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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百六十八話

 



 マドカたちは放課後まで捕まらないので、今日も今日とて散歩に出かける。

 ハロウィン用のお菓子だなんだを買い込むためでもある。

 理華ちゃんは昨日の渋谷の爆発騒ぎが気になってるらしいし、シュウさんたちは繋がらないし、カナタは今日もオーディションだ仕事だと忙しいしで、だれも捕まらない。

 鳥居を抜けてから、金色雲で空を飛んで上野に向かう。今日のお菓子のプランは岡島くんたちと相談済みで、カボチャのケーキやプリンは用意してもらえる。だから私は、ぷちたちにこれまであげてきたお菓子をなるべく用意することにした。となれば、上野のたたき売りお菓子も外せない。

 お菓子を入れるものもどうにかしたいので、それも一緒に探す。今日になるまで、なんにも準備してこなかったわけではないので、たたき売りお菓子以外が空振りに終わっても、うちでどうにかできるんだけどね。念には念を入れておきたいじゃない?

 あれこれ考えようとするけれど、道中はどうしても、毛むくじゃらページが気になる。金色本を出して開いてみるんだけど、風をもろに浴びるのでままならない。当たり前だ! 雲の上でもぞもぞ足を動かして、進行方向に背中を向けてから、改めてページを確認する。

 ページの向こうにいるだれかが手のひらを叩きつけてくる。紙ドン。なんちゃって。笑えない。面白くもない。ああもう。

 赤色で訴えてくるのが怖い。

 結果を出せれば、なにをしてもいいじゃないかとどこかで思う。だけどそれは、多くの条件を課して、満たせたときに限らなきゃいけない。

 笠原十九司「南京事件 新版」岩波新書で見たよ。結果を出せば道理が引っ込む。資本や成果を得てしまえば、どんな悪行も貫ける。そういう人たちの加害の具体例が、山盛りだった。

 方面軍指揮官となった大将は「参謀本部がなんと言おうが、南京を落として蒋介石が折れて、中国一撃が実現すれば、だれもなにも言えなくなる」。もの扱いしている兵士たちも、中国軍や民間人も、みんなものだった。だから無茶な作戦で強行させるし、上海から派遣された軍に無茶を強要するし、軍に必要な兵站から軍紀の取り締まりに至るまで、およそ必要な組織編成をしなかった。意図的に怠ったとさえ言える。

 司令部、指揮官がこんな状態なので、兵士たちは食料が必要になった。武器、弾薬のすべてにおける補給もない。命令が下ったら? それをしなきゃならない。自分たちで考えてやる、なんて許されないけれど、同時に指揮官たちが委ねたことを自分たちでどうにかしなきゃいけないという二律背反に置かれている。陸軍はビンタ、ビンタ。とにかく体罰ありき。逆らって得することはなにもない。だから「言うとおりにした。それでいいでしょ」を繰り返すほかにないし? そのおかげで、自分で考えず、責任を持たず、いくらでも蛮行に及ぶことができたとも言える。

 映画「タイタニック」では、生存者である女性の若き日を描いていく。家の言いつけで決められた許婚、こいつがほんとにろくでなし。だけどたぶん、あの時代、ほんとのろくでなしなら「妊娠させてこどもを生ませれば、結局は俺の言うとおりにするほかになくなる」と考えて行動する奴も少なからずいただろう。もしかしたら、現代でもいるかもしれない。

 恋愛でも、しばしば見かける。「***すれば、相手はもはや自分のもの」みたいなの。

 ゲームなら「勝てばよかろう」で、その思考や価値観を現実に向けてるやばい人もしばしばいる。切りわけられていない。

 都市への爆撃、および民間人への空爆を当時の帝国海軍が率先して行い、帝国陸軍が「食料が欲しいから」「敵だから」「女がいるから」と声をあげ、成果を出し続けた。略奪。砲火。強姦。輪姦。だまして殺戮。

