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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十四章 越えろ、士道誠心バトルロイヤル!

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第二百九十四話

 



 特別体育館内の、特に星蘭の人たちがいる左手側からむわっと香る匂いに頭がくらくらする。

 あれからきつねうどんを詰め込めるだけ詰め込んで、それでも足りずにいたら噛み痕だらけになったラビ先輩が廊下から「おあげだけ食べたら?」と提案。

 急きょ食堂から補充されたおあげ山盛り丼を食べることによって、私の尻尾はなんとか九本になりました。

 それでもだめ。油断したら暴走しちゃう。っていうか、しちゃった。

 みんなを襲撃してまわる私を最終的に刀鍛冶のつよいお姉さんが捕まえたよ。コナちゃん先輩が出した縄で全身をぐるぐる巻きにされて、ぶらさげられながらユウジンくんとカナタのいる場所に辿り着きました。

 ちなみにただいま、私ってば発情防止という名目で有志により提供された耳栓と鼻栓をしています。

 そう、耳栓と鼻栓です。

 どう足掻いてもカナタがもらってくれないと、どこへもお嫁にいけない見た目なんですが。

 しかし、過ちを犯さないためには仕方ないことなんです……。

 なにせ、そっとそばにいる人たちを見るとね? マドカやキラリ、ノンちゃんが、私の歯形をつけて立ってるの。一年の代表者がこの三人という時点でお察しです。

 メイ先輩とかに迷惑かけずに済んだのは怪我の功名かも。メイ先輩に歯形つけたらルルコ先輩に一生許してもらえない気がするし。

 だからって問題ないわけじゃないけどね! あはは!

 ほんとすみません!


「ずいぶんおもろいかっこしてはるね」


 ユウジンくん、肩が震えてる。

 カナタ……残念な顔をして見ないでくだしい……。


「事情はわかってるよ」

「なあ……安倍はなぜ無事なんだ?」

「あんたの彼女と違って、うちは人やし」

「そ、そういう問題か?」

「意識的な切り分けで乗り切れる場合もある、いう話やけど……あの子は無理そやね」


 ばっさり! まさかのばっさり!


「御霊との親和性が高すぎる……特別な才能やと思うけど。放置したらえらい大変そやね」


 ユウジンくんがにこにこ私たちを見た。

 私を抱えるコナちゃん先輩、寄り添うラビ先輩、むすっとしたシオリ先輩ももちろん、みんなして私に襲撃された後なんです。噛み痕があるよ、もれなくね!

 ……ほ、ほんとすみません。


「「「 なんとかしろ! 」」」

「あはは。おおごとやね……」


 みんなの唱和にユウジンくんが笑った。


「ほんなら……安定させればええやんな」

「あんてい?」

「きみはまだ修行中の身やんな? それゆえに……暴れ回ってまう。強ぅなったら可能性は広がるばかりやけど、ただで強ぅなれるわけやない。その証拠が、みんなの惨状やね」


 みんなしてどっと疲れた顔で呟く。


「活躍し放題のアンタにも未熟な部分があって安心したけど」

「噛まれるのは予想外だよね……さすがにマシンガントークする元気もないや」

「男女見境なしで……ハルさんの刀って強いと思ってましたが、その強さゆえの特性をノンは持て余します……」


 う、うう。すみません。

 噛みつきまくった私に言い返す権利はないのでした。とほほ。


「せやけど……きみの信じる玉藻の前はもう、大神狐(だいしんこ)なんやろ?」

「うん。そうだけど」

「言うたら空孤みたいなものやんな? せやのに……なんできみは空狐のずいぶん格下の妖狐なん?」

「だって……タマちゃんはすごくても、私はすごくないし。刀を取り込まなきゃ、大神狐にはなれないし」

「大神狐になれるならええやん。常にそれでいれば」

「む、むりだよ。あれはスーパーな野菜の人みたいに気合い入れなきゃできないの」

「その手前ではおれへんの?」

「……私、そんなたいしたことないから、無理だよ」


 そんなに当たり前のことみたいに言われても、できるならしてるし。できないから落ち込むし、拗ねちゃいそうになる。だとしても、


「「「 はあ 」」」


 私がそう言った瞬間のみんなのため息といったらなかった。

 っていうか、みんな揃ってため息をつくのなんで!?


