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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第二千九百七十六話

 



 陣頭指揮に呼び出されて忙しいなか、足を運ぶ。

 テレビ局で立沢理華を恫喝した男性が今日のことを予告していた。だから警視庁きっての刑事たちが詰めている。その現場を見ることのできる場所に招かれる。


「緋迎」


 宇佐美に招かれて隣へ。

 男は実に退屈そうな顔で事態の深刻性も理解せず、へらへらと笑っていた。


「黙秘権を行使しまーす。暴力で脅しますー? 録音、録画はちゃんとしてるのかな? 弁護士はー? 呼びたいんですけどぉー」


 強く机を叩く。椅子の足を蹴る。怒鳴りつけ、耳元で脅す。

 長時間にわたり、飲み食いさせずにおく。トイレを求めても無視をする。

 警察の問題のある対応の具体例は、まだまだこんなものではない。

 だが男はいまのところ無事なようだった。

 対面する若いが強面、首から肩まで筋肉で張りつめた男性刑事ふたりがにらみつけているだけ。


「乱暴なことはするな。黙って見守れ、とのことだ」

「ふうん」


 宇佐美を横目で見ると、真っ赤になるのを通り越して白く見えた。クマもひどい。

 他の刑事たちもそれぞれ様々だ。彼らはひどく臭う。一睡もできずに奔走して、情報収集や捜査をしていて、なお「待った」がかかるというところか。


「もう奴しかないんだ」


 現場はやる気。だが上層部がサボタージュに等しい状況。

 警備部は違う。刑事部や公安などは、一連の騒動において明確に妙な動きを見せ続けている。

 それは自衛隊も変わらない。様々な航空基地から、この状況に対応するために自衛隊機が飛んできてもいいようなものだ。そうした動きがまるでない。

 まるでどうなっても構わないか、あるいは想定済みなのか。いっそ混乱していて、だれもかれもが責任を取りたがらず、動きを封じているのか、なんなのか。

 なんであれ、具体的な動きに繋がらない。

 逆に活発に動く警備部は、血気盛んで浮いているようにさえ見える。

 警察はフィクションではだいぶ持ち上げられたり、正義の味方、市民の隣人かのように描かれる。だが実際はもっとずっと生々しくて危うさもあり、加害性の強い機関だ。

 小林多喜二が拷問の末に殺された。特高警察の手によって。共産党員であれば殺して構わないと考え、実際にそのように振る舞い、権力をかさに着て市民に暴行や略奪、市民の飼育する動物を殺すなど、横暴のかぎりを尽くした。

 市民の人権などなく、彼らの捜査権が優先された。彼らがクロだといえば、すべてがクロになる。

 気に入らない人間をクロだと言い、貶めることも自由だ。

 そうした組織が今日の警察の前身にあたる。

 荻野富士夫「特高警察体制史」明誠書林から引用する。

 太平洋戦争に敗戦した日本はGHQに求められた。政治的、公民的および宗教的自由制限の除去に関する覚書、通称「人権指令」により、治安維持法を筆頭とした国民の政治的・公民的自由を拘束する弾圧諸法令の一切の廃止、政治・司法犯の即時釈放、特高警察など一切の思想抑圧機関の廃止と警察高級官僚・全特高警察官などの罷免を主とするものだ。

 戦後の民主化政策の第一弾である。

 日本は国民運動により、自発的に民主化を果たした国ではない。

 軍閥により警察網を張りめぐらせて、思想の自由、発言の自由を毀損し、集会の自由を常に脅かし、スパイ網を敷いて、国民を弾圧しつづけた。それが帝国時代の日本が軍閥と共に、ファシズムの強化と維持、運用に努めるための欠かせない手段であった。

 加えていえば軍閥に次ぐ恐るべき潜在的政治戦力でさえあった。

 だが、あらゆる国家はいずれも清廉潔白ではなく、その利害を求め、追及する。他国の扱いにおいては、よりその傾向が顕著になる。

 米国は軍国主義者らを見つけ、弾圧し、監視して委縮させるために、特高警察の一部を利用することを認めた。これは特高警察の、とりわけ潜在的政治戦力であるという自負のあった者たちにとっては渡りに船の提案である。

