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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千九百二十五話

 



 出そびれた佐藤さんはバツが悪いというそぶりもなく、淡々と彼女に確認していく。

 住所不定、無職。年齢も名前も不明。あねらぎさんが「からかっているのか」と憮然とするが、佐藤さんは少年課で働いていた頃に同じような対応をされてきたのだろうか、動じない。


「じゃあ明坂ミコにとてもよく似た、白い髪ってことで、しろみちゃんな」

「は?」


 勝手にあだ名をつけられた挙句、明らかに抜けた語感だったのが予想外だったのか、彼女が呆けた顔を見せる。


「で、しろみちゃんのことを聞かせてくれるか」

「性別は? 生まれた場所は?」

「まあ、そういうのもいいんだけど、思いつくことでもいい。言いたいこと、話したいこと。話せないこと、なにか言ってやらないと気が済まないこととかさ」

「ちょっと」


 あねらぎさんに片手のひらを見せて「いいからいいから」と訴える。

 佐藤さんが「そもそも話せる元気あるか? 医者を呼んでくるか? 飯は?」とおせっかいなおじさんのようなことを言い出して、しろみちゃんは毒気を抜かれたらしい。

 ただ、ゆっくりと話しだすということはなく「医者を。身体の状態を確認したい」と切り出した。佐藤さんが出て行って、気まずい沈黙。その後、やってきたお医者さんが私たち部外者に出ていってほしそうな顔をするのだが、しろみちゃんは「構わない」と告げた。

 全身の打撲と内出血。血液検査の結果はどれも散々な数値。栄養失調。発熱。インフルエンザなどに感染しているわけではないが、いまの状態だと致命的になりかねない状態。とにかく安静第一。療養絶対。入院は必須と言っていい状態だという。血液検査のほかにもいろいろと検査したほうがいいとまで断言される。

 しろみちゃんは「おまわりさん次第だ」と佐藤さんたちを見た。ふたりは顔を見合わせることなく、佐藤さんが「この際、とことんお願いします」と直ちに答えた。最初からシュウさんと打ち合わせ済みなのだろう。お金周りのことはどうかとなったとき、しろみちゃんはすごく言いづらそうに「保険証ならあるので」と答えた。

 これには佐藤さんもあねらぎさんも「ん!?」と、目をひん剥いてしろみちゃんをにらむ。最初はその意味がわからなかったけど、遅れて理解する。あ、そっか。身分証明書に使えることもあるじゃんね? 健康保険証。

 お医者さんが出て行って、看護師さんが入院の手続き書類などを持ってくる。保護者はいない。身元保証人もなし。なしじゃあ困るっていうことで、佐藤さんが引き受けることに。いいんか。それで。よくない気がするけど、代替案がない。

 しろみちゃんがしぶしぶ「ジャケットの内ポケット、財布の中」というので、あねらぎさんが急いで確認。すると、出てくる出てくる。免許証に保険証、クレジットカード。お札は三万円、小銭がこまごまと十数枚。すべて、焦げ茶色の長財布に収まっていた。

 免許証は、私の小学校の先生の姿のときのものだ。盗んだまま、ずっと使っていたのか。更新してたんだろうか。それとも、偽造? 警察に照会されたら一発でアウトじゃない? あ。だから渋ったのかな。

 保険証は別名義。


「白、一って、これお前」

「役所で通ります? これ」


 おまわりさんふたりが困惑している。だけど名前の欄にはたしかに白一とだけ書いてある。


「男は赤、女は白。実験の被験者として集められた子供が、順に一から数を増やしていく。そうやってついた」


 佐藤さんの話とはまたちがう方向性でドン引きする話が始まる。

 そんな予感がする!


「製造開発者たち?」

「お前の名づけだったな。そうはいっても、その集団の責任者らしき者を見た覚えがない」

「「「 え 」」」

「なんで国会議事堂まで行ったかって? そこまで行けばなにかが見つかると期待するだろう」


 もっと謎めいた、おかしなことを言ってませんでした?

