第二百九十八話
マドカの提案で会議が開かれたの。シュウさん、ラビ先輩、シオリ先輩とカイトさん、それにユウヤ先輩に電話をかけてね。
議題は聞いている限りじゃ、略して「光る金星作戦」と住良木への対処についてです。
メイ先輩はルルコ先輩と二人でソウイチさんとサクラさんにあれこれ聞いているよ。侍としてひとかどの人物だから、教えを聞きたいのは当然なのかもしれない。
コバトちゃんを膝上に抱いてキラリとのんびりしていたら、サクラさんにお風呂入っておいでーって言われました。
離れのお風呂入れてくれたみたいです。
ありがたいことこのうえなし!
キラリの手を引いてコバトちゃんと三人で入ることにしたの。
「……まさかの鍋風呂」
「まあまあ。風情があっていいじゃん」
「先はいる!」
服をぽいぽいぽいっと脱いで飛び込むコバトちゃん、元気だなあ。
遅れて髪をまとめたキラリが続く。私も髪をゴムで縛ってついていく。
湯を浴びてふう、と三人で息を吐いたら、小窓の向こうから「湯加減はどうだ?」と聞いてくるカナタの声がした。
「ちょ!?」
「隣だって。だいじょぶ、覗きとかじゃないよ」
キラリがびくっとするけど、そっとなだめる。
「カナタが火の番してくれてたの?」
「……母さんの命令だからな」
「さすがのカナタもサクラさんには敵わないんだね」
「さっき……ひどいことを言ってしまったからな。これは、そのおしおきなんだ」
「あはは。じゃあ、しょうがないか」
「ああ。しょうがない」
のんびりと語る間にコバトちゃんが浴槽の縁に身体を預けて、足を揺らしてばちゃばちゃ水面を叩いた。キラリが「こら、それやめろ」とおさえる。
むずがるようにお風呂から逃げて、身体を流し始めたコバトちゃんにキラリはため息をつく。
「もう……先輩、覗いたら殺しますよ」
「怖いな。断じてしないから」
キラリの言葉にカナタが苦笑いを浮かべている。
「だいじょうぶだって。カナタはそんなことしないよ。紳士だもん」
「……紳士ね。まあいいけど」
長い息を吐いて、キラリが湯船に沈む。すごく気持ちいいのだろう。顔が緩んでいくの。
見れば見るほど羨ましいスタイルしてるなあ。絵に描いたような理想的な曲線、主張しすぎないところが上品で、中学時代に憧れた天使そのものっていう感じ。
いいなあ。私とは違うライン。
マドカもそう。いろんなラインがあって、どれも美しい。それに憧れずにはいられなくて、憧れに夢中になると自分が見えなくなる。
視線を感じてみると、キラリが私の顔をじっと見つめてたの。
「ど……どうかした?」
「彼女がアンタなら、先輩も他の女子見る必要なんて確かにないなって思っただけ」
「えっ」
「こほん!」
あれ。カナタ咳払いするところなの?
「それにしても……あのマシンガン女は、アタシたちに何をさせる気なんだ?」
「マドカ? んー。サクラさんをお助けする!」
「そのために、何をさせる気なんだって話だろ。どや顔で目的を再確認するとか、らしくて可愛いけど」
「おう……」
そ、そうだね。
えっと。えっと。
「サクラさんの居場所を見つけて、みんなで特攻。救出?」
「災害もなんとかしなきゃ。マスターがいて負傷者が出るっていうなら、そうとうやばいんじゃない?」
「それは……そうだけど」
でもね。不思議と思うの。
「なんとかなるよ」
「信じる根拠はなに。自信なくてへこたれてた印象だけど、そのわりに今回は自信満々だな」
「んー」
そんなに難しい問題じゃないんだ。
「できないと信じるより、できるって信じた方が元気でるから」
「……ならさ。それ、自分のことにも適用しなよ?」
「キラリ?」
「アンタは前向きに一生懸命な方が、似合ってるから」
言うなりキラリはお風呂を出ていっちゃった。
「のぼせた、のぼせた。早く寝るよ」
「お姉ちゃん……顔、真っ赤だよ?」
「いいの。お湯があったかかっただけ」
コバトちゃんに言い返す真っ赤な顔は、お湯のせいだけじゃない。きっとね。
◆
和室や居間にお布団を敷いて、みんなでお泊まり。
メイ先輩に抱きついて寝るルルコ先輩とか、隅っこに丸まって寝るシオリ先輩とか。
みんなの寝息が聞こえて少し落ち着かない。
獣耳を澄ませればもっと聞こえてくる音がある。
世界の音。
嫌がったら気になって眠れなくなるもの。受け入れたらみんながいてくれる安心感に変わって落ち着くもの。
繋いでいるの。手を、二人の女の子と……ぎゅっとね。
キラリがいて、マドカがいる。
私と深く関わって未来へ進んでいる女の子二人と繋がっている。
マドカとキラリの仲はまだまだこれからって感じだけどね。
それでも一緒にいる。
学校にはトモやノンちゃんがいて、ギンたち零組や、私の大事な九組の仲間がいる。フブキくんやルミナさん、青組仲間もいるし、みんながいる。
それだけでも何かすごいことができそうだって思うの。一年生だけでできたマシンロボ、先輩たちがいるならきっともっとすごいことになる。
そう思えば思うほど、信じずにはいられない。
救えないはずない。できないことはない。
どんなに厳しい壁にぶちあたっても。どんなにひどい何かと出会っても。
……どれほどへこたれそうになっても。
飛ばずにはいられない。進まずにはいられない。
みんなと、成し遂げずにはいられない。
だから、そりゃあ失敗はするだろうだけど。乗り越えるまで諦めずに、なんとかするの!
