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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千九百十六話

 



 ミツバチは外敵、たとえばスズメバチなどに襲撃された際、外敵個体に群がり、発熱して倒すことがあるという。いうなれば、熱殺するのだ。蜂球と書いて、ほうきゅうと呼ばれる手段で。その名も発熱蜂球。だけど、この攻撃は参加したミツバチ個体の余命を著しく短縮させてしまうという。けれど社会性の昆虫であるミツバチは、それでも外敵に対応する必要があるとき、余命が短縮した参加者のミツバチほど、次回の発熱蜂球において、より危険な外敵のそば、球の中心部に参加する傾向があるらしい。

 お父さんやお母さんいわく「最近あんまり見かけない」、バトルシーンの「ここは任せろ! 先に行け!」みたいなノリだ。人間の価値基準で見たら。

 実際、熱はストレスになる。

 人間で例えると、なんだろね。数十人のマッチョが抱き着いてきて、それぞれに筋肉を躍動させて発熱。中心部にいる外敵である人間が発熱でやられる感じ? この場合、別の要因のほうがストレスに思えるけどね。体の構造がちがうのに比較してもしょうがないかな。

 ただマッチョ球ほどいかないまでも、似たような攻撃を私は毎朝、受けている。

 いわば、ぷち球である。


「んぅ暑い!」


 うなされながら目を開けると、いつものようにぷちたちが密集していた。体中、至るところにぴったりくっついていたり、のっかっていたりする。

 どんなに宝島の十一月の気候が現世よりも寒いとしても、十人を超えるぷちたちが引っ付いているとなると話は変わる。不思議とみんなは暑そうじゃないのが解せない。

 金色を出して、ぷちたちと私の間に金色雲として出現させる。みんなを浮かべて離そうと試みるのだけど、ぎゅっとパジャマを掴んでる子もいる。いっそこのまま下まで行ってやろうか、なんて思うけどね。それはない。

 寝た子を起こすな!

 起こしたくても起きない子もいるけどな!


「はいはいごめんねごめんねぇ」


 ひとりひとりのちっちゃくてむくむくなおててから、そっと布地を剥がしていく。

 あとはひとりひとり、主を失って、ただ漂うだけの金魚マシンベッドモードに移していく。

 寝起きはまず、そっと自室を出て庭へ。こわばる身体をなだめながら、柔軟運動を。

 前はトレーニングや身体づくりの一環だったけど、ぷちたちと寝るようになってからは、一日をもたせるための重要な運動になった。ストレッチ、ヨガ。

 すこししたら、カナタが起きてくる。現象ちゃんが散歩の予兆を感じて、わふっと一声吠えた。寝ぼけ眼のカナタはこれから準備運動。私はひとり、わんちゃんお散歩セットを手にして、現象ちゃんと一緒に散歩に出かける。

 薄明に駆ける。最初はジョギングくらいのペースで。徐々に速度をあげていく。台風みたいな現象を引き起こしていた現象ちゃんだ。私のペースくらいは余裕である。


「もっと、かわいい名前ないっすかね!」

「キャバリアキングチャールズスパニエルに変わって、モカちゃんとか?」

「自分、大型犬がいいです! なめんじゃねえ! なんだってできらあ! って感じの!」

「なにその口調」


 疾走しながら思案する。

 だけど情報量は少ない。運動中って思考がかなり制限される。


「こういうのは?」


 金色を現象ちゃんと首輪に注ぎ、指を鳴らす。

 首輪は外れ、現象ちゃんがみるみる巨大化しながら姿を変えていく。

 巨大な柴犬に。


「おお! で? 新しい名前は?」

「サダハル、じゃあ銀魂すぎて問題があるから、そうだなあ。ショウヘイ?」

「二刀流ですね!」


 うおおおおお、と現象ショウヘイ(仮)ちゃんがダッシュしていく。

 さすがに巨大化した柴犬の疾走は私なんか目じゃない。みるみる距離が開いていく。ならばと人としてじゃなく、獣憑きとして、気合を入れてギアをあげる。強く踏み込み、思いきり蹴って駆け出して並ぶ。


