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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十五章 東京黄泉事変

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第二百九十六話

 



 侍候補生なら決闘なんて普通は格闘する意味で戦うもんだと思っていた。

 けどどうやら違うらしい。

 仕方ないのでリョータを呼んで判定員になってもらおうとしたら、シオリ先輩は物凄い美人を呼んだ。南ルルコだと名乗られたが、私的には文化祭の村娘から転じてお姫さまになった人という印象の方が強い。

 南先輩とリョータの二人が判定員になって始まった戦隊と仮面とキュアなの、そしてそのあとの格闘ものに留まらず、早朝からやっているのまで。

 いろんなクイズが出されて、私とシオリ先輩はぎりぎりの攻防をみせた。詳細は権利関係的に省くが、どんな年代でもまんべんなく答えられるが深すぎないシオリ先輩に対し、物心ついてから見続けているシリーズに関してだけは細かく答える私。

 最後の問題を答えた時には、妙な連帯感が私とシオリ先輩の間で生まれていた。それだけじゃない。


「キラリ……意外だなあ。そこまで知っていたんだ!」

「ないすふぁいとー!」


 リョータが感激していて、南先輩が超絶いい笑顔で声援を送ってくる。

 ちなみにその後ろで、


「……全然ついていけないんだけど。コマチ、わかって?」

「……すこ、し」

「少しもわからかったわ……」


 ユニスとコマチがちょっと引いてる。

 よかった。ミナトとトラジを巻き込まなくて。私のイメージががらりと変わりかねない。半笑いで「オタクだな」という顔をされたら困る。そこまでじゃない。断じて。

 春灯曰く「それくらいでオタクなんて!」らしいので、どっちつかずにも程がある。

 とはいえ。


「……ふん、やるじゃないか。気に入ったよ、天使……(きらり)


 眼鏡を外して澄んだ瞳で見つめられた。

 シオリ先輩から妙な信頼を感じる……。


「あ、いまシオリのコミュあがった」

「え、なんですか?」

「ううん。べつになんでも~」


 南先輩の呟きに聞き返したのに、はぐらかすとか。

 ううん。なんなんだ、いったい。

 戸惑う私にシオリ先輩が手のひらを差し伸べてくる。


「ねえ、キミ。士道誠心お助け部に興味は?」

「……それ、春灯のいる部活?」

「そうだよ」


 さて、困ったぞ。春灯からお助け部の話は聞いたことがあるのだが、アイツったらいつもふんわりしたことしか言わないんだ。具体的にどんな依頼をどんな風にこなしたとか、そういう詳細を一つも言わない。どうしてかと尋ねたことならある。

 しかしアイツは言うのだ。


『ほら。日常編って本編だとやらないじゃない? やるなら番外編って感じだし』


 意味がわからない。日常の何気ないことほどアイツははしょる傾向がある。

 だから警戒せずにはいられない。青澄春灯にとっては何気ない日常だとしても、天使キラリにとっては致命的になる可能性がある。


「……活動内容は?」


 私の問いかけに先輩は困ったように差し出した手を持て余すようにふらふら揺らしながら答えてくれた。


「学生の依頼を達成する」

「依頼の内容は?」

「おいおいじゃダメかな」


 ほら、匂ってきた。怪しい匂いが。

 マスターに助けてもらった時に、よかったら気分転換にどう? って言われた時はどきどきしたものだ。窮地を助けてくれたかっこいいおじさんの誘いだから。

 けどなあ。これはダメだ。

 春灯に誘われても困っていただろう。正体が見えなさすぎて。


「まるで怪しい何かへのお誘いね」


 ユニスの言葉にシオリ先輩が顔を強ばらせた。

 そっとそばにいる南先輩に視線を向ける。助けを求めるように。しかし、女神のように綺麗な先輩は首を横に振る。


「だあめ」

「……くそ」


 明らかな上下関係が見える。まあ、南先輩は三年生だしな。それにあの手の笑顔は見覚えがある。ママに似てる。パパを手玉に取る時のママがいっつもああいう笑顔を見せる。

 一気に親近感が湧いてきた。明らかに交渉が下手というか、口があんまり上手じゃないシオリ先輩はならパパと似てるかもしれない。

 我が家で見る光景か。ならどう振る舞えばいいのか、わかるってものだ。


「楽しいんですか、それ」

「え」

「ほら。春灯って今を全力で生きてるタイプじゃないですか」

「ま、まあそうだね」

「アイツとは中学時代からの付き合いですが、いまいちわかんないんですよ。士道誠心お助け部については、なにも。日常は番外編で、とかいうし」

「……う、うん。ボク的にはとてもよくわかる例えだね」


 ん? そういえば久々に一人称ボクな女子と会ったな。小学生以来のような気がする。いや、待て。中学時代の春灯が一時期つかってなかったか?

