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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十六章 修め行うための地獄道

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第三百六話

 



 殴られた頭が揺れて眩暈がする。

 一瞬、気が遠くなった。

 試合開始を告げたのも、アナウンスをするのも閻魔姫。

 ハルのようにマイクを手にして観客を盛り上げる。拍手喝采、歓声の嵐。彼女は人気者のようだ。

 もちろん俺はシガラキを指名した。

 観客席から奴が飛び降りてすぐ、閻魔姫が試合開始を告げて……殴られて、今。

 頭を振る。

 なんとか身体を起こして刀を構えるが、ダメージが足に来ている。

 膝が折れそうになって、あわてて踏みとどまった。

 父さんよりも鋭い踏み込み、兄さんよりも容赦のない一撃。

 むしろよく生きていたな、俺。


「人として戦う気なら、今日は次の一撃でお終いにします。いいですか? 姫さま」

「んーそうだね。今までの緋迎と比べても段違いに弱いもんね!」


 くそ……! 悔しいが一撃でふらふらな時点で、印象は最悪だ。


「カナタさん。あなた……鬼相手に人としてぶつかる気ですか?」


 シガラキの呆れた声に歯がみする。


「人間やめなきゃ、姫さまに辿り着くなんて無理ですよ」

「そうは、いうが――……ごほっ!」


 咳き込んで吐き出した液体が赤い。

 腹部を見下ろしたら、鉄棒で突かれた痕があった。

 痛みすら感じなかった。けれど気づいてしまったら、ズキズキと疼いてくる。

 頭を殴られたんだとばかり思っていた。

 頭だけじゃなかったのだ。

 これがシガラキの実力か。悔しいが確かに、今の俺じゃ太刀打ちできない。

 ――……それでも一矢報いたい。そう感じた時にはもう、


「その程度じゃ一生かけても――」


 冷たい鉄の塊が脇にあてられて、


「地獄から出られませんよ」


 身体が浮いた、と思った次の瞬間には、祭儀場、観客席との間を隔てる壁にめり込んで、意識を失っていた――……。


 ◆


 何か嫌な予感がして顔をあげる。


「は!? カナタがピンチの予感!?」

「気を逸らすな」

「あうち!」


 後頭部に一撃を食らいました。

 鞘を手にした十兵衞とお庭で相対していて、私は目隠しをつけさせられていた。

 心眼を鍛える、という十兵衞の修行なんだけど、目隠しをした状態で十兵衞に一撃を当てるまで終わらないらしい。

 どこにいるかもわからないのに、十兵衞相手に一撃なんて無理だ。

 どう足掻いても当たらない。

 ただでさえ十兵衞は避ける力が神がかってるのに、目隠し状態なんて無理。

 せめて十兵衞が私の攻撃を鞘で受けてくれたら手がかりもあるけど。

 避けるんだもん。余計に無理です。

 獣耳を立てて音を探ろうとしても、生活音や環境音しか聞こえてこない。


「こ、この修行方法……無理があるのでは」

「片目を失うほど苛烈な方がお好みか?」

「……これでいいです」


 うう。がんばるよ。がんばるけど……。

 冬休み終わっちゃうんじゃないかなあ。


「心の中に世界を築け。得意だろう?」

「うう。得意なような、そうでもないような」

「……見極めろ。常に、見極めろ」

「難しいよ! ……十兵衞ならできるの?」

「立場を交代しても、ハルの攻撃にはあたらん。もう一度、試してみるか?」

「……いい。ぐぬぬってなる未来しか見えないし」


 悔しいけど十兵衞ならやりきっちゃうんだ。

 目隠しをする前に、十兵衞が実演してくれたんだけどね?

