第二千八百七十八話
ぬいぐるみを着飾らせることにドハマリする姉にぬいぐるみや衣服などをせっせと化け術でこしらえる。その合間にミコさんと話す。確認が必要なことが多すぎるなかで、ひととおり私がしゃべったあと、彼女はすこし考えてから切り出した。
「私は生まれなおすようにして、命を永らえている。最初からじゃないけどね」
「生まれ、なおす? ヘビみたいに脱皮を!?」
「しません! 人体にそんな機能、ないでしょう?」
「おぅ」
なんかそういう術でもあるのかと。生まれなおすなんていう奇跡が使えるなら、それくらいのことができるのかと。
できないみたいです。残念! でもないな!
「すこしは勉強したみたいだから伝えておくとね? 古代は子を生み繋いでいくことが命の循環を意味していたの。まあ、すべての地域がそうかは知らないけど、私の生まれたところではそうだった」
「はあ」
古代仏教、古代ギリシアの価値観。別に古代はその二点しかないわけじゃなし。人が分布した地域に様々な風俗があるはずだ。歴史はこの二点にしかないわけでなし。蓄積された過去だって、地域、団体などで様々なはず。せいぜいごく一部の話。
だとしても? ミコさんは、まさに、子を繋いでいくことが命の循環に繋がる営みだった。
私の命は子が生まれることによって永らえる。私の母、祖母、そのうえの先祖も。子、孫、ひ孫、そのさきの子孫も。そういう考え方だよね。
家族に閉じるか、集落や村に閉じるか。共同体までにするか。そのあたりの規模感の違いはある。でもってひとつの集団を決定づけるものは、敵か味方かという二項対立と紐づくと非常に厄介な価値観に化けていく。
「有り体にいえば次の命に魂を移すわけ。その術の性質上、他人のではなく、自らの子宮に宿った命にね」
「お、おおおお」
こいつはとんでも生々しい魔法があったもんだ!
「もちろん術はこれだけじゃないんだけどね。この術を選んだ場合は、当然、以前の私の亡骸ができることになる」
「そう、なります、ね」
「そして人工的に私を作り出したい連中がいる、となれば?」
「かつてのミコさんの亡骸を狙う?」
「ええ。名前も立場も身分もまるで不明の、どれが私の亡骸かわからないものを探し出せるのなら、ね」
見つけられないはずだった。
ミコさんの話のニュアンスからも、けだるげな声からも伺える。
いつの時代に生まれたか、どう亡くなったのか。そんな情報だって、まるでない。手掛かりひとつ残っていないし、残していない。そう意識しているみたいだ。対策だって取ってきたんだろう。
「でも、あなたの話からすると、私の似姿にこぎ着けた事例がひとりいたことになる」
「とても成功しているようには見えませんでしたけどね」
二頭身の狐のぬいぐるみをいくつかこさえたので、一端中止。お姉ちゃんのセッティングが追いつかなくなっている。ぷちたちに遊んでもらう用のぬいぐるみも残しておく必要があるから、これでいい。
それよりも、私が見たあいつのミコさん似姿状態を金色立体映像で再現してみせる。
上下の歯が不揃いで、抜けたり溶けていたりする。肌は病的に青白い。髪はかなりのダメージの蓄積が伺えるぱさぱさの白髪だけ。瞳は赤い。再現してみると、目元のクマや肌荒れも目立つ。毛穴に皮脂汚れがあるし、手足の爪も伸び放題。近づいたら汗の臭いなどがすごかったかもしれない。
「なんとも、無残な姿だわ」
さすがにミコさんも呆れている。けれど思いのほか、ダメージを受けている感じはない。
「これを予期して、クローンを探して潰していたんですか?」
「まあ、ね。本当に成功させられるとは思ってなかったんだけど。それでなくても狙われるから」
いちいち潰していかないと手に負えなくなる、と。
あいつもミコさんが忙しい理由について揶揄を含めながら語っていたっけ。
「体毛とか、皮脂とかを採取して再現した可能性もありますよ?」
「そっちだと信じたい。彼というべきか、彼女というべきか。この子は盟主との繋がりを希望していたのね?」
「ええ」
「実験の果てに身体をこんな風に、他人のなり損ないにされたら、ね」
長く息を吐く。
「生まれなおしの術っていうのは、ある程度そだった胎児に対して行うのか?」
お姉ちゃんが聞きにくいことを尋ねながら、テーブルの席に腰を下ろした。飾りつけは一休みかな? ミコさんのおもてなしに出したラングドシャに手を伸ばす。甘みの補給は大事。
