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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!

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第二千八百四十二話

 



 試す。願う。祈る。

 やってみるほかにない。

 感情の、そして痛みの表現を頼むのだから、それが受けとりやすくて消化しやすいなんて、まず無理だ。むずかしい。もちろんそれをもって「痛いんだから、なにしてでも訴える」なんて居直らないし、居直られても困るけど。居直るんじゃなし、そう表現・出力されることがあるということ自体は揺るがない。


「お願い」


 木を、火に。

 そう願った途端に、膨大な根っこが黒く淀んでいく。どろり、と。変色した端から粘性の高い液体に変わっていくのだ。同時に鼻の奥まで届いて残りつづけそうなほど濃厚な、すさまじい臭気が広がっていく。


「みんな胸部に戻って!」

「なるべく息を吸わないで! 急げ!」


 マドカとレオくんが怒鳴る。思わぬ剣幕にぎょっとするのもつかの間、私は気づけば胸部に戻されていた。トモとシロくんが雷速ダッシュでみんなを胸部に運んでいるのだ。最後の往復を済ませるやいなや、ノンちゃんが「胸部アーマー閉鎖!」と叫び、直ちに出入り口にシャッターが下りる。遅れて外部が投射されるスクリーンに早変わり。

 根のほとんどすべてが黒くてどろりとした液体に変化していく。そればかりか、霊子の渦からも垂れ落ちて、マシンロボの両腕からぼたぼたと地面に広がっていく。


「あれはいったいなんだ?」

「えっらい臭かったな。なんつか、新品の家のやな臭い?」

「あ、それそれ。化学薬品っぽい感じした」

「油じゃねえの? あれ」


 みんなが口々に呟くなか、マドカが「コールタールっぽい」と呟く。レオくんも同じ意見なのか、うなずいてみせた。

 どろりと垂れる液体が火の属性に該当するのなら、点火したらひどいことになるものだ。だけど、ひとまず火はついていない。沸点や引火点が私たちの想像よりも高いからだろうか。あ、そういえば引火点と沸点って、どっちが高いんだろ。火がつくほうが早いのかな?


「気分が悪くなった人はいませんか?」

「くらくらきてたりしてませんか?」


 姫宮さんをはじめ、数名が声をかけて回る。幸いにして、被害者はなし。対応が早かったからか。それとも、あの液体の変化が思いのほか遅かったからか。

 ただ、液体が漏れ出るのが止まらない。胸部を開けたら、外から猛烈な激臭が入ってきそうだ。逆にいまのところ、まるで外の臭いが漂ってこないくらいにはマシンロボの気密性は高い。いまのところは。


「だ、だいじょうぶ? 臭いが中にまでやってくるってことはない?」

「そこはご心配いりません。ばっちりやってますから!」


 ノンちゃんのふわっとした回答に不安が増すなか、胸部フロアに警告音が響く。


『両腕部に高熱を感知しました! いったん両手を分離、距離を取ることを提案します!』


 ルミナのアナウンスが入り、カゲくんとタツくんがあわてて階段をのぼって頭部を目指す。操縦席のある場所が、彼らの定位置。なにやってんのぉ!


「高温?」

「みんな、動かすからそれぞれ定位置に!」


 レオくんが指示を出しながら上層部へと駆けていく。マシンロボ起動時の司令塔は彼なのだから当然だ。刀鍛冶のみんなもあわてて移動を開始した。

 そう時間を置かずにカゲくんとタツくんふたりのパイロットが操縦に移り、ルミナのアナウンスと共に両手がパージされた。マシンロボが急いで後退るなか、液体の漏出が止まらない。おまけに湯気が出てきた。あんまり遠く離れていくのでよく見えないけど、もしかしたら泡立ちはじめていたかもしれない。

 いつ火がついてもおかしくない。けど、つかない。沸点のほうが引火点よりも低い? そんなことあるんだろうか。

 液体が気化する。その現象が起きている、というのは確実だ。でも、じゃあ、あの黒いどろどろ液体が気化した状態で発火しないのは、なぜ?


「火元がないからじゃないか?」


 お姉ちゃんの呟きに「ああ」と納得しそうになるけど、待って。お姉ちゃんにはわかっていても、私にはわからないぞ? 気化したあの黒いのも、結局は火がなければ火がつかない?

