第三十一話
強制的にとはいえ自覚させられるようになってわかったことがあるの。
「タマちゃん、趣味がはっきりしてるよね」
『……悪いかの?』
「ううん、悪くはないよ」
なんていえばいいんだろう。
クラスのみんなに反応するわけじゃない。
近くに来られてどきどきしちゃうの、今のところはまだシロくんとカゲくんくらいだ。
教室に戻って声を掛けてくれたみんなに挨拶して、深呼吸。
きゅんきゅんしちゃうのをごまかして小声で尋ねる。
「でも掴みきれないの。基準ってなあに?」
『妾の好みはめんどくさいぞ?』
「……なんとなくそんな気はする」
ため息が頭の中に響いて苦笑い。
「じゃあ十兵衛とかはどうなの?」
『黙って流しているんだ、俺に振るな』
『まあ……こう言うておるからの』
私の脳内は複雑そうだ。私自身は単純な方だと思うのに。
「青澄春灯」
「え」
目線を上げると、ライオン先生が腕組みして私を見下ろしていた。
思わず息を吸って、でもどうすればいいかわからずに「ひい」と情けない声を出しちゃう。
なのに、どうしてだろう。
身体がすっごく反応しちゃうのは。
こんな時でもタマちゃんはしっかり反応しちゃうあたり、首尾一貫してる。
「廊下で深呼吸でもしてこい。我の授業を受ける気力があるのなら」
「は、はひ」
あわてて廊下に出ていく。
みんなの視線を浴びて出るのがなんとも情けないし恥ずかしいし。
「ああもうああもう」
『苦情くらいは聞くぞ』
「……いい。言わないって決めたし」
タマちゃんに言い返して、廊下で深呼吸をする。
もしかしなくとも、タマちゃんの弱さと私のクラスは、いずれとても相性が悪くなるのでは?
だってシロくんとカゲくんに反応するんだもん。みんなが成長すればするほど、タマちゃんがきゅんときちゃう人がたくさん増えるということだよ。
かといってクラスのみんながどんどん素敵になるのは喜ばしいことのはず。困るのはただただ、その時にはきっと私は歩けなくなっちゃってるに違いないことだけ。
いっそ素敵な恋人でもできたら、話は違うかもしれないけどね。そうでない限りは大変そう。
敢えて言わないだけで、みんなかっこいいし元気あるし。
いい人たちだなあと思うもの。
タマちゃんの好みに引っかかるのも時間の問題だと思うわけです。
『人を尻軽みたいにいいおって』
『ふ……だが恋のさや当ては嫌いじゃあるまい?』
『まあの!』
脳内会議は一瞬で終了。
タマちゃんが楽しそうでなにより。十兵衞も大人の余裕で話しているし、なんだか和やかでほっとする。
けど私はもやもや真っ最中。
『陰気の溜まりすぎだ。顔でも洗ってこい』
「はあい」
十兵衛の言う通りだ。トイレいこう……。
◆
顔を洗ってすっきりしたから、いざ戻らんライオン先生の授業へ!
と思っていたのですが。
「……(無言の威圧感」
「…………」
な、なぜ私はユリア先輩と鉢合わせてしまったのでしょうか。
無言で睨んでくるし。ここ一年の階なのになんで。なんで。
「増えたのね」
「えっ」
「尻尾」
冷めた目で私の尻尾を睨んできます……!
なにこの空気。私の未体験ゾーンだよ!
「わ、わかります? そうなんですよー、増えちゃいまして。困っちゃって、あはは」
精一杯和ませようと笑いながら尻尾を揺らしてみました。
「目があるからわかる」
だめでした。
「……え、と」
もう打つ手がないよ! タマちゃんも十兵衛も匙を投げたのか、黙りっぱなしだし!
タマちゃん、怒りを爆発させてもいいんだよ!
しーん。
う、うう。
「あなたのクラス」
「ぶぇ!?」
「全員が刀を手にしたそうね」
おう、スルー……私おどろきのあまり変な声が出たのにスルー。
いいですけども! 恥ずかしいだけですので! むしろスルーしてくれた方がありがたいですし!
