第三百話
床に浮かぶホログラフメッセージが教えてくれるの。現状をね。まるでブリッジの人たちのやりとりがそのまま文字になっているかのようです。
『ルミナ:二年生、緋迎コバトによる探索開始!』
『レオ:状況は逐次報告を』
『ルミナ:了解! ……三年生、目標地点に到着の連絡あり!』
文字を見れば、いま何が起きているのかわかる。だから安心して歌っていられるよ。
けど戦艦ブドウカンが新宿を正面に捉えた時だった。
『マドカ:三年生が主力。私たちでできる限り敵の目を引きつけて――』
『ルミナ:待ってください! 敵反応あり! これは……危ない! 避けて!』
ルミナさんのメッセージを見てすぐ、戦艦が傾く。思わずよろけそうになったけど、ギターの金髪先輩が身体で支えてくれたから転ばずに済んだ。
いそいで周囲を見渡す。すぐに気づいたよ。新宿御苑から浮かび上がってくる、巨大な骸骨が見える。そいつがビルを抜き放ち、こちらへと投げてくるんだ。
無茶苦茶だ。そう思った。けどね。
『レオ:回避運動!』
『マドカ:結城、仲間! 出力上昇!』
『シロ:猛る雷!』
『トモ:弾けて進め!』
戦艦中がびかびかと光って、まるでトモとシロくんの必殺技のように加速する。二人の必殺技ほど爆発的な加速じゃなかったけど、それでもビルを避けることはできた。
『マドカ:艦長! 攻撃命令を!』
『レオ:いや、まだだ! ルミナくん、敵本拠地は見えたか!?』
『ルミナ:い、いえ! しかし骸骨の下に穴が空いていると二年生より報告が!』
『マドカ:艦長!』
『レオ:二年生は温存したい。三年生は主力。ならば、あの髑髏は本艦が相手をするしかない』
『マドカ:ご命令を!』
『レオ:よろしい。音楽部隊を収納し、攻撃態勢に入れ!』
『マドカ:了解! 音楽部隊を収納し、攻撃態勢に入ります! 佳村さん!』
『ノン:承りました!』
床がすっと下がり始めた。先輩たちは構わず演奏をし続ける。一瞬でもあげた熱を下げたくないかのように。だから私もそれに合わせて歌い続ける。
戦艦の中に入った。周囲の座席にみんなが座って、侍候補生はみんなで刀を床に刺していた。刀鍛冶は床から伸びたレバーを掴んでいる。
暗闇の中で、みんなの放つ霊子が光り輝いている。光を吸って、みんなの力を借りてやっとマシンロボは……戦艦ブドウカンは動いているんだ。
二階席は変形していて、見つめる先だけ分離してブリッジになっているよ。巨大なレーダーや、外の景色をうつすモニターが設置されている。そこにレオくん、マドカ、ルミナさん……そしてユリカちゃんと、タツくんが見える。
ステージが降り立つ中心地点のすぐそばにノンちゃんがいた。ギンが寄り添っている。
「攻撃ってよお。どうすんだ?」
ギンの問い掛けに、みんなが不安そうな視線をノンちゃんに向けた。
小さな身体におっきな才能を秘めたノンちゃんが、視線をあげる。白衣を纏ったマドカの背中が見える。妙に頼もしい背中がね。
マドカを見つめながら、ノンちゃんは笑って言ってみせた。
「変形します!」
「そいつはご機嫌だな」
笑って答えるギンに視線を送ってから、ノンちゃんは叫んだ。
「変形機構、作動!」
瞬間、ノンちゃんの全身が光り輝いたの。桜色の回路のように線が光り輝いて、ノンちゃんから床へ、通じてみんなの刀やレバーに届く。
「腕部形勢開始!」「脚部、待って。足とかいるの!?」「足なんかいるか! わからねえのかよ! タンクでいいだろ!」「いや足はなきゃ困る! いま作る!」「腕って二本でいいのか!?」
刀鍛冶のみんなが騒がしく怒鳴り始めた。
ぐんぐん霊子を吸い上げてブドウカンが悲鳴を上げる。それだけじゃない。
「や、やべえ」「持ってかれる……!」「く、そが……!」「待って、討伐前に燃え尽きる!」
侍候補生のみんなの悲鳴も混じっていく。
「だ、だめです! 変形前に地面に落下して自壊します!」
「ここが正念場だ! 気張れ!」
ルミナさんの悲鳴にトラジくんの怒号が続く。
みんなが歯を食いしばって戦っている。私が刀を差して霊子を注げば少しは力になれるはず。
だけど、背中を押された。金髪先輩に。視線が挑むように睨んでくる。
ここで歌わなきゃ、お前に歌う資格はない。そう訴えている。
――……そうだね。
まだ霊子は使えない。みんなが戦っている。私も戦わなきゃ。
その手段に気づいたばかりなんだから……歌うよ!
