第二千九百八十話
マシンロボと合流して二年生の有志で最寄りの地下鉄に入る。
未だ戦闘は続いている。先輩たちの活躍があり均衡状態にある。だから、いまは地下鉄を調べたい。
トモ、ノノカ。マドカ、キラリ、ギンとノンちゃんの七人編成だ。
事前の確認時にわかっていたことだが、改札は封鎖されていた。駅員さんがふたりで立っていて「現在、運行が休止されています」と訴えている。高校生の集団が「中を調べたいんですけど」なんて言って「ヨシ!」となるはずがない。そんなことはわかりきっていたことなので、シュウさんに連絡をして、佐藤さんとあねらぎさんに来てもらった。ふたりを足して、九人連れ。かなりの人数だ。
私は内心、いつかのあの不思議な地下鉄に行くのではないかと警戒したけど、たどり着けない。なにかの条件があるのか。あそこに入り込むために必要な条件が。
しばしの確認作業の末にホームに入れてもらって、中を見渡す。地下鉄各社はいずれも全面的に運行を停止している。そのために電車の動く音はせず、だれもいない。当然だ。
「鉄道各社と連携して現状を確認している。いつどこでなにが起きるかわからない厳戒態勢だということでね」
「予想していたことではあるけど、なにもないね」
来るだけでわかる異変や変事があるのなら、駅員さんたちがとっくに気づく。
いちいち警察が連絡するまでもない。各社から連絡がくる。
何事もないっていうことは、一目でわかるような異変がないってことだ。
だいたい地下鉄はしばらく運行していたんだ。運行できるくらいは安全だと判断されていたってことでしょ? ここにいったい、どれだけの人が迷い込むというのか。
「点検作業が行われる頻度って?」
「日常の点検は徒歩で巡回が月に最低で三回、列車による巡回が最低で二回。一巡する形で実施されていますね。定期検査は年に一回以上。地震や豪雨などが起きたら、その都度チェックするようです」
駅と駅の間はシールドトンネルと呼ばれるものか、開削トンネルと呼ばれるものがある。
開削トンネルは、地上から地盤を開削、開き削ることをしてから、トンネルを構築。埋め直す。そうじゃなくて、円形のシールドマシンでカッターのように削りながら進んでいって構築するのがシールドトンネル。最新のマシンだと、シールドマシンで穴を開き、同時にトンネル壁を構築するなんていうものもあるという。
シールドマシンのほうが便利そうだけど、マシンを入れるための穴がいる。シャフトの掘削は欠かせないのだ。地下ダンジョンを作るなら? 穴を掘らなきゃならない。当然だけどね。
「こんな場所に大勢の人が潜むとなれば、それだけの規模がいる」
「それだけの規模が収容される空間を作るとなれば、それだけの土砂を除去する必要もありますね?」
佐藤さんとあねらぎさんの会話にギンがどういうこった? と尋ねて、ノンちゃんがせっせと説明に勤しんでいる。
私はというと、レトロな映画にして名作の大脱走を思い出していた。牢獄からの脱走に、穴を掘る。食器などを使って掘るにしたって、土砂が出る。日中の休憩時間などに、歩いて、その土砂をズボンの中からぱらぱらとまける仕組みを利用する。そうやって「掘っては捨てる」を繰り返すのだ。
ぷちたちやお姉ちゃんなら、サンドボックスゲームかな? あれだって、たいていのブロックを壊せばブロックが出るじゃない? 土を壊せば土が出る。どこかになくなったりしない。当たり前だ。
「そんなこと、するかあ?」
佐藤さんの疑問にだれも答えられない。
利益の見込みが立たなきゃ、企業はそんなことしない。そもそも掘削には土地などの権利が絡むだろうし、そうなるとお役所に届け出て手続きをしなきゃいけない。じゃなきゃ、だれもが好き勝手に地下開発ができてしまえる。何でもし放題じゃ困るでしょ。
「でも、しなきゃ人は入りきらないでしょう」
結果を前提に考える。
「行動自体はシンプルだよね。掘って、外に出す」
「掘った場所に空調設備をつけないと、奥まるほどに問題が出るんじゃない?」
マドカとキラリがふたりして話し合う。
思考しないとね。
行動絶賛主義かつ思考排斥論者が増えている。
どっちも的外れだ。
思考で足りることはない。だけど思考の伴わない行動で足りることもない。
単純なことだ。
思考して、行動して、それでも足りることがない。
だから、どっちもいる。
どっちもやるのだ。
当然だろう。
なぜどちらかに絞るような話になるのか。
おかしいだろ?