「……うん」
ツバキちゃんの言うとおりだ。
自信について悩んでいたけど、そんなの私には時間がもったいなかった。
だって、今も胸に宿る二つの御霊が教えてくれる。
私の夢を。どうありたいのかを。
膝を折るのは、心を折るのはいつだって自分だ。
……私は折れない。折れそうになっても、何度だって立ち上がる。
両手に繋いだ二人の熱が……伝えてくれる。
立ち向かい続ける限り、道は開けるんだって。
絶対に諦めない心が強さなんだ。
答えなんて、わかってしまえば単純なものだ。
深呼吸をした。
すごくいい夢が見られる。そんな確信と一緒に瞼を伏せたの。
次に目を見開く時、もうそこに……暗闇を弱さ故に頼って逃げる私はいない。
光る星に向かって、輝き続けよう。
この願いが……私の金色。
おやすみなさい。
◆
山吹マドカ、伊福部ユウヤ、そして尾張シオリ。
三人の少年少女の情報と提言を受け取り、緋迎シュウは翌日、住良木本社ビルを尋ねた。
姫宮、そして住良木会長。
両者と出会ってすぐ、姫宮が書類を差し出してきた。
受け取り、中身を見て、シュウは二人を睨む。
「……こちらの書類、真偽の程は?」
「虚偽の欠片もなし。今後も模範的な国民として、協力するものである」
精悍な顔立ちの中年にシュウは内心で唸る。
ユウジンから偵察の報告は受けていて、怪しいと睨んではいた。
伊福部と尾張から聞いた住良木の動きは当然、こちらでも把握していたのだ。
とはいえ決め手に欠けるし、捜査に踏み切るほどの情報も証拠もなかった。
手出しができない状況下での、呼び出し。
出向いてみれば、今回の一件にまつわる情報がまとめられた書類を提示される。
できすぎているといえば、できすぎている。
なんなら邪がこれだけはびこる前に知らせてくれてもよかったのでは、と思うほどに。
「もっと以前にお知らせいただけていれば、こちらも助かるのですが」
「会社の未来のため、不思議なものを調べていただけだ。しかし、問題が起きていると認識できたがゆえに情報提供をした。何か問題でも?」
「――……いえ」
よくもぬけぬけと。落とし物を拾ったら交番へ、そう教わらなかったのか。
冗談めかして内心で怒ってみたりはするのだが、彼らには通用するまい。
それに、
『シュウ……嘘は言ってない。会社のためになるならなんでもする、という気持ちが伝わってくる……』
己の刀、禍津日神が訴えてくる。
真実だと。ならば、ここは堪える。
『隣の人も、そう。シュウの手の中にある情報が、すべて』
手の内をすべて明かしてきた。事態を掌握できていないがゆえの行為か。
どうでもいい。
やるべき事は見えた。二人に会釈をして立ち去る。
「……山吹、マドカ」
呟いた。
「ユウジンだけでなく……青澄くん。きみは不思議な友達を作るな」
書類を読みながら笑う。
内容はそのまま、青澄春灯の友人が告げた情報だった。さすがにすべて一致とまではいかないが、方向性としては合致していた。
末恐ろしいものを感じる。ことによってはユウジン同様に、監視の目も必要かもしれない。
まあ……青澄春灯の友人ならば心配はいらないのだろうが。
それにしても。
「――今夜は大騒ぎになりそうだ」
リムジンに乗り込んですぐ、運転手に向かうよう告げたのは……士道誠心だった。
◆
邪討伐。
それは現世の人から吐き出された邪がはびこる隔離世の治安を守り、引いては現世の人々を守る大事な使命。
だけど学生の私たちが、邪の育ちすぎた人の末路を知ることはない。
知らずにいられたらいいと思う。
士道誠心に帰ってきた。
体育館に集まる。学院長先生がいる。先生たちがいる。コナちゃん先輩がいて、お助け部の名代としてマドカが立っている。
