第三百十五話
クリスマス・イブ。
その日は特別な意味を持つ。恋人たちにとっては大事な日。
だから夢を見ていた。リア充になったらイブはお泊まりデートをして、翌日はクリスマスを満喫。別れ間際には寂しくて泣いちゃったりして。そんな素敵な二日間を、子供の頃からずっと夢見ていた。
ああ、それなのに。ああ、なぜなのか。
「なぜ私はこんなところにいるのでしょう」
薄目を開けてスタジオを見る。バンドメンバーさんの荷物と一緒に私の荷物が埋もれてる。
ちなみにアーティスト名は決まりました。現状ではかっこ仮つきですけどね。
収録まで始めている現状で、なぜそのようなことになっているかというと……。
◆
イブの前日。
ユウヤ先輩から引き継いで私の担当になってくれたマネージャーの高城さんは事務所に集まる私と社長に言いました。
「芸名ですが、クレイジーエンジェぅでよろしかったでしょうか」
「いやいやいやいや! 私ばか丸出しでは!? 中学時代のハンドルネーム的なものですから!」
全力で反対しました。すぐに横で見ていた住良木傘下の音楽事務所の社長の白井お姉さんはホワイトボードに書きましたよ。
『†Crazy Angelu†』
「いやあああああああ!」
全力で叫びました。今このご時世でその記号はあり得ないし、挟まれるといかにも私こじらせている感が強すぎるし、ユーつければいいってもんじゃない。
「イッツ、ユー」
「ノー!」
「ノンノン。イッツ、ユー!」
「……おぅ」
全員に押し切られて決定。でも精一杯抵抗して、記号は外してもらいました。
ほら。その。もう、きついよね。記号に挟まれるのはきついよね。
なぜ妥協したかというと。
「名前直でも決定できるけどね……パッとしないかな」
「えっ」
社長の指摘にきょどる私。構わず高城さんは言います。
「クレイジーエンジェぅに狐要素はつけるべきでは?」
「狂った天使狐とかいう直訳になるけど……頭悪くない?」
「いっそ頭文字を取ってCAFとかはどうです?」
「意味不明。キャッチーさが欲しい」
控えめに言ってもクレイジーエンジェぅに世に出るアーティストさん的なキャッチーさはないと私は思うのですが。
「ちっちゃい平仮名のうが良い感じ。これは残したいなあ……やっぱりカタカナとひらがなの融合だね」
「じゃあ初期の案でいきます? それとも、Crazy エンジェぅとかにします?」
「最初ので。二面性を活用していきましょう。本人の底抜けのばかっぽさと」
「えっ」
「渋谷の時のようなハードな路線の二面性推しで」
適当に決められてないです? 私の仕事、勝手に決められてないです?
「既に楽曲もそういうオーダーで固まってるのよ。仮歌は聴いてるでしょ?」
「……は、はい」
白井社長の言葉に頷く。そして内心で思いました。芸名どうこうするの、もう時既に遅しなのでは?
「じゃ、そういうことで。高城、あとはよろしく」
「かしこまりました。春灯、いこう」
「は、はあ」
ててて、とついていく私……納得できず。
◆
というわけでしてん。
「おら、休憩終わりだ。さっさと入れ」
「は、はい」
スタジオの中に入る。本当なら楽器ごとに収録して調整した上で、私は別で収録するはずだったのですが。
ヘッドフォンをつけてディレクターさんの声が聞こえる。
「春灯ちゃん、声おさめで」
「は、はい」
頷きながらマイクの前に立った。周囲を取り囲むようにプロの演奏家のみなさんが並ぶ。といっても渋谷でお世話になったお兄さんたちだ。バックバンドで食べている人かと思っていたら、みなさんそれぞれ別々のプロのアーティストさんのメンバーさんだった。
ギターのトシさん。ベースのナチュさん。ドラムのカックンさん。白井社長が呼びかけて、面白そうだからと乗ってくれた三人です。かっこいい曲はトシさんが作曲して、私のばか丸出し(自分で言うこの屈辱)の可愛いポップな曲はナチュさんが作曲してくれてる。
作詞は最初課題で書かされたのですが、正直韻を踏んだりとかぜんぜんできなくて。トシさん作曲の歌は私の詩をトシさんが英語に直してあててくれてる。ナチュさんのは、鬼指導のもと直しました……。
大変な苦労の末にできた十二曲。渋谷で歌った曲を含めたそれの収録はまさかたったの一日で終わるはずもなく。何度もやり直しをしながらベストテイクの収録中。
タマちゃんの身体能力に追いついてきた私の肺活量はちょっと並みじゃないみたいで、大きすぎるみたい。
気をつけながら歌う。そうして考える。収録、何時まで続くのかな。
そんな風に気を散らすとトシさんにお尻を蹴られるので、あわてて集中します。
うう。カナタに早く会いたいよ……!
