第二千八百八十四話
警備部侍隊のオフィスに通される。
デスクが並び、待機している隊員は精鋭揃い。みんな制服姿で書類仕事をしているけど、私を連れたシュウさんが入るなり全員で直ちに立ち上がる。うわ。すご。めちゃくちゃ体育会系じゃん。
シュウさんが私と来た理由を述べてから、楠さんを呼ぶ。カナタの師匠で大学部に通う光葉先輩のおじいさん。なんと現役。刀鍛冶の凄腕。禿頭で髭を生やしている。シュウさんが私に身体を寄せて、こそっと「最近イメチェンしたんだ」と教えてくれた。するんだ。イメチェン。してもいいじゃん。イメチェン。
改めて考えてみるとシュウさんは侍隊を率いている人で、一番偉い人でもある。だから佐藤さんとあねらぎさんの助力ができそうに思える。だけど警察組織では警備部の一部署の偉い人であって、警備部に刑事の真似事をさせられるほどの権限はない。警視庁の侍隊にだって日ごろの業務がある。デスクにいない人もいて、警視庁所属の侍隊として外仕事もあるみたい。
シュウさんが私に金色本を見てもらうように言ってくる。どれほどシュウさんが凄腕だとしても、楠さんほどの経験や知識まではカバーしきれないよね。最年長の凄腕の体験を頼ろうというwかえだ。
シュウさん用のお部屋に入り、来客用のソファに腰掛ける。それから金色を集めて本に化かして、財前息子氏の霊子を記録したページを開く。いまも足跡がどんどんつけられる。
テーブルに置いて見てもらうと、楠さんがおでこの皺をより一層深くしながら、腕を組む。
「これはまた。人の霊子というよりも邪のようですな」
「邪、ですか」
「人の霊子は膨大な情報を抱えていますが、こうして面と向かっているときには、相手から伝わってくるものなど、そうありません。容姿、格好、姿勢、顔つき。それらの細々とした情報は自分である程度つくれるし、ごくわずかなことしかわからない」
まあ、たしかにそう。
「007の初代ボンドを演じたショーン・コネリーは、元々は炭鉱仕事などをしていて、とてもボンドの洗練した振る舞いなどができず、プロデューサーらが徹底的に教えたそうだね」
「アン・ハサウェイはプリティプリンセスで、普通の高校生だったのに突然、一国の王女であることがわかり、王女としての振る舞いを叩き込まれていました」
容姿は整形をはじめ、髪型などでカバーできるし? 格好もそう。なにを着るのかはスタイリストさんがつくだけでも、だいぶ変えられる。ボンドを演じるショーン・コネリーには衣装さんがつくし、アン・ハサウェイが演じるプリンセスはそれこそ、格好のお世話をする人がつく。劇中でね。
姿勢も教わればいいし、顔つきもそう。
さすがに貫禄となると、けっこうむずかしいところがあるけれど、ある程度はごまかしが利く。
結論すると、見た目はカバーできる。カバーできるからこそ「努力するべき」という抑圧にかかる人もいる一方で現実問題、「見た目はすべてじゃない」。
一方で「見た目に気を遣える」とか、「見た目を利用できる」とか、いろんな見方ができるし?
なんであれ、すべてがわかるはずがない。当たり前だけどね。わかるのはせいぜい、自分の先入観に基づく情報くらい。
「まあ、実際、一部ですよね」
「霊子も同じだ。我々刀鍛冶も、たちどころに霊子を通じて相手のすべてを理解できようはずがない。扱える情報量には限りがある。関わりにおいても変わらない。仮に隊長と私とで、互いの霊子を採取、霊子の情報を表現して相手を再現してみせろという試みをした場合、相手のすべてを再現することなど到底できない」
けっこう怖いことを言うなあ。
「そんなことができるのなら、クローンとやらも我々が直ちに再現してみせるところだ。しかし、できない。様々な理由があるが、そのひとつはなにか。霊子の膨大な情報をたちどころにすべて操るなどという芸当が不可能だからだ」
「青澄くんも同じだと?」
「ええ。仮に霊子のすべてを採取して貯蔵したとしても、これ、このとおり」
楠さんが両手を膝に置いて、アゴを前後に振る。本のページを示している。
ページの向こうから紙面に向けて足を何度も踏みつけてくる。黒い墨のような足跡がついては消えてを繰り返す。
実際、他のページも同じようなもので、魚が泳いだり、手形がつけられたり。人になるのなら、紙が破れて人体に化けるくらいしてもよさそうなものだけど、そうはならない。
「形になっているのは、特定の現象。限定された反応です。隊長の仰る表現が、私には既に行われているように見える」
「だって」
シュウさんが振ってくるけど、わからない。私には彼らに表現してもらうことを意図して紙片に記録していない。だけど改めて考えると楠さんの言うとおり、記録した霊子は既に紙に表現を試みているとも言える。私がこうなるようにお願いしたわけじゃなし。彼らが自発的に紙で自己を表現しているのかもしれない。
「邪も同じ。我々現世の人間の霊子から生じるもの。欲望の凝縮体。本来、様々な欲望を持って生きる我々の、ごく一部の限定された欲を軸に形成された、交流できない怪物たち」
「コミュニケーションは取れないね」
「ええ。これも、同じような性質に見えます」
過去を振り返る。
初めて学校のみんなで挑んだ討伐は、学校最寄りの駅近くにあるショッピングモールの駐車場。トモと一緒にやっつけたのは、えっちなことがしたい欲望が形になった触手まみれの小さなボールだった。先生や先輩たちが駅や電車、モールから追いやった雑魚たちのうちの一匹だ。
