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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百五十二話

 



 翌日の夕方間近にマドカたちと合流する。

 朝ご飯やお昼に学校の学食まで出かけて情報共有を進めた結果、マドカたちがいろいろと思いついたそうなのだ。みんなで合流して宝島の烏天狗の館へ。一室を借りて入る。マドカが設定した環境は、一面の砂浜。鳥取砂丘のような起伏もなければ、風もない。虚無! 暑くない。気温は地上とまったく同じ。なのですこし肌寒い。

 集まったのは私とマドカとキラリの三人組、それから模型部や美術部、ノノカたち吹奏楽部や、部活昇格を目指しているゲーム部。それにノンちゃんをはじめとする霊子刀剣部の面々もいるし、岡島くんたち料理部も。物見遊山じゃないけど、レオくんたちもいるし? 今日は二年生だけじゃない。小楠ちゃん先輩たち三年生もいるし、疎らながら一年生も混じっている。理華ちゃんたちの姿はなかったけどね。

 最初にマドカが音頭を取るように、昨日の調査の概要と結果、そして実験についての情報を説明する。そのあとに、霊子の渦への対処法を述べる。いわく。


「以前、青澄が特定の霊子をぬいぐるみに宿してしゃべらせたことがあった」


 あったねえ!


「思うに霊子の渦に蓄積された人格の情報なり、感情の記憶なり、なんなりが宿せる場所を用意したら、その依り代に憑依してもらうことができるかもしれない」


 依り代と、憑依。


「そのうえで痛みなりストレスなりなんなりを表現してもらうよう願えば? 依り代に添った形で表現してもらえるかもしれない」


 ぬいぐるみになったら、ぬいぐるみとして。絵画なら、絵の内容として。プラモデルや模型なら、その形として。食材なら食材として、料理や調理ならその形で。音も。色も。形も。一定の恣意性と制限を与えられるかもしれない。

 もっといえば、霊子の渦の情報それぞれが、自分の落ち着ける依り代へと向かえるかもしれない。昨晩の天国修行でレンちゃんが話してくれた病院とか、お店とか、福祉や支援の窓口とか、そういうものとして提供できるかもしれないのか。

 なるほどね!?

 霊子刀剣部の刀鍛冶のみんなが砂に触れてブルーシートへと変化させていく。ファリンちゃんが共有してくれた転化の術を最も活用しやすいのが、刀鍛冶の彼らだ。霊子を練りあげ、鍛冶で一定のものをしあげるように作りあげてしまう。これまでの刀鍛冶たちの術をより簡略化した技術とも言えるものだからね、転化の術は。

 ブルーシートのうえに文化部の面々がそれぞれ、思い思いの品を並べていく。それはお野菜だったり、なにも描かれていない紙を入れた額縁だったり、粘土の固まりブロックだったり、楽器だったりする。あるいはジオラマだったり、食玩についてくる完成済みキットだったりする。その他にもあれやこれや、有志の参加者がいろんなものを集めて、置いていった。


「つまり、これに憑依させるの?」

「初手でね」


 私がこっそり尋ねると、マドカはブルーシート上の物品を眺めたままで答えた。

 うまくいくかどうかはわからないから、実験ありき。やるだけやってみようという、そういう話だ。

 その注意もマドカは忘れない。


「うまくいくかどうかはわからないので、何度も実験を試みることになります。また、青澄が記録した情報は過去のものであって、いまを生きるだれかのものではありません。したがって、訴えを聞くことや情報を聞き取ることができたとしても、基本的には、目の前の相手を助けられるものではありません」


 彼女が語る注意事項に頬を打たれたような気持ちになった。そう。そうだ。どんなに成果が得られたとしても、それは情報であり、そこに留まるほかにない。相手の助けになるような行為には繋がらない。

 マドカはすこしだけ情緒的に語る。

 今回の事件群はあらゆる事象を抱えた複雑なもの。世の大半の揉めごとはそう。それはときとして、真緑の臭くてえぐい健康ドリンクばりに苦い。おまけに牛乳や砂糖で割っても割っても足りないくらい濃厚だ。痛みやストレスが何重にもなったような代物。なので、それをまるっと解決するのはむずかしいばかりか、そもそも、訴えられる痛みやストレスそのものが私たちをつらく傷つけるだろうと。

 彼女がいろいろと語るなか、私はぼんやりと考えていた。

 これからする体験は流動食の類いじゃない。おいしいメニューでもなんでもない。楽しい食事体験にはならない。人が傷つけられたことだから。それを楽しくしちゃおうっていうのは、ありや? なしや。現実の苦さやえぐさをごまかすのはありや? なしや。それが実際に存在していることなら、真に受けたっていいじゃない?

