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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千九百二十七話

 



 高橋先生が生物の先生を呼んで説明してもらう。

 食用の目的で日本が台湾から1981年に導入。全国で五百か所もの養殖場ができたけど「おいしくない」「普及しなかった」ので「儲からない」。そうなるとどうなるのか。養殖業者が廃業する。廃業した業者は「放置」。するとどうなる? 水路を通じて水田で野生化していく。

 やってんねえ!

 似たような話が「外来種」全般にあるよね。

 雑食性でなんでも食べる。とりわけ「やわらかい植物」が好きで、水田にて春先の稲がよく狙われるそうだ。魚の死体とかも食べるらしいけどね。そりゃあ「好きなもの」を食べたいよね。

 十四度以下で活動を停止する。十五度から三十五度までの間が主な活動温度。その間の気温の頃によく食べるそうだ。十四度以下になったら休眠して、土中に潜って越冬を試みる。深さだいたい六センチ以内に分布しているから、冬のジャンボタニシ対策は「土を掘り起こす」工程を含めるんだろう。

 寒さに極めて弱くて、越冬する率はそこまで高くないそうだ。

 卵を一度に数十から数千ほど産みつけるけど、そのすべてが孵化するわけではないらしい。

 それでも卵が増えてきたら、必ず「手袋着用」。水に落とす。神経毒があるし、寄生虫がいるっていう話はしたよね。絶対に「素手で触らない」ことだ。

 先生は一通り説明したら「以上が農水省やJAの資料などから読み取れる内容です」と補足した。いや資料みながらだったんかい!


「草を好むから雑草処理が大切ですね。年中、その時期に合わせた対策が欠かせません。秋口は除草剤の散布。防除が肝心」

「石灰とか、いろんな薬剤があるんですね」


 もうみんなスマホで検索しちゃってるし!

 私も調べてみた。全農、農水省どちらもよくまとまった資料を公開している。

 薬剤によっては放水すると魚などに影響を与えちゃうから、田んぼで自然に水が浸透するのを待つ必要があるみたい。種類によっては、直ちに効果がでたりでなかったり。だけど諦めずに利用するのが大事。

 数を減らすのに水口網を利用したり、田んぼの水が浅くなるように管理したりする。だけど、田んぼって別に地面に水平じゃない。だから水が偏り、浅くしたはずが土が露出するところ、水が貯まるところができちゃうこともある。そうなると、水が貯まるところに被害が集中してしまう。がっでむ! 土ならしは大事だ。

 ジャンボタニシたちが休眠する冬には耕うんが大事。六センチまでのどこかに潜んでるから、そんなに深く掘らなくてもいい。だけど、トラクターなどは使ったあとに、田んぼのなかで水洗いをして、よそにジャンボタニシを運ばないようにしなきゃだめだ。この耕うん作業はあくまでも、タニシ対策におけるもの。全能、つまりJAの資料だと「お米作りの土づくりには、浅くすると作土層の低下や耕盤が固くなる」ので「根が伸びにくい、倒伏しやすい、養分過多になりやすい」という問題があると指摘。深さは十五センチを目安に行うよう書いてあるよ!

 増やさない、移さない、運ばない。

 毎年、田んぼ利用するんじゃなくて、畑利用に一年ごとに切り替えるのも手みたいに農水省の資料に書いてあるけど、これは農家さんによりそうな手段だね。

 水田においてこどもの貝は地中に潜って越冬するけど、大きく育った貝は死ぬってある。でも、これは水田の場合だ。

 問題は水路。水底で活動を休止したジャンボタニシはこどもであっても育ったものであっても越冬してしまう。そこでJAの資料では「生産者・関係機関・地域住民が連携した取組みが重要」として、事例を四つ紹介しているんだけどね? まさしく「用水路の一斉捕殺」の実施をした和歌山県の事例がピンポイントで該当しているよ。農水省の資料でも「水田内の越冬個体を減らし、水路から水田への侵入を防止する必要」を指摘している。

 ちなみに暖冬の年は水田内での生存率が増加してしまっているので要注意だそう。

 昔から「新しい食べ物を養殖」「管理が重要な生物の飼育」「駆除に輸入」みたいなのがちょいちょい出てくる印象がある。いまだと養殖で、昆虫食あたり? だけど日本に限らず、世界中で、この手の方策はミスしてる印象が強い。しかも大概「だめだったかー」「じゃ、もういらね」とほったらかすんだよね。で、野生化して、手に負えなくなるまでがセットなんだ。やらかしてるのは外来種ではなく、人のほう。

 基本的に減らすのにみんなめちゃくちゃ神経を使っているもの。それがジャンボタニシ。増やすだなんて、もってのほかである。

 逆にいえば、これほど増やしやすいものもない、ということかもしれない。

 だけど、ね?