◆
夜七時になってやっと終わりました。それでも収録ぜんぜん終わんない。明日はお休みもらったけど、明後日からはまだまだ歌わなきゃいけません。いきなりの歌漬けな日々に心が追いつかない。十兵衞への追いつき方も探らなきゃいけないのに。パワーが不足してるよ。
高城さんから言われたスケジュールびっしりだ。年末にはなぜかアメリカから呼ばれているらしく、ライブイベント参加のために行かなきゃいけません。
今のうちにカナタでたっぷりエネルギー補充しなきゃ。そう思いながらトイレで着替える。汗だくの格好で会いたくないもんね。
身体のメンテ、よし。下着、よし。化粧、よし。服装も……たぶんよし!
さあ、いくぞ!
トイレを出たところでトシさんたちとばったり出くわした。てっきりもう帰っちゃったと思ってたんだけどな。
「お疲れ様でした!」
「おう。なんだおめかしして、デートか? 夜は一発か?」
「下品すぎますよ」
「いいなー女子高生……青春を謳歌しやがって。ラブホに行って学生だとばれて入店拒否されろ」
トシさんの指摘に言い返したのはナチュさんだけだ。カックンさんは特にひどい。
「三人は彼女いないんです?」
「言わねえよ」
「スキャンダルは厳禁だよね」
「不倫とか特にな」
カックンさんに二人が笑えないと言い返す。
それからすぐにトシさんが私のお尻を手で叩いた。
「わっ!? ちょ、セクハラ!」
「ガキのケツに興味はねえから。それよりデートなんだろ。遅れずに行けよ。俺らの特別プレゼント、ちゃんと使わないと承知しねえから」
トシさんの声にそうだそうだと二人が頷く。
そうなの。三人にはカナタのプレゼントのために特別に力を借りたの。何かはまだ内緒!
「おぅ。そ、そうでしたね! それではー!」
三人に手を振って抜け出す。
意気込んでスタジオを出て、街中を走る。雪が降っていた。転びそうになることもあるけど。
『鍛錬だ。転ばずに行ける限り走り続けろ』
十兵衞が訴えてくる。さすがにお仕事に二人を化けた状態で連れてはいけないから御霊になって戻ってきてもらっているんだ。タマちゃんは寝ています。収録に飽きちゃったのかな。
信号が赤になってる。道を変えて走り続ける。
急ぎながらスマホを取り出した。カナタからメッセージが届いている。予定時刻につくって。
「急がなきゃ」
久々に会うんだもん。先について待ってたいし――……早く会いたい。
◆
転ばずに駅について電車移動。
渋谷の駅前はすごい人だかりだった。
あんまり人が多すぎるから気づかれないかと思いきや、電車移動中も下りてからも声を掛けられることがちょこちょこある。めっちゃあるとかだと困るけど、そこまでじゃないのがせめてもの救い。
待ち合わせ場所をハチ公さんのそばにしたことを後悔しましたね。海外から来た人も結構いて、そんな人にしてみると私ってば絶好の撮影相手らしい。
笑顔を作るんだと疲れていたけど、みんなはしゃぎながら話しかけてくれるからついテンションがうつって笑って返しちゃう。けどひと息つく気配がないから戸惑って周囲を見渡したら、カナタを発見した。
私を見て、あきれたように笑ってくれてた。
だけどまだそばに何人もいる。もう面倒だからいっそ、みんなで集合写真っていう形にして終わりにしちゃった。
尻尾があるからどうしても目立つんだなあ。隠すことができれば、案外誰にも見つからずに済む気がするんだけどな。とにかくみんなに手を振って、カナタのそばに駆け寄る。