これまで出会った邪はどんなものだったか。京都で見るものが妖怪たちの姿をした手強くて厄介なものだけど、私たちが月一討伐で出会う東京の邪はもっとへんてこで、生きものとしての体もなしていない怪物みたいなのが多かった。
「さらに言えば、そうですね。子や孫が見ていた映画や遊んでいるゲームに、ありました。怪奇現象の類いとでも申しましょうか」
「あ」
楠さんの指摘にぴんときて、ページをめくってみせる。
手形がばんばん、赤い色で塗りたくられるページを見せてみるとシュウさんが「なるほど」とうなずいた。
「ああぁ、怪奇現象ね」
「ビデオから女が出てくるやつですな」
楠さんが目を閉じてしみじみとうなずくから、私とシュウさんは顔を見あわせた。
ちょっと、ううん。古い、かもぉ。貞子でしょ? お父さんとお母さん世代でやっとじゃないかな。マドカやキラリには通じないまである。ちなみにうちは、親が見せてきたので知っている。
日本のホラーから世界に進出した監督の作品で、ハリウッドも原作として利用している。おっかないよね、見たら死ぬビデオ。VHS。そのVHSがもう、一般的じゃなくなっている。BDさえ取り扱わなくなってきてるよね。ネットでストリーミングが主流になってるんだから。すると、いまならネットで見たら死ぬ動画に? VHSよりも特別感がないね。ものじゃないとさ。だれもが見れるの当たり前なのって、どうも、ね?
ああでも、怪奇現象と思うと貞子が出てくる「リング」からの、膨大なホラー映画群を思い浮かべちゃうな。ゲームというと、なんだろう。夜廻、深夜廻なら、トウヤとコバトちゃんがお姉ちゃんにやいやい言われながら遊んでるのを見たことがある。
どちらの作品も女の子が怪異や異変に遭遇しながら、神さまの怒りを鎮めたり、荒ぶる神さまから身を守ったりする物語だった気がする。どちらにおいても女の子は様々な怪奇現象や幽霊、お化け、怪物に襲われる。捕まるとたぶん、殺されている。血まみれになる描写と共にゲームオーバーになっているから。
水ぶくれした身体。足だけお化け。腕まみれ触手。細長い人。いろんなのがいた。
ホラー映画もいろいろ。真っ白なこどもとか、着信がかかってきたりとか。ゲーム原作で、サイレンが鳴ったり。有名な都市伝説のホームにたどりついちゃったり、こわぁいトンネルがあったりね。娘と一緒に引っ越したビルで水回りのトラブルがやまほど起きたりさ?
でも、元を辿ればもっとやまほどある。水木しげるのゲゲゲの鬼太郎は妖怪、お化けをやまほど扱ったし、金田一耕助シリーズじゃあ八つ墓村は十分ホラーだよ。怖いもの。
でもって怪談の歴史はもっともっと長い。伝奇、伝説として語り継がれた内容は、それこそ神話や民話として、大昔からずーっとずーっと残り続けている。近代だけのものじゃない。当然だけど。
幽霊の正体見たり枯れ尾花なんて言うくらいだし? インドの名作映画「きっと、うまくいく」じゃあ、それこそ真夜中の村でお化けを恐れる話が出てくる。心は怖がりで、なんてことないことにさえビビり散らかすのが私たち。だからこそ、あの映画では「あーるいーずうぇーる!」と唱える。
一方で、国境の隔てなく私たちの心は怖がりなので、いろんなものを軸にお化けを見出す。
世界の怪談。内訳は様々。
ともすれば現象じみているものを相手に、なにができるのか。基本的にみんな、どうにもできず、身を守るので精いっぱい。
そういえばバトルロワイヤルものか、みたいなやつもあった。映画「来る」。すごかったなあ! あの映画はそんじょそこらのホラーとは一線を画すレベルだった。最初はホラーなの。普通のホラーなんだけどさ? だんだん様子がおかしくなっていくの。柴田理恵さん、まじでかっこいいから。
あとは「カルト」も好き。ネオさまが出てからが本番。ちょうつよい。
漫画や小説はもちろん、昔の浮世絵とか、昔から噺が伝わる落語とか、いろんなものに怪奇がある。
でも、なんていえばいいんだろな。
世の中は言うまでもなく平等でも公平でも公正でもなんでもない。それらは常に、私たち人間が不断の努力で構築しつづけて、維持しつづけていかないかぎり、たやすく不均衡に、悲惨な形に崩れ去っていくものだ。
そうした被害の先に、もはや語れない、話せない、言えない、その気もないし、意欲を持つどころでもない状態になっていく。追い込まれて、傷ついて、へこたれて、余裕もなくなり、どうにもできなくなっていく。
そのどうにもならなさは防衛機制の深刻な状態を招く。
日ごろの穏便な関わりは、いろんな元気や、それこそある程度の「見た目」への対応とか、日々だれかと関わる元気とか、意欲とか、いろんな「土台」と「運動」、それらを支えるあらゆる依存との接続があって、初めて成り立つ。三食たべられてるぅ、とか。ちゃんと眠れてるぅ、とかもね。欠かせない。
それらが崩壊して久しくなってしまっているのが? まさに被害の先にいる状態だ。
怪異もお化けも、その状態をより悲惨にしているものが基本。意思疎通ができないのも? 基本。
「言うなれば荒れた海、台風や雨を相手にするようなものですな」
「邪を想定に含めるなら、人の悪意の表現との対峙ともいえる」
ふたりの大人を前に考える。
あれ? 私ってば、つまりあれかい? ページを軸に考えるのなら、踏みつけてくる足とか、叩きつけてくる手とコミュニケーションを取り、情報を得るってことになるのかい?
