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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二十四章 越えろ、士道誠心バトルロイヤル!

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第二百八十四話

 



 ルルコ先輩の部屋で戦闘準備をした私を、ルルコ先輩とメイ先輩が不安そうに見つめてきます。マントと付け歯、かつての姿を取り戻した私を。


「本当に一人でやるわけ? その格好で?」


 メイ先輩の問い掛けに当然だと胸を張りました。


「一人でやりきれる? ユウヤかなり警戒すると思うけど」


 もちろんだし望むところだと豪語して、私はお部屋を出ました。

 目指すはユウヤ先輩のお部屋です!

 ちょっとだけ話を遡るとね?

 カナタに見ててよ! と言ってから、私はまっすぐルルコ先輩のお部屋へ行きました。

 事情を説明したら、ルルコ先輩激おこ。「今度こそ全面対決!」と燃え上がる後ろに、メイ先輩がいます。

 なになに、どうしたの? と尋ねるメイ先輩にも事情説明。そしてメイ先輩も激おこ。「いつか決着をつけなければいけないと思っていた」と闘志を燃やすので、なんとかなだめて聞きました。

 お二人はこれまでユウヤ先輩とどう向き合ってきましたか? と。

 ユウヤ先輩がメイ先輩にかつてキスして告白したことをネタにゆするべきだという、ルルコ先輩の「付き合ってもないのに私のメイに不埒な真似をよくも」逆鱗ポイントには一生気をつけようと思いつつ。

 基本的に二人とも、力で真っ向勝負して倒してきたそうです。

 ユウヤ先輩は戦いで本気を出すタイプじゃないらしいですよ? 特に二人相手だと、すぐに降参しちゃうみたい。

 意外だったのは、ルルコ先輩はユウヤ先輩をちょっと過剰に意識してて、ユウヤ先輩はルルコ先輩を結構いじるらしいということ。

 戦いになると、メイ先輩とルルコ先輩二人に対する態度はまったく同じだっていうことも、意外なポイントでした。

 あと大事なのはね? メイ先輩が大好きな人に告白した時、ユウヤ先輩は一度は口を挟んだけど……それでもメイ先輩を祝福したってところ。

 きっとたぶん、大事なポイントになる! そんな気がするよ!

 だからなんとかなる!

 どや顔でルルコ先輩にメイクをお願いして、腕まくりをして出て行くことにしたのでした。

 以上、さかのぼるの終わり!


「さあ、がんばるぞう!」


 ふんすと鼻息も荒く出て行く私の背中に、二人は心の底から不安そうに呟いてます。だいじょうぶかな、って。

 でもやります。やってやりますよ! だって……私には秘策があるのですから!


 ◆


 ノックをして扉を開けてマント姿の私を見るなり、ユウヤ先輩は扉を閉めようとしました。


「わーっ! ま、まってくだしい!」


 ドアノブを掴んで全力で引っ張ります。

 これでも力には自信があるからね! ユウヤ先輩の閉じこもり作戦を封じることに成功します。


「……ちっ。なんだ? 住良木に行くって言いに来たか? そんな格好で?」

「くくく……私はもっとすごい野望を秘めてこの場へ来たのです!」

「はあ? 頭だいじょうぶか?」

「どや!」

「意味わかんねえし」


 話している間、ずっとユウヤ先輩を見つめました。より正確に言えば、腰に帯びた刀を。

 獣耳をすませてみます。


『……そんなに見つめられてものう。お嬢ちゃん、アンタはワシが福に変える必要なく、福のただ中におるよ』


 おじいさんの声が刀から聞こえてきた。

 そう。タマちゃんと十兵衞とばかり会話しているから忘れがちだけど、私は刀の声を聞くことができるの。

 刀は心。侍の――侍候補生の心だ。

 口では敵わないユウヤ先輩の相手も、何を考えているのかわかるならきっと糸口が見えるはず! たぶん! きっとね!


