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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十四章 越えろ、士道誠心バトルロイヤル!

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第二百八十七話

 



 正直ちょっと舐めてたよ、士道誠心。

 あのマシンガン女のリード力とか、春灯がその中心にマジでいることとか。

 それだけじゃない。

 大勢の北斗の生徒とちょっとだけいる星蘭の生徒に揉まれて、特別授業に出たんだけど。

 集められた体育館で、コマチと名前が一文字違いの女が刀を振るって炎をばんばん出したりする。むかついたから星ばんばん出してやりましたけど。

 コマチとリョータには大受けだったんだけどな。

 どう足掻いても新参者の十組、天使キラリにとってここはアウェーだった。

 インテリ眼鏡そのものって感じのひょろい神経質そうな、化学の先生。どうも馴染みがないと、イケメンの名前は覚えられない……。


「さて、一年生の諸君らに伝えたいことがある……三年生三名に助力を願う。真中、牡丹谷、白桜」


 先生に名前を呼ばれて三人の女子が前に出た。

 一人は知ってる。文化祭のミュージカルで王子さまをやっていた人だ。

 だけど他の二人は知らない。北斗は黒のジャージ、星蘭は赤のジャージだから、他の二人が別の学校の生徒だっていうことはわかる。

 けどな。呼ばれて出てきてそれで終わりなわけ?


「さて……戦闘時の特別な装備について、誰が説明する? それとも三者それぞれに行うか?」


 インテリ眼鏡先生の問い掛けに三人がそれぞれにらみ合ってから刀を抜いた。

 北斗の人だけ、二本の刀を持っている。だから合計四本、切っ先をそれぞれに重ねていた。


「「「 カムイ! 」」」


 叫んだ瞬間だった。三人の体操服が弾けたのは。

 裸!? なんて思ったのは一瞬だった。真中先輩は赤く燃える炎を、星蘭の人は白く凍てついた氷を、北斗の人は白と黒の混じる雅な布を衣装としていた。

 共通して言えるのは……三人ともすごく綺麗。衣装が似合いすぎだった。発現した力に見合った衣装にならって、その髪の色すら変わっている。真中先輩の鮮血めいた赤い髪が炎みたいに動いて燃えていて目を奪われた。

 それ以上に、身体中が震えてたまらない。三人から圧倒的な力が噴き出ているのがわかる。手に汗が滲んでしょうがない。恐れを抱いたのは私だけじゃないみたいだ。

 みんな黙り込んでいた。コマチがすり寄ってくる。リョータは完全に顔が強ばっていた。

 しょうがない。あの三人の実力は化け物クラスか何かに違いない。


「もういい……ありがとう」


 先生の言葉に先輩三人が刀を下ろした。また一瞬ちらりと裸が見えてすぐ、元の体操服姿に戻る。三人の先輩はそれぞれに楽しそうに話しながら、私たちから離れていった。


「さて。神の御霊を手にしたものは……他の生徒に比べ、圧倒的に強力な霊力……いや、神の力を借りることができる」


 神の、力。


「故に、他の種類の御霊を引いた者よりいち早く、御霊の求める衣装を身に纏うことができる。そうすることによる利は……先ほどの三名を見て、肌で感じたことだろう」


 悔しいけど、なにも言えなかった。

 三人から吹き出していた。圧倒的な力が証拠に他ならなかった。あれを使えたら、生身で立ち向かうよりよほど戦いやすいに違いない。


「御霊の求める衣服を身に纏うだけでも、近しい力を得ることはできるが……カムイに比べれば、圧倒的に差があると言わざるを得ない……さて」


 インテリ眼鏡先生が二回、手を叩いた。二回目叩いてすぐ、開いた手の内からやまほどの服が出てきた。思わず目を見開いたよ。あれはなんだ。手品か何かか?


「好きな服を選べ。刀が反応する服があれば、それがカムイを使った時の衣装に近いだろう。選別だ、くれてやる……さあどうした。ずっと見ているつもりか?」


 恐る恐る誰かが立ち上がって、他の誰かが続く。

 コマチとリョータと三人で恐る恐る近づいた。

 徐々に女子達のテンションがあがっていく。インテリ眼鏡先生が出した服は意外といったら失礼だけど、思わず着たくなるくらい可愛いのが多かった。ファッション誌のモデルが着ててもおかしくないようなのもあるし。マジで何者なんだ、インテリ眼鏡先生。

 特に北斗は女子校のようで、それあたしの、いや私が、と盛り上がり始めるところはちょっと羨ましい。

 まあいいか。


「コマチ、選んであげよっか?」

「……いい、だいじょう、ぶ」

「そっか」


 よかった。自己主張は大事だ。微笑み浮かべて楽しそうに服を選ぶコマチを見守るのは楽しい。地味に幸せを感じる。

 だからそれはいいとして、リョータは何を持ってるんだ? 全身タイツ的なスーツか?


「……アンタ、それ着るの?」

「顔がないんだよなあ。あったらかっこよくない? 仮面がいいなあ」

「戦隊じゃないんだ」

「だって……同じのあってもキラリは着てくれないでしょ?」

「ぜったい無理」

「ほらね。一人で戦隊は無理だよ。さて、仮面、仮面と……」


 本気で探してる。やれやれ……好きだからってどうかと思うよ?

