第二百九十一話
二人の侍候補生が前に出る。
結城シロ、そして仲間トモ。二人がそれぞれに手を繋いでいるのは沢城ギンと狛火野ユウ。
「「 宿れ雷神! 舞い散れ千鳥! 」」
二人が叫び、一瞬で飛び上がる。
その身を雷と化して、その速度に物を言わせて北斗と星蘭の居場所へ向かう。
それだけじゃない。
「光! 私もお願い!」
マドカが叫び、両手に繋いだ二人を巻き込んでお城に向かった。
佳村ノンと住良木レオ。
まだまだあるよ。
「邪魔は許さない――……さあ、壁になれ!」
キラリが山ほど星を出して、お城までの道の安全を確保する。
みんなが一生懸命お城に向かう間、私は空を駆けてマドカの後を追いかけた。すぐにキラリが追いついてくる。
作戦会議でマドカはまず第一声、こういった。
『特殊攻撃の威力が壮絶だろうことを踏まえると、城を掴む利点はあまりない。だからこそ、城をおさえる』
その理由はすぐにわかるよ。
「――……霊子、掌握。変形を開始します」
床を両手でとらえたノンちゃんの身体がぼんやりと輝く。身体中に見える線が煌めいて、お城中に一瞬で張り巡らされる。
変化が起きた。城が揺れる。それだけじゃない。けたたましい音を立てて、視界があがる。
当然だ。山吹マドカは作戦名をこう告げた。
『お城マシンロボ大活躍作戦でいこう』
みんなが真顔で問い返したのは言うまでもない。
その作戦の要はノンちゃんだし、堀部分が足になったお城マシンロボに次々と乗り込む刀鍛冶なりたてのみんなだった。
「一階足部分、乗り込みました!」「腕にも乗り込みました!」「胴体、まかせろ!」「天井、開きます!」
みんなが声をあげていく。会場は特別体育館内。だけど会場を変化させちゃだめなんてルールはない。だからこそのマシンロボ。
「霊子展開、掌握率……二百パーセント、突破! 一年生刀鍛冶の力、委ねます!」
「住良木艦長! ご命令を!」
「ああ……まずは、残る侍候補生を迅速に収容せよ」
「了解、穴を開けて! 敵が驚いているうちに早く収納を!」
「了解」「了解です!」「アイサー!」
巨大二足歩行ロボになったお城がかがみ込んで、胴体部分にみんなを収容した。
変形しまくってさながら某巨大戦艦ばりのブリッジと化した天守閣で、副官の位置におさまったマドカがレーダーを見た。何が見えてるんだろう。戦力配置図とかなのかな。
「収容完了!」「みんな中に入りました!」
「よろしい。では所定の位置につき、刀を通じて霊子を注げ」
「了解! 艦内の全侍候補生に告げる。所定の位置につき――」
伝令官になっているのはルミナさんだ。青組の時に一緒になった子。はきはきと喋るのに甘い声が妙に可愛らしい。クルーの配置はみんなマドカが選んだみたいだ。でもナイスチョイスだと思う。
「準備完了! 艦長、いけます!」
「佳村くん……いいな」
「……はいです!」
「ようし。錨をあげろ!」
「「「 アイ・サー! 」」」
レオくんノリノリだし、みんなもノリノリすぎだ。
そばにいるキラリが呆れているけど、気持ちはわかる。私も外でこれを見ていたら、たいそう呆れていたに違いない。
でも逆に言えばこのばかばかしさ、勢い加減が私たちらしいとも思う。
「さあ、ステージの始まりだ。青澄くん、天使さん。準備は?」
「いつでも」「どこへでも」
「よし! 孤軍奮闘する四人の侍候補生の応援を開始する!」
レオくんが号令を発してすぐ、ノンちゃんが声を上げた。
「胴体部! 展開……ライブステージ、成形完了!」
「いってくる!」
みんなにそう呼びかけて、本来は階段だったのに今や梯子になったそこをすっと滑り落ちていく。途中、刀を差して操作している侍候補生や、制御に必死になってる刀鍛冶のみんなが見えた。
そう、これはみんなで動かす夢のマシンなんだ。
動力は何かって? 気合いと根性! 今時流行らないよね?
でも……うちのお父さんと私は大好き。どんとこいだ!
