第三百十四話
朝、すごくいい匂いがして目が覚めた。
コマチの部屋はベッドと箪笥だけ。すごく質素な部屋だ。机すらないとは。
布団を敷いて寝たんだけど、エアコンの暖房だと乾燥するから切ったのは失敗だった。
ユニスが私の身体にしがみついていたのだ。
ちらりと見ると、ユニスは自分の布団や毛布を蹴り飛ばして潜り込んできていた。
まったく……。
ユニスの拘束を解いて、身体を起こす。コマチは既にベッドにいなかった。
扉を開けてみると、匂いが強くなった。
誘われるように一階のリビングへ行くと、朝食が用意されている真っ最中だった。
コマチが配膳台で食事を運んでいるのだ。
「おはよう」
「ん……も、すこし、まって」
「うん……手伝うよ?」
「だい、じょぶ」
はにかむように笑うコマチを見送る。淡いピンクの水玉模様のパジャマ。白くて毛がもこもこのケープを羽織っている姿は可愛らしいけど、やっぱり無防備に見える。
まあパジャマ姿で出歩いている私も私か。さっさと着替えよう。それより気になるから、キッチンを覗いてびっくり。キッチンだけで一部屋になっているんだけど、トラジの家のそれより大きい。それに本格的だ。
コマチのお母さん、中瀬古シェフは慌ただしく一人でいろんな調理台を行き交い調理していた。普通の家のクオリティじゃない。レストランのクオリティ。それもかなりハイレベルのだ。
香っているのはスープの香りか。野菜と肉を煮込んだスープだけじゃない。香草を一緒に入れて焼いているお肉のいい匂いが強烈。
朝なのに不思議と食欲が湧いてくる。楽しみになってきた。急いで着替えよう! 早く食べたいし。
◆
朝ご飯のクオリティ半端ない、というのはコマチを除いた十組一同の総意だった。
コマチすごいな。実家のご飯のレベルがこれだと学食とかかなり物足りないんじゃないか。
その証拠に、男子は用意されたパンを何個もおかわりしておかずをちびちび食べて、たらふくお腹に入れていた。テーブルマナーもあったものではない。みっともないったら。やれやれだ。コマチのお母さんは笑って見守ってくれたからいいけどさ。
仕事や用事があるからと急いで出かけていった中瀬古シェフの命を受け、私たちはコマチの部屋に似合いの家具を探しに出かけた。
予定は消化したけどすぐに帰るのもなんだからね。
駅からバスに乗って家具のショップへ。コマチの望むとおりにしたらいいとみんな仏の顔になって買い物を見守る体勢になるのだけど、コマチは特に頓着しないようだった。
むしろ、
「えら、ぶの……てつだって、ほしい」
つたない口調で上目遣いで言われちゃうとな。しょーがないなーとデレデレしちゃうのが私たちだった。
机からテーブルから何から買って、配送をお願いしようとしたんだけどな。
トラジが「持てるだろ」って言うの。リョータとミナトの顔が一瞬強ばったのを私は見逃さなかったぞ。
働く男子によって無事に家に運ばれた家具を解いて設置する。それだけだと何か物足りない。
「なんだろう。コマチは癒やし要素だけどコマチにとっての癒やし要素がない」
「……ぬいぐるみでも買いに行く? クリスマス前だし」
投げやりなユニスの案を採用することにした。
駅前へ移動することになる。夕方までは時間がたっぷりあるからな。
はしゃぎまわって帰ってやる!