 まあ、もしそれっぽいのが見つかったら止めはしないけど。ほんと、アンタらしいし。

 それより私はどうかな――……と手を伸ばしたら、誰かと指先がぶつかった。


「あ、ごめん」

「ううん、こちらこそ……え?」


 聞き慣れた声に向かい側を見て、驚きすぎて言葉も出なかった。


「キラリだ……あれ? 士道誠心にいるの? 転校したの?」

「あ、アンタなんで北斗のジャージ着てんの……?」


 見つめる先にいるのは、私が……アタシが中学時代、最初に無視をしちゃった子だ。


「キラリ、その子は?」


 リョータに声を掛けられてテンパる。全然予想してない再会に戸惑いながら、呟くように名前を言った。


「神力、ユイ……中学時代の、その」


 思ったよりもずっと素直に名前を呼べた。あの子と称して言葉を濁し続けてきた子の名前を。

 むしろ困ったのは関係性。けれどユイは私の腕に抱きついて笑うんだ。


「友達です!」

「……まあ、継続して。今も。でもごめん、そういや報告してなかった」

「こっちも……転校したの伝えてなかった」


 申し訳なさそうに笑うユイに別にいいよと笑い返す。


「アンタも、じゃあ……吹っ切って、手に入れようとしてんの?」

「刀は割とすぐに。新天地で頑張りたいから、北に行ったのはいいけど……幼なじみとかいないから、不安」

「そっか……じゃあ、その服は譲る」

「いいの?」

「まあ……何気なく手を伸ばしたものだからね。もっとちゃんと探してみる」

「ありがと!」


 笑うユイの名前を誰かが呼んだ。またね、と私に笑いかけて、ユイは北斗の子たちに混ざっていった。本当に楽しそうな笑顔をみんなに向けて……その姿に、困っている様子は見受けられない。

 よかった。春灯に伝えてやんなきゃ。

 ユイ……結。私と春灯を結んでくれた子。きっと手放したり無視しちゃいけない存在だった子。


「みつ、けた!」

「俺も! いいのあるね! キラリは?」


 いけない、いけない。そういえば服を探す途中だった。

 ふっと気づいた時にはもう、バーゲンセールが終わったあとみたいな惨状になっていた。

 おかげで、真ん中に横たえられたプリンセスドレスが嫌でも目についた。

 いや、さすがにそれは。


「キラリ、それよくない? キラリの決め台詞ともぴったりだし」

「いやあ……あれは戦えないだろ」


 けど、悔しいことに残された服は、最初に目にした可愛い服たちと違ってどれもデザインが奇抜すぎて選べない。

 仕方なく近寄って、ドレスを手に取る。

 リョータが楽しそうに勧めてくるから、旅行から帰ってきて二人で見たんだけどね。

 ニチアサの……ちょっと前のキュアキュアな子。

 その必殺技を繰り出す時のお姫様な衣装に似ているといえば似ている。

 だが、私のそれは疾走して叩き込むからな。お世辞にも優雅とはいかないぞ。

 もっと、こう……せめてあの子たちの戦闘形態ばりに動きやすい服装にならないか?

 そう思った時だった。

 手の内から出た星たちが衣装を覆って、瞬いた時には姿を消えていた。

 な、なんだ? そう思っていたら「キラリ! 服!」などとリョータが叫びだした。


「服? ……げっ」


 露骨に汚い悲鳴が出た。だってジャージ類が星へと変わっていく。

 待て。待ってくれ。この流れは困る。けど私の意思なんて構わずに、服は星に弾けた。せめてもの救いはニチアサの彼女たちみたいに大事なところが光の下着で隠れている点。

 星が瞬いては服へと変わって、イメージした通りの戦闘衣装になる。

 ……地味に気になってスカートの下を指先で確認したけど、分厚いパニエみたいになってた。


「すごい、すごいよキラリ! いけてるよ、それ!」

「そうか……? ますます言い逃れができないレベルで、アタシがアレに憧れてたの丸わかりなんだが」


 まいった。こんな形でバレるのは困る。今でも見てるなんて言いにくい。

 それ以上に溢れてくる力の高揚感がやばい。

 そして注目を集めている恥ずかしさもやばい。助けて。


「も、戻るのはどうやるんだ? ……えっと。戻れ!」


 指を鳴らしてみた瞬間、一瞬で小さな星の結晶に分解して元の衣服へと戻ってくれた。

 便利だな……。


「お前……天使。他にも、肌に特別に合ったカムイのひな形を見つけた生徒に告げておく。戦うときには身に付けろ。刀と同じで修練がいる。鍛えれば……ますます強くなる。いいな?」


 みんなで返事をする。

 期せずしての再会と、予想さえしていなかった衣装の取得。

 まいったな。

 こちとら、ユニスと違って御霊の名前もわからないんだが。


「……きれい!」


 羽衣のついた着物を幸せそうに抱き締めるコマチと、


「ヒーローへの一歩! 衣装って大事だよね! くうう! あがるね!」


 ハイテンションなリョータを見ていると……まあ、こういうのも悪くないのかなって思った。


 ◆


 学生寮の学食は大盛況だった。

 星蘭と北斗の生徒が来ていて対応する必要がある都合上、今日の部活はなし。

 おかげで剣道部でユウと打ち込みの練習ができなくて不満だけど、それを補ってあまりある情報を天使さんから聞くことができた。

 私、山吹マドカ発案で各特別授業の情報を総合して共有しようと提案したのだ。

 カムイ……。

 聞いたことはなかった。けど真中先輩があの星蘭の牡丹谷先輩と戦った時にちらりと片鱗は見えていた。二年生の先輩たちはできるのだろうか? 二年は生徒会メンバーばかりが目立つが、他にも実力者はいるはず。その名前も知らないなんて!