「……安倍、助かった。問題の本質がわかったよ」

「ええよ。おもろいもんみせてもろた礼や」


 笑いながらユウジンくんは行っちゃった。

 コナちゃん先輩が私をそっと下ろす。


「あ、あのう?」


 見上げると、コナちゃん先輩がなんともいえない顔をしていた。


「……どっと疲れただけ。原因が何か気づいてね。いつもは自信満々なあなたが、まさか……充電、足りてないにもほどがあるんじゃないかしら」

「いや……ハルちゃんは無我夢中だっただけなんじゃない? もしかしたら、自信なんてたまにしか持てなかったのかもしれない」

「……まあ、そうね。そうなんでしょうね。根本的な自分への信頼がたまになくなるって、誰しもあると思うから。とはいえ、この子に限って起きないと信じてた自分が思考停止しすぎてて、未熟者でいやになる」


 えと、どういうことだろう。

 コナちゃん先輩だけじゃない。


「ボクなら……ハルちゃんほど活躍したら自信の塊になりそうだけど」

「……いつも手探りだから、この子らしいかも」


 シオリ先輩とユリア先輩が感慨深そうに頷いてる。

 対して一年生の三人はみんな呆れ顔だ。


「いつだって一生懸命で、たまに無茶苦茶健気でしたもんね」

「信じることさえ忘れてたとか?」

「……春灯らしいといえば、らしいけど」


 そんな中、カナタが歩み寄ってきたの。


「ハル……」

「カナタ?」

「くっ」


 カナタが決め顔で私をじっと見つめてから……肩がぶるっと震えた。

 キラリがそっと私のそばにかがみ込んできたの。


「耳栓はまだしも、鼻栓はどうかと思う。外したら暴走するのわかってるからそのままにするけど、武士の情けだ。私が顔を隠すよ」

「ううう……」


 そ、そういえば私、すごく間抜けな顔だったのでした。


「は、話を戻すが。力をつけているはずなのに……失う速度もはやいのはなぜか。今ので答えがわかった」

「あ、ありがと……どういうこと?」


 私を少し持ち上げて膝枕をしてくれるキラリにお礼を言いつつ尋ねると、カナタは本当に呆れた声で言うの。


「これまで成し遂げたことの積み重ねを経たうえでも、まだ自信をもてていないとは思わなかった」

「それね。ハルは私のこと助けてくれたのに」

「それいったら、ノンたちみんなそうですよ」


 マドカが、ノンちゃんが続く。私に膝枕をしてくれてるキラリも頷くの。


「アンタのこと、ずっと……すごいって思ってるんだ」


 真摯な声に反論しようとして、そもそもその必要性があるのかわからなくて喘ぐ。


「え、と……でも」

「でもはいらない。求めてないから。いいか。誰かにすごいって言えるアンタがすごいんだ」

「……う」


 他の誰でもなく、キラリに言われたのが重たかった。


「刀は自分の分身みたいなもの。ハルさんが玉藻の前と十兵衞を信じるのなら、同じくらい自分を信じなきゃだめだと……思うんです」

「ノンちゃん……」

「侍なら、体と技だけじゃなく、心も信じていいのでは?」


 信じてないわけじゃないって言えたら、話はずっと簡単だったはず。

 だけど言えなかった。

 私は私を信じられない。ツバキちゃんやカナタ……なによりタマちゃんと十兵衞がいてくれるから、信じようと頑張れる。たまに信じられる。

 けど、私だけだったら……一番、自分を信用できない。

 乗り越えたはずだと思ってた。

 ぜんぜんだ。ちっとも信じられてない。


「ハル。いつかのお返しに一杯言うね」


 マドカがキラリの隣に腰掛けて、声を掛けてくれるの。


「ハルは強くて優しくて、すごいよ」


 瞬間、世界が滲んだ。


「みんなを助けてくれるハルは……かっこいいよ」


 泣きそうだった。鼻を啜ろうとしたけど無理だった。鼻栓してるんだもん。


