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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千九百十四話

 



 村正おじいちゃんの便りが届いた。

 トモが運んできてくれたのだ。短く「来訪求ム」とあった。

 助かった! おイヌさまたちが「おたまさまの思い出を作ってみては?」と提案してくれて、あれこれ試してみたんだけどね? どれもおイヌさまたち曰く呪いの人形になるばかりでさ! いたたまれない空気だったんだよね!


「トモ、私をおじいちゃんのところに連れてってってお願いしたら、行ってくれる?」

「楽勝だよ。おいで?」


 白に黒いラインの入った大きめなジャケットに黒のトレーニングスウェット、下はショートパンツ。その下にさらに肌にぴったりしたスポーツタイツを装着している。足首まで覆った真っ黒い布地はとてもあったかそうに見える。秋ならね。冬には寒そうだけど、走り回っているトモからはほかほかの湯気が出ている。

 背中に大きなリュックを背負っていた。履いている靴はソールがぶ厚めで、靴底がでこぼこしているデザインだった。韋駄天さまの配送仕事をトモは引き受けている。文字通り、走り回る形で。

 おイヌさまたちに出かけてくる旨を伝えて、トモにだっこされて出発。初手から速度が出ている。


「先に仕事を済ませちゃうね」


 そう言って、トモはあちこちへと走っていく。

 現世の全速に勝るとも劣らない、雷足ダッシュだ。トモの身体に顔を向けて、進行方向に背中を向けている。それでも襲い来る風と寒さに、ちょいちょい呼吸がむずかしくなる。

 行ったことのない天国の様々な村や街、一軒家を訪ねていく。神使とは無縁の住民たちが、当たり前だけどたくさんいる。神使になった住民からの働き先からの手紙とか、荷物とか、あれやこれや。トモのリュックの中には「名前を呼んだら、その人の手紙が出てくる小箱」とか、「名前を呼んだら、その人の小さな荷物が出てくる瓶」とかが入っている。それに配送リストとか、靴の替えとか、いろいろね。

 特に気になったのは、黄色くて太い綱だ。

 二十か所を回ったトモが配達先からすこし離れた草原で、綱を取り出した。太さ大体一センチほど。ぐるぐるきれいに丸めてまとめられているから全長がわからない。かなりの長さになりそうだ。

 地面に下ろして、円を描くように置く。


「なあに? これ」

「ん-。まあ、体験したほうが早いよ。これはロープ代わりになるし」


 円の付け根がぴたりと合ったとたんに、円の内側が黒いもやもやが出てきた。トモは迷わず、私を片手に抱いたまま黒いもやもやに足を踏み入れる。そのまま視界が一気に下がっていった。落ちている。もやもやを通り抜けるやいなや、もわっとした熱気を感じた。茶褐色の砂や岩に包まれた場所にいる。

 ひゅるる、と上から音がした。ロープが落ちてきているのだ。トモが腕を回して、ロープを巻き取る。


「あっという間に、地獄に行ける。置き方に法則があってね? これひとつで天国、地獄、あちこち自由自在なわけ」

「おおおお!」

「これがあるから、あちこち配達するのに苦労しないんだ」

「すっご!」


 あこがれるぅ!

 そんな便利な道具があるだなんて!


「ま、ほかにもいろいろあるんだけどね。配送の仕事に慣れたら、もらえるみたい」

「すっご!?」


 そんなのあるのぉ!?

 え。え!? なにそれ!


「いいなぁ!」

「ハルだっていろいろもらってるじゃん。飴玉とかさ?」

「そ、そっか」


 たしかに!

 私は私でもらってた!

 修行に即したものをもらうんだなあ。

 じゃあレンちゃんや結ちゃん、マドカもなのかな?

 考えている間にトモはロープを手早くまとめて、きれいにきっちり固めるとリュックにしまう。背負いなおしてから、私に声をかけた。


「まだ配達先が残ってる。行くよ」


 合図のあとは早かった。またしてもすごい速度で駆け出していく。

 足音がすごい。地面を叩きつけていくような音が絶え間なく聞こえてくる。トモの走りは現世のときよりもずっと力強く、なんなら無茶苦茶にさえ思えた。けれど、見上げるトモの顔は喜びと自信に満ち溢れていた。ここでなら、いつもよりももっと手加減なく走れるという。実際、なんの加減もなしにいけるというのがうれしくてたまらないのではないか。

 だいじょうぶなんだ。

 ここでなら。

 だけど、加減をしなきゃいけない現世ではまだ、トモはだいじょぶにはなりきれてない。

 そううまくはいかない。やんなるねえ。

 あっちへこっちへ、大疾走。十軒ほど回って、ようやく村正おじいちゃんのいる街に到着。順番からして最後なのは当然。それでも、トモは急いでくれたのか、息を切らして汗を額ににじませていた。やっぱりほかほかだ。湯気が出ている。