◆
駅前につくなりミナトが声を上げた。
「なあ。どうせだしみんなにそれぞれ一品、上限二千円くらいでクリスマスプレゼント選ばねえ?」
「クリプレ!」「……ぷれ、ぜんと!」
真っ先にリョータとコマチが目を輝かせた。
トラジが唸る。
「五人で合計一万だろ。なかなかだな。俺、小遣い五千円なんだが」
「討伐の金が残ってんだろ? 知ってるぞー、俺。トラジ結構いい額もらっただろ」
「……まあな。親父や姉貴たちに何か買おうと思ってたんだが」
「それでも余裕で残るだろ? いいじゃーん。なあ? やろうぜ? プレゼント交換会!」
「みんなは文句ないか?」
トラジの呼びかけにユニスが渋い顔をする。
「……どうせならアミダクジにしない? 五人分となると、選ぶのも結構大変なんだけど」
「初回はさ! はしゃいでいこうぜえ、ユニス。な? な? 真心こもったプレゼント選ぶから!」
「……でも二千円でしょ?」
「まあそういうなって! どうしても気になるなら、あとはお気持ちで上限突破も可能ってことにして! よし、決定!」
ユニスの背中をばしばし叩いて、ミナトが強引に打ち切った。
「じゃあ解散な。一時間後にここに集合で!」
リョータ、いこうぜ、とミナトは行ってしまった。
首裏を掻いてトラジが唸る。
「しょうがねえな……コマチ、力かしてくれ」
「ん」
歩き出すトラジにととと、と小走りでコマチがついていく。
後に残された私はユニスとにらめっこをした。
「……ユニス。アンタ、こういうの得意?」
「まさか。そっちは?」
「得意に見える?」
「ちっとも……はあ、しょうがない。慣れない二人で歩き回るとしましょう」
「……まあ一人よりはマシか」
二人でとぼとぼと歩き出した。
頼ったのは駅ビルだ。上限二千円っていう縛りだと一体何が買えるのか。
悩ましいな。ふらふら歩いていたら三文字カタカナなアニメのオフィシャルショップがあった。中を覗いてみて、すぐに恋に落ちた。
「ちょ、ユニス! ねえ、これさ……」
「なに?」
「この黒猫のカバンをコマチがしてたらかわいくない?」
「かわいいでしょうけど」
トーンの上がる私にユニスは半目の塩対応。
「制限越えてるわよ」
「いいの。上限突破もありなんでしょ? これにする」
「左様で……黒猫ね、眷属か」
「そういやアンタも魔女ならいないの? キキに対するジジみたいなの」
「なんでさっきぼかしたのに今度は名前を言うの。まあ……いないこともないけど」
「黒猫?」
「もっと大きなものよ」
「ふうん……見せてくれたりしないの?」
「機会があったらね」
「思わせぶり……まあいいや」
見渡していたらどんどんワクワクしてきた。
「私、ここで選ぶ。ユニスはどうする?」
「上に本屋があるみたいだから、そこに行くわ」
「本にするの?」
「どんな本かは内緒だけどね」
ふっと笑ってユニスは歩いて行ってしまった。
白人金髪美少女が颯爽と行くその背中を見送る。私だけじゃなく、他のお客さんも気になっているようだ。特にこのショップのお客さんは。
まあ、似ているといえば似ているかもね。思い出のあの子に。
さあて。いろいろ探すぞ!
どうせだから一緒に春灯のプレゼントも探しちゃおう。
◆
大枚はたいちゃった……。討伐の手当金、結構いい金額だし、私はそもそもバイトしてるわけだし。まだまだ手持ちに若干の余裕はある。
ついでだから口座からおろしてショッピングして帰るかな? いやいや。我に返るんだ、私。出先で洋服とか買ってどうする。ああ、でも見るくらいなら。
そう思ってふらふら歩き回っていたら、コマチとトラジが二人でブティックにいるところを発見した。二人して密着して服を選び合っている。親密な空気……。
思わずそっと歩み寄って聞き耳を立てる。
「どういう服が好きなんだ? ユニスはワンピースが多いし、天使は足を出す服装が多いが」
「ん、と……どっち、も、すき。トラ、くんは、私、どういうのが、いい……と、思う?」
「ってもなあ……お前は何着ても可愛いと思うんだが」
……そーっと離れて、気づかれない内に遠くへ移動しながらもやもやする。
あれ? コマチ、トラジのことトラくんって呼んでるの?