シュウさんまでもがいた。
時は昼。
みんなを見渡して、シュウさんが口を開く。
「士道誠心、高等部諸君。緋迎シュウより伝達がある。今宵、邪討伐の機会が待っている。本来であれば危険すぎるゆえ、諸君には見送ってもらおうと思っていた」
ざわつくみんなをなだめるようにコナちゃん先輩が言うの。静かにって。それで落ち着くから、私たちは訓練されているなあと思う。
「現在、東京を中心として確認されている邪に異変が起きている。侍の姿をした邪が出ているんだ」
どよめくみんなにシュウさんは構わず声を上げる。
「彼らは剣術を使う。みなが強いわけでもない。しかし中には手練れもいる……たんなる邪じゃない。まるで根の国から這い出てさ迷う、戦国時代の亡者たちだ」
さらにざわつく。けれどシュウさんの声は、不思議とよく通るの。
「たまに、こういうことがある。邪が活性化し、特定の姿を取って隔離世が荒れる時が。侍は被害を出しながら食い止めてきた。なぜ、いつ、どのようにして起きるのかわからないままにね。今回は――……それはさておいて」
どういうことだろうか、と考えるのが自然で。その問いにシュウさんは答えるの。
「京都は……ずっと戦乱の最中にある。妖怪の邪を諸君は見たことがあるだろうか。彼らは……西の侍たち、星蘭の生徒たちは今も戦い続けている。今夜は――……東京の番だ」
脅すなあ。でも、しょうがない。
「星蘭の生徒たちは戦い抜いた。しかし私は諸君にそれを強要したりはしない。警察の侍がおさめればいいと思っている」
真摯な声で告げられる、無理はするなと言うメッセージ。
それを引き取るように、コナちゃん先輩がマイク前に立った。
「……って、言われました。警察にも、学院長先生からも。でも考えてもみて? 星蘭の生徒にできることなら、私たちにできないはずはないんじゃない?」
挑戦的な問い掛けにみんなの空気が変わる。
ただの高校生なら「なにいってんの」となるところだろう。
けど戦い続けてきた私たちは違う。
「並木コナは……士道誠心の生徒会長として、思った。ここで逃げるなんてあり得ないってね」
競い続けて、身体を張って夢を追い掛け続けている私たちは、違う。
みんな、コナちゃん先輩の言葉に笑ってみせるんだ。
「実はね? 侍と刀鍛冶界隈じゃ知らない人はいない緋迎シュウさんのお母さま……亡くなったサクラさんの肉体が、異変の根源となる場所に眠っているかもしれないの」
コナちゃん先輩だって、笑うの。
「助けるでしょ。私たちなら。当然のように、力を貸すでしょ? だってこの手に力があるのだから……それが責任だし、願いのはず」
生徒たちの中心、その象徴として、コナちゃん先輩は訴えるの。
「臆病者を非難する気はない。ただ……覚悟がある人は、手を貸して。いいこと?」
マイクに唇を寄せて、
「今夜は特別ボーナス。いつもの三倍の手当金を出す。クリスマス前! 稼ぐなら今! 自分へのごほうびだろうが、好きな人へのプレゼントだろうがなんだろうが! がっぽり稼ぎたくない!?」
煽る。だからこそ、愚連隊の人たちが一斉に喝采をあげる。続いて刀鍛冶のお姉さんたちも声を上げた。それに負けちゃいられないのが侍候補生だ。結局みんなで歓声をあげる形になっちゃった。
脅威をそのまま転じて稼ぎ時へと変えちゃうんだ。これにはシュウさんもあきれ顔。
「よろしい! 先生方もプロの侍と刀鍛冶のみなさんも、総出で私たちを守ってくれる。そのうえ本命として活躍する機会が与えられた! おぼっちゃんお嬢ちゃん学校の士道誠心なんて、と他の三校に揶揄される私たちだけど」
え。そ、そうなの?