 でもまあ、現時点でキャパオーバー気味だからしょうがない。なのでそれはさておいて。


「そういえばかなり昔、タマちゃんが言っていた気がする。御霊の求める服装になれば強くなるって」


 のんきな声でそう言って、ずるずるときつねうどんを食べるハルにつられて、私も真中先輩の実力にあやかって激辛ラーメン特盛りを頼んだ。

 とびきり辛くて有名な唐辛子をふんだんに使ったそれは、一口食べるだけで頭が爆発しそうになる……これを毎日、昼に欠かさず食べている真中先輩の味覚ってどんなだろう。

 いかんいかん。思考が横に逸れていく。


「沢城くん。キミの考えた……妖怪だろうと神だろうと切り裂いてやるっていうの、他の生徒にも共有できる技だったりする?」

「……わりいが。今夜、ノンと二人で見つけ出すつもりだ。なんとか掴めそうだと思っちゃいるが、明日てめえらに伝えるほどの余裕はねえよ」

「そっか……八葉くんとか、九組の人は? 鬼ごっこで刀を抜いた人で、戦える術を見つけられた人はいる?」


 私の問い掛けに反応はなかった。

 十組でまとまっている生徒たちの中から、金髪白人の美少女が手を挙げる。


「十組、ユニス・スチュワート。昼に聞いた方法で戦うなら無謀と言わざるを得ないわね」

「その心は?」

「まずは妖怪の御霊を多く手にした星蘭の彼らよ。侍としての習熟度がいやに高いの。神の御霊を手にした生徒が北斗に多いから、これも脅威。はっきり言う。士道誠心は遅れてる」

「……痛いこと、はっきり言うのね」

「正しい現状認識こそ勝利への道よ、うちのキラリの言葉を借りるならね」


 渋い顔をして、結城くんを見た。後ろのテーブルによく九組が集まっているんだけど、今日は仲間さんも一緒のようだ。


「結城くん、どう思う?」

「……認識を改めた方がいいな。地の利を生かした奇襲作戦も、ダメージを与えられなきゃ意味がない。その点でいくと、敵の戦力分析を見直した現状では……打つ手が見当たらない」