トラジもトラジでナチュラルに口説いてるかのような台詞を言っていた。
……え? まさか二人って。え? そうだったの? それともそうなる手前とかなの?
早歩きは駆け足になって、全力ダッシュへと変わって、やがて本屋に辿り着いた。
会計を終えた袋を手にして雑誌を立ち読みしているユニスに飛びつく。
「ゆ、ゆゆゆ、ゆ!」
「なによ。ちょっと。目が怖い」
「ユニス! トラジとコマチつきあってんの!?」
「は? ……付き合ってるかどうかは知らないけど。仲が良い友達ではあるわよ。よく二人でいるもの」
「えええ!? ペアリングもつけてないよ!?」
「あなたの判定そこ? とにかく知らないから。まだ付き合ってないだけじゃない? 告白もまだとか」
「……えええ」
それにしちゃあ親密だったぞ。
「何にショックを受けてるの。いいから離して」
面倒そうに抱きついた腕を振りほどかれた。
「自分に向いている矢印に気づかないでいると、先を越されるわよ」
「え」
「……そうね。今のはブーメランだった。私ももう一品くらい買ってくるかな」
「ええっ」
雑誌を閉じて歩き去るユニスをぼうっと見送ることしかできなかった。
なんだそれ。急にそんな、色気づいて。なんなんだ、みんなして。
困る。私を置いてかないでくれ……。
◆
行き場もなくふらふらさ迷っていたら、なんだか歩き疲れてきた。
カフェに顔を出して椅子に座ったところでスマホが鳴った。リョータからの通話だ。
少しどきどきしながら出る。
「なに?」
『……ちょっと、聞きたくて』
「な、何を?」
なんでどもるんだ、私。いやだって、リョータが緊張した声を出すから!
『キラリの好きな色って、なに?』
「え……と」
急に難しいことを聞くな。困るだろ。答えなんて用意してないぞ。
「……青、とか?」
『青?』
「ピンクとか」
『……ピンク?』
「黄色とか。黒も好き」
ああもう。まとまらない。ほらみろ。まとまらない!
『いつも私服の色そんな感じだよね……納得した。好きな色着てたんだ』
顔が弾けるように赤くなった。あわてて自分の衣服を見下ろした。黒のコート、青いトップス。インナーはピンクと黄色ときてる。気を抜いたコーデだから、より露骨に好みが出てる。
リョータに見抜かれてる。気づかれてる……恥ずかしすぎる。
『あの。高いプレゼント、あげたら……困る?』
「え……」
踏み込まれてる。懐に。
「それ、って……どういう、意味?」
わからない。てんぱって錯乱しながら尋ねた。
『……く、クリスマスに、本気で、プレゼント。だから……その。そういう、意味なんだけど』
待って。待ってくれ。急にそんな。
「そういう意味って、なに」
戸惑う私にリョータははっきり断言したんだ。
『付き合いたい、って意味』
心臓が早鐘を打つ。前になあなあで付き合った時には叩かれなかった扉がノックされる。
開けるべきかどうか、すぐには判断できない。だって、なあなあで付き合って失敗したから。
でもあれを元彼と呼ぶの心底不満だけど、元彼と比べるとリョータは少なくとも良い奴だ。それだけはわかってる。
それだけしかわかってない。だめだ。今すぐなんて無理だ。
『ミナトが作ってくれたチャンスで、逃したくなくて……いい、かな』