 どんなに必死に攻撃しても当たらないの。

 尋常ならざる技の持ち主。

 わかっていたけど、わかっていなかった。

 その十兵衞の力の一部を手に入れようというのだから、やるしかないんだ。


「がんばる!」

「よし……いくぞ。次は俺も攻めてみよう。避けられるかな」

「どんとこいだよ――……あうち!」


 くうう! 痛い……。

 カナタもこんな思いをしているのかな。


 ◆


 嫌な気配を感じて飛び起きた。

 女郎蜘蛛のミクモさんが俺にのしかかろうとしているところだった。

 危ない……彼女の着物がはだけている時点で、何を狙われていたのか露骨すぎて危ない。

 何より危ないのが、


「残念。ネタが一つ潰れました」


 スマホをこちらに向けて構えているシガラキの存在だった。

 痛みを堪えて周囲を見渡す。

 宿のベッドの上だ。

 額が濡れている、と気づいて腰元を見下ろした。

 濡れた布が落ちている。冷やしてくれたのか。


「だいじょうぶぅ? 最初に素敵な顔を狙うなんて、シガラキさん性格わるいわよ」

「綺麗な顔ほど傷つけたくなりません? 歪ませたいなあ」

「やっぱり性格わるい。ならないかなあ、私としては……ただただ、愛でたいけど」


 微笑みながらミクモさんが布を取って、着物を直しながら出て行った。

 見送る俺にシガラキが冷たい声を吐く。


「思っていた以上に自分の力が見えていないようなので、本気になっていただきたいんですが……どうしたらいいですか?」


 ベッドに腰掛けて睨んでくる。


「弱すぎますよ、今のあなた。歴代の緋迎の中でも最弱です」

「……わかっている」


 痛感しているんだ、これでも。

 父さんに鍛えられた。母さんと二人の素質を受け継いでいる。兄さんのように二つの力を手に入れた。けれど今のままじゃ、兄さんの劣化コピーでしかない。

 それが緋迎カナタの弱点だった。


「自分の価値をわかっていませんよ……ちっとも」

「わかっているさ!」


 誰も言わない。

 強いて言えばミツハ先輩が言外に知らせてくるだけ。それもミツハ先輩なりの優しさだった。

 俺なりに足掻いてきた。ずっと。

 けれどハルが玉藻の前の力をどんどん自分のものにしていく現状で、その歩みはすさまじい。

 ハルほど俺は先へ進めていない。

 なのにアイツは今度は十兵衞の力を手に入れようとしている。

 なら、俺は?