おいおいおいおいおい!
いよいよじゃない!?
妙なことをしてきた実感はあるけど、いよいよおかしなことになってきたよ?
「まあでも、金色狐どのならいけるでしょう」
「青澄くんなら、なんとかしてくれると思うんだけど」
ふたりの対応もおかしいよ!?
「そっ、そこはぁ、おとななら、自分たちが手助けするとか、いざとなったらフォローするとか言うところじゃないですか!?」
「有事となればもちろん」
「そうじゃなくて、コミュニケーションのほう。どうもこういうのは不慣れでね」
「我々には経験がない」
いやいやいやいや。
「無茶ぶりかぁ!?」
「別に最初からうまくやれなんて言わないさ。ねえ、楠さん」
「ええ。むしろ、我々でも未経験のことですからな。挑戦できるとも思えない。しかし、あなたはやるのでしょう? だから、ここに来た」
「いいよぉ。盛大にやらかしちゃっても。うまくいかなくたって構わない。どぉんとやっちゃいなよ」
「無責任か!」
思わず立ち上がって強く言うと、ふたりして顔を見あわせてから、私に笑顔を向けてくる。
「だって、ねえ?」
「ええ」
「「 できないしぃ 」」
くっ、そっ!
それが大のおじさんふたりが言うことか!
歯を見せて、きらっきらの笑顔を見せるおじさんたちが恨めしい!
吹っ切れたシュウさんは、去年の五月に荒ぶる前よりずっと手強い。なにせ、ずるくなった! そのずるさの師匠が、楠さんなのでは? と思うくらい、ふたりは息がぴったり合っていた。
なのに、ああ。きらいじゃない。
「じゃあ、できないなりにやってみますけど。怒らないでくださいよ?」
「いいのいいの。見つからなくてもしょうがないって思ってるんだから」
「隊長、それはさすがに打ち明けすぎですよ」
シュウさんに楠さんが釘を刺す。
だけど、いま思えば今日は、体裁作りに付き合わせることはあっても、結果を出せなんて圧は一度も見せなかった。そもそも最初から、無理なら無理でいいって言っちゃってたしなあ。
そんなんでいいのかなあ。
「でもね。正式に依頼してきたわけでもなし、アゴで使われてうまくやるなんて。そんなルールなら、破ったほうがいい」
あんまりな言い分だ。さすがに楠さんがため息を吐く。
だけど本気で思っていそう。
「私には手がない。侍隊にも、対策室にもね。警察はいま、事件で手が足りないくらいだ。だれもなにも見えずにいる。本当なら人を使いたいところなのに、それもうまくいかないからっていうんで、私に声がかかり、青澄くんを連れ出すことになった」
ろくなもんじゃないと断言する。
横暴が許せないし、そんなろくでなしにアゴで使われるのも腹立たしいのだろう。
「そういうところで政治に付き合ってあげて、利用してしまうくらいがいいでしょうに」
楠さんが呆れた顔で指摘するのだが、シュウさんは面倒そうに手を左右に振った。まるで目の前を飛び回る蚊を追い払うように、心底うっとうしそうな手つきだった。
「いやだなあ。犬っていうのはね。階層をよく見極めて生きているんです。おまわりさんが噛みつくべき相手に頭を垂れちゃあいけないでしょう」
楠さんがただちに「おおこわい」と言いながら立ち上がった。
「怖いから、お茶を煎れてきます」
そそくさと退散するあたり、楠さんから見てシュウさんの怒りは触らぬ神に祟りなし級なのかもしれない。私にはまだ、ピンとこないけど。
つづく!
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