しおれちゃう。リョータの勇気が。咄嗟に「いいよ」って言ってた。自分の口を片手でおさえる。けどそれじゃ喋れないから、胸元に下ろして掴む。
「……いいよ。でも、答えは、すぐは無理かも」
『それでも十分! じゃあ、また後で』
通話が切れた。
眩暈がする。ただのブラックコーヒーを飲んでみる。アイスにして正解だった。
冷たい苦味を飲み込んで、思考を巡らせる。
どうした。急になんだ。リョータ、何があった。私にはちっともわからなかったぞ。
瞼をぎゅっと伏せる。それだけでいろいろ浮かんでくる。
なにより思い出してしまうのは、コマチが最初に暴走した時、私を守ってくれたあの背中だ。
変なところばかり見るリョータ。いつだって私を肯定して、守ってくれるリョータ。
悪くない。それどころか、めちゃめちゃいい。
でも踏み込めない。リョータほど、私は踏み込めない。
泣きそうだ。むしろ泣く。
「……っ」
鼻をすんと鳴らす。
恋愛とか、今の自分にできるだろうか。
わからない。スイッチが入っているかどうかさえ、わからない。そのへん私は壊れてる。
もやもや考え込んでいたら、向かい側にユニスが座ってきた。
「あなたもここに来てたのね。よっと……買い物終わってひと息……って、なに泣いてんの」
ぎょっとした顔で見られて、どう答えるべきか悩んだ。けど素直に言った。というか助けを求めたんだ、私は。
対するユニスは本当に呆れた顔をして私に言ったよ。
「あなたがどうすべきかはわからないけど。リョータはあなたに一目惚れだったと思う」
「うそ」
「嘘じゃない。授業中、折を見てあなたを気にしているし、昼ご飯ではあなたのそばに座れるように気にしてるし」
「ぜんぜん、きづかなかった……」
「リョータは恋に落ちてる。あなた以外みんな知ってるわ」
「飯屋先生も?」
「もちろんそうだし、なんならニナ先生も気づいてるレベル」
「うそ……」
「ほんと」
なんてことだ……。
「ど、どうしたらいいかな」
「どうするべきか、なら答えはない。どうしたいのか……それはあなたにしか決められない」
「そんな」
「事実よ。あなたの恋愛なんだから、あなたが育てなきゃ誰も何もしてくれないわよ」
やめてくれ。ここにきて名言っぽいこと言うの。
「芽なら既にあると思うけど」
「……ほんと?」
「今の自分の顔……っていうよりは、リョータと話している時の自分の顔がどんなものか。それが答えなんじゃない?」
「……それって、今は答えが出ないってこと?」
「リョータといる時のあなたが答えだってこと。わかったら、探してきたら? 荷物預かっててあげるから」
「う、うん」
恐る恐る立ち上がってから、呟く。
「ありがと」
「貸しね」
さらりとそう返してくるユニスに笑っちゃった。
わかった、と答えて私は走りだした。リョータを探す。それだけじゃ手がかりがなさすぎるから、リョータに通話を飛ばした。すぐにアイツは出たよ。だから言ってやった。
「特別なプレゼントをみんなの前で渡す気?」
『あっ』
「……受け取りに行くから。場所、教えて」
『わ、わかった』
聞き出せばいいんだ。わからないなら。
さて……何が待っているんだろう。どんな答えが、私に眠っているんだろう?