どんなことを話そう。しゃべりたいことたくさん溜まってる。なんでもいい。カナタと話せるならそれでいいや。
口を開いて、けど言葉が出なかった。
『へえ。これが青澄春灯なんだ』
「え……」
『我に似ているとカナタが考えるのも納得だな』
カナタの胸の内から聞こえてくる。私に似た声が。
「え、と……誰?」
違う。こんなんじゃない。もっと、こう。飛びついて、わーって感激するような。そんなのを想像してたのに。
「ね、ねえ、カナタ……今の声、新しい御霊なの?」
「ああ、そうだ……おい、黙ってろ。今日はハルとデートなんだ」
『我は黙りませんよ~。仕事中なのにいちゃつくお前たちを弄り倒してやる』
カナタがたしなめるけど、そんなのお構いなしに喋るんだ。
「カナタの御霊……だよね?」
『閻魔姫。お前の愛しい恋人の内側に心を繋いだ女だよ』
「――……むっ」
『すみませんねえ、恋人の中にお邪魔して。カナタの心の中に、お邪魔して』
「むうう!」
いちいちかちんとくる言い方をしてくる。しかも勝ち誇るような声で言うの。
そりゃあもう、むっとしましたよ!
「カナタは私のだもん!」
思わず声を荒げちゃった。ついでに腕をぎゅっと抱き締めて主張しちゃった。
だけど新しい御霊さんはそんなの屁でもないかのように言うの。
『いいええ。強いて言えば彼は本人のものでしょうねー』
「むううう!」
正論過ぎて悔しい。尻尾がぶわっと膨らむ私があんまりおかしいのか、ひとしきり笑ってから閻魔姫と名乗る御霊は言いました。
『煽り体勢なさすぎ笑える』
「そっちは煽りすぎじゃないかな!」
『できの悪い妹を見ている気がして、つい……ね』
「私にお姉ちゃんなんていないし、余計なお世話かも!」
『……そうでしょうよ』
なんだか急にすっごく寂しそうなトーンで言われたから動揺する。
「な、なに?」
『別にい? まあからかうのはこのくらいにして、我は仕事に戻る。じゃ』
ぷつん、という音がしてそれっきり閻魔姫さんの声は聞こえなくなった。
カナタを見た瞬間、私の彼氏は顔を強ばらせた。
「は、ハル? どうした? 会うなり顔が怖いんだが。怒っているのか?」
「……なんか、相性悪い気がする」
「そう言うな。年の近い姉妹とはそういうものだというか」
慌てるカナタのフォローが意味不明。
「……どういうこと?」
「コホン。とにかく、仲良くしてくれたら助かる」
ぶすっとしながらカナタに言います。
「まあ……頑張るけど。なんか、やな感じ」
「お前がそこまで言うなんて、珍しいな」
「んー……なんだろう。トウヤを弄るときの自分みたいでやな感じなのかも」
また的確な返しを、と唸るカナタが挙動不審。だから思わず言いました。
「カナタさん!」
「な、なんだ?」
「今日はクリスマスイブです! いいですか! 私はデートを楽しみにしていました!」
「あ、ああ」
「遊びたいです!」
「……わかってる」
「ほんとにい? 憧れのクリスマス・イブデートだよ? 私は今日をすっごく楽しみにしてたの」
「そんなにか?」
「そんなにだよ! どこ行く? ふわふわ街を歩く?」
「……憧れているわりにはノープランだな」
「だってカナタがどう過ごしたいかわからないもん。ウインドウショッピングしてー、クリスマスプレゼント選ぶのもいいよね。私は買ってあるけど」
「俺もだ」
「じゃあ晩ご飯食べるくらいが無難なラインだと思うの!」
ふんす、と勢いあまりながら喋りつつカナタを見つめる。意図せぬ弄りに出鼻は挫かれちゃったけど、やっぱり大好きなカナタだ。