 ……まあいいや。


「だから知りたいんですよね。それ、楽しいですか?」

「え、と」


 またシオリ先輩が南先輩を見た。けど南先輩はにこにこ笑うだけ。さっき見たから、もう知ってるよ、自分でがんばってという意思表示だ。


「……まあ、たぶん。ほどほどに」

「ふうん」


 本当に下手だな。今こそアピールするべきタイミングだったんじゃないか? おかしいな。春灯から聞いてる限りじゃ、この人できるタイプなのに。

 ……もしかして緊張されてる?

 なんで。意味わかんない。けど気になるから確かめておこう。


「もしかして緊張してます?」

「う!」


 露骨か。


「シオリはねー。私とかコナちゃん……あ、生徒会長ね? みたいな見た目に弱いんだよねー」

「ち、違う。ボクの魂はコナと結ばれてるんだ」

「でも面食いだよね」

「な、なんのことだか」

「ルルコ知ってるんだよう? シオリの画像フォルダの、な・か・み」

「ううっ」


 知ってる。あれ弱み握られてる人の顔だ。

 ……推測するに気に入られてるらしい。容姿が。そこが気にくわないといえば気にくわない。


「シオリ先輩、私のどこが気に入りました」

「……え?」

「いやだから。対決が終わった時に言ってたでしょ。気に入ったって。どこですか?」


 見た目っていうなら断ろうと決めていた。

 シオリ先輩は戸惑うように私を見て、事態を見守るリョータやミナトたちを見渡して、南先輩、最後に私をもう一度見つめてすぐに俯いた。

 恥ずかしそうに呟いた。


「趣味、あいそうなとこ」


 ……くそ。ちょっときゅんときた。

 こういう瞬間に弱いようだ。気がついたら聞いていた。


「なら、私も先輩のこと知りたいんで教えてくださいよ」

「え……」

「今回の挑戦って、つまりそういうことでしょ? 部活へのお誘いならすぐにすれば済む。だけどそうしなかったのは……シオリ先輩、あなたが私を気に入るかどうか知りたかったから」