 邪魔なものにはなにをしてもいい。

 敵なら。ものなら? どう扱ったっていい。

 なんにも考えてないだけ。

 自分のことしか興味がないだけ。

 でもって、その歪さや欺瞞はいずれ必ず報いとなって自分に刺さる。

 理華ちゃんの言い方を借りるのであれば、因果が結ばれた。応報は、必ず。

 それは貧者の妄想だろうか。敗者の雑言だろうか。果たされなければ、私たちが実行する。そういうことなのだろうか。

 南京での帝国軍によるあらゆる暴虐は、現地にいたアメリカやイギリス、ドイツなどの中国と国交を結んで活動している国々が目撃していた。ナチ党の支部長代理であり、安全区国際委員会委員長を務めたジョン・ラーベをはじめ、アメリカ人で安全区国際委員会の一員となった人々の活動もあり、南京の民間人は保護されていたけれど、当時の大日本帝国軍の兵士たちは「成果」を求められ、「成果」を欲しては安全区に踏み入り、男たちを連れ出しては殺した。女たちを連れ出したり、見つけては犯した。物品をいくらでも略奪し、家々に火を放った。強姦した女性は五歳児などから、上は八十代まで幅広く、その様子は世界中のメディアで報道されていた。日本を除いて。

 人は都合の悪いことはしない。働くほかになく、使われるほかになく、現状を打開することなど不可能だと信じ込んでいるときほど、ただただ従う。成果が得られて、資本獲得に繋がり、欲しいものが手に入るのなら、ただただ行う。別に昔のメディアだからそう、ではない。だれもかれもが、そうするし? どの企業でも、そうなる。国も例外じゃない。

 ジョン・ラーベは南京から帰国後、ヒトラーに対中・対日政策の変更を訴えたという。しかし逆にゲシュタポに逮捕されてしまったそうだ。総統のお気に召さなかったのだろう。

 アメリカやイギリスでは帝国軍の南京での凶行にかぎらず、アメリカ、イギリスの艦船が問答無用で空爆攻撃に遭った。米艦船においては沈没した。南京への爆撃にしたって、そもそも宣戦布告もなしに一方的に、急襲として行われた。締結していたあらゆることを無視して。そのとき、日本がどう報道されるようになっていったのか。真珠湾が急襲され、なんの通達もなかったとき、米国がそれをどのように受けとめたのか。

 「自分たちさえよければいい」は、応報あり。日中戦争を通じて東京大空襲に至るまでの戦いで、陸海軍がいかに振る舞っていたか。対米に限らない。侵略した東南アジア諸国で、どのように。

 もちろん日本だけが理由じゃないけどさ。でも理由を作り出していることを否定しきれるものでもないよね。

 華麗なるギャツビーでギャツビーを待たず富豪と結婚した女性は、その目先の選択で相応のしんどい結婚生活を手に入れた。富豪も富豪だ。ギャツビーに罪を押しつけて逃げるような人間性は、いずれまた異なるトラブルに出会うだろう。

 タイタニックの富豪にしても同じかな。

 世界は人が作り出した公平さも、公正さも構わず存在している。私たちも同じだ。異なる価値観、定義などを用いて生きているばかりか、人によって生きることの意味があまりにもちがいすぎる。似通うことがあってもね。

 よくあろうと生きた人が報われるとも限らない。南京国際赤十字委員会委員のミニー・ヴォートリンは兵士たちの幼児から老婆まで見境なく強姦・輪姦し、ときにはいたずらに殺す加害から、多くの人たちを守るため、防ぐために献身的に活動した。命の危機に晒されることもやまほどあったろう。そんなミニーは、しかし、1940年にアメリカに帰国したのち、翌年に自殺している。南京における体験は彼女の心身を蝕んだ。過大なストレスは脳に、内臓に、あらゆる生理学的な負荷を与えた。そうしたストレスに耐えきれるものではない。帝国軍は南京に留まらず、侵略先で様々な暴虐の限りを尽くした。現代の私たちからみても、ぞっとするような振る舞いをやまほど。そんな報道を聞いたら、いくらでもフラッシュバックする。耐えきれるものではない。ストレスに揺らぎ、回復と悪化を繰り返していくなか、とうとう自殺を完遂してしまった。

 ミニーとはちがい戦争と無縁だったとして、私はこれまでに何度かゴッホに触れた。弟にパトロンになってもらい、活動し続けた画家は死して名が広まった。けれど、パトロンになってくれる身内がいない芸術家がやまほどいたろう。死してもなお、ただ埋もれていった芸術家がどれほどいたろう。

 献身は結果を保障しない。資本も、成果も。

 商売としては意味がない。成り立たない。不要なものだ。効率も悪い。合理的でもないかもしれない。

 ましてや戦争だったら? 競争だったら? 先取り必須だったら?