カナタから感じる力は前とは比べものにならないほど増している。尻尾がびんびん反応してるもん。
強すぎるが故に、奔放。
制御が難しいのはタマちゃんで身をもって味わっているからなあ。
苦労しているんだろうけど。そこはそれ。
「どうするか決めて。どこかでゆっくり話したいなあ、と思ってます。カナタはどうしたい?」
「まずは腹ごしらえといこう。店の予約は済ませてあるんだ。いくぞ」
抱きついた腕をそっと引っ張られて、二人で歩き出す。
穴あきコートに通した尻尾九つ、ゆさゆさ揺らして渋谷の聖夜を進んでいく。
デートだ。胸一杯に空気を吸いこむ。雑踏の匂い。車の匂い。
なによりカナタの匂いがする。少し離れただけなのに、愛しくてたまらなくなる。
たくさんの人がいるのに気遣って歩いてくれる、それだけが幸せでしょうがないんだ。
離れた分だけ近くにいる時間が大事でしょうがなくなるんだけど……それでもね。
私はずっと一緒にいたいなあって改めて思ったの。
◆
個室のあるイタリア料理のお店で出されたコース料理を食べながらどきどきしてる。
「ね、ねえ。すっごくおいしいけど高そうだよ? だいじょうぶ?」
「ずっと討伐の金を貯金してたからな。たまには奮発させてくれ」
「……おごり?」
複雑な顔をする私を見てカナタが意外そうに首を傾げる。
「普通は喜ぶところじゃないのか?」
「んー……いつか一緒になりたいなあって思ってるから、豪遊されるのちょっと不安かも。安心して一緒に払えるところがいいなあ」
「妙なところで現実的だな……」
「そうかなあ」
いかにも高そうなエビとか、ムール貝のスープパスタとか。
地野菜に囲まれた牛肉のステーキとか。
味が濃縮されていそうなカサゴの煮込みとか。
堪能しちゃうんだけど、それでも不安。お値段だいじょうぶ?
黒皮のソファーや大型ディスプレイ。酒瓶が並ぶカウンター。飾付けられた季節のお花たち。おしゃれなインテリアに見合って、大人のお兄さんお姉さんが和やかに食事を取っている。
高一でこんなお店に来ちゃってだいじょうぶかな。どきどきするよ!
「わ、私ういてないかな」
「尻尾は目立っているな。席に座る時も気を遣っていただいた」
「そ、そうだね」
入店したとき、お店の案内員さんが私でも座れる椅子を引っ張り出してきてくれたの。
接客が優しくて丁寧でひたすらほっとする。
贅沢してるなあ、私。
「楽しんでくれてるか?」
「実は、かなり」
笑っちゃいながら言い返す。食事もひと息ついたから、グラスのジュースを飲み干してから尋ねる。
「閻魔姫の御霊はどう?」
「そうだな……じゃじゃ馬だ。かなりピーキーだよ。力は強いが、体力がない」
「ふうん……」
カナタみたいだなあって思っちゃった。
「強くはなったの?」
「やっと兄さんとの稽古でまともに戦えるくらいにはなった。まだ手は抜かれてるけどな」
「おお……」
シュウさんとの稽古がまともになるくらいって、相当なのでは。
「ハルはどうなんだ?」
「んー。歌は仕事が本格的に始まってきてるけど、まだ形になってないかな。タマちゃんの修行は今日や仕事中以外は実践してる。むしろ十兵衞の背中に追いつく方が課題山積みかも」
「……さすがに剣豪の背中は遠いか」
「一足飛びに追いつけるようなら、十兵衞が教えてた時代の人たち、みんなめちゃめちゃ強いはず。でも十兵衞は教えるのはこりごりって感じ。トウヤの面倒を見るのは別みたいだけど」
「……ふむ」
あれ。カナタが渋い顔してる。なんで?