「ユウヤ先輩はずるいです」


 拗ねてみせる。


「あ?」

「ひどい言い方して、だけどよくよく意味を紐解いてみると……いつか傷つくかもしれない可能性を前にして、私が逃げないかどうか試したんですよね? 刀が折れるとかあれこれ言って!」

「寝ていいか? 後輩のお守りに興味ないんで」

「わわ! ま、まってくだしい!」


 部屋に逃げようとするユウヤ先輩のズボンを掴む。


「ちょ、おいこら! 馬鹿力で引っ張るな! 破けたらどうする!」

「だって離したら逃げますし!」

「わかった! わかったから、ひとまず離せ!」


 耳を立てて刀を見つめた。


『離したら窓から逃げるつもりじゃよ。面倒ごとは嫌いなたちじゃからのう。どんなに福に変えてもこやつは貧乏の申し子じゃ』


 なんてかわいそうな申し子!


「先輩! 逃げるつもりなの、ばればれですから!」

「……ちっ」


 もう離してよいぞ、という刀の声にほっとしてズボンから手を離した。

 苛々した顔でズボンを整えるユウヤ先輩を見つめる。じっと。


「……なんだよ」

「きっと優しい人だけど、それでも言い方がひねくれてますよね……先輩って」


 つま先で苛立たしげに床を蹴られた。


「うるっせえな。それで、用件は。さっさと済ませろ」

「メイ先輩に告ったってほんとですか――……わっ」


 首の下を手で掴まれて、そのまま部屋の壁際に押しつけられた。


「お前はなに、俺にケンカを売りに来たわけ?」


 剣呑な光の宿る瞳がすぐそばにある。


「さ、さっきの仕返しです。でもそれ以上に気になってます。先輩のこと」

「……はっ。緋迎の野郎から鞍替えか? それとも玉藻の前の性質からして、二人目でもお求めですか? お盛んだな。てめえの陰口で一番おおい形容詞を教えてやろうか?」


 う、うう。

 やっぱりこの人、そうとう口が悪い。

 それにどこまでも意地悪だ。だけど、負けない。


「別に興味ないです。ただ……先輩が焦っても住良木を自由に操れるわけじゃないし、私がどんなに頑張ってもなるようにしかなりません」

「あのなぁ……」

「なのに、そんなにてんぱってるのはなんでですか。先輩はきっと、優しい人なのに」

「おい――……だまれ」


 ユウヤ先輩の目が、私がしゃべるたびにどんどん細くなっていく。

 首筋に感じる手の圧迫が増していく。


「どんなに、がんばっても、」


 それでも負けない。折れない。


「ピント、ずれて、う……」

「だまれ……だれが、なにが優しいだ!?」


 絞め殺されるような力。私を辛辣に責めた時に感じたほの暗い力を感じる。

 わからない。この人の琴線が。

 わかるわけない。大事な仲間の琴線すら、わからないことの方が多いのに。

 だからこそ、私は獣耳をぴんと立てるんだ。


『……く、うう。こ、こらえるわい。お嬢ちゃん、それ以上刺激せんでやってくれ』


 刀が悲鳴をあげる。なら、これが……さっきユウヤ先輩の刀が訴えていた貧乏の申し子たる所以なのかもしれない。

 貧乏。貧しい様子。お金がなくて生活がつらいとか、そういう印象が強いけど。

 清貧という言葉がある。

 清く貧しい。正しい行いをしているために貧しく質素な生活……もしそうならば。


「め、い、せんぱい、を……ゆる、した……あなた、は」

「うるさい――……ッ」

「やさ、し、い――」

「だまれっつってんだろうが! その単語を口にするな!」


 首を掴まれたまま、ベッドへ放られた。尋常じゃない力だった。

 飛びついてきた先輩が刀を抜いて、私の眼前に切っ先を突きつける。

 もう片手は当たり前のように、すぐに私の首を掴んでベッドに押し倒していた。


「……このまま犯してもいいんだぞ?」


 ひどい言葉を口にする顔が苦しみに歪んでいた。

 私も侍候補生だし、いろんな侍候補生と付き合ってきたけど……荒ぶるみんなに共通していることがある。

 張り詰めた一線があって、それを揺さぶると激しい反応をするんだ。

 ユウヤ先輩の一線は、やさしいという……その一点。


「先輩は、そんなことしません」

「南みてえに憎らしいくらい綺麗なツラして……真中みたいに強い目をして、睨み返してきやがって」


 その言葉の意味を探るべきかどうしようか、悩んだ。

 メイ先輩を好きだった人が真っ先に告げた名字が、ルルコ先輩。

 だけど……言えない。

 もしユウヤ先輩が一度でもルルコ先輩を思ったことがあるのなら?