 話してみればぴんとくる。

 まどろっこしいことを春灯はよくしていた。こじらせていた時期をずっと見てきたんだ。

 だからこれくらいの遠回しな演出が見抜けないわけない。

 だって、ほら。


「う……気に、さわった、かな」


 図星を突かれた顔してる。でもね。責める気なんてない。代わりに行き場を求めてさまよう手をそっと握る。


「じゃあ、私にも同じ機会をください」

「……天使?」

「キラリでいいです。それより……私も先輩のことを知る機会をくださいよ。だめですか?」

「だめじゃない、けど」


 なぜ赤面する。よくわからない人だな。まあ春灯で慣れてるから、別にいいけど。


「先輩が楽しかった依頼はどんなのですか?」

「……部員の手伝いをして、情報収集してる時じゃあ、だめだよね?」

「もちろん、だめです」

「んー。ボクへの依頼は基本それだけだし……あ、でもスマホの修理は楽しかった」

「……そんなことできるんですか?」

「まあね。北斗の生徒と遠距離恋愛してる男子がスマホ壊しちゃってさ。だけど壊すの三度目で、お金も北海道へ会いに行く旅費で使い切ってなくてがっかりしててさ」


 話している内に声に熱が入っていく。


「格安で、メーカー保証つかなくなってもいいから直してって言われて。情報収集したり、隔離世経由で工場に入ったり……おっと、今のは内緒ね」


 顔だって、どんどん生き生きしていく。


「スリル満点だったし、久々に大活躍できて楽しかった」


 それだけなら春灯に聞いた通り、できる人。なんなら違法すれすれ、いやアウト? なことすらしちゃう、悪いことも好きな人って感じだけど。


「それに……うっかり者が彼女と別れなくて済んでよかったし」


 満足した顔で言う内容が、依頼人の幸せってところが気に入った。


「……こんなのでいい?」


 気弱そうに聞いてくる臆病そうなところも。


「ええ。じゃあ……いいですよ、部活」

「ほんとかい!?」

「ええ」


 飛びついてくるシオリ先輩を抱き留めていたら、ユニスがしょっぱい目で私を見ていた。


「……たらし?」

「意味わかんないし」


 じゃあ話もまとまったところで、と切り上げようかと思ったんだが……もしかしたらそれ、遅すぎたかもしれない。

 南先輩が有無を言わさない笑顔で見つめてきた。嫌な予感しかしない。


「じゃあ部員になったところで! キラリちゃんは今月末の祭典にくること! いい!?」

「へ」

「あと、ちょっと失礼するね?」


 シオリ先輩の首根っこを摘まんでひょいってベッドにほうり投げるなり、南先輩が抱きついてきた。そして、


「ちょっ!?」


 肩に触れ、腕を付け根から指先まで撫でる。

 それだけじゃない、肩や背中、腰を触るし、胸も尻もべたべた触る。足の付け根から指先まで。何かがしゅるしゅる音を立てているんだが、見たらメジャーだった。


「はい腕あげて」

「え」

「いいから腕あげて!」

「ええ?」


 顔は笑っているのに目が笑ってない。妙な迫力を感じて素直に従うと、がちで採寸された。

 数字を口に出されないだけまだましだが、リョータがずっと赤面してる。私も困る。


「……よし。シオリいくよ、目的は果たした」

「ええええ。部活の催促が目的じゃ?」

「なにいってるの。年末にすべてがかかってるんだよ!」


 シオリ先輩を掴んで「じゃあお邪魔しましたー」と言って立ち去る南先輩、強い。


「……いったい何をみせられたの?」


 睨まれても困る。私だって知りたい。だが最後にやりたい放題をやった当の本人はもう、私の部屋から出て行ってしまっていた。

 はあ、ほんと……退屈しないよ。


「まあいいわ……さて、ちょっと付き合ってくれるかしら」

「なにに?」


 立ち上がるなりユニスが私たちに笑いかけてくる。


「他のクラスに追いつくための秘策、知りたくない?」


 ユニスの煽りに答えない奴なんて、十組にはいないに違いない。

 トラジとミナトを呼び出す。

 刀持参、外出着での集合にみんな戸惑っている。

 かくいう私も何が始まるのかさっぱりわからず困惑中。

 発起人のユニスは秘策とやらを話してくれない。

 ただ全員が集まるなり、声を潜めて囁くのだ。


「さあ――……いきましょうか。隔離世へ」


 ◆


 ユニスにつれられて隔離世を歩く。

 ぼんやりとした人型の光がうろうろしている光景は何度見ても慣れそうにない。あの光は現世の人だと言うのだが、いまいち信憑性がない。本当か? と思うのは、私だけか?