「みせてやりましょう。士道誠心こそ最強だということを!」
みんなが大声で答えたの。うおおおおお! って。その音量たるや、尋常じゃない。
それに満足して、コナちゃん先輩は微笑みながら締めくくった。
「以上よ」
我らが生徒会長により、士道誠心の意思は固まったのである。
◆
歓声が落ち着いてから、マイクに歩み寄ったマドカが説明してくれた。
「警察の質問に住良木が答えた。彼ら曰く、地下の開発を行なっていた際、不思議な黒い御珠を見つけたらしい」
いつもと違う口調で、けれどマドカはよどみなく喋る。
壇上に設置された大きなスクリーンに投射されるの。黒い御珠の画像が。
そういえばマドカはシュウさんたちと会議していたけど、その内訳をきっと話してくれるんだ。そう思って耳を傾ける。
「その解析により隔離世技術は飛躍的に向上した。けれどある日、その御珠はどこかへと忽然と消えてしまった。そして……侍の邪が新宿を中心に出現し始めた。これが今回の災害の発端みたい」
シュウさんが濁して今マドカが話してくれた今回の事情こそ、マドカたちが昨夜していた会議の大事な部分だったのかもしれない。
だとして、住良木はなぜ教えてくれたのかな? ずっとこそこそしてたっておかしくなさそうなことだけど。ほら。発端になったんなら、素直に言いにくいでしょ。
やっちゃったんだぜ★ とか。言えないよね。なかなか。
じゃあ……警察が質問して、住良木が話した。単純に言えばそういうこと?
でも大人のやることだから、もっと複雑な事情が入り乱れていそう。
だけど事実、マドカは現状を説明してくれている。シュウさんがそこにいて、住良木の資料を提示してもいる。じゃあ……シュウさんが動いたのかな。いきなり動いたように見えるけど、きっかけはなんだろう。
もしかして? と思わずにはいられなかった。
緋迎家でマドカは何かに気づいていたようだった。そしてその後にシュウさんたちと話していたんだ。あれがきっかけだったのかもしれない。
みんなから話を聞いたら全貌が見えてくるのかな。気になる。
でも――……今はいい。
まずはサクラさんの救助に集中しよう。
「その御珠は危険の象徴。勝手に動くからどこにあるかもわからない。そいつが侍の邪を吐き出している可能性がある。それだけじゃない」
マドカはなぜか、壇上から私を見つめてきたの。
「我々を誘い出す不思議な歌を歌う可能性がある。それに抗う術はないのかもしれない」
どきっとした。歌という単語に。けれどまるで私を安心させるように、マドカは微笑みかけてくれたの。だから余計にどきっとしちゃった。
マドカはなんでもお見通しなのかな。
「警察を悩ませる隔離世の異変の根源の可能性もある。できれば破壊したい」
「……そんなの、どうやって」
誰かが言った言葉にマドカは微笑むの。
「これから説明する」
マドカが指を鳴らした。スクリーンの映像が切り替わる。
その瞬間、体育館中がどよめいた。
「士道誠心マシンロボだ!」
ばばん! って効果音つきの台詞みたいなドヤ感だった。
だけどスクリーンに映っているのは、今朝方マドカがコバトちゃんに描いてもらったクレヨンのかわいいロボットの絵だったりする。
ほっこりすればいいのかな。
ざわつくみんなにマドカは言うの。
「緋迎サクラに吸い寄せられる少女の勘を頼りに、マシンロボで現地へ直行。群がる侍たちを無視して黒い御珠を破壊、緋迎サクラの身体を確保。残る侍の邪を討伐して終了だ!」
それまでみんなの中の戦うイメージはまんま、普段の戦闘だったけど。
破壊されたよね。見事に。
いろいろとツッコミどころは満載だ。だから誰よりもまずコナちゃん先輩が言うの。
「そ、その絵は? ……いえ。いい。それよりも勘って、だいじょうぶなの?」
「ええ。母を求める娘にわからないはずがありません!」
すごい断言だった。
コバトちゃんに見つけてもらおうっていうのか。マドカは。
シュウさんが腕を組んで笑っていた。
「隔離世は……夢が力になる場所。霊力はきっと夢見る力。なら、導いてくれるはずです。それに……恐らく同じ場所に黒い御珠はあります」
「それは、なぜ?」
「黒い泥、黒い御珠……こほん。サクラさんの肉体のそばに、黒い御珠に類するものがある。今はそうとしか言えません」
「アバウトね」
「黒い御珠にはおそらく住処がある、と言い換えておきましょう」
「やっぱりアバウト……まあいいわ」
マドカの説明を聞いて戸惑うコナちゃん先輩がシュウさんを見た。シュウさんは深く頷いてみせたの。だからコナちゃん先輩は追求する方向を変えることにしたみたい。
「黒い御珠の歌への対抗策は?」
「我が校には青澄春灯がいます!」
「ぶえ!?」
思わず変な声が出た。え、え、そういう出番なの!?