 言えるわけない。

 きっとこの人はずっとずっと、手放し続けてきたのかもしれない。


『……触れてくれるな、お嬢ちゃん。恋人になれぬのなら』


 ユウヤ先輩の呟きには弱さと寂しさがあふれていた。

 ギンとした恋愛未満の幼くつたない交流がなかったら……抱き締めてた。

 だけどそれをしても、なんにもならないってもう知ってる。

 あの時、ギンと私は二人で思い知ったから、できない。抱き締められない。

 その代わりに。


「先輩のしたいこと、教えてください」

「……あ?」

「お助け部ですから……先輩のこともお助けします。住良木に行ってほしいって言うなら行くし、悩みを打ち明けたいなら聞きます。そう、言いに来たんです」

「……いらねえよ。だから、もう、やめろ」


 私を睨んでから、頭を振って……先輩は私から離れて刀をおさめた。


「お前まで、俺を置いていくように……いや、忘れろ」


 か細い呟きが、先輩の限界が近いことを教えてくれていた。


「……どうせ、俺はどこまでいっても貧乏神だよ」


 ベッドから起きて、少しだけコンコンと咳き込んでから、そばに歩み寄る。


「そんなに焦らなくても……清く貧しくある限り、先輩には素敵な福がくると思うんです」


 最初は意地悪でとんでもなく大きく見えた背中は、嘘と意地悪でできた殻がなくなって……今はずいぶん小さく見えた。

 だけどちゃんと見れば、背筋にしゃんとした軸があってぶれたりしない。

 己の掴んだ夢の形に不安を覚えることなんて、いくらでもある。それこそ、ユウヤ先輩に意地悪を言われた私も不安でたまらなかった。

 だけどカナタが気づかせてくれたように、きっとある。信じるための道はきっと、あるよ。


「先輩は貧乏神です。だから、たくさんの貧乏を福に変えられるんです」

「……、」


 ふり返ったユウヤ先輩が私を見た。


「だいじょうぶです。メイ先輩が幸せそうにしていたから……だいじょうぶ。あなたはすごくかっこいいです」


 意地悪を言わないでと石を投げたり、距離を取るよりも。


「ルルコ先輩と私を連れて、大人と渡り合ったあなたはすっごくしっかりしてます! だからだいじょうぶ! 焦らなくても、あなたを放っておけない福が下りてきますよ!」


 いいところを大好きになりたい。


「……意地悪いって、追い詰めて……追い込まれて。そんなことして、もがかなくても……だいじょうぶですよ」


 気づいて欲しい。その一心でユウヤ先輩の胸に手を当てて、金色を注ぐの。


「――……もう、わかったから」


 一粒の光を胸に注がれてすぐ、ユウヤ先輩が私の手をそっと外した。

 首を掴んだときのような、攻撃的な力じゃない。ただぬくもりに臆病な男の人の力でしかなかった。


「やめろ……結ばれない相手に恋をするのは、もう……ごめんだからな」

「せんぱい……?」

「好きにしろ。強制したことはすべて、撤回する。だから……これからを楽しんでくれ、青澄」


 無理をしなくてもいいという、あたたかい言葉さえ口にして。


