそ、僕らは出ない。僕らは裏でこそこそするのがお仕事だ」
「……007?」
「それよりキングスマンかな」
「アジトが破壊されそうだ」
「笑える」
着物姿ですっかり日本びいきに染まったエンジェルは無線機を投げ渡してきた。
受け取って丸めて消す。手品のようで、違う。手に入れたカードの力だ。
「ならスーツが欲しいな。ステイツマンはちょっと」
「着物じゃだめかい?」
「おいおい……そりゃないだろ?」
「防弾防刃、特殊加工のスーツならアジトにきっとあるけど」
「だめだ」
肩を竦めて少年は言う。
「オーダーメイドでなくちゃな」
「わかった。伝えておく。それじゃあ夜の街に出かけよう」
黒人の少年は笑って答えた。だからそれはいい。
だがさっきから隣の部屋の連中が妙にうるさい。隔離世で暴れ回った日本の警備会社の連中のようだが、下品な日本語が飛び交っている。やれ週に何発するんだ、とか。女子高生の最近のそのへんの事情はどうなっているんだ、とか。乱闘の音まで聞こえ出す。
京都は風流な場所だと聞いていたが……品格を疑うよ。
さっさと部屋を抜けだそう。
「それで? 今回の訪問の目的はなんだ?」
先を行く少年に尋ねると、彼はコードネームのように穢れのない顔で笑ってみせた。
「ラーメン食べたい」
……まったく。彼だけは読めない。
◆
十二月二十九日、夕方――……。
「ふう」
キャリーケースを置いて息を吐く。
青澄春灯、これから旅行なのであります! アメリカへライブのお仕事です!
トシさん曰く「物珍しいから呼ばれてるだけだ。とはいえチャンスはチャンス。絶対にものにしてこい」という激励をいただいています。
悲しいかな、刀は持っていけないけど、御霊は一緒。だから大丈夫!
ざわついている空港内の空気は慣れない。なにせ人生で初めての海外旅行ですよ?
「春灯、パスポートは?」
「こんなこともあろうかと!」
高城さんにどや顔で出す。以前、お父さんが旅行するかもしれなくて取っておいたのが手元にあるんです。黒髪で今より少し幼い私の顔がちゃんとプリントされてますよ。
「コートのポケットから出さないでくれ。不安になるから」
「す、すみません」
なんてこった。だめでしたか。いそいそとリュックにしまう。
獣耳から聞こえる音が大きすぎて落ち着かない。英語もたくさん聞こえてくる。
「旅券の手配してくるから、ここで待機。トイレだからって勝手によそにいかないで、少し我慢して待ってて」
「はあい」
メガネをかけた優男風に見えて、怒ると結構怖いんだよ。高城さん。スーパーロボットで鉄の城のロボットに乗って必殺技を叫ぶような声量で怒ってくるの。
素直に従う私です。それにしても――……成田発は夕方なのに眠たくて仕方ない。海外旅行へのわくわくどきどきで落ち着かなさすぎて寝られなかったの。しょうがないよ。大旅行だもん! 結論、眠れる気配ゼロであります!
ううん。ううん。
『異国の顔ぶれが多いのう』
あ、タマちゃんの言う通りだね。インドの民族衣装を着たお姉さんたちとか、白人さんとか黒人さんとか。きっといろんな国へ行くんだろうなあ。中国から来たっぽい顔立ちの人もちらちら見える。
『……空、か。落ち着かんな』
私もだよ、十兵衞。飛行機苦手なんだよね。宇宙と空と海って地に足ついていない感じが不安だよね。何かが起きたら致命的な目に遭う感じがしてさ。アウトな予感しかしない。
まあ、そうそう起きるものじゃないけどね。
「エコノミーかな。ビジネスかな。それともファースト?」
『特等席一択じゃろ!』
「いやあ……そこまでVIPじゃないですしい」
でれでれしていたら高城さんが戻ってきた。だからどきどきしながら聞いたよ?
