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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百四十四話

 



 ようやく外出のGOサインが出る。

 刀鍛冶のみんなが立ち去るなか、ふと思いついてノンちゃんに尋ねた。


「ねえ。ここから外に出たら、結局、扉でホースを挟んじゃわない?」

「胸部ハッチごとワンフロア設置して、ここを押し出すのでご心配には及びません」


 ん?


「えっと。つまり、こことフロアの間にもう一部屋を作るの?」

「そうです。ここはハルさんの出発地点であり、同時に安全基地になるわけです」


 私ぼっちにされるんだけど。

 ヘルメットを装着して機密を確保した状態で、部屋中を見渡す。特に飾り気もなければ、映画オデッセイとかインターステラーとかプロメテウス、エイリアンシリーズ、ゼロ・グラビティで見たようなパネルだなんだがあるわけでもない。

 もっと簡潔にいうと、なんにもない。扉がふたつ。それだけ。


「た、頼りなくない?」

「だいじょうぶです。なにかがあったらホースを巻き取って強制的に中に引っ張り込みます。ちょうど、お庭仕事に使うホースみたいに。あるいは有線の掃除機のコードみたいに!」

「ええぇ」


 私、すごい勢いでホースを巻き取られてここにしゅっと収納されるの?

 それってちょっと過激すぎない? ねえ。


「乱暴じゃない?」

「なので、できれば使わずに済むようにお願いします。ですが、使うときは容赦なく、しゅっといきますからね? しゅっと」

「涙がでるほど強気な声援だね!」


 おのれ。覚えておれ!

 ノンちゃんも出ていってしまい、扉が閉められる。ハンドルがぐるぐると回って、ぷしゅうと間抜けな音がした。遅れてヘルメットの耳のそばからスピーカー越しにルミナの明るい声が聞こえる。


『出撃どうぞ』


 自動で外に繋がる扉が左右に開いた。まさかの観音開き!

 あと出撃って。私はロボットなのかな?

 どうせならカタパルトでもつけてくれたらいいのに。

 うそ、ごめん。やめて。そんなので発射されたときには、コールタールそっくりな液体に落ちるのが関の山だ。どんなにキューブスーツが頑丈でも、耐久性の限界を試したくなるほどじゃない。さすがにね!

 だいたいさ。

 ひゅーん! ぼちゃん。じゅっ! みたいな展開、いやすぎるじゃん。

 試さないよ! 意地でもね!


『どうぞ?』

「わかりましたよぅ! 青澄春灯、出撃します!」


 ルミナの確認に自棄になりながら答えて、ホースを引きずりながら外に出る。

 すぐさまヘルメットが曇った。


『ヘルメット自動調整機能、発動します』

『すこし待ってください。ノンたちが用意したテクノロジーで曇りをなくしますから』


 ノノカとノンちゃんの声に思わず期待する。遅れて、上部から下部へとなにかが擦りつけられた。きゅううう、と高くて気持ちの悪い音が鳴る。曇りが僅かに晴れて、なにが擦られたのかわかった。ゴムのキューブをつけたワイパーだ。それが、きゅ、きゅ、と微妙に小刻みに動いて、きゅうううと上に戻っていく。


「あの。これは?」

『ローテクで対処!』

『ワイパーです!』


 すっごい自慢げじゃん。

 文句言いづらいじゃん。


「う、うん。ありがと」


 他にリアクションが取れないよ!

 温度差などで曇るヘルメットを、ゴムのワイパーがせっせと擦る。きゅっきゅ、きゅっきゅと音を忙しなく立てて。霊子の渦と、吐きだされた液体から距離が離れているぶん、徐々に曇りにくくなっていく。


『温度調節、ゆっくり調整中』

『遅れてのハイテクです!』


 楽しそうだね、ふたりとも。

 ヘルメット、右目側の下部に黄色い線で図表を描くホログラムが投射。スーツの内部と外部の温度を表示する。気温は現在、三十五度。真夏に味わいたくない温度だ。だけどスーツの内部は温度的には快適。背中から冷たい空気が流れてくるからか。