 期待を持たせるだけ持たせてそれ!? いや、ちがうな。緊張と不安でいっぱいいっぱいだったんだろうなあ。お医者さんの話だと、とても元気とはいえない状態だもの。参ってしまってしょうがなかったんじゃないかな。ここ最近のこと、まともに思い出せないこともたくさんあるんじゃないだろうか。

 

「収穫があれば、もう少しマシな交渉材料を持って明坂に頼ったさ」


 しゃべり終えたところで急にせき込む。ひどい咳を聞きつけた看護師さんが入ってきて、すぐに様子を見てくれた。しろみちゃんは「水が飲みたい」「喉が渇いただけだ」「がらがらで」と言うと、見かねたあねらぎさんが個室に備え付けのグラスに蛇口をひねって水をためて、彼女に渡す。

 喉が渇いたというわりに、しろみちゃんはグラスを受け取らず、その代わりに睨みつける。


「やっぱ、なにか買ってくるか?」

「コーラ」

「だめです。歯ががたがたなんですから」

「いやだ。コーラ。譲歩してポカリだ」

「せめて微糖のストレートティーで」

「あんなのはクソだ」


 しろみちゃんの文句を看護師さんは意に介さない。苦笑いを浮かべて佐藤さんが「とにかく見繕ってくる」と退散する。看護師さんの指摘のとおり、しろみちゃんの歯はがたがただ。欠けたり溶けたり。歯磨きしてないにしたって、虫歯になっているにしたって、昨日今日なるような状態じゃない。

 自分の世話をする力を学ばずにきたのだ。この人は。

 比較的おとなしいし、一見するとまともに活動しているように見える。だけど、それがすべてじゃない。


「検査に了承いただいたので、いろいろと見ていただきましょうね」

「CTとかで十分だろう。そこまで頼んだ覚えはないぞ」

「この際とことんお願いされたので。過ごしやすくなりますよ? がんばりましょう!」

「おい。こいつを担当から変えろ」


 しろみちゃんが目元をこわばらせて低くうなるように言ってくる。

 だけど私もあねらぎさんも、気持ちは同じだった。


「診てもらったほうがいいよ」

「健康は買えないんだから」


 私たちに舌打ちをして「もういやだ」とベッドを降りようとするが、身体を起こそうとした途端に呻く。体中がひどく痛むのだろう。これは相当ながいこと、無理して我慢しつづけてきたな。だとすると、私にうかつなくらいあっさりと接触してきたのは、無意識に限界を察していたか、助けを必要としていたからじゃないか?


「ほら。いまはゆっくり休んで」

「そうだよ? 看護師さんの言うことはちゃんと聞かないと」

「話せるときに話してくれればいいからね」


 三人の圧に押されて、しろみちゃんは渋々といった様子でふてくされながら布団をかぶる。

 瞼を閉じたら十秒ももたずに寝息を立てるのだから、やはり休息を求めているのだ。この人は。

 しろみちゃんの熱などを確認して、看護師さんが書類を手に去っていく。

 いまさらながらに気になってしろみちゃんの髪に触れてみたり、耳回りを確認してみたり、なんならお鼻の穴までチェックしてみる。


「なに、どうしたの?」

「ううん」


 肌がひどい状態なのは前に見たときにわかっていた。髪だって、まともに手入れされていそうにないことも見て取れた。だけど、一事が万事そうとは思わなかった。埃や排気ガスのにおいなどで気づかなかった。服はたぶん着替えている。それでも、あんまりきちんとお風呂に入ってないのがわかるくらいの匂いがする。耳は一目でわかるくらいには垢がたまってるし、お鼻は毛が伸び放題。これだとたぶん、脇もすごそう。別に剃らなきゃダメってものじゃないけども。

 自分の身体が嫌いなのかな。ぜんぜん大事にしてないのは、受け入れたくないからかな。手入れがぜんぜんなのは、姿を変えればごまかせるから? だけど元の身体がミコさんに瓜二つのいまのしろみちゃん状態だというのなら、姿を変えている間の変化はしろみちゃんに持ち越されるのかもしれない。

 歯磨きから耳掃除、鼻毛の手入れ、その他もろもろは、しろみちゃん状態でちゃんとしなきゃいけないのではないか。身体の治療も。それが、しろみちゃんにとっては苦痛でならないのかもしれない。


「おい。飲まないで寝ちゃったのかよ」


 佐藤さんが声をひそめながらも、軽口を叩きながら戻ってきた。

 病院のお店で買ってきたのだろう。ビニール袋にいろいろと入っている。コーラはなかった。スポーツドリンクも。代わりに無糖のストレートティーやお水のペットボトルが入っている。食パンなども。お菓子の類は一切ない。菓子パンもなし。渋すぎる。だけど、それが精いっぱいの選択。