意を決した私の顔を見て、金髪先輩が二人の先輩に目配せした。
曲調が変わる。
ピンチがなんだ。敵がいるんだ。
立ち向かえ――……心折れずに立ち向かえ!
「求めてる。ずっとずっと求めてる。自分だけの輝きを」
歌う。九つの尻尾をめいっぱい膨らませて。
「その光は何になる? 光を変える力は何ができる? わからないかな」
気持ちを込めて。曲調を変えてくる。けど対応してみせる。先輩たちの音はもう覚えたから。
「私たちいま、空を飛んでる! 私たちの刀ならなんでもできる! 刀を愛せる力はなんでもできる!」
ドラムが全身を震わせるような連打を浴びせてくる。
二人の先輩の息づかいが聞こえて、合わせて飛んだ。
着地と同時に叩きつけられる。がつんと盛り上げていく瞬間、今がサビ。
挑むように睨む先、マドカが刀を抜いて光を放っている。
「この程度じゃない。私たちの一年、たやすく終わるものじゃない!」
拳を握りしめて、かざす。マドカの指示なのか、待機しているキラリの背中が見える。今にも何かせずにはいられない、けれど我慢している背中が。
「掴んだ力の意味を教えて。だって夢を叶えに来たの!」
他にも、一年生の精鋭はトモとシロくんを除いてみんな待機している。
岡島くんも、茨ちゃんも。みんな歯がゆそうにみんなを見守っている。
「この程度じゃない。掴んだ力はこの程度じゃ終わらない!」
檄を飛ばす思いに応えて、ノンちゃんの光がどんどん増して強くなっていく。
「世界を塗りかえるみんなの色を教えて」
唇をマイクに寄せて、ささやくように届けるの。
「虹なんか間に合わないくらい眩く輝いて――……いま!」
叫んですぐにマドカの刀が一層強く輝いた。
瞬間、誰かが叫んだ。誰かが祈り、それじゃ足りずに自分の握る力を掴んだ。
すぐに揺れたよ。
戦艦が、どくん、って。
鼓動を打つように、確かに揺れたの。
「きました! エネルギー、どんどんたまっていきます! 充填率……計測できません!」
「今こそ変形せよ!」
「ううううう! うああああああああああああ!」
レオくんの指令にノンちゃんが吠えた。
すぐに刀鍛冶のみんなが続いた。ブドウカンが眩い光に包まれる。目まぐるしく変形していく中で、侍候補生たちが歯を食いしばって――……それでも笑っていた。
この程度で終わるはずないと信じ切っている目で、仲間を見つめていたの。
だから……変形しないはずがないんだ。
私たちはどこまでいける。何がこようとも、戦い抜いてみせるんだ!