「それに放っておけないくらいおかしくて、かわいいよ。その鼻栓も」

「マドカぁ……」

「だから私たちが信じるハルを信じて。ね?」

「……ん」


 べそべそ泣きそうだし、目元を拭いたいけど無理だった。ぐるぐる巻きなんだもん。

 だからキラリが代わりに拭ってくれるの。


「春灯」

「キラリ……」

「アンタの日常がすごいのはさ。アンタが日常をすごいと信じてるからだ」

「そんなこと、ない。みんながすごいからだよ」

「じゃあ……その真ん中にいるアンタがすごくないわけないだろ?」

「……っ」

「認めてよ。みんなが信じるアンタを。胸を張ってよ。自分の積み重ねに」

「……わた、し」

「……アンタが自分を信じられないなら、何度でも伝えるよ。アタシはアンタを信じるって」


 ここまで来たアタシの言葉でも信じられない? なんて。

 そんなこと聞かれたら、首を横に振らずにはいられなかった。


「ここのところ、色々あったから。自信を失う瞬間の方が多かったかもしれない」

「――カナタ」


 マドカがそっと離れて、キラリが少し身体をよけた。

 カナタがすぐそばにいる。私の顔を見てたまらず吹き出して。


「本当に……残念なところをたくさんみせてくれるな、ハル」

「ひどいぃ……」

「でも、そういうところも好きなんだ。俺だけじゃない。ここにいるみんな、そうだ」


 キラリもマドカも、ノンちゃんさえも頷いてくれた。

 笑って言うの。


「だから、ハル。過ぎるくらいの自信のなさはもういらない。胸を張れ。自分の信じたこと、夢見る最強に」

「……またきゃっきゃってなって、迷惑かけちゃうかもだよ?」

「その時は……なんとかするさ。みんなで」


 カナタのその発言にみんなして苦笑いをした。けど否定しないの。しょうがないなって感じで見守ってくれている。


「教えてくれ。ハルの信じる玉藻の前なら……発情期なんかに負けるか?」

「ううん……絶対、ないよ」

「なら、その御霊を宿すお前は負けるはずない」

「……ん、でも」

「ハルの中にいる最強の十兵衞は、色事に狂うか?」

「絶対ない!」

「そうだろう? なら……その御霊を宿すお前が、狂うはずがない。弱さにもたれかかるなんて、お前らしくないよ」


 頬に触れて、鼻栓をそっと取ってくれた。


「お前が飢えて求めるまでもなく、俺たちはここにいる。だから渇きを満たす必要なんてないくらい、普段からそばにいるだろう?」

「……ん」


 香りを感じる。みんなの匂い。もう覚えてる。タマちゃんを抜いてから、日に日に五感が研ぎ澄まされていって……今ではもう、前と比べるまでもない。

 大好きな人の匂いしかない。

 ……まあ厳密にいえば特別体育館の土埃の匂いとか、星蘭のケンカの汗の匂いとか、北斗から香ってくる女の子の華やかな匂いとかすごいけど。

 すぐそばには、ね。大好きな人たちしかいないの。


「寂しさを感じる必要なんかない。誰もいなくならないからな」

「……ハルさんが住良木と交渉してくれたおかげです」


 ノンちゃんが噛みしめるように言ってくれた。ギンのことだ。


「みんな頑張ったし、そのみんながすごいっていうんなら?」

「ちっ……アンタもすごいんだよ、春灯」


 マドカの振りに渋々だけどキラリが答えて頷く。


「アンタが信じるみんなを信じて、ついでに自分を信じろ……そういう自信の始め方があってもいいんじゃないの?」


 思わず息を吸いこんだ。くらくらくるけど、でもこれは……精気を求めてやまない本能じゃない。もっと根源的な何かだ。


「自分を信じた時、蓋は開くんだろ?」


 キラリが食堂で歌った曲の歌詞を使って励ましてくれた。覚えててくれたんだ。

 大好きでたまらなくなるの。そんなキラリを信じずにはいられない。


「なら……春灯。いま、開いてみせてよ。ちゃんとできるはず……ね?」