ちゃんとやれ。私。
手を抜くんじゃない。
思考しろ。行動するんだ。どっちもいる。それだけのことだ。
正当化、責任転嫁、免罪の弁に逃げるな。そのためになにかを責める逃げを打つな。
考えられるかぎり、行動できるかぎり、考えろ。行動しよう。
「地下鉄の整備点検者が不審なものを見たという話は?」
「それがないんだよ。なにも」
私の問いに佐藤さんが肩をすくめた。残念!
あと既に話を聞いてくれていたというのなら、そこは掘り下げてみてもいい。具体的に、だれと、どこで、いつ、どのように、なんの話をしたのか。もちろん確認した。
「警察の通告、でもって警視庁からの人員の確認、点検者がこれまで見聞きしたものや伝聞などのチェック。いずれも今日、さらえるかぎりさらったけど、なんにもなしだ」
「人が消えた。その人は二度と出てこなかった。まるで都市伝説みたいですよね」
あねらぎさんの指摘に腕を組む。
都市伝説。ホラー界隈じゃ実に息の長いコンテンツ。
獣憑きだなんだがいるんだ。都市伝説のような現象が起きていたって別に不思議じゃないか。
だけど摩訶不思議な隔離世でさえ、一定の法則がある。
都市伝説に思えるものだって、それを構築する人や仕組みが存在する。土砂だって消えることはない。
不思議で足りることはない。
「ふむ」
腕を組む。しばらく考えてから、ふと思い出した。
「アリスちゃんは来てる?」
「いるぞ? 呼ぶか?」
「暁さんがどうしたの?」
キラリに呼んでもらうようお願いしてからマドカに伝える。
不思議な空間がどうしても引っかかる。
「隔離世の不思議を心得ているアリスちゃんなら、私たちにはわからない道をたどって、あの場所に行けるかもしれない」
「たしかに!」
なんで思いつかなかったんだろう!
さらに考える。これじゃまだ、足りない。
たとえば平和はいいことだけで構成されていない。いいことだけで足りることがない。探せば平和のもとでろくでもないことがやまほど起きていたり、法の仕組みをかいくぐることをハックだなんだともてはやして倫理や構造を破壊して台無しにしていく人たちが出てきていたり、ろくなものじゃない事例がやまほど見つかる。厄介ごともやまほどあるし、毎年の失踪者は大勢いて、虐待や養育放棄も起きている。
一見して安定して見える社会のもとで、係争や犯罪が起きていて、警察や司法が働いている一方で、彼らだけで正当にまともにいるか? そんなことはまずありえず、人は人であるがゆえに過ちを犯し、問題を起こす。そうした状況への対応が欠かせず、個人頼みで足りるはずがない。
問題が起きる、起こす、だから排除するじゃあいけない。
起きるもの、起こすものだと前提を挟み、その対応を具体的にしなけりゃ維持さえまともにできやしない。警察は冤罪を起こすことがあったり、性加害に遭った被害者への対応が不適切で死者を出す事態に発展したりすることがある。
そもそも警察が特高警察の色を濃く受け継いだまま今日に至る組織であるかぎり、その危険性は私たちにいつどのように牙を剥くのかわかったものではない。
いいことだけで足りることがない。だからヨシ! としてはいけない。改めなきゃマシになることはなく、どんなに足しても終わりがない。終わりがないのに、台無しにするのはたやすく楽で、手っ取り早いので、足さなきゃ維持さえできやしない。
あらゆる争乱や係争を抱えて、いま、なんとかなっている。
足りることはない。