◆
山手線に乗り込んだ俺たち二年生組の一部は、現世の情報に従い動き続ける電車を己の支配下に置きながら、その光景を目にしていた。
「がしゃどくろね……それよりも目を引くのは」
母さんの言葉にどう答えるべきか、俺は一瞬悩んだ。
スピーカーを肩につけて二足歩行をする、武道館を胸部に据えた巨大なマシンロボ。
恋人として付き合ってきたハルも、彼女の友人たちも底が見えない。
未だかつて、あんなことをしようと思いついた人間がいたか? いるまい。
刀を手にして戦うのが侍だ。刀鍛冶は隔離世の建築物の形を変えることさえできるくらい、霊子を操る。とはいえそれじゃ邪は倒せない。
そこで終わりだ。
思考はそこで止まる。
それが今までの常識だったはずだ。
なのに、一年生たちはビルを掴んで投げるくらい巨大ながしゃどくろにマシンロボで抗っている。殴り合い、蹴り合い、ケンカをしているのだ。
激しい戦いに周囲のビルは倒壊していた。山手線にいながら新宿御苑の方角がすっきり見えるくらい、ほとんど更地になるほど激しい戦いだった。
スケールが違いすぎる。
プロの中には侮辱していると感じる者もいるのではないか。だとしても、あのばかげた子供の夢の塊が、ロマンしかない塊が今、確かに脅威と互角に渡り合っていた。
「現世の霊子体、駅にすべて出たぜ! 二年刀鍛冶と侍候補生一同は目標地点に到着した!」
刀鍛冶の同級生が声をあげる。続いて、
「一年生の意見を参考に隊列を組みました! いつでもいけます! ご武運を!」
その幼なじみで恋人になりたての侍候補生が叫び、電車から降りていく。
残されたのは生徒会面子と俺の家族だけ。
「よし。正直スーパーロボットとか、柄じゃないけどね……あの子に置いていかれるのはもっと柄じゃない。私たちもやりましょうか」
「待って、コナちゃん。敵の本拠地が見えない」
「くっ! いつまでも一年生に任せられないの。互角の勝負じゃ、霊子を消耗するこちらが不利なんだけど……っ!」
ラビの言葉に並木さんが歯がゆい声を出した。
俺は腕の中にいる妹を見つめた。兄さんも、母さんも、父さんもいる。
焦らせたくはない。ずっとコバトの感覚を信じて待ち続けていたんだ。
コバトは隔離世に愛されている。その素質がある。
現世にいながら不可思議な現象を目にし、御珠なしで隔離世に招かれてしまうことすらある……そう兄さんから聞いた。
今この時点で、母さんに繋がる縁と素質があるのはコバトだけだ。
父さんでも、兄さんでも……俺でもだめなんだ。
それでもいてもたってもいられない。
ハルの歌が巨大マシンロボの肩のスピーカーから流れてくる。みんなを必死に鼓舞する歌詞ばかりが続いている。一年生は今、正念場にいるんだ。
頼む……!
「コバト……!」
呼びかけたのと、ほとんど同時だった。
コバトがどくろのいる方角を睨んだのだ。
「……あの、がいこつの根元。何か、感じる。がいこつにまぎれて小さいけど、懐かしい……コバトが迷ったとこ。お母さんの、匂いがするの」
新宿駅手前で停車した山手線から、コバトが呟く。すぐに視線をあげた。兄さんが無線機で指示を飛ばし、侍隊を指揮するために電車を出る。父さんも続いた。
電車の中から見える。
街のいたる所に、まるで虫の巣をつついたような勢いで邪の侍がいるんだ。
あちこちで侍たちが戦っている。空に空中回路が形成されたりしているのを見れば、刀鍛冶も総動員で力を貸しているに違いない。
兄さんと父さんがいてくれたら頼もしいことこの上ない。けれど、二人は侍たちにとってのシンボルだから……甘えてばかりはいられない。
「よし。いこう! 超特急でね!」
並木さんが叫んですぐに床を殴りつけた。
振動と共に勢いよく電車が形を変えていく。床や天井が分かれて周囲の電車を飲み込んで、一年生のそれよりもスマートで凜々しく華奢なマシンロボへと姿を変えた。
生徒会のみんなでフォローする。けれど中心は彼女だ。並木さんが操る。
走りだすマシンロボの向かう先はがしゃどくろの根元。
コバトを抱き締め、母さんと手を繋ぐ。
母さんの肉体のある場所へ行けば、肉体が放つ霊子体があるはずだ。それに母さんが重なれば元々あるべき姿へと戻るのではないかというのが、兄さんと父さんの見解だった。
果たしてあるべき姿というのが生きている状態なのかどうかわからない。
コバトは信じている。生き返るはず。蘇るはずだって。
ハルも信じている。きっとコバトの願う通りになるはずだと。ここは夢のような場所だから、願い掴み取れば現実になるはずだと、そう信じている。
ならば俺は全力でその手助けをする。
「待っていろ……!」
並木さんのサポートをして、俺たちのマシンロボは巨大なハリセンを作り出し、がしゃどくろの後頭部を全力で叩いた。
さあ、参戦だ!
