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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第二千九百七十八話

 



 現状の確認を済ませたころには、女の子が戻ってきた。

 そして当たり前のように全員で渋谷に向かうことになる。だが博士さんには持ち出すものがいくつかあるようで、店員のおじさんが事前に用意していた革のリュックを出してくれた。金色の金属製の義手はやけに目立つが、リュックも負けていない。深いあめ色をした艶のあるリュックは、明治時代にカバンとして持ち歩けるような簡素なデザインだった。中央にメッキの剥がれた留め具、留め具とリュックの蓋を繋ぐ革紐さえ年を取ったものだった。それがぱんぱんになっている。

 おじさん店員の手伝いを受けながら、博士さんがなんとか背負った。着物にリュックって、意外とありなんだな。知らなかった。それからようやく、ワンピース姿でやってきた女の子に「コートは?」と指摘する。不服そうにむかっとした顔をしながらも、女の子は家に戻っていった。あれは「自分で行けばいいじゃん」と思っている顔だ。私にも覚えがある。


「え、連れてくの?」


 聖歌め。いいぞ。よく言った。


「というか、あの子って何歳? 幼稚園とか小学校とか、いいんですか?」


 美華もよく言った。私もずっと気になっていた。


「連れていきます。それに行かせたくても行きたくないなら無理強いはしないものでしょ?」


 それでいいのかとふたりが困惑顔で私を見てきた。

 いや。そんな。理華がなんとかしてみたいな顔をされても無理だって。

 妙な沈黙の後、小さな足音が近づいてくる。そして扉を強く開け放つ。相当、むかむかしているみたいだ。


「ん!」


 持ってきたけどぉ!? と言わんばかりに、コートを持ってきた。二人分のコートだ。


「これは一本取られましたね」

「私はこれで十分なのに」

「ん!」


 おじさんに言い返す彼女も、女の子にコートを押しつけられたら抗えないようだ。

 渋々、やっと背負ったリュックを下ろして、コートを受け取る。だけどそれは、彼女が壁にかけたコートじゃない。和服でも羽織れるよう、袖の分だけ布地に余裕をたっぷりともたせたコートだった。随分と品よく見えるものだ。無地のあずき色のコートが彼女にしっくりきている。

 年齢の近い子で、そんな人を他に知らなかった。そもそも十代で着物が身近な人を知らないせいかも。だとしても、着慣れた様子の彼女を見ると、なんとはなしに圧倒される。

 あと、衣服もリュックもいちいち高価なものに見えるのは私の気のせいだろうか。

 高校生で、この店、この家の持ち主。どういう人生?

 おまけに、あの子。娘かもって? 春灯ちゃんと同い年の人が? あの若手議員の嫌な奴が父親かもって? なにそれ。あと、これってかなりのスキャンダルでは。


「じゃあ行きましょうか」

「ん!」


 女の子が両手を掲げてくる。思わず博士さんが眉間にしわを寄せて、ほんといや、ほんと無理とつぶやきながらも屈んだ。そして、渋々と女の子の身体を抱き上げて、気合と共に立ちあがる。

 抱き上げられてようやく、女の子は顔中に入っていた力を抜いた。顎をつんと逸らして、心なしかかなり自慢げに見える。


「はあ、もう、なに食べてるんだか」

「そりゃあ、みんな大好き! うちの自慢のメニューでしょ」

「量、増えてきてない?」

「そんなことないですから! さ、店長、お気をつけて」

「帰ってくるまで腰が無事だといいんだけど。行ってきますね」


 おじさんに挨拶をして、私たちに目くばせをしてから店の外に向かっていく。

 連れていくんだ。驚いたが、口を挟めそうな感じがまるでない。

 私たちはおじさんにお礼を伝えてから、彼女を追いかけた。

 そしてすぐに瑠衣たちが口を開く。


「あの。危険な場所に連れていくことになるんじゃないっすか?」

「あんま、教育によくない気がするんだけど」


 口が悪くて強気でオラオラしがちなスバルが言葉を選んでいる!