胸にある階層へと降り立って、ステージに立つ。
透明な皮膜で覆われているそこから、外の様子がよくみえる。
士道誠心一年生の刀鍛冶たちによって天井は解体されていた。光射すそこで、ギンが一人で北斗に立ち向かっていた。トモはシロくんと狛火野くんの応援にいっている。それもそのはず、狛火野くんは立浪くんの相手で手一杯なんだ。他の生徒をおさえるためにシロくんとトモが全力を注いでいるけど、多勢に無勢。
それでもいま、士道誠心が一番目立ってる。そしてみんな、それに面食らってどういう行動を取ればいいのか悩んでる。
それくらいのインパクトだ。でもまだまだいくよ!
『艦内に告げる。これよりサウンド金ぴかウェーブの発射を開始する。歌エネルギー充填開始!』
マドカの口にする単語がいちいちそれっぽいけど、要するに私が歌って金色霊子を放ち、それを集めるってことだ。
さあ、やろう。スタンドマイクを掴んで、指を鳴らした。
お城マシンロボの肩が巨大スピーカーになる。隔離世とはいえお騒がせします。ごめんなさい!
「さあ、お歌の時間だ! 開拓者からみんなへ届けるよ!」
Fなあれから歌うよ! 私たちの願いはどう? 問い掛けるように。
アイドルの子よりも銀河の歌姫目指してやりきっちゃうんだ!
◆
たった一人で戦線を維持しろ、ってのは無茶な要望だ。沢城ギンでもそう思う。
正直、山吹マドカの提案を聞いたときは「こいつ正気か?」と思いはした。
けれど、
「あなたのやり方、その未来……見える。きっとそれがあなたの戦場になる」
何かが見えて、そのうえで確信を抱いた女の意見に従った。
正解だ。
「くうう! ずいぶん懐かしいアニソン歌って! どきなさいよ! レンの邪魔をするな!」
「お嬢ちゃん。そいつは無理だ。この線を越えたら斬ると、俺は確かに言っただろう?」
そばに北斗の生徒が何人も崩れ落ちていた。額に巻いたはずのハチマキはすべて斬れ、床に落ちている。
「ただの……ただの妖刀の御霊風情が、いきがって!」「私たちのそれは神のものなのに!」
女の怨嗟ほど怖いものはない、と……経験上知っていた。
だからこそ開き直って、ギンは涼しげに笑ってみせる。
「人の妄執は神さえ殺す。覚えておけよ、きっと次のテストで出る」
彼女たちの怒りが増す。
炎を振るわれた。切り払って消す。
氷と水の粒を放たれる。切り裂いて力ごと失わせる。
どれほど強大な神秘に満ちた力だろうと、村正を手にした自分が通らせたりしない。
『――……』
ぶっ飛んじゃってる愛をちょうだい。私に。
ハルの歌い声に笑う。どうやら連中の愛は足りないようだ。ノンの愛には敵わない。届かない。
一人、また一人、ハチマキを切り裂く。舞い散る純白。
純潔を切り裂く行為に悦に入ったりはしない。それは人斬りへの道。
佳村ノンは望まない。心臓に残した彼女の熱が訴えてくる。
だから、そう。
「ここから先へはいかせない」
「道理が通らない! どうして、ただの人間風情がそこまでできるのよ!」
金長レンの絶叫に、沢城ギンは笑みさえ消して返す。
『――……』
覚悟はどうかと尋ねるハルに答えるように、呟いた。
「わびぬれば……今はたおなじ、難波なる」
刀を握りしめ、肩に置いてお嬢さん方を見つめる。
「みをつくしても……逢はむとぞ思ふ」
傷ついた少女は一人もいない。ただハチマキを斬られただけ。
立浪シンなら切り裂くだろう、きっと。けれど、それはしない。
ノンの願う最強に相応しくない。
俺はあいつの願いを叶えたい。いつまでも、どこまでも。
「ちくしょおおおおおお!」
化けても化けても切り裂かれて術を失ったレンが破れかぶれの特攻をかましてきた。
避けるのは造作もない。けれど傷つけずにハチマキを斬るだけで済ませるのは骨が折れる。
それでも、やる。
「わりいな」