「もっと、こう、見たことないデザインになりません? 白くて強そうとか!」

「それだともののけ姫みが出ちゃうでしょ? モロじゃん。それは。いろいろモロじゃん?」

「モチーフがあるのでは!」

「あるだろうけど、知らないよぉ。ジブリの資料集とか、買ったことないし!」


 せっせと疾走しながら語り合う。

 どんなに走っても走っても、お互いまだまだ余力がある。

 体がどんどんあったまってくる。

 だけど思考はびっくりするほど冴えない。

 島の外周を二割ほど走り終えて、うちまで戻る。前は一周もなんとかできた。だけど、日増しに面積が広がっていく島では、海までの距離も開いていくばかり。とてもじゃないけど、一周なんてありえない。

 いまだって原付と並んで走れるくらいの速度感なんだけどな。まあ、足りない足りない。時間がね。

 現象ちゃんとちっちゃな柴犬に化かして、首輪を装着。私も速度をゆるめて、人のジョギングくらいにまでペースを落としていく。ゆっくりと、徐々に。

 トモの全力疾走は、私の何倍だろう。いや、待て。ゼロが足りないか。それも、いくつも。

 帰り道におしっことうんちを済ませたから、その後始末をする。うちについたころになって、現象ちゃんは注文をつけてきた。


「ひとまずショウヘイはなしで。もっと愛くるしいのがいいです」

「考えとくね」


 私は汗だく。現象ちゃんは涼しげな顔。さすがに体力差があるね!


「おかえり」

「ん-! ただいま」


 準備運動から素振りなどを経て、鍛錬に入っているカナタに返事をする。カナタもほかほか湯気状態だ。

 風呂場に入って汗を流す。さくっと着替えて、朝ご飯の準備。ぷちたち分を考えると、ぞっとする量になる。気分的に毎回、大仕事。

 遅れて風呂場に入ったカナタがやってきて、朝ご飯づくりを手伝いはじめる。遅れてトウヤが下りてきた。今日はコバトちゃん、お泊りせず。狼少女のふたりも来ていない。冷蔵庫から牛乳を出して、コップに注ぎ、ごくごく飲んでから、挨拶もないままとぼとぼお風呂へ向かっていく。

 鶏ガラスープの素とお醤油、水溶き片栗粉で炊いたスープに溶き卵を投入。ぐるぐるかき混ぜて、鍋に卵が焼きつかないよう、焦げつかないように気を配る。

 カナタは野菜のカット。トマトも切っている。本当なら、切ったトマトをスープに投入したい。だけど、いるんだ。トマトが無理な子が! 私にも覚えがある。おばあちゃんちの集いでも、何度も目にしてきた。野菜があるだけで、もう手をつけない子がいる。野菜をよけるだけなら、まだマシ。もう絶対、口にしないって子がいる。もちろん、うちの子たちの中にもいる。

 ピーマン、トマト。苦さや酸味が無理なんだよね。キュウリの匂いさえ無理な子もいる。ほかにも、口の中がかゆくなっちゃう子もいる。そして、かゆみが出るとなるとアレルギーの可能性が疑われるので、調べてもらう必要があるよ。重篤な症状につながりかねないからね。そうでない場合もあるけど、素人には判断ができない。

 アレルギーでなければいけるかって? むりむり!

 たとえばキュウリ。浅漬けやぬか漬けだと気にならなくなる子もいれば、余計だめって子もいる。

 コーンスープが好きな子も、つぶつぶが入ったとたんにだめ! ってなる子もいるからさ? このスープにトウモロコシは入れられない。

 マヨやディップに野菜のカットをつけて食べるのがいける子は何人かいる。だからカナタはディップづくりを欠かさないし、ディップのバリエーションをちょいちょい増やしている。

 「これならいける」以前に「食べてみる」や「食べてみたい」にどうやってつなげるか。たぶん各ご家庭のみんなが四苦八苦してる。

 ポテチを食べた子に、じゃがいもでできてるんだよ? と伝えるだけじゃダメなとき、どうする? 動画を見せる? それもいいけど、お菓子工場の見学に行くのも手だ。できたてポテチを食べれることもあるからね。

 田植えの体験とかさ? もうね。あの手この手だよね。いかにして、野菜に興味を持ってもらうのか。

 おさかなもそう。お肉はそうそう困らず食べてくれるんだけどな。卵料理もそう。でも、おさかなは、ぷちたち次第だ。お寿司やお刺身ならいけるけど、焼き魚や煮魚は無理な子もいれば、その逆もある。もちろん、全部無理って子もいる。お出汁が無理とかね。

 食わず嫌いも多いよ? なんとなく無理って子も多いよ。

 いけるだろって思っちゃうことも正直たくさんあるよ?