「高城さん。私の席ってどんな席です?」
「……尻尾があるから、仕方なくファーストだ」
「なんと!」
「冗談だ。来訪者サイドがお金を出してくれてね。とはいえ、これが当たり前だと思わないように」
「は、はい」
おう。意外と手厳しいお言葉つきです。でもでも、特等席であることには変わりないよ! やったあ!
◆
入場手続きをして荷物を預けて待合フロアに移動。軽食をおごってもらって、二人でいる。トシさんたちは今回はついてきてくれない。本業というか、元々所属しているバンドのライブが年末に控えているんだ。みんな、それぞれに。しょうがないよね。
おかげで不安。ライブイベントに顔を出すことになってるけど、私一人でやりきれるかなあって。トレーナーさんとかついてきてくれたらいいのになあ。それともそこまでのクオリティを求められてないってことなのかな? 私まだ正直、素人に毛が生えた程度だし。
そんなことを考えていたら高城さんが私をスマホで撮っていた。
「春灯、抱負は?」
「え。え。えっと。アメリカの年末ってすごいらしいので楽しみです?」
「……よし。投稿、と」
「えっ」
動揺する私に高城さんは言いました。
「短い動画を添付して、春灯のアカウントで呟くんだ。いろんなSNSの公式アカウントで投稿する」
「なんと」
「それを最終的に一つの動画にまとめて、拡散する方向で考えている」
「おおお……」
「ついでに撮影スタッフを手配してあるから。プロモに使えるカットを撮影するつもりで」
すごい。敏腕な感じする……! なんて感動する私を、眼鏡越しに冷たい目つきで睨んでくる高城さん。
「事前に連絡したよね……?」
「え、えっと。見ました! 見ましたから!」
「……まったく」
ため息吐かれちゃいました。しょんぼりなう。
「変な呟きはしないでもらうけど、でも日常は普段通り撮影していいからね。どんどん呟いて」
「はあい」
とりあえずルルコ先輩直伝の自撮りつきで呟いておくか。
いそいそと準備。後ろにいる人が映りこまないようにアングルに気をつけて――……よし、と。修正して――……加工して――……呟いた!
「そろそろ乗るよ」
「了解でえす」
高城さんに連れられてタラップに移動する。なんだか、わくわくするね! 何が待ってるのかな!
◆
青澄春灯が乗り込む背中を見送ってから、搭乗列に並ぶ。
気を張って周囲を見渡した。
「ユニス、気張りすぎだろ」
隣を睨む。ミナトは普段通りの顔で暢気に突っ立っていた。
「本当にLA行きのこの飛行機にのっているの? 黒が浄化された新たな御珠が」
その言葉にミナトは頷いた。そして今まさにゲートを抜けた若い夫婦を睨み、笑う。
「俺の見立てじゃ間違いない」
抱えるだけで隔離世での勢力を伸ばすことができるもの。
アメリカに御珠はない。失われたのか、なんなのか。かつてはネイティブ・アメリカンが守っていたというが。
政治的やりとりの上で貸し出す。その移動には細心の注意を払って然るべきだと思うのだが……これはまだまだ世界的に隔離世の価値が認められていないことの証左なのか。
「個人的には……軍用機ないし軍用船で運ばれてもいい代物だと思うのだけど」
「おいおい、ユニス。クリスマスの日にも言っただろ? まさか誰も飛行機でさらっと運ばれるなんて思わない」
確かに彼の言うとおりだ。とはいえ。
「……どうかと思うわよ。緋迎シュウが運ぶくらいはした方がいいと思うのだけど」
「それだと対外的にバレバレだろ? 案外、狸か狐が化かして移動しているかもしれない」
「魔法を片っ端から使わない限り、見抜ける自信がないのだけど」
ため息を吐く。
搭乗客は多国籍。LA行きの飛行機だから、強いて言えばアメリカ国籍と日本人の観光客が割合的には多いのかもしれないが、それにしたって……。
「全員が怪しく見えてくるわね」
