第二千八百六十七話
理華ちゃんから連絡が回ってきた。
魔女の集いなるものを開催している話はユニスちゃんがキラリに相談している場面を見かけたことがあり、知っていたけれど、明坂からミユさんが訪ねてくるほどだったとは思わなかった。
ヴァルプルギスの夜に、ホムンクルス。ゲーテはネタの宝庫。鋼の錬金術師におけるフラスコの中の魔人も、魔法少女まどかマギカにおけるワルプルギスの夜も。その他、数えきれない作品がゲーテに影響を受けているのでは。手塚治虫に至っては大好きすぎて、漫画も描いてたよね。たしかさ。
悪魔と契約。天使と神が狡猾。このあたりのモチーフも、そもそもゲーテが現実を戯曲で表現したがゆえの「わかるわかる」ネタなのでは。そして、そこには一定の普遍性があるのでは? だからこそ、モチーフとしてよく利用されてもいるのでは。
あとゲーテの時代の価値観や科学知識などが土台になっているのに、ホムンクルスあたりの「男の精液が命を作る」みたいな発想は、いまでもたぶん、普通に生き残ってる。周知が広まってきているけど、セックスでこどもができないとき、女性の問題にする、ないし、したがる人はいる。男がぼっちなのは女のせい、とかね。少子化は女が自我に目覚めたせい、とか。すっごい言説が実際にある。悪目立ちしてるだけだとしても、できれば目立たないところでひっそりしていてほしい。
現世で櫛たちに尋ねごとをしても反応がない。疲れてしまったのか、眠っているのか、それとも私の術の力が足りないのか。なんであれ、反応がない間は自分にできることで調べるほかにない。
まず検索を試す。過去に百人単位の学生が修学旅行で消えた、とか。いなくなった、とか。様子がおかしくなった、とか。そういう話はなかったのかを調べてみた。結果、ヒットせず。
「そんな簡単じゃないかぁ」
うちのリビングのソファで手足を思いきり伸ばしてから、身体をほぐす。
ひとまず金色を出して、これまでの異変を整理しなおしてみる。
ビルの連続爆破。建材に使用された、本来建材でないものたち。
数えきれない赤ん坊の亡骸が集まった部屋での殺人をはじめ、様々な殺人事件が起きていたこと。
千葉県某市の住宅街まるごと、人がクローンに置き換えられていた。それに近くの私塾では、集められていた生徒たちがなんらかの実験に利用されていたし、大勢の亡骸があった。しかも敷地内には巨大な蜂の巣ができていて、巨大蜂が出現。まぎらわしいけど、異次元の私のひとりである白いのの蜂とは無関係だ。たぶんね。
渋谷の人柱も記憶に残っている。人を使って作りあげた肉の柱は、都内に流通していた薬物である黒い液体を排出していた。渋谷、道玄坂のシティホテルで複数人が殺害、あの人柱の素材に利用されていた。
下水道を流れてやってきた黒いダイヤ騒動。あのダイヤを調べたことで、ビルで使われた爆破物の見当がついたのだ。
そのあとだったよなあ、たしか。森に潜入したの。あれって、なんでだったっけ。社長たちがいる場所を突き止めて、見に行ったら今度は自衛隊の隊員数名に襲撃される羽目になった。ちなみにだけど、クローン製造に関わったと目される株式会社CSKDの地下に繋がる研究所を見つけた理華ちゃんたちは、後始末にきた警察官を目撃している。なんなら私は早朝に呼び出されて首相官邸に行っている。
このあたりから、ぐっときな臭くなったんだよなあ。
で、空飛ぶ邪の城が見つかった。富裕層の遊び場。議事堂を模した場所。あそこをどうにか処理して、あそこに集まっていた社長たち一味を見逃した。そういえば一度、あいつらを探しに国外に行ったこともあったっけ。隔離世技術の売買をしているとして、中東のほうへ。あいつら全員をまるごとさらったんだった。そんなこともあったなあ!
それで全部が終わりだと思っていたら、そうはいかなかった。解けていない謎がまだまだ残っていた。クローン製造の謎。CSKDを追求しきれない警察。おまけになんにも出なかったという事実。
で、そうこうしている間に、あいつが出てきた。私に八尾を注いだ、あの男が。関東事変が起きた、そのあとに。
だいじょうぶかな。
私、記憶がごちゃごちゃになってないかな?