「……うん!」


 キラリが信じてくれる私を信じる。

 そう思った瞬間、なんでだろう。頭の中が妙にクリアになったの。

 みんなを信じてる。そのみんなが私を信じてくれている。だから、みんなを信じるついでくらいなら……私も素直に自分を信じてみよう。

 思えば思うほど、気持ちが溢れて止まらない。

 ギンはいなくならない。だから……みんなとずっと一緒。

 タマちゃんと十兵衞がいてくれる。二人が狂うわけないと信じるくらい……自分を信じてみたら、不思議とむらむらしなかった。

 むしろ穏やかな気持ちが広がっていくばかりだ。

 常に大神狐でいられるほど信じるのは、まだ……無理だけど。

 噛みついてなお信じてくれるみんなを、もう傷つけずに済むくらいにはなれたみたい。


「もう、縄はいらなそうね……」


 コナちゃん先輩が指を鳴らして、縄がほどけた。

 生徒会の人たちみんなが私たちを眩しそうに見てるの。


「行こう。二年生は邪魔になる」


 ラビ先輩の号令にみんなが離れていく。カナタが待ってるよ、と言ってくれた。

 ゆるゆると身体を起こして、耳栓を抜いた。

 改めてそばにいてくれる三人を見た。


「ノンちゃん、首に痕ついてる」

「吸い付いてきましたからね、確かに何かを吸われた気がします」

「あ、あはは……マドカとキラリは首筋だけじゃなくて、ちょっと唇腫れてない?」

「熱烈すぎるキスだったけど、ノーカウントかな」「右に同じく。本気で精気っていうの? それを吸われたね……ちょっとだるい」

「えっ」


 どどどどど、どうしよう。無我夢中すぎて覚えてないよ!


「なにしてるの?」

「賑やかだな」

「マドカ?」


 星蘭の方からトモやシロくん、狛火野くんたちが歩いてきたの。

 何があったのかと尋ねるトモに私以外の三人が空笑いをしてた。

 私を見て、まあいつもの騒動が、とかいって納得されちゃうんだから私っていったいなに。

 みんなで寮に戻って、食堂にいたレオくんたちや一年生のみんなとさんざん盛り上がってからお部屋に戻った。

 待ち受けていたカナタに抱き締めてもらってほっとして、つい悪戯心で、


「きゃっきゃっ」


 って言ってみたらカナタがびくっと身震いしてた。腰ががくんと落ちてたよ?

 そ、そんなに驚く?


「ご、ごめん」

「冗談が過ぎる……おしおきだ」


 わ……! これはSな台詞からのあまあま大増量なのでは!?

 ささやかな自信の種を獲得したばかりの私にあまあま大増量をプレゼントしてさらなる自信をつけさせようという!?


「俺はラビの部屋へ行く」

「ええええええ!?」


 まさかの逃避!?

 思わず叫んじゃった。


「あーっ! まだ怖がってる! 対処してくれるって言ったのに!」

「違う! 決して後ろに向けての前進などでは! 対抗策を考えてくるだけだ!」

「嘘だよ絶対こわがってるよ! どうせ吸い尽くされる、死んじゃうとか思ってるんだ!」

「誤解を招くことを言うな! 毎日してたら体力と腰がもたないだけだ!」

「そばばかり打ってるからでしょー! 私しってるよ! カナタってば暇を見ては調理部いってるでしょ!」

「な、なんのことかな」

「岡島くんと井之頭くんから聞いてるからね! そばうちに来てるって! たまに食堂のおばちゃんに差し入れしてるって!」

「知らないな」

「嘘だッッッッッッ!!」

「そんな集中線を背負って言われてもな、前にも話さなかったか? この話題」

「そうだっけ?」

「どっちでもいい。とにかく、夜なんだから静かにしろ」

「あーっ! 挙げ句に勝手に一人だけクールダウンとか!」


 こんこんこん、とノックの音が聞こえた。


「ハル? ちょっと、いくらなんでもうるさい。防音なはずなのに聞こえてくるぞ」


 やば! トモさまお怒りだ!