 いらない。

 だけど本当はちがう。生活にこそ、献身が欠かせない。自分自身で補おうとしたって、補いきれるものじゃない。

 だから実際は都合良く切り取って、一部を自分の都合で好き勝手に言っているだけに過ぎない。

 自分の都合と、それに反応するもの。他者がいない。境界線がない。そういう未成熟、あるいは負荷がかかりすぎて捉えられない、そんな状態。

 真に受けられない。

 世界は自分の思うようにはならないこと。他者は自分ではないこと。どうにもならないことがあること。欲するがあまりに、すべてを正当化・責任転嫁・免罪せずにはいられない、それがいかに愚かなことか。

 真に受けられない。

 ときにあまりに面倒過ぎるコミュニケーションから逃れる術はない。

 真に受けられない。

 それは不快で不愉快で衝突するばかりのコミュニケーションさえ、常に含めること。

 真に受けられない。いや。真に受けたくない。

 そういう訴えを、黒もじゃがページに叩きつける赤に重ねて、見る。


「ううん」


 九尾を背中に当てて考える。

 そのずるさは、でも、だれもが持っているものだ。私もやまほど持っている!

 そしてしくじっている。やまほど。だけど、そのしくじりが常に白日の下にさらされるのか。そうなってはいない。

 仮に「悪いことはぜんぶ神さまが見ている」とする。それを公平さや公正さとして捉えたとして、じゃあ神さまがみんなの悪いことを止めるわけではない。世の中からなくすわけでもない。

 神さまだめじゃん、となる人もいる。一方で、それって結局「人がどうにかするほかにないこと」だから神さまは手出ししない、という考え方もある。

 神さまの部分を法執行機関や、あるいは企業や組織の規律を守る人たちに置き換えたら、どうだろう。学校なら、風紀とか? かな。

 まあ、うまくはいってないよね。

 軍のくだりで触れたけど、とにかくビンタ、とにかく体罰。軍事作戦において相手をとにかく殺す、脅す、犯すなんていうのもそう。

 一定の「都合」に合わせようとしたら、まああああああ、ろくでもないことになっていく。だから、風紀だ、規律だ、法執行だっていうのには常に枷が必要になる。濫用したらとことん歯止めが利かなくなっていくからね。意図的にその枷を内外問わず外すのが戦争や紛争だ。犯罪の坩堝になる。

 南京の攻略においては、自軍に食料や物資の兵站を設けず、規律違反を取り締まることもせず、侵略して徴発せよ、だけ。大昔の、みんな歩いて侵略だって時代みたいな野蛮さだ。そんな野蛮さのなかで侵略行為の犯罪まみれになるなか、軍紀は乱れに乱れていて、強姦や輪姦をやまほどやっていた。で、その加害性とは別に、深刻な問題が生じる。それはなにか。性病の蔓延だ。その治療に時間がかかるし、治療のための物資や設備も必要になる。兵士たちがおとなしくしていれば、かからない負担だ。なのに乱れに乱れた男たちはお構いなしに犯罪で加害してきては、病気を増やしていく。駐留地の反発を招き、抵抗運動も激化していく。その要因をせっせと作って、おまけに働けなくなっていく。だから、軍は「慰安婦」と称して「買春できる婦女子」を用意したし「性行為するなら、性病にならないようにしろ」と避妊具を与えたり、性病予防のクリームを与えたりした。

 なにもかもがあべこべだ。

 軍隊でこうなるのだから、武装組織も言わずもがな。警察組織をはじめ、小さくすると学校のクラス委員規模でさえ「思いどおりにしよう」とすると、どんどんおかしくなっていく。ご家庭だって、企業の部署だって、どこだってそう。

 理想はいくらでも述べられるし、正論もそう。でも、いざ実践となると、どうにもね。

 そこでずるさの綱引きになったり、必要ないのにマウント合戦はじめたり、それこそ戦いに持ち込んだり、「いまから俺ルールのプロレス開始な! はい俺、先行!」をやる人などが、あとを絶たない。

 陰口、噂で悪評もなくならないし?