 こどもがいるからか。こどもを抱く博士さんに気圧されているからか。それとも、こういうのに弱いのか? なんにせよ弱気な言葉に彼女は振り返りもせず、敷地内を移動して、庭へと回り込んでいく。


「あなたたちが守ってくれるんでしょう?」


 瑠衣とスバルが困り眉で私を見た。

 いや、だから。そんな顔して見られても私にはどうすることもできないって。

 美華と聖歌はもう黙っちゃってる。こういうとき、強気に出れそうな志保とか、アメリカ暮らしの知見からなにかを言ってくれそうな姫ちゃんとか、いっそ社会経験が豊富そうなワトソンくんでもいたらよかったのに。七原くんと岡田くんは別にしても。

 チーム、分けないのが正解だったか? いまさら後悔してきた。

 しかし、まごついて移動しないでいるわけにもいかない。なにかしないことには始まらないのだ。


「じゃあ、お願いね」


 私の術をまるですこしも疑いもせず、受け入れている。つくづく読めない人だ。

 指輪にお願いして転移できる枠を作る。行き先は渋谷のコンビニ跡地。先に瑠衣が行き、美華、聖歌が続いて博士さんが女の子を抱いたまま通り抜ける。それからスバル、最後に私が続く。枠を消して、埃と煤の匂いがひどい店内に。そこかしこが焦げている。


「警察も、対策室もさんざん見た場所っすよね」

「ここで消えた男と、東京地下に関わる連中が繋がってるんだったか?」

「ちがう。理華を局で脅したテレビマンと繋がってるの」


 美華がスバルの勘違いを訂正する。

 東京地下に消えた連中は別口。春灯ちゃんたちが調べてくれている。博士さんたちに依頼されたのは、東京地下、地下鉄などから消えて失踪した人が大勢いて、彼らが今回の騒動になんらかの関与をしているのではないかという話だ。ご丁寧に、なんらかの計画書があり、霊子、兵器、内乱、世論形成などという物騒な単語が記載されていた。それとのつながりも調べてほしいというもの。

 そうじゃなくて、今日の事件を予告したテレビマンと繋がりのある男が、実はコンビニ爆破事件で消えた男なんじゃないかっていう話だ。


「あちこち触らないこと」

「ん」


 ゆっくりと女の子を下ろして、博士さんがレジ前に歩いていく。重たそうなリュックを難儀しながら下ろして、そっと卓に置いた。ごと、と。物々しい音に続いてがちゃがちゃと中のものが様々な音を立てる。


「決して多くないにせよ、この世には動物のような見た目をした人がいたり、昆虫のような見た目をした人がいたりする。それは古くは獣憑き、妖怪、化け物と呼ばれてきた。それもいまでは、身体疾患や先天性疾患、ないし、障害として扱われている」


 博士さんは両手を組んで、思いきり伸びをした。気持ちよさそうに喉を鳴らしてから、腰に両手を当てて上半身を左右にねじる。ストレッチをしている。


「特に日本にはこうした人が多い。海外にまるでいないわけじゃないけれどね。彼らはマイノリティとして扱われていて、様々な差別を受けている。国連における差別撤廃決議の項目に含まれるほどに」

「日本じゃ侍隊か、あとは就職を積極的に受け入れている一部企業以外じゃ、まず見かけることがねえよな。うちの学校でも、獣憑きがせいぜいだろ?」

「そっすね」


 当たり前にいる。けれどマジョリティにとって身近なところにいる、わけではない。

 社会は自然、必然、マジョリティ向けに設定、構築、改良されていく。

 汚言症をはじめ、神経発達症などから不意に不適当だったり攻撃的だったり、意図が不明な発言がなされる疾患にかかっている人がそばにいたとき、私たちはそれを明確に差別的に捉えている。恐れと奇異さを隠しもしないで。

 強迫性行動障害などでは突発的に自分の頭を叩いたり、壁にぶつかったりする。その衝動はすさまじく、本人は圧倒されてしまう。これをどうにかするのはむずかしい。こうした人に対しても、そう。

 電車やバスで見かけたら、私たちはただちに距離を取るだろう。

 日ごろは考えもしないし、考えたくもない。そんな価値観を隠しもしないで生きている。生きていられる。それはなぜか。そうできるような人々向けに社会が設定、構築、改良されていくばかりだからだ。