「後輩に無茶ぶりするようじゃ、俺もいよいよ進退窮まったな」

「す、住良木のことは?」

「だから言っただろう? 好きにしろ」


 私の肩をそっと手のひらで包むと、扉の方へと向き直させて、微かな力で押してくる。


「もう無茶はしない。南と真中にあたるし、他にも仕事をもらうための手段は考えてあるさ」

「せ……せんぱい? あ、あの?」

「だから頼むよ、青澄。早く……どっかへ消えてくれ」


 それだけなら、意地悪なユウヤ先輩でしかなかったのに。


「お前の光のあたたかさを知ったら、もう、抱かずに済ませる理由が見つからないんだ」

「あ、う……」


 カナタ以外の誰かに、強く求められてるとわかる声をかけられる日がくるなんて思わなかった。ただただ動揺しちゃった。


「寂しさをこじらせた男に襲われたくなきゃ……消えてくれ。マントを脱がして、その歯を奪うくらいわけないんだからな……傷つけて、傷つきたくない」


 その切実な言葉に押されて廊下に出た。

 孤独を癒やす術があるならいいのに。そう思わずにはいられない。だけど私にはわからなかった。だからきっと傷つけ合わずにはいられないと思っちゃった。


「青澄」

「……あ、あの」

「詫びに一つだけ伝えておく」

「え?」


 ふり返ると、扉を閉める間際にユウヤ先輩は確かに言ったの。


「沢城ギンな。学校やめるってよ」


 どういうことか尋ねるより先に、扉が閉まっちゃったんだ。


「――……え」


 途方に暮れた私は、間抜けな声を出すことしかできなかった。


 ◆


 とぼとぼと歩いて、ギンの部屋の前まで来た。

 呼び鈴を鳴らす。少しして出てきたのはノンちゃんだった。

 ギンは? って聞いたら、ここ最近はずっと夜かえってきてないっていう。トモと修行してるのかもって笑ってた。

 思わず聞いたの。


「ね、ねえ……ノンちゃん。ギンから……学校やめるかどうか、聞いてない?」

「なにいってるんですか、そんな格好して」


 笑ってくれたから、だいじょうぶだと思ったの。だけど、


「……え? どういう、ことですか?」


 その笑顔が強ばっていることに遅れて気づく自分の未熟さに、腹が立ってしょうがなかった。


「う、噂だよ! 噂!」

「……どうやったら、そんな噂が流れるんですか? 意地が悪いにも程があります」


 ノンちゃんの声に怒りと呆れが混じる。

 そ、そうだよね。ユウヤ先輩の……意地悪?

 いや、あれは嘘じゃないよ。

 心を開いてくれたと私は思ったもん。

 あの状態で意地悪を言う? そんな人じゃないよ。

 お詫びだといってくれた気持ちに嘘はなかったと私は思いたい。

 じゃあ……なんで? どういうこと?


「ごめん……なんでも、ない」


 絞り出すように謝って、その場を離れた。

 ルルコ先輩の部屋に寄ってから、自分の部屋へと戻る。

 問題は解決したことをみんなにちゃんと伝えたけど、新たに浮上した問題については言えなかった。

 ユニットバスでシャワーを浴びながら呟く。


「ギン……」


 学校やめるなんて、嘘だよね?