 今のままじゃ、なんにもならない。

 兄さんの劣化コピーのままなんだ。


「……最弱だよ、確かに……俺は一族の面汚しだ」

「ふふ……だからこそ価値がある」

「……なに?」

「閻魔王の御霊を手にした最初の緋迎はね? あなたの次に弱かったんです。この意味、わかります?」


 シガラキの言葉に頭が真っ白になった。


「どういう、意味だ」

「不安定なシュウですら、あなたほどの――……可能性を持ち合わせちゃいなかった」


 なんだ、その言い方は。


「ソウイチもサクラも……いや、歴代の緋迎の誰も手にしていない素質を、あなたはお持ちだ」


 見据えて、訴えてくる。その意味は。


「弱さ、不足が大きければ大きいほど、夢を願う心は研ぎ澄まされる。言われたことはありませんか? センスはいいと」

「あ、ああ……あるが」


 シオリに言われたことがある。

 ミツハ先輩にも可能性を買ってもらっている。

 先生たちにも、ラビたちからも。けれど。


「……俺は奴らにまともに勝てた試しがない」


 侍として挑むのなら、敵わない。

 刀鍛冶として立ち向かうのなら、体力の限界が壁。

 足りない物だらけだ。俺は。


「だからこそ……伸びしろしかないんですよ、あなたには」


 その俺を、シガラキは見込んでいる。なぜだ。


「最弱はね? 最強への最初の一歩なんです」


 歪み、笑いながら差し伸べられる手を取るべきか悩む。

 手の主は鬼だ。

 けれどその言葉は救いと可能性に満ちていた。


「どうします? あまりの負けっぷりの良さに、姫も特例で帰してもいいって仰いましたけど」


 そういいながらも、もう片手を懐に入れてシガラキはスマホを出した。

 画像を表示して見せてくる。

 ユキさんとミクモさんに抱きつかれて赤面している俺の画像だ。


「……私としては、昇進の機会を逃したくないんですよ。八百長するのもごめんなんですけどね」


 どっちなんだ、と言い返す気も起きなかった。

 地獄でのデビュー戦はさんざんだった。その相手がけしかけてくる。


「最強になりたくはないですか? 緋迎最弱のあなたは……だからこそ魔神にだってなれるのに。その機会を失って帰りたいですか?」


 恵まれている。

 見下されて終わっても仕方ない。事実、閻魔姫はその手を選んでいる。

 ハルにとてもよく似た少女に見下されて終わりか。そんなのは――……ごめんだ。

 冷静に考える。思考を巡らせる。

 真偽のほどは? 判断できない。現状では。けれどシガラキが昇進したいというのなら、俺には力が必要だ。実力差のありすぎる試合結果からして、明白だった。


「それとも……なりますか? 地獄の王者に」


 トラブルメーカーのラビの火消し役をしてきた。

 思わせぶりな兄さんの弟をずっとやってきた。

 いつだって解決してきたじゃないか。たまに周囲を巻き込み、ひどい時には……それこそ五月の病のような事件になったわけだが。

 それでも乗り越えてきた。

 今回だって、乗り切ってやるさ。


「なるさ!」


 シガラキの手を取り、断言する。

 握りあい、離した時には気持ちがすっきりしていた。


「シガラキ。人をやめる方法があるんだな?」

「試合で言った言葉を、それもあなたにとって最も危険であろう方法を初手で尋ねてくる……見込みがあると思った自分の第一印象を褒めてあげたいですね」

「どうなんだ」


 挑むように睨む。するとシガラキは初めて表情を緩めた。


「ありますよ。これまでの緋迎たちが試して、誰もがみな諦めた方法がね。あなたが現われるまで最弱にして最強を手にした初代緋迎ですら、なしえなかった方法が――……」


 歴代の緋迎が諦めた方法か……これほどおあつらえ向きな条件も他にないだろう。


「望むところだ」

「あらゆるものを失います。その覚悟がおありですか?」

「確認する……それ以外に、俺が勝利を手にして地上に帰る方法は?」

「断言しますよ。あり得ない」


 甘い希望は最初に断ち切られた。


「泣いて逃げ帰る以外には……それしかありません。だってあなた、現世でいうところの侍と刀鍛冶という分不相応な力を無理矢理手にして、それゆえにひ弱ですから」


 くそ……いちいち聞きたくもない現実をはっきり言うな。


「あなたに足りないものは……心のありようです」

「心のありよう?」

「気絶している間にあなたの人生調べてみました。地獄タブレットで」


 突っ込まないぞ、ネーミングセンスとか。


「ヒーロー願望ですよ。あなたの力の根源は」