切り裂いて、崩れ落ちるレンから視線を外して前を見た。
もう、あとは一人だけ。刀を手に震えている冴えない女だけだ。
「ユイ、逃げて! こいつやばすぎる! たった一人で……北斗を潰す! アンタが北斗の侍最後の一人なんだ!」
その必死な声に、冴えない女の瞳に光が宿った。
はじめて、腰を下ろした。あの目を知っているからだ。
直近では山吹マドカ、ほかにも十組の天使キラリが映像でクラスメイト相手に見せていた。
なにより青澄春灯が見せる光だ。あれは厄介だ。何が起きても不思議じゃない。
昂揚する。そういう……強敵相手に楽しんでしまうところは立浪と似ていると素直に認める。
それでも負けられない。自分の未来のため。信じて送り出してくれたノンの元に帰るため。暴れまくった自分を信じて任せてくれた連中のためにも。
「どうした……かかってこいよ」
「――……は、ぁ、は、ぁ」
過呼吸気味に刀を手にした彼女が、不意に刀を掲げた。
「きて……おねがい。おねがい! 二人に何も見せずに終わりたくない!」
刀が一瞬またたいた。嫌な予感を感じて思わず刀を振るい下ろす。
確かに手応えがあった。遅れて、仲間やシロがならすせいで聞き慣れた雷の音が聞こえる。
「みんな! 力を貸して!」
「おい、おいおいおい……」
顔が強ばる。少女のそばに雷の龍がいた。肩に乗る炎の鳥がいた。どでかいクマさえ現われた。その一体一体が、北斗の少女たちの一振りをまとめて集めたような強さを肌で感じた。
神だらけだ。あそこにいるのは。たとえ獣の姿をしていようと、侮ってはいけない。
間違いなく破格の一振りだ。神を大勢呼び寄せるなんて、愛されているにも程がある。
どうやら本気でかからなきゃやばそうだ。ならばこそ、約束事がある。
「……沢城ギン。村正。てめえは」
名乗りに果たして彼女はどう答えるか。睨むギンに震えながら、それでも彼女は名乗った。
「し、神力、ユイ! チキサニカムイ……あなたを乗り越える!」
彼女が指揮棒代わりに刀を振るうと、どうだ。獣たちが一斉に襲いかかってきた。
妖刀村正、その新たな力を存分に振るって、まず襲いかかってきた龍を切り裂く。神性があるのなら、なおさら相性のいい解釈。ノンが新たに付記して鍛えてくれた意味を、ギンが体現することによって生まれる奇跡。
神殺しの妖刀は、龍を斬りさばき、鳥を真っ二つにして、襲い来るクマを一刀両断にした。
彼女が目に涙を浮かべる。そんな彼女を癒やすために、切り裂かれた動物たちがひとりでに修復して彼女のもとへと戻る。
しかし、もはや勝敗は決した。
「……仲間が大事なら、やめておけ」
「降伏は、しません」
屈しない……曲がらない少女の心根に、素直に惚れた。
「……アンタの名前、覚えたよ」
心の底から認めた相手に言うことにしている文句を彼女へと告げ、一瞬で肉薄して最後の白いハチマキを切り裂いた。
刀を振るい、納刀する。刀鍛冶の少女たちは戦意を喪失していて、こちらが睨んだだけでハチマキをほどいていた。それでいい。余計なものは斬りたくない。
お城マシンロボというふざけたネーミングのロボットがその手を北斗へとかざす。
放たれる金色の霊子はハルのそれだ。星が一緒に放たれて、敗北して項垂れた少女たちの胸を射貫く。死体蹴りなどではない。
自分の胸を射貫いた霊子から伝わってくる。
『あなたの願いはなんですか? 私は歌いたい!』
シンプルな問い掛けにばかばかしくなって笑ったり、その場で座り込む北斗の生徒たちの顔は……さっきまでは暗かったのに、今はもう和らいでいた。
レンとユイだけだ。羨ましそうに、恨めしそうに見つめているのは。
気持ちは少しだけわかる。
どこまでいっても、自分の力はあの手のばかげた何かに巻き込まれたりはしないだろう。
まさか、寂しいのか?