 ◆


 二人で過ごす部屋になったのに独り寝のベッドになって久しい。

 ハルさんが変なことを言っていた。

 ギンが学校をやめるなんて。佳村ノンは何も聞いてない。ギンの刀鍛冶で、恋人で。大事な人になれてるって信じていたのに……何も。

 冗談だと思いたいのに、気になってしょうがない。

 ギンはこのところ、ずっと帰ってこない。たまに帰ってきたらノンのことぎゅっとして、泥のように眠るだけ。

 だから……求められるのが嬉しくて、応えずにはいられない。

 そんなの出会った頃からずっとそうだから、気にしたことなかったけど。

 最近は生傷もなく、誰かとケンカをしている素振りもない。

 強いて言えば綺羅先輩からしきりに愚連隊の引継ぎ相手になるよう誘われているようだが、それくらいだ。


「……ギン」


 いてもたってもいられない。

 刀鍛冶になって、霊子刀剣部で活動して。並木先輩と緋迎先輩、なによりミツハ先輩から仕込まれて……毎日が忙しくて。それでいいと思っていた。

 ギンは疲れた顔を見せることが多くなったけど、研ぎ澄まされていくようにその力を強めていくばかりだったから。きっと、鍛えられているんだと。そう思っていた。

 だけど違うのかも。

 ノンが全力で追い掛けないと、ギンはすぐにどこかにいっちゃうから。

 そう気づいたら、いてもたってもいられなくなって立ち上がった。

 生徒会なら生徒の情報も知っているかもしれない。並木先輩を訪ねてユリア先輩の部屋へ行くと、今日はシオリ先輩の部屋にいると言われた。

 いまどき、刀鍛冶は守ってもらうだけじゃやっていけない。それがミツハ先輩の掲げる主張だった。

 並木先輩はミツハ先輩の弟子で、ノンは孫弟子みたいなもの。

 いろいろと教えてもらいによく会いに行くから、部屋の場所はわかる。

 シオリ先輩の扉をノックすると、お揃いのパジャマ姿で並木先輩とシオリ先輩が出てきた。


「あら、佳村。どうかしたの?」

「珍しいね、こんな時間にくるなんて」


 二人にお辞儀をしてから、尋ねる。


「すみません、急に。聞きたいことがあるんです。ギンのことで、何かおかしなこと聞いてませんか?」


 二人は顔を見合わせた。それから首を振る。


「特に聞いてないけれど……」

「何かあった? 愚連隊以外の動きは掴んでないんだけどな……調べてみる?」


 いえ、と。辞退する言葉がのど元まででかかったけど、思い切って飲み込む。

 そしてもう一度、頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 すぐに「入って」と招かれて部屋に入る。シオリ先輩は学院きっての情報通だ。きっと何かがわかるはず。

 どんな情報だとしても、逃げない。そう心に決めた。それでも不安でたまらなかった。

 ギンの顔を見れたら一発で吹き飛ぶに違いないのに……今夜、彼はいない。いつものように。

 そのいつもは、だいじょうぶだと思ってよかったいつもなのか。

 わからなくて、不安は膨らむばかりだった。


 ◆


 シオリ先輩の部屋には布団なんかなくて、ベッドは一つ。並木先輩と二人で寝るのだろう。

 仲が良いなあ。刀鍛冶と侍候補生は、親密になる場合はとことん親密になっちゃうことがある。なかには性別の垣根を越えちゃうこともあるんだとか。

 まあ、心を剥き出しにする侍候補生同士ですらそうだし。その心に触れる力を持つ刀鍛冶だから、あるいは必然の結果なのかも。

 ギンの心に繋がるたびに思う。

 好きにならずにはいられない。否応なく惹かれ合ってしまう。そこには、普通の学校で普通に付き合うような距離感がない。

 よっぽど心が剥き出しの付き合いをするから、抱き締めずにはいられない。

 だからこそ、ギンに秘密があったらショックなのですが。

 それは……さておいて。

 並木先輩は確か、ラビ先輩と付き合ってるはず。それでもシオリ先輩の部屋に、二人分の家具があるのを見ると、特別な何かを感じてどきどきしてしまう。


「ええと……待って」


 シオリ先輩がパソコンをかちゃかちゃと操作し始めた。ケーブルで繋がれたプロジェクターに投射されて、壁に映像が浮かぶ。

 真っ先に目についたのは、


『星蘭、北斗、三校合同の――』


 何かのファイルの文字だった。

 すぐにシオリ先輩が操作して隠れてしまったけど。

 めまぐるしく操作されるウィンドウに、学校そばのお店の監視カメラの映像が浮かぶ。駅前の様子も別のウィンドウが開いて見えるんだ。ノンにはどんな手段で行われているのかわからない。