 結城くんの言葉にみんなが押し黙る。

 こういう時、知恵を出すのが私と結城くんの役割だ。わかっている。

 だけど言葉が出てこないんだ。悔しいことに、なにも。

 戦力で圧倒されかねない状況。劣勢になるのが目に見えている。そんな状況でハルに歌ってもらっても、何になるというのか。


「……倒さなきゃ、だめなんですか? 斬らなきゃ、だめですか?」


 佳村さんの泣きそうな呟きが何を意味するのか。

 ユウから聞いているからわかる。沢城くんと、星蘭の立浪くんの親和性が高すぎる問題。

 星蘭の立浪といえば、凶暴な人斬りそのものといって過言じゃないと……シオリ先輩からこっそり情報提供を受けて押さえてある。

 佳村さんは引き留めたいのだろう。沢城くんに人斬りになって欲しくないんだ。

 妖刀、村正。

 人を斬り、生き血を啜る。村正作の刀が猛威を振るった、そして名付けられた妖刀説。

 手にしたら斬らずにはいられない。その欲を、いつか私に忠告した沢城くんが知らないはずがない。

 でも……本来、彼は頼もしくて、だけど無茶もたくさんするから放っておけない。そんな格好いい男の子だ。佳村さんにはとても優しいし。そんな彼が村正を手にした。

 わからないな。

 侍の本質はどこにあるのだろう。

 私たちは何のために戦うんだろう。

 現状では手詰まりだ。だからこそ基本に立ち返って考え直してみよう。

 もしかしたら……何か見えてくるかもしれない。


「……ねえ、ユウ。抜刀術の神髄はどこにあるの?」

「言いたいことは山ほどあるけど。マドカが今求めているのは、これだよね? ――……活人剣」

「それ。さすが私の彼氏、愛してる!」


 はにかみ笑うユウに笑いかけてから、深呼吸をする。

 思考しろ。掴み取れ。イメージしろ。世界の全てを自分のものにしろ。

 そうすれば見えてくる。いつもそうだ。いつだってそうだった。見えてない時ほどつらく苦しいものはない。だから見通せ……。

 ハルが何か言いたそうな顔をしているのが、ほら。見えてきた。


「ハル、何を考えてるの?」

「……授業で、力に目覚めるためには窮地に陥れ、って言われた。でもね? 思うの」


 おあげを食べきって飲み込んでから、幸せそうに微笑む。


「狐うどんが好き。おあげさんが……大好き」


 本人は否定するだろうけど、脈絡なくそう言えるハルを私は天才だといつも思う。


「日常の何気ない一幕を過ごしながら、御霊と私たちは一緒に生きている。そりゃあ……たまに露出狂になっちゃったり、彼氏を求めすぎて引かれたり、いろいろしますが」


 コン! と可愛らしい咳払いをして、少しだけ赤面しながらハルが続ける。


「きっとみんなの夢見る力は、胸の中に宿っているの。それを見つけられるかどうかだから……戦いとか、関係ないよ」


 立ち上がったハルがみんなの顔を見渡して、本当に蕩けまくりの……みんなが好きで好きでたまらないんだろうなあという笑顔を浮かべる。

 その笑顔が……どうしようもなく、好き。焦がれるくらい。ユウとは別の……特別な何かをくすぐってくる。私ですらそうなら、みんなだって……ほら。見惚れてる。


「みんなが刀を好きな理由。夢見た心をどう好きか、好きになれるかがすべての鍵だと思うの。だから……斬り合うような特訓もいいけど、もっと自分の夢と向き合えたらいいなあって」


 それがハルの力を得るための方法論なんだろう。

 実際、ハルのおかげで光と出会えた私は、そのやり方の大事さを知っている。

 だけど具体的な方法論じゃない。自分で見つけなきゃいけないよっていう……むしろ一番難しい方法論だ。

 だから……やっぱり、トラジくんとか、他にも特に男の子たちがよくわからないって顔をしてるよ。


「つまり、力を得るために自分を信じろ、刀に求めた願いを忘れるなってことね」

「そうそう、マドカさすが! そういうことだよ!」

「で? 具体的に切っ掛けになるような出来事はなにかないの?」

「んー……んと。ちょっと、隔離世いって。みんなに聞いてもらいたい歌があるの。ノンちゃん、いいかな?」

「別にいいですけど……じゃあ、対象を一年生に限定、局所展開!」


 佳村さんが私たちを一斉に隔離世へと送った。

 食堂に集まっている霊子体が大勢見える。二年生や三年生だろう。

 真実、隔離世に移動したのは集まった一年生だけだった。


「すごいな……ここまで限定的に飛ばせるの?」

「鍛えてるので。筋はいいと評判です。ギンに恥じない刀鍛冶でありたいから、これしき当然です」


 どや顔で胸を張っている佳村さんにみんなが感心していた。

 正直そんなたやすい方法じゃないと思う。

 前に聞いたことがある。佳村さんは一年生で誰よりも早く刀鍛冶の素質に目覚めたと。

 沢城くんが戦いの天才ならば、佳村さんは刀鍛冶の天才か。

 天賦の才。そう言葉にしてしまえば単純だが、その素質をハル流に言うのなら……そうだな。

 沢城くんは刀を手にやりたいことがはっきりわかっていて、どう信じるべきかをわかっている。それこそが侍の資質。

 対する佳村さんは、そんな沢城くんを一途に愛する。それが刀鍛冶の資質だ。

 ……この二人、一年生に限定したら侍候補生と刀鍛冶の最強カップルじゃないか?

 なら、きちんと活躍してもらわないとね。そのためにも、今はハルの試したいことを見てみたい。


「ハル、お願い」

「ん。じゃあねえ……キラリ、たくさん星を出してくれないかな? 私に浴びせて欲しい」

「はあ? ……まあいいけど。じゃあ、いくよ?」


 ハルに呼びかけられた天使さんが右手をハルに差し伸べた。その上をふうっと長く息を吹きかけると、どうだ。天使さんの右手の上から小さな星が吹き出して、ハルへと注がれていくじゃないか。

 星の中で、ハルが唸り、叫ぶように大声をあげた。


「んんんっ! いけえ! ……あれ? んんっ! んぅ……しょ、しょうがないか! コン! いいよー」


 天使さんが星を吹くのをやめる。中から出てきたハルは妙に裾の短い巫女服姿だった。

 軽々とジャンプをして、テーブルの上に乗っかる。


「ノンちゃん、サポートお願いできる? あの、選挙の時のあれの要領で」

「はいです! ……でも、ハルさん。尻尾が一本しかないのに、大丈夫ですか?」

「やればできる! やらねばできぬ! なにごとも! ……自信あるんだ。だから大丈夫」

「……わかりました」


 ハルが懐から出した葉っぱを並べると、巨大なスピーカーボックスに早変わり。

 マイクを手にしたハルが指を鳴らすと、音楽が鳴り始める。

 選挙でハルが歌った歌だと思ったら、違った。

 男子の何割かが過剰に反応してる。「まさかのアイドル」「シンデレ……いや」「なんてこった」

 そのざわつきの意味がよくわからないけど。


「いまからみんなの願い、なるべく全力で鏡にしてうつすから……願ってみて。話しかけてみて。そしてできるなら、掴み取って。あなたにぴたりとあてはまる、特別な力を」


 歌い出す前に語られた言葉にどきっとした。


「――……」


 ハルが褒めるの。

 茨さんを指差してかわいいね、岡島くんを指差してかっこいいねって。

 そして小首を傾げる。浮かべる疑問符は……特に自分の力や夢の意味とか、そもそも自分らしさに戸惑う私たちに投げかけるようなもの。

 でもおかしい。金色白毛九尾、玉藻の前……として柳生十兵衞。妖怪と人、とびきり強い二振りを手にして、しかも神さまの力まで手に入れるモードを獲得したハルが尋ねるなんて。