ありがとうございます! ってこれじゃ変態かバカみたいだよ!?
「……獅子王先生に、お願いしないと」
「え?」
「邪魔したわね」
踵を返して行ってしまわれた。
……謎。
なんだろう。私に会いに来た……とか?
不思議だ。
『ふん……教室に戻らなくていいのか?』
「あっ」
タマちゃんの忌々しげなツッコミに我に返って、あわてて教室に戻りました。
◆
お昼ご飯がもうね。大変。
教室まで迎えに来てくれたトモと二人で学食に行ったの。
それは全然問題なかったんだよ? なんだけど。
「本当によく食うな、大丈夫か? 落ち着いて食え」
遭遇した月見島くんが私の向かい側に座って屈託のない笑顔で見つめてくる。
それだけなのに、もうね。
身体がすっごい反応するの。
尻尾なんかぶわって毛が広がっちゃってるよ。
それをごまかそうとね。つい食べ過ぎちゃうんです。
「ハル……だいじょうぶ? ちょっと――」
「らいじょふでふ!」
トモに食い気味に答えないとどうにかなっちゃいそうです。
ああ、それなのに。
「タツ、ここにいたんだ」
「おう、コマ」
「ごめん、ここいいかな?」
私の隣に腰を下ろしたのは狛火野くんで。
なんで? 昨日までは特に感じなかったジャスミンとローズの香りが!
狛火野くんからするの! もうね! 尻尾が膨らまずにはいられないの!
「ふぁあああああああああ!」
「は、ハル?」
ただの匂いなだけのはずなのに!
『昔から強い雄の匂いには敏感でのう』
「タマちゃぁあああん!」
勝手に尻尾が暴れるよ!
いてもたってもいられなくなって思わずハンバーガーに手が伸びちゃうよ!
実はこれで三つ目だよ! お腹いっぱいなのに食べずにはいられないよ!
っていうかなんで頼んじゃったかな! いけると思ったんです! 支離滅裂か!
落ち着けないよ! 助けて!
「おい」
「ふぁ!?」
ふり返ると、仏頂面の沢城くんと笑顔の住良木くんがいて。
っていうか……待って。
一気に血の気が引きました。
香ってくる匂いはますます強くなって、もともと素敵な住良木くんはもうお腹を見せたくてしょうがないレベル。(なんでお腹)(なんで)
その隣にいる沢城くんからは複雑な香りが漂ってくる。全身がぞくぞくしちゃうような――
ってそうじゃないよ!
タマちゃんの言葉が本当なら、私は沢城くんに迫ったはずで!
「ちょっとこいつ借りてくから」
「え」
私の心配をよそに沢城くんは首根っこをひょいっと掴み、そのまま私を引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待って、ごはんが残って」
「食いしん坊かよ。腹は減ってんのか?」
「むしろ食べ過ぎなくらいです。いっぱいです」
「じゃあ来い。また押しかけるぞ」
「そんなあ!」
沢城くんが私の部屋に来たら、次は何が起きるかわかりません!
今の身体を思うと、まともに寝られる気がしないよ!
だから無理。なんとか逃げようとしたのですが、だめでした。
「うるせえ斬るぞ」
と言われちゃうと!
わ、私はどうなってしまうのでしょう……なんて、血の気が引いたまま色々考えていたんです。
でも、連れて行かれたのは保健室でした。
ぽーいってベッドにほうり投げられたかと思うと、
「おい、こいつ変だから。ちゃんと治してやって」
おじいさん先生に言って、立ち去ろうとするの。
「え、え、なんで?」
「うるせえ。探してたのにいねえ、やっと見つけたと思ったら暢気に飯なんて食いやがって」
お、怒っていらっしゃる?
「てめえの匂いがどうも気になる。戦う前に治しとけよ」
あれ? もしかして……。
「気遣われてます? 優しい人?」
「ばかが」
吐き捨てて立ち去ってしまった沢城くんだけど。
見間違いでなければ、そのほっぺたは少し赤かったのです。
つづく。




