第二千八百七十五話
ドラマをちょっと見てたんだ。TOKYO MER。
変態仮面、シティハンターという実写化するにしても無理がありそうな人物を見事演じてみせた役者さんが主演を務めているドラマで、紛争地域で医療活動をしていた火とを演じる。
現場治療を行う医師チームを率いるリーダーを演じるんだ。屋外で手術の準備、手術が行える特殊車両を乗り回す医療チームが災害現場に駆けつける。
基本的に「医者は病院で」。なので、みんな主人公を侮る。見下す。バカにする。自分たちの常識から外れているので評価しない。付き合おうとしないし、真に受けない。反対する。
アメリカに負けず劣らず、日本もけっこう医療ドラマが多い。だけど、どれにしても「医者は病院で」。なぜって手術は様々な資材を必要とするし、なにより衛生環境が高いレベルで維持されている必要がある。
ブラックジャックはよく屋外オペを行うけれど、必ず「消毒」「準備」を欠かさない。漫画でもね。医師を夢見て勉強していたこともあるという手塚治虫の全力描写ってことなのかも。ツッコミもいっぱいあるそうだけど。
でもさ。当たり前だけど、仮に「オペ室」「オペの準備」ができるとしたって、災害現場で働けるのかっていったら? もちろん、無理だ。すべての医師が、その適正をもって働けるわけじゃない。
そもそも責任と直結している。災害現場で働くのは。足りない物資の問題だけじゃなくて、のしかかるものと付き合うことができるのか。
聖歌ちゃんのお姉さんは、まさにそれを選んだ。戦争や紛争では軍事施設だけが狙われるんじゃない。病院、学校、大型居住区などが率先して攻撃の標的になる。住民の士気が挫かれれば、それだけ戦争や紛争の目論見が進めやすくなる。
かつての大日本帝国軍は南京をはじめ、侵略先で。そして、かつての日本はアメリカに。言いだすと、まだまだ出てくるけどね。戦争も紛争も世界中で起きていたし、起きているんだから。
言っちゃえば、実例がやまほどある。なのに国境を越えて医療行為に挑むって、それはもう、すさまじいことだ。たまにドキュメンタリー形式の番組で、医療物資が圧倒的に足りてなくて、経済問題だけじゃなくて政治の問題も多種多様に絡む事情に苛まれて困窮しながら働いている人たちが紹介される。
医者が出ていけば、発展途上国や後進国の医療事情がよくなるのか。そうはいかない。多層的な問題が絡んでいて医者だけの問題じゃないから。そもそも国内の医者が足りているのかって話もある。都心はさすがに人が集中しているだけマシだろうけど、地域や地方はどうか。医療が欠けている場所は?
そんなツッコミどころもある。
一方で!
予算があるからこそ、東京から始めていくっていう取り組み自体は面白いし、ありだと思う。そして、その取り組みとして東京MERが始まる。
もちろんこれにもツッコミどころがあり「医療現場のやまほどある問題を解決するべきじゃない?」。「新しいことをすればいいのか」とね。
でもって、このドラマには「今日から俺は」や「アフロ田中」の主演をした人が、かつて医者で、いまは厚生労働省の官僚になった人物がMERチームに参加している。主人公の現場医療理念に反発していて「理想論を語るのは気持ちがいい。でもこどもだ」「医療現場はいろんな問題を抱えていて、それはこんなことをやっていても解決しない」といらいらしている。
官僚の上司官僚はもっと露骨に、MERを敵視する議員にゴマスリしてて、手柄ほしさにMERを潰したい。官僚は上司の圧が高まる一方で、一度染みついた医師の振る舞いや医者になる初心から、しばしば主人公の補佐に回るという圧倒的ツンデレかつライバルタイプ。凄腕だ。
言ったらなんだけど、とにかく足りてない。現場に必要なあらゆるものが足りてない。現実でもそう。
そんななかで配役として割りを食うのが、研修医。未熟だけど自覚的。真面目で勉強熱心。だけど勇気はないし保身的で保守的。そりゃあ、そう。研修医で、まだ学んでないことがたくさんあるんだから。不安でならないだろうから。本来なら上司や先輩のフォローがなきゃいけない。大事に育てる存在だ。
だけど、MERを率いる主人公は研修医にいろんなことを委ねる。ついていくのが精いっぱいだし、そもそも現場医療ってなに? こんなのやる気もてないって反発していた。不安でならないんだ。研修医は上司官僚のMER潰しに利用されたり、現場で鉄骨がぶらぶらしている下で治療するチームのもとに物資を持って行けなかったり、診断を先送りにしてあわや患者を殺してしまいかねなかったりする。