 案外、難しいことなのかもしれない。

 自分らしさってなんだろう。

 聞かれて一言で答えられる人はどれほどいるのかな。そして、それはどれほどすとんと胸に落ちるだろう。

 悩む私たちの間を小走りで駆けてテーブルから下りると、


「――……」


 愛嬌を振りまきながら歩きながら歌う。

 私たちに似合う素敵な言葉はなにかなあって。

 それはどこにあるんだろう。急いでみたら転んじゃいそうだよ。

 ハルの走りは本当に危なっかしくて見ていられない。

 それでも……乗れないトラジくんの鼻先を指先でつつく。


「――……」


 明日が迫ってる。本当に勝ちたいのなら、歌を聴いている場合じゃない。

 忙しくってしょうがないのに、私たちは誰一人……勝利を確信できる答えを手にできてない。

 なかには落ち込んじゃっている人もいるかもしれない。

 星蘭と北斗の生徒は私たちより、隔離世の知識も技術も先に進んでいた。

 それがなに?

 私は前だけを見るんだと、ハルが歌うんだ。


「――……」


 進むために、できることをする。

 ハルの場合は、それが歌だった。

 右手を天井へと掲げる。ハルの手から金色の光が放たれて、みんなへと降り注ぐ。

 天井に光の星が見えたような気がした。

 思わず伸ばした手で触れる。じんわりとあったかくて優しい気持ちが広がっていく。

 まさに、その瞬間だった。

 世界が変わって見えたのは。


「――……」


 みんなの中を歩いてみせるハルが歌い続ける。

 わかりやすい道なんかなくたって、自分なりに歩いたところが道になる。

 そう歌うハルの刀からふわふわと光が浮かんで見えるんだ。

 ハルだけじゃない。

 その場に集まる全員の刀から、光が放たれているように見えた。

 ハルから飛んできた光に思わず手を伸ばして、そっと触れた瞬間だった。


『遅れてたって、置いてかれたって、私たちは私たちなりに進んでるよ』


 光からハルの気持ちが痛いくらい伝わってきたんだ。

 私たちが士道誠心で積み重ねてきたものは無駄じゃない。

 完璧じゃないかもしれない。失敗をたくさんしてる。

 それでも……きっと見つかる。

 そう願うハルの気持ちが。


「――……」


 見つけてみせる、私たちらしさ。あなたらしさで掴み取る勝利を。

 そうハルは歌ってるんだ。

 前向きな歌詞だな。

 焦って光が見えなくなっちゃうことも、へこたれそうな時もあるけれど、一緒にいこうよと言わんばかりに私の手を取って笑ったりして。

 一歩前へと踏み出して、進んでいく。へこたれてる暇はないから。

 考え込むユニスににこっと笑いかけて、ハルはみんなを見渡してからちょっと意地悪な顔をした。


「――……」


 だめなことたくさんあって、積み重なってく失敗にめげそうになるけど。

 きっとある。必ずある。自分らしく生きる方法。

 だから今はいらないよ。へこたれる理由になりそうな言葉は、一つも。

 だってどう頑張ればいいのかわからないのに、現状をどうこういってもしょうがないでしょ?