「擬態した卵がいる、みたいなことってあり得ると思います?」

「いやあ」


 先生に聞いてみたけど「知らんがな」って顔に書いてある。

 みんなでジャンボタニシについて勉強している、なんの時間だかわからない空気のなかでマドカがぽつりとつぶやく。


「すでに一度、卵になった霊子には抜け落ちたなにかがある、とか?」

「あるいはこの、ジャンボタニシの卵というほかにないものを発生させる、前段階の状態があるか」


 高橋先生の仮定は、マドカの想定からさらに踏み込んだものだった。


「ジャンボタニシの卵が初期状態とは限らない、か」

「それはそれで謎ですけどね。ジャンボタニシが産んだ卵が孵って、育ってさらに卵を産むのが自然でしょう?」

「まさか、無からジャンボタニシの卵を!?」

「意味不明すぎるでしょ」


 先生たちがきゃっきゃと盛り上がるなか、高橋先生は周囲のテンションにすこしも合わせずにメガネの弦を指でそっと押し上げた。


「可能性としては、そうした妖怪か、あるいは霊力の持ち主なのかもしれない」


 やな霊力!


「それか、なんらかの霊子を意図的に別物に変えられる力の持ち主か」

「そういう術を使えるのか、ですか?」

「ああ」


 マドカの問いに先生は表情をすこしも変えることなくうなずく。

 相も変わらず激渋クールダンディ。なんなら、まあまあの強面だ。だけど、うちの学校で霊衣の管理と製造を引き受けてくれている貴重な人でもある。それに隔離世研究の日本の第一人者こと星蘭の宝生先生のお弟子さんでもある。


「なんでジャンボタニシの卵になったのかは謎だが」


 そんな先生でも、推論の立てようがない。まさしく、ジャンボタニシウォール!

 ちょっとふざけてみただけなんだけど、しゃらくさいね。しゃらくさいってなんだろね?


「過激な無農薬農法原理主義者の犯行とか?」


 過激なことを言い出す私に先生たちが「まあまあまあ」「待て待て待て」と慌て始める。

 でも実際、あるよね。農薬を使うのかどうかの判断は。

 そしてもちろん、いるよね。無農薬でお米作りに挑んでいる人たちも。

 だけど実際のところ、ジャンボタニシをきっかけに学んでみるだけでも、いかに農薬が助かるかって話になるし? 実のところ、農薬と言って済ませずに薬剤名や製品名を捉えたとき、それが土中にある、ありふれた化学成分だった、なんてこともあるわけで。ジャンボタニシ対策に撒くことのある石灰だって「酸化カルシウム」や「水酸化カルシウム」だ。ちなみに窒素を含んだ「カルシウムシアナミド」なんかを使うらしい。そう聞くと「うわ、化学薬品!」ってなっちゃう? じゃあ、そのへんにある石って、化学式でなんて表すのかな。みたいな話になってくじゃん?

 農薬だから、うわ! ってなるのは、ちょおっと、判断が雑すぎるんじゃないかなあ。

 除草剤も成分を見ると「アルコール」だったりするしさ?

 なにをもって使用の可否を分けるのか、その指標がなにかは考えたいところだ。

 無農薬を選ぶことが、一定のブランド評価に繋がるのかもしれない。実際、オーガニックとか、有機農法とかの商品は、具体的に書かれていない商品とは分かれた棚に置いてある。ちょっとお高めだ。

 それは、各農家さんの選択なのだとして。

 問題は、田畑が隣接していたら、その状況は周囲にも作用しやすそうな感じがするところ。

 実際、どうなんですかね? そのあたり。

 揉めないのかな?

 バチクソにやりあう理由になっちゃわないのかな?

 どの立場でも周囲の選択が気になりそうじゃない? 実際に、育つ最中の農作物を食われたり、雑草が浸食してきたりするのではーってなるとさ。ほっとけないし、無視もしづらいじゃない?

 揉めそうじゃん。ね。

 学校が用意したがる田植え体験みたいなときに聞いとけばよかった。

 トトロとかで見る田舎風景に憧れて、おばあちゃんちの集いに行ったときに軽はずみに「こういうところで暮らしてみたーい」って言ったら、おばあちゃんと揉めてたお母さんは言わずもがな、おばあちゃんや親戚のみんなもそろって渋い顔して「やめときな」「あんたには無理だよ」って言ってきたっけ。

 農業ゆえの人間関係あるあるってあるのかな? あるのなら、どんなものなんだろう。気になる。


「嫌がらせでするようなことじゃないでしょ」

「下手したら壮大なトラブルになるよ? たぶんだけど」

「関係ないんじゃないかなあ」


 先生たちがそろって「その先を掘り下げるな」と圧をかけてくる。

 でも、なんだろ。世の中にはその手の悪意を持つ人がいて、なかには実行に移す人がいるのでは。

 治安を乱して多くの死傷者を出した関東事変を起こしたような連中だ。厄介者の術だと捉えても、そう外れることもないのでは?