 ガソリンで例えたらどうだろう。気化したガソリンが充満した部屋に、勝手に火がつくのか。たぶん、つかない。だけど、火元があれば別。引火したらド派手に反応する気体が充満していても、それがたとえばライフラインのガスだったとしても、着火しないかぎりは火はつかないのでは。


「火の属性にしたのに、火がないってこと?」

「燃料はやまほどありそうだな」


 私の隣でキラリが指摘する。

 たしかに燃料が次から次へとあふれてくる。これまでの反応よりも、顕著に。いったいどれだけためていたんだかわからないくらいだ。


「黒いゲロみたいだよな」

「ちょ、やめてよ」


 ミナトくんが呟いて、ユニスちゃんが肘鉄を食らわしていた。

 なるほど。嘔吐物か。


「火元がなきゃだめだよね。酸素もいる。燃焼には一定の条件を満たす必要がある」

「火における感情ってなんだっけ?」

「喜び」


 私の代わりにファリンちゃんが答えた。

 あのどろどろの液体は、喜び。存在するのに、火がつかないもの。熱を増すことはできても、燃えることのできないもの。軽やかさもなにもない。気持ち良く、すぱっと燃えるとか、弾けるとかがない。

 木火土金水における、金、水、木を転化してきたからだろうか。それとも、あの地下室にいた、連れて行かれた人たちの喜びが、このような性質だからだろうか。わからない。


「あれ、止めたほうがよくないか?」

「いっそ燃やすとか?」

「ばか」

「延々と出てくるな」


 みんなの話を聞きながら私自身、迷う。

 あれがもしも吐瀉物のようなものなら? いっそぜんぶ吐きだしたほうがいい。

 出さずにいられない、絞りだしてでも吐きだしたいものなら? 答えは同じ。ぜんぶを出し切るまで待ちたい。

 レオくんも同じ判断をマドカたちとしたようだ。アナウンスのもとでマシンロボがさらに距離を取り、撮影用のドローンを飛ばして観測と撮影を続ける。私はもう術による干渉を止めているけど、改めてノノカやノンちゃんたちに私の霊子の干渉がないか、常に観測してもらった。

 結果として漏出が終わるまで、実に一時間とすこしの時間が必要だった。

 液体は時折、赤色に染まる。なにかに呼応するのか、はたまた鼓動のリズムを示すかのように。黒から赤へ、そしてまた黒へ。だけど、火はつかない。


「ドローンに採取させては」

「火をつけたらどうなるのか、反応が見たい」

「採取した氷と反応するかどうかも知りたいです」


 レオくんたちのいる上層部から聞こえてくる実験提案は終わりがなく、議論が続いている。それは必要か、それで得られるものはなにか。あの液体の取り扱いは? どう保管するのか。

 話が終わりそうにない。

 反応が顕著になるほど、霊子の渦からでるものがあるほど、なにかを期待するものが増えていく。あるいは、なにかをしたくなる人が増えてくる。

 ひとまず、いいように向かっていると信じたい。

 一方で規模感が増すほど、私だけのことじゃなくなっていく。相手だけのことだけでもなくなっていく。当たり前だけど、みんなに頼るということは、みんなと共に歩んでいくということだから、私の速度だけではなくなる。

 そして、この待ち時間が困る。私にできることって少ない! と痛感するからね!


「ハルさんやノンたちの感情を術で出したら、どうなるんでしょうね?」

「あ、それノノカも気になる」

「自分に対しても、だれかに対しても、まだ使える段階にないよ。残留した霊子の記憶にかけてこれなんだから、人を相手にしたら、どんなすごいことになっちゃうか」


 ふたりの刀鍛冶に釘を刺しておく。

 でも、ふたりだけじゃなくてキラリも、未来ちゃんもなにか言いたそうに私を見ている。その視線がなにを訴えているのか、考えるまでもない。


「そりゃあ、私の状態が安定する術に育てられるかもしれないけど。漂う霊子を相手にするのとちがって、霊子が湧き出る霊力を相手に術をかけたら、反応が延々と生じる可能性がある」