 そういうろくでもなさを数えあげるときりがない。

 きりがないから、対処療法的に、目先の対処で済ませる。

 軍紀の徹底よりも、どうせ強姦だなんだするなら、その相手を用意するっていうのが「慰安婦」の発想の根底にあるよね。

 どうかしてるだろ!

 そうとしか言いようがないけど。

 南京攻略における中国落としの功が欲しかった、とか。命令だし日本に帰れないから、とか。そういう欲で、殺戮や放火、略奪、強姦や輪姦などが正当化・責任転嫁・免罪されないよ。戦争だから、紛争だからは理由にならない。

 そういうことを繰り出してみても、じゃあ、その犠牲者に立ってみたら? どうしろっていうんだってなる。ここまで日本の加害を取り上げたけど、戦争や紛争は被害も増える。東京大空襲の被害は甚大だし、広島・長崎における原爆投下もそう。

 ページの黒もじゃも、彼らが被害者であるのなら? この不公平で不公正で、むちゃくちゃで、暴力の犠牲になったことについて、どうしろっていうんだってなる。

 大勢の人たちが殺されている! 傷つけられている! それを止めるののなにがおかしい! 戦争も紛争も止めるし、できるかぎりのことをする! 正しいことを!

 でもごめん、奪われた命をどうにかすることまではできない。あなたの傷を治療することも、かけられた負荷をなくすことも。ぜんぶはできない。足りなくてごめん。

 そう伝えるほかにない自分の、この未熟を真に受けられる?

 私も傷つけることがある。それを、真に受けられる?

 取り返しのつかないことなんだ。それがやまほどあるんだ。それを、真に受けられる?

 どんなひどいことも起こりえるし、その実例を体感することになる。そう、真に受けることができる?

 できない。

 できないんだよね。

 だから、そのストレスは私たちをどこまでも破壊していく。

 戦争や紛争で攻める人たちが、どれだけの破壊をもたらしていくのか。自分たちを蝕みながら。

 ろくなもんじゃない。ろくなもんじゃないのに、奴らは止まらない。今日でも、世界のどこかで続いている。なくならない。


「こどもか」


 そう呟くけど、そんな冷笑いらない。


「いやだよね」


 両手で押さえたページの真っ黒の向こうから、赤が叩きつけられる。

 何度も、何度も。ぶつける手が痛いだろうに。傷ついているだろうに。勢いは変わらない。常に最大。

 意味を求めすぎるし、成果や資本、利益を求めすぎる。もうそれが当たり前になっていて、不感症になっていくと? どんどん人は壊れていく。ただ壊れるんじゃない。攻撃し始める。思いどおりにならないと落ち着かないし、それを許せない。真に受けない。意地でも。

 そうなっているシュウさんを覚えているし、教授に至ってはずっとそうだった印象しかない。社長たちも狙われているがゆえに反抗はすべて過激なテロ行為だったし。

 あいつもそうだ。私に八尾を注いだ。おかげで私の人生、だいぶおかしくなった。取り戻せない。取り返せない。やり直せない。みんなといると「当たり前にできてること」があるんだって痛感するし、それがどうにも下手な自分に出会う。うんざりする。

 立ち上がれない人が増えていく。

 過去に囚われる人も増えていく。

 いまを生きられない人が増えていく。

 表面上は、学生や社会人をやってみせられる、一部の人たちでも相当、疲弊している。そしてゴッホの例えで触れたように、そこにも立てなくなっている人が大勢いる。


「ふざけんなって、なるよね」


 ページの赤い手のひらに、自分の手のひらを重ねる。

 なにも感じない。私がページの境界を解いていない。金色で化かしていない。だから、熱はない。触れあってもいない。

 この黒もじゃの実態がなにか。マドカたちからの返信で「絶対にひとりでやらないこと」とくどく、何回も忠告された。だから試す気もない。ひとりでは。

 もうどうしようもないことが増えていく。いま知っていることでさえ、もう立ち上がれないのに。そう実感している人には、もう、あまりにもつらい。

 ミニー・ヴォートリンは、希死念慮による未遂を重ねて、ついに自殺に至ったという。

 ベッセルやフランクルが記した収容所の生存者のなかには、完全に過去に凍結した状態で、日々を、時間を、営みを、消費するのが精いっぱいな状態の人もいた。関係を持とうとか、治療しようとか、ケアがいるとか、そのために活動するとか、その手の類いのすべてが無理になってしまうほど傷ついた人たちが。

