第二千八百五十七話
はいどうも、こんばんは。引き続き、立沢理華です。
さしあたり私たちが直面している脅威は、雑にくくると二者。
ひとりは春灯ちゃんに八尾を注ぎ込んだ復讐者。士道誠心を利用して人為的に御霊を宿らせ、特定の霊力に目覚めさせるための実験の犠牲者でもある。平塚さんほか、同じ境遇の者は多数いると予測されており、緋迎シュウらが鋭意捜査中。捜査対象となっているのは士道誠心だけではない。星蘭、北斗、山都も同様である。しかし、学校側に実験の関係者は見つからない。平塚さんのように、孤児などを引き取った者たちが学校を利用していた、と見なすなら? それはそれで奇妙な話だが、こちらも調査を実施中。しかし、実態を明らかにできているとは到底言いがたい。書類上だけ存在する家屋や事業所のように、調べても調べてもなにも出てこない。
もうひとりは、復讐者たちの人生を歪めた者たち。春灯ちゃんが命名した「製造開発者たち」だ。復讐者や平塚さんたちを消費して実験を行った組織である。この組織は国会議事堂の議員らのクローンを生成、議事運営を歪めていたと見なされている。のみならず、ビル連続爆破事件などを起こした通称「社長」たちを製造した者たちだと見なされてもいる。私たちが見つけた研究所も、あそこを爆破した連中も、この組織に噛んでいると目されている。平塚さんが捕らわれていた施設においても同様だ。なのに”人”を捕まえるところに至っていない。まるで人間なんか、だれひとり存在していなかったかのように。
隔離世対策室に提供して調査してもらい、瑠衣を通じて忍びにも調べてもらい、さらには私の個人的な仲間たちの助力を得て探りを入れてみたが、ヒットする回答はいずれも同じだ。
見つけた人はいずれもアルバイトやパート。直接雇用の人間は、細かな業務を把握しておらず、実態をすこしも知らない。判を押したように「すべてはWebで」「通話先はフリーダイヤル」。たどってみても「派遣された」「アルバイト」。雇用主の顔が見えてこない。実態がない。
だれも「具体的なことは知らない」けれど「仕事がある」し「給与が支払われる」から気に留めない。かくして組織は運用される。しかし私たちが把握できるのは末端のみであり、末端から先がまるで見えてこない。最初から存在しないかのように。
あり得ない。
資金を動かすにしても、雇用の調整を行うにしても「人の動き」が欠かせない。銀行の仕組みがあるからなんだ。それを利用するのは結局は人だ。AIがどうとか、まだそこまで発展しているわけではない。膨大な学習データ、それを処理するアルゴリズムがあっても、入出力を学習データに含めるのなら? 人の多種多様な乱雑さがノイズとなって、得られる結果の水準が低下する。仮に情報を出力する仕組みを構築できたとしても、利用者の質に依存せざるを得ないのが、当面の実状になるのではないか。つまるところ「人」が見えてこないのだ。一切。まるで。不自然なほどに。
自室をあたためて、二人掛けのソファに寝そべりながら思案する。人差し指でアゴを何度も叩きながらうなる。
ふと、咳払いがした。
視線を向けると、足の先に瑠衣が突っ立っている。白くて大きなフードパーカーとジーンズ姿で、なにかを言いたげに私を見ていた。
「なにか?」
「俺の大事なTシャツ、下はパンツって。風邪ひくっすよ」
「部屋は暖めているでしょ?」
つまらないことを言うなと睨んだら、瑠衣がパーカーを脱いで放ってきた。
「せめてこれ着て。半袖だけでズボンなしはないって」
「面倒だな」
空調の意味がないじゃないか。不満をぶつけながらも従っておく。抵抗するだけ無駄だ。彼の棚から拝借したTシャツの上から羽織って彼を見ると、やはり複雑な顔をしていた。
「なに」
「下もなんか履かない?」
「なんで」
「目に毒っつうか」
「ごめん無理ズボンきらいさようなら」