◆
自衛隊の基地に入り込むのは正直落ち着かない。
隔離世とはいえこれは不法侵入だ。まあそれをいったら、討伐のたびに不法侵入しまくりなのだが。そこはそれ、取り締まる法律がないし良識の元で動いているし、なにより緊急事態だから許して欲しい。
戦闘機を見つめる。
操縦方法なんて知るわけがない。気合いと根性で動かす、それが一年生の実現した方法だというのだから笑える。
要するに、自分の感覚に変えれば動かせる、という無茶苦茶な理屈だ。常識や知識不足でてんぱったら動かない、ともいう。
リアル系より根性スーパー系だね。そういうの、嫌いじゃない。
「メイ……準備は?」
先輩に呼びかけられて、自分の乗る予定の戦闘機からふり返る。
「いつでもいけます」
「メイはミツハとコンビだよね。戦力は温存してね」
「もちろん。先輩もですよ? 手を出さずにいられないからって、本戦の前に消耗しないでくださいね?」
「わかってる……新宿で会おう」
手を振られて微笑む。誰もがてんぱるような状況でも気遣ってくれる先輩が好きだ。みんなに声を掛けて回ってる。ルルコもユウヤも緊張をほぐされて腑に落ちない顔をしていた。
こんな状況で余裕でいられるのはサユくらいなものだ。
「メイ、掌握した。乗って」
「わかった」
ミツハに呼びかけられて、後部座席に乗り込む。狭い。パイロットスーツもなしに制服で乗り込むの、正直ちょっと違和感ある。
「そういうの捨てて。雑念になる」
「……ごめん」
「謝るな。これからエースパイロットになるから、安心してフライトを楽しんで」
「……マジで操縦できるの? 霊子あげなくてだいじょうぶ?」
「なめんな。三年生の刀鍛冶だ、霊子を自分の手足のように操れないようじゃ……先頭に立てない」
「頼もしいな」
「やっとわかったの? なら大事にした方がいいよ、一生アンタの面倒見る気だからね」
ふっと笑う吐息が聞こえる。
航空力学とか、危機対策とか。山ほどの学習と訓練を経て、現実のパイロットたちは資格を手に入れて飛ぶ。それを一足飛びにしてどうにかしようというのだから……ここが夢の世界なら、私たちの夢は強欲にできている。
構うものか。自分の夢を強く求めなくてどうする。
「いくよ――……近代化改修、開始!」
ミツハの身体が眩く虹色に輝いた。戦闘機の蓋が閉まって、アニメで見覚えのあるデザインに勝手に改造されていく。
そしてぐん、と加速した。それだけじゃない。当たり前のように空へと上がっていくんだ。後ろをふり返る。どんどん続いて飛んでくる。
光り輝く戦闘機。無線機が音を鳴らした。
『――冬夜に咲くは乱打の華!』
ハルちゃんの歌声だ。苦しむように、時折乱れもする歌声が聞こえる。
それを頼りに飛ぶ私たちはワルキュリア。召喚されて戦地へ向かうのだ。
何が待っているのか、まるでわからない。地獄の穴があるのかもしれない。
それでも飛ぶ。一瞬でも疑えば制御を失い地面へと墜落する死の箱の中で、勝利を掴み取る夢を見てどこまでも飛んでいく。
今すぐ抜いてくれ、と。アマテラスが訴えるように熱を帯びる。
でもだめ。あなたを抜くのは、勝敗を決する時。今の私は最終決戦兵器。
暴走してでもいい。敵の核を斬るのは――……私。
◆
頭上から破砕音が聞こえてきた。
まともに立っていられない振動で、思わず四つん這いになる。
マイクはとっくにスタンドから外して握りしめていた。