 これってハイテクなんだろうか。地道な空調すぎるのでは。っていうか、こんなんでよく冷えるな。

 あと十月なのに三十五度はやばい。どれだけあの液体が熱を持っているのか、推して知るべし。

 盛大に飛び出さなくてよかった。

 マシンロボはいまも両手を胸部の前に掲げている。こんなこと言ったらカゲくんたちに「お前さあ」って言われそうで黙っていたけど、おちちを両手で支えているようなポーズである。

 手のひらに着地して、遠く離れた渦を睨む。距離はぱっと見、雑な目算でも三キロ近くは離れている。なので霊子の渦は粒さえ見えない。なんてったって、私は近視が進んでおりましてね! 自慢じゃない。悲しい。


「できるだけ接近したい。マシンロボはその場で待機してもらって、私は金色雲に乗って、せめて霊子の渦の五百メートル近くまでは行きたいんだけど」

『ちょっと待って』

『しばらくお待ちください』


 マドカの応答、ルミナのアナウンスののち、ヘルメットのなかで突如として私のアルバム曲が再生され始める。そりゃあもう! おおいに動揺したよね!


「ちょ、あの! え!? これ必要!? 別にお問い合わせしてるわけじゃないんだけど!」


 返事がない。嘘でしょ。

 ぽいことばかりしやがって! おのれ!


「おーい!」

『ノンです。なんかちょっと揉めてます。そこでいいだろ派と、近づいたほうがよくないか派、あとハルさんが近づくならマシンロボも近づくべきじゃないか派ができてます』

『こいつが空を飛べたらいいんだけどねえ』


 ノンちゃんの報告には絶望。ノノカの呟きには同意。

 ロボットもののお約束じゃなかったっけ。まず陸上移動。そして次は、空を飛ぶ。乗り物の歴史であると同時に、兵器の歴史でもあるのでは。日本のロボットものでも踏襲しているんだろうなあ。空を飛ぶ敵に追いつめられて、味方側もパワーアップ。空を飛べるようになる、と。

 もちろん戦線などにも影響を与えるし、かかる加害も拡大していくわけだけど。戦争・紛争に関わることなく、私たちの日常を支えるものとしてみたときには、便利なものになる。ただし便利なだけじゃなくて排ガスだなんだと、害もあり、それは厄介な問題になっている。温暖化の一因としても重大視されているものだ。

 ただ便利になるってことは、なかなかないもんだね。


「まさか外に出てから待たされるとは」

『ハルさん。深呼吸です』

『のんびりやろ。慎重を期すのが大事。外気温がゆっくりとだけど上昇しているのも気になるしさ』


 ふたりに促されて、私はいったん手のひらに座ることにした。そして、のんびりと眺める。私塾のあるあたりで、カゲくんの影領域に留まる。そこで実験しているわけだけど、真っ暗な影領域に液体が赤熱するかのように色づくのが、どうにも不気味だ。

 なんだろ。一番近いのは、ゴジラの背びれかな?


「思いついたんだけど。いったん戻って、採取したほうに術を試すっていうのは?」

『え』

『ああ』


 ふたりが微妙な声で相づちを打った。

 たぶん、胸部フロアで私の状態をモニタリングしながら固まっている。


『いっ、一度はじめたことは、やり遂げないと!』

『そっ、そうだよ! 霊子の渦を相手に試してきた、その条件は満たさないと!』


 どもってる時点で、ふたりとも「その手があったか」って思っているじゃん。

 私も私で、なんで思いつかなかったのかなー! ああでも、ノノカの指摘はたしかにそう。同じ実験条件を満たしたほうがいい。たとえ効率的に思える手立てが見つかったとしても、まずはね! この手順を守っておこう。

 あと、次は絶対に採取したもので試そう。

 それからはほんとにそれなりの待ち時間があったので、私はぼんやりと考えごとに耽るほかになかった。

 関東大震災が発生したとき、朝鮮人だと言いがかりをつけて虐殺する事件が起きた。これは公的に認め、その記録をもとに反省するべき過去である。それに混沌に向かう前に地震ののち、すさまじい火災が発生して、多くの家屋が焼けたし、多くの人が亡くなった。そのうえさらに起きた虐殺だった。

 火災と聞けば、私たちは消防隊による消火活動を期待する。だけど当時、消防隊が利用するための水道が震災によって破壊され、水を吸いあげられない事態に陥ったケースがかなりあったという。また、当時の建築などを検証して、その問題を訴えるものもあった。NHKスペシャルで見られるよ。関東大震災を扱ったものがあるからね。