 まあ誰に聞いても答えなんてわかりそうにないのだが。


「それで? 強くなるための秘策ってなに?」

「ふふ……」


 リョータの素朴な問い掛けにユニスは笑うだけ。


「ヒーローを窮地に誘う、仲間面した悪役の笑い方だぞ……ふあ……ねみい」


 ミナトの指摘にいつもならあわてるユニスが、今日は反応しない。


「ユニス。つまらない誘いなら今すぐ戻せ」


 トラジが少しぴりぴりしてる。バトルロイヤルからずっとこうだ。まあ……あのお城マシンロボ? の乗組員その一で納得するタマじゃないよな。トラジは。

 早く力を付けたいんだろう。私も……春灯とか、せめてあのマシンガン女に胸を張れるくらいにはなりたい。あいつはちょいちょい絡んできて、いちいち気になるからな……。

 結局ユニスは寮の外に出るまで一言も話さなかった。


「おい、ユニス!」


 トラジの我慢が限界に達した時だ。


「魔法を唱えて、空に虹をかけましょう」


 片手で本を開いてユニスが地面をつま先で叩く。

 たん、たん、たん。

 三度目のタップ音が鳴った瞬間、地面から虹が両手を広げた幅ほどの虹が出てきて、駅へと向かっていく。


「ついてきて。モンス……邪を討伐するわよ」

「……いい、の? がっこ……おこ、る」


 コマチの疑問はもっともだ。邪の討伐は危険が伴う。学校で行なうのは月に一度。それとて先生が管理した状況下で、安全に配慮した上で行なう。

 私の考えだが、先生は行事の日は事前に危険な邪を排除しているのではないかと思う。

 そうして私たちは守られているんじゃないか。だからこそ、このご時世に侍候補生が成立しているんじゃないか。

 しかしユニスの提案は、その輪から外れるというものだ。


「教えて欲しいのだけど。みんなと同じ事をしていたら、みんなと同じ速度でしか学べないのではなくて?」

「……いいぜ。乗った」


 トラジは判断が早すぎる。戦いに飢えているのか……飢えてるんだろうなあ。


「俺も……まあ。切った張ったができなかったからなあ。ユニスに乗るぜ」

「ミナトが乗るのは意外だな」

「うるせえな、天使。俺だって一応男の子なの!」


 まあ……リョータとトラジに比べるとね。


「なにその目! 見下されてない? 俺、見下されてない?」

「どうでもいい……リョータとコマチは?」


 正直、判断に困る。ユニスはプロだが、私たちは正直まだまだ素人だ。命を賭けるべきかの判断をする段階にまだ至ってないと思うのだが。


「……や、る。おにもつ、や……やだ」


 コマチは意気込んでるし、


「俺もいやだな。キラリには先を越されちゃったけど……自分の刀の可能性を知りたい」


 リョータもやる気だ。となると、乗り気じゃないのは私だけか。


「ユニス。何かあったら自己責任とか言うわけ?」

「当たり前じゃない。とはいえ仲間だと思えばこそ、危険な場所へは行かない。みんなで強くならなきゃ意味がないからね」

「……私がそれを信じるべき理由は?」

「私を仲間だと思えるかどうか」


 賭けてくるな。

 上からいったら反発してくるかと思ったけど、笑顔でこちらの出方を窺ってくる。

 いつもより手強いし、だからこそいつもと違って本気なのか。


「……しょうがないな。それを言われちゃね」

「じゃあ学級委員長の許しも出たところで、いきましょうか」

「ちょ。誰が学級委員長だ、誰が」

「さあいくわよ。虹は足場になるけど、足を踏み外さないように」

「流すな!」


 声を上げても誰も反応しない。まるで決定事項のような勢いじゃないか。

 ちょ、こら! 私は承諾してないからな!

 っていうか、置いていくな!


 ◆


 駅前に辿り着いた私たちは正直、腰が引けていた。

 電車から降りて駅からゆるやかに歩いてくるんだ。邪が。人型の……袴姿の刀を持った男達の邪が。あれを侍と言わずして、なんと言うのか。


「ちょ、おい、ユニス。あれだけどや顔で連れてきておいて、なんで戦おうとしない」

「い、いやだって、人型の邪なんて私しらないし」

「「「「 安定のぽんこつ魔女…… 」」」」


 私だけじゃない。コマチまで揃ってハモるとかどうなんだ。


「そ、そこまでいわなくてもいいじゃない」


 おかげでユニスが凹んでるよ。しょうがないな。


「ま、まあ……あれはやばそうだし、やめとく?」


 意を決して提案してみたんだが、前に出る奴がいた。


「いや、いく」


 トラジだ。それだけじゃない。


「まあ……な」「いくしかないよね」


 男子が揃ってやる気。おい、どうした。何があった。


「侍の邪とか」「ここで戦わなきゃ」「男が廃る!」


 おおい。置いていくな。男子のノリがさっぱりわからないぞ。

 その理屈でいくと私たち女子はどうすればいいんだ。教えてくれ。


「いくぜ!」

「「 おお! 」」


 トラジが叫んで突っ込んでいく。

 伊達に地元に舎弟がいるわけじゃないんだな。こういう時、率先していくし、背中でついてこさせちゃうところがあるのか。


「……いい、な」


 ……それに反応するコマチのいいなポイントが私にはちょっとわからない。


「ユニス、あれどう思う? かっこいいの?」

「馬鹿で無鉄砲なだけでしょ」

「だよね」


 でも、しょうがないな。男子が行くなら負けていられない。


「コマチ、いける?」

「……ん」

「ユニス、サポートお願いね」

「元からそのつもり」

「よし……なら」


 いきますか。覚悟を求めるまでもないな、相手が邪じゃあね。

 けど突っ込んでいった男子がさっそく取り囲まれて悲鳴をあげている。


「やれやれ……いくよ! 特訓の時は来た!」

「ん!」

「ええ! まずは男子のフォローからね!」


 ほんと、手が掛かるよ。部活に入る前に、仲間をお助けしないとな……なんてね。


 ◆


 きっと今日もどこかで邪と侍が戦っている。

 そうと知りながら眠る。そして夢を見る。

 四月に入学して、いろんなことがあった……それを思い返すような夢。

 何もなかったような顔をして、ただキラリみたいなきらきらの子が過ごす青春を夢見て入学した頃の私。

 シュウさんに操られた私。カナタと契約した私。シュウさんを助ける私。メイ先輩にビンタされたり、コナちゃん先輩になじられた私。

 ……えっちなことに前のめりの私。

 歌うことに夢中な私。戦って勝利を得たい私。どうでもいいと思う冷めた私。

 いろんな自分を見つめる。人に嫌われる私も大勢いただろうし、大好きなみんなに受け入れてもらえた私もたくさんいる。

 お父さんが好きなアニメにあった。いろんな人に呼びかけられて自己を探す、不思議な不思議なアニメ。難解だと言われていたし、あのシーンは実際、お父さんにみせてもらった頃の幼い私にはよくわからなかったけど。