露骨に視聴者がヘイトを向けかねない立ち位置にいるけど、でも、研修医。荷が重いのは明白だ。
ブラックジャックじゃ当たり前に描写しつづけるし、大きな事故やテロなどが起きたときのアメリカの医療ものでも鉄板だけど「いま、あなたしか、その人の手当てができる人がいない」とき、分かれる。
やるのか、やれないのか。
そういう状況を上司官僚や、MERを潰したい政治家はにやにやしながら見ている。
どうかしている。
いままさに死にそうな人がいて、だれもが手を尽くすほかにない状況で「出世のためにミスを願う」ことしか頭にないんだから。
どうかしている。
まあ、それが脚色であり、演出なんだけどね。じゃなきゃ悪役にならないし、悪役らしさが立たないでしょ? 人間であることよりも、悪役らしさを優先することさえある。それが適切かは、別。あと、実際に倫理観がどうにかしていて、まさに人命を軽視して笑うような人物も存在する。
現実にこういう態度を取る人がいたら? 私たちは強く軽蔑し、その場から遠ざけなければならない。
ハラハラするよ。毎回。
だけど、のめり込むくらい気に入っちゃった。久々にぐっときたドラマだ。
なんでも大概「専門家からしたら痒いところがやまほど」っていうのが、お仕事ドラマの宿命だから、そこは忘れずに。
海外で医療をしていたらすごいのかよっていう話ももちろんあるしさ。なんかね。たいへん。
結果がわからないし、不十分で、不足がめだつし、失敗を勘定に入れたら止まったほうがいい。でも、そんなことを言っていたら、なにも始められないし、なにも続けられない。
「成功だけして成長・発達すればいい」とはいかない。
私たちにはあらゆるものが必要すぎる。おまけに失敗も、そのフォローも必要なんだよね。
学校から金色雲で渋谷に向かう最中、しみじみと考える。
手元にスマホ。眺めるのは、今朝のぷちたちの驚き喜ぶ様子。あと、おっかなびっくりカボチャの頭に怯んでいる子たちの姿。はしゃぐ子たちだけじゃない。怖がったり、びっくりしちゃう子もいる。そりゃあね。十人を超える人数が集まれば、そりゃあそう。なので泣いちゃう前に抱っこしてなだめるので、本当に忙しかった。
見ていれば見ているほど「やっちゃった」とか「でもよかった」とか、いろいろ考える。感じる。
初手から百点で始めて、ずっと百点維持が当たり前。なんなら加点を取らなきゃ評価しない。その加点のみを「成功」として勘定して、「成功だけして成長・発達すればいい」。転じて「成功していないのならば、ただちにやめる・やめろ」とするのは? 現実的じゃない。
現実的じゃないけど、横行している。
自分のなかでも、社会のなかでもね。フィクションのなかでさえ蔓延している。
でも蔓延の背景もある。それぞれ、具体的に。雑多に大きな話に済ませて終わらない。
「ううん」
産業構造の末端が仕事で食べていけないとき、ついつい「中抜きが」とか「発注元が取りすぎ」とかに済ませてしまいたがる。私はね! 実際に末端がフリーランス、個人事業主だったとき、発注元の企業社員は「食べていけている」んだから。その差はあまりにも歴然だ。
でも、じゃあ、発注元を叩けばどうにかなるのかっていうと、そうでもない。
というより「具体的な数字を元に分析して議論を尽くす」しかないとき、それは「発注元を叩けばどうにかなる」じゃあ対応できないよね。
構造に問題があるときには、いまある組織に対して団体を結成して交渉して「具体的な数字を元に分析して議論を尽くす」、その結果、いまよりまともな均衡に向かっていくのみならず、あらゆる貧する具体的な形のなかで「食べていけない側」が最も割りを食う、その状況を改善していかなきゃ始まらない。
発注側がひとまず発注して仕事の成果を集めて食えていけている以上、いまのやり方を大きく変える意欲と動機が生じない。企業内の社員が声をあげたって、変わる問題じゃない。当然だ。企業側からしたらうるさいだけだもの。貧して鈍しているときは、特にそうだ。
繰り返す。
初手から百点で始めて、ずっと百点維持が当たり前。なんなら加点を取らなきゃ評価しない。その加点のみを「成功」として勘定して、「成功だけして成長・発達すればいい」。転じて「成功していないのならば、ただちにやめる・やめろ」とするのは? 現実的じゃない。
