第二千九百五話
お姉さんに連れられて階を移動する。店長さんに「休憩はいりまーす」と伝えて、あっさり許可が出る。このお姉さん、いったい何者? お店の店員さん用エプロンを脱いで、片手に丸めて握りながらお姉さんは通路に出た。それからエスカレーターを降りて、いったん外へ。路地裏へと向かい、薄汚れたビルへ。階段前を塞ぐドアのチェーンを解錠して「こっちです」と私を案内する。
ほいほいついていったのはなぜか。なんだかんだどうにかなるんじゃないかなという甘い見立てもあったし、けっこう興味をそそられているのも大きい。三階に到達。通路からすぐの扉をお姉さんがノックすると、すぐさま「はあい」と声がする。
聞き間違えでなければ、お姉さんとそっくりの声が。
扉を開けて顔を覗かせたのは、お姉さんとうり二つの女性だった。ただし、こちらはミニ丈のメイド服姿である。胸元にハートの名刺があり「みいな」と丸文字で書いてあった。
「入ってください。紹介がてら、事情をお伝えするんで」
「は、はあ」
玄関に招かれて靴を脱ごうとするのだが、絶句。十足以上はある。靴を置くスペースがあまりない。中に大勢いる? それとも、たんに靴をたくさん持ってるの? わからないけど、身構えつつ、お姉さんに続いていく。
フローリングの直線通路はせいぜい大股で二歩ぶん程度。ユニットバスへのガラス戸がすぐそばにある。反対側には電熱式のコンロと流し。開きっぱなしの扉の先にはワンルーム。やはりフローリングの床にキャスター付きの椅子だけがいっぱい並んでいる。そこに十数人がいた。
みんな、私を見ていた。そして、みんな、同じ顔をしていた。髪型と服装だけがちがう。ファストフードの制服やラーメン店のTシャツを着ていたり、コンセプトカフェの衣装姿だったりする。
「な、なにぃ」
「「「 私たちはドール 」」」
「「「 いわゆる操り人形です 」」」
「な、なんだと」
綺麗に音程までハモる。おんなじ声、おんなじ声量、おんなじ抑揚で。
その圧たるや、ぷちたちのそれとは別方向ですさまじい。あとシンプルに怖い。
「もっとも、元々の肉体は失って久しいので」
「ドールたちは即ち”私”自身。彼女たちが”私”なんですけど」
「ここまで増やすのは涙ぐましい努力がありましてね」
ちょっ、ちょっと待って。
「一度にわーって、別々にしゃべられると受けとめきれないです!」
あれだ。別々のドールで秋葉原で働いて生活しているんだ。彼女たちは。服装などを見るかぎり。
それってかなりのマルチタスクぶり。あんまりにも忙しないのに、彼女にはこれが普通なのかな? とにかく、しゃべるのが早いし、量が多い! いまさらだけど!
髪の長さ、髪型、染めているかどうかやウィッグをつけているかどうか。メイクの度合。ネイル。アクセサリーなどの小物アイテムの有無と種類。みんなちがう。顔はそっくり同じなのに。たぶん体型も同じなんだろうけど、それって服装でいくらか印象を変えられるところでもある。
「え。え? ドール!? 人形なんですか!?」
「肌や肉感は人と同じですよ」
「飲食もできます。カロリーありきで動いてます」
「生命反応もあります。内臓も完全再現。血も流れていますよ?」
「だけど、いずれも秘宝と霊力で作り出した素体に過ぎません。厳密には、人を可能な限り再現したなにかなんです」
なにか、という曖昧さが気になるけれど。
それよりもずっと気になることがある。
どうしても連想する。社長たち、クローンの技術と、彼女たちのありようとが重なって見えてくる。
「何者なんですか?」
「名前は便宜上、使い分けていて、同じものはひとつとしてありません」
「真の名前は失われて久しいんですよね、私って」
「大戦中に焼けちゃいましたしね」
「あなたがお世話になっている鬼の庇護を受けて、かろうじて生きてるって感じですよ」
だから、多いって! 情報量が!
一度にしゃべるのやめない? それぞれ別々に、ひとりのしゃべりとして語るのよさない?