 家から出ることができない人たちもいるし、もう働けなくなっている人たちもいる。家を失っている人たちもいる。戦争や紛争の最中になくても、そんな状態を生きている人たちがいる。

 あまりにも過酷すぎる。

 それを、真に受けられない。

 この黒もじゃが昭和時代の渋谷の学生たちとはかぎらず、むしろ加害者である可能性もある。あらゆる可能性を視野に入れたとき、いまの私は、これほどに思考が乱れて集中できない自分さえ、真に受けられない。

 転じて意識せずにいられることが増えるほど、その依存が多いほど、私は安定する。

 だから祭りがいる。ハロウィンで浮かれることが大事。

 みんなが必要だ。

 だれかの加害を止めるにしたって、あらゆる依存が必要。自分たちが暴走したときに止められるものもいる。

 あらゆる気持ちを自覚して、付き合えるように。

 私の手の向こう側で、握りこぶしが立て続けに三、四、五と、繰り返し叩きつけられる。赤く、何度も。重なっても濃くなることはない。ただ、音はする。

 この気持ちに接する以前に、この気持ちに重なる私の気持ちと接することができないようじゃあね。

 なにを語ろうと、机上の空論もいいところだ。

 ページから手を離そうとしたとき、手の甲の皮に赤い線が走る。上下に無理やり裂いて、ぎょろりとした目玉が生えた。久しぶりのご登場にうんざりしながら、睨む。私の帯刀男子さまを。


「なあに」


 問いかけると、実にいやらしく目を細めて私の顔を見つめてきた。

 目玉のすぐ下に新たな裂け目ができる。開けば歯や舌が見えた。無意識の化け術によるものでありながら、手を貫通するような巨大な口にしないくらいの知恵は働いているらしい。


「お上品に、我慢して、いいやつぶって。本当は、殺したいんだろ? 殴り、蹴って、虐待しぬいて、何度も何度も詫びさせたいはずだ。お前を見るだけで、怯えて身が竦むような状態にまで傷つけてやらなきゃあ、お前は満足しない。その不安は、消えない」


 けたけたと笑う、私のメフィストフェレス。


「責められるものを探して、責めて、それを根拠に思考して。涙ぐましい自縄自縛だな。マゾヒストぶるお前は、本当は支配したくてたまらないくせに。暴徒になり、悪党になって、連中よりも苛烈に責めたいんだろうに」


 殺せ殺せ、フタを開けろ。実に楽しげに歌う悪魔から視線を外した。

 本を閉じて霊子に散らす。金色雲のうえで膝立ちになって、前を向く。


「むかつくガキは叩いて言うとおりにさせればいい。ああだこうだ言うなら怒鳴りつけてやれ! わがままをいう奴の腹を蹴れ! 死にたくなきゃいうとおりにしろって命令してやれ! 許せないときは相手の頭をかち割ってやれ! そのほうがよっぽどわかりやすいってもんさ!」


 いつもと趣向を変えてきた。

 これが私の無意識から生じるものなら、私の中にはたしかに悪魔がいる。

 だけど思いついても、その刀は抜かない。鞘をそっと置いて、深呼吸をする。

 思いどおりにするのが正しいんじゃない。


「構ってほしいんだ?」


 そう口にしてから手の甲を確認したら、消えていた。最初から目玉も口も生えてなかったかのように。

 この複雑さや、どうにもならなさと共に生きる。

 自分がどうありたいのか。世界はどうあってほしいのか。

 リターンのない投資をするように、表現しつづけていく。

 ただ、それだけ。

 話はいつも、ただ、それだけのところから。

 時間は動く。美しくない様さえいくらでも抱えていく。醜ささえも、切り捨てられず、人生は終わりまで向かっていく。一花を咲かせたくて、この不安や恐れから解放されたくて、そのために正当化・責任転嫁・免罪できる暴力など、この世のどこにも存在しちゃあいない。ただ、行う人がいるだけだ。

 不十分な倫理と、正確さに欠ける正しさを計りにして、精いっぱい生きるだけでご立派な人生で、刀を抜かずに表現しつづけたいと願うのは、あまりにも過酷だけれど。

 それでも、選びつづけたい。

 なにがあってもだいじょうぶが増える道を。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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