 そんな気持ちが……私の刀を通して、痛いくらい伝わってくる。

 不思議だ。

 私はハルじゃないのに、まるでハルの気持ちがわかるみたいに……伝わってくる。

 私らしい……力ってなんだろう。 ずっと考えているけど、わからない。

 なんで、わからないんだろう……。


「――……」


 なんで? どうしてできないの? 見つからないんだ、自分の力が。

 そんな苦しみが広がっていく中で、ハルはたくさんの光をさらに放った。

 悩んで苦しむ気持ちが少しだけ軽くなる。

 金色の光を全力で放って、私たちの苦しみを一瞬で吹き飛ばしてハルは笑う。


「――……」


 進んでいけば願いを手にできるよ、私たちなら。

 そう微笑んで、ハルはみんなにたくさんの鏡を浮かべてみせるの。

 その鏡にはきっと、みんなが夢見る姿がうつっているんだろうなあって思った。

 私のそれは……光と二人で一緒に笑い合っている光景で。

 ずるいくらい、反則の映像だった。

 揺り起こされる。

 自由になって、もっと素直に願いを見つめてもいいんじゃない? って気持ちが。


「――……」


 なんで誰かの夢を映せるんだろう、わかるんだろうって思った。

 知りたい。自分の光……柄に触れてハルを思った瞬間だった。

 そばにいた十組にいる鳥頭の男の子の刀から出てきた光から伝わってきたの。


『ヒーローになりたい。誰かを救える力が欲しい』


 やっぱり、唇は動いていないのに伝わってくる。

 彼だけじゃない。


『春灯の力になりたい……誰かを救える私になりたい』


 天使さんから。


『ギンと……ずっと、一緒にいたいです』


 佳村さんに、


『学校……やめたいわけ、ねえよ。こんな……ばかみたいで、すげえ居場所を、失いたくねえ』


 沢城くんの気持ちまで、痛いくらい伝わってくる。

 それはまるで、刀から聞こえてくるかのようで。

 刀のない佳村さんにしたって、心臓からふわふわと浮かんでくる。

 それにみんなの願いの兆しが込められていた。

 みんなには見えないみたいだ。ハルの放つ金色に夢中になっているから、わかる。

 私にしか見えない光。触れるたびに、みんなの心の声が聞こえてくる。

 やっと気づいた。

 そういえば……ハルは刀の声を聞くことができる才能を持っていた。

 刀は心だとハルはよく言う。なら、刀を通じてみんなの素直な気持ちを聞いて、みんなが夢を抱く理由を映しているだけなのかもしれない。

 なら、もう……あとは、みんなそれぞれに自覚するだけ。

 ハルが見せる願いを否定しようとしている人もいる。涙を流して感じ入っている人もいる。それぞれがそれぞれに……自分の夢を映した鏡と対峙していた。

 だけどみんなには、自分の放つ光が見えないんだ。

 なんて皮肉。

 故にこそ、これが現実なのかもしれない。

 だから光に触れてみんなの気持ちを知ることができるこの力が、もしかしたら私の願うもの?


「……ああ」


 いやだな。わかった。わかっちゃった。

 光。あなたの気持ちを知りたい。もっともっと知りたい。あなたが亡くなる前に、出会えていたら。願わずにはいられない。

 これが……私の夢なのか。

 ハルの二本の刀からも漂ってくる光に思わず手を伸ばして、掴む。


『ああ……やっぱり、まだ、今の私じゃ……みんなを輝かせられないのかな』


 ハルの気持ちが伝わってきて、いてもたってもいられなくなった。

 光はもう……逝ってしまった。刀となって戻ってきたけれど、昔のように語り合うことはできない。

 けど、ハルは違う。ハルは手を伸ばせば届く場所に、生きている。

 もう二度と間違いを繰り返したくはない。

 何かできないかなって……そう思った時だ。


「……っ」


 天使さんがはっとした顔でハルを見て、それからみんなを見渡した。

 彼女から漂ってくる光に触れた。


『……春灯の願い。希望……みんなの星が、なんで……見えんの?』


 彼女の戸惑いの理由がわからない。

 ただ、私が目にした世界が私にしか見えない光に満ちているのなら。

 九組と戦った時にハルが星の侍と称した彼女にも、もしかして?

 そう思った瞬間にはもう、無我夢中で彼女の手を握った。

 戸惑う天使さんを見つめる。

 今こそ、あなたの出番なんだと気持ちを込めて。


「金色の輝き――……光を通して、星へと変われ」


 まるで浮かんでくるフレーズを夢見るように呟いて、天使さんが刀を抜いた。

 振るってみせた瞬間に、ハルが放って漂う金色の光が星へと変わってみんなの胸へと注がれていく。

 もちろん、私の胸へも。

 ふっと浮かんでくるの。ただただ……光と生きたい。素敵な人生を一緒に歩みたい。そんな気持ちが。

 シンプルな願いは、けれど……今は違う形で叶えるしかない。

 もう、繰り返したくない。

 光が刀になってそばにいてくれるからこそ、私はもう二度と大好きな人から逃げたりしたくない。逃げるくらいなら、抱き締める。

 ユウのことも……ハルのことも。

 ずっと味方でいるんだ。ずっと一緒に笑っていたい。そう心に決めている。

 シンプルでいいんだ。シンプルでよかった。

 大好きな子と人生を楽しみたい。

 私の願いは……結局、それに尽きるんだ。

 見ればみんながはっとした顔をしていた。

 私みたいに気づいたんだと思う。

 ハルが金色を放って、私が光に触れて……天使さんがそれを星へと変えて、注いで。

 たった一人の希望に輝きを見出してみれば、ほら。みんなの願いに変えられる。

 だから、ねえ、ハル。


「――……」


 見渡してみて。私じゃだめなんて、思わないで。

 みんなで乗り越えようよ。きっとできるよ。

 それぞれの速度で見つけられる。いま、そう思ったの。

 自分らしさ、今手にした力との向き合い方を……きっとこれからもっともっとたくさん見つけていけるよ。

 だってきっと、願ってるよ?