だから目先のことだけやっていろ、行動だけしていればいい、なんて言説が流行するんだろうけど、それじゃだめだ。それは人間の生き方じゃあない。家畜の生き方だ。同じ人間が求める家畜の生き方だから、そんなのしていちゃいけない。
あらゆる問題やままならないことを認識して、行動できないまでも考えたり、ほんのささやかでもできることをしたりして、足してかなきゃ、マシになることはない。
しかも、そういうことだけじゃ足りることがない。
張り切り委員長の空振りうんざり学級運営みたいになっちゃう。
私たちは日常の安定、そこにある安心と安全を維持したうえで、よりよくしながら、ちょっとずつでも足していって、ようやくすこし、生きていける。
あんまり途方がなくて、圧倒されちゃうけど、それくらい足りることがない。足しても足してもまだ足りないから、足して足して、すこしずつでもマシにする。
人生は灼熱の地盤に絶えず水をかけるようなものなのかもしれない。水をかけることをやめる人が増えるほど、自分も、だれかも、とりわけ弱っていたり困っていたり傷ついていたり苦しんでいたりする人ほど脱落していく。排除されていく。責められて、攻撃されていく。食い物にされていく。
そんなのろくでもないから、水をかける。
もっといい方法はないかを考えるし、水をかけつづける。
だれかがやってるいい方法があるなら、それだって試してみる。
どんなにやっても、なお、足りることはない。
それでも精いっぱいをやるよ。
すこしでもマシにしたいんだから。
まずは可能性を考えろ。
「潜入班がいるけど、それとは別に隔離世の技術が地下鉄道に使われているかを調べられる班も欲しい。前者はたぶん、私が会った連中と遭遇したら戦闘になる」
戦闘の是非はさておき、現状は「なくせない」ことを踏まえて想定する。
戦闘なしで乗り切るには、足さなきゃいけないものが多すぎる。現状で、私たちがそれを用意できるのか。避けられないラインにけっこうきわどく肉薄している。手札がなさすぎる。
足りない。
「地下鉄班だけど調べるにしても範囲が広すぎる。地下鉄全体をカバーする人員をそろえるか、それとも、怪しいところを絞って調べるか」
「絞るといっても、ね?」
マドカの苦笑いに答える言葉がない。
そう。絞るための条件がない。
考えろ。
なにかないか。
「ごめん、私の術しか思いつかない」
「小さなマシンロボを作って、刀鍛冶と侍候補生のペアで地下線路上を爆走しながらスキャンするとか?」
「「「 えええ 」」」
ノノカの提案にみんながため息をついた。
あまりにも地道すぎる!
だけど絞る条件を見つけられずに総当たりをするなら、それ以外にない。
「戦力の分散、見つけた場合に待ち伏せされるリスクがあることを考えると、ふたり一組はまず無理だね」
マドカが肩をすくめた。
あらゆることを足して足して、それでも足りない。
なのに現実にはスケジュールや期限があったり、なるべく早いほうがいいことが多すぎる。
残念ながら思考をする時間が足りないことさえある。だから、場所を絞る名案がないなら、考える時間を絞らなきゃならない。時間を足せないかぎりは。いまは制限時間がどれだけあるのかわからない。つまりは、敵が次になにをするか、それがいつなのかがわからない。
足りないことが多すぎる。
そういうときこそ、よく観察して、よく思考して、よく行いたい。
この場合の基礎はなんだ?