要求を退けて思案に戻る。彼がため息をついて、部屋の片づけをし始めた。脱ぎ散らかした私の服、床に散らばる捜査資料である写真やメモの数々、思いついたときに書いてそのまま出しっぱなしのペンやメモ帳などなど。手を動かしながらぼやく。
「まるで幽霊みたいな相手じゃないっすか。緋迎シュウと山吹先輩のふたりが出向いて、なんの予兆も感じとれなかったなんて。議事堂から逃げたか、そもそも人なんていなかったかなんじゃないすか?」
ホラー映画の怪異みたいな、なんて彼はうそぶく。
私も彼も、警察も忍びも、あの手この手を尽くして調査を続けているのになにも引っかかってこない。代わりに議員の醜聞だの、派閥の争いだの、外部組織との癒着だの、ちらほらと「いまじゃないし、私たちが調べるべきことでもないけど、無視もしがたい」内容ばかりちらついてくる。
それらに平塚さんや復讐者を苦しめた人たちの影も形も見えてこない。
「ホラーだと個人や特定の怪物もあれば、自然現象みたいな雲をつかむ途方もなさもあるじゃないっすか。これはまるで後者みたいな感じっすよね」
自然現象みたいなもの。特定の個人が起こしているのではなく、まるでシステム化された現象が生じているという、そういう捉え方か。
「復讐者の関東事変のように、ですか?」
「まあ、そうっすね。自動的に、怪異を生み出す卵を作り出す。孵った怪物は人に取り憑き、邪が暴走した状態になるかのような変異を起こす。そして浅草に出てきた怪物みたいに姿を変えて、暴れさせる。そういうシステムって見ることもできるじゃないっすか」
「たしかに」
「まあ、システムだとしても、目的が未だに謎っすけどね。なにか倒せたんすかね? 一矢報いたんすかね? あんな厄介なシステム構築による術なら、普通は目的を必殺するべきでしょ」
あまりにも影響力が強すぎる。強力なものである一方で、強力でありすぎるがゆえに、十分な結果を期待せざるを得ない。なんの目標もなく実行するものじゃない。あれだけのシステムならば、構築にかなりのコストがかかったはず。
その調査も鋭意継続中だが、未だに答えを出せていない。
転回してみよう。
あの術はもはや発動させた時点で目標を達成していたとしたら、どうだろうか。その結果、惨憺たる状況になり、どれほどの被害が出たとしても復讐者にとっては構わない。既に、結果を出したのだから。春灯ちゃんを筆頭に私たちがシステムを破壊したとしても? 構わない。事実、彼は妨害しようとすることはなかった。ただ、議事堂のクローンたちを破壊して、立ち去っただけだ。
もしも発動そのものが目的だというのなら、どういうことになるのだろうか。
システムそのものの「具体化」、および「破壊」が目的だったとしたら? あるいは”製造開発者たち”のシステムを「改ざん」して、春灯ちゃんが最近捉えている「表現」を行い、具体化し、顕在化させてしまえば、どうなる? 当然、私たちはそれを放っておかない。侍隊も、四校も動く。現実の異変は壊滅的な被害をもたらすとき、自衛隊さえ無視していられなくなる。実際、本当に大騒ぎだった。だが実際に破壊は達成された。
彼に必要なのは「システムの破壊」だったとしたら? 復讐者と彼を見なすとき、これほど腑に落ちるものはない。彼の敵は”製造開発者たち”。
「ううん」
八尾についての説明がつかない。春灯ちゃんを利用した説明もつかない。突然現れて、これだけのことをした、その動機が明らかになっているわけではない。
ないのだが、足がかりにはなる。
あの日から時間が過ぎているが、復讐者が次の一手を打ってくる徴候は未だにない。加えていえば士道誠心などを攻撃してくることもない。春灯ちゃんに新たな干渉をしてくる気配もない。
いっそ世間の炎上ぶりのほうが、よほど彼女を追いつめている。そんな胡乱な関わりをあの男がしているとは、私には到底思えない。
「理華?」
「システムの、問題」