◆
辿り着いたのは黄門様の像のそばだった。
よりにもよってここか? と思ったのだが、そもそもロケーション考えると難しいな、と我に返る。
雪が降ってきていて、かなり寒い。それでも頬の熱は増すばかり。知恵熱でも出たんじゃないかと真剣に思う。
リョータは買い物袋を手にして待っていた。
駆け寄る私を見つめる顔は赤い。少し日が暮れてきている。それでもわかる。照れくさくて恥ずかしくて、なのに覚悟が決まった顔をしている。
――……男の子の顔をしてるんだ。
「あ、の……さ」
経験はある。告白された経験なら、何度かある。そういう時、いつも目にするのは浮ついて自分の熱の処理で手一杯で、こっちのことを気遣う余裕のない顔。私に告白してきた男子はだいたいそんな感じだった。
でもリョータは違う。私の顔をじっと見つめてる。
「俺、基本的には、鈍くさくて。それがやだからキラリへのプレゼントも、実はずっと前から用意してたんだ」
「……ん」
顔が緩みそうになる。いいや、緩んじゃえ。
「ミナトはそれを知ってて。もちろん俺のためだけじゃなくて、コマチにもみんなのプレゼントがあったらいいなとか、いろんな気遣いの上での選択なんだけど」
「うん」
「助かって……助けられてばかりで。それまでは、バカにされたり呆れられることの方が多かった。だから……覚えてるかどうかわかんないけど。入試の日に五円玉くれたの、すごい、嬉しかったんだ」
もちろん、覚えてる。だから耳を傾ける。心を……傾ける。
リョータも同じように、ううん。全力で傾けてくれている。
まとまってないけど、一生懸命伝えてくれてるから。
気づいたら一歩歩み寄っていた。お互いに。
「俺、まだまだだけど。もっとちゃんと、キラリに見合うくらい強くなるから。だから、俺と!」
「――……」
ああ、くるぞ。
「付き合って、ください!」
お辞儀と共に差し伸べられた手に身構えた。あんまり大きい声で言うもんだから、周囲の人たちが私たちを見てくる。いつもなら……これまでなら、困って断ってそれで終わり。
それでよかった。なんとなくで受け取ってもろくな目に遭わないことは経験済み。
でもそんなのは答えにならない。私は知りたい。私の答えを。
「リョータ。その前に……顔あげて」
「え……」
「私、どんな顔……してるかな」
胸どころの騒ぎじゃない。身体中がどきどきしてる。
鼻を啜って、それでも足りないから目元を指先で拭う。
それでも足りないくらいにこみ上げてくる衝動のまま、動いた表情の正体は……なに?
「……えと。笑ってる。嬉しそうに……見える」
「……うん」
頷いた。一歩だけ、私からさらに歩み寄る。そしてリョータの胸元を掴んで引き寄せた。
リョータの瞳に映る私の顔を見るんだ。笑ってた。確かに笑ってたよ。
「じゃあ、これが答えだ」
「え――じゃ、じゃあ!?」
「いいよ。付き合う」
離したけど少し遅かった。リョータはその場で私を抱き締めたんだ。
なぜか拍手が起こった。おめでとうとか、いろんな声が聞こえる。すぐに人は離れていくけれど、それにしたって恥ずかしすぎる。
「そろそろ離して」
「ご、ごめん」
あわてて離れたリョータが急いでコートのポケットから小箱を出した。
ぴんときたよね。
「……それ、指輪?」
「うん!」
「……サイズあってんの?」
「ゆ、ユニスとコマチに助けてもらって……それとなーくこっそり調べました」
「恋する男子は大変だ」
笑っちゃった。小箱を受け取って開いてみる。銀の指輪に金色、青、ピンクの星がきらめく指輪だ。けどサイズ的にどうやらピンキーリングみたい。
「左と右、どっちにつけて欲しい?」
「え、と……左だと恋人募集中とかって意味らしいので、できれば右で」
「なんだ。調べてあるんじゃん」
「……らしくないかな」
「そんなことないよ。嬉しい……つけてくれるんでしょ?」
「も、もちろん!」
意気込むリョータが小箱から指輪を取って、私の右の小指に嵌めてくれた。
可愛らしい指輪だ。いいじゃん……こういうの。
「色の質問の電話はなんだったの?」
「あ、あれは……二千円プレゼントというか。精一杯の雑談でキラリのことを知りたかったというか」
「ふうん……私はもらってばかりだな。リョータに用意したの二千円プレゼントだけなんだけど」
「俺は今日、すごい返事もらったから……それで満たされてます」
でれでれだな。抱きついてきたり接触してきたりするんじゃなくて、幸せそうに笑っているのを見ると純粋に可愛いなあこいつって思うけど。お手軽すぎないか? 大丈夫?