 いやがるだろうなあ。親が栄養のためとかいって、まっずいものを作って食べさせようとするあれだ。覚えがある。めちゃくちゃある。通用しないんだよね。そういうの。


「んじゃ、待つか」

「所轄から人も来ますしね」

「ああ。というわけだから、高校生くん。学校に戻りなさい」

「私が送ろうか?」


 あねらぎさんの提案に「だいじょぶです」と答えて、立ち上がる。

 名残惜しさがないといえばうそになる。それに、宙ぶらりんな気持ちが塊になって浮かんでくる。私に八尾を注いで人生を台無しにした人が、実は自分の世話もままならないだなんて。それどころか、もしかすると私の思うよりもずっと幼く、未熟かもしれないなんて。

 これをどう受け止めればいいのかもわからない。


「失礼します」


 椅子から離れて扉のそばへ。開いたままだから、そっと境界線を踏み越える。その後に一度だけ病室を振り返った。彼女は寝ている。獣憑きになったなら、いまとは比べ物にならないほど濃密な「ほったらかした匂い」がわかるだろう。けれど、それは「ほったらかした」だけで成り立っているものじゃない。

 人生の懊悩を、理不尽を、やまほど抱えて今日まできたのだろう。

 痛みは連鎖する。増殖して、拡散していく。

 だれかが止めることを始めて、続けないと、増え続ける。


『鏡写しよな』


 タマちゃん?


『休むに休めず、止まるに止まれず、生きるために動くほかにない。それが己を傷つけ苦しめるとしても、動かねば更なる窮地に追い込まれる』


 たしかに似てるところ、重なるところがあるね。しろみちゃんと私。

 するべきことがある。自分の世話。私の場合はさらに、ぷちたちの世話がある。

 だけど「あいつらをどうにかしないと」にのめりこむほど、疎かになる。それしか見えなくなる。それしか考えられなくなる。そして、それを前提にしか、物事を捉えられなくなる。


「しろみちゃんは、休むことを選べるぶん、冷静だよ」

『ぬしはちがうと』

「私は流されやすいもの」


 いちいちなにかが起きては「どうにかしないと」になる。

 自分のことが見えてる? 「どうにかしないと」で頭がいっぱいの自分を、その選択と行動を捉えることができてる? かなりむずかしい。

 ハリウッドのアクション映画で「世界を救う」「それにはこの手しかない」と考える主人公、悪党がかなりいる。両者を分けるのは「それ以外の手段があることを受け入れられる」かどうか。あるいは「自分の過ちを受け入れて、認めて、やめることができる」かどうか。「他者の、とりわけ選択と行動が異なる他者の意見を、批判を、ちゃんと受け入れられる」かどうかだ。

 正しいと思い込むほど、その目的や手段が耳に心地よく響くものであっても「他者を尊重する」ことを忘れる。

 人権は、私たちの尊厳は、その配慮は、ひとりの意見を一としたとき、一を弱めず、真に受けることで真価を発揮する場面がある。だけど、それはかなりの苦労を伴う。

 ぷちたちを十五としたら、私は一。十五対一。こんな風に勘定したうえでの多数決なら、ぷちたちが勝つ。だけど、ほんとは「一対一対一対……対一対一対一」だ。

 めんどくさいでしょー? たいへんでしょー?

 それをやるのが民主主義という印象だよ。でもね。ひとりひとりが平等だからね。日本に生まれて育つかぎりはそう。民主主義を標榜する国は日本だけじゃなし。実際に根づいているかどうかは別の話。

 ひとりひとりの権利、尊厳をいろんな形で守る。

 そうなるとさ?

 「自分はこれをこうしたいんだ!」「みんなそれに応じるべきなんだ!」においてはひとりひとりの権利や尊厳を守るのなんて邪魔になる。でしょ?

 それこそ「世界を救う」「それにはこの手しかない」なんてお題目なら、いくらでも他者を、仕組みを、社会を邪魔に感じることができるだろう。

 フェミニズム運動に関してはMeToo運動以前から。多様性においても、ポリコレにおいても。「既存の構造がいい」から「新たな運動が邪魔」な人たちがいるし「新たな構造がいい」から「過去の構造が邪魔」な人たちもいる。実際に起きている加害よりも、議論がスライドすることもよく起きる。

 性多様性で「俺は女だ」と言い張って、これまで「女性スペース」に潜入していた変態たちが大義名分を得たかのように女装しはじめた、みたいな話も出てきている。なので改めて「身体の性別」を、という話が出てきて「じゃあ心の性別とは?」なんてことになり、もうしっちゃかめっちゃかだ。