 現実をそのまま、加工せずに、まずはありのままを読み取るのが大事。解析、分析のアプローチを取るのなら、特に。でも、それは同時に「だれもが受けとれるものじゃない」ことをも受け入れることになる。それもまた、ありのままといえば、ありのままだ。

 ここにいるみんなは、どうだろうか。

 私は、どうなんだろうか。


「春灯、お願い」

「あっ、う、うん」


 びっくりした。いまだに思考に没頭しすぎる。


「それで、と」


 金色を出して本に化かす。それから昨日の情報を記録した一冊を読み込ませる。

 事前の打ち合わせで「一度に霊子の渦の全部を出そうとしない」よう取り決めていた。


「ああああ」

「春灯」


 未来ちゃんが小走りで駆け寄ってきた。だいじょうぶ? と尋ねてくれる彼女に笑いかける。

 打ち合わせの際には未来ちゃんからいろんな話をしてもらった。心身の負荷が重なる痛みやストレスに苛まれた霊子、それを仮に人として捉えるのなら? 彼らはまさに「なにかをするべき」、転じて「なにかをしてはいけない」という緊張状態に置かれている可能性がある。それはいずれも力むもので、力を抜くことからほど遠い有り様だ。

 なにもしないことが治療になる、という。過剰適応の疲れは、適応しないでいられる脱力を求める、みたいに。なにもしなくていい、だいじょうぶだと落ち着けることで回復することによってしか、さあなにかやってみようかなという元気は出てこない。もちろん、怖かったり、脅威を感じたり、そういう反応が導き出される状態に脳が判断していたら? 元気があっても無理。

 そんなわけで、まず最初に「なにもしなくてだいじょうぶ」がいる。

 おうちでいったら? まさに! なんでもかんでもやってもらえることだし、入院中の私はまさにそれだった。看護師さんたちやお医者さんに診てもらい、食事を用意してもらって片づけてもらえる。至れり尽くせり。

 あれって依存労働に頼りきってる状態だ。

 自分である程度できる、そして快適さを得られるっていう実感があるなら? それも回復に資する。一方でそれが強迫観念となって休めないなら、やっぱり「まだ早い」。

 疾患はものによっては不可逆な状態を包摂する。癌はわかりやすくそうだ。精神疾患も同じように不可逆な状態になるものがある。歯痛もねー。治療で削るなら、それはもう不可逆だけどさ。そうじゃない。生じた症状と「ずっと付き合うほかにない」ものがあるんだよね。社会に多くの問題があるかぎり、それはどうにもならない。

 公民権運動におけるアフリカ系アメリカ人。フェミニズムにおける女性解放。それも同じところがある。社会の側に多くの問題があって、私たちはそこから与えられる影響に傷を負い、生きるかぎり、その影響と付き合わざるを得なくなるし? 経済的にも、心身的にも苛まれて、完治はあり得ないのに生きるほかになくなることが。

 じゃあ、公民権運動は楽しくするべき? フェミニズムにおける解放運動はどう?

 論点のすり替えになってるよね。ガスライティングの標的にもなるよね。

 でもって、このつらさを続けるのは、並大抵のことじゃないよなあ。

 警察の捜査もそうなんだろう。事件の調査をすればするほど気が滅入ることに出くわすから。だけど、これを楽しもうというのも、ずれてる。だって、その態度がもう政治的だし、物事の見方に一定の影響を与えてしまうから。

 自分は、まず、そのまま見る、聞くを目指す。

 ありのままに。

 一方で相手がいまの状態のまま、宿る場所があればいいのかといえば、どうか。彼らが楽しく宿れる場所を用意するべきなのか。安らげる場所にすればいいのか。あるいは、お腹を満たせるなにかが必要なのか。

 相手に関しては、宿せるものの選択肢を増やして、なるべく快適になるよう整える。

 なんでもはしなくていい。なにかをしなきゃだめってことじゃない。ただ、入りたい場所があるならどうぞ、と。そうお迎えするように準備して、挑んでみよう。それが未来ちゃんの提案だったのだ。

 気に入るものがあるのなら、乗り移ってみませんか?