「じゃあ……番号教えるからさ。かけてよ、電話」
「え」
「休み入るし……せっかく付き合うことになったのに、次に会うのは休み明けとか寂しく……ないの?」
「さ、寂しい!」
「じゃあ、それで」
「……クリスマスイブとか当日、デートできたりしない?」
ぐ、ぐいぐいくるな。照れる。デートとか。
「……どんなデートしたいの?」
はずいけど、でも探りは入れる。身構えておかないと。リョータが前に付き合ったろくでなしと同じ類いかどうか。いつビーストモードに突入しても対応(という名の成敗)できるように。
そんな私の予想を裏切って、
「水族館とか……よくない? 冬の水族館。うまいものたべて、二人で関東の冬満喫! みたいなの。って、関東までいくとでかくて大変だから……ちょっと遠出するくらいのぷちデート。どう?」
期待を上回ってきた。なんだこいつ。かわいすぎか。私の予想するデートより遥かにそれっぽいぞ。
いいじゃないか。
いいじゃないか!
「じゃあ、それで」
「うん!」
頷いてから、そっぽを向いて小さくガッツポーズを取る。
「よっしゃ!」
……いや、見えてるし聞こえてるから。ああもう。ああもう。
「じゃ、じゃあ……ひとまずは今日、電話ってことで」
「うん。ほら、スマホ出せスマホ。交換するよ」
わくわくしているの目に見えてわかるリョータは犬系。
さばさばしているように見えて内心昂ぶる私はなんだろうね。猫でもなんでもなるよ。
連絡先を交換してリョータと二人でユニスの元へ。
それだけで事情を察したユニスがしょっぱい顔で拍手した。クリスマス前にカップル誕生おめでとーとやる気のない祝福つきだ。くそ。わざと塩対応して弄ってきてるな。目が笑っているのがいい証拠だ。
まったく……。
◆
みんなで駅前に集まり、ハンバーガーショップへ移動した。
そうしてプレゼントを出し合う。
コマチにはぬいぐるみが集中した。五人から一つずつ、小さいぬいぐるみが合計五体。私はそれにプラスして黒猫リュックもつけた。トラジは洋服も買ってあげたみたいだ。みんなのにやにや視線を涼しい顔でかわすトラジ強い。っていうかユニスもちゃっかりぬいぐるみ買ってたんだな。私はてっきり全員本で済ませるんだとばかり思っていたよ。
ユニスが選んだ本は実用書がメインだった。トラジには魚料理のイロハ、コマチには料理入門、ミナトにはビジネスの参考書、リョータには散歩のガイドブック。私には靴についての本だった。悪くないな。
「チョイスの理由は?」
「天使とリョータ、ミナトには本人が嬉しい物を。トラジとコマチは……休み中に読んで家の手伝いをしたら、喜ばれるんじゃないかしら」
「なるほど」
コマチとトラジが本を手に笑っている。ユニスの願う通りになったら、なるほど。ちょっと素敵なプレゼントだ。本人たち次第だけど、二人なら大丈夫だろう。
ミナトはオモチャで統一してきた。みんなにプレゼントしたのは指先で回せるストレス解消のオモチャは今年の春くらいにほんのり話題になっていた奴だ。ペンを回すよりは手軽でいいな。しかし私宛てのそれがギザギザつきの攻撃的なデザインなのは解せない……。
トラジは洋服攻め。というより靴下攻め。大きなそれに本命のプレゼントでも入れりゃあいいだろ、と照れくさそうに言うのらしくなくて笑える。おっきな靴下なんてもらったの初めてだ。地味に嬉しいぞ、私は。
リョータはみんなにお揃いのマフラーのプレゼント。いかにもらしくて笑う。戦隊カラーみたく、色違いだ。リョータは黒、トラジは赤、ミナトは黄色でコマチがピンク。ユニスは白で私は青。リョータなりの配色なんだろうけど足下から首元まで仲良しすぎるな、私たち。
ちなみに私のプレゼントはキャラクターグッズだ。ゲーム好きなミナトと大家族のトラジには花札を。コマチにはさっき言った通りリュックとぬいぐるみ。ユニスにはジオラマ時計。リョータには手ぬぐいにしたよ。こういうの初めてだからドキドキしたけど、概ね好評だった。