仮にいまが八十点だとしても、内容自体は変わらない。「いまを維持できていれば、それでいい」になるだけ。同じ構造だ。
教員の待遇問題とか、福祉現場や一次産業に補助金だ支援だがまるで足りていない問題とか、大学まわりの問題とか、言いだしたらきりがない。どれもこれもそれぞれ異なる形で現状維持に制限されているような、そんな先入観を私が抱いているだけ。ちゃんと調べて具体的に捉えなきゃ始まらない。
だ、け、ど。
「私がなあ」
そう。ひとまず私がやめなきゃね。
初手から百点で始めて、ずっと百点維持が当たり前。なんなら加点を取らなきゃ評価しない。その加点のみを「成功」として勘定して、「成功だけして成長・発達すればいい」。転じて「成功していないのならば、ただちにやめる・やめろ」とするのは? 現実的じゃない。
現実的じゃないんだから、そろそろ手放さないと。
ぐだぐだ考えているうちに渋谷についた。上空から下りれるビルの屋上を探す。そこでふと思いついて、リュックから財布を出してみる。燃えてない。渋谷は上野とちがう。なに言ってんだろ。ちがうちがう、そうじゃない。上野にあるお札が燃える術が渋谷には存在していないし、渋谷でお札が燃えて見えるほど私の目が変化しているわけじゃない、だ。
ちゃんと言葉を使わないとね。それが仮に長くなるのだとしても、正確さには変えられない。
ビルの屋上からこっそりと、何食わぬ顔で下りる。獣憑き状態は目立って仕方がないので、今回も人の状態である。はやる気持ちを落ち着けながら、小走りで駐車場に赴いた。
あの日、あいつを見た四階へ。
「さてさてぇ?」
何食わぬ顔は継続しながら、車の運転手をチェック。ひとまず人は見当たらない。
監視カメラはあるけど、いざってときのことを考えたら、対策しないほうがいいかも。
胸に手を当てて、鍵を取り出す。姫ちゃんの鍵は刀くらいの長さなので、かなりの重量になる。私はひとまず、テレビのリモコンくらいのサイズ感にしておこう。右手で握り締めて、持ち上げた。そのまま肩に当てて支える。
「やっぱり、時間を戻して再現するのが早いかな」
あいつの痕跡をたどるんなら、それが一番手っ取り早い。
あえて声に出してみてから、反応をすこし待つ。
いっそなにもしないうちに、あいつが自発的に出てきてくれやしないかなと期待したけど、さすがにそうはいかないみたいだ。
鍵の先端から金色を出して、あいつが出てきた壁の手前あたりに注ぐ。そのうえで鍵を回すつもりだったのだが、出ていった金色の動きがおかしい。勝手に渦を巻いて輪郭を作っていく。そしてみるみるうちに、あいつの姿に変わったのだ。
私はまだ化かしてないのに。
思わず身構える私の前で、あいつは今度は白いワイシャツに白と赤のストライプネクタイ、黒いスラックスに革靴姿で現れた。シルクハットをかぶっていて、サラリーマンと言うよりも気取った芸人か手品師みたいだ。
「なにそのかっこ」
「それが私を呼び出して言いたかったことなら、いますぐ帰る」
呼び出して言いたかったこと、ね。
まるで私が探していたことをご存じだったような言い方じゃあありませんかね?
「聞きたいことがやまほどあるんだけど、どれくらい付き合ってくれるの?」
「問答無用で斬りかかるでもなく、警察に連絡するでもなし。無防備だな」
「質問に答えてくれない?」
鍵の先端をあいつに突きつける。のみならず、姫ちゃんの鍵のように太く長く形状を変える。
鈍器にはなるよ。本当は霊子で化かしたものだから、現世の物質にダメージなんか与えられないけど。威嚇にはなるはず。
「無駄なことはよしたほうがいい。そんなものよりも、樹の枝のほうがよほどマシだ」
バレてるぅ!
でも消さない。鍵の力があいつに効くかもしれないし。
「それよりも、質問の答え」
「数が問題じゃない。内容が問題だ」
「たしかに」
早く質問をしろというのか。
改めて見ると、小学生時代の先生とうり二つ。なりすましていて、顔も姿も偽っている。そこまでは、わかっていた、はず。私はこいつの本当の顔さえ知らない。
「あなたは、何者?」
「次」
答えない、と。
「八尾を私に注いだのはなぜ?」
「次だ」
これもいや、と。
答えを得ようとするのではなく、当ててみせろってことかな?
