第二千九百二十一話
いろいろ話して落ち着いてきたので、今度は糸さんに私の試したことなどを直接、見てもらう。
金色を刀にできること。私の欲や、記録した霊子を模型に注いだら荒ぶること。じゃんけんもあいこ続きになることなどなど。ひととおり確認する間にそば屋エプロンの糸さんが出ていき、くのいち装束の糸さんも出て行って、代わりにこないだ見たメイド服の糸さんがやってきた。休憩時間の入れ替わりなのか。それとものんびり過ごしていたけど顔を出しにきたのか。なんならカチッとしたパンツスーツスタイルの糸さんも来たよ。髪をアップにまとめてメイクもばっちり。ただ、メイド服の糸さんに比べると地味め。そりゃあそう。
私を出迎えたまま、それぞれの出入りを見送っていた糸さんはというと、ぼさぼさ髪にスウェット姿である。スウェットの毛玉がたいそう目立つ。いったい何年物なんだろう。謎だ。私も似たようなスウェットを後生大事にしていたけど、お母さんが無慈悲に捨てた。だらしがないとか、新しいのを買えとか、いろいろ言われたっけ。
そんなぼさぼさ糸さんが今日の私の主たる見守り役だ。
彼女は空いている椅子の上に置いた手の模型をじっと眺めながらうなる。
「よく動くねえ」
「え?」
思わぬ反応に戸惑う。
「あなたの霊子の力って、別に注いだ対象を動かすものじゃないんでしょう?」
「あ、や、どうだろ」
化かして動かす、という点では動かす機能もあるかもしれない、けど。
化かす部分がないのに動いていることを、どう読み取るべきか。
「目に見えるほどの霊子を放つのは、相当の霊子を放てないかぎりは無理なんだ」
「普通、あまり霊子を出せないからね」
「霊子でできることにも基本的には制限がかかる」
「だからこそ、その少ない霊子でできることを模索するために、霊子を加工するんだよ」
かこう?
「糸の歴史を知っている?」
「あ。私のことじゃなくて、繊維の、糸の、歴史ね」
「古くは手でよっていたんだ」
「手辺に、火が燃えるの燃える漢字、右側を組み合わせた、撚る、だね」
「ねじって巻きつくようにしてたんだよ」
「体験したことあるかなー? 野良作業で、昔はわらを撚って縄を作っていたものでね」
メイド服の糸さんがこれこれとスマホ画面で参考画像を見せてくれた。見慣れた淡い草色の縄が映っている。撚ってできた縄は、一本のわらよりも頑丈だ。
「なんか、おばあちゃんちで見た覚えがあります。自分でやったことはないけど」
親戚のおばちゃんたちやおじちゃんたちが、おばあちゃんの号令でしぶしぶ手伝って作っていたっけ。
「弥生時代にはもう、大陸から伝来した機織り技術から、紡錘車があったそうだね」
「糸をつむぐ道具のことだよ」
「藤や葛、麻」
「蚕の繭なんていうのは、有名だよね」
「繊維として使えればいいんだ。だから植物をはじめ、いろんなもので糸を撚っていたんじゃないかな」
「たとえば、糸さんは霊子を糸状に撚って利用しているんだ」
霊子を撚って、糸にするのか。
あれ? でもその場合って。
「まず、そもそもわらみたいに伸びたものが必要なのでは?」
「「「 まさにそう 」」」
おぅ!
糸さんたちが同時にしゃべると、びっくりするね。
「だから厳密には、糸状に撚る前に、そもそもわらみたいなものを霊子で作り上げているんだよ」
「それを撚ることで糸状にしていくわけ」
「その糸で、対象を動かすんだ」
「例えば、ほら」
カフェエプロンの糸さんが部屋の隅からなにかを持ち上げた。
魔法少女アニメで詐欺を働くマスコットのぬいぐるみだ。それを空いている椅子の上に置く。
メイド服の糸さんが右手をぬいぐるみに伸ばした。指先から白い糸が三本伸びていく。三本は互いに巻き取りあい、一本の糸になっていく。指先五本分、五本の糸がさらに集合して撚り、一本の糸へ。
白い糸はマスコットのぬいぐるみのおでこにぶすっと刺さった。
すると、ぬいぐるみがもぞもぞと動き出す。自立して、前足をゆっくりとあげては下げてを繰り返した。俗にいう、ゾンビの「うー。あー」ジェスチャーだ。糸が刺さった場所がおでこなので、ふたつの意味で怖い!
「こんな具合にね」
「がんばって霊子が見えるように凝縮させたよ。いやあ、疲れるね!」
「もっとも、去年とは比べ物にならないほど現世の霊子密度が濃厚になったから、せいぜいスクワット十回分くらいの疲労度だけど」
「前だったら運動音痴が東京国際マラソン完走してみたくらいの疲労度だね」
すごい差だね!