 それに当時の米国は共産主義の打倒を掲げ、非常に近視眼的に弾圧を目論んでいた。その機運は戦争を嫌いヒトラーを批判する映画を撮影したチャップリンさえ「アカだ」と誹謗中傷して差別した末に追い出すほどに過激なものだった。

 これに呼応した人間が少なからずいた。巣鴨から釈放される者もいた。

 GHQの思惑に当時の政府が唯々諾々と従ったか。そんなことはない。言論の自由に反する取締法などの廃棄を求められたが、これにお茶を濁して不十分な対応を続け、その裏で特高警察の活動を活発化させて警察機能の拡充を行った。

 簡潔に略すなら、GHQ案の骨抜きと、可能なかぎりの現状維持ないし拡充案であり、目くらましでもってごまかしぬく方策を選択したのである。求められる罷免は徹底的にごまかしたり、回避の策を取った。

 GHQは座して見逃しはしなかった。個別に追及するなどの手を講じて調べぬいたが、しかし、特高警察や、現状維持に関与した者を罷免しきることは叶わなかった。ただGHQの度重なる追及と、特高警察の犯罪の多さ、深刻さ、加害性の高さから、内務省や特高警察関係者らはみな、国民や報道のみならず、責任を追及される少なくない立場の人々の反感を買った。

 かつて特高警察で共産主義者を弾圧していた者たちはどんどん厳しい立場に追いやられていく。そのなかで、徐々に政府とGHQとの間で調整がなされていき、警察改革に従った者、邪魔しなかった者などには再就職の機会が与えられることになった。

 そのうえで、だ。

 そのうえで、特高警察の抑圧取締態勢の構築として、公安警察の発足に向かっていく。その対象は特高警察の頃となにも変わることがない。その精神も変わらず、民を下に見る態度も変わらず、従って彼らに反省の意思はなかった。そうした精神性が全国の警察に居座るままに、より強く継承されたのが公安警察である。

 警察民主化の動きは、こうした特高警察維持体制と真っ向から反発する。

 いかにしてかつての威光を取り戻すか。

 それが主眼であり、主軸となって動いている。そのための政治的運動や、その発露が見られる政策などが現に存在している。彼らにとって主体的に敵として狙えるのが日本共産党であり、共産主義であり、左翼的思想である。いまでもその関係者らは、まず日本共産党憎し、あるいは大陸の共産党憎しを掲げ、その内訳などお構いなしに責めたてていることだろう。

 その精神性は日本共産党から除名されて過激化・暴徒化し、浅間山荘に立てこもった集団と非常に近似していて繋がるものがある。

 日常業務の中で、この手の話を浴びる機会はあまりない。

 だが祭典の折や、政治の場においては、決して無視することのできない一面だ。

 権力は市民の監視なくして成り立つものではないし、成り立ってはならないものである。

 正義の味方などではない。市民および市民の監視という安全装置なくして存立してはならないものだ。あらゆる政治、あらゆる行政機関がそうであるように。


『ここにいる人たち、みんな怖いよ』


 禍津日神。あらゆる災厄や凶事などを担う御霊の声に、シュウは努めて穏やかに内心で語り掛けた。

 特にだれが、どう怖い?