 断言される。規定される。俺を越える力の持ち主から、俺の人生を。


「愛する少女を救いたい。家族を助けたい。そんな願いが、あなたにとっての強者である兄よりも見苦しく一途に力を引き寄せた」


 否定するべきなのか、受け入れるべきなのか……わからなかった。


「けどね。残念ながらあなたの愛する少女は強いし、家族もまた強い。断言する。今のあなたよりも強いですよ、みなさん全員がね」


 子供のように否定したい、冷たい現実を楽しそうに告げられる。


「いつか彼女たちはあなたを刀鍛冶として、家族としてしか必要としなくなる」


 冷酷に、無慈悲に。

 あり得るかもしれない未来予想図。

 ――……ああ、そうとも。

 認めてみれば明らかじゃないか。ハルに言わずにここまで来た理由など、一つだ。

 俺は俺として強くならなきゃ、隣に立てなくなる。今のままでは。

 そんな情けない事実を、アイツにだけは言えるはずがなかったんだ。

 そして言えない時点で、俺は弱さを抱え込んでいるのだ。

 見透かしたように、シガラキが言う。


「その現実を……あなたはどこかで受け入れてしまっている」

「……」


 違うと叫びたい。でも現実、そうだと頷く自分もまたいるんだ。心の中に。


「何のために刀を抜いたんです? 忘れてしまいましたか?」


 言い返せない。


「彼女を助けたくて抜いた。自分の力で苦境を乗り越えたくて、抜いたのでしょう?」


 ――……その通りだ。


「なのにあなたは力の根源を信じ切れず、迷い、中途半端でいる。心のどこかで、彼女たちが強く自分で苦境を乗り越えるなら、それでもいいと諦めてさえいる」


 その通りだから、


「それ故にあなたは弱いし、決して強くなる願いも叶わない」


 もう、


「むしろあなたの刀が折れずにいるのが不思議なくらいですよ」


 やめてくれ。

 ハルがいたら言い返していただろう。怒ってすらくれただろう。けれど俺にはそれすら痛い。

 そもそも俺は、怒ることさえできなかった。

 シガラキの言うとおりだと――……受け入れてしまっているから。


「大人ぶって受け入れていないで、子供みたいに夢に縋ってみたらどうなんです? 普通ならここ、怒るところですからね」

「……そうだな」


 受け入れ、現在地点を認める。


「言い返そうとして、しない。わかっているんでしょう? 今のあなたの態度こそ、弱さの源泉なんですよ」


 どうすればいいのか、わからない今が苦しかった。

 喘ぐように口を開く。

 けれど言葉が出てこない。思いが出てこない。

 空っぽなんだ。自分らしさが見えない。わからない。

 願いも何もかも……完全に見失っていた。

 ――……ああ、それでも。


「けれどそれは……強さに至る根源になる。なぜ、地獄に来たのですか?」

「……強くなりたい」


 心の中に一つだけ残っている気持ちがある。

 強くなりたいんだ。

 何をしても。

 東京黄泉事変――……俺は、周囲の力を借りてやっと機会を譲られた。

 いやだ。

 自分で掴み取りたい。

 自ら活躍する機会を掴み取って、中心に立って歌ったハルとあまりにも差が生まれた現実を、受け入れたくない。

 抗いたいんだ。

 守られたいわけじゃない。

 俺が刀を手にしたのは、守ってもらうためじゃなかった。

 ――……助けるくらい、強くありたいんだ。

 ずっと、いつまでも、どこまでも。

 今の情けない俺でいたいはず――……ないんだ。


「俺は、強くなるためにここにきた」


 ハルがすごかろうが、母さんが元々強かろうが……誰がどんなに強かろうが、関係あるか。


「今の弱さを受け入れたくないんだ」


 みんなが凄くて、強くて。どんどん輝いていく。

 それでいいと諦めたくない。背中を見つめて自分を慰めたくない。

 足掻いてきた。ずっと。

 刀を手にできなくて、求め続けた。

 無銘を手に邪討伐にでしゃばって何度も叱られた。

 必死に可能性を手に入れたくて、寝る間も惜しんで刀鍛冶の修行をした。ミツハ先輩に殴られようと、嫌がられようと、何度も取りすがって面倒を見てもらった。

 兄さんに認めてもらいたくて、なんだってやった。

 ハルを酷い目に遭わせて、それでも縋った。

 自分の可能性を信じて、求めて、諦めきれなくて。

 ずっと求めてきたんだ。

 刀を手にして、ハルの面倒を見てきた。

 でも、それじゃ足りないんだ。俺の求めるものは、ずっとその先にあった。

 思い知らされたんだ。

 黒い御珠に抗うハルを見て。