彼が破壊しようとしたシステムとはなにか。それはいったい、なにをもたらすものか。議事堂で”製造開発者たち”に連なる情報の欠片も得られないことと、なにか関係はあるのか。
ひどく安易に連想するのなら、そのシステムこそが、クローンを生み出す研究も、平塚さんや復讐者を利用する研究も行なわせているものだった、と見る。ひどく安易に連想するのなら。
この仮定は、多くの障害を明らかにする。
いったいどこのだれが、どれだけの人と、どんな目的で、どれだけの手間と時間と労力をかけて、なんのために構築したというのか。
私が復讐者ならば、破壊を試みるシステムは、なによりもまず自分を苦しめ、人生を歪めたものだ。末端の人間をいくら潰しても、攻撃しても、殺してみせても、意味がないことをすぐに悟ることになる。彼らはなにも知らない。ろくにわかっていない。下手人になることはあっても、全体像を把握して、実現させている存在にはならない。そいつらこそが本命たり得る。
だが、そんなものが実際にあるのだろうか? あるのなら、なぜ、ヤツは見つけて、私たちは見つけられないのか。
長命として経験も知識も豊富で技術力も随一の明坂ミコがいて、見つけられない。緋迎シュウをはじめ、日本の各地に少なくない刀鍛冶がいて、見つけられない。忍びをはじめ、いろんな組織がいるのに、だれも気づかない。わからない。
世界に溶け込んでいる空気の内訳が、呼吸しているだけだとまるでわからないように。推論を立てて様々な実験を試みて、解明していかないかぎり、存在を証明できない。そもそも問いを持つことさえ、大半の人にはむずかしい。
だというのに、なぜ、どうやって奴は気づいたのか。
そもそもシステムなど、本当に実在するというのだろうか。魔方陣でも呪いでもなんでもいい。霊子が記録した術式、あるいはプログラムでも構わない。そんなものが、だれにも気づかれない形で潜んでいるなどということが、あり得るのだろうか?
「ふむ」
実際に関東事変と呼ばれるくらい、関東中に特定の現象を起こしてみせた。だから、存在する前提に立って考えてみよう。
私たちはなぜ、それに気づけない? どうして見つけられない?
「警察からの依頼、受けたんすよね。練習しなくていいんすか?」
「因果の確認?」
瑠衣に向けて、片足をあげてぶらぶら揺する。ほっとけ。
しかし待て。霊子に宿る情報の確認を緋迎シュウは求めてきた。それは奇しくも春灯ちゃんが挑んでいることでもある。かなり手こずっているが、当然だ。刀鍛冶のだれもしたことがない精度で、細かな情報を明快に読み込もうというのだ。理解に努めようとする。そんな挑戦を、ふとしたきっかけで気絶したり寝込んだりする満身創痍の状態で続けているのだ。時間がかかって当たり前。むしろ休んでほしい。なにもしないことを、卒業まで続けてほしい。心から願う。押しつけられはしないけど。
情報の確認をする。人の情報を大量に記録する霊子を読み取る。これまでにない精度で、これまでにない情報量を相手に。なぜならもう、人を相手にしても、どうにもならないくらい行きづまっているから。万策が尽きたというには、調査対象も、調査手段も残っているから、彼らはいまも手を尽くしている最中だが、それでも、霊子が情報を記録するのなら? そこからなにかを探りたくなるのも人情だ。
目に見えず、なにを保持しているのかもわからないもの。
霊子。
一粒が膨大な情報を保有する。
であるならば、データの広大な砂漠の中に、特定のプログラム、その情報を分散して保持させて、それを特定条件下で起動させられたら、どうだろうか。
一部では、理解できない。他の情報とまぎれてしまい、読み取れない。気づけない。わからない。
だが組み合わされば組み合わさるほどプログラムとなり、プログラムが集まるほどに意味を持った巨大なシステムへと姿を変えていく。
そのシステムが人を動かし、操り、特定の目的を果たし続けるのだとしたら?