このところの心身の負荷と、倒れたりなんだりしたことを踏まえると、間違っていても不思議はない。
間違いを抱えていることを視野に入れたうえで、整理する。
議事堂のクローンたちはみんな、あいつが処理した。たぶん、私を官邸に呼び出して脅迫した総理の偽物も。でも、佐藤さんとあねらぎさんがCSKDの保養施設を調べて出会った平塚さんの話を踏まえると、あいつも平塚さんと同じ事案の被害者だった。
事案とはなにか。
クローンは、ある目的の副産物に過ぎなかった。平塚さんもあいつも、ある能力開発の道程の犠牲者だった。似たような犠牲者は他にも大勢いた。
相模湾の底で発見された、人を素材にして作りあげた像。アルバイトだなんだと騙して集めて、鬼だなんだにするべく怪異に変えられるはずが、なり損ねて捨てられた人たち。
最初の目的はなんだったのか。
明坂ミコのような神通力の獲得だった。その場にいるだけで、周囲の考えが読める力が欲しかった。だけど連中の欲は、たぶん、それだけに留まらなかった。その結果としてクローン技術や、人を怪異にする力、さらには多くの若者たちを利用した霊力探求などに至った。
ゲーテのファウストは錬金術にまつわるもののようであり、転じてそれは「土を金に」じゃなくて「紙を貨幣に」することへと繋がる。経済のお話だ。私たちの扱う日本銀行券は、素材を見れば一目瞭然。ただの紙だ。もっとも、厳密には様々な素材を用いて、巧みに作りあげられた紙。この紙が、なぜ、国際的な市場で信頼性の高い金のように、貨幣価値を持つのか。その転換期が、歴史に、あらゆる国に存在する。ファウストもまさに、その転換期を迎える。
一度つくりあげられた紙という貨幣は、もうなかった頃には戻れない。よく言うハイパーインフレで貨幣が紙切れとなったジンバブエあたりが有名だけど、あれだって貨幣として存在していたものが紙切れ同然に悲惨な状況になったのであって、結局は意味ないじゃんとはならない。
いまの日本の状態から、いきなり物々交換や、金そのものの取引には転換できない。災害が起きたときだって、人々はまず紙幣を使おうとするだろう。それくらい、不可逆な転換だ。
これほど大きな規模の創造や、インフラの設置・転換は強烈なインパクトを与える。お父さんとお母さんの世代だと、パソコンとインターネットの普及、ガラケーの普及、固定電話が緩やかに衰退しはじめる傍らで気づけばスマートフォンが出てきて、今度はパソコンがスマホやタブレットでいいじゃんという空気まで出てきた。同い年にそういうノリの人がまあまあいるけど、仕事で事務所や企業を見ると「パソコンに変わるほどじゃない」と思う。でも、ひとり一台が当たり前になって、気づけば「持っていないと生活に支障をきたす」し「就職さえまともにできなくなる」くらいのインフラになってきたんだから、侮れない。
ネット掲示板文化、SNSの普及も大きい。けど電子書籍がもたらしたインパクトは思いのほかささやかだったかな。国によるのかもしれないね。書店が当たり前かどうか。雑誌が売れなくなって、廃刊になる速度が増して、小説の雑誌をはじめ、いろんなものがゆっくりと、着実に消えていっている。それは転じて、いろんな仕事が先細りしていっている、ということでもある。
資本主義と成果主義は、どちらも先鋭化すればするほどに、私たちを忙しくして、排他的にして、効率のみを優先するようになり、最終的には人を不要にしていく。
転じて人の社会とは、基本的には、人がいる意味と価値の創出の循環が求められる。どんな人でも、どんな状態・状況でも構わずいられることの追求が重要であり、それは「働かなければ(=働けなければ)価値がない」だの「不要であればなにをしてもいい」だのを許さず、だれも脅かされないようにするためのすべてが求められている。
だれかの儲けのために、血眼になって定年まで働き、定年後は慎ましくアルバイトをしながら細々と生きなきゃいけない、なんていう社会がいいのなら? 資本主義と成果主義は、あなたをいくらでも奴隷として歓迎するだろうけど。
それは常に「資本と成果が求める価値と意味を提供しつづけなければならない」人生を意味する。私はそんなの、ごめんだな。そんな詭弁に付き合って、従わされるのはいやだよ。
錬金術も、神も天使も、悪魔もみんな、人をそのために消費しようとする。拝金主義や宗教の求める利益、転じて資本主義や成果主義に対する激烈なアンチテーゼも、アンビバレントな一面も併せ持つ作品こそ、ゲーテのファウストなのでは?