「じゃ、報告と、次の便があるから。またね?」

「うん! ありが、と」


 おろしてもらってお礼を言っている間に、トモは全力疾走で遠のいていった。

 あんまりにも早いったら。ほこりが一気に吹き上がって、目に入りそうになる。

 けむたくなって手を振り、我慢。

 舞い上がった砂埃が落ち着いてから、歩き出す。

 前に来たときと変わらず、人々の緊張感や鋭い目つきがいやに気になる場所だ。刀を帯びている人、妙にごつごつした拳を撫でている人。短刀を舌で舐めながら、こちらを見てくる人。


「——」


 耐えろ!

 最後のやつだけおかしかった。けど、耐えろ! 見てはいけない!

 反応したら負けだ。すっごいベタな絡み方をしてくるぞ!

 早歩きじゃ速度が出ないので、金色雲を出して加速する。

 町外れに到達して、すぐに見えた。おじいちゃんの家は外れにあるのにまあまあでかい。

 くすんで乾いた木材の灰色が、コンクリよりも頼りなく重なり合っている。その軒先の椅子に座って、おじいちゃんが煙草をふかしていた。


「おう。来たか」


 こっちへこいと言わんばかりに手を掲げて振るので、すぐそばへと飛んでいく。椅子の前に小さな机があり、その向かい側に漂うことにした。

 おじいちゃんが目を細めて、思いきり煙を吸い込んでから、真横に顔を背けて吐き出す。そして、草履の底に擦りつけて火を消した。そのままぽいっと捨てる。葉っぱで包んだ巻きたばこ。土にかえるようには見えないけど、どうなんだろう。ひとまず。


「ポイ捨てはよくないと思うよ?」

「あとで燃やしとく。それより手ぇ出せ」


 そういわれて素直に右手をおじいちゃんに伸ばした。

 今日は作務衣姿だ。ほこりまみれだけど、思ったよりは臭くない。煙草くさすぎるけどね。汗や体臭の匂いがひどい、みたいなことはなかった。お風呂には入ってるみたい。よかった。

 私の手を取ると、そのままおじいちゃんが手を放していく。

 なにがしたいんだろうと疑問に思った矢先のことだった。離れていくおじいちゃんの手を追いかけるように、私の手から刃先が出てくる。おじいちゃんの手に向かって。するすると引き抜かれていき、なかごまで出たところで、おじいちゃんは身を乗り出して刃をつかんだ。そのままくるりと回す。

 通常は柄に収納されているなかご。漢字一字で、茎。全部、出た。まるまる一本、全部。


「どう見える」

「そりゃあ、刀じゃない? いわゆる刀身、でしょ?」

「見てくれはな。でも、霊子で作り上げた刀身ってのは、見てくれと出来が一致してるとはかぎらない」


 茎を掴んで、刀身に手を当てて角度を変えながら眺める。

 なにかがわかるんだろうか。そう思ったけど、ちがったみたいだ。


「ぽく見えるだろ? でもな。こいつを、こうすると?」


 刀身に当てていた手を握り、拳で軽く叩く。

 直後に、どろどろと黒い液状に溶け落ちていく。


「いまの時代じゃあ、邪っつうんだろ? こいつはせいぜい、そのなりそこないってとこだな」

「え」

「なに驚いた顔してんだ」

「私の帯刀男子さま、邪なの?」

「なんかよくわからねえがなあ。お前さんの欲望の、ごく一部ってところだな」


 軽く流すじゃん。

 どろどろと黒い粘性の液体になって、机を汚すものをおじいちゃんが人差し指で突いた。その瞬間に赤く燃える。勢いよく灰になって空気に紛れて消えていく。


「十兵衛から聞いた。いろいろあったんだろ? 敵意だの憎悪だの、殺意だの、恨みつらみだのじゃねえのかね」


 すぐにはピンとこなかった。


「お前ね。なにその、自分はその手のものとは無縁です、みたいな面は」

「や。そういうのが強くなると、刀がさびてダメになる、から。さびてダメになってないってことは、だいじょうぶなのかな、と」

「てめえがある程度、表面的にでも落ち着いてるか、だいじょぶだって思えてるうちはな。そうそうそんなことにはならねえの。いまどきのガキが繊細で軟弱なんじゃねえのか?」


 む。

 言い返しようもない。

 おじいちゃんの時代を、私たちはタイムスリップでごくごくわずかに体験しただけ。

 あの体験で知りえたことがすべてだなんて、とても思えない。


「まあ、いいや。御霊が支えてくれたとしても、限度があるわな。十兵衛や玉藻が肩代わりしてどうこうなってるってことでもねえ。お前さんは、ただ、だいじょうぶであろうとした。若くて、まだ無茶が効いたから今回はなんとかなった」


 運がよかっただけじゃねえかな、と。おじいちゃんの見立てはあいまいで不確かだ。


「そんな雑な」

「じゃあ正確にわかればいいのか? わかってどうなる。次になんか活かせねえよ」

「な、なんで? わからないでしょ」

「てめえの欲がなにかも理解してないやつに、てめえのなにがわかるんだよ」

「おぅ」


 あんまり強い正論なので、言葉に詰まってしまう。


「十兵衛に聞いたがな。いまどきは、あれだろ? 欲望を禁じる時勢なんだろ?」


 否定しきれない!