 自分――……自我、自信。そんなの、簡単に見つけられるものじゃないのかもしれない。

 肯定できるかどうか。自分を、受け入れられるかどうか。

 難しいな。

 タマちゃんと十兵衞がいて成り立つ私の日常は、二人を信じてやっと成立している。


『自信がないんだね』『ツバキちゃんがいなければ中学時代さえ肯定できなかった』『キラリも会いに来てくれなかったし、ユイちゃんが一念発起することもなかった』『二人の御霊にも出会わず、狸顔の変な女どまり』『カナタにだって、会えもしなかった』『それが――……』

『『『『 青澄春灯の真実。あははははは! 』』』』


 いろんな私が私を見て笑っている。

 はっとした時にはもう、髪の毛は黒。獣耳はなく、尻尾もない。タマちゃんが磨いてくれた肌艶は失われ、体型も情けない寸胴になっていく。代わりに犬歯が伸びて、空から落ちてきたマントが覆い被さってきた。

 遠のいていくタマちゃんと十兵衞を追い掛けて走るけど、足はもうすっかり遅くなっていて、追いつけない。マントが絡みついてきて、うまく走れないの。だから置いて行かれちゃう。

 いやだ、そんなの。

 なのにみんな、遠のいていって暗闇の中に吸いこまれて――……


「――……っ!」


 悲鳴をあげるように目覚める。全身に冷や汗が滲んでいた。


「――……はあ、はあ……はああ」


 布団を握りしめる。そばでカナタが眠っている。けれど身じろぎして、眠たそうな声で聞いてくるの。


「何か……あったか?」

「……ううん。おやすみ」


 切り替えてごまかすことばかりうまくなっていく。目覚めているときならいざ知らず、真夜中に寝ぼけた状態だ。カナタは気づかず「おやすみ」と言って眠りに落ちるの。

 私の手をそっと握って。そういうところが憎らしくて、大好き。そう思っても、自己否定の冷たさは消えない。


「……やだな」


 呟く。自信をもてない私の心が叫んでる。

 御霊がなければ何もできない。歌ったって金色を放てず、何も変えられない。

 胸に手を当てる。心の中にいまも二人を感じる。

 それだけじゃない。それだけじゃないよ?


「……、」


 スマホをそっと手にして呟きアプリを起動する。

 何気ない日常の呟きに反応してくれる人がいる。誰よりツバキちゃんがたくさんリプをくれる。誰より早く、誰より優しく、誰より信じてくれる子に、私は誰より最初に返事をする。

 何もない頃から……生きて抗う私に気持ちを注いでくれた子がいる。

 その子を裏切る私になんか、なりたくない。

 ツバキちゃんが誇れる私になりたい。いつも。いつまでも。そう思ったらね?


「……うん。あんがい、だいじょうぶ」


 自分を信じるかどうかより、どんな自分でいたいか。

 それだけで私は手一杯で、まだまだ未熟者だけど、問題ないよ。

 なりたい私と、そのためになにをすればいいか……ちゃんとわかっている。

 それに集中するべきだって、わかっているから大丈夫。

 ただ……それでも、冷え切った身体をあたためるには至らなかった。

 なら?


「シャワー浴びよ」


 冷たい汗を熱いお湯で流すようにして対処しよう、一つ一つ着実にね。

 それしかできないもの。だから愚直にやっていこう。


「……ハル」

「もう」


 寝言で私の名前を呼んで、ぎゅっと握って離してくれないカナタの手をほどく方法とか、ゆっくり考えるよ。

 あとは、そうだな……明日、ツバキちゃんに会いに行こう。

 ぎゅって抱き締めたい。あいくるしいあの子を、ぎゅっと。

 そして探してみよう。私の自信の種を。大好きなみんなの中の私を……見つけてみよう。

 みんなの信じる私を信じるために。

 そう意気込んだところだった。スマホにメールが届いたの。

 差出人は……


「シュウさん?」


 意外に思いながら文面を見て、首を傾げちゃった。


『今日、会えるかな。君に話がある。今夜うちにこれるかな?』


 別に問題ないけど。

 改まって話だなんて……いったい、なんだろうね?




 つづく。

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