 早く見つけてって。私の力を、早く見つけ出してって。

 柄に触れていると、それはとても穏やかな熱を放っていたの。光の熱だ。大好きな子の熱。

 ハルの歌にも感じる。天使さんが注いでくれた星にすら、感じるの。

 だから――……たった一人だけ、項垂れている女の子が目立つ。

 刀を抱き締めているけれど、浮かない顔。

 星を注がれてなお、願いが見えないたった一人の女の子。


「――……」


 ハルが十組の中瀬古コマチさんの前に足を止めた。

 漂ってくる光に触れる。


『――……幸せって、なあに?』


 痛くてたまらなかった。そんなことを心の底から思わずにはいられない同年代の子の心が、つらくて。

 ハルは構わず、彼女の胸にそっと触れる。

 あふれる金色の光と一緒に胸の中から宝箱を取り出すの。


「きっとあなたの隣に……飛び出して掴んでる。もうみんな気づいてるよ……ここにいる」


 歌うように告げて、渡すの。


「――……」


 自分を信じて。そうしたらきっと、自分らしさがちゃんと見えてくる。

 扉を開けて。その中身がきっとあなたのものになる日がくるよ、と。

 中瀬古さんが恐る恐る宝箱を開いた。

 キラキラ輝く一枚の紙を目にしてすぐ、その瞳が大粒の涙に揺らいだ。

 一瞬だけ見えたよ。小さな中瀬古さんが笑顔で大人の女性――お母さんだろう人と二人で写っている写真が。


『だけど……幸せになんて、なれない』


 中瀬古さんの刀から届く光が訴えてくる。

 けれどハルは首を横に振った。


「――……」


 幸せになりたいなら。なれるって信じればちゃんと蓋は開くんだって歌うの。

 転校したあなたならきっともう、すぐに見つかるよって笑ってさえ見せた。

 宝箱は光に熔けて消える。写真も。

 たまらなくなったんだろうね。

 刀をなおさら強く抱き締める中瀬古さんに、天使さんとユニスさんが寄り添う。


「キラリ、ありがとう。マドカも……おかげで少しだけ見えた気がするの」


 私も天使さんも頷くことしかできなかった。胸が一杯で、すぐに喋れなかったから。


「みんなの心の中にきっと、宝箱がある。そこにはね、御霊がいると思うの。みんなの夢の結晶が、みんなと話し合う日がくるのをずっと待ってる」


 歌が終わってすぐ、ハルは願うように言った。


「思い出して欲しいな。刀を抜いた日のこと。きっと私たち、無我夢中だった」

「……ああ」


 八葉くんが頷いた。結城くんも。九組のみんなが頷いただけじゃない。鬼ごっこで力に目覚めたみんな、そうだった。十組のみんなさえ、そうだった。


「戦うためじゃなかった……きっと私たち、抗うために、生きるために抜いたの。刀を抜くか、刀鍛冶の力を引き抜かなきゃいられないから、抜いたんだよ」


 願いに満ちた声だった。


「願い続ければきっと、どんなに時間がかかっても……光に手が届くの」


 ハルの視線を感じて、たまらなくなった。

 そうだね……私の場合は、そうだった。

 そして今日はじめて……誰かの光に触れることができた。


「真摯に思い続ければ、やがてそれは暗闇に覆われても負けずに輝く星になるんだよ」


 天使さんが恥ずかしそうに俯いて、それからすぐに顔をあげた。

 ハルを見つめる視線の熱は、誰よりも高い。

 けどみんなもまた、天使さんを見つめた。

 彼女の星が気づかせてくれたから。自分の願いに。その凄さを、みんなが体感したんだ。

 それでもみんなが笑顔じゃないあたり、難しい。

 願った夢の形は案外、生々しくて。一瞬で受け止めるには重たすぎる人も中にはいるのかもしれない。

 だからこそ、ハルは言うんだ。


「そりゃあ残念な御霊を抜いたと思って、しょんぼりしている人もいるかもしれない。侍になりたかったのに刀鍛冶になっちゃった子も。でも……私は言いたい。それがどうしたの? って」


 すごく強い意志で語っている。


「あなたの手にした力が輝かないわけがないんだって! いま……キラリが感じさせてくれたと思うの」


 みんな思ったはずだ。

 そう訴えられる青澄春灯こそ、一年生の希望と成功の象徴だって。

 強くて輝く二本を手に、歌だけじゃない……すごい強さを手にしている。

 高みにいる彼女の真摯な声は、人によっては遠い。

 だからこそ、ハルは首を横に振った。


「そりゃあ、いいことばかりじゃないかも。十兵衞は寡黙だし、タマちゃんは最初は色仕掛けに夢中でさ。男子を落とせればそれでいいって、私の身体を乗っ取ってほとんど下着姿で外に出たこともありました」

「……あ、ああ」


 みんな思わず和んじゃった。確かにそうだった。十組の子は知らないだろうけど、四月とか五月の頃に流れたハルの噂はお世辞にも高みにあるようなものじゃなかった。

 ちゃんと知ってる。彼女は励み、努力して掴んだんだ。それを知っている人ほど、ハルの言葉を素直に信じずにはいられない。

 願えば手に入る輝きがあるんだって。

 それにしても……ユウ。真っ先に反応して赤面していたけど、じゃあ、見たのか。半裸で出歩いたハルを。

 すごく複雑。刀に振り回されているハルも知りたいような、ユウが私以外の女子の半裸を見て意識していることへの嫉妬があるような。

 まあ、もう……終わった話だけどね。そんなことも……あったっけ。


「困り方は人それぞれだと思う。だけど手にした力を、今よりもっと素敵な光り輝く願いに変えるかどうかは、みんな次第だと思う……だから思い出して欲しいな」


 真摯な声に意識を引き戻される。


「最初に力を手に入れた時の気持ち。力を求めていた時の気持ち。きっとそれを思い続けて信じる心こそ、みんなの中に眠っている宝箱なんじゃないかな」

「……自分を信じてやっと、その宝箱の中身と出会えるわけ?」


 笑ってみせた天使さんの呟きにハルが嬉しそうに頷いた。


「そういうこと! 歌ってて感じたの。みんなちゃんと、願いがあるんだって。だからね? 明日負けないことや勝つことよりもっともっと、自分の気持ちを見つけ出すことが、結局私たちらしく勝利するためになにより大事なのかも」