「トウヤくんのことは、コバトからよく話をされるんだ」
「え。なんで?」
「……実はちょくちょく連絡を取っているみたいで。今日も、彼はハルのご家族と一緒になって、うちに遊びに来ている」
「アイツ、いつの間に。っていうかお母さんたちから何も聞いてないですけど」
コバトちゃんへの攻めの姿勢はさすができる弟様って感じなんだけど。
なぜに私はカナタから家族の外出を知らされているの? どうせカナタと外泊するんだろ、わかってる! ってことなの? そこまで見透かされていると複雑。
まあ、それはおいておこう。
「カナタは微妙なの?」
「俺は……まあ。コバトにもいつかはそういう日がくるとは思ってるんだが。兄さんがな」
「おう……」
そうだった。シュウさんがいた。
「兄さんはかなりコバトを可愛がってるから、今日のうちはかなり火花が散っているんじゃないかな、と」
「ふうん。サクラさんはどんな感じなの?」
「母さんは……だいたい想像がつくんじゃないか? 猫かわいがりしてるよ。父さんと二人でな」
「おう……」
そしてシュウさんがさらにむむむってなるのか。なるほど。緋迎家、大変だな。トウヤなにやってん。姉と弟そろって緋迎家に挑むとか、私たちって一体。
「そうだ……そろそろ渡しておきたい。これを――……」
カナタがショルダーバッグから小箱を取り出した。
クリスマスプレゼントだ! とうとうきた! 待ってた! このイベント!
「開けていい? あ、まって! 私も出した方がいいかな」
「先に開けてくれ」
「う、うん……それじゃあ」
包み紙も取っておきたい。丁寧に外して、小箱の蓋を開けるとね?
「わ……イヤリング?」
ネジで留めるタイプじゃない。雑誌で見たことある。穴を開けなくても留められるピアスみたいなイヤリングだ。
星形の型にきらりと光り輝く小さな星形の石がついている。
「ああ。どうかな……前に天使の見せてくれた星の形がそれだと……思ったんだが」
「話したっけ?」
いいながら自覚してる。声がトロトロだ。
「お前の日常なら、いつだってちゃんと聞いているよ」
「もー!」
大好きだ。イヤリングくれるなんて思わなかった。
「実は、それが気に入ってくれるようなら……これから普段使いのイヤリングも探しに行きたいと思っているんだが」
「私を喜び殺すつもりなの?」
「大げさだな」
「そんなことないよー! もー!」
急いで手に取る。付け方は雑誌で見て覚えてる。なんならずっと、いいなあって思ってた。ピアスの穴を開けるほどの勇気はもてなくて、でも耳元でオシャレできたらステキだなあって。
つけてみせてから、髪をかき上げてカナタに見せた。
「ど、どう?」
「……すごく似合ってる」
「もー! カナタが選んだんだよ? にくいね、このこの!」
おかしなテンションになっちゃうなあ。でれでれです。あまあまで一杯ですよ!
「じゃあ、じゃあ私も!」
足下のバッグから箱を取り出して、カナタにそっと差し出す。
「おおさめください」
「どんな挨拶だ……開けてもいいか?」
「もちろん!」
どきどきしながら箱を受け取って包みを開けるカナタを見守る。
実は昨日、芸名会議とか収録の後に買い出しに行ってきたの。みんなにいろいろアドバイスを聞いて、私なりに選んだ品。それはね?