「だめです! 頭部破損! 二年生の救援もありますが! どくろ未だ健在!」
「くそ! 艦長! 必殺技の使用許可を!」
「……まだだ」
「艦長!」
ルミナさんが悲鳴をあげるように報告し続ける横でマドカが必死な顔でレオくんに訴える。
けどレオくんは座席にしがみついたまま、モニターを睨んでいた。
「ルミナくん! どくろの根元は!」
「根元!? え、え、と、穴です!」
ルミナさんがタッチパネルを操作してすぐ、モニターの映像が切り替わる。がしゃどくろの根元……まるでどくろが地面から生えているかのよう。その根元は確かに穴だ。黒塗りの穴。そこから邪の侍たちがうじゃうじゃ湧いてくるの。
「邪のエネルギー多数確認! あの向こうは計測不能です!」
「タツ! どくろを引き抜けるか!」
「やってる……く、うおおおおおお!」
壁際、モニターに囲まれてユリカちゃんに寄り添われながら、タツくんが突き刺した刀を操っていた。ブドウカンが揺れる。ずぶ、ずぶ、と気持ちの悪い音が外から聞こえてくるの。
「待ってください――逃げて!」
ルミナさんが叫んだ瞬間、床に身体が押しつけられた。
すぐにふわりと浮かんで、べしゃっと床にたたきつけられる。
ブドウカンが飛んだんだ、と遅れて気づいた。
「どくろ……二匹、三匹、うそ……どんどん、増えてる」
ルミナさんの絶望に暮れる声だけじゃない。みんなの限界間際の吐息がイヤモニから聞こえてくる。モニターに映るがしゃどくろ、数えて十三体。
一体だけでも倒せないのに、どうするの……。
そう思った時だった。
「艦長!」
「ああ……二年生に通信を。これより合体する!」
レオくんの挑むような声に、希望を失いかけていたみんなの瞳に光が宿る。
「通信士! 伝達を!」
「りょ、了解! 二年生に告げる。本艦はこれより合体体勢に入る!」
『了解! みんな、準備はいい!?』
『応!』
コナちゃん先輩の声に続いて、二年生の先輩たちの声がした。
金髪先輩に背中を叩かれてなんとか立ち上がる。
レオくんもマドカも諦めていない。ならばきっと、やれるはず!
◆
その日……長年、侍や刀鍛冶として働いてきた誰もが度肝を抜いた。
大人になり、毎日働いて忘れていた――……若い頃の、衝動だけで乗り切ろうとする勢いに任せて、自分たちの後輩たちが成し遂げる光景を見て、誰もが一瞬だけ戦う手を止めた。
華奢なロボットが変形し、肩部と頭部の鎧となって巨大なロボットに装着される。それだけじゃない。空から飛んできたジャンボ機が変形してその背中に装着された。
翼を得たロボットはそばにある、いわば地域のシンボルともいうべきビルを引き抜いた。するとどうだ。ビルはひとりでに変形して、まるで二つの砲塔がついたキャノン砲のようになるではないか。
異様。とはいえ、威風堂々。
「……あれが彼女のいる今の士道誠心か。あまりに無茶、あまりに……頼もしい」
「若さですかね」
父の言葉に笑って頷き、シュウは見上げた。
妹のコバトが見るアニメでも、最近はあまり見かけない。
むしろ自分が幼い頃に見たアニメのようだ。
羨ましいな。素直にそう思った。
自分にもあれだけのことができる力は備わっている。
きっと彼らよりもうまくやれるだろう。
けれど彼らがロボットを作らなければ、きっと思いつきさえせずに終わっていたはずだ。
ああ、やはり……羨ましい。
若さに任せて突っ走れる彼女たちが、羨ましくて仕方ない!