「そ、そんなに疲れることだったんですか?」
「お、すごいこと言うなあ。これぞ霊力の差だね」
「あなたみたいに霊力の強い人を抜いたら、平均的に、みんなそうだよ」
「あなたはいうなれば、外れ値なんだ」
統計で使う用語だよね。外れ値くらいなら、私も知ってるよ?
五十人の年収を計測するときにさ? 日ハムで大活躍だった大谷翔平さんを入れるとどうなる? 彼の年収は去年で二億円だ。
平均値って、こういうぶっとんだ値や、小さすぎる値が含まれると、途端に観測されるデータが歪んでしまう。計測が誤った形で読み取られてしまったり、解釈に誤りが生じてしまったりする。
たとえば五十人の残り四十九人が年収二百万から六百万の枠内に収まるとき、たったひとりだけ二億円がいたら? もうね。平均値が二億円に引きずられて、ずれずれにずれちゃう。だから、外す。
ちなみに貧富の格差が広がっているとき、こうした「高年収」、格差優位の数値を入れたままで出した平均値には、意味がない。一般的に報道が扱うのは、その平均値。なので「ばかめ!」と中傷する人たちもいるけど、「格差が拡大しているなかで、富裕層の数値を入れたまま出した平均値をもって、年収の推移を語るのは意味がないよ」「中央値の報道が必要では」「もっと適切な統計を扱うべきだ」という批判も起きているよ。
外れ値なら外れ値として捉えたいし?
たとえば大谷翔平さんみたいに年俸が億越えの人たちにおけるデータで捉えたほうが、億越え年収の人たちのデータを適切に扱えるということにもなる。
あと、格差をごまかすことなく扱って、そこにある問題を捉えるようにするのは、それとはまた、別。
歌手にしたってアイドルにしたって、動画配信者にしたって漫画家や小説家にしたって、どかんと売れる人がいるけど、それって「外れ値」? 宝くじに当たるような、そういうもの? それこそ、十年、二十年、もっともっとと売れ続けるのは? それって「外れ値」?
ちゃんと分析しないことには始まらないんだよね。
なんにせよ、たいへんだね!
だけど高校で学ぶ範囲だよね! 統計!
大卒ありきの企業なら? 勉強をちゃんとしているから、みんな当たり前に理解しているはずの内容なんだよね。統計!
どうせちゃんと学んでいるなら、報道でも「こんないびつな情報は扱えない」って、だれもが言える空気になるといいね?
きちんと情報を収する。その過程を検証できる必要性もある。統計は。
逆に言うと、計測しないことにはわからないのも、外れ値だ。
「そのう。計測ってできないんですか?」
八尾にされた子たちのぶんだけ、私の霊力は強化されている。
とても不自然な形で。ミコさんが調整してくれたからこそ安定しているけど、八尾を注がれてから小学校を卒業するまでの間はちがった。とても不安定だった。当時の記憶があいまいなのは、小学生時代が昔だからじゃない。八尾の影響が強い。
ミコさんの調整とは具体的になにか。御珠づくりの術だ。そのおかげで私は隔離世にまつわる技能を習得できる四校にそれぞれひとつずつある秘宝、御珠を獲得するに至った。
じゃあ御珠があることによる霊力強化はあり得るのか。
具体的にどれくらいの力なのか。
さっぱりわからない!
「そういうの、専門じゃないんだよね」
「ごめんねー!」
だめか! 残念!
「話を戻すよ?」
「糸を撚って動かす前提なんだよ、糸さんの術はね」
「だから、あなたの霊子の使い方でどうにかした模型の現象は、糸さんの守備範囲外なのさ」
「驚きなんだよね。霊子だけを注いで、こうも動くっていうことに」
「そういう意味でも、あなたの力は外れ値なんだろうね?」
本来ならできないはずのことを、糸を撚ることも、糸をつなぐこともせずに実行できてしまっているから、逆にどうしたらいいのかわからない。
「力技でどうにかしちゃえるのが、そもそも問題っていう?」
「別になにも問題ではないよ」
「ただ糸さんにはどうにもできないだけだよ」
「あなたが自分で開拓できるのなら、それでいいとも言えるね」
いやいや。
無理無理!
「じゃあ、私が糸さんのように霊子を糸に撚ることができるようになれば、教えを受けられます?」
「本来、無理でしたって言われるものだと思ってたし」
「最初からそのつもりだったよ」
よかった!
これでなにも教えることがありませんって言われたら、途方もない道のりを自習で埋めなきゃならなくなるところだった!