「……ここは」「一時休戦で」


 うなずき合ってから二人して出て行って平謝り。

 くだらなさすぎるけど、でも……ほっとする。

 やっとやっと、平穏が戻ってきた。

 明日には星蘭も北斗も帰っちゃうだろう。

 それでもきっと、三学期にまた会える。そんな気がする。

 だから楽しみにしつつ、カナタと二人で横になって私は考えたの。


「ねえ、カナタ」

「なんだ?」

「こんなに楽しくていいのかな……」

「いいに決まってるだろ……おやすみ」

「ん。おやすみ……」


 なんだかんだで抱き締めてくれることにほっとしたの。


「きゃっきゃっ」

「やめてくれ、それだけは……頼むから」

「そんなにだめ?」

「絶対だめだ」

「ちぇ……」


 ちょっと楽しいけど。

 みんなに迷惑かけちゃったみたいだし、記憶がないし。

 気をつけよう。気が緩んだり自信をなくしたら、また暴走しちゃうだろうし……冬は特に気をつけなきゃ。


 ◆


 割り当てられた長屋には立浪とその刀鍛冶、そして鹿野がいる。

 安倍ユウジンは彼らのそばで寝ていた。けれど不意に起き上がる。

 あちこちに見える監視カメラに人差し指を突きつけ、そっと囁く。ばちばち、と小さな電流が流れて煙が噴き出た。

 満足して、彼は監視網の中を誰に見られることなく抜け出してみせた。

 外に出ると、空から一枚の紙が飛んでくる。

 そっと出した指で紙を受け取り、顎に当ててユウジンは思案する。


「……どないしよ」


 触れた紙から伝わってくる。

 バトルロイヤルを観察・研究しに訪れた住良木の研究者たち、それを率いる姫宮という男。彼らは途中まで行動を共にしていたが、会社の前で姫宮だけが別れ、料亭へと向かった。

 待ち受けていたのは……傲岸不遜な中年男。精力に満ちあふれた痩せぎすの男だった。

 瞼を伏せて意識を集中する。紙が受け止めた情報量を受け取るために。


『――……まり、現実に影響力がある侍は少数である……ということか?』


 痩せぎすの男の声は見た目以上に迫力があった。姫宮が顔を強ばらせて頷く。


『ええ、そうなります。渋谷での歌唱によって放たれた青澄春灯の光を大量に採取してあります。現世の守りが手薄なところを狙い、御珠への影響も確かめてみましたが……芳しい結果にはなりませんでした』


 御珠への影響? どういうことだ?


『困った連中だ。ただ話題になるだけなって、しかし未だ大きな得にはならぬ。さりとていなくなられても困る、か。医療への応用は?』

『今はまだ実証段階には至りません。残念ながら、レオさまのような例は希有かと』

『あれは性根がよすぎる。政治に使えんのなら……捨て置け。敵に回らんのであれば、自由に生きればよい』

『価値はあると再三、申し上げてまいりました。己の願い通りに他者を動かす力。他にも侍には――』


 縋るように返すわりにはどこか冷たい言いようだった。

 シュウに似て非なる印象を抱く。刀を信じ、仲間を信じるようになったシュウは仁義に厚くなるばかりだ。そこへいくと、姫宮は暴走していたシュウに似て他者と距離を取っているようにも見える。


『くどい……まあ、時勢の流れゆえ、青澄春灯のような娘は広告に役立つのは認めよう』

『何よりのお言葉です。寛大なご判断、誠にありがとうございます』

『有用ならば認めるだけだ。それに警察の機嫌はよくなるからな……ささやかな種まきに金はやる。だが今以上を望むのならばな、姫宮……手が足りんよ。わかっているのだろう?』