私たちの隔離世の技術も。霊力も。
換金されてしまう。
だれかの価値に置換されてしまう。
あいつや平塚さんたちは、まさに、そうしたがる連中によって人生を歪められた。破壊された。仲間を大勢殺された。死を汚されてもきた。
知識人も有識者もインフルエンサーも、作家も映画監督も漫画家も、芸能人や歌手も俳優も、みんなみんな、セレブになることは社会や政治と迎合して、大衆を消費しているし? 彼らが大金をくれることで、資本や成果にまみれて、それを内面化して生きている。
そういう点では、神や天使、悪魔のように、人を消費する。リッチな生活の獲得・維持と共に。
人がどうだかは興味がない。関心もない。人とも思っていない。数字やお金に見えている。もうちょっと抽象的に言うなら、自分の都合に添うものとしてのみ見えている。
岩波新書の「南京事件 新版」を読んだよ。笠原十九司さんの。すさまじかった。南京を落とせば中国が白旗を振り、蒋介石が折れると見て、戦果をあげる最後のチャンスを得ようとする方面軍指揮官大将。航空戦力で戦果を挙げたい海軍は、東京大空襲のようなことを南京に行った。執拗にね。兵站において、方面軍は軍に必要な部門を一切もたず、兵士も軍紀もすべておざなりにした。物資は現地調達をさせることにして、一切手配せず。上海からの強行軍や、派遣された軍は南京城を目指す行軍のすべてにおいて、農村などを襲撃して略奪して、今日の食料をまかなっていた。そんな明日の食料も知れない状態で捕虜なんか取っていられないなんて正当化して、男は皆殺し。女性は強姦した。片手で足りないかもしれないくらい幼い子から、おばあちゃんまで。五歳とかから、八十五歳を超えた人までお構いなしだった。無茶な強行を強いられた兵士たちは、進軍中に反撃を受けたりなんだりして仲間を失うと、その怒りをすべて、中国の軍人だけでなく民間人にも向けた。
ちょうどベッセルが著書で取り上げたベトナム戦争の退役軍人のように、復讐を正当化・責任転嫁・免罪の理由にして、兵士たちはなんでもやった。家々を焼き、略奪のかぎりを尽くし、強姦に次ぐ強姦を繰り返した。五歳児や十一歳、十八歳の少女も、五十代や六十代も関係ない。輪姦もよくした。日本に妻子がいる兵士でもだ。女であれば、性器を突っ込む穴があると見て盛るのだ。抵抗すれば殺す、脅して言うとおりにするなら楽しむし、逆らえば殺せばいい。その程度のものとしてしか見ていない。それにことが済んで殺すこともあった。
そんな兵士たちが南京に集うのだ。大将が功を得るため、ろくに差配せず。兵士たちは憤りのすべてを現地の人々に向けた。彼らからしてみれば、相手は人と思ってない。当時、軍にいた生存者の方たちがよく仰っていた。相手を人と思っていない。まさにそれだ。
あれからまだ、百年も経過していない。
笠原さんはあらゆる調査研究に取り組んでいたそうで、日本の証言においては当時の軍人の日記も重要な資料であるという。けれど、漫画・映画どちらとも「この世界の片隅に」において資料は焼いていた。日記を焼いた兵士も多かった。なにせ戦争犯罪に問われたら死刑になるかもしれない。なら、証拠は隠滅したい。それに戦友会や右翼勢力の圧力も強かったという。未だに南京事件なんかないなんて言ってる人がいるくらいだから、百年も経っていないってことのどうにもならなさって、途方もないね。国際的にはドイツの人がナチはいなかったって主張するくらい見当外れな言い様だろう。批判どころか、非難される非常識な物言いだ。
その手の主張をする人たちにしても、当時の証言や、いま出演して戦争がひどかったと語る人たちのことさえ、人に見えていないのかもしれない。自分の都合に反するものにしか見えていないのかもしれない。それこそ、大将は兵士をなんとも思わず、兵士は略奪や殺戮、放火や女性をなんとも思わなかったように。
そんなえぐさを、133名を消したなにかに対しても感じる。
「怪異にした? いや。クローンにする、のはまだ、昭和じゃあ、たぶん、できてなくて」
腕を組んで考える。
金色で浮かべた、これまで目撃してきたものの立体像たち。どれを見ても、これと思いつくものがない。大騒ぎになっていないというのがどうも妙。神隠しだなんだと騒がれそうなものなのに。
その割にやっていることの規模は大きい。少なくとも数人程度でお手軽にできることじゃない。どれもこれも。組織的に、そして継続的に行われていることだ。
何度確認したっけ、これ。
「ううんぅ?」
いまわからないことって、なに?