「青澄春灯に歌ってもらう。命を奪うために引き寄せる歌なんかに負けませんよ、うちの歌姫は!」
断言だった。マドカは強く信じてくれているんだ。私のこと、私の歌も。
そしてそれについて異論を挟む人は誰もいなかったの。
だからコナちゃん先輩の質問も次の段階にうつる。
「黒い御珠……正直なにがなんだかわからないけど。破壊する方法は?」
「根の国……地獄への門に通じる穴かもしれない。それを破壊するとしたら、何よりもまず最初に我が校の最大火力を使うしかありません。真中メイ、彼女の必殺技が鍵です」
「……なるほど」
思わずコナちゃん先輩が唸っちゃってた。でもね、私も納得しちゃった。
メイ先輩の必殺技、あれはまさに小さな太陽そのものだ。
あれで破壊できないなら、私たちには打つ手がない。逆に言えば、あれさえ出せればなんとでもなる気さえする。
「いざとなればユリア・バイルシュタインのヤマタノオロチで海の外に運んでもらいます」
「えっ」
二年生の列からユリア先輩の戸惑いが聞こえた。
「それでもだめなら、南ルルコと尾張シオリに凍らせてもらい、たたき割るか……地中の奥底ないし宇宙に打ち上げて封印します」
わお、物理的!
ざわつく私たちにマドカは言うの。
「要するに、どうとでもなるってことです。大事なのは被害を出さず、今後被害が出ないようにすること。私の作戦は以上です。何か質問は?」
みんな戸惑っている。どんな質問をすればいいのかさえわからない。
だからかな。
「あのー。質問なんだけど」
こういう時、何気なく素直に手を挙げられちゃう人って少ない。
最初はカゲくんだった。私たちのクラスの、カゲくんだったの。
「俺たちが稼げばいいの? それとも、そこにいる警察のお兄さんのお母さんを助けて元凶を破壊すればいいの? 俺としちゃあ、助ける方に集中したいんだけど……どっち?」
呆れた顔をする先輩たちがいる。けど私たち九組は笑っちゃった。
そうだね。そこ、大事だよね。さすがカゲくん。私たちの気持ちを代弁してくれる人だ。
「助けてください……で、いいかな?」
「おう!」
笑って答えるカゲくんを誇らしいと思う。
「あ、あの! 俺も!」
十組の男の子が手を挙げた。鳥頭の子だ。
「なんでしょう?」
「別に黒い御珠を砕くのは……究極的に言えば、誰でもいいんですよね?」
すごく野心的のようで、でも……カゲくんと同じ、素朴な問い掛けだった。
「ええ。砕ければそれでオッケーです。とはいえ作戦行動上、指示には従ってくださいね。本命はあくまで、真中先輩の必殺技です」
「わかりました」
ほっとした声で答えてる。
それっきり質問の声はあがらなかった。だから満足げにマドカが締めようとした時、手がすっとあがったの。
いつか発情して暴走した私を取り押さえた、強すぎる刀鍛冶のお姉さんだ。
「楠ミツハ先輩……なんでしょうか」
「マシンロボ、操縦は誰がやるの? 希望者?」
「それは、えっと……ちなみに、やりたい人います? ……うわ、ほんとに?」
マドカが何気なく聞いたことを後悔してる。
なにせ……男子が全員手を挙げたんだから。女子もちょこちょこ挙げてるよ。
ほほえましいったらない。
ほんと、大変な事態を解決しようというのに、あまりにもマイペースすぎるのでは?
それもなんだか私たちらしくて笑っちゃうけどね!
だからって、
「操縦権は……じゃあ、ジャンケンにします?」
「「「「 えええええ! 」」」」
総ブーイングとか。
それはいくらなんでものほほんとしすぎだと思うよ!
つづく!