 男の射貫くような視線に姫宮が身を固くした。


『は……』

『若者を雇い入れるのはいい。新たなビジネスを起こしたいというのも、可能性あればこそ認める。しかし……もうよせ』

『と、いいますと?』

『家に迷惑を掛けたくないのであれば、私に説教などさせるな』

『……かしこまりました』

『いいか、一度しか言わん。新宿で行なっているつまらん実験を今すぐやめよ。警察が悲鳴をあげている』


 新宿の実験? ユウジンは眉を顰めた。シュウから聞いている限り、住良木が新宿で実験を行なっているという話は聞いたことがない。

 気になる話だが、その場に居合わせなかったユウジンの気など知らずに二人の会話は進む。


『さて……なんのことか』

『一度しか言わんと告げたはずだ。部下の企みがわからぬワシだと思うのか?』

『申し訳ございません』

『いいな、無駄金を使うのは許さん。取れぬ責任を生み出すのもな。緋迎シュウの五月の一件がいい例だ』

『……お心の広い会長の気に障るようなことなど、決していたしません。すべては住良木のために』

『肝に銘じよ』

『は。それにしても……わたくしの気のせいでしょうか? 見られているような』

『虫ならば捨て置け。困るのは今の所、お前だけだ』

『困ることのないよう、肝に銘じます。少し……確かめてきても?』

『好きにしろ……料理が出る前に戻れ』

『かしこまりました』


 そこで紙は逃げてきたようだ。

 危険を察知したのならば逃げろと命じたのは自分だが、困る。確信には触れていない。

 姫宮という男のそばにいたのは、彼の言葉を信じるのならば住良木グループの会長なのだろう。

 青澄春灯の名を口にしていた。確かに彼女は最近ずっと、住良木の支援を受けて露出を増やしてきている。

 とはいえ、しかし……。


「企業とか会社のこととか、よう知らんしなあ」


 笑いながら、懐から筆を出す。見聞きした情報を要点だけ抜き出して、緋迎シュウの自宅へと飛ばした。


「東京はどぎつい欲にまみれとるなあ……怖いわあ」


 戻ろうとして、足を止めた。刀に触れて九字を切り、呟く。

 瞬間てのひらに珠が出てきた。それを受け取り掲げる。即座に魂は隔離世へと運ばれた。

 そして――。


「あかんなあ。物騒すぎて――……さて、どないしよ」


 大勢の邪――それも侍の姿をした連中が自分の首に刀を突きつけていた。


「――アマテラスッ!」


 かっと眩い光が瞬いて、邪たちが一瞬で焼き尽くされた。

 次いで特別体育館の上から一人の少女が飛び降りてくる。

 真中メイ。士道誠心学院高等部の太陽、守護神。彼女だけではない。


「イベント中は誰もおらんかったのに、夜になった途端にずいぶんと怖い場所になったもんやな……安倍! 無事か!」


 特別体育館から駆けてきたのは牡丹谷タカオ。星蘭の三年生だ。東に真中メイあらば、西に牡丹谷タカオあり。特別体育館の中から激しい戦闘の音が聞こえてくる。


「中は北斗の白桜を中心に三校の三年生で対応してる。急激に敵が増えとるで」

「きみ、御珠のレプリカを持ってるなら現世に戻って。今のところ、隔離世にいなければ害はないから」

「いややわ……ずっと傍観者気取ってたし、先輩がたに任せて寝るんは無理な話」


 刀を抜いてみせただけで、二人の少女は任せる気になったらしい。

 すぐさま特別体育館の中へと戻る。

 人を呼び出す鈴は今はもうない。けれどユウジンは唱えた。


「我が軍門よ――……来たれや、来たれ」


 刀の周囲に鬼火が浮かび、刀身へと吸いこまれていく。

 内から弾けるようにあらわれる真打ちを手に。


「安倍ユウジンの元へきたれ、急急如律令!」


 空間を切り裂いた。

 瞬間、先ほどまで寝ていたであろう残りの星蘭の生徒すべてが裂け目から吐き出されるようにして現われる。


「な、なんや急に」「わけわからん……あいたたた」「ちょ、こら、どこさわってんねん!」


 にぎやかな連中へと、ユウジンは一つ拍手を聞かせた。それだけで彼らが押し黙る。


「みんな……後夜祭や。なんやおかしな邪がぎょうさんでとるらしいわ……やっつけておいで」


 ユウジンの命にみなの瞳が輝いた。


「ええの? ガチのケンカしてええの?」「ぶっころ解禁なん!?」「やるでやるで!」


 そうして刀を手に大勢が駆けだしていく。先陣を切るのは立浪シン。彼こそが星蘭一年の切り込み隊長だから当然だった。

 残っているのは星蘭の刀鍛冶たちと鹿野ナツキだけ。


「……なんやの? 士道誠心の問題なら、連中にケツ拭かせたらええやん」