 様々な疾患、様々なマイノリティ性のある状態でも生きられるようには、社会が設定、構築、改良されないからだ。

 だからこそバリアフリー、障害をなくす社会設計・構築を、となる。

 だけど現実はバリア社会だ。障害だらけの社会である。

 年齢、性別、容姿、体型。様々な足切りが様々なところに存在する。障害ありき、差別ありきだ。それを正当化・責任転嫁・免罪するのが「区別」という言い分。

 彼らは認めない。

 差別の存在を。加害性のあることに自分も加担していることを。

 公平さや公正さの実現に余力を割くよりも、自分たちの利益を得たいという欲求を。

 それらを認めないことで、学ばずにいたいし、知らずに済ませたいという願望を。


「いまさら小学校や中学校で習うような話を、どうして?」


 美華の問いはもっともだ。

 そう。こんなのは、常識に過ぎない。

 いちいち語らない。むしろ、語っていいのかわからない話題。


「基礎知識は必要でしょう?」


 美華の問いに答える間に、博士さんはリュックを開けて中身を探す。


「マイノリティ性という雑多な器に押し込められた、多くの現実や実情のなかには、隔離世と呼ばれるものの知識や技術も、それに影響を受けた膨大な人の人生がある。そして、その膨大な人生の中から、ごくまれに産み落とされるものがある。なにかわかる?」


 私たちはお互いに顔を見合わせた。


「とても狭い界隈で秘宝と呼ばれるもの」


 あったあったと嬉しそうに博士さんが呟いて、なにかを手にして振り返った。

 目元に当てているのは、オペラグラスに見えた。錆びのある金のフレームに象牙の縁のついたもの。レンズ部分を覆う象牙の褪せた白い表面に彫り物がある。眉毛に瞳、目から伸びた紋様。見覚えがある。エジプトの、ホルスの目が。片側に。

 それだけじゃない。もう一方の象牙はすこし明るい。左右でちがうのか。明るい側にはカエルが見える。

 彼女のオペラグラスが秘宝だというのか。

 持ち手のついたデザインだ。彼女はハンドルを握って、グラスのレンズ越しに店内を見る。


「あなたたちの通う学校で、御霊と呼ばれる、この世ならざる者との縁を結ぶ秘宝がとりわけ有名だけれど、冷静に考えてみて? 声も力も奪われる社会に生きるマイノリティたちから秘宝が生まれるのなら、差別は続けたほうが都合がよくない?」


 博士さんの問いにだれも答えられない。

 おかしい。間違っている。

 そう言うのは間違いなく正しい。正論だ。

 けれど、その正論の真逆のような実態がそこかしこに存在している。

 高校生にもなれば、いい加減、気づく。


「そう考えた人たちがいくつかの隠れ里を放っておいたり、マイノリティを支援する団体の中に、息のかかった団体を作って、そちらだけを意図して便宜を図ったりするの。木を隠すなら森の中。悪党は善人に紛れるものでしょう?」


 彼女はオペラグラス越しに店内をあちこち観察しながら歩いて回る。


「善人たちを糾弾する声に参加してみせたり、自分たちとは異なる悪党たちを摘発してみせたりしては、いっそう隠れていく。そうして作られた秘宝もある。それらはもちろん、方々に出回ることがない。普通なら。けれど、そこの少年のように」


 彼女が瑠衣をぴっと指さした。


「忍びと呼ばれる集まりをはじめ、様々な組織があって、彼らの間を仲介したり、彼らを相手に商売する人たちもいる。彼らのなかで出回ることがある。そう、秘宝そのものがね」

「や、そんなの、それこそだれもほっとかないんじゃ」

「素晴らしいものならね。でも、秘宝はピンからキリまで様々。それに使い方、用途、起動の方法まで不可解なものも多い。現に、縁結びができるのなら御珠と呼ばれる秘宝で、もっと能動的に学生たちとの縁結びをすればいいじゃない? なのに、あなたたちの学校も、卒業生たちも実現できていない」