 でも、それって私の見立てに過ぎないからね。

 栄養のことを気にするほど「そんなこと言わないで」とか「いいから食べて」って言いたくなる。

 いっそ味やにおいを化かせないものかなあ。


「ういーっす。おはようごじゃーっす」


 お風呂あがりなのに、まだぽやぽやしてるトウヤがキッチンに入ってきた。

 棚から中華鍋を出して、火をつける。軽くストレッチをしてから、カナタが別で切った野菜を「もらいます」と言って投入。手早く炒めていく。トマト、ズッキーニ、パプリカ。軽く鍋を振っている横で、カナタがさいころ状に切ったジャガイモをボウルに入れて、お水をちょっとかけてからレンチン。柔らかくしてから、水気を切ったものをトウヤの中華鍋に。

 私は大きなボウルを出して、卵を割って入れていく。菜箸で一気にかき混ぜるのだ。あとは? 卵の側で、炒めた野菜をくるむのである。なんちゃって野菜オムレツだ。あるいはトルティージャ。スペイン風オムレツでもいい。できあがったとびきり大きなオムレツを個別にカットしていくのである。

 お皿だなんだの準備をしていたら、ごはんが炊けた。

 とりあえず、四品。ごはんにスープ、生野菜、オムレツ。

 配膳にかかる頃になって、まるで示し合わせたかのようにお姉ちゃんがぷちたちに引っ付かれたまま降りてきた。私が却下したことを無意識にやってのける。そういう姉である。


「んー。肉の匂いがしないぞう」


 思いきりあくびをして、両手をぐっと天井に向けて伸ばしながらの第一声。いたく眠そうだ。髪もぼさぼさ。目ヤニもついている。


「朝から肉は出ねえよ、冬ねえ」

「やだ。肉がいい。霜降りの」

「ますます出ねえよ」


 トウヤが率先してお姉ちゃんと、引っ付いて寝ているぷちたちのお世話に取り掛かる。

 なにが不思議って、金魚マシンベッドモードに移したはずなのに、毎朝、何人かは決まってお姉ちゃんに引っ付いて降りてくるところだ。今日みたいに全員ってこともある。

 配膳を済ませたら、順序があべこべなのは承知しつつも、ぷちたちのそばへ。金色雲を出して、みんなを浮かべてから、バスルームに移動する。


「みんな起きるぞー? がんばるぞー?」

「「「 んんんん 」」」


 三人だけ返事した。ほかには寝息がすやすやと。


「朝だぞー? ばっちり起きて、幼稚園に行く準備だぞー?」


 反応がない。

 なくてもやるのが、私の務め。

 あったかいお湯を桶にためて、ふかふかのタオルを浸してひとりずつ顔をぬぐっていく。

 これで起きる子もいる。起きない子もいる。

 起きた子から、近くの子に呼び掛けて起こしていくこともあるし? それが朝の賑わいやケンカにつながることも。朝だけにぼーっとしてることが多くたって、なかなか静かにはいかないよね。

 髪が爆発してる子も少なくない。櫛だけで全員は無理だから、タオルに金色を注いで同調させると、同じようにほかほか濡れタオルにしていく。そして、寝ぐせまみれの子から頭に巻いていく。

 お湯を絞った濡れタオルを巻いて湿った髪を、巻いた順に外して、櫛で整えていく。なるべく手際よく。

 いつも歌うようにしている。櫛で髪の毛をひとりずつ整えている間に、金魚マシンに命じて、幼稚園の服を持ってきてもらう。


「お着換えするぞー?」

「えー」

「化け術がいい」

「いちいち脱ぐのやだ」

「「「 さーむーいー! 」」」


 寝起きのいい子たちから騒ぎだす。その場で足踏みする子もいる。

 でもダメぇ! 着替えさせるぅ!