「はは」
ミナトは快活に笑う。その顔を横目に見ながら、ユニスは半信半疑だった。
「……本当にあなたは私の味方なの?」
「信じてくれって。惚れてもいるんだぜ? 一目惚れってやつだ」
まったく。冗談ばかり言って、この男は。
「……それなら。今回の一件に首を突っ込む必然性を教えて」
何度目だよ、と彼は呆れたりしなかった。
「協会は今回の一件をなんて?」
「静観せよ、の一点張り」
「だろうな。事なかれ主義だからな……でも、なあユニス。隔離世の才能ってなんだかわかるか?」
ミナトの問い掛けに呟く。
「夢を抱くこと」
「ああ……お前はイギリスの魔女達の夢になるんだ。だから、活躍してみせなきゃな」
愛想よく笑うミナトの顔は、やはりどこまでも胡散臭いけれど。
それでも彼の誘い文句は悪くないと思ってしまうのだった。
◆
座席に腰掛ける。尻尾が自己主張をしてしょうがない。それでも離陸に際してシートベルトをしなきゃいけないから困る。CAさんに手伝ってもらってなんとかしたけど。
「……それ、撮ってもいいかな」
「やめてくだしい」
お股から尻尾を出してる間抜けな姿は忘れて欲しい。
ふかふかの座り心地のいいシートだから余計に悲しい私です。
「はあー。スマホ弄りたいです」
「Wifi利用は高いからだめ」
「けちー」
呟きながら窓の外を見る。もう飛行機はとっくに飛び上がってる。
少しの圧を感じて飛行機が飛び上がってベルトサインが消えてようやく、機内モードにしたスマホを起動できるんだけど。
ガチャ系のゲームはどれも通信するしなあ。リズムゲーもだめ。完全DLのゲームくらいしかできないのでは。
何か持ってくればよかったなー。
「作詞の勉強でもしたら?」
「はあい」
へこたれながらイヤホンをつけて曲を流す。
トシさんたちが作ってくれた仮歌が入ってるの。
ナチュさんが作った曲はトシさんの攻め攻めの音だけじゃない。
キーボードとかいろんな音色が入っていて華やか。
攻めるか愛らしくいくか。ハードかポップか。タマちゃんと十兵衞のように、二面を抱える私。
攻める曲はみんな英語歌詞。じゃないと可愛くなり過ぎちゃうんだそう。
っていうかトシさん言ってたの。
「お前、英語になると意外と攻めっ気が出るんだよ。まあ及第点はまだとてもやれねえけど」
あうち。まだプロに認めてもらうにはハードルをいくつも越えなきゃいけません。
ううん。作詞のように歌も勉強しなきゃ。やることたくさん。パンク寸前であります。
「春灯、静かに」
「え?」
「うんうん言いながら歌ってた」
「嘘やん」
「録画してある……ほら」
高城さんがスマホを見せてくれた。そこにはスマホを片手に、
『攻め攻め~……華やか~……いけいけ~……なごやか~』
適当なこと言いながら口ずさんでいる私が映ってました。
え……嘘。ぜんぜん意識してませんでしたけど。
「一応韻は踏んでるね」
「ばかさ加減的に、確実に怒られる奴ですけど」
「あはは」
笑っている高城さんの顔はいかにも優しげだ。余裕のある大人。
でも薬指に指輪してる。奥さんがいるとカックンさんが言ってた。どんな奥さんなんだろう。
「高城さん、奥さんがいるって聞きましたけど。どんな人です?」
「お。さっそく作詞に飽きたか」
「飽きてないし! トシさんとかに言わないでくださいよ?」
「はいはい」
「それで、どうなんです?」
「……まあ、喧伝することじゃないな」
「ええ……」
「元アイドルだよ」
「おおお! ほ、本当です?」
「嘘に決まってるよ」
「くっ……弄ばれた……完全にッ!」
「静かにしなさい。他のお客さんの迷惑になる」
「おう……」
弄って楽しいことを知るつもりが、逆に遊ばれてしまいました。
でもなあ。昼前につくんだよ? 十時間くらいのフライトだっていうけど……十時間も何をすればいいんだろうね?