騒ぎになっていない。つまり、その後の反応が不可解。
133名を相手に、いったいなにをしたのか。
主に、この二点。ひとまずね。
ミコさんの能力を人為的に作り出すところから始まったであろう、連中の実験。133名においては、いったいなにを試したのか。あるいは、なにかの素材にしたのだろうか。人柱や、あるいは彫像のように。それか御珠作りでも試したのだろうか。邪が生まれる状態にして、放置して黒い御珠を量産するとか?
なんでもあり得るんだよなあ。限定する情報が必要なんだ。なにをしたのか、選択肢を狭めるなにかがいる。それには結局、情報が足りないというところに行き着く。
昭和のいつかもわからない時代の、133名という学生たちが犠牲になった。渋谷の学校、渋谷発着。その程度だ。いまわかっているのは。
理華ちゃんが教えてくれた魔女の集いにおける情報によると、霊子が保存する情報に怪しげななにかが漂っているのではということだった。それは転じて、関東事変を起こした術が、あらゆる規模感で分離して、関東中に漂っているのではないかという私の推測とぴたりと重なる問いだ。
ミユさんを士道誠心に送り込んできたってことは、ミコさんも私の問いを気にしてくれているみたいだ。助かる!
であれば、私は情報を取り出す術の精度をあげて、とにかく情報を引き出す必要があるんだけど、いかんせん、うまくいってない!
ただ、いまの時点で試していないことがひとつある。
「よいしょっと」
立体像にした金色を集めて化かした金色本をキャッチ。
収集した霊子を保存する本に切りかえて、黒いもじゃもじゃページを開く。
その瞬間、真っ赤な手形が黒く染まった部分に大きくできた。けたたましい音を立てて。
「ひっ」
手形が消えたと思ったら、今度は握りこぶしの痕が何度もつけられる。いずれも赤く、強く。鈍い音を立てて。紙面の先に世界があって、紙がまるで壁になっているかのよう。相手は打ち据えてきている。
主張が強く、激しく、荒々しいので怯む。
これを探れば、なにかがわかるのではないか。そう思いはするのだが、握った拳を開き、手のひらを再び叩きつけてくる赤色にビビり、思わず閉じてしまう。
気が進まないなんてものじゃない!
この黒は毛だ。毛の集合体なんだ。たぶんだけど。でね? この毛を人形のかつらにしてごらんよ。絶対に伸びるよ? そして身体に絡みついてきて、取り殺してきてくると思うの。そういう怨念を感じるよ? 表に出しちゃいけないタイプのやつだよ。これは!
いっそ、成仏するようなことしてみる?
それか、烏天狗の館に行って、転写したものを出してさ? それが怪異になるなら、退治してみる?
あそこなら、なにかあっても館の正面フロアに転移させられて、死ぬことはないのだから。
「やだなあ」
まさしくチートな施設だけど、傷ついて痛むことは避けられないので、そうそう都合良くはいかない。
行くにしたってマドカたちに声を掛けて、手伝ってもらわなきゃ。勝手にひとりでやって、またしても数日寝込みましたじゃ済まされない。ハロウィンまで、あと一日。ぷちたちが楽しみにしているパーティーまで、あと一日なのだから。
「やるしかないかあ」
開き直って、毛のもじゃもじゃと対決するか。
133名との関係性がわかれば御の字だ。わからないにしても、ひとまず付き合い方を探ろう。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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