『みんな、部屋の中の人を頭の中で殺してる。何度も』


 なんともコメントに困る。

 徹夜続きで成果はあがらず、新たな情報もなにもないなか、再び関東中に異変が起きている。

 焦る気持ちをあざ笑う男がいまも、テレビ局でどう取り扱おうかを語っては、暴力を誘っている。なにも聞かないの? 仕事やる気あるの? などと、あからさまな挑発も繰り返している。


『彼は怖がっている。ただの小物』


 その小物の知っていることが必要なんだけど、どうしたものか。


「なにかわからないか?」


 案の定、宇佐美が無茶を言い出した。

 いっそ正攻法でなくていい、尋ねて得られる情報でなくても構わない。

 なにか糸口をよこせと言ってきた。呼ばれた時点で察してはいたが、困ったことになった。

 あいつはいったいなにを欲しているのか。部屋に入ってきた時点でシュウは霊力を用いて、男の欲の声を探っていたのだが、聞こえてくることはなにか。


『ネタだ! ネタになる!』

『よこせ、もっとちょうだいよ!』

『ここまで煽ってんのに、なんで手も出してこねえんだよ!』

『ちんけな情報ちらつかせて、ここまでやってんのによぉ!』


 ろくなものじゃない。

 御霊の少女が言うように、恐らく小物だ。


「なにか妙なのとつるんでた、みたいな情報はなかったか?」

「全部洗ってある。探ったかぎり、なにも出なかったが。なにか思い当たるのか?」


 周囲の視線の圧がすさまじい。

 警備部の人間が、それもよりにもよって侍隊の格下がなにしにきているんだと言わんばかりだ。階級は上でも見下されている。明らかに。

 宇佐美と交友関係にあることは宇佐美自身が隠しておらず、自分に神通力があるかのように宇佐美は語っている。たしかに助けになったことも何度かあるだろう。お礼も聞いてきた。問題があるとしたら、宇佐美の部下たちはそれでも気に入っていないという点だ。それが非常に困る。

 目線で扉を示すが宇佐美は動かない。代わりに手を部下に伸ばした。部下が鼻と喉奥を同時に強く、ふんと鳴らしてファイルを渡す。ほとんど威嚇音だった。だが宇佐美は「痰が絡まったのか?」と素知らぬ顔で流す。絶対にちがう。


「これだ」


 開いたファイルの中に数名の写真が挟まっていた。

 渋谷ハチ公そばの電車を背景にした十代の少女。カウンターテーブルに座って男とパフェを食べているスーツ姿の三十代男性、強面のサングラス。ホテル街で男と腕を組んで歩く五十代くらいのふくよかな女性。


『こ、濃いね』


 宇佐美曰く、前妻との娘、前妻の弟、前妻だそうだ。

 たしかに濃い。濃いけど細かく言及はしない。


「ここ一か月のなかで男が会った人物だ」

「これ、だれが撮ったんだ?」

「いま、あの男と付き合っている局の女性が依頼した探偵だ」


 そりゃまた随分と。


「その探偵というのは?」

「ああ」


 ページをめくると、探偵らしき男性の写真だけが載っていた。

 見覚えがある気がして宇佐美を見ると、彼は渋い顔でささやいた。


「俺の先輩だ。退職して探偵業をしている」

「ああ。何度かお世話になったな」


 見覚えがある理由に合点がいって、それから眉間にしわを寄せた。


「信用できる人物が調べた結果が三名だけ?」

「俺からすればな。三名とも連絡先、最近の状況、交友関係など細かく調べてあった。快く提供してくれたよ」

「ほんとに?」

「かわいがられてるんだ、俺は」


 臆面もなく言うことかと思いながらも、納得はする。


「じゃあ、抜けはなし?」

「先輩の依頼人を含め、この筋は改めて当たっているが、なにも出る気配がない。代わりに」


 宇佐美がページをさらにめくって見えたものに顔が強張る。

 渋谷のコンビニ爆破跡地。再開のめどは未だに立っていない場所だ。

 そしてひとりのスーツ姿の男の写真が三枚ほど、それぞれ別のアングルから撮影されている。いずれもスーツ姿だが、ジャケットもスラックスも派手な柄ばかりで、おまけに金のネックレスをつけていた。