 変態はなんでもするまであるからね。

 いかにして変態を止めるのか。モラルハザードを起こす犯罪者を未然に防ぐのか。

 それはそれで、また別の課題として存在する。

 あえてさっきの民主主義の事例を取り上げるのなら「他者の権利を侵害しない」し「他者を尊重する」ので、変態の「したい」「見たい」「覗きたい」はすべて却下される。ひとりひとりのいやだを乗り越えるだけの力はない。

 「自分はこれをこうしたいんだ!」「みんなそれに応じるべきなんだ!」で通せないし、通すべきじゃない。もちろん、多数決でごり押しするものでもない。ないんだよ。力が強い、お金もってる、声がでかい、みんなその気になりそうなことを言える、偉い、世話してるなんてもので、ごり押しするものでもない。

 だけど現に、そういうことがやまほど、当たり前に起きているしさ?

 小さい頃から、そういうのを大人がどうしているのかを、膨大な事例として目の当たりにしながら、こどたちが育つわけでしょ?

 現実のほう、運用されているもののほうが、実態として印象が強くなるよね。どうしても。

 世の中って、なんだろね。

 自分って、なんだろね。

 なんのために生きてるんだろね。

 それってどんなに語っても、掘り下げても、見つかるものじゃない。

 負荷を通じて見えてくるものだったり、どんなに続けても、やめても、自然と残るもの、どうしたって手放せないものだったりする。行動によって浮き彫りになってくる。

 ぱっと浮かぶもの、簡単に言葉にできるもの、耳なじみのいいものが自分かっていうと、ねえ?

 それって自分のぜんぶ? そうは思えない。迷うときほど、ぱっと浮かぶ自分がどの程度、自分なのかってさ。わからなくない? ね!

 「自分はこれをこうしたいんだ!」「みんなそれに応じるべきなんだ!」と思い願うのが、自分? 自分という意識? そのすべてなの? ほんとぉ? すべてじゃないでしょ。自分が見てるもの、見たいものでしかないでしょ?

 明日、なにかが起きる。

 だっていうのに、いまさら「自分探し」って。

 探す自分が私なの? それとも探して見つける自分が私なの? どっちかが私で、どっちかは私じゃないの? なんじゃそりゃ!

 術で相手を捉えようとするのだって、同じことだ。相手がなにかわかってないんじゃ、出しようがない。

 同じことなのかもしれない。

 製造開発者たちを捉えようとするのも、いまのアプローチじゃ無理。

 私たちは安穏としたい。必要に満たされたい。行動して芽生える言葉に、ますます思いを改め、強くする。いいことばかりじゃないし、脅かされることもあるし、満たされていないことに気づかされる。だから、なにかを信じずにはいられない。

 どうあがいてもいやなことはあるから、好きなことをやる、そのうえで避けられないことは「好きになる」のがいい。「好きになれる」アプローチを探したり、自分を変えたりするし? 「一対一対一対……対一対一対一」の話し合いに挑み、助けを求めたりする。

 人生は、その繰り返しを続けるなかで、浮き彫りになっていく自分や意識のもとに、より選び、行っていく。

 連中なら?

 利益を求める。求める助けは潜伏してる連中にだろう。警察や自衛官が出張ってきたのも忘れてない。だけど、ぜんぶがぜんぶアウトってわけでもない。アニメ化されて毎年ヒットを飛ばす作品ほどには信頼できない、ともだちでもないことを忘れちゃいけない。なにせ、前進が、ね?

 おまけにしろみちゃん、平塚さんの事例から「自分はこれをこうしたいんだ!」「みんなそれに応じるべきなんだ!」をごり押しして犯罪行為に及ぶことに躊躇がない。

 うちの学校よりもかなりの規模で活動している組織だという予測も立っている。

 いまこの状況下で、連中はなんのどんな利益を求めるのだろう?


『混同しているぞ』


 あ。そっか。ありがと、十兵衛。

 そうだった。理華ちゃんにセクハラ発言をしたうんち野郎が予告したのであって、製造開発者たちが予告したわけじゃない。なんだけど、関東事変に関わったような発言をうんち野郎がしたのなら、どうしたって製造開発者たちとのつながりを連想せずにはいられない。

 明日起きるなにかが、真相に繋げてくれるかもしれない。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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