周囲を見渡した。
「対面で向こう側が見える駅と、ひとつのホームで左右に線路の駅とだと、どっちが地下鉄に逃げこみやすいかな」
「春灯?」
「いや、だって。都市伝説で収まって騒動にならないくらいのことなんでしょ? だったら、目につきやすい構造の駅でやるのかなって」
あ、とマドカが呟いた。
「それでいったら、人手が多い駅と少ない駅、どっちがどうかって話もあるな」
「そんなの、言っても東京ですよ?」
「たとえば関東で考えたとき、渋谷だの新宿だのと、早朝の水道橋とかド深夜の竹橋とかなら差がありそうじゃねえか? ピークタイムを過ぎた勝どきとかさ」
佐藤さんのチョイスが謎。
でも、たしかに考えようはある、かな。
みんなが集まっていてにぎやかで、たとえば電車が来た直後とか? あるいは人がいなすぎる時間帯とか。終電、よりは始発かな? 人が集まる駅よりも、集まらない駅を私は選びたいけど、人が集まるからこそみたいなのもあるのかな?
だめだ。考えるには材料が足りない!
「考えるためには調査がいる、かな」
残念ながら、情報が足りない。
考えるだけでも行動するだけでも足りない。それらは補いあうものだ。
考えるために行動を。調査して情報を集めないと。
「ねえ、ノノカ、ノンちゃん。スキャンしながら移動するとなると、どれくらいの速度になりそう?」
私の問いにふたりは顔を見合わせた。
「霊子情報の異変をざっくりと調べながら移動するとして。対象は、壁かな?」
「天井や床の可能性もありますし、線路自体かもしれません。あるいは空間なのかも?」
「敵の術が潜んでいるかもしれないというなら、それがなにかもわからないまま手探りで調べるとなると、本当なら、歩いて移動するレベルになるよ?」
「調べるにも、手掛かりが必要です」
ぐう!
調べるための調査や知識がいる。
当たり前だ。当たり前か。くそ。たいへんだなあ! 人生! ままならないなあ!
足りることはないな。
それなら、地道に足していこう。
で、なにを足そうか。
なんでもあればあるに越したことはない。
足せるかぎり足したほうがいいのだ。いつだって。
だけど、悲しいくらい、いまは余裕がない。
「氷の調査のときと同じやり方しかないよね。私が術で探る。マシンロボで駅を移動しながら、失踪した人がいないかを調べて、その行き先をたどり、どこに消えたのかを見つける。その結果を共有して、みんなで地下鉄線路網を網羅する」
「それしかないか」
地下鉄捜査班の方針は、ひとまず固まった。
問題はもう一方だ。
「アリスちゃんたちに調べてもらうことのほうが、たぶん、厳しい」
空を飛ぶ列車に繋がるであろう連中だ。
膨大なネズミをけしかけてきたおじさんがいた。電車のなかで仏像を彫って飾っているおじさんもいた。どちらも戦闘能力は未知数だ。だいたい、彼らがなぜあそこにいて、どんな目的をもった、どんな人物なのかがはっきりしない。
それになにより、彼らだけとはかぎらない。
「あたしが行くよ。いつもの顔ぶれに沢城や仲間、あんたたちと、あとは冬音とかも誘いたい」
キラリが挙げた名前はいかにも戦いが得意なメンバーだ。
お姉ちゃんが来るなら、御霊が鬼勢も一緒に来るだろう。岡島くんに茨ちゃんもだ。
「そのメンツがいるなら俺はいいだろ。ノンたちのそばにいてえ」
「わかった。仲間は? 春灯のそばにいる?」
「ごめん。いいかな?」
「いいも悪いもないでしょ。あんたがそうしたいなら、それでいいんだよ。そもそもいつもの顔ぶれに足したいのは、備えのためだしさ」
当てはあるとキラリは軽く笑う。
実際、マシンロボの稼働をやめての二年生人員をあてるということであれば、人手はあるし、戦い得意勢もいるのだ。だいじょうぶ。
私は私でトモがついていてくれたら、かなり助かる。精神的な安心感がまるでちがう。
頼ってんのだ。
みんな、不安だ。足しても足しても足りることがない。
だけど、主体的に関わって、”生きてく”かぎりは、それでもぼちぼちやってかないとね。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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