 夢中になって話すハルの声に応えるように、鞘の内側で光が輝いている。ハルの思いに共感しているのだとわかる。


「ニナ先生の今日の授業で思った。私たちらしく立ち向かえるかどうか、あえて道筋を与えたうえで試してるんだ。だから……私、ばか正直に戦うんじゃなくて。私たちにしかできない戦い方がないかなあって思うの!」


 切実に訴えるけれど、そこでもう案が出てこなくなったのか、ハルがいてもたってもいられない顔で私を見た。

 仲間さんでも佳村さんでも……天使さんでもなく。そのことにちょっと嬉しくなってる。

 やっぱり好きだなあ。

 ユウが好きな気持ちとは違う……むしろ光と紡いだ気持ちを越える何かを、ハルに抱いてる。

 だって感じてしまった。ハルの刀の光に触れて、ハルの苦悩も知った。

 トーナメントで仲間さんがハルに言っていた言葉を、実は覚えてる。


「あたしの気持ち……刀にのってなかった?」


 きっと侍候補生は刀に思いをこめる。私を止めてくれた時のハルは、心の底から私を心配して気遣ってくれていた。恐れもあったけど、逃げずに助け出してくれた。

 そんなハルが苦しんでいるのなら、私は助けずにはいられない。

 やっぱりずっと……特別だ。誰にも譲れない居場所を、ハルの中に作りたい。

 そのためにも、そろそろ言わないとね。


「私たちらしい戦い方だけど……刀を抜いた時、新たな力を発揮する時の目立ち度はやばい。沢城くんの案に期待しつつ……倒す倒さないとか越えて、私たちが私たちらしさを掴み取るために戦ってみよう」


 提案するだけじゃ済まない。具体的な策を考えなきゃいけない。

 だけど、ほら。


「私たちらしい勝ち方、見つけるためにも……結城くん、付き合ってもらえる?」

「……呼ばれると思っていた。住良木と月見島、二人の意見も聞きたいな」


 結城くんが呼びかけると、零組の二人がそれぞれに付き合っている女の子の名前を呼んだ。

 姫宮ランさんと日ユリカさん。


「あと……そうだな。天使さんとユニスさん、意見を聞ける?」

「もちろん」「仕方ないわね」

「歓迎する。時間には限界があるから、なるはやで詰めよう」


 切り替えていこう。

 ハルの打ち出した方針に乗ろう。

 抗うために抜いた。

 生きるために抜いたんだ。


「ハル、もちろん……考えてよ? 一緒に」

「え。え。わ、私、そういうのは苦手分野ですけど」

「それでも……一緒に考えたいの」

「わ、わかりました」


 本人は気づいていないのかもしれないけど……中瀬古さんの光に触れて気づいた。

 隔離世に関わるって、現代の日本じゃ夢に生きるようなもの。

 勉強頑張って、いい大学入って、なんとか就職する……普通の生き方をするのが堅実的。

 それじゃいられない、不器用で、夢見がちな人が集まっているのかもしれない。

 他の三校はどうかしらないけど、少なくとも士道誠心はそうみたいだ。


「……夢を掴み取るために」


 そうしなきゃ生きていけないから、力を手に入れた。

 なら、私たちは夢を胸に抱いているはずだ。

 夢見るだけ? ううん。叶えたい。


「掴み取ろう」


 自分の夢で誰かの夢を壊すんじゃない。

 自分の夢をただただ叶えよう。


「ハル、明日が勝負だよ」

「うん!」


 抱き締めて、心に誓う。

 なるほど、青澄春灯の言うとおりだ。

 勝利のためにがむしゃらになるよりもっと先へ進もう。士道誠心の道はそこにある。

 勝つか負けるか、そんな法則の手の届かないところへいくんだ。


「沢城くん……活人剣、できる?」

「誰にものいってんだ?」


 晴れやかな顔で笑う沢城くんが、佳村さんを片腕に抱いていた。

 だから大丈夫だ。

 間違えちゃいけない。

 私たちは誰かを倒し、傷つけ、殺すために抜いたんじゃない。

 隔離世の刀とは……自分の夢の結晶なんだから。他人の心を傷つけるためにある心なら、付き合ってはいけないんだ。だってつらいから。いやでしょ? 傷つけてくる人と絡むの。

 でも自分の心ほど、目に見えないものはない。

 自分に傷つけられてしまうことすらある。夢が見えない、どうしたいのかもわからない、とか……こんなのが自分の願いなのか? とかね。

 だから、なるほど。

 自分を信じなきゃ扉は開かないわけだ。

 信じられるものを力に変えたいし、そうじゃなきゃ……もたないのかも。

 侍がいつか力を失うのはきっと、満たされたか、夢を失った時なのかもしれない。

 それにしたって、ハル。

 ピンポイントな歌を歌うなあ……いつも。

 そういうところも……大好きだ。


「じゃあ現世に戻るのです」


 佳村さんが私たちを現世に引き戻した。

 ラーメンはすっかり伸びていたけど、知ったことか!

 ずるずる啜って気合いを入れて、私は頭をフル稼働させた。

 ハルに勝利の光を届ける役目を、誰にも譲りたくはない。

 私の光はハルと一緒にある。だから声を上げた。


「よし、いくよ」


 敵が強大? 士道誠心は遅れている?

 なら――……追い越すレベルで走り抜けてやる。

 さあ、見ていてよ?




 つづく。

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