 ただそれだけを願うように注意するべきだという。未来ちゃんの言葉を思い出して、深呼吸。


「ようこそ。願うものにお入りください」


 そう願いながら、金色本のページに記録した霊子の渦に働きかける。できるかぎり、すこしだけ。そう意識したつもりだったのだけど、紙片から膨大な金色が溢れ出す。間欠泉のように、天高く吹きだした霊子が何枚ものブルーシートにのせられた物品へと降り注いでいく。

 最初に模型部の車のオモチャが音を立てた。かた、きゅるる、と。擦れた音を立てたかと思うと、ぎゅるるるるるるとタイヤを擦らせたのち、遙か遠くを目指して走りだしていく。


「ちょっ」

「ま、待った!」


 模型部からふたりの男子が血相を変えて走って追いかけていく。

 お構いなしに霊子たちは主張し始める。楽器がかすれた音を出したり、耳に突き刺さるような轟音を鳴らしたりし始めた。すこしサビのあるくたびれた管楽器たちが音程も音量も疎らに喚くのだ。おまけに音が取れていないので、ただただ不協和音が続く。かなり気持ち悪くて「おえ」となった。吐き気がするくらいひどい。

 かと思えば料理部が持ち込んだキャベツが宙に浮かんで、ぱき、ぱき、と根元がちぎれて葉っぱが落ちていく。ニンジンから葉っぱが急速に伸びて赤い根の部分が萎れていく。タマネギが急速に腐っていくし、お野菜シリーズは悲惨な有様だ。あまりのストレスからか、岡島くんが貧乏揺すりをするという極めて珍しい光景を目にした。

 絵画はというと、紙に黒い染みが広がり、遅れて光の三原色の絵の具がぶちまけられたように色づく。手形がばし、ばしとついて、ちょっとした怪奇現象に。その手が左右に動いて、色が混ざりあっていく。おまけに新しく足されていくから、どんどん汚くなっていく。そのそばで、粘土が絞られて伸ばされてはちぎられて、を繰り返して、見るも無残な散らかりように。

 模型部の模型たちがいちばん、私たちにとってはわかりやすそうだった。食玩のキットが関節を動かしたり、走り回ったりするくらいなんだから。ちなみに車は遠くに行っちゃうばかりで、男子ふたりが必死に追いかけ続けている。見るに見かねたマドカがトモにお願いして、雷速ダッシュによる回収をしてもらっていた。


「春灯、いったん解除!」

「おっ、おぅ!」


 方々に散らばる物品たちに注がれた霊子たちに願い、金色本のページに戻ってきてもらう。楽器たちがようやく静まりかえり、野菜たちや絵画や粘土は無残な状態のまま。模型部の人たちが急いでキットなどをチェックしては悲嘆に暮れた顔をしているあたり、模型も無事というわけにはいかないみたい。


「じゃあひとまずチェックをお願いします」


 マドカが言うまでもなく、ブルーシートにものを置いた人たちが思い思いの表情で、自分のもののそばへと向かっている。ノノカたちが「うえ、マッピが濡れてる!」と叫び、キャベツたちのそばで崩れ落ちた岡島くんを茨ちゃんが慰めている。


「昨日よりはマシだね」

「惨憺たる有様じゃない?」


 マドカはほっとした様子だけど、キラリは未来ちゃんとふたりでドン引きしてる。

 壊れた楽器はなさそうだし、キットも無茶な壊れ方をしたものはなさそうだ。野菜の変化、絵画や粘土の状態が無残だけど、手足が生えて歩くとか、口ができて叫ぶとか、そういうことはなかった。絵画に顔が描かれてなにか訴えてくる、みたいなこともなかったし。

 ただ、じゃあ、それが私たちにとって読み取れる表現だったかっていうと、微妙。

 もちろん彼らに私たちを楽しませる義理なんてないし、伝わるようにする義理もない。私がお願いして、応じて、なにかした、その現象がさっきのものだった。以上。それだけの話だ。


「ぬいぐるみがよかったんじゃないか?」


 キラリの指摘はもっともだ。


「それか、人体模型かなにかに入ってもらって。世話がいるってんならして。そんで、落ち着いたら話を聞くみたいな流れとかさ」

「青澄が前にどっかの企業の台風を犬にして、いまも世話してんだろ? あんな風になったら大変じゃね?」


 キラリの語りにカゲくんが待ったをかけた。

 現象ちゃんのことだ。ぷちたちが毎日、自発的かつ当たり前に散歩に連れて行くようになったかっていったら、答えはNO! 私の入院中はトウヤたちがお世話してくれていたみたいだ。

 待ったの内容にキラリは眉間に皺を寄せて言い返す。


「それこそ、あたしたちの底が浅いって相手に伝わる理由になってない?」

「お世話するなら、ちゃんと、命として見ろ、と」


 彼女と私のそばにいた未来ちゃんが困り眉になりながらつぶやく。その内容が私には痛く刺さる。

 しょせん、私たちの都合のいいものであれという意識が抜けていない。みんながどうかは別として、私はそれを否定できない。そんな私の心理は、私の術に強い影響を与える。

 命として捉えて関わる覚悟を示せ、と言われたら苦しい。そこまでできないだろうと試されている。ただし答えがないわけじゃあないんだよね。実は!