一対多なのに実質、一対一の会話なのが妙に落ち着かない。人数が合わなくて頭が混乱するよ!
「つまり、どういう?」
「明坂ミコにお世話になっているんです。名前はいまのところ」
「なつ、みいな、れんげ、かなん、よう、はるか、かな、ささみ、みつき、まだまだありますけど」
「全員を集めると、ちょっと部屋が手狭になるので」
まだいんのぉ!?
そ、それでミコさんにお世話になっている、と。
「どういうことぉ!?」
「言うなれば私は人形使い」
「本体を失って、いまや人形渡りとでも言うほかない存在ですが」
「あなたに会いたくて、最近はシフト多めに入れてたんです」
「「「 会えてよかったぁ! 」」」
「「「 さすがに芸能人に会う伝手はないですからねえ! 」」」
だめだ。みんなボケ倒しているかのごとく、一気にしゃべる!
相手のペースに合わせて、相手の様子を見ながらしゃべればいいんだよって昔、結ちゃんに教えてもらったことがある。当時は「私に合わせてくれませんよね?」って思って、いたく不満だったけどさ。
このお姉さんを前にすると、結ちゃんがだいぶ難易度やさしめに思えてきた。ただし、結ちゃんがお姉さんと同じくらいの人数になったら? お姉さんよりも手に負えなくなる気がしてならない。
もっとも、この場合は中学生の頃の結ちゃんであって、いまの結ちゃんじゃない。高校生になったからか、北斗での経験の影響からなのか、いまの結ちゃんはだいぶ落ち着いてる。
ちがう。
結ちゃんのことを考えて現実逃避をしている場合ではない。
「と、とりあえず、なんてお呼びすれば?」
「明坂は私のことを」
「メガホン女、ラジオ全局同時放送、ひな壇芸人全員が爪痕残しにまくしたてる」
「と呼びます」
ミコさん辛辣ぅ! ぜんぶ悪口なんだけど!?
あと、どっちかっていうとマイペースが過ぎるっていう方向性じゃないかな。
「「「 青澄春灯さん! 」」」
「は、はいぃ」
だめだ。ツッコミどころじゃない!
圧に押し負ける!
そもそもほいほいついてきている時点でキラリたちにめちゃくちゃ叱られるくらい迂闊な私に、この状況への対処能力は皆無!
おばかじゃん。おばかの所業じゃん。もう。
「好きに呼んでください」
ためて言うことじゃないぞ?
一斉に私の名前を呼んでから言うことでもないぞ?
「じゃ、じゃあ、えっと、なんてなりませんよ! 指定してくださいよ!」
私が言い返すと、みなさんそろって顔を見あわせる。
ひとりが動かしているのか。人形使いというなら、そのはずだ。魂はひとつ。だけど、まるでみんなに同じ自我が宿っていて、それぞれ別々に動いているかのようでもある。
さっぱりわからない。イメージも湧かない。
くわしく話してほしいんだけど、お願いしたら求める百倍の情報量が襲いかかってきそうで怖い。
「なら」
「糸で」
「人形ってわけにもいきませんし」
「ドールっていうわけにもね」
「糸にしましょう。よろしく」
ひとりに統一して喋るわけにはいかないみたいだ。
部屋にいる人が別々にひとつのセリフを分けてしゃべるような語りに、どうも慣れない。ただ、便宜上、どう呼ぶかがわかって一歩前進。ほっとした。すこしだけね。
「それで、あの。糸さんは、私にどんなご用がおありで? ミコさん相手じゃだめ、なんですよね?」
「彼女はなにせ忙しくて」
「連絡しても捕まらないんですよね」
「私みたいな立場の人間をいっぱい面倒みてくれてますからね」
「そのぶん、レスポンス遅くて」
「そこで青澄さんか、青澄さんに連なるご学友が来てくれたらなーって思ってたんです」
「帝都テレビに番組あるじゃないですかー。見てますよー? 私としては仲間トモカさんか、天使キラリさんあたりが来てくれないかなって思ってました」
「仲間さんはヒーロー活動をしてますし、キラリさんは街ブラロケで面倒見がいいのがダダ漏れなので」
一を言ったらほんとに十くらいの量で返ってくるじゃん。
そのわりに進まないのはどういう理屈だ。いや。この勢いで話を進められても、それはそれで困る。
ついていけてないよ。いまの時点で。
「そ、それで? どんなご用です?」
「「「 私の本体を見つけてほしいんですよ 」」」
固まる。ピンとこない、というか。
「失ったっていう本体ですか?」
「そうです。そして人間としての私の肉体です」
「だいたい二十年くらい昔ですかね?」
「夜の首都高下を歩いていたとき、不意に視界が真っ暗になったんです」
「袋をかぶせられたんだと思うんですけど」
早い早い早い!