だとしても言うまい。
奴らはどうにかして歯車に巻き込んでくるに違いない。それはかなり恥ずかしいに違いないし、キャラじゃないからな。
どうせやるなら、必殺武器とかじゃなきゃわりにあわない。
もし次があるのなら、しっかり言っておこう。
それにしても……。
「コマの奴は大丈夫か?」
本来あるべき場所にお城がないせいか、よく見える。
三人の侍候補生が、妖怪と人斬りたちを前に膝をつきそうになっていた。
手を貸すなら今だ。今しかあるまい。劣勢ならば、特に。
けれどコマの背中を見て、ギンは行くのをやめた。
「――……行ったら恨むだろ? コマ」
言わなくてもわかるよ、お前のことくらい。
鞘におさめた刀を肩に預けて、ギンは見つめた。彼らの勝利の行方を。
◆
狛火野ユウは防戦一方だった。
鞘から刀を出さず、立浪シンのハチマキでなく致命傷を狙う一撃をさばき続ける。
横目に見る戦況は劣勢。
当然だ。数で圧倒的に劣る。
星蘭の一年生に対するは、三人の侍。
立浪に助太刀する生徒が現われないのは僥倖か? いや納得だ。彼は邪魔をするなら身内さえ斬るだろう。こちらの命を迷わず狙ってくる彼ならば。
結城シロは悲鳴をあげていた。それでも仲間トモと二人でよくもたせている方だ。
二本の雷切とも言うべき刀を抜いた二人だからこそ、雷神のように立ち向かっている。
仲間トモは苛烈な打ち込みと尽きぬ体力で。結城シロはその知略と知謀で工夫した雷の技で。
それでも。
「――よそ見する余裕は与えん」
首を真っ直ぐ狙ってきた突きを咄嗟に避ける。
避けざまに鞘で腹を打ち据えようとするが、立浪はこれを飛んで避けてみせた。
どういう身体能力をしているのか。曲芸にしても軸線が縦と横でずれている。無茶苦茶な動きをけれど、彼は実現させている。
まさに沢城ギンのよう。
だからこそ、狛火野ユウは決意する。
乗り越えよう。彼を。
ギンが立浪シンを自分に割り当てた意味を、理解した。
恋人である山吹マドカに対して抜刀術を使った際に、ギンは見ていた。その日からギンが自分を見る目を変えた。
暗殺に用いられることもある。自分の流派は古くは歴史の影で暗殺を続けた剣士のもの。けれど途中から、それは生存するため……活かすための技へと変わった。自分に技と心が受け継がれている。
ギンを繋ぎ止めるのが佳村ノンの愛情だけで済むのなら、いい。
けれど刀を握って凶行に至る者があらわれたなら、止めるのが自分だと狛火野ユウだけじゃなく沢城ギンも思ったのだろう。
そしていま、その敵が目の前にいる。
人を斬るために洗練されていく立浪シンという脅威を、けれどどう乗り越えるべきか悩む。
ハチマキだけを斬って済むような隙が彼にはない。
死線の向こうにしか、ない。
けれど死ぬつもりはない。負ける気はもっとないが、自分が怪我をしたら山吹マドカがどんな反応をするか……考えたくない。
彼女は強く見えて、とても繊細な心の持ち主だと思う。悲しませたくはない。
青澄春灯が歌っていて、悲劇なんて許されるわけもないし。
「――ッ!?」
咄嗟に鞘をかちあげなければ、頭を半分に断ち切られていた。
怨念すら籠もっているだろう刀を睨み、そしてその持ち主を睨む。
笑っていた。
「……悪くはないな。名前を聞こう」
「狛火野ユウ」
「……抜刀術。名を聞いたことがある。いつか斬ろうと思っていた」
にたり、と笑うポニーテールの侍を前に、狛火野ユウは決意をさらに強く抱いた。
抜くのは一瞬。一度でいい。勝敗がつく瞬間。でなければ恐るべき人斬りは技を覚え、対応してくるだろう。
この手の剣士に同じ手は通用しないことを、幼い頃より実家の道場で積んだ経験から痛いほど体感していた。
さあ、死線をどう乗り越える? 今は、まだ……見えない。
見えなければ、斬られる。けれど。
「――……ふふ」
「何を笑う?」
「きっとキミのような人に立ち向かうために、技を身に付けたんだ」
「ならば、抜け」
思い切りはじき飛ばされる。その勢いに任せて後転し、身構えた。
「――……狛火野流抜刀術、参る」
脅威が迫る中、ユウは死線目指して駆けだした。
つづく。