「ひとりで立てるようになる、その支援の一部を担うのであって」

「でも、かなりの補助を必要とする状態だったら?」


 間髪入れずに未来ちゃんがツッコミを入れてきた。私たちが関わる以上、あとは知らないは通らない。それにだいたい、いま気づいたんだけどさ?


「この霊子たちをどうするのがいいんだろう」

「え」

「なんて?」

「んん!?」


 マドカたちが固まる。意味が分からないから説明しろ、という反応じゃない。いまからさらに難問を持ち込む気か、正気か? という反応だ。マドカが釘を刺したことでもある。私の記録した霊子は過去のものであって、いま生きるだれかじゃない。だからいまさら救うとか、そういうんじゃない。

 だっていうのに、霊子をどうするかを目的に取り入れようとしたら、台無しである。

 でもって、それって結局、私たちの都合に過ぎない。霊子たちの都合は、それぞれに、別にある。


「未練に苦しみ、昇華できぬ痛みに苛まれているのなら、せいぜい精いっぱい慰め、慰霊に務めて、成仏してもらうほかにないんじゃないか?」


 ちゃんとついてきてくれてたのにずっと黙っていたお姉ちゃんが、私の背後から抱きつきながら言ってきた。肩にアゴを乗せてきて、片手を私の顔の前に掲げてブルーシートの物品たちを指し示す。


「霊子の渦のなかには、雑多なものたちに宿ってくれる酔狂な奴らがいるんだ。そういうノリのいい奴らから、お前が送ってやればいい」

「送るって」

「何度かやったからわかるだろ?」


 お姉ちゃんがなにを言わんとしているのか、わかる。アマテラスさまの修行で鎌倉時代に飛ばされたりして、魂たちをあの世へ送る儀式を行った。この時代で幽霊たちに出会って送ることもあった。


「総量が多いから怯むんだ。対応もむずかしくなる。だったら減らしてから考えたほうがいいだろ」

「情報はどうするの?」


 あわててマドカが口を挟むが、お姉ちゃんは私にくっついたまま退屈そうに返す。


「言いたいこと、伝えたいことが心残りとしてあるなら、その思いが強いなら残るさ」

「そんなアバウトな」

「だいじょうぶだって。霊子そのものを成仏できるはずもない。ただ、慰霊と成仏がなされたという情報を霊子に付与してやるんだ。そしたら、ある程度は落ち着いていくだろ」


 いまの荒ぶるものたちをそのまま相手するんじゃない。相手できるわけでもない。

 ならなだめて、できるかぎりのおもてなしだなんだをして落ち着いてもらって、徐々に相手を減らしていけばいい。転じてそれは、病院なら患者の診察をできるかぎり進めることなんだろうし、料理店ならお客さんを案内して、振る舞えるメニューを順次提供していくようなものなんだろう。


「いい案じゃん。早く教えてくれよ」

「いま思いついたんだよ」


 カゲくんの茶々にお姉ちゃんはあくまでも冷めた調子で返す。


「ものに憑依させられるんなら、それこそ、古今東西の祭りを再現できるだろ? そしたら、霊子が宿ったものを相手に儀式を行えばいいさ」


 お祭りの文脈にならえばいい、か。

 言うなれば鎮魂祭の開催だ。


「いいだろ? ハロウィンもすぐだし」

「ハロウィンは季節と収穫を祝うもんだろ?」

「そのへん独自の進化をするもんだろ。バレンタインしかり、クリスマスしかり」

「そりゃ、まあ、そうだな」


 カゲくんがツッコミを入れるが、あっさり流されている。

 お盆みたいなものという見方もあるんじゃなかった? あの世からいろんな魂がくるから、悪いやつらにはお帰り願うべく仮装したり、たき火を焚いたりするっていうさ。でもって悪霊たちにはお菓子をあげて、家にあげないようにするってわけ。


「ありかもね。ハロウィンで慰霊祭」

「鎮魂祭ね」

「どっちでもよくね?」

「今回は慰霊」


 マドカたちが言いあうなか、お姉ちゃんは特に触れない。

 もちろん慰霊にせよ鎮魂にせよ、宗教としての用語とみるなら、そう簡単に終わる内容でもない。

 なんであれ、私をよそに方針が定まっていく。正直かなりありがたい。

 そういえばハロウィンにはぷちたちと約束してることがあった。出し物をやるんだ。一緒に過ごせなかった、できなかった時間を埋めるためにも、あの子たちとめいっぱいなにかやるためにもいいと思ってさ。

 そういう時間を、体験を、霊子の渦を相手にさえ提供できるのか。

 いっちょ、やってみるだけやってみようよ。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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