「可能かどうかの検証がいる、けど、でも」
突拍子もない思いつきに過ぎないが、私は自分の思いつき、あるいは勘を信用している。
立ち上がって部屋の外に出ようとしたら、瑠衣がお腹に抱きついてきて「外出するならズボン!」と頼むので、流行る気持ちを抑えて瑠衣のジーンズを奪い、履いて、ダッシュで駆けだした。その足で尾張シオリ先輩の部屋に向かい、扉を叩く。
幸いにして彼女は部屋にいた。重たい金属製の扉をわずかに開けて、しょぼしょぼした目を何度もぱちぱちと開閉させながら「なぁにぃ?」と眠たげに問いかけてくる。
先輩を部屋に押し込んで、扉をしっかりと閉めてから考えを彼女に述べた。最初のほうこそ欠伸をかみ殺していた彼女も、巨大な術、あるいはシステムが霊子に分散されながら紛れ込まれているのではという仮定を聞いて興味をもったのか、私にしゃべらせながらユニットバスで顔を洗いはじめる。バスタオルで顔を拭いながらも説明を聞いた。すっきりするなりバスタオルを投げ、高価そうなパソコンチェアに腰掛けるなり膝丈ほどあるだるんだるんで汚れも目立つ白Tシャツに足を収納する。クッションが各所についたツートンカラーのチェアのうえで、忙しなく左右に揺れながら積極的に相づちを打つ。
最後まで聞き終えると、彼女は「いろいろ面白い仮説だったけど」と前置きを挟み、困ったように眉根を寄せた。
「キミの仮定を聞くべき相手はボクだけじゃ足りない。霊子を操る術の心得がある、それも並大抵じゃない使い手にも聞いてもらわなきゃ始まらないよ」
「疑う余地はあると思ってくださいました?」
「その価値はあると思う。そしてキミの仮定を踏まえるならば、ボクには正直、システムってやつはもっと複雑で、複数あると思う。より巨大なプロジェクトとして、複数のシステムが稼働していると思ったほうがいいんじゃないかな」
すこしだけ考えた。
「復讐者が具現化したシステムは、あくまでも一部に過ぎないと?」
「ボクならそう考える。それに、ハルちゃんが命がけで解除してくれたから言いづらいけど、本当にシステムが破壊されたのかどうかも気になる。破壊された場合の対処はないのか、というのもね。普通なら、攻撃されたら対応するのが筋ってものだろ?」
「たしかに」
「それは人がするのか、それとも霊子が修復に動くようプログラムされているのか。言い方を変えると、そういう術が掛けられているのか、調べる必要があるんじゃないかな」
もっとも、そんなことが本当に実現できるのなら、という前提があるが。
「なんであれ、いままで人手と工数をかけて、なんにも出てこないんだ。ハルちゃんのアプローチも、ハルちゃんの体調を考えると無理強いできないし、いつまでかかるかわからない。だったら、立沢のその問いは、探る価値があると思うよ」
「よかった! じゃあ、さっそく術の心得がありそうな人に聞いてきます」
「待った!」
踵を返して出ようとする私を先輩はすぐさまあわてた声で呼び止めた。
「それって二年生のワンとか、スチュワートとかだろ? 獅子王ニナ先生とか。それよりも、いっそ、もっと人を集めて相談しない?」
「だれか心当たりでも?」
「もちろん。士道誠心だけに閉じてちゃ足りないよ、こんなのさ。星蘭をはじめ、三校に協力を依頼するべきだし、なによりキミこそ頼るべき人がいるはずだろう?」
「ああ」
あんまり忙しくてリアクションがないから、ついつい忘れそうになる。けれど、たしかに彼女に声を掛けないのはもったいない。
「すぐに連絡を取ってみます」
先輩に伝えてスマホを取り出す。
連絡先から「明坂ミコ」の名前を検索して、タップする。すこしの時間ののちに、私はスマホを耳に当てた。彼女の助けが必要だ。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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