「……えっと。定期的に学校を出て行くのは割と噂になってる、けど……だから、その時間を算出して、経路を辿れば……ほらでた」


 シオリ先輩が言い終えた時だった。ウィンドウにギンが映っていた。

 駅前から電車に乗るギンが。

 夜に出かけて、朝にくたびれた顔をして帰ってきている。


「えーっと。えっと。山奥とか海に向かってるみたいだね。アルバイトでもやっているのかな? 高校生で深夜にアルバイトなんてできたっけ?」

「原則、満十八歳未満は法律で禁止されている。業務の内容如何によっては、満十六歳以上の男性は条件次第で例外が認められるみたいだけどね」


 シオリ先輩の問い掛けにさらりと答える並木先輩だけど、頭に入ってこなかった。


「……なんで」


 聞いたこと、ない。働いているなんて、何一つ。


「ふうん、バイトか。沢城の腕なら、それこそ邪絡みでできた民間の会社で働けるだろうにね」

「それ、かなりグレーゾーン。年少者は危険な仕事はできないからね」

「なんでだい?」

「邪討伐にしたって、高校生が対処できる範囲での領分でしかない。警察の監督下においては余計に……対外的にはセミプロだけど、一線は引かれている」

「逆に言えばその線の内側なら働けるってことだよね?」

「まあ、そうとも言うわね。日中よりも夜間の方が邪の発生率が高い。必然的に夜働かざるをえないから、討伐も認可の範囲内っていうことだから……」


 二人の話がまるで頭に入ってこない。

 代わりに膨らんでいく。

 沢城ギンの家は、有り体に言って裕福ではない。

 ギンのお母さんがギンの妹さんを含めて、一身で育てている母子家庭だ。

 お母さんとは一度お会いしたことがあるけど、決して身体が強い方じゃないと聞いている。

 そしてギンが寝食を削ってアルバイトをしている。

 じゃあ、やっぱり、噂は……本当?


「佳村……ちょっと、だいじょうぶ?」


 並木先輩に肩を揺さぶられて我に返った。


「は、はいです……すみません、お騒がせしました……帰ります」


 なんとかそう言って、部屋を抜け出した。

 本当かどうか、まだわからない。

 だからギンが学校辞めちゃうかどうか、わからない。

 それよりショックだったのは、ギンが夜遅くにアルバイトをしていた事実。

 そこまで頑張ってお金を稼いでいた理由は、なんだろう。

 どうして、あたしはそれを知らないんだろう。


「どうして、ノンに教えてくれないんです?」


 部屋に帰って呟いてみたけど、ひとりぼっちの部屋じゃ返事なんてあるわけなかった。

 寝られるわけなかった。

 一番近くにいたのに、知らなかった。

 心配かけさせたくなくて言わなかったんだと思う。

 ギンはあれで気遣いするから。

 それでも、言って欲しい。ギン。いま、どこにいるの? なんで……そこにいるの? ここにはいてくれないの?

 ……ノンは、力になれないの?


 ◆


 朝方になって疲れた顔して帰ってきたギンに尋ねたの。


「……ギン。ノンに隠してることないですか?」


 ないとか。お前ならわかるだろ、修行だよ……とか。

 いろんなもしもそう言ってくれたら、という言葉を夢想したけど。


「疲れてんだ。ちょっとだけでも寝かせろ」


 そう言ってベッドに潜り込むのを見て、確信した。

 隠し事してるし、それはきっとノンが知ったら動揺せずにはいられないおおきなこと。

 間違いない。

 学校辞めるかどうか、それくらいのことを抱えてるんだ。

 心に繋がろうか悩んだ。そうすればすぐに答えはわかる。

 だけど我慢する。それはすごくプライベートな行為。その気じゃない人にとつぜんキスしたり迫ったりするようなものだ。自分勝手にしちゃいけない。

 だから我慢して、我慢して、ギンが起きて食堂でご飯を食べるのを待ちました。

 ハルさんから事情を聞いたのかもしれません。

 仲間さんたちや零組、みんなが集まってきます。

 それでも敢えて聞いたんです。


「ギン、学校やめちゃう気です?」


 笑い飛ばして欲しかった。


「……どっから漏れたんだ。ああでも、雁首ならべて心配されちゃあ……しょうがねえな、もう」


 髪の毛を面倒くさそうにかき乱してから、ギンはノンの目を見てはっきりと言いました。


「いろいろと支援制度つかったり学費ローン組んでんだけどな。払える見通しが立たなくなった」


 高校生が、そういうこと言う現実があるんだっていうショックが大きかった。


「先月、また実家でおふくろが倒れちまってな。過労なんだけど……休ませなきゃ心配だ。そうなると、公立の星蘭ならまだしも、士道誠心は私立だからな。妹もいるし、俺がなんとかしなきゃだめだろ」