「大型の邪には最適ですね」
内心の興奮を深呼吸でおさえて呟く。
「さて……私たちは、あそこまで突っ走れるかどうか」
父は強く、けれど大人だった。
それでもシュウは笑ってみせた。この手に夢があるのだから。
「いいじゃないですか。隔離世に関わる時点で、私たちは夢を捨てきれない子供のようなものなんです。きっとできますよ」
禍津日神を握りしめて、祈る。
さあ、いけ。どこまでも。勝利を掴み取りにいっておいで。
◆
ルミナさんが叫ぶ。
「ビル名は怖いので省略キャノン、接続しました!」
「結城くん、仲間さん! 頼んだぞ!」
レオくんが続けて激励する。
モニターに映るのは、艦内の映像だ。
雷となった二人がキャノンの先端へと移動した。
二つの先端はガラスの球体みたいになっていたの。
剣を手にして、距離が離れているのに二人は向かい合っていた。
『シロ。いつの日か使うために磨いていた必殺技……使う覚悟はできてる?』
『当然だ……あれを使うんだな?』
『今日このあと見せ場がなくなるくらい疲れるけど、でも……この見せ場は譲らない』
『了解だ。トモ……仲間トモカ。愛してるよ』
瞬間、女子がはやしたてるような声を上げる。
赤面しながら、トモは呟くの。
『あたしも……くそ、恥ずかしいけど、あがるな。じゃあ、いこうか!』
『ああ!』
二人が刀を掲げた。そして自分の心臓へと突き刺すんだ。
『叫べ! 轟け!』
『この身を穿つ雷よ!』
『我は雷神!』
『真の姿を今こそ示せ!』
『『 我らに力をよこせ! タケミカヅチ! 』』
引き抜いた刀は刀身がなかった。
雷そのものなんだ。それはガラスの中で炸裂する。
暴れ馬のように走っていく。暴走してるんだ。二人は力を制御しきれてない。
それでも。
『貫け! 亡者を!』
『開け! 冥界への門よ!』
『『 いけえええええええええええ! 』』
二人が寸分違わず同じモーションで刀を振るった瞬間、キャノンから巨大な雷が放たれた。
それは群がるがしゃどくろを飲み込んで、一瞬で溶かし尽くしたの。
それだけじゃない。
『『 うああああああああああああああ! 』』
トモとシロくんが叫ぶ声が大きくなるにつれて、雷の先端がどくろたちを吐き出す穴へと伸びていく。瞬間を置いて、爆発した。
力尽きて前のめりに倒れる二人の功績は、煙が晴れてすぐにわかったよ。
「穴の先が開きました! 巨大な穴蔵があります! 黒い泥が見える――……」
『見えた! お母さんがいる!』
「緋迎サクラの肉体を確認しました! 二年生の偵察機器の映像、モニターに出します!」
コバトちゃんの歓喜の声に続いて、ルミナさんが報告してくれた。
モニターに穴蔵の映像が映し出された。黒い泥まみれの穴蔵に少しだけ突き出て見える結晶がある。拡大されていくにつれて、その結晶の中にぼんやりと光る霊子体があるのが見えた。
あれがサクラさんの肉体なんだ。
「すぐに向かう! タツ!」
「ああ! キャノン分離! 穴蔵へと前進する!」
振動するマシンロボ。モニターに見える穴蔵を見ていて違和感を覚えた。
なんだろう。なにかを忘れている気がする。なに? なにを忘れているの……?