 刀がやまほど出続けるかもしれないし、氷が際限なく吐きだされるかもしれない。身体から根っこがぶしゃーって出つづけていくかもしれないし、あの黒いどろどろが穴という穴から噴き出るかも。

 ちがう反応を引き出せたとして、それがずーっと続く可能性がある。霊力から生じる霊子を材料にして。

 食い止めるなら、術の制御をもっと厳密に行えるようにしなきゃいけない。

 だけどいま、私の術にはそこまでの機能がない。だって、見てたでしょ? 私は願った。霊子は応じた。ただ、これだけなんだから。

 じゃあ制限だなんだを付け足したらって思うところだけど、それをどう実現するのか、いまから初めて考えることになるのだから! いかにできたてほやほやの術を試しているかって話だ。


「ゴジラとか、怪獣とかのおしっこみたいだな」

「ちょっと!」

「いって!」


 ミナトくんのぼやきにユニスちゃんの延髄切りが炸裂する。


「おしっこが重要なんじゃなくて、この場合だな、放射線がってとこが大事なんだよ」

「表現のしかたがあるでしょうが」

「お前のツッコミも問題があるだろうが!」

「軽くちょこんと当ててるだけでしょ!」

「それなら二の腕を軽くはたくくらいでいいんだよ! 怖いよ! 当てる方法が!」


 ふたりがやいのやいの言いあっている横で、思案する。

 霊子が貯蔵した情報には、地下室にいた、あるいは連れてこられた人の情報が蓄積されている。もちろん連れていった者の情報も。私が五行の感情の表現を祈って、形を示してくれたあれらの反応は、地下室に関わったすべての人の表現を混ぜ込んだものだといえる。

 区別がない。ごちゃ混ぜ。立場のちがいや、その瞬間ごとのそれぞれの感情のちがいも、一切加味しない。

 あるいは私に反応した情報が、だれの、どんなものかもわからない。それは別途、調べる必要がある。たとえば反応してくれて表現してくれたものを分析することで追求していくほかにない。

 まどろっこしい?

 だよねー。

 でも、日常ってそんなもんかもね?

 こつこつやってく。時間をかけて。地道に。

 手間がかかる。

 だけど体験は積み重なっていく。刺激も。当然、その反応も。感情も蓄積されていく。

 総量は膨大で、だから、本当ならうちの学園の敷地を埋め尽くすような液体くらいじゃ足りないかもしれない。とてつもない量の液体よりも、まだ。最初の刀だって、私の術の出力が不十分な結果かも。本当ならもっと、大量の金が出たとしたってふしぎじゃなかったのかも。

 わからない。こればかりは、実験回数を重ねるほかにない。できれば同じ条件下で。

 一度目の工程、残るはひとつ。火から、土に。

 あのどろどろが、土のいったいどんなのになるっていうのか。私にはさっぱりだ。

 さっぱりといえば、いままでの工程で生じたものがいったいなにのどんなものをどう表しているのかもさっぱりわからない。とことん不確か。手探りでやっているなあ。

 こんなんで、本当にいけるんじゃろか。私たち。

 いくしかないのがつらいところなんだよなあ! 私たち!

 あいつもおんなじような条件で突き進んでいるんだろうなあ。

 平塚さんも、あいつも、どれほどの痛みを抱えているんだろう。感情という痛みを。表現しようのない、できない、してもどうにもならないと諦めたり諦めるほかになかったりする、そんな感情を、痛みを。どれほど。

 わかんないや。

 私だって、自分の感情や痛みをどれだけ表現できているのか、さっぱりわからない。

 自信もない。

 案外、私だけの表現なんてできる状況になくて、練習が必要なのかもしれない。表現するのに練習がいるなら、表現を受けとるのだって? もちろん必要。

 そう考えると、とことん地味で地道だ。

 どう生きたいのか、とことん問われているとフランクルは語っていたけどさ。表現と、その練習だってそうなんだろうなあ。どんな自分でいたいのか。どんな風にしたいのか。表現を。感情と痛みだって、その表現を。

 むずかしいよ。もう。生きるのほんと、むずかしすぎるよ。


「はあ! どっこい!」

「どした、急に」

「気合い入れてたの」


 どういう気合いだよ、とキラリに後頭部をぺちっとはたかれてしまいました。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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