 あらゆる小さなことの実態が災害時には問われる。建築費用をケチったらなにが起きるか。ライフラインの定期的メンテナンスを怠ったり、ケチったらどんなことになるのか。甘い見積もりや、雑な見立てをしていたら、私たちがどれほどの被害を受けることになるのか。

 災害対策において「しすぎるということはない」。人権の保護とか、意識の普及とかもだし? 貧困対策もそう。

 それらはいずれも政治的な問題だ。

 私たちは他者だ。価値観も定義も論理も異なる。過ごしてきた人生も、なにを体験したかも、どう感じてきたのかも。知識も、技術も。主観も。なにもかも。みんな、ちがう。思いどおりにならない自己と他者の集まりだ。

 だから、みんなが自分の思うように振る舞えるわけじゃない。社会って、そういうものだ。だからこそ、私たちはみんなで決断して、物事を進めるための仕組みが必要になる。それが、政治だ。

 人が集まるときに生まれるものが政治なのだ。

 みんなにとってよりよい形を模索するための営みだし? それってめちゃくちゃに時間がかかるし、手間もかかるし、不可能なこともやまほどある。答えや解決が目の前にあるのに、それが自分だけの利益であるのなら選ぶべきではない、みたいなこともやまほど起きる。

 そうなれば当然、私たちのだれもかれもが耐えられるわけでも、待てるわけでもない。それもまた、政治の課題であり、議題であり、私たちみんなの取り組むべき内容になる。

 物事を進めるためには分析したり、意見を集めたり、なにがいいのかを模索したりする。ふたつの意見が出たら、その間を取ればいいってものでもない。多数決で決めたらよしってものでももちろんない。いずれも、具体的事象について、正確な理解と対応策を誤らせるだけである。

 大航海時代に船乗りの多くが脚気に苦しみ、死んでいった。ビタミンB1欠乏による病だ。いまでこそちゃんと栄養を摂取するかぎり、そうそうなるものじゃないけれど、大日本帝国時代はそうもいかなかった。帝国陸海軍はそれぞれに脚気によって多くの患者、死者を出していた。海軍はイギリス留学経験のある人が兵食に問題があると目を付けて、実験するところにまで段取りをつけて「麦飯がいい」というところまでたどりついた。まだビタミンが見つかっていない頃の話だ。一方で陸軍はというと、「いまの医学に麦飯がいいなどという話はない」として退けて「白米ありき」を推進。後任者は後継者でもあり、同調して「白米ありき」を通す。その結果、学問の真理の探究を怠り、批判的実証もせず、ただ学んだこととちがうといったもの、それに追従したものによって、多数の脚気死者を出した。

 学問は盲信を是としない。問いを立て、検証し、確かめていく。それが仮に「アリストテレスの考え」であったとしてもだ。それこそ実習の形をとって、私たちでさえ小学生や中学生の頃に体験する形で「これってどうなってんの?」に触れることがある。学校によるんだろうけども! あとは世代にもよるかな。だけど、そういうのだってすっごく大事なんだ。座学も実学もどちらも大事なように、欠かせないことだ。

 いまの医学がどう、権威的にどう、じゃあ決まらない。

 問いを立てて、試して、確認する。検証してみるし、分析もする。これがとても大事だ。

 だけど私たちは、むしろ同調的に対応してしまうことがたくさんある。やまほどありすぎる。いままとめてみせた内容を見たとき、私たちは海軍側の対応を強く支持するいっぽうで、陸軍側の対応をいくらでも中傷するかもしれない。なのに、そんな私たちも、なにかがあったとき、しばしば陸軍側の対応を取る。

 それはなぜか。

 政治的なことだからだ。

 関東大震災で多くの人が亡くなったし、殺された。その要素もひとつひとつ解いていくと、やはり、かなり多くの政治的要素が積み上がっていく。政治を避けて通ることは、悲惨な末路に向かうということになる。

 陸軍の脚気の対応に見て取れるように、私たちにとっての「事実」は実際のところ主観的なものだ。「事実」という箱に、知識や体験、認識や定義、論理などが入り込んでいる。ファクトチェックで示される端的な内容もあるかもしれないけれど、それだけが入っているのではない。