明らかに私の考えすぎだけど、いまのところ、あいつは私の問いに対して、なにかしゃべる気がない。
これまで出会った人たちを思い出す。
こういうとき、鋭く切り込めるのはだれか。何人か候補が浮かんだなかで、よりえげつなくてすごいのは? 理華ちゃんだ。事後報告を聞くかぎり、だけど。
「あなたは、ミコさん複製実験の犠牲者ですか?」
そう問いかけた瞬間に、あいつの全身から蒸気が出る。湯気の内側であいつの身体がみるみるうちに縮んでいく。髪がみるみる伸びていくし、顔がどんどん幼く丸みを怯えていく。目鼻立ちさえ変わっていく。変身というよりも、変態に見えた。逆行する形での変態に。
一分ほどかけて、ようやく蒸気が出なくなる。その頃にはすっかり、姿が変わっていた。性別さえも。
明坂ミコその人にしか見えない人物が、目の前にいた。ただし、目は赤く、髪の色は白い。肌だって、あまりにも白すぎる。
「いい問いだ」
笑う。犬歯が伸びている、みたいなことはない。むしろ、抜けたり、溶けたりしていて、歯並びがぐちゃぐちゃだ。
すぐに笑みを消して指を鳴らす。再び、さっきの男の姿に戻ってしまう。
あまり見せたくない姿なのか。見せられない理由でもあるのか。
「私の瞳に、霊子の情報が見える術をかけた?」
「足りない」
答え合わせじゃなくて、もっと明確に、貪欲に、情報を得るための問いをしろという。
あいつの裁量で。その加減が私にはわからないから、むずかしい。
「私の目に術をかけて、私に、あなたを作った連中を倒させようとしてる?」
「どうするかを決めるのは、常に自分自身でなければならない」
明確には答えないわけね。
「期待はしてるんじゃない?」
「私の本命はきみじゃない。どこかに消えた盟主だ」
初めて情報を出してきた。
「黒輪廻が本命だったの?」
「その盟主に連なる存在がきみだ。次善の策しかないのは大いに不満だよ」
「私が策だと認めたね?」
「次」
ううん! 意地悪!
「関東事変を起こしたのはあなたじゃなくて、あなたを歪にした連中?」
「証拠はない」
完全に意地悪なわけじゃない。そこがまた、もどかしい。
「私に言いたいことはない?」
「盟主以外にできることはない」
黒いの、相当買われてるんだなあ。
だけど、黒いのはもういない。
私たちがどうにかするしかない。
「ミコさんでもだめ?」
「なぜ彼女が芸能仕事と学業と、それ以外のなにかで忙しいんだ? 必要なことで忙殺されているからさ」
それくらい考えろとばかりに厳しくぴしゃりと言われてしまった。
怒らせてしまうのは得策じゃない。そうとわかっていても、かちんとはくる。
しらんがな! 話してくれぇ! ぜんぶぅ!
ミコさんにとって必要なこととはなにか。いまここで聞いても答えてくれそうにない。
「どうしてそんなに絶望しているの?」
「どうしてそんな風に絶望を無視していられるんだ?」
質問で返してきた。強い苛立ちのこもった声だった。なのに彼は私を見ない。
「世の中の問題が変わらないくらい根深いってこと?」
「あるべきでないものが跋扈する世界で、なぜ、生きていけるんだ。なくなればいいものばかりで。そのせいで傷つけられて、苦しめられて、人生が歪むばかりの世界に、なぜ生きていける」
泣きそうな声に身体がびりびりと震える。決して大きな声ではなかったのに。
いままでで一番長く、切実な訴えを聞くことができた。
だけど「それって」と私が言いかけたときにはもう、あいつは金色に散って消えてしまった。まるで言い過ぎたことに気づいて逃げるように。あるいはなにかから急いで隠れるように。
だれもこないし、車が駐車場に入ってきた音もしない。エレベーターの稼働音さえ。
獣耳だけ出して耳を澄ませてみたけど、変わらない。駐車場の前の通りを車や人が通りすぎるだけ。
あいつが立っていた場所に近づいて、鍵の先から金色を出して回して、時間を巻き戻してみるけど、あいつの姿は出てこなかった。私の術から逃れるように。
顔立ちも体格もまるでミコさんと同じなのに、髪と目は違っていた。髪の毛もファッションで染めるような、そういう類いのものじゃない。ぱさぱさで渇いていて、かなり痛んでいた。瞳の色の赤に気を取られていたけれど、思い返してみると白目の部分がかなり充血していた。病的な肌の白さも、決して健康そうには見えなかったし? 歯も多くが抜けていたり、あるいは溶けていたりして、治療の痕跡がまるで見受けられない。
あの姿に、ミコさんは気づかなかったのか。
あいつがごまかしたからか、それとも意図的にミコさんが見逃したのか。
問いが尽きない。けど、会えてよかった。話せてよかった。
もっと。もっと話したいし、聞きたい。
なによりも、話してもらいたい。
それにはまだ、足りないものが多すぎるみたい。
それでも、やってみないと。だれもそうしていないいまこそ、私がそれを、やってみないと。
あいつの話をだれも聞かずに、なにか大事なものが終わってしまいそう。
つづく!
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