「ヘッドフォンか?」
意外そう。でもいいの。
「ん。プロご推薦の一品。すっごく音質いいしハイレゾも聞けるの。お仕事の初給料で買ったんだ。つけてみて? あとプラグをスマホに差してよ?」
「ああ」
いそいそと言うとおりにするカナタのスマホに通話を飛ばす。
そして囁くの。
「聞こえる?」
頷くカナタに小さな声で歌うの。
こっそりね。
ここ最近、プロに揉まれて練習してきた私なりに、トシさんたちが作ってくれた特別なクリスマスソング。
歌っているとどんどんテンションがあがって声が大きくなっちゃう。英語の歌詞だからちゃんと意味を把握しきれてないけれど。
ざわざわしていた店内が不思議とどんどん静まりかえっていく。
いつしか私の歌声だけが響いていく。注意されてもおかしくないのに、みんな耳を傾けてくれた。
なんだか照れくさくなって、それでも最後に伝えるの。
「――……だいすき」
囁いてすぐに通話を切って、カナタを見つめる。
ささやかな拍手が店内を包む中、カナタは顔を赤く染めながら呟いたよ。
「すごいプレゼントだな……俺も、大好きだ」
大成功のようですよ? トシさんたちへの土産話ができました! よかった……!
いつだってそのヘッドフォンで私の歌を聴いてもらえるように、頑張るからね。
◆
一つだけ誤算がありましたよね。
顔出しでテレビにも出て、主に外国人から撮影を頼まれる程度の認知度の私。
ウインドウショッピングの後に、二人でホテルへなんていう空気になったのですが。
「おっ、高校生のお狐ちゃんか。早く帰れよー」
酔っ払いのお兄さんたちに声を掛けられたの。
笑い声をあげるお兄さんたちに赤面しながらカナタと見つめ合いました。
「もしかしなくても、ホテルに行ったらアウトなのでは?」
「そ、そうだな」
我に返った私たちです。認知度決して高いわけじゃないけど、それでも一般人に比べると低くもないわけで。そんな私たちが、それこそ道玄坂に消えていったら写メとられて事務所に怒られちゃうのでは?
なんてこった。なんてこった!
二人で一緒にいるという当たり前のことが、こんなに難しくなっていただなんて!
んー。んーっ。
悩んでいたら、スマホが振動した。お母さんから電話かかってきたんだ。
急いで出る。
「もしもし?」
って聞いた瞬間、和やかな笑い声が聞こえてきた。思わず少しスマホを離す。
構わずお母さんが語りかけてきた。
『もしもーし! あはは。春灯?』
「なあに? なんか賑やかなんだけど」
『緋迎さんのご近所さんとか訪ねていらっしゃって、もう大宴会なのよー』
「ええ……」
なにしてん。
『お母さんたち、今日はこちらにお邪魔になるから。アンタ家のことお願いね』
「ええええ。私デート中なんだけど」
『どうせ外泊しようとして、だけど今の自分が外泊したら問題になるんじゃないかって思っている頃でしょー?』
エスパーなの? お母さん、エスパーか何かなの?
『自分の娘の考えくらいお見通しよ。カナタくん一緒でいいから、おうちに帰りなさい』
「おう……」
『誰もいないから何しても自由みたいに羽根伸ばしちゃうんでしょーけどね。いい? 忘れちゃだめよ? ひに――』
「わ、わかってるってば! カナタの家で変なこと言わないでよ!」
なんのことかはもう言われなくてもわかってる。くそう。ソウイチさんもサクラさんもいるのに、なんてこと言うんだ。もう!
『それじゃあね。いいクリスマスを』
「はあい……」
電話切れちゃった。
出鼻を挫かれまくりなイブですが。
それでも……神は私を見捨てなかったらしい。
「カナタ。おうちくる? お母さんがいいって」
「……そうか。じゃあ……その。お邪魔するよ」
「……うん」
離れがたい。気持ちが高まる濃い空気の中、二人でくっついて家に帰る。
もっともっと一緒にいられる。それはいい。すごくいい。
でも、どうしよう。
おうちで二人きりとか、なんかすごく……どきどきするよ!
つづく。