「でもなあ。だれにでも欲望はあるもんだ。あるもんを否定しても始まらねえ。あるもんとどう付き合うかが重要だ」

「それは、ごもっとも、かも」


 邪さえ、私たちの一部。あるもの。なくせないもの。


「いいもんが食いてえ。稼ぎてえ。女を抱きてえ。愛されてえ。いい寝床で寝てえし、女の匂いに包まれていてえとかな。ねんごろになってる最中なんか欲望まみれだ。だってのに、そんなもんで御霊との縁が途絶えていたらよ。ガキなんざ、一か月ももたねえだろ」

「う、ううん!」


 思春期には適さないかもしれないね!


「でも、そうはならねえんだ。満たされるからか? ちがう。じゃあ、満たされず、すぐさまだめになっちまうか? それもちがう。ってことはなんだ? 許容される欲望があるってことか? そいつで人から盗んだり、犯したり、殺したりするやつさえ出てくるってのに」

「う、んんん」


 思いもがけない相手からの哲学的な問いに頭が追いつかない。


「あらゆるものが欲望に収束して、それきりになるからだめになるのか? それとも欲望に満たされたとき、いい気分ならありか? 最低な気分ならなしか? そんな単純か?」

「わ、わかんないよ」

「だろ? じゃあ、全部禁止か? いけないってことにすんのか? どんな欲望だって、まずあるのに」

「う、うううんんん」


 これはもう、答えを問われているんじゃないぞ?


「あるものと、どう付き合うかでしかない、のでは」

「ま、そういうこったな」


 江戸時代とか、それより以前の価値観や倫理観でも「人殺し」だの「窃盗」だの「強姦」だのはアウトなのでは。

 具体的になにをどうするか。これはよくない、というものも、そりゃあある。だけど、いじわるしたくなったり、いやな気持ちになったり、表現しちゃアウトな気持ちが芽生えたりすること自体をなくすことはできない。

 それら”ある”ものと、どう付き合っていくか。


「ないふりしてんだよ。お前は。だけど、実はあるって言いてえんだ。だから、生えてきてんのさ。刀が」

「欲望が、刀になってる?」

「まだまだちゃちな代物だけどな。お前、欲望のことちゃんと考えてねえだろ」

「う」

「だから、なまくらしか出ねえのさ」


 言い返せない!


「それにお前、考えたらいけないって目ぇ背けてるだろ? 練られちゃいねえ欲望なんざ、まあ、たいしたことねえわな」

「うっ」

「でも、それじゃ間に合ってねえからな。だからお前は半端ものなんじゃねえのか?」


 金色雲がぱんとはじけて、その場にしりもちをついた。

 思わず術も解けちゃうレベルのショック。

 でも、ショックだけじゃない。気持ちいいくらい、心の芯が粉々になるような一撃だった。


「ちゃんと、欲望刀がしあがったら、いいのかな?」

「どう思うんだ?」

「なんか、足りなさそう。鞘がいるし、あるものとどう付き合うかって考えると、刀でいいのかなとも思うよ?」

「じゃあ、てめえの欲望の形を刀から、欲望のぶんだけ形にしてみろ」

「おぉ!」

「今日呼んだのは、そいつを伝えるためだ。わかったら帰れ」


 しっしと手を払うジェスチャー。面倒がられてるぅ!

 でもいろいろと調べて、考えて、整理したうえでまとめて、こうして伝えてくれたのめちゃくちゃ優しくない? ありがたいよ!

 それに、おイヌさまたちとやっていた粘土づくりが、もっと具体的な目的をもった工程に変わった。

 自分の欲望を形にする。

 つらいこと、体験は言葉にできなかったり、形にできなかったりする。直視しようとすると、めげちゃうことさえやまほどある。そうじゃなくて、まず、自分がどうしたいのかを形にしていくんだ。

 なるほどなー!

 言葉にしたらすっごく簡単なことなのに、ひとりじゃ気づけないもんだねえ!

 頭の片隅で、小楠ちゃん先輩が「だからおばかなのよ!」とハリセンアタックと共にツッコミをしてくるのだけど、言い返せねえ!

 てへ!




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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