 頭をがつんと殴られたような……眩暈のするような言葉だった。


「ど、どうにも……ならないんです?」

「親父は死んで……正直、もうろくに金も残ってねえし。二足のわらじじゃ限界なんて見えてる」


 前はなかったクマがいっそ露骨だった。今まではずっと、夜遅くまで暴れてもう……くらいにしか思ってこなかった。そんな自分を心の底から呪った。

 今はなしてくれたこと、きっと普段のギンなら口が裂けても言わないことだ。誰だって生々しい家のお金事情とか、言うわけない。

 それでも言っちゃうくらい……ギンはもう、限界なのかもしれない。


「……ギン。僕たちにできることはないか?」

「レオ……こういう金の問題は、ダチに頼むことじゃない。てめえの家がどれほど金持ちだろうと、俺は受け取らない。上下ができちまう関係なんざ、ダチに求めてねえからだ」


 住良木さんにさらりと言えちゃうギンは、憎らしいくらいにらしくて。

 誰も何も言えないんだ。その通りだと思っちゃったから。

 いやなのに。いやでいやでたまらないのに。ギンがいなくなっちゃうなんて、絶対にいやなのに。生々しい現実に打ちのめされちゃって、言えない。

 だから、たぶん。ううん、間違いなく。


「ううん、違うよ」

「ちがわねえだろ」


 即座に言い返せたのはギンだけで、それに対して言い返せるのもハルさんだけだった。


「違うよ! お金とかの話じゃない! ギンの問題は、私たちの問題なんだよ! みんな、そうだよね?」


 そう言えちゃうハルさんが、あたしたちのヒーローなんだ。

 みんないっせいに頷いたの。あたしだって、もちろん。

 すぐにハルさんは住良木さんと目配せした。


「ちょっと、アテがあるの。思いつきでしかないけど、それでもなんとかできるかもしれないから……やってみる。私に任せてくれないかな」

「ハル、でもな」

「だめ。それ以上いわないで。私が傷つくし、誰より……ノンちゃんとギンが苦しいから、言わないで」


 決意を込めた顔をするハルさんに、ギンは結局なにも言えなかった。

 参っているからだ。もう痛いくらいわかってる。

 いつものギンならそれでも言い返すし、跳ねっ返りで、生意気なことだって言うけど……なんでもやり遂げる。それがあたしの大好きな沢城ギンだった。

 だから、今はそれができないくらい……参っているんだ。

 誰だって参るよ、そんな状況。


「みんなで卒業したいの。銀色のスプーンの漫画のように……私だって、ギンのお家の問題がどうにかできるわけじゃない。ギンのお母さんを元気にできるわけでもない」


 当然だと思う。過労を解消するためには休むしかない。お金がなければ働くしかない。ギンのおうちの家計を支えるなんて、ただの高校生にできるわけじゃない。

 もし仮にハルさんが歌手デビューとかして、もしもし仮に大ヒットしてお金をたくさん稼いだとしても……そもそもギンもギンのお母さんも養ってもらいたいなんて望まないだろう。


「会社だって……ルルコ先輩たちみたいに作れたりしないよ。それでも」


 だけど、ハルさんは言ってくれるんだ。


「きっと何かできると思う」


 ハルさんの決意の顔を見るのは、何度目だろう。

 ノンはいつだってギンのそばからその顔を見てきた。選挙の時も、その前も。ずっとこの人は、どれだけ傷つくかもわからない壁をぶちこわしてなんとかしてくれた。

 いつだって託すしかない。

 刀鍛冶はどこまでいっても、侍を信じることしかできない。自分の鍛えた相手の心を信じることしか。

 願わずにはいられなかった。

 ハルさん。どうか。どうか。あたしたちを救ってくれませんか?

 力になれるなら、ノンはなんだってします……!


 ◆


 きっとできる。青澄春灯はいつだって、困難に挑戦してきたはず。私はやるよ!