 御霊を吐き出して尚、歌い続けて……世界の中心にいた、アイツを見て。

 御霊とか刀とか刀鍛冶とか、そういうんじゃない。

 才能とか努力の届かないところで、自分の身体一つ、心一つで強くあろうとする青澄春灯のように。

 輝くような心の強さを、俺は求めずにはいられなかった。

 あらゆる責任をまとめて背負って突き抜けるような行動で目的を達成する、あの強さが欲しい。

 父さんの背中を、兄さんの苦悩を――……なにより、一生懸命、全力で駆け抜けて手に入れ続けるハルを見てきたんだから。

 俺は。


「強く、なりたい……ッ!」


 絞り出すように言う。


「彼女や家族が強かろうが、弱かろうが……関係ないでしょう?」

「……ッ、ああ!」


 求めている。


「俺は……俺の人生の主役になりに来た」

「その言葉をずっと待っていました」

「……魔神だろうがなんだってなってやるさ」

「いいでしょう」


 穏やかになったシガラキの声に視線を向ける。

 これまで目にしなかったほど真摯な瞳が俺を見つめていた。


「それでは一つ質問です。なぜ地獄に残りたいんです?」

「……ハルに、自分の彼女にとてもよく似た女の子に見下されて帰るなんて、許せるか」


 ただ一つ残された意地だった。


「その意地の底に眠る欲望、いただきます」

「力を手にする方法を教えろ、シガラキ……代わりに願いを叶えてやる」

「いいですねえ、そういうノリがあなたには足りなすぎる。私はね? 少女を磔にして無茶でも我を通すあなたの素質を買っているんです。とても……地獄の住民向きだ。あなたは真実、来るべくして地獄に来たんだ!」


 瞳は濁っているようにも、清らかなようにも見える。

 漆黒――……構うものか。


「なんでもする。さあ、教えろ」

「その言葉、忘れないでくださいね」


 微笑むシガラキは告げた。

 俺が強くなるための唯一の方法を。

 それは――……。


「閻魔姫の魂を食らいなさい。心臓をその手に掴み取るんです……刀鍛冶の力でね」


 地獄でもっとも守られている場所、姫の寝所を襲うというものだった。

 求めるのは――……隠された、彼女の名前。

 心臓に隠された彼女の真の名前を、俺は掴み取る。

 それがシガラキの告げる方法だったのだ。


 ◆


 歴代の緋迎が諦めるわけだ。

 地獄で最も強い者の魂を食らうなんて、無茶苦茶だ。

 もちろん尋ねた。

 真の名前を知ってどうなるんだ、と。

 するとシガラキは言ったよ。

 姫は十六年前、死して閻魔王の妻の子宮に宿り地獄へやってきた女の子。

 閻魔王の力も素質も受け継いだ圧倒的強者だという。

 彼女の魂を、真の名前を現世の侍が刀を手に入れるように掴めば必ず強くなるはずだ。

 もっとも、姫の魂をいただくというのは彼女の純潔を奪うに等しい行為。

 地獄にいる連中が祭りも無視して俺の命を狙うに違いないだろうが……姫も敢えて不徳を喋りはするまい。

 情けなさ過ぎる結果に、クウキが怒り狂うのが目に見えている。

 魂を食らうことさえできれば、きっと祭りは継続するに違いない――……と。


「いや待て。魂を食らったら閻魔姫は死ぬんじゃないか?」

「その程度で死ぬほど柔なお方じゃありませんよ」

「……なら、そもそも魂を食らって名前を暴き、力を手にした段階で祭りは終わらないか? 姫の魂を食らったのだから」

「いいえ。あくまであなたが諦めて帰るか、祭りで姫を倒さなければ終わりません」


 つくづく地獄は現世の物差しで測れないな。

 失敗したら命はないだろうが……どのみち、現状では負けを認めて情けなく帰るか、掴み取るしかない。

 見込みばかりだが、シガラキは妙に自信に満ちあふれた顔で説明をする。

 確信があるのだろう。

 他に手段は思いつかなかった。

 事実……閻魔姫が強いのなら、その力を宿すことができれば鬼に金棒どころの騒ぎではあるまい。


「さて……つきました」


 シガラキに案内されて姫の住まう城のすぐそばに来た。

 まさか普通に入っていくわけにもいくまい、と思ったのにもかかわらず、


「緋迎を連れてまいりました。姫さまにお目通り願います……ああ、予約はしてありますよ? 確認してください」

「――確かに」「どうぞ、中へ」

「では失礼して」


 シガラキは何食わぬ顔で門番に挨拶をして中に入っていった。


「ちょ、おい!」

「姫に帰る前のご挨拶をするんでしょう? ほら、早く」

「――……ほんとに」


 悪い奴だな。笑顔でさらりと嘘を吐いた。むしろ鬼が嘘を吐くのは美徳なのか?