「最初に言っておくけどね」
「士道誠心にいるなら、御霊が妖怪の女郎蜘蛛や、蜘蛛にまつわるものを宿した子がいるでしょ?」
「そういう子たちが霊子の使い方を心得て出す糸よりも、速度や強度に劣るし、消耗するよ。御霊の加護もなければ、縁もないのだから」
「自力で糸の元になるわらのようなものを作り出して、それをせっせと撚るんだから当然だね」
なるほど。
うちの学年だと麗ちゃんが女郎蜘蛛の御霊を宿している。刀鍛冶で相棒の丈くんとふたりでスパイダーマンの装備のようなものをせっせと作って活動しているけど、それって麗ちゃんがたやすく糸を出せるから成り立つのだ。
私の場合、そうはいかない。
「あのう。金色を糸に化かすんじゃあ、だめなんですかね?」
「化け術の精度が常に高いならいいんだけどね」
「いちいち霊子から糸を撚る理由があるんだよ」
「霊子の質は情緒の質であり、情緒や自己への理解や堪能の質なんだ」
「あなたの内面に向けた省察の質なんだよ」
しょうさつ、せいさつ。省察、meditation、あるいは、reflection。ルネ・デカルトの唱えたもの。
己を省みて、積極的な会議のもとに深堀して考えに考え抜いていく。これだけは真であるという領域になるまで。
「だけど実際それって、とても時間のかかることだからね」
「自分の大事な思い出とか、こういう想いだったとか、そういう実感のある気持ちから生じる霊子を練るとこから始めるんだ」
「ここはかなり得手不得手が分かれるところだよ」
「あなたみたいに、なまじ情緒を意図的に表現せずとも強い霊子が使えちゃう場合は、特にね」
「だって掘り下げなくても、そんなに眩い霊子が出ちゃうんだもの」
「しかも化け術で、いろんなことができちゃうんでしょう?」
「でもね? それは言い換えれば、巨大で不器用、怪力で力の制御が不慣れな手で、小指の爪ほどの大きさの繊細な細工を作るようなもの」
「あるいは震えてしまう両手で、針の穴に糸を通すようなものかもね」
なまじ力が強いぶん、その制御が下手っぴ。
あるあるすぎるぅ! もっとも漫画とかでの話ね。
でもって、むしろ、よりあるあるで考えるのなら? 不器用あるあるだったり、裁縫初心者あるあるではないだろうか。
「つまり練習次第ということです?」
「「「 ポジティブぅ 」」」
どうなんですかね!
「じゃあ、ちゃっちゃとやってみましょうか」
「ひとつずつ試していこうね」
「ところで、そもそもなんだけどさ。あなたの霊子って、粒で出るじゃない?」
「もっとこう、せめてわらくらいの長さにならない?」
「「「 さあ、どうぞ! 」」」
糸さんたちに促されて、両手を組み合わせる。お祈りするときのように。
それから少し考えたのちに、試してみる。
組み合わせた手のひらの間から、金色が液状になって発射された。放物線を描いて床に落ちては、飛沫をあげていく。それを見て、私を含めた全員が一瞬、言葉に詰まった。
「あ、え、と」
「「「 完全におしっこだね! 」」」
「言いづらいことをはっきり言われた!?」
がっでむ!
こいつはむずかしいぜ!
何度か試してわかった。私の霊子の出し方は基本が粒なんだ。点であって、線じゃない。
「液体のように見えても、実際の水がそうであるように、粒の集まりなんだよね」
「もっとも分子の集まりだけどね」
「雲のほうがイメージしやすいかな? あれは水蒸気の集まりだし、小さな水の粒の集まりだ」
「分子をより大きな粒として出している、というのはすこしずれちゃうかな」
「水の粒の集まりが湯気や雲のように見えるし、より密集して水たまりのように見える」
「だから、あなたの場合は密度をあげるか、はたまた気体・液体・固体のように変化させるか」
「もしも万が一にも奇跡的に、ほかの形で霊子を扱えるのなら、それが線状になると都合がいいんだけどね」
金色以外の霊子か。
「通常、ひとりにつき、ひとつだけ」
「それをいかに工夫して変えていくかがカギになるんだよね」
「あの鬼さえそう。あいつは血を軸にする」
「みんな、見つけたものを軸に工夫することになる。なにせ自分を表現する議題を、人はそうそう多くは持てないからね」
「自分を強く表現する議題となれば、なおさら。そうでしょう?」
「それならいまは、いかに、その金色を発展させるかを考えるのがいいかな」
「普通、それしかないから、なんだけどね」
次の課題にしようと糸さんが締めくくる。
どの糸さんにも、この秋葉原という安全基地での約束や仕事などがあるようだ。
私は先に失礼して、マンションの屋上へ。
金色雲を出して、ふわふわ飛びながら帰る道中に考える。
糸さんの言うように、自分の霊子の発展を考える必要がある。
だけど、それとは別に異なる霊子を扱える可能性もあるかもしれないと思いつく。
なにせ私に注がれた八尾は、大勢のこどもたちの魂で構成されているのだから。
もし仮に可能性を現実のものにできたとしても、やはり霊子の発展ができるようになったほうがいいのは間違いない。ただ、試してみてもいい気がする。
つづく!
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