「いいえ。列島にやってきた錬金術師からホムンクルスの製造方法を聞いていたから、精液と卵子の加工を思いついたの。疫病がひどい年で、私自身、病に伏せっていた」
「それで魂の依り代に卵子を選んだ?」
「もちろん精子の扱いも重要だった。妊娠するかどうか。それが無事に育つかどうかも賭けだった。だというのに当時の私ときたら、賊に襲われて死ぬかどうかの選択肢しかなかった」
疫病は治安も破壊する。
「襲われながら生まれなおす術をかけたのか」
「賭けだった。精液への干渉ができない、それどころかもはや身動きができないほど傷つけられた状態では」
よほどのことがあったんだ、なんていう浅い予想を打ちのめす。ミコさんの話にはそれだけの威力があった。お姉ちゃんはあまりに気にする素振りがない。なんなら見ていて妹ながらどうかと思うくらい気にしていない。
「男に襲われたときの急場を凌ぐ最後の手段というわけだな」
「まだ死ねなかったから」
「そうか」
あまりにも壊れやすい空気になる。こういうとき、なにをどうしたらいいのか途方に暮れてしまう。
「だから決して多くはないし、そもそも墓さえ十分に残っていないの。遺体の処理はした。使える骨片ひとつ残していない」
「連中が墓をどれほど荒らしても見つからないわけだ」
「ええ」
私に気をつかうはずもなく、ただただふたりが話を本題に戻していく。
「いまこの私が連中の求める存在だと気づかれているか?」
「隔離世のお前の城がいっそ露骨に主張しているな」
「だから、髪や体液の採取を防げているとは思えない。けれど、それでどうにかできるほど、私の霊子情報は取り扱いやすいものでもない」
「長命ゆえに情報量は膨大すぎるし、現世の人間に扱えるだけの技術力もない、と」
「そういうこと」
どれほど模倣だなんだに利用しようとしても限界がある。
それでも無理を通せばどうなるのか。あいつのような、不十分な状態になる。連中が望むものとはほど遠い不十分なものになる。そうすると、あいつにとっては何重もの加害を受けているようなものだ。
ただ、連中の明坂ミコ製造が中途半端で、不十分に感じる理由がわかった。
無理なんだ。どんなにやっても無理だった。だから連中は方針を変えざるを得なかった。
そう考えると、あいつは連中に捨てられたのだとしても不思議はない。いや、厳密には廃棄処分にされても、かな。野に放つ意味がない。リスクしかないから、そんなことはしないだろう。でも、活用できるとも思えない。尋常ならざる膂力と身体能力、知恵と技術を備えた超人じみてるミコさんに比べるとね。走れば息切れしそうだ。すごく早く疲労骨折してしまいそう。
そうだ。どう見ても手足が細い。大戦期にアメリカが撮影した収容所の生存者、死者たちくらい。
こんなに注意力が散漫になるもの?
「そこを考えるとね。この子の悲惨な状態は必然だと言える」
早い話、連中の技術は連中が思うほどには十分なものじゃなかった。
ミコさんの再現なんてできやしないし、無理だった。だけど利益になる技術の萌芽はあるとみて、無理な実験は続けていた。平塚さんたちにしたように。
時系列も、案外あいつよりも平塚さんたちのほうが後かもしれない。
あいつは命を繋いで、いまに至ったのではないか。八尾の膨大な霊子は、なんのために? そもそもなぜに狐? なぜに私? なぜに黒いの?
「黒いのに助けてもらいたかったんですかね? それとも、連中を成敗してほしい、てきな?」
「さすがに答えは本人にしかわからないだろう」
「それこそ生まれ変わりたい、みたいな願いがあったとしても、ね」
お姉ちゃんとミコさんの言葉に感じる。
引っかかる。
それに内心、感じる。
そうではない、そうではないって。
今日のあいつはなんで、私に会いに来たんだろう。
最初のときからずっと、あいつは示唆的に振る舞っていたのではないか? カンバーバッチが演じるシャーロックなら今ごろとっくに答えを出していそうな、そういうメッセージを既に出していたのでは?
わかんないなあ。
わかんない。
八尾は私になにも教えてくれない。あいつだって、私に直接わかりやすくは伝えてくれない。
コミュニケーション不全!
望めば行えるわけじゃない。あいつや八尾の都合がある。仮に正論で否定するものがいくら浮かんでも、それはあいつや八尾の選択じゃない。私やだれかの正論でしかない。そんなもので本人を動かすことはできない。そんな力はない。どんなに皮肉ろうと、ばかにしようと、通用しない。
そうでしょ?