 幼稚園の制服はいろんな術が練りこまれた特別製。とっさのことに対応する術がいろいろあるのだ。私の化け術で、そこまで再現することはできない。

 膨れる子、暴れる子、立ったまま寝てる子、両手を挙げて待ってる子。いろいろいるけど、めげずに着替えさせていく。自発的に着替える子もいないわけじゃないけど「ママ、やって」が待ち構えている。

 やってほしいよなー。わかるぅ。そういうの、けっこう覚えてるよ。

 全員を着替えさせたら? 今度は、食事で汚れないように、雨合羽のようなお食事コートを着せる。

 やりすぎだって?

 そんなことねえから!

 ケチャップやソースのついたおかずを投げ合って、袖だのスカートだのズボンだのを汚すから!

 実際、そうなった。

 飛び交うオムレツ。カット野菜。だめだよって言ったり、騒いだりしても、まあ無理だ。

 菩薩の心構え。そう自分に言い聞かせて「だめだよ」「食べ物で遊ばないで」って伝え続ける。

 そんな時間も無限には続かない。幼稚園のお迎えの時間が迫ってきている。

 トウヤとカナタが送ってくれるっていうから? 今度は残されたお皿や、飛び散ったおかずなどを片付けていく。どっちがいいかっていうと、まあ、むずかしい。

 すべてを終えてソファに突っ伏していると、ようやくばっちり目覚めたお姉ちゃんが制服に着替えて降りてきた。妙にきらきらした笑顔で「なんか、妙に疲れてるな」と能天気なことを言う。

 おのれ! そう思わないでもない。


「なあなあ、春灯! 我な、今日から一人称を改めるぞ!」

「なんて?」


 体を起こしてお姉ちゃんを見たら、握りこぶしに親指を立てて自分を指さす。


「余だ! 余にする! 姫だし!」


 ここ最近で、一番ゆるくて気の抜けた知らせだった。

 こういうのが必要だよね。人生には。


「ご機嫌じゃん」

「だろ!? じゃあ、行ってくる余!」

「いってらっしゃい」


 笑顔で手を振り見送ってから、再びソファに突っ伏した。

 今日か明日になにかが起きるらしい。なにがどこまでできるやら。

 よくわかんないけど、天国修行で気づいたとおりだ。

 生きる活動が欲望を明らかにする。

 関わりや環境に触れるなかで芽生えていく。

 たとえば「ぷちたちが私の思い通りに動けばいいのに!」みたいな欲望は、ちゃんと見つけてしまっておかないと危ない。ぷちたちは特に、自分の欲望との付き合い方や表現が無軌道で、素直で、全開になりやすい。相手や自分を傷つけることさえ全力でしてしまいかねない。だっていうのに、私までぷちたちと同じようにしていていいわけがない。

 術は手段。たとえばぷちたちがごはんで遊んだとき、勝手に口に入るようにしたら? それはもう拷問なのよ。虐待なのよ。正当化なんてできる余地のない暴力なんだよ。

 もうちょっと楽にならないかなーとか、どうしたらぷちたちが食べられるようになるのかなーとか、そういう欲望もある。だけど、安易に叶えると? 暴力や虐待にしかなってない、なんてことになりかねない。

 欲望は叶えるために見つけるんじゃない。

 自分とどう付き合うかを探るため、よく考えるため、改めたり、目的や手段を変えたりするために見つける。自分を知るためでもある。

 朝の工程を術だけでなんとかする手もあるのかもしれない。いや、たぶん、それくらい改良の余地がある。だけど、じゃあ「ママにやってほしい」気持ちはどうするの?

 私にはあったなあ。

 特にお母さんが仕事だなんだで忙しくしていた頃は。トウヤが生まれたばかりの頃もかな。

 そういうのは、ちゃんと覚えてるんだよなあ。意外とね。

 いろんな欲があるもんだよねえ。大事に触れたい欲もあるよね。

 ただ全部じゃないだけ。


「いまは寝たいかなあ」


 思いきり伸びをするまでもなく、目を閉じたら一気に眠気がやってきた。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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