「夜の首都高下って、具体的には?」
「まさしくアキバ駅前ですね」
「ちょっと夜風に当たりたくて、ふらふらっと歩いてたんですよね」
「いや、それか素体が一体できて、あの鬼へのお披露目を兼ねた焼き肉を食べた、その帰りだったかな」
「たしかそう」
「「「 そうだそうだ! 」」」
人形使いっていうから攻殻機動隊を例にするなら、彼女は少佐じゃない。タチコマたちだ。
アニメ版のね! いやでも、タチコマたちだって相互に語りあっていたしなあ。
たくさんのタチコマが一斉に話しかけてきているような感じかな?
あんまり例えられてないな。
私は混乱している!
「そのときに、だれかに後ろから、頭に袋をかぶせられた、と。そのあとは?」
「がつん! と、後頭部をなにかで叩かれて、ぐったり」
「なにか注射された記憶がありますね、ぼんやりと」
「それに何人かに抱えられるように、車に押し込まれました」
「命の危機を感じて、急いで素体に自我を移したんですよ」
「なにせ私は凄腕なので」
「でも、それっきり本体に戻れないんですよね」
「死んでいるなら、そうとわかるんですけど。ぼんやりとしていて、身体もまともに動かせない状態なんです」
ほらまたすごい勢いできた!
割って入る隙間もない。
アニメ映画「風立ちぬ」で、堀越二郎が三菱で働くシーンがいくつかある。その中で、若手の技術者たちが我先にと挙手して、「はい!」と口々に声をあげる場面が描かれている。私にはあれがどうにも、ツバメの巣の小鳥たちに重なってしょうがない。
そんなノリなんだよね。糸さんたちも。
「鬼にも、彼女の仲間たちにも依頼して昔から探してもらっているんですけどね」
「もう二十年ずっと音沙汰なしでして」
「そしたら、びっくり! メイド喫茶に来た神奈川県警と渋谷警察署のおまわりのお兄さんたちが、あなたの話をしてたんです」
「不思議な術で調べ物をしていた」
「なんでも見つけられるだろうって」
「ほんとなら、士道誠心学院を訪ねてお願いしたいくらいだったんですけどね」
「鬼から、素体は秋葉原から出さないほうがいい。また誘拐されかねないって厳しく言われちゃいまして」
もうね。怒濤だ。勢いも量も。
だけど、なんとか頭の中で咀嚼してから復唱する。
「つまり二十年間、行方不明の本体を探したいと。ミコさんも見つけられていないけど、私なら可能性があるんじゃないかと思っていらっしゃるわけですね?」
「「「 そうですそうです 」」」
みんながまったく同じ動き、同じタイミングでうなずく。
やっぱりけっこうホラーだよ。これは。
おそ松さんみたいな兄弟っていうんじゃ間に合わないくらい、見事なシンクロを見せる。十数人いるのに、一卵性双生児みたいな感じだから圧倒される。
「報酬ならあります」
「私の術をお教えします」
「人形使いの術は便利ですよ? 使う人形についても把握できるようになりますから」
「金額については、できれば応相談とさせていただきたいんですけどもぉ」
「具体的に、おいくらくらいになります?」
だからそんな風にまくしたてられても応じられないってば。
だいたい、報酬と言われても困る。なにかしらの活動で、お仕事としてやっているわけじゃない。いまはまだ。
できれば! お金は! ほしい!