とことん、徹底的に、自分の都合は他者や世界という境界線をまたぐ力を持たない。
あらゆる苦悩、つらさを私たちは抱える。なのに苦悩やつらさは、なにかをどうにかする力にはならない。みんな、みんなね。無力だ。
古代インドや古代ギリシアでは、その無力さと世情の実態に、いまからじゃ想像もできないくらい悲観的だったんじゃないかな。だからこその誕生否定、いやさ非誕生優良。生まれてこないほうがよかった。結論がまずそこにあるから、すべての体験も結果も、体感も、快も不快もみな、生まれてこないほうがよかったというところに収束する。誕生しないことこそが優良で、誕生したことよりも素晴らしいものだと捉える。
古代インドにおいては幻視仏典からして「輪廻する」、だけど輪廻を否定する。輪廻から解放されることをこそ目指す。ブッダにしたってそう。
どう足掻いても苦しみやつらさから逃れる術はない。
西洋哲学は「宇宙とは」「宇宙にとって人類とは」などに向かっていく。「神にとって人とは」や「人にとって神とは」にもね。それと同じように「生まれてしまったこと」について掘り下げていくんだ。
ブッダをはじめ、東洋哲学はちょっとちがっていて「生まれてしまった」ことについて、どれほど考えたって「生まれてしまった」ことをどうにかすることはできない。だって「もう生まれちゃった」んだもの。「生きてるんだもの」。どうにもできないことを考えるのは苦しみのもと。そんな苦しむようなことを否定する。苦行だって否定するブッダだ。意図的に苦しむことを選びはしないよ。なので「生きてる私たちはどうするか」に焦点を当てる。
なのでブッダと弟子たちの、そしてその教えが色濃い南方仏教の方針は「輪廻から離れる」ことになる。そのための修行は輪廻を肯定しているけど、実は西洋哲学のような掘り下げや探求に注力しない。それよりもむしろ、死ぬことに対する具体的な対応に焦点を当てる。だからいまも根強い人気があると言える。戦争や紛争、悲惨な事件・事故の体験であったり、重病治療から生存したりしてさ。あるいは終末期であったりしたら? まさに生や死を意識するような体験をしたら? 死を間近に、どうするか問われることになる。でしょ?
けれどブッダたちの思想においてさえ、生まれてこなければよかったという捉え方がある。一方で西洋哲学ほどには、そこでぐるぐるぐるぐる考えない。ただ原始仏典に「人は汚い」とかの考えが残っているくらい、悲惨さを数えたらきりがない。
誕生を否定しても、非誕生、つまり生まれてこないほうがよかったとする優良も、誕生を肯定しない。いいことを肯定しない。勘定しない。私たちの体感のように、ネガティブを評価しすぎる。記録する脳と身体のように、あまりにもネガティブを敏感に捉えすぎる。
猛烈な先入観と偏見という影響力を持つ思想だ。非誕生優良は。
人類はそこまで苦しみやつらさを克服できていない。サンデルとピケティだけじゃない、あらゆる人たちが語るように不公平と不平等は深刻だし? その対策が十分に行えると言い切れる世の中じゃない。古代から、その点は変わらない。いろんな変化、改善、反省、批判や、学問における真理の探究、科学技術の発展などが、具体的実態を変えてはいる。けれど、具体的な苦しさ、つらさもまた変わっていく。
改善をはじめとするあらゆる営みがやまほどいる。古代から変わらず。綺麗事がやまほどいるように。いまを繋げるあらゆる営みが永遠に必要なように。際限なく必要だ。
コミュニケーションだって本来、そういうものじゃない?
だけどコミュニケーションに移るために必要なことだって、やまほどあるわけじゃん。ね?
あいつの願いがなにか。
なんであろうと、叶えられないかもしれない。
あいつは黒いのを期待しているのであって、残念ながら求められているのは私じゃない。
『行かないし、行けないぞ?』
黒澄さん、噂をしたらなんとやらじゃない?
普通、こういうときは私を安心させてくれるはずじゃないの?
あなたには借りがあると思うの。なんなら、あいつだってあなたに借りがある。
『物理的に無理だ。お前、最近ずっと調子が悪いだろう? お前の力がうまく扱えない』
でも、あなたは単独で移動できる力があるはずじゃない?
『こっちはこっちで忙しいんだよ。能力者が許せない人間さまたちが戦争を仕掛けてきていてね。無理に黙らせたもんだから、反発も激しいものになった。参ったね』
ああもう!
『自分の思うようにはいかないものだ。他者がいて、他者が集まる世界を相手にしたら、いつだってね。できなくても、無理でも、手を尽くすしかない』
望む世界に向けて。具体的に。だれも侵さず。苦しみやつらさを用いず、ただ、減らすために。
どれだけできるんだろう。わからなくても、やるしかない。
あいつはその限界のなかで、八尾を作り出して、育てた。私に注いでみせた。
なんで?
聞きたいことほど聞けない。
教えてもらいたいことほど教えてもらえない。
話したいことほど話せない。
きっとあなたは、何度でも私から逃げていく。
そうとわかっていても、私は追わないと。
つづく!
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