◆
身構える。まさかまさか。警察から呼び出されるなんて思わなかった。
それもあの緋迎シュウからなんて! と喜び勇んで北海道から来ました。どうも、金長レンです。まさかの大抜擢に心躍ってた時期がレンにもありました。
しかし。
「ドリンクやて……どないしよ」
「……最悪」
なぜ京都の狐野郎と二人でコンビなのか。そもそも青澄春灯はファーストクラスなのにレンたちはなぜにエコノミーなのか。
解せない。
いや、うそ。本当はわかってる。
いろんな経路を経て輸送している振りをみせる。
隔離世に法なし。過激な連中が狙ってくるかもしれないこの状況下で、緋迎シュウは弟のカナタと付き合っている青澄春灯がアメリカに行くこのタイミングで、同じ便を選んだ。
青澄春灯がいて、安倍ユウジンがいる。も、もちろん自分もいるのだが。
三人とも、刀がなくても戦えるだけの力はある。ま、まあ、安倍ユウジンの力は特に意味不明なところがあるから一歩リードを許すとしても、青澄春灯には負けるつもりない。何せ北斗の名代でもあるのだから。星蘭と士道誠心にばかり、いい格好はさせないのだ!
――……そこへいくと、山都はどうしているのか。あそこは本当に不思議だな。ま、まあいい。
現状の高校一年生で、姿をごまかせてまぎれこめる最大限の戦力は出している、という体だ。
悔しい。けど青澄春灯の爆発力は侮れないことをレンはちゃんと知っている。
だからこそヘマをしない。
レンもあいつなみにやれるということを証明しなければ!
「ちょっと。大事な仕事中なんだからヘマしないでよ。今のレンたちは化けて移動中なんだから」
「オレンジジュースで」
レンの言葉に安倍は何も答えない。CAさんに注文してる。
まったく、腹が立つ。
重大任務なんだぞ、これでも。アメリカに新たな御珠を搬送する。年末の数日間を経て、日本へ持ち帰る。その護衛係なんだから。だっていうのに、この男は!
「もう、仕事の話はよしてよ。新婚さんやないの」
「……むう」
冷たい目で睨まれて唸る。確かにレンたちの任務は口外無用のもの。安倍に思い出させられるとは思わなかった。
「くっついてくれてもええよ」
「……気分じゃないの。二日目で」
ぶすっとしながら男子が反撃できない単語を選んで言い返す。
トイレに立った。
緋迎シュウは言っていた。
『情報は秘匿して極秘裏に搬送――……としているけど。誰が狙ってくるかはわからない。特に隔離世で仕掛けられる率も高い。とはいえ、こちらも各国の目立つ力の保有者はマークしてる最中でね。彼らが動いている形跡はない』
となると?
『君たちと同じ学生エージェントが動いているかもね』
そうは仰いましても。どんな連中が狙ってくるんだ。まさか飛行機で攻めてきたりはしないだろうけど。
隔離世絡みなら……まあ自分がいて安倍がいる。それに青澄春灯もいるのだから、万に一つもあるまい。
何せ、あの緋迎シュウ直々の依頼を受けるレンたちがいるわけだし!
暢気に考えながらトイレの扉を開けた時だった。
「――……お姉さん、手をあげてくれるかしら?」
妙にきつい印象の顔立ちの少女によって眼前に突きつけられた拳銃を見て、顔が強ばった。
「嘘でしょ」
まさか現世で仕掛けてくるなんて。それは想定外過ぎるぞ!
つづく!