 もうなにがなにやらわからないが、しかし迷っている場合じゃない。

 シガラキの後を追いかける。

 中世風の石造による城などではない。どちらかといえば日本の城に近しい。ただし一階層のフロアごとにショッピングモールなみに広々としている。

 せいぜい五階建てくらいなのだが、それでも十分巨大だ。

 外観に期待をして中に入ったら、まるで近代的な洋館のような内装だった。

 顔が強ばる。まるですごく雅で迫力のある城に入ったら、中は美術館になっていたくらいのショックの強さだった。

 ……どことはいわないけどな。昔、中に入ってがっかりしたっけ。

 まさか地獄であの時の悲しさを思い出す日がくるとは思わなかったけどな。

 先を行くシガラキに並んで小声で尋ねる。


「シガラキ……寝込みを襲うんだろ? けど、彼女はまだ起きているんじゃないのか?」

「ええ、とはいえ二十時になったらお眠りになります」

「……早寝だな」

「まだ成長しきらぬ身体に対し、力があまりに強すぎるゆえの早寝です。今は二十時少し前。絶好のタイミングです」


 どういうことだ、と思った時にはシガラキに釘を刺された。


「もう少し状況を自分で分析して自発的に作戦を考えた方がいいですよ? ……まずは挨拶。話はそれからです」

「……わかった」


 悔しいがシガラキと対すると、俺は一歩遅れてしまうな。

 思考を巡らせながら城に見せかけた館の中を歩き回る。構造を覚え込ませるかのように、シガラキはたっぷり時間を掛けてうろうろと歩き回った。

 そうしてやっと辿り着いた最上階の奥に至って、様相が変わった。扉のそばに門番が控えているし、扉からクウキが出てきたのだ。


「シガラキ……門番の来訪報告からだいぶ時間が掛かりましたね」

「迷うんですよね。姫さまがご趣味で城を広げるし、あなたが放任主義過ぎて」

「……着物組が何か鳴いていますね」

「どうやらスーツ組は都合よく聞く音を鳥の鳴き声に変えられるようだ。うらやましいですね」

「「 ……ふふ 」」


 涼しい顔のクウキを笑顔のシガラキが見つめる。

 火花が散るような視線であり空気だった。

 控えている門番の鬼たちが渋い顔をする。

 わかる。胃の痛いやりとりの応酬だ。


「緋迎の……帰ることにしたんですか。納得です。あなたは弱すぎる」


 ――……いちいち、かちんとくるな。

 しかし気にしないことにした。シガラキの言葉に縋るまでもない。

 最弱は最強への一歩。確かにそうだ。

 侍候補生たちはみな、そういうところがある。

 当たり前に強い人間が発揮する素質よりも、願う夢の大きな人間の発揮した素質の方が強大なケースがままあるのだ。

 弱さは願う力の原動力になるということだろう。

 だから気にしない。

 構わない俺を見て、少しだけシガラキが口元を緩めた。


「お目通り願えますか?」

「あと少しで二十時、つまり姫の就寝の時間です。一分だけ許可します」


 短いな、おい。


「どうも。では、カナタさん。中に入って一言挨拶を」


 俺を一瞥すらせず、クウキとにらみ合いながらシガラキに促される。


「姫さま、来訪者です……緋迎、どうぞ中へ」


 クウキが俺に道を空けてくれた。そっと通り抜けて部屋に入る。


「失礼します」


 ハルにとてもよく似た顔立ちからして、アイツのような趣味の部屋を想像したのだが、思ったよりも内装は穏やかなものだ。白い木目調の家具で質素にまとめられていた。

 クイーンサイズのベッドは天蓋つきだが、華美なのはそれくらい。鹿の頭が壁に設置されていたりはしない。

 部屋の中央にある椅子に彼女は腰掛けていた。

 だて眼鏡を掛けているハルと違って彼女は裸眼のまま。