 博士さんの指摘に言い返せる言葉が見つからない。

 そうだ。たしかに御珠は不便だ。縁結びの内訳にしたって運頼みすぎる。

 恣意的に選べるのなら、そのほうがよっぽど利便性が高いではないか。

 しかし、そのように便利使いできるものではない。

 秘宝はいずれも、そんなに便利なものじゃない。


「古来より、そんなガラクタ扱いされた秘宝が骨董品にまぎれている。転じて、骨董品に紛れて秘宝が売られているということでもある。私はそういうものをいくつか持ち合わせているからね。調べものを依頼されることがあるの。猫や犬、人を探したり、不可解な事件の捜査をしたりしてね」


 こ、高校生探偵! そう瑠衣が吐息で吠えた。

 嘘みたいな人がここにいる。だけど、よくよく考えてみると秘宝の存在だって冗談みたいなものだ。

 私たちが知ろうとしなかった世界には、様々な事柄が存在している。

 ブルーオーシャンのように捉える人間もいるが、春灯ちゃんが体験したことのように、あんまりにも惨い目に遭ったり、悲惨な人生を生きることになっている当事者たちが大勢いる。

 博士さんがいま、政治家たちとの繋がりを維持しながら、こんな場所に出向いて調査するようになるまでの人生。いったい、どれほどのことがあったのか。私にはまだ、想像することができない。


「骨董品を譲ってくれるというから仕事を受けることも多い。なにか思い当たるものがあるなら、いつでも言ってね」


 そんなことを言われても困る。

 私たちは顔を見合わせるしかなかった、と思ったのだが、聖歌だけはちがった。


「もしかして、秘宝の使い方を調べられますか?」

「それくらいなら。そもそも、その見分け方や目利きがなければ骨董品やがらくたを集めて終わってしまうでしょう?」

「そ、それなら、うちの学校が持て余している秘宝がやまほどあるんですけど」


 すぐにはぴんとこなかった。

 不意に美華が手を叩く。


「あ! あれだ。黒輪廻から押しつけられた秘宝の山!」

「あったなあ、そんなの。あれ、いまどうなってたっけ?」

「掃除や整理が大好きな先輩たちが、自主的に分別して、綺麗に並べてるだけっすね」


 みんなの話を聞いていて思い出した。

 そういえばあった。この世界の秘宝を収集していた黒輪廻が、もはや不要だとして、ほとんどすべてを返却した。春灯ちゃんに。だけど、まるで整理されておらず、用途や説明書もない秘宝だけに私たちはそれを持て余している。


「え、なに。くれるの?」


 だから、どうして、みんなして私を見るのか。

 あと、期待を込めて私たちを見た博士さんは私がこれまで見てきた彼女のなかで、もっとも幼く見えた。


「理華の一存ではなんとも言えませんが、交渉してみることはできます。あげられないにしても、貸し出しはできるかも。使い方を見つけて、情報を共有したうえで、なんらかの手続きをすることで、みたいにはなるかもしれませんけど」

「秘宝の機能次第じゃない?」

「それもありますが」

「そう。じゃあ、それを楽しみに取っておきましょうか。ひとまずは」


 博士さんがトイレの前で立ち止まる。

 扉を開けて、しげしげと中を観察してからオペラグラスを下ろした。


「だいたいわかった。ここから移動しようか」


 そういうなり、レジ前に移動してグラスをリュックにしまう。

 いったいいまのでなにがわかったというのか。彼女のオペラグラスは、それほどすごい秘宝なのか。

 いろいろ聞きたくてたまらないのに、リュックを背負いなおした彼女がそばにやってきた女の子を渋々抱き上げて「行くよ」と私たちを急かすので、切り出しにくい。


「なんか、独特なペースの人だな」

「いや、たんにこどもを連れてる彼女とどう接したらいいのかわからないだけでしょ」

「年の離れた姉妹っすよね」

「は?」


 瑠衣の発言に意外や意外、美華だけが「こいつばかだ」とつぶやいた。スバルも聖歌もぴんときていない。そうだよね。普通、姉妹だと思うよね。逆になんで美華は姉妹じゃないとわかるのか。


「早く行くよ」


 すでに扉の外に出ていた博士さんが顔を覗かせて、店内に留まる私たちに呼びかける。

 質問がたまるばかりだが、急がないと。関東中が大変なことになろうとしているのだから。

 みんなの腕を軽く叩いて、移動を促す。

 彼女がすることを、いまはまず集中して観察してみよう。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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