 私たちが「事実」をやりとりするときは、自分も、相手も、「事実」の箱を整理して、その中身がいったいなんであるかをお互いによくよく注意して観察しなければいけない。じゃないと、いくらでも見誤ってしまうから。

 おまけに自分の事実と相手の事実の内訳がなにか、極めて主観的かつ恣意的に捉えてしまうことも避けられない。きらいな相手、憎たらしいいやな人の事実を受け入れられるか。自分の傷を、痛みを刺激する事実を直視できるか。実のところ、かなり、むずかしい。だれもがいつでもできる、なんてことじゃないし、自分や相手がいつでもそれをしたいと思うような人間とはかぎらない。

 おかげで私たちの不審は簡単に募る。事実のやりとりが、ますますむずかしくなる。

 事実のなかになにがいるのか、どれだけいるのかもわからない。重ね合っていて、観測しきれない。常にすべてが存在しうる。そういう意味では、シュレディンガーの猫っぽさがある。

 勝つか負けるかでも、利益の独り占めやその正当化でも、政治は進まない。私たちはついつい答えや解決を求めすぎる。余裕がないときには特に。だから、あわてて、落ち着きを失って、視野狭窄に陥ったまま、自分の「事実」に噛みあうものを求めて、済ませようとしたがる。あまりにも、過剰に。

 その衝動はむしろ、真理の探究と、地道な実験や分析に向けたほうがいい。

 政治はとても地道な営みだ。スカッとなんて求めちゃいけない。全員のベストなんて答えも解決もないことに挑むのだから、とことん地味に、ゆっくりと、ゆっくりとにならざるを得ないし? そのなかで最善を尽くす以外にないよ。よく学び、よく行い、よく見て、よく聞いて、よく教わり、よく語り、よく叱られて、よくしくじって、よく休み、よく遊び、よく元気を出して、続けていくほかにないの。

 この調査も、そういう性質のものだ。

 ヘルメットに映る外部気温、いまや四十度。もうお風呂だ。お父さんがまだ足りないと文句を言い、お母さんがじゅうぶん熱いでしょって怒り、トウヤとお姉ちゃんはなんでもいいから早く入らせてっていう、うちのお風呂の温度。

 喜びは熱を増していく。出てくることのできた喜びか。それとも私が願いを聞く、その瞬間を待ち焦がれてのものか。なんであれ、彼らは待ち焦がれている。


『あ。ちょっとだけ落ち着いてきましたよ? そろそろじゃないですかね』


 ノンちゃんが知らせてくれる。

 考えごとのあいだも、いまも、ドローンはしばしば飛び回り、時折は液体にずっと近づいてみせるものもあったし? 霊子の渦に近づくものもあった。偵察さえできるのだ。ドローンにしたって軍用でやまほど利用されているもの。

 技術は業を抱えるね。おまけに常に政治的でありつづけるほかにないんだ。

 私のお願いだって、政治的な営みなんだよ?

 あなたの願いを教えてっていう問いは、政治的なものでもあるんだよ。

 そして政治は常に「みんなでどうやったらいいかな」と問いかけるものだ。カナタと過ごすことも、ぷちたちを育てることも、学校に行くことや仕事をすること、みんなとライブで会えたことも。その準備や打ち合わせも。スーパーで食料品を買うのも、上野のアメ横でぷちたちがお菓子ほしいって言って買ったのも。常に政治は私たちと共にあるものだ。

 その願いは、シンプルじゃないかな。

 みんなで幸せになろうよ。だれも差別せず、差別されず、人権を守り、尊重と配慮を具体的に実現していこうよ。むずかしいけど、挑戦する価値のあるものだよ?

 そのためにも、どうかお願いを教えて。

 回りに同調して出てくる、それっぽい言葉なんかいらない。私だけ、あなただけ、あの人だけの、痛みの表現から始めるんだ。


『春灯、だいじょうぶ? 集中力は切れてない?』

「だいじょぶ」


 ノノカの問いに笑って答える。

 この気持ちは切れないよ。大事なお願いなんだから。

 盲信せずに、諦めず、投げ出さずに、しんりの探求を。

 あなたにつながる探求を。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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