 手にした分厚い革表紙の本を閉じて、冷めた目つきで睨まれる。

 よく似ているからこそ、愛する恋人との違いは明白だった。


「我はな、弱者に興味はないんだよ」


 声からして昨日会った時と違う。

 知性と理性に満ちあふれた声。

 だから気づかされる。

 昨日、どれほどぞんざいに扱われたのかを。そして今、どれほど低い評価なのかを。

 気安い口調、バカみたいにおどけて見せるのは彼女にとって対外的なポーズなのかもしれない。


「……期待に添えず、申し訳ない」


 挑むように見る俺を、彼女は赤い瞳で厳しく見据えた。


「強さとはな? 腕力や戦力の有無にあらず……心の強さの問題だ」


 失望と後悔、悲しみ……消沈する複雑な歪みが彼女の表情に浮かぶ。

 まばたきをした。そんな顔をされると思っていなかった。


「戦力に関わりなく勝利を掴む。それこそが心の――……真の強さだと我は思う」


 突き放されて終わりかと思っていたから、予想外の返事に驚かずにはいられなかった。


「お前の弱さは心の問題だ」


 見抜いているのはシガラキだけじゃない。

 ほんの些細な時間しか一緒にいなかった彼女もまた俺の本質を見抜いていた。


「だが我は――……」


 彼女が何かを言おうとした段階で、背後に気配を感じた。

 クウキの痛いくらいの視線を感じる。


「姫様、一分が過ぎましたが」

「クウキ……もうしばし待て」

「は」


 扉は開いたまま、クウキがそばに控えている。

 彼女は本を開いてページを見つめた。


「地獄に来たなら骨があるかと思ったけどな。残念だよ、緋迎の者。この様子じゃ、盟約はお前で最後かな……父様が残念がる」


 ただのお飾りではないんだ。彼女の立場は。

 わかってはいたけれど、差がある。

 現状、彼女と俺とでは明白に、埋められない距離が開いている。

 認めよう。現状では彼女に敵うはずもないことを。

 ハルにとてもよく似た、まるで双子みたいな容姿だから願わずにはいられなかった。

 見損なわれたままで終わりたくない。

 違うと訴えたい。

 けれど彼女はもう俺を見ることはなかった。


「話は以上だ。出て行け。我はねむたいんだ」


 手を振られた。その瞬間、身体がふっと浮いて押し出される。

 今は届かない。

 彼女は最初からずっと、俺に対する興味なんて毛ほどにもないに違いない。

 ただの気まぐれ。それも失せた。

 ――……許せるか、と思った。

 クウキがすぐに退室して扉を閉める。

 いてもたってもいられない俺は、けれどシガラキにすぐに手を取られた。


「それじゃ、おいとまします」


 待ち構えていたクウキは俺を一瞥して呟いた。


「……時間の無駄だな」


 その瞬間、撃鉄は起こされた。

 けれどシガラキに手を引かれて、俺はその場を立ち去るしかなかった。

 今は、まだ。

 だからこそ。


「さあ……作戦を開始しましょう」


 楽しくて仕方ない声を出すシガラキに頷く。


「覚悟はいいですか? ここへ来て、気が変わったなんて言わないでくださいよ?」

「ふん……」


 道の先を睨みつける。

 閻魔姫の見せた表情の真実を知りたい。

 彼女が言いかけた言葉の先も。

 傍観者でいたら手に入らない。

 けれど――……俺は自分の人生の主役になると決めて、ここにいる。

 答えは明白。


「掴み取りに行く。今すぐにでも」

「よろしい」


 二人で廊下を歩く。

 戦力的に最弱だろうが兄さんの劣化コピーだろうが関係あるか。

 俺の強さを手に入れるために――……。

 ただ前へ進むのだ。




 つづく!

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