そしてコマチはみんなに同じ箱を出してきたのだ。
何かと思ったら、メッセージが録音できる目覚ましクマのぬいぐるみ! まさかのぬいぐるみ返しに私たちは驚いたよ。でもメッセージ録音とは面白いものもってきたな。ミナトがしてやられたって顔してる。
「これ、で。録音、すれば、起こして、もらえる。休み、も、寂しく……ない」
どやあ。
可愛いぞ! はっ。いけない……思考が緩みすぎた。
「それぞれ録音したい人を指名する?」
「そ、それいいね!」
ユニスの提案にリョータが乗っかった。そして私をじっと見つめてくる。
なるほど、気づいてみれば露骨だな。リョータの好意。ミナトはにやにや笑っているし。
トラジは自分のぬいぐるみをコマチに渡していた。
「頼むわ」
「ん……私の、も」
「おう、どんとこい」
さっそくカップル成立してる……。
「じゃあミナトは私とあぶれた者同士ということで」
「嫌そうだなあ、ユニス!」
「あら、そんな口きいていいのかしら。トラジの家に泊まりにいった時に覗きにきたミナトさん――」
「あーあー! なんでもないです、ユニスさんお願いいたします!」
「天使、お願いできる?」
「っておいこらちょっと! 俺の行き場は!?」
「冗談よ。しばらくはあなたで我慢してあげる」
「くそっ……上から、しかも手のひらで転がされている感!」
ユニスとミナトの二人がばかやってるのを横目に見つつ、リョータと交換する。
まあいいけどさ。こういうの……なんて言えばいいんだ?
「リョータ、希望はある?」
「え? ええ!? じゃ、じゃあ……す、好きな彼氏が寝てるから起こそうとする彼女風で」
途端にミナトとトラジがリョータを見て呟いた。
「攻めるな、お前」「マジか」
「だ、だって。希望だろ? あ、あくまで希望!」
何を隠そうとしているんだか。やれやれ。ずいぶん恥ずかしいオーダーだな。
しょうがない。指輪をもらったお返しの気持ちでやるか。
「……こほん。起きて? 朝だぞ。散歩にいかないの? 起きろー」
喋っていたら恥ずかしくなってきた。みんなが食い入るように見てくるから。ああもう。
「……ばか」
スイッチを切ってリョータに渡す。恐る恐るリョータが再生した。
『起きて? 朝だぞ。散歩にいかないの? 起きろー……ばか』
くっ……聞かされると破壊力ひどいな。
「す、すごい……!」
感動と共にぬいぐるみを見つめるリョータに、トラジとミナトが喉を鳴らした。
そうして二人とも言ったよ。
「「 今みたいなノリで! 」」
……ほんと。ばかばっか。
◆
駅で見送るコマチは晴れやかな笑顔だった。
「またね!」
ぶんぶん手を振る姿には、もう……いつか見た病んだ気配など微塵もない。
可憐で愛らしい姿に道行く人がみんな視線を向ける。
そこで気づいた。そういえば小町って、美しかった小野小町にちなんで地名につけて美しい女性の呼び名にするところがあるようだ。
それなら私たちにとっての茨城小町はコマチだ。なにより、どうしようもないレベルで歪むほど邪が強大になったお父さんにとっても、お母さんにとっても……コマチは愛らしい少女に違いなかった。名前の通り、中瀬古小町は愛らしい少女なのだ。
電車移動しながら感慨に耽る。
路線が違うから次々に離ればなれになっていく。
お揃いのマフラーも一人だけになると寂しい。ぬくもりだけが支えみたい。
それでもいいのかもしれない。
繋がりはちゃんと手に入れたのだから。五人分、ちゃんと手元にあるんだからそれでいい。
お風呂を済ませて、リングの手入れをした。小箱に戻して見つめる。
彼氏になりたてリョータからのプレゼント。
「……えへへ」
緩んで笑い続けてしまう。誰にも見せられないな、こんなとこ。