ちがうちがうちがうちがう。
ここでお金をもらう約束なんかして帰ってみなよ。キラリに「ばかか」と尻尾で往復ビンタをされる。そんな未来が目に見えるよう。
「だめですか?」
「助けてもらえません?」
「デビュー曲では助けてくれるみたいな歌詞だったのに?」
くっ。
糸さんたちが椅子の背もたれに振り向いて、指先だけをちょこっと覗かせるように乗せる。そして目力をもって圧をかけてくる。
NOとは言えない。言えないよぉ! 正直、人形使いの術にも興味があるし。
みんなに力を借りるのに、私だけこっそりお金をもらう契約なんていうのもできない。
あと、この場で勢い任せに了承するのも軽率が過ぎる。過ぎるんだけど。
「な、なるべく、やってみます」
断れねぇ! 断れねえよぉ! 歌の話を持ち出されるとよぉ!
「お金は、その、いいんで。まだあの、高校生ですし。仕事でやるわけでもなし。みんなに手を貸してもらわなきゃ無理だし」
今度は私がまくしたてる番だった。
忙しない会話!
私の脳内キラリが「初対面!」「もっと警戒しろ!」「信頼できないだろ!」「だいたいぶわっとしゃべるヤツをまともに相手すんな!」「あんた、自分が押しに弱いってわかってるだろ?」と、非難囂々である。そばにいないのに、今日のことを話したらキラリの尻尾が荒ぶるさまが目に浮かぶよ。
ああ、それでも一応、確認しておきたいことがいくつかある。
「ミコさんに確認してもいいですか?」
「「「 もちろん! 」」」
「連絡がつくなら、むしろお願いしたいくらい。最近の進捗はどうなんだって。関東中が大騒ぎになったから、なにか起きてないか心配で心配で」
「あ、あはは」
糸さんは本体のことをとても気にしている。だからミコさんに連絡を取りたい。それだけ、なんだろうか。ううん。
「あと、浄土に繋がる思案地下鉄って、聞いたことあります?」
「なんです? それ」
「新作アニメの設定かなにかです?」
「浄土って地味っていうか、宗教色つよすぎません?」
これは、空振りか。なら、もうひとつ。
「もしもこの世にクローン技術が既に完成していたら、どう思われますか?」
「どうも、こうも」
糸さんたちはお互いを見合って、困ったように私を見た。
「「「 私たちが既に、そのようなものとたいして変わらないので 」」」
「あ。ノーベル賞を受賞したips細胞のようなものとは、またすこしちがいますけどね!」
「生体細胞として移植可能なものではありませんし」
「「「 でも、人として活動するという点では需要を満たせるかも? 」」」
「もっとも」
「「「 私の素体は私にしか動かせませんけどね 」」」
糸さんたちの話を聞いて、腕を組む。
クローンたちとの繋がりをどうしたって連想する。けど、関係ないんだろうか。
あるなら、割と話が早いのだ。糸さんの技術を喉から手が出るほど欲しがる連中のアテが、ちょうど私たちにはある。製造開発者たちである。
糸さんが彼らと繋がりがあるのかどうかも含めて、すべてを検討したうえで調査しないことには始まらない。始まらないのだが。ううん。連中と関連している人が、秋葉原で複数体の素体を動かす人形使いが私にいちいち罠を仕掛けるのだろうか。
「いやあ」
「働いてるといいことありますね」
「まさか来てくれるなんてね!」
「あ、休憩もそろそろ終わりなんで戻りましょうか」
「連絡先交換しましょ。メッセージで概要をお送りしときます」
「あと、ついでにオススメセットをお渡ししますから!」
「じゃあ出ますよ! いざ出発!」
まくしたてられて背中を押される格好で、ここまで私を連れてきてくれた糸さんとふたりで外に戻る。
ミコさんの知り合いというのが本当なら、彼女にそれほどの脅威があるとも思えない。思えないのだけど、ううん。どうなんだろう。
謎は増えるばかりだが、なんであれ、私が思うよりもいろんな出来事が起きている。ことによっては私の知らない加害の犠牲者がやまほどいて、彼らは助けを求めている、なんて。
さすがに都合よく考えすぎかな?
学校で報告することを思うと、いまから憂うつだ。
つづく!
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