「そう言わんと、頼むわ。日中にあれだけ動いて夜も動ける体力あるんは、うちらだけやろ?」

「ふん。うちは荒っぽいわけやないからな、気ぃ進まへんなあ……ユウジンはいつもみたいに隠し事ばかりしよるし」

「ナツキ」

「……名前で呼ばんといて。いい人にとっておいてるんやから」

「かわええやん」

「……もう。一つ貸しやで? ぎょうさんたまってんの、忘れんといてよ?」


 流し目をくれてから、刀を抜かずにその身を雷の化身へと変えて飛んでいく。

 その後を優雅に進む。きっと知るべき人に知られず、西から来た嵐が吹き荒れて去る。

 今夜、士道誠心に湧いた邪の討伐はすぐに片はつく。

 けれどなぜ、このようなことになったのか。

 誰にも知られないまま――……。

 ユウジンは、神社で最後の一体を切り伏せた。侍の姿をした邪は普段のそれよりもずっと人間じみていて、普段の邪討伐に比べると幾分手こずってしまった。

 まるで御珠を求めるかのように、城と神社を目指す連中はしかし、御珠に触れることさえしようとしなかった。彼らの行動原理がわからない。もっとも、邪の行動原理がわかったことなど、ただの一度もないのだが。


「ふう……」


 息を吐く。

 なぜ急にこんなことになったのか。そもそも四校の敷地内は三年生を主体とする生徒によって邪が定期的に駆除されているはず。にも関わらず繁忙期の繁華街並みに邪が発生しているではないか。

 三校の生徒が集まったからか? いいや、違う。侍は邪を生まない。穢れてないからではない。刀の霊子を生み出すので精一杯だからだとユウジンは分析している。いろいろな言い方はあれど、とどのつまりはそれが真実ではないか。

 ならば、なぜ。

 そこで合点がいった。


『新宿で行なっているつまらん実験もやめろ。警察が悲鳴をあげている』

『さて……なんのことか』


 シュウから聞いている。最近は都内に侍の姿をした邪が大量に発生していて、正直討伐しても討伐してもどんどん湧いてくるらしい。挙げ句、警察の手が足りなくなっているらしい。

 できたばかりの士道誠心三年生が作る会社の協力を認めるほどだというから、異常事態でなければなんなのか。

 警察が悲鳴をあげる新宿の実験。

 もしかしたら……もしかするかもしれない。


「……めんどくさ」


 どうやら緋迎シュウに報告するべきことが増えたようだ。

 もっとも住良木に指摘したとして、認めるとは思えない。

 そもそも巨大な企業グループとはいえ、隔離世にこれだけの影響を与える何かができるのだろうか?

 邪を生み出す力さえ持つ緋迎シュウですら、暴走したとして一地域を混乱に陥れるのが関の山だった。

 正直、ユウジンにとっては甚だ疑問である。

 逆に言えば、もし新宿に彼らが掌握できないような何かが眠っていた、としたらどうだ……?

 わからない。

 すべては可能性でしかない。


「……あの子、苦労しそうやね」


 住良木が関与したのであれば、その矢面に立って関わっている青澄春灯は否応なく騒ぎの中心に立つことになるだろう。

 明日には西へと戻る自分にはどうすることもできそうにないが、願わくば全員が無事に生き延びることを祈る。

 激しい攻防により隔離世の特別体育館のドーム天井は穴だらけになっていた。現世のドームには何ら影響ないのだが。

 それゆえにか、ユウジンは空を見上げて呟いた。


「……月が隠れてるわ」


 ドームは穴だらけ、しかし分厚い雲が月を覆い隠している。

 どうやら、東京の輝きを見れないまま帰ることになりそうだ。

 ユウジンには残念でならなかった。東京の光を浴びてなお輝く月にも価値はあると、彼は心の底から信じていた。

 また見たかったのだが。

 そう思ったからこそ、彼は青澄春灯にメールを打った。


『なんかあったら呼んでよ』


 きっと彼女は寝ているのだろう。返事はなかった。けれどこれでいい。

 彼女は東、自分は西に住処があって……常に一緒にいられるわけではない。

 だからこそ、このくらいでいい。


「さて……鬼が出るか、邪が出るか。はたまた……怨霊が出るか」


 お楽しみやね。

 そう呟いて、ユウジンはそっと御珠を見た。

 御珠はいまも、神社で不可思議な輝きを放ち続けている。

 狐の面をつけて、ユウジンは立ち去った。求める輝きはここにはないのだ――……。

 




 つづく。

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