コマチにもらったぬいぐるみの目覚ましをセットした。明日の朝にはリョータのメッセージで目が覚める。
それだけじゃない。今夜はリョータと電話する。
何から話そう。初めての電話。前はろくな思い出じゃない。
だから素敵な思い出で上書きしたい。
いいなって思って付き合うの、アンタが最初なんだからさ。
……なんて、重たいよなあ。自分でも重たいし。
変にプレッシャーに感じてないといいけど。
「……っと」
スマホが鳴った。手にして出る。耳に当てて、考えた。何を言おう。なんて言おう。
『もしもし』
思わず身構える。すごく……緊張する。
「なに?」
『彼氏になって、電話するの初めてだから。最初に言いたいことがあるんだ』
「……うん」
どきどきしながら耳を澄ませた。
『初めて会った時からずっと好きです』
顔がにやける。それだけじゃない。やっぱりどうしてか泣きそうだ。
……ほんとはわかってる。嬉しくてしょうがないんだ。
そういうことを気にできるリョータが好きだと思わずにはいられなかった。
「……私も好きだよ」
思いを込めて呟いた瞬間、電話の向こうで何かがぶつかる音がしてすぐに悲鳴が聞こえた。
『く~っ、いてて!』
「な、なに、どうした」
『思わず飛び上がったら膝を机にぶつけちゃった』
「……あほか」
ほんと、どうしようもない奴だ。
「笑える。じゃあ今度言うときは気をつけて」
『ぐ、具体的にはどうすれば?』
「くるかなーって思ったら、何もないところに行くとか」
『け、結構無茶ぶり』
「リョータならわかるだろ。私のそういうタイミング」
『……ど、どうかなあ』
「じゃあわかるようになるまで言うよ。たくさん」
『タイミングわかる前に、俺、死んじゃいそう』
「がんばれ、彼氏」
『……がんばる。彼女さん』
「ん」
笑って頷いて、それからなんでもないことをたくさん話した。
バイトがあること。バイト先に遊びに来たいというからいつでもどうぞって言ったりして。
そんな何気ない瞬間が続いているのに、こんなに良い気持ちになるんだな。
彼氏ってすごいな。感動するな。
私もちゃんとしよう。彼女としてのレベルは、正直かなり低いからな……。
クリスマスプレゼント。リョータはいいって言ったけど、私も何か特別なものをあげたい。
指輪がいいかな。ペアリングとか? でも今日でかなり使っちゃったからな。お父さんは学費はいいって言ってくれたから、バイト代の貯金はしっかり残っているけど。だからって無駄遣いはできない。まあ彼氏への初クリプレなら無駄遣いじゃないとは思う。思うけど緩めたらなかなか締まらないのが財布と貯金の紐なんだ。
だいたい露骨すぎるよなあ。ペアリング。クリスマス前に付き合って盛り上がっているカップルまんまだ。勢いのままに燃え上がってイベント終了と共に鎮火して別れるとかごめんだ。
まあリョータは一目惚れだって暗に伝えてくれたけど。
私はどちらかといえば守ってくれた背中に惚れたところ……あるもんな。
「……」
『キラリ?』
「な、なんでもない」
電話の声に慌てて答える。くそ、一人で考えて一人で照れるとか、ばかになってるな。
ええい。もう聞いちゃおう。ママが好きな美女と野獣のように、求めるままに行動しよう。
「……リョータはペアリング欲しい?」
『え……ば、ばれてた?』
「何が?」
『ピンキーリングにしたの、付き合えたら薬指に指輪をって思ったからなんだけど……』
「……ん」
私より恥ずかしいこと考えてる奴がいた。嬉しいし、照れくさい。
「じゃあ一緒に買いに行こうよ」
『……それ、すごい楽しみだ』
「奇遇だな。私も同じこと思ってた」
二人で笑い合って、それから日付が変わるまで話して電話を切った。
おやすみ、という挨拶が今日ほど身近で遠く感じる日はなかった――……。
つづく。