『――……待って!』
コナちゃん先輩の悲鳴が聞こえた時だった。
「――おいてけ、おいてけ。肉体おいて、黄泉へおいでよ」
子供と老人の声が入り混じったような歌声が聞こえた。イヤモニをつけているのに、はっきりと。全身の毛穴が広がった。尻尾が破裂しそうなくらいに膨らんだの。
『いかん! ハル! 危険じゃ!』
タマちゃんが警告したけど、すぐに動き出せなかった。
だから間に合わなかった。穴から泥が噴き出てきて、押し寄せてきたの。
泥に触れるなり霊子は侵食されて、溶かされていく。
「ハル、星の光を――!」
マドカが何かを叫んだ。
けど私は悲鳴を上げる間もなく、十兵衞が私の身体の自由を奪って夢中で頭上へ飛んだ。飛んで、邪魔なものを切り裂いて逃げたの。
やっと外に出た時にはもう、すべてが終わっていた。
マシンロボは溶かされ、みんなの身体は氷の結晶に包まれていた。
サクラさんの肉体を包んでいたのは、氷なんだ。
十兵衞が全力で警戒して睨む先に浮かんでいた。
「よこせやよこせ、ういみたま。すべて飲み込み、よみがえり」
歌が聞こえる。けれど意思なんて感じない。抑揚もない。
ああ……きっと、歌なのに、呪いの言葉でしかなかったんだ。
黒い御珠に応えるように黒い泥が脈打つ。
空を切り裂くような轟音がした。
見上げれば戦闘機が飛んでる。それらが変形して人型ロボットになって、黒い御珠に向かっていく。三年生だ。きてくれたんだ! けど。
「りょうしはみな、ささげよう。くらいつくして、むにかえろう」
泥が一瞬で跳ね上がってロボットをみんな飲み込んじゃった。
メイ先輩たちならきっとなんとかしてくれるって思ったのに。
だめだ。これじゃ、だめだ。
どうしよう。どうしよう。
『……死線の中か』
十兵衞が冷静に、現状を把握する。
右目に見える未来は……死、あるのみ。
『さて……泥のただ中。敵は一手で届かぬ。まいったのう、手詰まりじゃ』
タマちゃんが悔しそうに、それでも虚勢を張って笑ってみせる。
しょうがない。
十兵衞の力でも、タマちゃんの力でも……あの黒い御珠には届かない。
私たちのマシンロボも、あのすべてを飲み込む泥の前じゃ無力だ。
お父さんが大好きなゲームだと、焼き払う強い剣を使って、昔の英雄がなんとかしていた。
けどそれをするべきメイ先輩が敵の手に落ちた。
サクラさんを助けるどころじゃなく、全滅の危機。
これで終わりなの?
もう、なにもできないの?
「よこせやよこせ、ういみたま。ひとにすぎたる、ちからなり」
歌。怨嗟。泥からどんどん邪の侍が浮き出てくる。
一人じゃ飲み込まれちゃう。私だけじゃなにもできない。
『……く』『……これで、しまいなのか?』
悔しくてたまらなくて、涙が浮かんでくる。
だけど一滴だってこぼしたくなくて――……見上げたの。空を。
夜空だった。
見えたよ。真上に輝く一番星。
光を放つ、一番星が。
ねえ、マドカ。何を叫んだの? 何を伝えたかったの?
わからない。わからないよ。私はマドカみたいに頭よくないもん。
……でも、なんでかな。
作戦名を思い出しちゃうの。
『空に光り輝く金の一番星作戦』
……マドカはなんでそう名付けたの?
光、金、星。
マドカと私、キラリみたいだ。
私だけじゃだめ。
マドカとキラリがいなきゃ成立しない、作戦名。
それって、どういうこと?
……私一人じゃだめ。なら? ……二人がいたら?
『ハル!』
呼びかけられてまばたきをした。
「ふんぬ……すううう!」
それから思い切り息を吸いこんで、めいっぱいの力でほっぺたをぶったたく!
「あうち!」
痛い! けど目が覚めた!
「ごめん、二人とも! しばらくしのいで!」
懐から出したとっておきの二枚の葉っぱに御霊を捧げる。
弾けて変わる。十兵衞とタマちゃんに、刀を預けるの。
それだけで全身に感じる。二人の強さ、美しさを。
おかげで今の私は狸顔でこじらせたただの女子でしかない。
それでもいい。
「しょうがないのう! 主の言うことじゃ……従ってやるか」
「……まあ、どれほどもつかはわからんが。守り抜いてみせよう」
微笑む二人の背中に守られながら、私は息を吸いこむ。
尻尾はない。獣耳もない。
だけど私には大事な過去があって、機会を得て気づいて手にした歌がある!
「――いくよ」
今こそ掴み取るんだ。私だけの金色を!
つづく!




