第二十九話
ご飯もお風呂も済ませて、照明のスイッチの操作もめんどくさくてお部屋のベッドに直行。
倒れて寝返りを打って……お尻を下にしたら尻尾が落ち着かなくて。
足をがぱっと開いたら少しはマシになったんだけど『これ、はしたない』と、すぐにタマちゃんに怒られたので横になり。
うとうとしていた時のことでした。前置き長い。
「ん?」
こんこん、とノックされる窓。
重たいけど、ずっと寝てたいけど我慢してカーテンを開けて……吃驚。
沢城くんが手をひらひら振ってベランダに立っていたの。
あわてて窓を開けたら、
「邪魔するぜ」
入って来ちゃった……。
ど、どうしたんだろう?
「何かあったの? なんでベランダ? っていうかなんで私の部屋に?」
「うっせ、強いヤツの匂い嗅いでたら、たまたまここにきただけだ」
歯を剥き出しにして威嚇されましたけど。
三階の女子の部屋のベランダにたまたまこれ……そうだね。
身体能力おかしいもんね、沢城くん……。
「ちょうどいいや。ちょっと休ませてもらうぜ」
ベッドを占拠されましたけど。
「あ、あのう……そこは私のベッドなのですが」
ちなみに言えばさっきまで横になっていた場所であり。
そもそも! 男の子が横になってるっていうそのシチュだけでてんぱるんですけど!
「暴れすぎたせいか先輩が部屋まで怒鳴り込んでくんだよ……寝られやしねえ」
ふあああ、と聞いてるこっちにうつりそうな欠伸をする。
「……ふああ」
っていうかうつった。うつりました。
なんなのもう。眠いのに。ねむたいのに。
なんで私より気持ちよさそうに丸くなってるの。
そこ私のベッドなんですけど。
「去年まではシロんちに逃げてたんだけどなあ」
……むう。
ここはシロくんには申し訳ないけれども。
「し、シロくん、明日からたぶん寮に来るよ! 刀を手に入れたし」
私のベッドと安眠のためなの! お許しを!
「……へえ」
あ、あれ!? これだけじゃ弱いですか? 弱いですね! えっと!
「だ、だから今日くらい我慢してもいいんじゃないかな?」
「……いみわかんね。ねむい。つか寝る」
「ちょお!」
あわてて腕を取って引っ張ろうとしたら、逆に引き寄せられました。
「めんどい。てか……なんか、いいにおいするよな、あんた」
せ、セクハラだ!
「入学式んときも、そうだった……なんか、落ち着く……」
「え、え?」
ぎゅうと抱き締めたかと思うと、気持ちよさそうな寝息を立てられました。
ち、力強いよ。
やばい。逃げようがない。
腕を伸ばしてほっぺたを摘まんでも、耳たぶを引っ張ってもだめ。
沢城くんの顔を見上げる。
切れ長で、開けば蘭々と輝く瞳は閉じられたまま、開く気配ゼロ。
小さくて整った顔はどんなに歪めても無駄。起きない。
薄く開いた唇から聞こえるのは寝息だけ。
「……あれだ。一度寝たら自分のタイミングでしか起きないタイプの人なんだ」
『ぬしよ。心臓の鼓動がすごいぞ』
「しょうがないよ!」
ああもうタマちゃん。なんてこと言うのかな!
「だ、だだだだ、だって、だって、こんなの初めてですよ!?」
人生で友達でもない男子にベッドで抱き締められるなんて!
そうそうないよ! あったら困るよ!
『さすがは妾を掴んだ娘じゃな。男を引き寄せる運をもっておる』
「……も、もしかして、私ってばこないだのタマちゃんばりにビッチになっていく運命?」
むしろそれは同性に嫌がられるのが世のサダメでは?
ちやほやされたい、けど他人がそうなのは許せない、みたいなバッシングにあうのでは?
『そなた次第ではないかのう。まあ、のらりくらりやっていこうではないか。自分に災いがくるような下手は妾が介入して回避してしんぜよう……気が向いたらの』
「ふ、不安!」
『ぬしは妙に好かれる何かをもっておるのじゃ。大事にし、伸ばしていけばよかろ』
「きゅ、急にマジトーンで褒められても!」
困る……!
『ふああ……それよりも、寝たらどうじゃ?』
タマちゃん眠そうだ。変わってくれる気配もまるでなし。
「十兵衛? ねえ十兵衛? 逃げる術はない?」
『……ぐう』
頼みの綱の熟睡。それ即ち絶望。
「寝てる……だと!」
『おやすみ……』
「タマちゃんまで!? ……ううう」
何度も身じろぎしてみたり、尻尾で彼の足を叩いてみたり……色々したけどだめで。
むしろ、
「んん……」
強く抱き締められた。
髪に鼻を寄せられて、深呼吸される。
「すうう……ふうう」
「ぴいいぃいい!」
その息がケモミミから入ってきて、全身がぞわぞわして。
必死に身を捩って逃げたら今度は顔が真ん前で。
あわてて背中を向けたら……お腹をぎゅっと抱き締められちゃって。
「あ、う……」
「いくな」
ふり返ってみたら、相も変わらず寝たままで。
だから今のは寝言に違いなくて。
なのに妙に切羽詰まった言い方だったから……逃げる気持ちがしょげてきた。
……疲れてるのに。
私が動くのを止めると、安心したみたいに深い息をした。
それからずっと気持ちよさそうに寝たまま。
ふり返って見ていて気づいたのは――……本当に心地よさそうに、安心しきった顔で寝ているという事実。
恨めしいのに、なぜか妙に憎めない。
人の体温と男の子の腕の中という事実に私の心はドキドキが止まらないのに。
なんでかな。
沢城くんにはつい許しちゃう何かがあって、シロくんはそれで本気で嫌ったりはしてないのかな。
すごくすごく意識はしているみたいだけど。
沢城くんはあんまり気にしてなさそうだ。
振り回すタイプの人なんだろうなあ。
いちいち心を乱されてたら大変な予感もする。
深呼吸して意識しないように気をつけていたら……私の身体は思いのほか、すごくすごく疲れていたみたいだ。
難しいことは明日から考えよう……。
「おやすみ……」
限界を迎えた私の疲労は、初めてのシチュエーションなんてぶっとばして私を眠りに誘うのでした。
つづく。