 住良木に行って、私だけじゃなくギンも認めてもらう。そしてちゃんと雇ってもらうか、契約すれば……少なくとも、ギンが深夜にアルバイトに行かずに済む。住良木と協力できれば、お金もがっぽり! ……とまでいかなくても、今より楽になるはず。

 理想論だけしか手持ちにないけど、ルルコ先輩たちの会社は足踏みしているけど前より進展はしている様子。なら可能性はゼロじゃない。

 そう意気込んで寮から出て気づく。

 バスがたくさん並んでる。そして大勢が体育館に向かっている。大勢が着ている二種類の制服には見覚えがあった。

 北斗、星蘭。

 胸騒ぎを覚えながら教室に向かったら、入り口で体育館に向かうように指示された。

 ざわざわする心をなんとかなだめて体育館に入る。

 学院長先生が挨拶してすぐ、コナちゃん先輩が壇上にあがった。そこには姫宮さんのお兄さんもいた。不安が一気に膨らむ中、コナちゃん先輩ははっきりと宣言した。


「二学期末、邪討伐前に訓練を締めくくる意味で明日、三校合同バトルロイヤルを開催いたします!」


 眩暈がした。ユウヤ先輩が言っていたのは、だって、ユウジンくんとレンちゃんの二人を越えるだけでよかったはずなのに。


「最後まで生き残った生徒一人一ポイントとし、一番大きくポイントを稼いだ学校の勝利とします――……」


 話がまともに頭に入ってこないで、あっという間に朝礼が終わっちゃった。北斗と星蘭の生徒が特別体育館に向かい、士道誠心の生徒は校舎に戻る。

 そんな最中、私は姫宮さんのお兄さんにどうしても話したくて列から飛び出した。

 正門前にいるお兄さんに駆け寄ると、まるで待っていたみたいに笑いかけてくれた。


「やあ。どうかしたのかな? 先日送った招待状のことだろうか?」

「あ、あの!」

「すまない、予定が山積みで。一つだけならお話を伺えるが。なにかな?」


 のど元までいろんな言葉が噴き出てきて、けれどどれを言うべきか迷った。

 一つだけなんて、そんな。


「お、お願いを聞いてもらうためには、どうしたらいいですか」

「お願いって?」

「クラスメイトを雇って欲しいんです! 自慢の最強の侍がいるんです!」

「ふむ……それなら、次の行事で最後まで生き残って価値を証明してみせなさい」


 結局、それか。それなのか。


「キミの価値なら既に認めているからね。招待した席での話を楽しみにしているんだ」

「――……」


 違うんだ。それだけじゃ足りないんだ。


「だからキミかその子が生き残ったら、こちらも検討するよ。では、失礼」


 微笑みを残して、車に乗り込んで――……行ってしまった。

 眩暈がする。

 負ける気はない。誰にも。ギンだって同じはずだ。

 私もギンも、トモと三人で士道誠心一年生の先陣を切ってきた。

 だけど、星蘭は尋常じゃなく手強い。さらに北斗の生徒までいる。

 なのに最後まで生き残れ、なんて……。


『面白くなってきたな』


 十兵衞の言葉に、思い切り息を吸いこんでから私は笑った。


「うん!」


 これ以上ないシンプルなお題を与えてくれたものだ。

 乗り越えてみせる。

 前に壁があるのなら。

 走りきってみせる。

 やがて辿り着くゴールが見えているから。

 だって、ギンがいる。ノンちゃんがいる。トモとシロくんがいて、カゲくんや岡島くんたちクラスメイトがいる。キラリをはじめとする十組が増えた。ギン以外の零組の三人だって言うまでもないし、素質は紛れもなく本物なマドカもいてくれる。青組の仲間たちも。

 こんなに心強いことはない。私には一緒に戦ってくれる仲間たちがいるんだ!

 じゃあ、もう。

 こんな壁、乗り越えるしかないじゃんか!


「やるよ! タマちゃん、十兵衞!」


 闘志を燃やす。

 立ち向かうなら、きっと……今しかないよ!




 つづく。

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