 まあ、先入観だけど。

 それを人は偏見と呼ぶのだけど。


「我々が回収した霊子に、青澄が術をかけるだけでジャンボタニシの卵がうじゃうじゃ出てくるということは、現状もまだまだ危険かもしれませんね」

「関東事変が起きた箇所から危険な霊子を取り除けていない可能性がある。厳密にはまだ、敵の術次第でいくらでも再現されかねないと見ても、心配しすぎということはないかもしれない」


 高橋先生の結論に身体がこわばる。

 ペットボトルのお水にためた、卵ひとつぶんの霊子に大量の卵が潜んでいるのだ。これ全部が、敵の術によってまたなんらかの反応を見せる状態なのかもしれない。

 もしそうなら、明日なにかをやると宣言したパワハラ野郎の発言は、十分注意するべきだ。なんなら、できるかぎり卵になる霊子を処理しないとやばい。

 だれかがまいて増やした卵の処理か。いまから始めても、どれくらいまでできるかどうか。

 ついつい気が急くけれど、努めて落ち着く。

 時雨さんに調べるのを手伝ってもらって、もっとちゃんと調べなきゃ、見た目通りの卵かどうかさえわからない。同じ形だけど、まったく別物ってことがあり得るのが霊子の表現物。

 よく調べないと。結論を安易に出すな。落ち着け。対応を誤ると、逆に私がなにかをやらかしてしまいかねないんだ。

 先生たちの議論にマドカも加わるなか、キラリはむしろ私を引っ張って椅子に座らせる。自分もすぐそばに椅子を置いて、ぴったりくっついたまま。私を離さない。


「いまは任せよう」

「いいのかなあ」

「いいもなにも、怖がってビビってるときのあんたは大体なんかやらかすんだから」

「おぅ」


 長い付き合いと言える数少ない人のひとりの言うことにゃあ敵わねえ!

 いまもキラリの尻尾は私の尻尾の付け根にぐるっと巻き付いたままだった。

 今日はどうだった? なんて聞いてくれるキラリに話しているうちに、だんだん気持ちが落ち着いてきた。それから少しして、時雨さんから連絡が入った。


『学校の前についたよ』


 すぐに来てくれたんだ。よかった。

 さっそくキラリとふたりで迎えに行くと、駐車場にいた。バイクにまたがっている。原付じゃない。カナタの乗ってるのに比肩するしっかりしたボディの自動二輪車。ヘルメットのバイザーをあげて、片手をあげてくる。


「や。お待たせ。ここ借りていい?」

「「 え、あ 」」


 キラリとふたりで顔を見合わせる。

 正直わかんない! でもよし! 怒られるなら、あとで甘んじて受け入れよう!

 それよりも時雨さんを連れて、急いで教室に戻り、現状を確認してもらった。道すがらの説明も踏まえて、時雨さんは先生方に短く挨拶をしたのち、直ちに巨大ビーカーのある机のそばへ。


「くっさぁ。うわ。集合体恐怖症にはきつい絵面。いやほんと、くっさぁ」


 表情を変えず、つまらなそうに言いながらも、ひとつひとつを確認していく。


「たしかに卵だ。シャーレと、あとなにか挟めるものはありますか?」


 高橋先生が無言でさっと取り出して、時雨さんの手元に置いた。シャーレの受け皿と割りばしだ。なぜに割りばし。どうしてここに。こっそりここでなにか食べてたんだろうか。

 時雨さんはノーリアクションで割りばしを割って、卵をつまむ。割と簡単に持ち上がった、一塊の卵たちをシャーレの上に下ろすと、時雨さんはふぅっと息を吹きかけた。卵たちがそれぞれに収縮、拡大を繰り返して、ひとつずつ潰れていく。孵ることはない。


「あの、なにを?」

「いや。ちょっと霊子を注いでみたの。箸でつつくように、霊子で刺激を与えただけ。だけど、見ての通り自壊したね。それにこれは、原型に添った反応じゃない。ただのジャンボタニシの卵なら、霊子で刺激したってなんにも起きないもの」

「「「 おお 」」」


 なんかいかにも専門家っぽい!

 先生たちも私たちもみんなそろって間抜けなくらい感心した。高橋先生さえもだ。

 だけど時雨さんは動じない。高橋先生がシャーレを出したところを漁って、新たなシャーレを出す。そこに次の卵を移して、再び息を吹きかけた。

 今度は卵のひとつひとつが輪郭を失い、ぐずぐずに溶けながらひとつの卵膜を形成していく。被膜の内側に黒い塊が見える。ピンク色のぶ厚い膜に見えたものが、時雨さんの干渉によって、ひとつに凝縮されることで薄く伸ばされたのだろうか。塊はお世辞にもジャンボタニシのこどもには見えなかった。形成されていくのは、あえて言えば、虫だ。多足の、楕円形の、虫。サイズ的に、だれもが連想しただろう。家で見たら、だれもが悲鳴をあげずにはいられない、例の、アレを。

 やがて育ち切ったのだろう虫が被膜を食い破って出てきた。だれも見たくないのに、見ればわかってしまう、例のアレが出てきた。一匹。


「そこまで」


 立てた人差し指に時雨さんが息を吹きかけると、人差し指の先端から火が噴き出て虫を焼いた。


「ずいぶんと性格の悪いまじないだね、これは。こんなものが潜んでいたなんて、気づかなかったよ」


 解析してみようと時雨さんは調子を変えずに言うのだけど、私たちはついていけない。

 いまここに至って明確に線引きがなされた。

 私たちは学生であり、教師であって、異変を収める専門家ではないのだという線引きが。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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