 背後からのアングルから見える首筋に入れ墨がわずかに見える。わずかだけで、その模様がなにを意味しているのかまでは判別がつかないが。


「この事件に巻き込まれたはずの男が行方不明だ。遺体の数と合わない」

「突き止めたのか」


 対策室でも調べたが、進展がなかった。

 なにより人手は自分を含めて、たったの三人。割ける人手に対して、事件が多すぎる。


「俺たちがじゃなくて、先輩がな。中のあいつと会っていたところを押さえていた」

「捜索中って話に繋がるんだよな?」


 確認したところで舌打ちが聞こえた。むさくるしい男たちの本気の舌打ちが複数人分、それぞれ別に。

 宇佐美が身体をくっつけてきて、そっとささやく。


「そっちで動けないか?」


 この願いこそが本命に違いない。


「そんなに?」

「そんなになんだよ」


 渋々とファイルに手を伸ばそうとしたら、宇佐美が閉じて背後の部下に渡してしまった。

 シュウが睨むと、宇佐美は笑顔で一枚の名刺を胸ポケットから出す。

 宇佐美の元上司で、お世話になった先輩であり、いまは探偵となった男の名刺だった。


「やっぱりシュウに頼って正解だな」


 にやにやと笑う宇佐美と「手柄をこんな格下にやらなきゃならないなんて」と言わんばかりの成人男性たちの圧のなか、御霊が小さくささやいた。

 怖いと。シュウも同感だった。

 と同時にいくつかの情報を連想していた。名刺を受け取り、部屋を後にしながらもスマホを出して連絡先をピックアップする。名刺の主、それから立沢理華と、もうひとり。探偵として心当たりのある人物の名前を。花泉真衣。この三名に連絡を。

 それから、青澄春灯が保護した、明坂ミコにそっくりの少女にも連絡しておく必要がある。

 よりにもよって足が必要なときに移動を阻害されてしまうのだから手に負えない。


 ・


 カラオケで今後の相談をしている折に、まさかのまさか、緋迎シュウから連絡が来るとは思わなかった。

 彼は間違いなく立沢理華、つまり私に用があるらしい。

 部屋は騒がしく、みんなに聞かせていい内容かどうかの判断もつきにくい。

 いったん部屋を出て、カラオケの外に出た。


「具体的になにをお望みですか?」

『調べなきゃならない人がいるんだが、いまは手が足りなくてね。猫の手も借りたいんだ』

「理華は警察の猫ですか」

『いや。ふたりほど頼る人がいるんだけど、そのうちひとりを護衛してほしくてさ』

「護衛? 高校生の理華に?」

『隔離世の力を得た士道誠心の後輩に』

「侍隊の人員ではなく?」

『いま動かせる状況にない』


 明言されると反応しにくい。


「だれと一緒にいてほしいのかを聞いても?」

『花泉。花泉真衣だ。知り合いだったろう? 彼女とふたりで会っていたね』


 手のひらで額を押さえた。

 いつだったか、先日、彼女のよく通う店の二階で会っていたのを見つけられたのは失敗だった。


『たぶん悪いことにはならない。きみの今後の役にも立つ』

「今後がどうなるのかわからない重大事変の真っ最中ですけどね」

『きみがいることで私は安心できるんだ。彼女に連絡したら、会っていたって聞いたよ? じゃあ、あとはよろしく』


 一方的に切れた。

 スマホをにらみつけるが、意味はない。

 指輪が熱を持つ。


『どうする? 地下探求は面白そうに思えるが』


 花泉真衣の腕前を見るなら、それはそれで面白いかもしれない。

 彼女が政治家たちを伴い依頼してきた地下探求は、青澄春灯たちに共有した時点で自分の手を離れたと言える。あとは任せればいい。自分でなくてはならない理由がない。


「妙なことになったなあ」


 渋りながら店内に戻った。そのついでに春灯ちゃんの部屋を覗く。

 いくら私の術で以前のようにいられない姿や状態にしたとして、それだけで足りるだろうか。

 わかったものではない。


「お?」


 音が聞こえる。

 カラオケ音源が、部屋の中から。

 ガラス越しに見たら、ふたりして立って熱唱していた。

 あの鐘を鳴らすのはあなたを。

 なぜにアキ子和田を!?




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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